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別冊 当て馬ならし  作者: 糸以聿伽
誰が為にベルは成る
10/11

最終話 あなたの為にベルは成る

追い込まれて岩壁に足を止められる。


私を左肩から岩壁の前におろす。

「ここから動くなよ」

そう言って岩壁からすこし離れてあたしを庇うように立つ。


右手に持っていた大きな鎚を肩に担ぐように構える。

左手には頑丈な籠手が装備されており、それを防御に備えて前に出す。


接敵まで時間はない。

迫りくる魔物の声が波のように聞こえる。

追いつめたことに狂気乱舞して奇声をあげる。


大地から、あたしの力で引き出せる分のマナを全力で呼び出す。


魔術式の呪文をなんとか間違えずに詠唱できた。


白い靄がかかったような魔法陣がセルヴァンを守るように現れる


それが3つ、彼の前で盾の形を取る。

「サンキュー」

セルヴァンは言って、防御用に構えていた左手も合わせて両手でしっかりと鎚をもった。


肩の筋肉がみるみる力を貯めていく。


大股に構え、全身から吹き出る闘気に先方の魔物たちは怯んだ。


ただ、魔物らは止まらない。

第一陣がセルヴァンにと飛びかかる。


「だぁぁぁぁぁーーーっせい!!!」

──横なぎに一閃。

飛びかかった姿勢のまま、後ろに飛ばされ砕ける様に黒い霧になって魔物たちは消えた。


立て続けに二陣が飛びかかる。

素早く回転し、鎚の柄で一匹を突く。

同時に飛びかかった一匹は、私の張った盾に阻まれ攻撃は通らない。


地面に向かって振り下ろされた鎚の頭が直撃した魔物を霧散させ、周りにいたものを転倒させる。


そしてそこに、再度回転しながらの一閃が入る。

小物たちは霧散する。


その時、セルヴァンを影が包んだ。


緑の巨体が息も荒く大きな拳でセルヴァンに掴み掛ろうとしていた。


あたしは、なんとか呼び出したマナで白い鷹の形をした幻影を作り出す。


緑の魔物の目に向けてそれを飛ばす。


突然現れた目隠しに翻弄されて、それはバランスを崩した。

その隙を見逃さずセルヴァンは崩した軸足の膝を鎚で掬う。


巨体がズシィイインと低い音を立てて倒れる。


セルヴァンは攻撃を畳み掛ける。

豪雨のような鎚の連打に緑の魔物は大きく悲鳴を上げて霧散した。


「ふ――――」

セルヴァンは大きくため息をついて額に浮いた汗をぬぐった。


あたしを抱えて森を全力疾走した後の戦闘はきっと彼の体力をかなり奪ったろうと心配で見つめると、


──相変わらずの笑顔。


結局はあたしの緊張がとけて、岩の壁に背を預けずるずると腰をおろしただけだった。

「結構、……奥まで……きた……わね……」

緊張から上がる息と、魔力を使った事による精神のつかれもあり

言葉が続かない。

さっきまで勝手にわだかまっていたあたしは、なんとかこれを気に会話をしようと勢い込んだのに、結果は残念極まりない。


「少し休んだら戻るぞ、向こうも片付いてんだろう」

そう、いつものセルヴァンがあたしの頭をなでながら岩壁に背を預け隣に座る。


「助かった、補助ありがとうな」

優しく労われる。こういう顔をされると、胸がドキっと反応してしまう。そして、強く思う。


……好きって……


そう思ってしまう。


この3日間はあたしはただただ浮かれて、勝手に落ち込んで、拗ねてた。


折角一緒に居るのに

どんどん苦しくて

セルヴァンが遠く感じてしまって

片意地はって対抗しようとしてたのに。

彼はいつもの彼で


──大人だった。


そして、そんな彼を、あたしはやっぱり


……『大好き』だったのだ。


森は静かだった。

ただ……差し込む木漏れ日の輪郭が少しづつ赤味をまして、日が暮れようとしているのが分かった。

戦闘の緊張感から解放されて息が落ち着くと、背中にあたる岩が急に冷たく感じられる。


だいぶ走ったけど、きっとお父さんたちも戦闘が終わってるのかもしれない。


もうすぐあたしたちの──正確にはセルヴァンのモノだけど──その足跡を追って兵士たちがやってくるかもしれない。


隣の大きな幼馴染はさっきから黙って、あたしの回復を待ってくれてるのだろう。


あたしは……というと……


隣に感じるそのたくましい腕や、あたしを気遣い、さらに森に注意を向ける息使いを全身で感じて。

この人が居ないと自分はもう存在できないというぐらい

