すねこすりの在る地 ~来たる日~
ソレは、ただそこに在るだけだった。
なんのこともない。ただ、夜になったら通ってくる人間を少しばかり驚かすだけの存在。
それ以外は何もしない。
長い間、ソレに名前は無かった。必要としなかった。なぜなら、人間はソレがそこに在るのに気が付かないから。皆それぞれ、結果を不思議がり、或いは恐れるものの、原因については全く無頓着だった。
ある時、誰かがソレの起こす結果に名をつけた。
『すねこすり』という名だった。
ソレは、ずっとその場に在った。
いつから在ったのか。
なぜ在ったのか。
それは、誰もわからない。
ソレにもわからない。
いや、ソレがわかるはずもない。
なぜなら、ソレには意思がないから。
ただ在るだけだったから。
言うなれば、ソレはただの『力』であった。
ただ存在して、とある事象をもたらすだけの、『力』。
磁力が鉄に作用するのと同じ。ただ相手が人間だっただけ。
『力』に、意思のあるはずがない。
「おっと」
1人の男が、夜道を走っていた。何かが股の間を通った気がして、脚がもつれそうになる。
「危ない危ない」
そう言って男は再び走って行った。
ソレは、明らかに衰えていた。
いや、この言い方は正確ではない。
人間は、ソレに対して強くなっていた。
なぜか?ソレはそんなことは考えない。ただの『力』は、何も考えない。
人々の間から、『すねこすり』は消えた。
恐れも、疑問も、何もかも消えた。
それでも、ソレはずっとそこに在る。
哀しみも、苦しみもしない。
ただ変わらず、夜に通った者の股の間を、何かが通ったような錯覚を与える。
ソレは、そんな『場所』として、ずっと、そこに在り続ける。