第八話 彼の生きた意味は?
「ありえない。僕の身体は父から施された寿命及び疾病からの不死を授かり、細胞は若返りの水で満ちていたはず。ギョット、君の身体は何を含んでいる? アラム君、君は僕に何かを伝えていなかったね」
美青年からしわだらけの老人へと変貌したストラーノは私にむけて忌々しげな視線を送る。私は意図的に何かを隠していた記憶は無い。決して、嘘ではなく、多分……
そういえば、クリアジェムについて彼に話をしただろうか?
私はストラーノの視線からそっと目を外す。
「ふぅ、肝心なところで抜けている。相変わらず君らしい。いや、僕の失態か。そうか、ギョットくん、君が見せた再生の能力。あれは若返りの水だったのだろうね。いや、生命の水ともいうべきものか。そうか、人の身のままである僕の細胞と掛け合わせれば、急激な細胞の活性化は強い毒となっ
てしまったのか……」
身体が衰退してもなお、頭脳の働きは止まることがないストラーノは私の理解出来ない範疇で自分の中で起こっている終末を結論づけている。
「そう。ようやく終わることが出来る。だから、その無粋な銃口を向けるのは止したまえ」
彼を取り囲むように集まったロークと傭兵達は死人が落とした銃をストラーノに向けている。
「……それが、演技じゃあないと判りかねるからねえ」
「ああ、大丈夫、安心したまえ。演技でも偽装でもない」
「何故そう言える」
銃口をむけたまま、ロークはストラーノに冷たく厳しくかつ平坦に問いかける。
ストラーノはしわくちゃの笑みを浮かべる。今までに見たこともない穏やかな笑顔だ。
「僕が望んだことだから。やっと死ねる。誰かの手によってでも、自らの手によってでもなく、結果としては老衰という形でね」
「自殺願望があったのかい」
うんざりとした顔をしてロークはさらに問い詰める。疲れたのかその場に寝そべり始めたストラーノは首を静かに左右へと振る。
「違うよ。それはない。これは僕が昇り上がるための最後の過程。必要なことだったのさ。父が僕に施した施術は完璧でどうしても不老不死から逃れることは出来なかった。自殺は許されない。魂が汚
れる罪悪だ。ヒト種がなにものであったのか? 僕は研究をした結果の結論としてはやはり、その姿形を似せて作らせた存在の元へと至ると考えた。種の起源へ至るには長い年月が必要だ。だが、本来、肉体という枷がそれを許さない。僕は実質人類初の肉体の老いの枷から外れた存在になった」
徐々に、喋るのもおっくうになってきているのか表情に苦悶を浮かべているストラーノは寝そべりながらも語り続ける。
「しかし、それが徒となった。人の身のまま不老不死となっては次の昇華に至らない。どうしても必要な課程を得ることができない。人の更なる進化を妨げる、まるで呪いだ。……だがようやく逝ける。死という美しき衣をまとい私は次なる存在へと昇華し、いずれ復活に至る」
彼はそう言って微笑む。まるで全てを悟ったかのような安らぎを思わせるような笑顔。だが、私、いや、他の皆全ての目には狂った者の笑みにしか見えなかった。
ストラーノは満足げに一人うなずき呼吸が浅くなっていく。争乱を巻き起こした男は一人静かに息を引き取ろうとしている。
これでお終いか。私の悪夢はここで潰える。何も報いないままに。
「いえ、日の本において死は穢れ。多くの穢れをを身に背負った貴方は、大いに穢れた荒御魂として奉られます」
凛とした女性の声が響き渡る。ロークの声ではない。ストラーノに向けていた目線を周囲に向ける。
赤いスカートをと白い布を身にまとった黒髪の女性がまっすぐに立っていた。
あっけにとられる。彼女はどこから現れたのか? そう思っている最中にも周辺の景色が歪み、次々と人の姿が現れる。見たこともない服装、いや明らかに戦うための姿と言って良い。現に見たこともない銃のようなものをこちらに向けている。
