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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第一章
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第六話 可能性

第六話「可能性」


 長年を掛けて、ようやく実りつつあった可能性が一夜にしてなくなると言う悪夢を見た。


 目が覚め、夢で見た場所へ行くと悲しい現実があった。


 過ぎたことはしょうがないと言いたいが、悲しいのか、むなしいのか判らないモヤモヤとした気持ちが直ぐに晴れる訳ではない。


『まあ、また集めればいいことです』


 気にしているかもしれないので、一応、ギョットにそう告げる。


『でも、また、食べるかも知れないよ』


 残念なことに、彼に悪気はこれっぽちもなかったようだ。

 

 結局、彼が消費した硝石丘、魔獣の糞の山は、篭一杯の透明な筒状の塊に変わってしまった。

 篭に積まれた塊を一つ手に取る。冷やりとしている。ギョットと同じような柔らかさはあるが、簡単に握りつぶすことは出来そうもない。


 それでも、力を込めれば、握りつぶすことは可能かも知れないが、今は止めておこう。

 ギョットは、これを自らの排泄物だと言った。

 その割には、臭いも何もない。


 今、こうして平然と手で触れるように、我々の排泄する汚物とはまるで違う。不衛生な物とはとても思えない。

 

 私が知る、どの物質とも違う。見当が付かない。

 ――保留にするしかないようだ。今は、差し迫ってやるべきことがある。




『この森には食べるものがいっぱいあるね、アラムさん』


『ええ、豊かな森と言ってよいでしょう。気に入りましたか』


 ギョットは「ウン」と返事を返す。彼を共に連れて、魔獣の糞場の処理、以前に仕留め、形の残る遺骸の処理をして貰った。

 本来ならば、このような汚れ仕事を頼むことは、後ろめたい気持ちになっておかしくないわけだが、ギョット自身は食事をしている感覚なので、こちらとしても安心して任せられる。


 一通りの始末が終わった頃には、例の透明な塊も幾つか手に入った。結局、一体何なのかは判っていないが、そこらに捨てておくのも後味が悪いので、とりあえず持って帰るとする。


 今まで長い時間を掛けて始末してきた処理を、いとも簡単に済ませることが出来たのは、ギョットのおかげと言える。

 この作業を済ませたことで、予定よりも早くジュノー復興村へと行くことが出来る様になった。


 住居に戻ると必要物資の整理をしつつ、不足している物資の点検を行う。食料品類、衣類、医薬品、火薬等、様々な物が目減りをしている。余り、村へと行かなかったツケが溜まってきていたようだ。


 村へと行くのは気が引ける。私は放浪のすえジュノーへたどり着き、過去の事情を話せば都市から落ちてきた人間の為、どこか色眼鏡で見られている雰囲気がある。全員なわけではない。おかしな縁で知り合った友人もいる。優しい人間も多い。だが、やはり、どこか、居心地は悪い。


 結局は余所者なのだ。だからこうして、村から離れ、人気のない場所で、一人暮らしている。寂しさには、もう慣れた。


 村へ行くのに際して、一つ問題がある。ギョットである。彼を連れて行って良いものか、考えどころだ。


 結論として、今回は村へと連れて行くことは見送ることにしている。私自身が彼の事を良く分かってはいない。

 危害を加えてくるような生き物ではないことは確かだと思うが、もう少し、認識を深めてから連れて行った方が良いだろう。


『ギョット、突然で申し訳ありませんが、二日ほど家を空けます。食料が必要なら、森で集めてきます』


『どこか行っちゃうの、アラムさん』


『いえ、必要な物を集めに行かなければいけないだけです。又、帰ってきます。今回は、ここで待っていてもらいたいのです』


『そうなんだ。判ったよアラムさん。食べ物は大丈夫。エネルギーは、結構、溜まっているから、問題は無いよ』


 ギョットはこちらの事を疑いもせずに、了承の返事をしてくれる。例え、帰って来た時にいなかったとしても驚きはしない。

 彼と出会ったのは、つい先日だ。彼も、たった一日で、私に対して、心を許している訳ではないだろう。

 それに、森の中をうろつくよりかは、この拠点にある、住居の中にいたほうがよっぽど安全だ。




『では、行ってきます』


『ハーイ、アラムさん』


 翌朝、今迄集めていた魔獣の駆除証明をまとめた物をロバの背に乗せ、私は村へと向かう。ギョットに留守番は任せた。


 まあ、人が来るようなことはないから、特に問題はないであろう。

 

