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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第一章
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第七話 村落組合支部にて

第七話「村落組合支部にて」


「昨晩のことは、悪い夢だったと忘れたかったのですが」


「そういうわけにはいきません」


 新猟師組合の受付はきっぱりと言う。


 当たり前のことだが、宿舎での揉め事は女将モサより、組合へ、きっちりと報告がされていた。


 ただの喧嘩騒ぎであったなら、このようなことは報告されなかったであろう。


 酒場での揉め事等、気性の荒い者も多い、猟師同士ではしょっちゅう起こることだ。いちいち報告なんてしてはいられない。

 しかし、昨晩は小火騒ぎに発展するところであった。流石に、見過ごしてはもらえない事故だ。

 新生種の討伐証明を提出しに受付に訪れ、その際に組合の担当者からキッチリとお小言をもらった。

 ついでに教えられた受付の話では、アトスとスソーラ達は朝早くから呼び出しを喰らい、組合長から延々と説教をされたそうだ。

 私は積極的に喧嘩へ参加をしていなかったと言うことで、お小言程度で済んだらしい。有り難く思わなければならない。


「ところで、報酬は通貨と、配給用の小麦に乾燥トウモロコシ、食用油に、塩、狩猟用の火薬類――日用燃料(ニチヨウネンリョウ)の関係は必要ありませんか?」


 私が申請した討伐報酬の目録を確認し、日用燃料が消されていたことに受付は小首を傾げる。


「ええ、よくよく考えた際、まだ、備蓄で何とかなると思いましたので。まだ、厳冬期には時期もありますし、問題はありません」


 実際、これから短い期間だが暖かい日が続く。それを過ぎると、瞬く間に寒くなるが、それまでの間に、もう一度は村を訪れる事になる。


 必要ならば日用燃料は、その際、手に入れればいい。

 もしかすれば、必要がなくなる可能性もある。


 私は、心のどこかで、あの筒状の透明な塊――クリアジェルに期待を寄せていた。

 まだ、何が判ったわけではないが、直感的に良い燃料になる可能性を秘めていると目論んだわけだ。


 では、用意をしますのでもう暫くお待ちください。と受付から断りを入れられて、私は軽く頷いて了解の意思を送る。

 待合室に設えてある木製の安そうな椅子に腰を掛け、周囲を見渡す。都市の本部に比べれば、建物自体が、木造の質素な造りだ。

 他の新猟師達が、情報の交換をしたり、討伐証明を様々な必需品に交換をしている。

 私はその様子をボゥと見ている。それでも、彼らが話す様々な会話は耳に入り、記憶として残って行く。


 ――ツリーグラットンがやたらと増えている。

 ――最近は三本角も増えてきた。

 ――奥から来たのなら、何か異変があったのかもしれない。


「アラムさん、準備が整いました。交換所へお越しください」


 受付から呼び出しを受け、ゆっくりと立上り交換所へ向かう。


 表に引き連れて来ていたロバの背に、要望をした報酬品が積まれている。結構な量だが、ロバは気にする様子もない。ロバの表情を見て、判るわけではないのだが。


「最近は、小型から中型の新生種が近隣で良く見かけられるようです。大型の凶暴な新生種が森林の奥に発生した可能性が危惧されています。組合から大規模駆除参加要請が発せられた際は、参加協力をお願いします」


