第七話 神のみにならざるもの
私は一人、暗い森の中を闇夜を照らすかのような燃えさかる炎がたつ方向へ、暗視の力で行く手を遮る様々な枝葉をどうにか躱しながら駆けている。
手にした短刀で枝を打ち払い、木の根につまずきそうになりながらも、たたらを踏みつつ踏みとどまり又駆ける。
煙と炎は街の方角だ。野営地は捨てたのか。街には無事皆入れたのか? 走りながらも頭の中に沸いてくる様々な不安や疑問を抱えてなお私は悪夢のような出来事に立ち向かう。
立ち向かったところで何が出来ようか。
解決したところで何かいいことはあるのかい?
色々な言い訳、出来ない理由、やらない答え。さもすれば私の行動を押しつぶそうとする想いを必死にかき消して、皆の元に向かう。
何も出来ないかも知れない。それでもなお、助けたいのだ。
それが、唯一出来なかった悪夢の中の答えのような気がして。
夜明けの間際、薄暗い周辺を照らすように街の周囲を松明を掲げた十字兵達が取り囲んでいた。少し離れた森の影から様子を窺う私に気付く者はいない。
兵隊達からは嫌な雰囲気が零れている。
自らが信仰する神のみが唯一だという高慢な想いが激情に駆られ、自らが何かを産み出そうともせずに異教徒と呼ぶ者達が持つ物をねたみ、数を頼みに弱者から奪い、犯し、喰らう。
『唯一の神たる者を信仰するものが栄えるためにも、ヒトの形を変えて尚生きる異端者達に神の罰を。ヒトならざる獣達に慈悲は無用』
拡声された声がこだますると十字兵達は雄叫びを上げ、街を隔離する壁へと走り出す。
「撃て、撃て! 近づけるな! 撃て」
狂乱の最中でもよく響き渡る知った声――ロークの指示で街の壁の上から銃弾がこだまする。
数を頼りにした十字兵達は狂った信仰を胸に銃弾で倒れる同士達を見向きもせずにハシゴを掛け、防壁代わりに山積みされた瓦礫や魔獣の遺骸、汚物を片付けようと重機をまとったゴーレムが向かっている。
数の差が大きすぎて勝負にならない様だ。私は様子を見て震えて何も出来ないでいる。結局ここまできたのに何も出来ない。幾ら激情に駆られたとしても、狂った相手だとしても、私にヒトは殺せないのだ。
「そして、この国はわれらの主、メシアのものとなるとでも想っているのでしょーか? ハハハ! 他を認めない者が多種多様な生がはびこるこの惑星を治められるとでも思っているのか
な」
一方的な展開、どうしようもない状況。それを打破するかのように私がいる場所とは別の所から救世主は現れた。
ただ、それはヒトにとって、私にとっても救いとは言えない。
『迎え撃ちなさい! あれこそが悪魔の化身! 世紀末の獣の主!』
「怒りをこめた七つの鉢の中身をぶちまけてこの世を滅ぼすのかい? 自分の意のままにならない答えに癇癪をもった子供じゃああるまいし。信じることの強要はそれだけで罪だということがわからないのかなあ」
死者と魔獣を引き連れた所長――ストラーノ達はガルゲンを先頭にして十字兵達へと襲いかかる。銃撃は新手の方に向けられる。
しかし新手は銃弾をものともせずに襲いかかる。信仰でもなんでもない。ただ理性無き本能のままに。
街の傭兵達はどちらへも銃弾を放つ。どちらも敵だと認識をしているかのように。
『止めよ! 止めよ! 悪魔を止めよ! 神の民たる我らが負けるはずは・・・・・・』
上と横からの襲撃を受けてそれなりにいた十字兵達は櫛の歯が抜けるように数を減らしていく。そして、人の中に埋もれていた御輿が現れる。
地面から這い寄ったガルゲンが御輿の周りの兵達を次々に殺め、殺められた兵達は立ち上がり周りの兵に襲いかかる。
「きみの負けだ。残念ながら、いのちの書に名前が載っていなかったのかな? 社会的な不公正はいけないと言っていたわりには考え方が選民的な思想だよね」