……気持ちの中が好きであふれかえっていた。


あたしだけ、こんなにどきどきして。

……辛い……


そんな辛さが……昨夜の思考を蘇らせる。


──『あたしが王女じゃなければ』

王女じゃなければ、他国に行っても身分を気にされない。

王女じゃなければ、姫と言って距離感を感じさせられる事もない。

王女じゃなければ、いつもと違う仕事の彼をみて心が遠いなんて感じない。

王女じゃなければ、いつも一緒に居れる。

王女じゃなければ、彼は彼の夢を実現できて、あたしはそれを応援できる。

王女じゃなければ、

王女じゃなければ!

王女じゃ………なければ……。


そんな心がぽろりと生み出した言葉は


「セルヴァン……逃げよう」


だった。


彼がいつもため息つく前に吸う、息の音が聞こえたから、あたしはもう、彼に何も言わせないほどの気持ちがあふれ出ていた。


「ファルゴアから逃げてどこか遠い国で二人で暮らそう……

 あたしは、もう王女なんていやだ。

 セルヴァンと、一緒に居られなくなるんならっ、もう王女なんてやめたい!」

最初はポロリと落ちた言葉だった。

でもそれは、溜まっていたモノをせき止めてた言葉で、関が崩れたらあとは洪水のように流れ出す。

「もともと、あたしは不向きだった。なんでも、おねぇちゃんの真似事だったよ。必死で頑張って来たけど、そこにセルヴァンが居なくなっちゃうんなら……もう無理だよ。」

浮き出した涙が声も揺らす。


「仕事してるセルヴァンは……すごいけど……どこか遠く行っちゃうみたいで……淋しかった。

 あたしだけが、一緒に居られるって……はしゃいで子供みたいで、……でもセルヴァンには……姫様って距離取られるし……そんなんやだぁ……やだよ!!!!」

涙も言葉も止まらない。

必死に握った拳を膝の上に置いて、なんとか息を継いで続ける。

「だから……もう王女やめる。

 この国はお母さんとおねぇちゃんがいたらいいの。

 おねぇちゃんが子供産めば後継ぎも出来るし、それまではお母さんが頑張ればいいの!」

あたしは、泣きながらセルヴァンを見る。

セルヴァンはこちらに正対してくれてる

……でも表情はもう涙で見えない。


だから、すがるようにセルヴァンの袖を引く

「だから!!! だから、あたしにはセルヴァンが必要だから逃げよう!!!」

もう、涙が次から次から溢れてもう、視界はドロドロだった。

叫ぶ!

今まで貯めてきたこと全部吐き出す!!

もういい、自暴自棄になって

ここですべてを捨てて逃げるのだ!


「あたしは、ファルゴアとセルヴァンならセルヴァンを選ぶの!!!!」


泣きじゃくりの中、喉がひりひりするほど大声で叫ぶ。


その叫びをセルヴェンは


……体で止めた……


そして、あたしをすっぽりと覆い隠すように優しく優しく抱きしめた。


心臓が早鐘のようになる。

考えてみたら、こんなに風に抱かれるのは

……初めてだった。


これは、今までのあたしたちでは考えられなかった距離感。


片方の意志で簡単にその場を、何でもなかった空気にして逃げる事の出来ない距離感。


その距離感の……答えは……しかし


「俺は、逃げない」


……そっか……


混乱した後ろ向きの思考回路では、その言葉は否定としか受け取れなった。

全身に入ってた力が抜ける。

もうだめだ……どうしてあたしは、心も覗かずあんな事をいったのだろう。


気持ちも確かめないで、無謀にも自分の気持ちをさらけ出してしまったの?


初恋って上手くいかないって、なにかの本に書いてあったけど

……本当なんだね。


あたしは、なんの意味もなさなくなったこの距離感から逃れる為、腕を突っ張るようにしてセルヴァンを引き離そうとした。


……びくともしない……


これから、あたしはこの人を諦めなきゃいけないのに。

……なんで?なんでこの人は、逃がしてくれないの?

シクシクと息で泣く。


と……セルヴァンは何かを決意するみたいに大きく息を吸った。


「まだ、最強候補の俺が、……こんなことまだ言えねぇっておもってたけど……」

めずらしくセルヴァンが

言い訳のような弱気な口調になった。


え?っと思ってすべての思考が止まる。

ぽっかり空いた思考の壁の穴を貫いて彼の声が響いた


「俺は、ベルとファルゴア両方取る!」


……。

一瞬の間をおいて思考が動き出すと同時に、あたしは彼の瞳を見た。


!!!

