人はそれを「審判」と呼ぶ
「ああ~あっ。参ったな。気分直しにトレーニング・ユニットにでも行って来ようかな」
トランザ(実験監視モニター)を覗いていたオルトレが、ため息をつきながら言った。
「どうした? 日頃粘り強い君らしくないじゃないか」
指導教授のキメトザイが微笑みながら言う。
「テルラが思うように行かなくて …… 」
「テルレラティル3015のことか?」
「はい。状況はますます悪くなっています」
「そう焦るな。研究とは失敗の繰り返しのことを言うんだよ。失敗して失敗して、いい加減諦めかけた頃、突然成功に巡り合うものなんだ。妙な言い方だが、失敗が通常で、成功は間違って訪れるものだ、くらいに思っていた方がいい。そうとでもしないと神経を病んでしまうぞ。もちろん、手を抜くなんてことがあってはならんがね …… そうは言っても、分かり切ったことで、決定的な失敗をする必要はない。 …… オルトレ君。思い切ってケトナを排除するということも考えてみてはどうかね?」
「最終的にはそれも考えてはいますが、せっかくここまで辿り着いたのにと思うと、諦め切れないんですよ。何代にも渡る研究を引き継いだ僕の代でやっと現れたケトナを、僕が排除してしまうなんて出来ません。幸運に恵まれた僕が、先輩達の苦労を潰してしまうなんて …… 」
「ふん。気持ちは分かる。…… テルレラティル3015か。培器が出来て4,540ルエチだったな。ケトナが発生してどのくらいだ?」
「はっきりとケトナと分類できるものは3.6ルエチ前ですが、原型は87.6ルエチ前に発生しています。もしケトナを排除したとして、それに代わるものの発生を待つには時間が無さ過ぎます。有機物を着床させたのは3,800ルエチ前。原型発生が100ルエチ前としても3,700ルエチも掛かっているんですよ」
「しかし、変異なら可能性が有る」
「培器自体は、あと5,500ルエチ位は持つでしょうが、生息条件としては、1,750~2,300ルエチ位が限度でしょう。他の種が変異する可能性は有るでしょうか? また、変異したとして、ケトナと同じ水準に達するまでに、どの位の時間が必要と思いますか?」
「集団の中で或る物が欠けると、バランスを取るために、それに代わるものが現れるのが自然の摂理だ。だから、変異については期待を持って良いと私は思う。だが、どの位の時間が必要かということは、やってみなければ分からん。それと、君はケトナと同じ水準と言ったが、それは、定義としては曖昧で不十分だ。すべてがケトナと同じになったら、それも排除しなければならないことになる。ケトナの何が不都合で、何が有用なのかをきちんと分けなければならない」
「はい。まず、進化の速度ですが、グラフで言えば4,540分のマイナス3.5辺りから、垂直に近い角度で上昇しています。これは、驚異的なことです。それに伴って個体数も急激に増えています」
「個体数については大発生と考えれば、それほど驚異的なことでもない。間もなく劇的に減少し、適正水準に戻ると考えるかね?」
「確かに、上昇線のほとんどの部分で、小規模ですが、個体数調整の現象が度々起こっています。ですが、直近のグラフの変化を微細に見ると、10のマイナス4乗分の1ルエチ前から上昇角度が更に上向いており、今後、個体数の調整が上手く行かなくなる恐れがあるのではないかと思えるのです。グラフの予測値を見れば、適正数に戻るどころか壊滅してしまうことになります」
「手を掛けなくても、排除するのと同じ結果になる訳だな」
「他の種に影響を与えなければ、確かにそういうことになります。」
「そこだよ、オルトレ君。ケトナの最大の欠点は、他の種ばかりか、培器そのものを破壊してしまう可能性が出て来たことだ。通常であれば、大発生は餌が不足することにより、個体の多くが死滅し、適正水準に戻ることで収束する。しかし、ケトナは自ら餌を作る能力を身に付けたことにより、そのセオリーから逸脱してしまっている。だが、ケトナには他の種に例を見ない調整方法がもうひとつ有る。集団で殺し合うという現象だ。自然の摂理とは良くしたもので、餌の不足による調整が上手く行かなくなると、殺し合いの規模は拡大し、ある程度の個体数の調整が行われた。だがケトナは、餌以外にも色々なものを自ら作り出す能力を身に付け、遂には、全てのケトナはもとより、他の種、そして培器までも破壊出来るようになってしまった。それ以前に、培器を傷付けるだけでも、餌の生産限界値を下げることになる。正に自滅に向かっているということだ。君は、何とかしてそれを防ぎたいと思っている。そういうことだね」
「はい。その通りです」
「ケトナが急激に発達し始めた頃の君の興奮を、私は良く覚えている。何代にも渡った研究が、君の手で遂に開花したのだから、どれほどの喜びだったか察せられる。なるほど、ケトナには素晴らしい点がいくつも有る。論文が完成すれば、君は教授の椅子を得ることが出来るだろう。だが、ケトナが培器を含む全てを破壊してしまったら、君の研究は完全に失敗に終わる。単なる失敗ではなく、あとには何も残らなくなる。そうなったら、また新しいテーマを見つけて一から研究を始めなければならなくなるぞ。ケトナに拘る君の気持は分かるが、ケトナを排除した上で、今の培器を保存し、代替え種の変異を待つべきだと私は思う。それがいつになるか。また、変異が起こらない可能性を否定することも出来ないがね」
「先生。本当にケトナは自らを含めて、培器全体を破壊する道を選ぶでしょうか?」
「仮に、一挙に滅ぶ道を選ばなくても、ケトナが撒き散らしている有害物質は、他の種や培器にも悪影響を与え、培器ごと破壊されることになる。ケトナを排除しない限り、今後1,750~2,300ルエチあるはずの培器の生息条件が、10,000分の1ルエチ位しか無くなる可能性があるのだ。ケトナが自ら一挙に滅ぶ道を選ぶのと大差はないよ」
「分かりました。他に方法が無いかもう一度だけ考えさせてください。どうしてもそれが見出せなければ、私の手でケトナを排除し、他の種と培器を保存することにします」




