すねこすりの在る地 ~在りし日~
男は夜の道を駆けていた。
雨が降ってきてしまった。家までそう遠くないところだ。さっさと帰ってしまおう。濡れてしまう。
ふと、股の間を何かが通ったような気がした。
なんだろう、と男は思ったものの、何もいないようであったので、気にせず走り続けた。
再び、股の間を何かが通ったような気がした。
今度は足を止める。確かに、何かが通った。珍妙な毛玉のようなものだった。はっきりと見えた訳ではないが、脚に触れたものは確かに毛が生えていた。
辺りを見渡す。雨が降る中、暗い暗い夜道が続いている。遠方に微かな灯りが見える。家までそう遠くはない。このまま佇んでいればひどく濡れてしまう。
男は意を決して、重い脚を前へと進めた。
雨のせいか、恐怖のせいか。重い脚を必死に動かす。
また、通った。
何かしてくる訳でもない。ただ、走りにくい。転んでしまいそうだ。
何もしてこない?ただこれだけなのか?いや、機を伺っている?
仮定は所詮は仮定、さりとて仮定が偽とは限らない。
恐怖と焦燥感に支配され、男の身体は最早男のものではなかった。
男が家に帰ったのに気付いたのは、翌朝であった。
後に、これは『すねこすり』という妖怪だと聞かされた。