ストラーノは自ら御輿の中にいた老人を蹴り出し一瞥を向ける。すぐに興味を失ったのか冷めた目線を命乞いをする老人へと向ける。
「なにもないね。無能だ。どうして御輿に担ぎ上げられたのかは知らないけど。かの男のように煽り立てることにだけは秀でていたのかな。教えもねじ曲がり伝われば悪しきに変わるものだね」
ストラーノがそっぽを向くと老人は四つん這いになりながらも逃げようとするが、直ぐにガルゲンに捕まり死者の群れの中へと放り込まれた。悲鳴は響き渡るが一時のことだった。
「……アンタ達は敵ではないと思っていいのかい」
「その割にはよく撃っていたじゃないか。まあ、取引に応じてくれれば悪いようにはしないかな」
街の壁の前に立つストラーノに向けて、壁の上からロークは訝しげに問いかける。ストラーノは笑みをたたえながら取引を持ちかけている。
「ギョットくんとアラム君を渡してくれないか。それだけで済む」
その場にギョットはいても私はいない。ストラーノはそのことを知らない。
「断ったら」
「まあ、工事用重作業着も残っているし、先程新たな戦力も増加したことだから……皆殺しかな。おっと、君達は結構有能そうだから捕獲して実験にも回そうかな」
クツクツと悪魔のように笑いながらストラーノは答える。遠目から見ても判るロークは顔を歪めている。あれが、味方ではないことは理解したのだろう。
「……そうさねえ、それはできな――」
ロークの言葉を遮るように私は上空に向けて銃弾を放つ。
「ストラーノ! 私はここだ! ここにいる!」
先程まで震えていたのに、私は放った分の銃弾を込めつつ死者と魔獣の集団へと歩み寄る。
「おやおや、アラム君は別の場所にいたのかな?」
「そうだ! だが関係の無いことだ! 私がそちらに行く!」
私が犠牲になれば皆を救えるのならばそうしよう。だが、ギョットはどうする? 彼も巻き込むのか?
「そう、ならこれを持っていきな!」
私は目を疑う。ロークはいつからか手にした物体をストラーノに向けて投げ落とした。それは、粘性を持つ生き物、スライムと名乗ったギョット? にしては青みがない? 透明? クリアジェムにしては大きすぎる?
「? いさぎよい?」
「アラム! 走れーー!」
ロークが叫ぶ。私は反射するように駆け出す。どこへ? 門の前は死者と魔獣の群れで一杯だ。しかし、集団が突如として動き出す。ストラーノのいる方角、ギョットではない何かが放り出された方へ。
芳しき芳醇で濃厚な香りを放ち始めたもとへ。
「ぐぅ、なんだこれ、なんだこれは! た、たまらねえ」
ガルゲンが一人地に手を突きあらがう様子が見えた。理性のない本能で動く死者と魔獣の群れは、叩きつぶれたギョットもどきの液体と入り混じり突如として芳香を漂わせた物質、魔獣の遺骸と汚物の塊に向け群がっている。まるで砂糖に集る蟻のように。
「いったい、これは?」
ストラーノが珍しく呆然としている。理解の範疇の出来事に理性が追いつかないのだろうか。
「副長! やれ!」
「まかせろ姐さん!」
呼ばれた副長はこめかみに指を当てて目を閉じる。私は様子を見つつも門の方へと駆けている。遮る者はいない。瓦礫と遺体の山という障害を乗り越える。
「アラムが退いた! あそこにも投げな!」
ロークの合図を受けて新たな物体、今度は間違いなくクリアジェムがあちらこちらに点在している瓦礫と遺体の山に投げつけられる。
破裂と共に立ちのぼる芳醇な香り。群がる死人と魔獣。つかの間、始めの山が突如として爆ぜた。
「副長!」
ロークの声と共に副長がまた動作を始める。若干辛そうだ。あれが、彼の能力? 爆発させる能力?