 敷地内からは出ない様に良く言って聞かせておいた。そのへんは、出会った時に襲われた経験もあるから、ギョット自身もよく承知をしているようだ。

 

 村へは徒歩で、朝出発して、夕方に着く程度の距離がある。

 背嚢の他に肩から下げた鞄には、昼食となるサンドイッチを仕込んである。


 そして、ギョットが生み出した透明な塊を一つ持って来た。なんとなく、手にした際に、鞄の中へと入れてしまった。

 村の誰かに見せても、判るわけではないと思う。ただ、万が一もあると、何故かは判らないが、ふと思ったのだ。

 

 ノース・ダグラス・ハイウェイ――過去の文明が作った道路だ。


 超高耐久アスファルトはヒビ割れ、割れ目から雑草が生え生い茂っている。手入れをする者がいなければ、どれだけ高性能な素材で舗装された道路と言えども、自然の力に屈服し、いずれは荒れ放題になる。それでも、獣道を進むよりかはよっぽど歩きやすい。

 

 道路の両側は針葉樹林で覆われている。南は私が狩場とする森であり、北側は、少し抜ければフリッツ海へと面している。

 海岸沿いでは、海獣やら、魔獣やらがそこかしこで日向ぼっこをしていることであろう。人間が少なくなったおかげで、海の生態系も又、復活しつつあるのだ。

 

 人間は結局の所、他の生態系にしてみれば、悪魔のような存在であったのかも知れない。

 なら、それを駆逐しつつある新生種、魔獣は、案外、神の使いなのかも知れない。

 

 ――割れながら、実に馬鹿げた、自虐的な考えだ。

 

 

 

 陽が傾きかけたころ、ジュノー復興村へとたどり着いた。一日かけて歩くことは疲れる。早く、宿で休みたいところだ。

 

 ジュノー復興村は、アラスカ方面の物資が一旦集まる、中規模の復興村だ。この付近一帯では、一番大きい復興村と言える。ここから更に、何日かかけて南下すれば、前線都市ワシントンへと辿りつく。

 

 過去に栄えた、強いアメリカはもうない。


 幾つかの大都市に、上級国民や特権階級と言える者達が集まり、二次、三次産業、軍需、政治を営み、その他大勢は都市周辺でスラムを築くか、都市からやや離れた場所で寄り集まり中小規模の村落を作り、都市へ税代わりに納品するためと自給の為、細々とした一次産業を営んでいる。

 

 人の間に造られた貧富の差は、人が減っても、結局なくなることはなかった。いや、より一層、酷くなったと言える。

 

 魔獣から奪われた土地を奪い返す名目で、多くの物資は、軍事力を保有する都市部に集まる。都市にいる政治家達は、いずれ大攻勢をしかけ、魔獣を駆逐すると言うのだが、私から言わせれば、それこそ、夢のまた夢だ。


「あら、本当に、久しぶりだね、アラム。ゆっくりしていくのかい」


「いえ、必要な物資の調達が終われば、明日には出立します」


「なんだい、そうなのかい。たまにはゆっくりしていきなよ」


 恰幅のよい猟師組合宿舎の女将のモサは、付き合いの悪い私に対しても嫌なそぶりも見せず、明るい声を掛けて出迎えてくれた。

 今の反応を見る限り、朝のうちに出しておいた伝書鳩は無事に辿りついていたようだ。部屋の心配をすることはなくなった。


「これからどうするんだい」


「部屋に荷物を置いて、少し休んだ後で食事を摂らせて下さい」


 ああ、わかったよ美味い物を食べさせてやるからねと元気よく返事をしながら部屋のカギを渡してくれる。


 新猟師は、別段、ジュノー復興村に住んでいるわけではない。大半が、近郊の村々に住んでいる。私のように、人里離れた場所へ住む者は流石にあまり居ない。

 駆除した魔獣の駆除証明を換金出来る猟師組合はジュノーにしかないため、泊りがけで来訪する新猟師用に簡易宿舎を管理をしている。登録された新猟師であれば、格安で寝泊まりが出来る。