今まで体験したことのない感覚だった。

能力が強制的に開かれる──見つめた深い緑の瞳が語りかける。


流れ込む思考は、あたしを強く求め、それを成すために揺るがず進み続ける、彼の決意を教えてくれた。


そして、なんて深い愛だろう。

あたしも、そしてファルゴアもすべてを愛しむその器が彼に存在しているのがわかった。


あぁ……あたしはこの人を選ぶんだ。


「お前に狩られる為に、俺はいる」

どうして……?

どうしてこんなに、甘く響くの?

「セルヴァン……」

「お前がいなくなったら、俺はなんの為に努力したんだ?」

「だって……」

「お前が王女だから、おれは最強になると決めたんだ」

「でも……」

「俺が王になれば、いつも一緒だ。

 ファルゴアの外にいっても身分差はない!」

「あたし、でいいの……?」

「あぁ、ファルゴアの王女のベルがいい」

セルヴァンはあたしを抱きしめながら、優しく優しくあたしの後ろ向きの種を摘んでいく。

「でも、ファルゴアのみんなはあたしでいいのかな……」

くすっと笑ってセルヴァンは

「お?いつものわけわからんのになってきたぞぉ」っていった。

それでも彼の心があたしへの気持ちを、ずっと流し込んでくれるから、存分に甘えて不安を刈ってもらう。

「だって、今国を捨てようとした……民の事を見捨てたよ……」

「じゃ、そんな姫はどうして農繁期の手伝いに自分も出向くのか?」

意味が解らなくて小首をかしげる

「魔物討伐で徹夜した兵士に、暖かい食事を用意して同じように寝ないで城で待ってるのか?」

「それは、当たり前だから……」

「小さな頃から公務にに出かけて……辛いことがあっても民の前では笑顔でいた」

「それは、セルヴァンやおねぇちゃんが泣かしてくれたから……みんなの前では笑顔で いれただけだよ……」


「当たり前って思ってる事が、俺たちにどれだけの力を与えてくれてるか知ってるか?」

あぁ……そうか……当たり前って思ってたそこに……


──愛が溢れてたのか。


それは、あたしが怖くて覗けなかったセルヴァンの心のようで。

だからあたしは嬉しかった。

それに気づくことが出来て

……あたしも、ファルゴアを愛して、愛されていたのか……


「でも……あたしは未熟だよ……」

「俺もまだ最強じゃねぇ……」

そう言って口をとがらすセルヴァン。

それが可愛くてすっと人差し指と中指でその唇に触れる。

彼は笑って、その手を掴み薬指にキスをした。

あたしは、ドキっとして小さく息を吸った。


……そして絡められる指。


見つめ合う瞳には、お互いしか映らない。


「セルヴァン……すっ」

告白しようとした唇を彼の唇が塞いだ。


触れ合うそれは柔らかく、

……そして……優しく甘い。


でも、それはすぐに離れた喪失感に心が戸惑う。

「その先は、俺が言う……でも、それはお前に狩られた時だ」


……甘い……約束……

心を覗けばいつでも彼の気持ちがわかるあたしに、それはもう不要な告白かもしれない。


でも……彼がそう望むなら……未来の王がそう望むなら。


「ちゃんと狩られなさいよね」

彼を信じて待つことにしよう。


「おーーーーい!」

向こうから人が歩いてくる足音と声が聞こえる。

迎えが来たみたいだ。


もう、そろそろこの甘い時間も終わる。

でも……昨日までと違う、強く互いを結びつけたそれは、まるで赤い糸のように二人をからめて離さない。


今までずっと好きだった。

だからこれからもずっと好き。


立ち上がろうとしたあたしに、セルヴァンは背を向けていう


「ほら、背負ってやるよ。ファルゴアごと」


その背中はいつかより随分と広く大きくなった。

そしてあの時と変わらず。


……暖かい……


あたしは、遠慮せずその頼もしい背中に身をまかせる。

「重くない?」

そう聞くと

「最強の俺には、訳ないね」

そういって立ち上がった。

「まだ、候補だけどね」

そういって私は笑う。

「最強候補の時点で、既に訳ない!」

セルヴァンも笑う。

片手であたしを支え、武器をもって探しに来た。

兵士の元へ走っていくセルヴァン。


あたしは、この大きな背中を一生愛するって決めた。

ファルゴアごと愛してもらうと。


──決めたのだ。






ベル's side


『誰が為にベルは成る』



  〜Fin〜


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