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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第四章
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フィナーレ ~素晴らしき世界~

 一体何が起きたのか。私には理解が出来なかった。

 突然起こった出来事に戸惑いを隠せなかった。

 

 愛しい人は微笑んで、親しい人は喜んで。

 誰しもが祝福の表情を、私に向けた。

 

 尊き者、守るべき存在。

 私をここに立たせ歩ませる愛すべき対象。

 



「落ち着け、アラム。気が散る、歩くな」


 椅子にすわり脚を揺さぶりながら、煙草を咥えてから気付き、胸のポケットにしまい込む。


「アトス、君も先程から同じようなことを繰り返しているのですよ」


 お互いに落ち着いていないのだ。初めてのことではないが、こんなことは慣れるものでもない。


「ふん。何を動揺している。男としてみっともない。そもそも、これしきのことで心が揺れ動くことなどネイティブにはありえないことで、本来であれば――」


 エスペが落ち着かない私達に向けて蕩々と文句を垂れ始める。判っている。言葉数の少ない彼が長々と喋る。エスペも落ち着いてはいられないのだ。


「うるさいよ! 静かにおし! 何度言ったら判るんだい! 気が散ってしょうが無い! 何も出来ない男共は黙って待ってな!」


 隔てる壁の向こうから産婆の怒鳴り声が聞こえる。私達は皆、肩をすくめてひとかたまりになって椅子に座る。




 ギョットとオラークルが逝ってから、アンカレッジに住み着き幾度も季節が過ぎ、時は流れた。


 二人を弔う墓は海岸の岬に建てた。墓の中には何もないが気持ちの問題でもあった。


 忘れることは出来ないが、少しだけ平穏な日々を過ごせるようになった。


 その間に、私はロークと再婚をした。お互いに、何かを断ち切りたかったのだろう。肌を重ねるていく最中で、今回の事態が起きた。


 ロークの中に新しい命が宿った。


 大騒ぎである。


 そして、本日、出産が始まり、今ここに至るわけだ。


 出産にはスソーラとワスターレが助産婦として立ち会っている。つい最近までは出産も危険な行為であった。

 ただ、アンカレッジも日本のダイダラ社から復興の手が伸びて、色々と設備が整い、医療体制も整い始めている。


 だが、伝わる話によれば色々と政治的には揉めてはいるようだ。


 とくに本土では反発も生まれていると話が来ている。東方のちっぽけな島国の人間になにができると言ってはいるが、実際問題、現段階の技術力の差は言わずもがなという状況だ。


 以前に出会った日本の巫女だという女性が再興の使者として一度だけ訪ねて、顔を見せた。ギョットのことを聞かれ素直に話すと、そうですかと知っていたような雰囲気で、何事もなかったようにそ

の場を去った。


 あの女性は表情が乏しくて何を考えているかよく判らない。




「……アトス、スソーラの時もこんなに長かったでしょうか」


「覚えてねえよ。黙って待てよ。又、どやされるぞ」


 私の問いかけにアトスはぶっきらぼうに答える。彼とスソーラもいい仲になり、去年、子供を授かっている。


 ネコのトゥートだけは我関せずと窓際であくびをしている。


 しかしながら、本当にこんなに時間が掛かるものなのだろうか。もしかして、ロークとお腹の子になにかあったのでは? 部屋を隔てる壁にある扉を叩き、中の様子を尋ねて窺いたい。


 本当は私も立ち会いたかったが、去年アトスが落ち尽きなく、うろうろしていた際にたたき出されてから、付き添いの男衆の立ち入りが禁じられた。


 顔が濃い癖にコイツは碌な事をしない。


 椅子に座り直し、最近のことを考える。

 

 アンカレッジに住み着き、魔獣を狩ることを改めて職として定めている。以前のように一人ではないから、身の危険は少なくなったとも言える。

 だが、多分、それだけではなく、徐々にだが魔獣の数が減り始めているようだ。

 日本、主にダイダラ社から支給された銃器や武器の活躍はめざましく、又、魔獣の遺体や汚物も安いながら引き取り対象となっている。あの、ギョットの分裂体の餌になるのだろう。


 ギョットの分裂体がどうなっているのか私には判らない。日本の巫女に訪ねてみたが管理は十分にされていると教えられたくらいだ。管理をする、まるで家畜を扱うかのような発言にも思えたが、ギョットの分裂体に興味が沸くことはなかった。


『同じでも、僕じゃないから』


 多分、ギョットのあの言葉がそうさせているのだろう。




 それにしても遅い。まだなのか。大丈夫なのか。


 そんなことを頭の中でグルグルと何度も何度も繰り返し、短いの長いのか判らないまま時が過ぎた頃、部屋の向こうから鳴き声が上がった。


 扉からワスターレが出てくる。


「アラムさん! おめでとうございます! ロークさんも、赤ちゃんも無事です! 可愛い女の子ですよ!」


 以前より少し身体に肉が付き健康的で女性らしくなったワスターレがマスクをとり満面の笑みで私に告げてくれた。


 居ても立っても居られなくなり、部屋に飛び込もうとするが、


「ちゃんと着替えな! 薄汚い格好で来るんじゃないよ!」


 と、奥にいるスソーラから読まれれているかのように大きな声で押しとどめられた。


 ワスターレが苦笑いをしながら、部屋へと案内をしてくれて、着替えを渡してくる。


 そわそわと落ち着かないまま、私は簡易と言われながらも清潔でしっかりと出産のための設備の整った部屋の中へ入る。


 分娩台には寝たまま優しく微笑むのローク姿があった。胸の中には柔らかそうな布にくるまれた我が子がいる。


「見て、アラム。私と貴方の子」


 ロークの小さい呼びかけに、そっと近寄り、胸の中で元気よく泣く我が娘を目にする。

 そっと手を出すと、小さな手が知らずに私の指へと軽く触れる。


 二人目の子。一人目の子と同じ道を歩ませてはならない。


「今度こそは、守ります。必ず」


 私はそう言ってその場に泣き崩れてしまった。






 ロークが退院出来るころ私は愛しい我が子を抱いて岬の墓へと向かい合う。


 ギョットが消えたあのときから、もともとありもしなかったが、信仰は皆無になった。


 だが、二人の魂が安らかであることを願わざるを得ない。


 ギョット、オラークル。二人の、いや、数多の命を糧にして、私とロークの間に新たな命が育まれました。


 北方に位置するこの場所で、少しだけ訪れる暖かい季節に生まれた娘、そして頭に浮かんだ名前はレナータ。


「これが貴方が生きる場所です」


 私は広大な海の先まで見通せるように娘を高く掲げる。


 

 いまだに多くの人は飢えや渇水におびえ、生活をするための燃料は足りずに、不衛生な環境で生きている。

 

 数は少なくなったといえども、魔獣はいまだに蔓延り続け、改善の兆しは乏しく、人口は少なく、文明は崩壊したままの――人にクソのような生を求める惨めな時代。


「だけど、私が守って見せます」


 今度こそ必ずと自らに誓いを立て。

 

 

 

 そして、改めて君に謝辞を述べよう。

 

 

 

 生きて歩むには辛く過酷な時に命を授けた私を許してくれ給え。


 だが、それでも、生まれてきてくれたキミに感謝を捧げる。

 

 歓迎しよう! ようこそ! 素晴らしきくそったれの世界に!

 

 

 

 終


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