第五話 奇襲
「……十人ってところですな」
複眼持ちのコーザが茂みから相手、集落を襲撃した賊の様子を窺い人数を割り出す。
「連中、野営地を築いている様子ですな」
賊は下草を刈り、雑木を切り倒している。一同が、白い布地の上着を纏っているので非常によく目立つ。
「前回の連中とは別の部隊だろうさ。流石に、これだけ堂々と野営地を築こうとしているのを今日まで見過ごさないよ」
ロークは賊から目を離さずに静かに声を掛けてきた。
「海側は用がなければ巡回はしないのさ。人が来るなんて考えもしないからね。裏をかかれたのかも知れない」
前回集落を襲撃した連中とは違う部隊だが、失敗したことを知り、別の襲撃ルートを確立するために野営地を築いたのだろう。
「多分、厄介な相手なんだろうさ。だけど、黙っていれば都市傭兵の名が廃る・・・・・攻撃準備を」
ロークは副長に静かに告げると、副長は黙って頷き、持ち場へと音もなく移動していく。
「ローク、申し訳ないが、先程言った通り、私は・・・・・・」
人は撃ったが殺してはいない。覚悟が足りないのだ。そして、手を貸してくれと請われて着いてきたものの、臆病な私はまだ、人を殺す覚悟が定まらない。
「クリアジェムを放り投げるだけでも構わないさ。それもダメなら、クリアジェムを提供してくれるだけでもいいよ」
それならついてきてもらう必要も無かったと思ったのか、ロークは目を伏せて静かな自嘲気味の笑みを浮かべる。
「……それくらいなら問題はないでしょう」
間接的に人を殺める行動かも知れない。そう考えるだけでも手が震える。ロークの合図を待つ。薄暗い森の中、賊が慎重に樹を切り倒す音が聞こえてくる。
ロークが手を上げ、弧を描くように指先を振り提げる。
指先の方角へと私はクリアジェムを放り投げる。
物体は木々の間をすり抜けて、放物線を描きながら目的の場所へと落下していく。
落ちたと同時に声が上がり、又、別の方角から火矢が飛び込むのが見えた。
一気に火が着き、悲鳴が上がる。
「さあ! 行くよ、行け! 行け! 行け! 撃ち漏らすな!」
ロークが雄叫びを上げて手にした銃を構えて火の方へと飛び込んでいく。なんだかんだと行って私も彼女の後を追う。いざとなったら三センチの能力で彼女を守らなければならない。
「森の真ん中で火を使うのはまずいのではないのですか!」
「消せばいいんだよ! そうする手はずさ!」
周囲から他の傭兵達も一気に賊へと詰め寄っている様子が窺える。銃声も聞こえ始めた。賊は混乱の極みだろう。
奇襲は成功した。残念なことに、生かしてとらえることは出来なかった。副長は相手の情報を知りたがっていたので舌打ちをしていた。
「奇襲は成功しましたが」
「火を消す方が厄介になるとは思わんかった」
煤まみれ、軽い火傷を負いつつ賊の野営地の惨状を目の当たりにする。ロークが頬を掻いている。
「ハハハ、予想以上の燃え広がりだったよ。クリアジェムを甘く見ていたね」
副長と、コーザの複眼があきれた視線をロークに送っている。私自身もため息を思わず吐く。
燻りつつある火の始末は部下に任せたロークと副長達は改めて賊の死体を検分する。私も同行を求められた。
幾つかの死体は火傷の損傷がひどく、炭化している部分もある。銃で倒れた死体は比較的、元の姿のまま残されてはいた。
白い肌、見開かれた瞳孔の色は青。髪は金髪。
「典型的な白人種に見えます」
多分だが、十人全員が白人種だったものと思われる。ふと、前線都市の白人至上主義を思い浮かべるが、前線都市の部隊がここまで来て賊仕事をしているとはとても思えない。
白い布地の上着の背と胸の辺りには変形した赤い十字が見て取れる。海岸で見た遺体と同じだ。 私は、前線都市や復興村でもこのような紋様を見たことはない。
「まあ、前回の連中と同じなのはわかったよ。しかし、こいつらいったいどこから来たのだろう」
副長は首をかしげている。だから、なおさら、情報が欲しかったのだろう。
「あれだけ激しく抵抗に遭えば殺すしかないだろうよ」
コーザは首を横に振り、生け捕りが難しかったことを暗に補佐する。賊は決して降伏をする素振りもなく、大声で『神』の名を叫びながら抵抗を続けた。
神を崇め称える宗教。いま、この時代に信じる者は数少ない。私が住んでいた前線都市でも、復興村でも細々とした活動をしている者達がわずかにいるくらいだ。