 女将から預かった鍵を手にして、所定の部屋へと向かう。ロバは外の小屋へと繋いでおいた。ずっしりと重い荷物を早く降ろして、休みたい。脚がくたびれてしょうがないのだ。




「よお、アラム、久しぶりだな」


 一休みしてから、独り食堂で提供された食事、生野菜の盛り合わせと鶏肉の煮込み、白身魚の揚げ物を肴に葡萄酒を飲んでいると、厚かましく同席をしてくる男が来た。

 少し古びた深い緑色のターバンを頭に巻いた、アラブ系の、私と同年代の男。同業者であり、村での数少ない友人、アトスだ。


「やあ、アトス。元気でしたか」


「見ての通りさ」


 口ひげを生やした浅黒い顔に笑みを浮かべている。白い歯を見せたまま、女将に向かって、私と同じ料理を大声で頼んでいる。

 待つこともなく、料理が運ばれ、彼は私の頼んだ、葡萄酒の瓶から、杯に赤い色をした液体を並々と注ぎ、こちらに掲げてくる。


「ご馳走になるよ」


「まったく、相も変わらずです」


 苦笑いを浮かべつつ、彼の掲げた杯に自分の杯を軽くぶつけ、お互いに葡萄酒を飲み干し、改めて、互いに酒を注ぎ合う。


「最近の調子はどうだ」


「以前よりも、島に住む魔獣の量が増えてきている感じはします」


 仕方がないことさと、当たり前の事のように、彼は告げる。

 実際、当たり前のことなのだ。

 人間は減り、魔獣は進化し、個体の数を再び増やし続けている。


 ふと、彼に例の物を見せてみようと思い、鞄から透明な筒状の塊を取り出し見せる。酔いが回らないうちに意見を聞いてみたかったからだ。


「アトス、最近、狩場でこのような物を見かけたことはありますか」


「……なんだい、こりゃ。見たことねえな。触ってもいいかい」


 触ることへ断りを入れる彼に、ええ、どうぞと返事をしてから、物を手渡す。


 アトスは、冷たく柔らかいといい、手の中で握り続ける。顔に近づけ、まじまじと見て、臭いをかぐ。流石に、口に含もうとはしていない。


「悪いな、知らねえものだ」


「いえ、私もつい最近見つけたものです。この辺りに長く住む、貴方なら知っているかもしれないと思っただけですから」


 アトスは頭の後ろを掻きつつ、済まなそうな顔で物を返してくる。私は苦笑を浮かべ、気にすることはないですよと答えておく。


「組合長にも聞いてみたらどうだ。あの人はここらで一番の古株新猟師だ。後は、女将の旦那も古くからいるが、いつ帰って来るかはわからねえしな」


「そうですね。そうして見ます」


 手にした透明な塊を上着のポケットに終う。アトスの提案の通り、明日の朝、組合に寄った際に聞いてみることにしよう。何かが判らなくてもいい。判らないことが、判っただけでも収穫になる。


 アトスとの、取りとめもない、会話が続く。久しぶりに、気のおける友人と語らい、アルコールが混じり、一時の気分のよい時間を過ごせる。

 

 だが、そう感じさせる時は僅かでもある。

 

「男同士でむさ苦しく酒を交わしてるじゃないか」


 声がした方向に眼を向けると、ウエブの掛った長い黒髪をもつ、小麦色の肌をした筋肉質だがグラマラスな体つきの、見た目は魅力ある女性が、見下したような笑みをこちらに向けている。

  