障害と爆発音を乗り越えて私は街の門をくぐる。「投げろ! 火を放て!」威勢のよいロークの声。そして私に気付いたロークはすぐに階段を駆け下りてくる。
「アラム、戻ったんだね! 済まない、私は気が立って」
「お互い様です。私も、おかしくなっていたのです。それで、ギョットは――」
『アラムさん!』
ギョットは跳ねて私の元へと飛び込んできた。元気そうでなによりだ。
「ローク、始めの物体は? それにあの香りは?」
「ギョットがね分裂をしたものさ。エネルギーが余りすぎたって本人は言っていたよ。ただねえ、分裂した物体はなにも喋らないし、結構もろい。能力はある程度変わらないのにねえ」
分裂?! また奇妙なことが起きた。ギョットは本当にいったいどういう生態をしていのだろうか。
「香りはねえ、クリアジェムの成分が魔獣の遺体や汚物と反応すると発生するんだ。偶然なんだ。敵味方の遺体を燃やそうとクリアジェムを振りかけて判ったんだよ」
そしたら森の中から魔獣が押し寄せて来て、おしまいかと思ったら香りの元に群がるだけで、処理が簡単だったという顛末らしい。
爆発の元は障害物の山の中に隠された手榴弾だということだ。副長は離れた場所の物を動かす能力を持っていると教えられた。
「いい香りでも人は集まるほどではない。しかし、魔獣は群がる」
「そう。ストラーノって言う奴はきっとまた戦闘の最中に戻ってくると思ったよ。随分と十字兵共を煩わしそうにしていたからね」
又、戻る。ストラーノの言葉を律儀に信用してやったのさとロークは笑う。まだ、爆発音は続いている。だが、相手の指向を操れれば勝てない戦いではないとロークは言う。
だから、一つだけ思い違いがあったようだ。
「随分と手を煩わすじゃないか、アラム君!」
『えっ、ふわ!』
私にしがみついていたギョットが突如として引き剥がされて門の前に立つストラーノの元に吸い込まれるように抱え込まれる。
「念動力いわゆるサイコキネシスの研究はとうの昔からおこなわれていたんだよ。新人種にならなくても使える者はいたんだ。弱いながらもね。ただ、魔獣発生以降そういう能力が顕著として現れたのは否めない事実でもあるよ」
ギョットを手にしたストラーノは笑みのへばりついた顔を向けながら得意げに語る。
その身体はつい先程とはまるで違っていた。
「ふう、昔とりこんでいた能力がここで役に立つとは思いもしなかったよ。まあ、ギョットくんが傷付かないようにと思っていたけどそうも言ってはいられなくなったかな。いい加減うんざり、面倒なんだよもう。助けたガルゲンは逆らえないって言ったくせして歯向かってきたし」
ストラーノは、無造作に何もない中空へ手を突っ込み、引きずり出したものを捨てるように放り投げる。ドサリと落ちたそれはわずかにうごめき、にやけた顔を浮かべる下半身と両腕がなくなったガルゲンであった。
「ふ、ふひ、わ、わかっていたさ、あ、アンタに敵うわけ、な、ないってことはよ、だ、だがなあ、許せねえのよ、判ったのよ」
ガルゲンは死の間際、焦点のあわない目、口から血の泡を吹かせてもなおにやけた笑みを浮かべ、己の意思をストラーノへとぶちまけている。
「あ、アンタがよお、俺達兄弟に施した強化改造手術、あ、あれで、お、おかしくなった! 俺も、あ、兄貴も――」
「代償がある。始めに言っておいたじゃないか。もっとも、代償を支払わなければ、あの争いの中で何も持たずにただ、生き延びた貴方達ではこれからの生を全うすることは出来なかったでしょう? 平凡で退屈で何もない空っぽの人生に大きな刺激を与えられた。私の役に立つ素晴らしい事だと思わないかい!」
ケラケラと軽薄で、感情のこもっていない哄笑を、ガルゲンへ向けている。いつになく饒舌で情緒が安定しない様子のストラーノはおそらく爆発に巻き込まれて炭化していた自分の右腕を、ギョットを抱えた左手で難なくもぎ取った。
そして、何事もなかったかのように取り出した自身の身体とサイズがかみ合わない太く大きな右腕を付けあわせた。
「ふ、ふざけるなぁあ! そ、そいつは、ギョティーネ兄貴の、み、右腕でぇえ――」
ストラーノは煩わしい羽虫をつぶすかのように、振り上げた拳をわめくガルゲンへと落として、頭をつぶす。