 報酬の品の確認をし終えた際に、組合の担当者からそう告げられ、拠点を出る際に放った伝書鳩を受け取る。


「連絡は早めにお願いします。直ぐに来いと言われても、駆け付けられない場所にいますので」


 苦笑交じりに担当者にそう返しておいた。こちらとしては、参加を断る気はない。

 ええ、わかっています。ではお気を付けてと担当者は見送ってくれた。が、幾らも歩かないうちに、出会いたくはない人達が立ち塞がる。


「挨拶もなしに、帰るのかい。都落ちの犯罪者」


 スソーラと昨晩いた若者の片割れだ。火傷をした若者の姿はない。


「あいつは、当面動けないと言われたぜ。落し前どうしてくれる」


「……私はなにもしていませんよ」


 若い男は黙りやがれ、と激昂して怒りをぶつけてくる。

 事実を言ったまでだが、聞く気はない。昨日の今日で、騒ぎを起こしたくはない。


「どうすれば良いのですか」


「荷物全部降ろして、立ち去れよ。でないと、どうなるか……」


 そう言おうとした若者の背後に、建物の影から、のそりと現れた白い髭面で禿頭、顔も、身体つきも大きく、齢に不相応な体格をした年配の男が若者の頭を掴む。


「小僧、さっき言われた事、もう忘れたのかよ」


 そう言うと同時に、鷲掴みにした頭を持ったまま、片手で若者をぶら下げる様に持ちあげる。

 ただ事ではない膂力の持ち主、村落にある新猟師組合の組合長である。


「い、痛てぇよ、く、首がぬ、抜ける!」


 ああそうかい。と組合長はつまらなそうに言うと、若者を後ろへと放り投げた。スソーラは固まって動けない。


「スソーラ、お前が何をするのも勝手だが、いざこざで罪を犯せば罰せられることは忘れるな。女の身で犯罪労働者扱いは辛いぞ」


 組合長は一睨みをすると、スソーラは怯えたように頷いて若い男の元へと駆け寄り、頭を小突いてから、二人でそそくさと逃げて行く。


「お久しぶりです、組合長。騒ぎを起こしてしまい、申し訳ありません」


「なに、絡まれた方が言うことじゃあねえわな。アラム、お前さんは腕のいい猟師なんだ。もっと、堂々としろ。下手(シタテ)に出ているばかりが、いいこととだとは言えないだろう」


 組合長は笑いながら、そう語り掛けてくれた。いまだに、村に馴染めないでいる私を気遣っての言葉だろう。そして、表情を変え、フゥと軽くため息をつく。


「それにしても、若い新猟師の質も善し悪しだ。お前さんのような腕のよい猟師に育ってくれればいいのだがなあ。まあ、今後も精進をしてくれ」


 組合長はそう言い残して建物の中に戻っていった。本当ならば、クリアジェムのことを聞きたい所だが、昨日の騒ぎで実物を失っている。言葉だけで話しても判り難いものだ。数はある。次の機会に聞くとしよう。

 私は立ち去る組合長の背中に軽く頭を下げ、早く進めと抗議するかのように鳴く、ロバを再び引き連れて、早朝で人通りの少ない村落の道を進み始めた。




「では、鹿の肉と皮との交換で宜しいですか」


「ああ、いいよアラム。持っていってくれや」


 村の近在に住む馴染みの農家から数羽の鶏と、菜園で育てる野菜の苗に、家畜用の餌を分けてもらう。

 今いる鶏たちも年老いてきた。卵の産みも悪くなってきている。近いうちに捌いて、美味しく頂くとしよう。


「それにしても、最近は魔獣がここいらにも増えてきたって他の連中が言っていた。猟師達には頑張って貰わねえとなあ」


 農家の主はため息交じりにそう語った。

 魔獣が増え、ここいら一帯に住み着き始めると、彼らが開墾した畑も駄目になる。

 今更、別の場所に行く気にはなれねえからなあ。農家の主は、少し不安そうに語る。


 そのような事態になれば、人が住む場所は今よりもっと減ることだろう。何年先の話かは判らないが、そう、遠い未来ではない。

 わざわざ、そんな事を伝えはしない。誰もが、日々の暮らしにさえも不安を感じている。自分達の何気ない生活が脅かされる恐れ、人が人としての営みを出来なくなる懸念。


 そんな不快感を増長させる様な事を言っても嫌われるだけだ。

 私も好き好んで嫌われたいと思っているわけではない。

 ただ、他人といることが辛いと思っているだけだ。


 だが、私達だって、様々な生き物の暮らしを脅かしてきたのだ。その報いだとと言えないのか。いや、そんな事を考えるのは人間だけだ。他の生き物はそんな難しい事を考えてはいないのだろう。