 背後には、下卑た笑みを浮かべる若い男が二人控えている。手には、酒瓶を持っている。

 三人とも顔が紅潮をしているので、それなりに酔っぱらっているのだろう。


 アトスが後ろ背に、嫌な奴が来たという目つきを隠しもせずに女性に向けている。


「……なにか、ようか、スソーラ」


「なに、アトスが一人寂しい都落ちの男に、情けを掛けているのを見かけたから、声を掛けただけさ」


 用がないなら、さっさと消えろと、声を低くしてアトスは返答する。彼女の言葉をまともに聞く気はないようだ。


「フッ、そんな、都落ちした余所者の白人犯罪者を、いちいち相手にすることはないだろう。アンタも、除け者扱いされるよ、アトス」


「そう言うお前も、いちいちアラムに突っかかって来るんじゃねえよ、スソーラ! 俺はアラムと一緒に飲みたいから、飲んでいるだけだ! それに、アラムは別に悪いことをしたわけじゃあねえし、好き好んで都落ちしたわけでもねえよ! 勝手なことを言いふらすな!」


 アトスがスソーラの言葉に対して烈火のごとく捲くし立てて反論をしてくれる。確かに私は犯罪を犯して、都市を追い出された訳ではない。居づらくなった――あそこに住むのが辛くなっただけだ。


「ハッ、どうだかねえ! 好き好んで都市を出る白人なんていやしないよ! 都市は白人様しか住めやしないからね! こんな、辺鄙な場所にわざわざ住むのは、後ろめたいことをしでかしたからだろうよ!」


 アトスとスソーラの口論が始まる。


 彼女の後ろに控えていた、若い男達は彼女を支援するように、からかい、挑発するような言葉をこちらに向けてくる。

 

 食堂全体がざわつき始める。

 そこかしこから、様々な野次や罵声が飛び交い始めている。

 

 ウルサイ、ダマレ、デテイケ、ヤレ、ヤッチマエ――

 

 他人事のように悪意ある言葉が飛び交い続ける。

 誰もが、酔いに任せて、無責任な言葉をけしかける。

 

 アトスが席を立ち、彼女と唾を飛ばし合いながら激しい口論を始めてしまう。


 皆を宥めようとする私に対して、不愉快な言葉を吐き続けるスソーラと連れの男二人にアトスは手を出しかねない様子だ。

 

 酔っ払いたちの狙いはそこにあるのだ。三人は私に対する悪意から、他の連中は娯楽や刺激を求めている。

 少ない村の生活の中で起きた、自分とは無関係の位置にある喧嘩騒ぎは、よい見世物と言える。


「やるなら、外でおやり! ここで暴れるのは承知しないよ!」


 いつの間にか厨房から外に出てきていた女将のモサが、手に、調理用の包丁を持ち仁王立ちで、怒りの形相をアトスと三人に向けている。


「チッ、わかったよ、モサ。……アトス、外に出なよ、それとも、女相手に手を出さないとか言う、腰抜けかい」


「フン、どうせ、後ろの二人がいるから強気でいるのだろう。いいさ、相手になってやる。おい、若造共、覚悟はいいな」


 ロートル相手に負けるかよと、若い男二人は下卑た笑いを上げる。私はため息を一つ吐き、アトスに付き合うことにする。できれば、穏便に済ませたかったが、結局、上手くいくはずはなかったのだ。


 外に出る寸前でモサが、申し訳なさそうに声を掛けてきた。


「すまないねえ、アラム。久しぶりに来たのに、こんな目に合わせちまってさ」


「いえ、村になじめないまま甘えている私が原因です」


 そんな事を言わないでおくれよと、モサは返すが、事実である。村に来た当初、村人との関係を築くことが煩わしく、人気(ひとけ)を避ける様な、今の生活を選んだのは私の意思だ。