「全員手にした銃を捨てろ。そうすれば傷つけることもない」
「撃たれた老体の治療はどうしますか」
「無駄だ。もう助かる見込みはない」
現れた男達は様々なことを矢継ぎ早に口にして、一人の男が指示を出している。
「銃を捨てろ。次はない」
指示を出している男から告げられ、銃口がこちらに向く。有無を言わせる気は無いようだ。ロークと目を合わせて直ぐに手にした愛銃をその場に落とす。他の皆もおとなしく銃を捨てている。
「お、お前達、日本人か? な、何を言っている、ここは露西亜圏内であって、日本でない」
息を引き取る間際であった、ストラーノが怒気を孕んで女に言い放つ。
「支配をすればその国のものとなるのだろう。先の大戦で散々示し合わせた通りではないか。長い年月を経てそんなことも欧米列強諸国の人間は忘れたのか」
代わりに男があきれて見下すような口調でストラーノの言葉に返答をする。女が前に立ち、男を制してストラーノに微笑みを向ける。
「いえ、本日この場を持ってここも大和日本皇国となります。周辺の都市の制圧は完了をしています。よってこの場においても我が国の教えがまかり通ります。よって貴方は穢れた存在の荒御魂として社の中で奉りましょう。では、よしなに」
女は目線をストラーノから外すと木の丸い箱を持った、長い水色のスカートを穿いた男達がストラーノへと近づく。
「ま、待て、僕は神の御許へむかい、神となる存在、決して穢れなどでは――」
ストラーノは無理矢理に丸い箱の中に納められて、太く荒いロープで硬く縛られ持ち運ばれる。彼の終焉はあの箱の中になるようだ。
女は汚いものを見送るかのように、ストラーノを納めた箱が見えなくなるのを見届けてから改めて私達に向き直る。そして、彼女もまたギョットへと視線を止め、すっと頭を下げる。
「御使い様、突然のご無礼をお許し下さい。我が国の巫女頭より西方において神の御使いが現れると託宣を授かりました。それは蒼き姿をした異なる世界からの生まれかわり。転生者だと教えられまし
た。数多の神の加護を授かり、この世に再び人類の繁栄をもたらす存在であるとも言われております」
「ギョットを渡すわけには行きません」
ギョットを御使いと呼ぶ彼女の言葉を遮るように私はきっぱりと言う。女と共にする男達から再び銃口を向けられる。ここに来て、勝算も何もないが、友を見捨てて裏切るのはもう、いい加減まっぴら御免だ。
女は無言のまま男達の銃口を横手で遮り、すっと顔をあげる。平坦のない顔を白く塗り、唇だけがやけに赤い。うっすらと笑みを浮かべているが何を考えているのかよく判らない。
「それは、御使い――ギョット様のご意向でもありましょうか」
『僕は、アラムさんと別れたくない』
私の胸の中で抱きかかえられているギョットは念話を飛ばす。どうやら相手にも聞こえているようだ。能力持ちなのかも知れない。
「……では、こちらを預からせて頂いても宜しいでしょうか」
一人の男が抱えている物体、それはギョットに似るも透明な姿をした存在。ローク達が言うギョットから分裂したというものであった。
「ギョットいいのかい」
『うん、問題ないよ。あれは同じでも、僕じゃあないから』
ギョットは気にもせず了承をする。少し言っている意味が判らないが、問題ないのならいいであろう。
「ありがとうございます」
「多分、そいつの食べ物は魔獣の死骸や汚物です。与えなくても簡単に死ぬことはないと思います。ときおり――」
「高エネルギーの物質を産み出し、分裂もする。託宣と調査で判っている。お前達の国が退行している間、我が国は過去に罵られながらも国を安定のために閉じていたのだ。適正な人の数で、技術知識
を風化させないためにもな」
ストラーノへ質問を返した男があからさまに侮蔑の見下した表情を向け、鼻で笑いながら私の説明を遮った。