人々は口々に言う。神がいるなら、まず、我々を脅かす魔獣をどうにかしてくれ、と。
しかし、いつまでたっても善処されない、人類にとって不条理な事態に業を煮やして信仰は不信に変わり、今に至る。
それでも、神の名を人はつい口に出してしまう。信仰もしない者達になにかを与えることはないとわかっていても、自身の身に振りかかった理不尽な出来事を回避できるよう、咄嗟に願い祈ってしまう。この賊達も己の身に振りかかった突然の不幸に神の名を口にしたのだろうか。白地に赤い変形した十字架の紋章を染め付けた衣服をまとう、物言わぬ男を見て、私は違和感を感じていた。
空薬莢の尻に、波打ち際の岩場から採取し、乾燥させたキャップをはめ込む。この魔獣は取外して死んだ後も爆発する能力はなくならない厄介な存在だ。
そのわりに、ローク達の傭兵団はちょっとした爆発物として利用していた。せいぜい、陽動目的のごく小規模な爆薬程度としか取り扱ってはいなかったようだが。
先日の出来事から改めてこの魔獣キャップの生体について調べていた際に、ふと、薬莢の雷管変わりにならないかと思いついた。
薬莢のサイズに見合ったものを選別し、中央の肉質的な部分に損傷を与えないよう慎重に取り外せば害はない。取り外したものは、数日間天日干しにしておく。生きたまま取り付けると薬莢内部の火薬が湿気るためだ。
弾薬製造のための器具は狙ったかのようにキャップを取り付けることができた。弾薬に問題がないかどうか、実銃でいきなり撃つのは流石に危険が伴うため、ちょっとした固定具に薬莢を固定して後ろからハンマーで叩くといった方法で実験を繰り返した。最終的にはロークから見合った銃を借受けて実際に撃っても見た。
結果として使えるものと判断をした。
愛車のカーゴの中で、ちまちまとした薬莢へのキャップを取り付ける作業しているなか、ノックがされた。「どうぞ」と声を掛けると邪魔するよと声を掛けるため、ドアの隙間から顔を出したロークが答えも待たずにそのまま中に入ってくる。
「よく、飽きもせずにそんな作業をしていられるねえ」
「残弾の確保はなかなかしがたいものがありますから」
事実、今利用している銃の弾を確保するのは今後難しくなると考えている。本来は銃を提供した所長に補充を依頼する事もできたはずだが、私に悪夢をもたらした張本人と判った今、それはできなくなった。
雷管のあてができた。空の薬莢は再利用する。火薬と弾丸については――こちらの大陸でも細々とだが製造していることが判った。以前は都市遺跡から発掘されたものを利用していたらしいが、ここ数年の間に少しずつどこからか出回り始めたようだ。ただ、どこに工場があるかはよく知られていない。
「上層部の秘匿事項だからね。私達のような庶民には教えてはくれないさ」
弾丸の自作について話をしているなかで、改めてロークは苦笑いを含めながらも教えてくれた。
「それで、なにか用があったのではないのですか」
「いや、車にこもりっきりの男の様子をたまには見ておいた方がいいかなって思っただけさ」
お茶も出せない狭い部屋の中でロークは手を口に当ててクツクツと笑っている。どうやら、結構な時間を銃弾の製造に当ててしまったらしい。
「そうですか。それは悪いことを――」
私が言いかけたとき、外から大きな音が聞こえた。二人して顔を見合わせ、すぐさまカーゴの外にでる。周囲には、他の傭兵達も何事かと慌てた様子で外へと飛び出していた。
視認できるほどの黒煙が、傭兵達の家族が多く住む街がある方角から見て取れる。距離的に見てもこれは、間違いなく。
「直ちに戦闘準備だよ! 街が襲撃されている!」
聞こえた爆発音は断続的に続いている。突発的な事故とは考えられない状況、私の思考が停止しているなかでロークは直ちに声を張り上げ周囲の傭兵達に指示を出し始めていた。
問答無用。傭兵も、相手も互いに考えていることは同じようだ。
傭兵達は車両に次々と乗り込むと荒い運転で街へと向かう。あの場所には戦えない自分達の家族が住んでいるから気も焦っている。
都市に近づくにつれ、あのいびつな形をした十字架を染め抜いた白地の貫頭衣をまとった兵士達が、そこかしこにバリケードを気付いていた。私達をみると即座に撃ち込んでくる。
「奴ら、ただの賊じゃあない! 機関銃まで所持していやがる!」