 私は、交換の品を手にすると、農家の主に、礼を言い、その場を辞去した。彼らの慎ましやかな生活を脅かすような事態が訪れないことを願うしかない。




 ノース・ダグラス・ハイウェイとジュノー復興村をつなぐ、橋を渡る。橋は、旧世紀の遺跡のような物だ。

 どのように造られたのかは判らない。技術に対する知識が失伝されたためだ。

 幾度かの改修や補修が施され、今の状態になったと言うことは判っているが、それを、どうやったのかは判らないでいる。

 橋の構造体は腐食をすることもなく、いまだに橋を支え続けているが、現在の我々では点検は出来ても、不具合の修理をできる見通しがない。

 手を掛けられる者がいなくなれば、いずれ、この橋も人と共に朽ちて崩壊する定めなのかも知れない。

 潮風に当てられながらも、腐食することもない橋をロバと共に渡りながら、ジュノーを眺める。

 私は賑やかだった時代を知りはしない。幼いころに亡くなった祖父の世代は、しきりにあの時代を懐かしんでいたようだが、私には一向に判らない。

 残された書物の記録等で知っては入るが経験をしていないから、どこか、他人事のように思えるだけだ。いつまでも、過去に囚われていても仕方がないことなのだ。


 それは、私自身に一番言えることなのだろうと自嘲する。

 塩辛い潮風が吹く。ざわざわと潮騒の音が聞こえる。


 港湾に船は無い。旧世紀に発達した空路も、海路も今は碌に扱われていない。――大型の新生種に襲われる確率が高いからだ。

 当時この辺りには、まともな陸路がなかったらしく、海路や空路が重要視されていたようだが、現在は、森林を切り開いた陸路を活用するのが一般的だ。海路と空路が閉ざされた際に孤立しないよう、緊急に開発された道路だと伝承されている。


 それでも、魔獣と出くわす可能性が捨てきれない危険な道だ。

 その道を進めば、前線都市へと向かうことが出来る。

 私がここに至るまでに歩んだ道だ。

 もう、戻ることもないであろう。

 

 

 

 道半ば、本土から離れたダグラス島を諸島がつなげるような眺めを見える場所で、珍しい光景と遭遇をした。

 新生種である三本角のご家族一行だ。どうやら、諸島を渡りダグラス島へと移住を試みていたようだ。そこそこに大きい雄の個体が私を見つけ、襲い掛かる準備を始める。雌も、子も同じように鼻息を荒くこちらを睨みつけている。