「止しなさい隊長。悪気があるわけではありません。過去の因縁はどれだけ永い年月を経ても忘れがたきものなのですよ」
女はそう言って他の男達に下がるように命じる。渋々といった感じで隊長と言われた男は従い指示を送り、出てきた時と同じように姿を周囲の景色に溶け込ませて消えていった。
「あ、アンタ達はなにものなんだい」
ようやく我に返ったロークが女へ問いただす。
「私は大和日本皇国の巫女の一人、彼等は私の護衛兼北方露西亜圏内制圧を命じられているダイダラ社の民間軍事部隊です」
何事もないように彼女は言ってのける。そして改めてギョットへと視線を戻し問いかけてくる。
「ギョット様、本当に宜しいのですか? 我が国へ参られば今少し不自由なく暮らせると存じますが」
『嫌だよう。アラムさんといる。最後まで』
ギョットはそう言うと抱えられたまま身をよじり、嫌がる素振りを見せる。ほう、と一息ため息をつき彼女は首を横に振る。
「できうれば分裂体ではない、本体を召し上げたかったのですが、致し方ありません。本体の同意を得られなければ無理をするなと言い含められています。ああ、そちらの皆様においても、これから、この地この場所はダイダラ社が責任を持って復興を成し遂げます。今までより遙かに文化的な生活となること承ります。では、ごきげんよう」
彼女もそう言い、頭を下げ一歩後ろに下がると、姿を景色に溶け込ませながら消えていった。
「ギョット、この老人の傷を治せますか?」
『まだ、大丈夫』
「止してくれ。このままでいい」
血を流しすぎて身体から血の気を引かせた老人は荒く呼吸をしながらもはっきりとギョットの治療を拒否した。
「私達では手の施しようがないのです」
「熊の親切だ。俺はどうしてもこいつが好きにはなれねえ。お前さんの友だとしても。きっと文明は復興する。人類は再び繁栄する。こいつのおかげでな。せっかく、世界一面が草ぼうぼうになったの
に……」
老人はどうしても人類が再び文明を栄えさせることに反対をしたいようだ。緩やかな衰退が彼の望みなのだろう。
「失ったものを取り戻したい。多くの人々の願いでもあります」
「七人は一人をまたずか。違いねえ。俺だけの我が儘なのかもしれねえ。もう疲れた。このまま逝く。女も死んだ。女を殺した奴も、ざまあねえ、犬死にだ。忘れるな! 幾ら栄えても起こるべきこは起きる! 善い争いなんてありゃしねえ! けんかのあとでゲンコツを振るうな! 無くしてから嘆くな! 例え真実が目に痛くとも、お前達が望んだことだ。大切にしろ……」
老人は私の両肩を掴み死の間際と思えないほどの大きな声で私に伝える。そして、力がなくなりその場に崩れて落ちる。言っている意味の大半はよく判らないが、それでも大事なことなのだと私は思う。
「行こう、アラム。たくさんの人が死んだから、やることがたくさんできた。手伝ってくれるかい」
「ええ、最後まで付き合いましょう」
ロークの力ない言葉に私も力なく応える。胸に抱えたギョットも力なく小さく揺れる。
長年の悪夢はようやく潰えたが、寝覚めは碌なものじゃない。
多くの人の亡骸を埋葬している間に、赤いスカートの女が言い残したように東方から多くの人間が訪れた。
その誰しもが見たこともないような車両に乗り、多くの物資を携えて見るまに焼け落ちた都市を復興し、拡張してゆく。
人が増えたのを見計らうように魔獣達が押し寄せてくるが、復興に訪れた兵士達はことも無く対処し、魔獣達を殲滅していく。そして亡骸はギョットの分裂体が処理を進める。一体では追いつかないのではと思っていると、分裂体が更に分裂を始めた。
私がちらちらと観察している最中にクリアジェムらしきものも産み出しているものの、食糧となる魔獣の供給が過剰なせいか分裂も多く起こっている。まあ、あの分裂体は食うものには事欠かないか