目の前に立ちはだかろうとする十字兵を目もくれずにひき殺しながらロークは叫ぶ。
「傭兵街にも門はあったでしょう! 多少は持ってくれるでしょう!」
私は、そこかしこで鳴り響き始めた爆発音や発砲の音にかき消されないように気休めの言葉をロークに向かって叫ぶ。我が愛車の運転はロークがしている。私は助手席から時折威嚇程度に銃弾を放ちつつ、森から抜けだし視界が開け見えた惨状に息を飲み込む。
「な、なんだいあれは・・・・・・」
都市から離れた場所に車を止めて思わずロークの口からも言葉がもれだす。今この瞬間、門の前に立つ、何体かの大きな人型の鉄の塊にこじ開けられ、又、無数の十字兵達が叫び声を上げながら、自分達が突撃する瞬間を待ちわびている。
『信徒達よ悪しき門は開かれた。異端者達に神罰を与えよ』
兵士達の後方から大音量で命令が下る。兵士達は絶叫しこじ開けられた門の中へとなだれ込んでいく。
あれは、まずい。中の人達は皆殺しになる。あの連中はまともじゃあない。
「行くよ! アラム、すまない巻き込んだ!」
「クリアジェムを投げ込みます!」
ロークは我が愛車のアクセルを一杯に踏み込み急加速で速度を上げて兵士達の後方に突っ込んでいく。他の傭兵達の車両も銃弾を撒き散らしながら同様に突っ込んでいく。
「異端者に死を! 世十字軍に栄光を!」
「世教会のために! 異教徒を殺せ!」
車両に突っ込まれてなお、十字兵達はひるむことなく叫びながらこちらへと向かってくる。私は恐れて手が震える。何も出来ない。こいつらは皆、おかしい。
「クソ、邪魔だね! 狂っていやがるよ!」
ロークは悪態を吐きながら急ハンドルでの回避、隙を見つけて加速を続ける。まともにブレーキを掛けることはない。兵士をひき殺さなくては進めないのだ。
他の車両が銃弾を撃ち、爆薬を放り込む。十字兵のほとんどは銃を持っていない。全員に行き渡るほどの数がなかったのだろう。しかし、これだけの数がいるとなると驚異としか言いようがないのだ。
『ゴーレムで異端達を拒みななさい』
後方から冷めた声が発せられると、先程の鉄の塊――人型重機『ゴーレム』が動きだす。足下にいた十字兵もろとも踏みつけながらゆっくりとした速度でこちらに向かってくる。
「敵も味方も見境なしかい。でも、ノロマすぎるよ。それに、操作がおぼつかないみたいだね」
向かってきたゴーレムの足下を逆にくぐり抜けて追い越し、ロークは街の中へと車両を突き進める。何台かの脱落はありつつも他の傭兵達も次々と街の中に乗り込んでくる。
街の中はあちらこちらから黒煙が立ちのぼり始め、十字兵達が散開し街の人達を無差別に襲撃しているさまが見て取れた。ロークは一旦停車して向かってきた十字兵の一人を撃ち殺すと次々に乗り込んでくる傭兵達に向かって叫ぶ。
「相手はこちらを人とはみていないなら、私達も同じことをするまでさ。躊躇はするな! 敵は殺せ! 私達の家族を、街を守れ!」
聞き取れるはずがないほどの騒音の中、なぜか聞き取れる響くように通る声でロークは檄を入れる。応えるように傭兵達は雄叫びを上げ街中へと繰り出していく。
「とりあえず、街の混乱を納めてから次の行動に移るとしても時間がかかるね、これは……」
十字兵の数は多く、ゴーレムもいるがロークの中ではなんとか対処ができる算段はあるようだ。だが、その目論見が外れるような叫びがこちらに放たれた。
「姐さん、も、森の中から黒煙が! あれは、俺達の集落の方角だ!」
現れた伝達役を押しのけて黒煙が上がった方角に目を見張る。集落にも守備役は置いてきたが数は少ない。なによりもあそこにはオラークル達がいる。
「……してやられた、奴ら一体何人いるんだい。これじゃあ、まるで軍隊じゃないか」
踵を返して森に戻る号令を出そうと構えたロークの言葉をさえぎるように冷めた声が鳴り響いた。
『哀れな異端者達よ、貴方達の罪を償うために親しき者達が罰を受けるのです』
街の中に入るまでは雑然としていた十字兵達が一定の間隔を持ち、いつの間にか持ちだし設置された多数の機関銃がこちらに向けられている。相手は私達を街の外から出すつもりはないようだ。
「謀られていたようですね……」
「見ればわかるさ。でもね、行かなければならないのさ」
無謀だと私が叫ぼうとするも、傍にいた副長が私の肩に手を置き首を横に振る。