 突然のことで、銃の準備をしている間は無い。

 猪のように突進をし、三本の角で突き殺しにくることから名付けられた異名は伊達ではない。

 こちらが銃の支度をするまでに、突進は私に届き、あの鋭い角で突き殺されてしまうであろう。

 ロバが怯えて、泣き叫んでいる。逃げられては敵わない。貴重な物資を積んでいるのだ。

 牽いていた綱を、道路の脇にある、くたびれて、板が外れた、落下防止であったはずのガードレールの支柱に手早く括り付ける。

 相手はこちらに向かい始めた。ロバに向かわせるわけにはいかない。命大事にしたいが、物資も大事だ。それに、この程度の相手に遅れを取るわけにはいかない。

 私とて、新猟師だ。人に対しては無様な姿を見せてはいるかもしれないが、魔獣の駆除に掛けては多少の心得がある。


 ロバがいる場所から離れる様に駆ける。三本角も逸れに合わせる様に、軌道を変えてくる。


 起伏の激しい山や森の中とは違い、荒れてはいるものの平らな舗装の上であれば、猪突猛進の軌道も変えてくる。

 人と、獣とでは速さが違う。圧倒的に彼らの方が有利だ。森の方へ駆ける私に目掛けて、雄の三本角が追い付く。

 受け止めることは出来ない。それ程の膂力を持ち合わせてはいない。銃の準備は整わない。手斧で叩き潰せるほど柔な相手ではない。

 もう少し、駆けることが出来れば、大木を背に躱すことも可能であったかも知れないが、そこまでの猶予はない。

 私は念じる。両腕を包むように、意識を集中させる。裾の中に違和感を感じる。掌を何かが包みこむような感触が出来上がる。

 そして、間近に猛進してくる雄の三本角目掛けて、掌を突き出す。柔らかい肉に突き刺さるはずであった、鋭利な角は軌道を逸らされる。勢いで一本の角がへし折れる。

 突然現れた、どうにもならないような硬い物質に突撃を阻まれた三本角は、たたらを踏みつつも体勢を維持しようとする。


 その隙に、紙薬莢を取り出し、歯で食い破り素早く弾込めをする。

 しかし、その間を与えないように体勢を整えた三本角は再度、私に向けて突進をしてくる。

 無駄なあがきだ。この個体と私の能力は相性の関係上、どうあっても――私の方が有利だ。


 両腕で銃を抱え込むように身構える。本来ならば貫かれてしまうはずの両腕に角は阻まれ、お互いに弾ける様にその場を後ずさる。

 三本角はまたものけぞり、たたらを踏む。こちらは、後ずさりはしたが、持ち堪えて体勢は崩れてはいない。

 弾を込め終えた銃床を地面に叩きつけて、至近距離でも狙いを定めて素早く撃つ。三本角は背か頭頂部に掛けて甲殻を持つ。後は硬い毛皮に覆われてはいるが銃弾は届く。


 銃声の後に、首筋から血を吹き出した三本角は、よろめいて、その場に倒れる。


 何ものをも阻む三センチの能力。過去の人類が持ち得なかったような異能をもつ人類――新人類の第一世代である私が持つ能力の一つだ。

 今は、認められつつある新人類であるが、私が生まれたころは迫害を受けていたこともある。

 よって、第一世代の者は未だに能力を隠している場合が多い。私もその一人と言える。他の者と共に狩りをしない理由の一つともいえる。


 雄の闘いを鼻息荒く、離れた場所から見ていた雌と子供は、雄が倒れた様子を見て、逃げだす。

 人を見れば必ず襲う第一世代と、生き物としての本能が多少なりとも携わってきている第二世代以降の魔獣との差だ。

 そして、今の人間であれば逃げる魔獣も躊躇なく殺す。見境もなく駆除をする。それが、敵対する相手に対する行動と言える。

 しかし、私は逃げる魔獣の家族を見届ける。本来であれば、新生種の駆除を生業とする新猟師として、あってはいけないことなのかも知れない。

 突然変異かも知れない。地球の環境を変える生態であるかもしれない。人間の天敵であるかも知れない。

 だが、駆逐する必要性はないと思う。魔獣――新生種もまた、地球に生まれた生命体の一つであることは間違いがない。


 共存は出来ないであろう。だが、絶滅させる必要性もない。

 人だけが住める環境にする必要は必ずしもない。

 人が立ち入ったために滅んだ生き物も多いはずだ。

 その生き物達は、人に対して何かをしたのか。


 その結果が今に至る人間の現状であるとするならば、新生種は他の生命から派生した人に対する恨みであるのかも知れない。

 仕留めた三本角の首に縄を括る。食べることはないから血抜きも何もする必要は無い。放置をすれば土壌が汚染されるから持ちかえる。今までなら、処分に困っていたとこだ。


 --だが今は、ギョットが処分をしてくれる。


 死んでも人の害となる魔獣が人に寄って滅ぼされた生き物達の恨みであるならば、あの透き通った青い柔らかな生命体は、人々が願った、人を救う生き物だとでも言うのだろうか。

 明日は、きっと目覚めが悪い。能力を多く使った翌日は頭痛と倦怠感に襲われるのだ。使う時間が長ければ、そのまま酷い頭痛に襲われることもある。容易く、連続して使うことが出来る訳ではない。


 ふと、疑問に思う。

 こんな能力を持つ人間は過去には居なかったらしい。

 新生種が現れたことにより、文明は退化をしたかも知れない。

 反面、人としての能力はどうであろうか。

 人にも変化の兆しが見受けられる。

 もしかすれば、新生種も人に必要な存在であるのかも知れない。

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