ら心配は無いのだろう。
しかし、本体と言うべきギョットは魔獣を処理しても以前より小さいまま大きくなることはない。怪我人達に対して治癒の能力を振るっているせいもあるのだろうか。少し心配だが、至って元気そうだし、ギョット自身も大丈夫と言っている。問題はないのだろう。
忙しく日々を過ごせば時は大いに流れたようだ。いつのまにか、私達がこの場所を離れ、アンカレッジへ戻る時が来ていた。
「本当に私達と一緒に来るのですか」
「ああ、復興はダイダラの奴らに任せれば事が済むし、ここでは哀しいことがありすぎたからね。もう残りたくはないのさ」
砂浜に立ち、海風に金色の長い髪をなびかせながらロークは寂しそうに語る。無意識に顔の傷を撫でている。以前、自分で癖だと笑いながら教えてくれた。
砂浜にはギョットを抱える私と、ネコのトゥートを抱えるローク。傍らには愛車のズィ・ナビ。ロークが引き連れていた傭兵達との別れは済ませた。後のことは副長に任せたらしい。
「まあ、これからは傭兵家業もしないで済むだろうから、簡単に死ぬことはないだろうさ」
副長は当面の間は復興と再興にともなう建設工事に携わると笑いながら話していた。資金はダイダラ社からたんまりと出るから安心だとも言っていた。
「死に別れじゃああるまいし、そのうち戻ってこれますよ」
そう言って副長は私達の別れを結んだ。
「ギョット様。お見送りに参りました」
凛とした女性の声が砂浜に響く。声のした方をみると赤いスカートに白い布を羽織った黒髪の女性が、姿勢を正しくして立っている。小柄なのに、波の音がうるさい浜辺の中で、不思議なほどよく声が通る。
「アラム殿、ギョット様を最後までお願いします。アリョーシャの航路付近の魔獣達も海軍によって駆除されつつあります。ギョット様のおかげでございます。今しばし、夢現をお楽しみ下さりませ。
では、ごきげんよう」
女性はギョットに向けて深々と頭を下げる。私達も軽く頭を下げて愛車に乗り込む。行きよりも少しは楽な道程になってくれそうだ。私は海洋のさきにある廃都市アンカレッジへと思いを馳せていた。
ただ、別れは突然に起こるものだと思い知ることになる。
車中でギョットはよく寝ていた。余り起きることがなかった。彼でも疲れることがあるのだろうと思うくらいだった。
アンカレッジへと近づくと見知った顔を直ぐに見つけた。彫りの深い顔立ちで浅黒い肌のアトス、小麦色の肌をしたスソーラ、黒い肌のエスペ、真っ白い肌のワスターレ。
海沿いで何かをしていたようだが、私の愛車に気付き賢明に手を振りながら近寄ってくる。私も窓を開けて手を振り帰ってきたことを喜び叫ぶ。
「ローク、彼等が私の友人達です。ギョット、起きて下さい。偶然かも知れませんが、皆が出迎えてくれましたよ」
ロークの膝元に抱えながら眠っていたギョットを起こす。車をゆっくりと停めて車内から降りるとアトスが直ぐに抱きつき、手荒く肩を叩いてくる。
「生きて戻ったかアラム! ギョットも健在だな! 問題はなかったか? こちらの方は?」
「こちらはローク・ラジジェーニエ。オラークルのお姉さんです」
私はロークを皆に紹介する。エスペが辺りを窺っている。
「オラークルはどうした」
エスペが訪ねてくる。私は身体を強ばらせる。ロークは抱えていたギョットを私に預けて静かに頭を垂れた。
「オラークルの姉として、私の大事な妹を助けて頂いた皆様にお礼申し上げます。しかしながら、私の妹は争いの最中、その身を犠牲にして遠い場所へと旅立ちました」
ロークの言葉に皆が押し黙る。私はうつむき何も言い出すことが出来ないままでいる。
「多くは聞かないよ。ひどい言い方かも知れないが、弱い者から死ぬ。残念だけど、今の世じゃ当たり前の事だから」