 そんな私をいつでも明るく迎えてくれる人達もいる。そこに、甘え、そうではない人達との関係をないがしろにしている、ツケが回ってきただけだ。


 特にスソーラのような人達との間に出来たツケは、返すことが不可能な域にまで達しつつある。

 だから、毎度のように私が村に来ると突っかかって来るのだ。今回は、双方ともに酔っぱらてしまったから事態が悪化し、収集がつかなくなってしまったわけだ。


「次は、部屋で食べるようにしますよ」


「それは、させないよ、アラム。たまにしか来ないアンタと話をしたい奴もいるんだ。――さっさと表に出た、あの男みたいにさ」


 次来るまでに、カウンター席でも作っておくよ。


 自分の目の届くところであれば、このような騒ぎは起きないと言いたいのだろう。そこまでして貰う必要は無いとも思うが、彼女なりの優しさなのだ。


「適当にあしらって、戻って来な。怪我なんてしないでおくれよ」


「ええ、わかっています」


 ただ、相手はそうもいかないだろう。特に若い男二人は、いずれかが夜のお供をするであろう、スソーラに良いとこを見せたくてしょうがないようだ。




 宿の入口には、闇夜を照らすために、篝火が焚かれている。眠る頃には、この火も消される。時折、薪から火の粉が散っている。


 いつの頃から、地球の夜は深くなった。旧世紀の頃は、夜でも煌々と明るくしていたそうだ。

 今は、松明の火と星と月の灯りが闇を照らすだけだ。だが、私には十分な明かりだ。


「こうも暗いとアンタの顔は判別が付かないよアトス。居るか居ないか分からないようだよ」


「余計な口を訊くなよ、スソーラ。相手はそこの若造達だろう。ほれ、さっさとこい」


 互いに、互いを挑発している。男達はニヤニヤと笑みを浮かべたままだ。若く、体力に自信のある自分達が勝つことを信じて、疑わないのだろう。


「アトス、止めにしませんか。スソーラ、私がいることで気を悪くしているのなら、謝ります。喧嘩はやめましょう」


「地面に頭をこすりつけて、靴を舐めるなら許してやるよ」


 宿の入口から出て皆に歩み寄り、直ぐに掛けた私の言葉に、取りつく島もなくスソーラは見下した返事をする。穏便に済ますことはどうしても出来ないようだ。


「おい、都落ちの犯罪者、やる気がないなら、ただ、殴らせろ。それで、多少は気が済むってもんだ、よっ」


 不意に、若者の一人が手にした酒瓶を私の頭めがけて振り下ろす。酔っていたせいか、咄嗟の事で上手く避けることが出来ない。

 頭に意識を向けて、力を込める。盛大な音と共に瓶は割れる。中身は余りなかったのか、濡れることはない。


 割れたガラスの破片や粉が辺りに飛び散る。

 アトスが、慌てて若者の肩を突き飛ばし、私の様子を伺う。


「おい、大丈夫かアラム! 怪我は、ないのか」


「ええ、頑丈な頭をしていますので」


 その様子を見て、肩を突き飛ばされた若者が、間髪を入れずに、私達に向けて割れた瓶を突き出してきたので、別々の方向に飛び避ける。


「ケッ、本当にケガをしてないのか、硬い頭だなあ、おい! なら、刺さって死ねや!」


 酔っぱらって、理性がなくなりつつあるのか若者は容赦なく、鋭利に割れた瓶を突き出してくる。もう一人の若者は、篝火の松明を手にして、こちらに振り回してくる。


「オイ、幾らなんでも危ねえよ!」


 確かに、危険だ。怪我では済まない可能性が高い。法的な意識が低くなりつつあるからといって、殺人を許容するほど無法な状態では無い。

 スソーラは、一方的になりつつある、喧嘩の様子を眺めて楽しそうに笑っている。宿の外に出ているとはいえ、喧嘩を見ようと外に出てきた酔客も多い、モサが気付くまでにそれほど時間はかからないだろうが、それまで、手を出さないようにしなければいけない。