「ふう。全くうるさいったらありゃしないよ。アラムくん、これが僕がもつもう一つの能力、蘇生復元。頭さえ残っていれば身体は何とでもなるという優れた能力さ」
「す、ストラーノ、あ、あなたはいったい……」
あまりのことに思考が止まる。年齢不詳、幅広くかつ深い知識、老いることのない造形。もしそうならば、彼は、
「違うよ。そうじゃあない。この能力と年齢の問題は別だね。だが、そう、僕は君達が思っている以上に永い年を経ている。神にいたる者の試練だと思っているよ」
恍惚な表情を浮かべつつも、傷ついた身体を予備の身体部分と取り替える作業を止めることはない。だが、できあがった身体はいびつだ。
「ふう、しばらくは身体のバランスを整えるのに難儀しそうかな。まあ、直になれる」
ストラーノの言葉が終えた直後に銃声は鳴り響くが、全ての銃弾は空しく地面にめり込むだけだった。
「ガルゲンの能力ですか……」
「そう。結局こんな事くらいにしか役に立たない兄弟だったよ」
瞬時に伏せて、胴体から生えた節足でズルリとその場から移動をしていた。
「もう、戦力もろくにないだろう。アラムくんの三センチの能力があれば、もしかすれば君は助かるだろうけど。僕はねえ、ギョットくんについて調べさせて貰えば気が済むのだよ。余計な手出しをしない。それにつきると思うよ。僕の戦力はほら、このとおり」
門のそとから何体かの死体が起き上がり、遅い歩みでこちらへと向かってくる。ストラーノの手には小銃が収まっている。
「うん? 損傷が激しかったのか? バカに数が少ないな。でも、君達よりかはずっとましだ。弾薬も、能力も尽きているのだろう。さっきの抵抗が最後の試み。そんなところかな」
ロークの顔を見る。しかめっ面をしている。図星のようだ。ガルゲンが言っていた新しい能力も彼は取り込んでいるらしい。
「そう。これが最後の能力。新人類創造。別人種や新人類と呼ばれる異能をもつ人間の肉体を取り込むことによって、異能も取り込む能力さ。便利だろう。おっと、動かない。じっとしている」
銃口をこちらに向けけん制しつつ、ストラーノは後ずさる。彼が言うように、私一人なら三センチの能力で身を守ることが出来る。
しかし、他の人達を守ることは出来ない。守りたい者を守ることも出来ない、矮小な自分に嫌気が差す。いっそうのこと裸足になって異臭を振りまこうかと思うが、ストラーノへと近づいていく死人達には何も効果は無いだろう。
ゆっくりと門へと近づくストラーノ。バックドアから取り出された各種の銃器が死人達の周りに落とされ、緩慢な動きで死人達も落とされた銃を手に取りゆっくりと後ずさる。
門の近くから一体の傷だらけの魔獣、私の憎むべき生き物であったワームドッグが姿を現す。だが、これも損傷の激しい遺体なのか両前脚が欠損しているようだ?
なら、どうやって移動をしてきた?
「あれ? なんだ、こいつ、お前だれ――」
「終わらねえ、終わらねえのよ! そいつがいなくならない限りは」
ワームドッグの皮を脱ぎ捨て中から粘液にまみれた素っ裸の年老いた薄汚い男がストラーノに向かって飛びかかる。
「な、なんだ、お前! どこの野蛮人だ! 汚い! 手を離せ!」
襤褸をまとわない男は、生まれたままの姿でストラーノが小脇に抱えるギョットを掴んだまま離れない。ストラーノは小銃の銃床で男の頭を小突くのに夢中で、後ろへ現れた影に気付いていない。
影は男が抱きつくストラーノの両膝に向かって駆け込み、両足を刈り取るように両手で抱きついて、ストラーノを派手に転ばせることに成功した。
「い、痛ってえ! な、なんなんだよ! うわ、醜い! は、離れろ! あ、よ、よせ、お前、ギョットを持って行くな! う、撃て、撃ち殺せぇえ!」
ストラーノは金切りの叫び声を上げ、死人達へと指示を出す。あっけにとられる私達をよそに、死人達の銃口は素っ裸の老人、襤褸をもまとわず文明を捨てたと嘯く男に向かう。
「よ、よせ」
どうにか絞り出した声は届くわけもなく銃声は鳴り響き、男の裸体を銃弾が貫いていく。狂った女はその様子を見ることもなく、手にした石でストラーノの頭を滅多打ちにしている。