スソーラが口を開き、言葉を聞いたロークがスソーラを睨む。スソーラは目線をそらさずにじっとロークを見つめる。
「無駄死にじゃあなかったのだろう? 幾つもの死を乗り越えて、何でもして私はここに立っている。アンタだってそうだろう」
「そうね。そんなものさ。いつまでも引きずっているわけにもいかないのかね」
顔を上げてロークは呟く。目から涙をこぼしもせずに空を見上げている。
「おいおい、スソーラ、なにを突然言い出す、痛て、つねるな!」
驚いた顔で茶化すアトスの頬を思いっきりスソーラがつねりあげる。あれは、アトスが悪いのだろう。
『ハハハ! スソーラさん、アトスさんの頬が取れちゃうよ!』
いつの間にか起きて、その様子を見ているかのようにギョットが笑い出す。
『ああ! すごい、水がたくさん! お空が青い! 雲がきれい! エスペさんは真っ黒! ワスターレは真っ白だったんだね! すごい、すごい! 風が気持ちいい! だけど、寒い! 元の世界と変わらない! この四角い塊はなに?』
私の胸の中ではしゃぐようにギョットがうごめく。私の傍らにあるのは我が愛車のはず。
「こ、これが私達が運転していた自動車です。ギョ、ギョット、君、周囲の景色が見えるのですか?」
何故、突然? 今まで見えなかったのに?
『うん! アラムさん! アトスさん、スソーラさん、エスペさん、ワスターレ、ロークさん、それにアラムさんの顔もしっかりと判る! やっぱり人間だったんだ! トゥートはとても綺麗』
「ギョット! そうか! みえるのか! 水は海だ、でかくて広い、潮風はどうだ、塩辛いだろう」
驚きながらもアトスはギョットに顔を近づけて、海について教え始める。表情は窺えない。
『うん、風が変な味! 森も見える! ここがアラムさんの居たところ?』
「違いますよ、ギョット。私の住処だった場所はここよりずっと離れた場所にあります」
戸惑いを内心に押しとどめて、私は答える。戻ることはない住処。そしてギョットと出会った、ジュノー近郊の森。
『ああ、これがアラムさんの声、鳥の声も聞こえる。ザアザアと水の音がする』
「潮騒だ」
エスペが微笑みながらギョットに語りかける。だが、何故そんなに哀しそうな微笑みなのだ。
『周りは寒いね。でもアラムさんは暖かい。僕ね、とっても弱い存在だから、みんなに迷惑を掛けていなかった』
「あんたが弱い? 誰がそんなことを思うのさ。ここにいる皆がアンタに助けられたようなものさ。誇りなよ、ギョット」
スソーラがギョットをそっと撫でる。ワスターレがじっとこちらを見ている。
『けど、オラークルは助けてあげられなかった。ごめんなさい』
「ギョットが謝ることじゃないよ。あの子が成し遂げた結果さ」
先程まで泣くこともなかったロークの目に涙が溜まり始めている。
なにを、皆、そんなに、哀しむ。
『アラムさん、とっても楽しかった。会えて良かった』
ギョットの身体が弱く、蒼く光り始める。
私は何も言えない。
『ごめんね。もう、お別れみたい。いままで、ありがとう』
「逝くな、ギョット。まだ、これからです」
ふるふると震えてギョットは少し輝くと、私の胸の中で、粒子になって消えてなくなった。
誰もが何も言わないでいる。立ち尽くしている。ロークの手からするりと抜け出したトゥートが私の足下に身体をすり寄せる。
ザアザアと潮騒の音がする。風が冷たい。まだ、この時期は寒いのだ。針葉樹の緑は深いが、奥に行けば雪もある。ついでなら、もっと色々と見て感じれば良かったのに。
私はじっと両手を見つめる。いままで、この中にあの蒼い粘体の知的生命体であるギョットはいたのだ。間違いなく。
「……なにをさせたかったのでしょうか」
私は一人呟く。誰も答えてくれはしない。両膝が崩れ落ちる。
そして、天を仰ぎ声なき声で叫ぶ。
くそったれの神よ! 貴方はギョットに何をさせたかったのか!