 そんな気遣いに、意識が逸れ、振り回される松明を避けた際に、よろめいてしまう。


 その時、ポケットに入れていた透明な塊が落ちてしまった。慌てて、拾おうとするも、松明を振り回していた若者が気付いて、先に拾われてしまった。


「おい、こいつはなんだ? 見たことが無いな」


「私も、よく知らないのです。……返してもらえませんか」


 つまらないものを見るかのように、塊を眺めた後、私の顔を見る。塊を何度か手の中で持ち遊び、人を馬鹿にしたような顔をした後に――握りつぶしてしまった。


「へ、やなこった。なんだいこいつは、潰したら液が溢れやがって、汚いったら、ありゃしないぜって、おい、アチィイ!!」


 塊は握りつぶされると、液状に変わり、飛び散り男の腕や衣服を濡らした時、そこに、松明の火の粉が散り、若者に引火した。

 火は若者の服や腕に引火すると、瞬く間に燃え広がる。松明を手放した若者は地面へと転げまわり、必死に火を消そうともがき始める。

 若者に駆け寄った私も上着を脱ぎ、火を叩き消すことを試みているが、消える気配が感じられない。


 観客たちが大騒ぎを始めるが、遠巻きにしているだけで、誰も手を貸そうとはしない。

 まごまごすれば、こちらに飛び火しそうだが、このままでは、大火傷になってしまう。


「アンタ、一体何をしたのさ! この人殺し! 犯罪者!」


 様子を見た、スソーラが青い顔をして、慌てふためき大声で私に詰め寄り、罵声を叫ぶ。


 気付いた、アトスと、酒瓶を手にした若者のも近寄り、火を消すことに必死だ。


「馬鹿が、調子に乗って松明を振り回すからこうなるんだ!」


「うるせえ! いいから、黙って火を消せよ!」


 そんな中でも、二人は言い合いを止めない。三人掛りでも火が消えない。なぜだ? 幾らなんでも、火の勢いが強すぎる!


 そして、火を消そうとしていた私達、全員に向けて、大量の水が掛けられた。


 でかい桶を持った、モサが肩で息をしつつ、こちらを睨んでいる。

 火は、まだくすぶっているが、どうにか消えた。

 火で覆われた若者は、地面の上で蹲ったまま、うめき声を上げている。火傷は負ったが、死んではいない様だ。


「全く、何をやっているんだい! 喧嘩なら殴り合いじゃないのかい! 宿を燃やす気かい! その馬鹿垂れ、治療するから宿に入れな! 今、直ぐにだよ!」


 宿の奥からは喧嘩を見ずにいた他の客たちも何事かと顔を出す。モサに水の入った木桶を渡している者も居る。モサは、火傷をした男に向けて木桶の中の水を掛ける。


「衣服は脱がすんじゃないよ! 水膨れが破けないようにそっと運ぶんだ! アトス、アラム、スソーラ、この事は組合に報告するよ。特に、スソーラ。アンタ、新猟師じゃないのかい、女だからって、あの程度のことで慌てふためいているんなら、猟師辞めな!」


 宿の中から来た客たちが、モサに言われるがままに火傷をした男を宿の中へと運ぶ。

 モサの説教が途切れたのを見計らい、スソーラは舌打ちをして、もう一人の若者のと一緒にその場を、そそくさと立ち去ってしまう。火傷をした男のことなど、気にもしていないようだ。


 喧騒の中、私とアトスも宿に戻る。モサから後で、小言を言われるだろう。酔いは醒めてしまった。


 そして、私は引火の原因が、透明な塊であったことに気付いている。塊を握りつぶすまで、松明の火の粉が彼に引火をする素振りはなかった。

 火は盛大に燃えた。塊は力を加え、液状化させることで何らかの引火物質――燃料になる可能性がある。


 だとすれば、汚物を消費、分解し、引火物質である燃料を生産するギョットは、人類がなしえることができなかった、生産、消費、分解のサイクルを単体で完結する存在となる。


 もし、本当に、そうだとしたら、いや、しかし、事実は目の前で起きた。


 そして、ギョットはもしかすると、人類の抱えていた大きな問題を解決する、唯一の生き物であることになる。

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