男がまとっていたワームドッグに透明な塊が投げつけられる。塀の上にいた副長が投擲の姿勢のまま固まっている。
透明な塊、クリアジェムははじけて、得も言われぬ香りを放つ。死人達は、手にした武器を投げ棄て、我を忘れ、ワームドッグの死骸へと群がっていく。
私は死骸に向けてポケットの奥にあった、煤けて黒ずんだオイルライターに火を付けて放り投げる。盛大に火が着き死人と悪夢は炎に巻かれ、焼けていく。
銃声がなる。頭から血を吹いた狂った女が崩れ落ちていく。頭から血を流したストラーノが忌々しげに立ち上がり手にした拳銃で女を滅多撃ちにする。
「この愚か者! 痴れ者! 神にいたる者の頭脳を打擲するなどと人の行う罪深き所行だということがわからないのか! 凶人め! 換えがきかないのだよ、僕の頭脳は!」
今まで見せたことのない怒気を孕ませた表情で死んだ女を睨み付け、手にした銃を投げ棄てて即座に新しい拳銃を手にする。視線は銃弾に貫かれ息も絶え絶えな裸体の老人。いや、ギョットに向けられているのか。
私はギョットを抱えたまま動けない老人の前に立つ。人に向けて撃てない役立たずなくせに、背中に担いでいた愛銃の銃口をストラーノに向けている。
「止まれ、ストラーノ。動くな。私の三センチはどのような銃弾も通さない。形勢は逆転だ。そうだろう」
死人達は火にまかれ黒い炭の塊に変貌を遂げている。ストラーノが銃を取り替える隙を見せたときは、撃つしかないわけだ。
「本当にそう思っているのかい、アラム君。撃てないのだろう。優しい君は。決して人を撃て殺すことができない。ガルゲンはそう言っていた」
人の良い笑みをこちらに浮かべてストラーノはそう言い切る。よく調べている。そして事実だ。結局私に人を殺す度胸はないようだ。それに例え当たったとしても頭以外では意味を成さないだろう。
「違う! アラム、そいつは人じゃあない! 人の皮を被った別の生き物だ! そう思うんだよ!」
ロークの叫び声が聞こえる。判っている。判っていても、私にはどうしてもストラーノが人ではない何かに思えることはない。例え、妻と娘を奪った悪夢の原因だとしても。
引き金を引くための指は震えて止まらず、照準はまともに定まらない。
やはり撃てない。解決は出来ない。私では無理なのだ。
そんな意気地の無い私に変わって誰かがストラーノに飛びかかる
『アラムさんをいじめるな!』
それは、蒼い粘性の生き物。私が孤独に生き長らえていた森の中で出会った不思議な知的生命体。静かで平穏な何事もない、ただ、生きているだけの生き方を転回させた張本人。
私を友と呼び、私を死の淵から蘇らせて、私に裏切られてもなお私を助けてくれて存在。
「こ、こらやめろ! まとわりつくな、い、息がしにくい!」
必死にストラーノの顔にまとわりつき離れようとしないギョット。ストラーノは粘性の塊に手を突っ込み必死に剥がそうとしている。
『お前なんて怖くない! オーガよりも、トロルよりも、オークよりも、コボルトよりも、ゴブリンよりも、なにも持っていないくせに! アラムさんを苛めるな! わあぁ』
身体の一部をストラーノの顔に残したまま、空しくも顔から引き剥がされたギョットは地面に転げ落ちる。投げ落とした本人は顔に手のひらを当て、大袈裟なふりで声を上げる。
「おお、済まないギョットくん。大事な、大事な! 実験体を無造作に投げてしまった。許してくれよ。おお、君の身体の一部が僕に残っている。うん、よいこれはよい。では早速、身体の中に取り込み調べてみよう。君の神秘の力、その仕組みと秘密を我が身に宿して」
顔にまとわりついた蒼い粘体はストラーノの顔に取り込まれていく。私は転げたギョットの元に駆け寄る。
「私なんかのために無理をする。ギョット」
『違うよ。アラムさん。そうじゃないよ』
私の言葉を否定するようにギョットは念話を送る。何が言いたい? 私が改めて問い直そうとするも、突然上がった叫び声に遮られた。
叫び声の主は両膝から崩れ落ちている。水気をもった肌と肉体はひからびて、たるんだ皮が骨にまとわりついているだけだ。
「な、何故?」
疑問の声を上げるのは、両手を地面に尽き、今にも息絶えそうな老人の姿となったストラーノであった。




