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遺文 十一~十二枚目

――以上が、私の話です。


私はこれを事実のつもりで書いていますが、勿論物事を見る目は好きに持っていいので、君がどう思うかは君に任せます。

もしかしたら全て私の妄想の可能性もありますからね。

私はこの告白を、誰かに聞いて欲しかっただけですから、後のことは知りません。お好きにどうぞ、受け取ってください。

そもそも、私はこれを長い間背負って生きてきたけれど、これは罪ではない可能性が高い。

だって、絵画で人が殺せますか?

そんなことってあると思います?

ありませんよ。

俺は非科学を信じない人間です。

遊ぶにはいいですけどね。

私が一体、現実的に何をしたというのでしょう。

何もしていない。

法が私を裁けますか?

あんなもの、何の役にも立たない。

もし立ちたいのならば、私のしでかしたことを察して、私を捕らえに来なければいけなかった。私はそれを待ってあげたのに。

そんな義務も果たせないで、何が法律か。あれは無能だ。

由生が消えてから数年後、私は初めて『ドリアン・グレイの肖像』を読みました。

文学に慣れていない私には、海外のあの妙な言い回しが苦手で、何度も何度も躓きながら読みました。

ええ、とても似通っているような、そうでないような――しかし、読んだからにはこんな記述を残さないではいられないような、私にとって、そんな特別な本になりました。

バジルというあの画家も、絵の中に『理想』を詰め込んだのでしょう。

よくあることです。

寧ろ、理想以外に何を入れます?

ろくでもないことは、現実に任せればいいんです。

…でも、絵が変化するなんて有り得ないことですし、所詮小説です。

そんなことは有り得ないから、だから私は何もしていない。

でも、由生の死は……こんなことを言いたくはないのですが、敢えて私は言う……私にとって、一番いい結末でした。

…けれど、胸にずっと罪悪感が残っているんです。

それを聞いて欲しかった。

可哀想な由生…。

家が近いばっかりに、私のような奴が親友だなんて。

それでも、時を経ても尚、彼に対する想いは誰にも負けないつもりです。

軽薄な友情や頭の悪い恋愛感情、まして本能から来る情欲でも意味のない同情でもない。

そんなゴミみたいなジャンルに分別されて入れられるのは御免だ。

そのどれもが汚染になる。

私はただ、明るく無邪気な彼が好きだった。

好きだった。

本当に、それだけでした。

許してもらうつもりはないから懺悔のつもりはないけれど、誰かに知って欲しくて――。



この後、由生を描いた絵は、私の予想に反して賞をもらいました。

小さな賞ですが、憧れである由生という少年を大衆の目にお披露目できて、私は感無量でした。あんなに嬉しかった賞は他には無かった。

学校を通して受賞を知らされた時、私は初めて、そして唯一、受賞関係で涙が出たものです。

由生が亡くなってから、初めて涙したのがその時でした。

朝のHR。

教室の片隅で身も世もなく泣き伏せて、担任とクラスメイトたちを驚かせたものです。

歓喜と後悔と罪悪と救済が、一挙に押し寄せてきて、あの時の感情を表現することは非常に難しい。

それ以降は、どんな大々的な受賞を受けても、心なんて大して動かなかったのに、人間なんて不思議なものですね。

…そして、彼の両親も、絵については涙を流して喜んでくれました。

私は、あの絵を手放すつもりはありませんでしたが、彼の母親がどうしてもというので、由生の両親に譲ることにしました。

彼は新田家にいます。

彼女は絵画の飼い方をよく分かっている人のようでしたから、私が持っているよりも、きっと由生は幸せでいられます。

私は、命日に必ず彼に会いに行きました。

…由生を、君は見たことがありますか?

私の名前がある程度広まり始めたのが、二十代中頃だったと思うので、それより以前の、しかも少年時までに遡って作品を探すようなことは滅多なことではしないでしょうから、もしかしたら、これを読んでいる君はまだ由生にまだ会ったことないのかもしれないなあ。

今でもきっと、新田家に飾られているはずですから、今度会いに行ってあげて欲しいものです。

美しい少年ですよ。とてもね。

君は私の絵を通して彼に後光を見るでしょう。

薄汚れた万人は、彼に平伏せばいいんです。

彼には楽園が相応しい。

そして、それは地上には無いんです。

美人薄命とは、そういう意味なんじゃないかと、私は常々思うのです。

大体、私や貴方が暮らしている場所と由生が暮らせる場所が、同じわけがないじゃあないですか。

そう思うでしょう?




――さて。本題に入りましょう。

こうしてつらつらと長い間、記述した理由は、罪の告白の他にもう一つあります。

この封筒があった私のアトリエの何処かにもう一枚、絵画があります。

ついさっき完成したものです。

この封筒の発見が、書いて時から何年後になるかは分かりませんが、君には隠してあるそれを探して欲しい。

絵画なんてその辺にごろごろ転がっているかもしれませんが、由生の絵を見た後にその絵を見れば、すぐにそれが私の言っている絵であることが分かるでしょう。

アトリエにもし空き巣が入っているのなら、盗まれたかもしれませんが、その場合でも諦めず探した方がいいと思いますよ。

勿論、強制はしませんが…。

時間があったら、この封筒があった秘密部屋の片隅にある、一枚の絵画を見てください。

天窓の下にあるものですよ。

この封筒を持った腕が、瓦礫から一本、出ている絵があるはずです。

体は潰れたつもりで描きました。

君が、この記述にある私の話を真実であると受け止めるのならば、私の描く絵画には多少なりとも魔法っぽいものがあるような気がしませんか?

『空に潜る』では人が落ち、『庭の枝の楽想』では神隠しになった人間がいるという話を、君は聞いている人でしょうか。

死にたくないのなら、期限までに私の指定する絵画を探すことをお勧めします。

期限は、君が潰されているその絵画の裏に年月日を記しておきました。

後で見るように。

私の依頼を達成するにあたり、軍資金は用意してあります。

私の身内の謙吾に会ってください。

もし、この封筒を見つけたのが謙吾自身であるなら…。

今も尚私が好きで、私と『今も昔も良好な義兄弟であった』とその辺の人間に今後も言いたいのならば、ちゃんと私の言うことを聞いて探しなさい。

そして――。


…ああ、駄目ですね。

記すだけなのに、それでも勇気がいる…。

この上更に、罪ではない罪を重ねようとしている。

――でも、私は書く。

とても書かずにはいられない。これが私の最大の願いだ。



そして――、その絵画を、どうか、『永遠の少年』の視界に収まらない、尚かつ近しい場所に、必ず設置してください。

その場所に設置して初めて、それが私の遺作になるだろう。


No.96 『永劫の青年』

20××年 油彩、カンヴァス 99.5,90 H.H』




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