「アラムさん、駄目なんでさぁ。この街も、集落も俺達にとっては皆大事な家族のいる場所。いずれもジリ貧だが、俺達がやらなければならないんでさ」
いつもロークの傍らにいる者達が集まり、覚悟を決めた目でこちらを見ている。だが、あの状況へやみくもに突き進めば無駄死にをするだけだ。
「それにねえ、あちらの見立てはどうみても普通の人間ばかり。どうやら俺達みたいな別人種はいないみたいだ。奴ら何を信じているかは知らねえが、昔のここいらと同じで排他的な考えをもっているのだろうよ。だからねえ--」
「う、うわぁ、火、火がぁー!」
十字兵の真っただ中で盛大に炎が上がる。何が起きたか判らない私は戸惑うが、直ぐに首ねっこを掴まれて愛車の助手席へと引きずり込まれる。
「運転するよアラム! 勢いよく!」
「い、一体なにをしたのですか!」
運転席に座り、一気にアクセルを踏んだのかタイヤが嫌な音を立てて空回りしてから飛ぶように加速して十字兵の真っただ中に突っ込んでいく。
「ハハハ! あんたの愛車は本当に頑丈だ! アイツら吹っ飛ばされたよ!」
あちらこちらで炎が上がり、十字兵達に引火をしている。それでも私達のいる愛車に群がろうとするが、いつの間に乗り込んでいた誰かがカーゴ上部のケージを開けて銃を乱射して近寄らせない。
「あ、あの炎は!」
「うちの奴らだよ。初対面でアンタに食って掛かった小柄なオッサン、クリアジェムを始めに飲んだ馬鹿、その他たくさんの奴らがここには来ていた。判るだろう?」
泣きそうな笑みをこちらに少しだけ向けて、又、前をみて運転を続けるローク。一体何を言いたいのか。
「穴を掘るのが得意なやつ、臭いけど火が付きやすい屁をこくオッサン、飲んだものを口から吹き出す馬鹿。別人種はねえ、ただの人にはない能力をもっているのさ」
「じゃ、じゃああの炎は……」
十字兵を振り切り、森の中に入るも荒い運転で木々をよけ、石や根、段差で上下に激しく揺れる車内の後ろからの罵詈雑言は少しずつ聞こえなくなっていく。後ろのカーゴからノックがされて、のぞき窓が開かれる。
「姐さん。モグラにスカンク、ヒュポがやってくれました。しかし、後の連中は無事に続くかは判りません」
「そうかい。それでも、私達はこのまま集落に向かうよ。オラークルは絶対に助ける。殺させはしない。そして、奴らに報いを受けさせる。絶対に!」
泣きそうな顔から一転して悪鬼の様な形相をロークは浮かべる。一体、何人の人間が犠牲になっている? 敵も、味方も、なんでこんなことになったのだ?
そんなことを考えているうちに、静かだった森の中がまたもざわつき始める。あちらこちらで煙が上がり、意味の分からない声が上がっている。
「クソ、絶対に助ける! 見えてきたっ、あっ!」
木々の死角からのそりと現れた武骨な腕に押されて我が愛車は二転、三転して、目の前の風景がグルグルとゆっくりと転がる。
一瞬、一時の間を置いて扉が開けれて中から引きずり出された。
「見ろ、異端者の女だ! 神の慈悲を与えるにはもってこいだ!」
下卑た笑みを浮かべた男達がロークを取り囲む。集落の小屋はほとんどが燃やされ、壊され、見る影もない。皆、無事は済んでいないのだろう。
「男はどうする」
「お前の好みなら好きにしろよ。こいつはまともそうじゃあねえか。他の連中は変な身体をして気味が悪いたらありゃしねえ」
別の男がそんな趣味はねえよとゲラゲラと笑い、じゃあ殺すかと当たり前のように言う。こいつらは異常だ。おかしい。狂っている。
「いっそのこと全員集めて公開処刑にするか。女子供の目の前で」
「そりゃあおもしれえ。異端者が死ねば司祭様もお喜びになられる」
そうなればと言わんばかりに私達を小突き、集落の中央にある壊れかけた十字架を掲げる小屋の前に集められる。
一人の偉そうな痩せ男が分厚い本を片手で抱えて蔑む目線を私達に向けてから手を広げて声高らかに叫び出す。
「偽りの十字架を掲げる異端者どもよ! 我ら神の使いたる世十字軍の手に寄りお前達の罪を罰を持って清めよう! 異端者に死を!」
「「異端者に死を!」」
私達を取り囲む歪な形の赤い十字架を染め抜いた白いシャツを着る一団は狂った笑みを浮かべ、私達の死を望んでいる。
なにが、神だ。気狂い者達め。お前達が信じる神が異なるものの排除と死を望むのであれば、私はそんな神は信じられない。
「見ろ、誤った信仰を持つ者達の哀れな最後だ。子よ学びなさい!」
私達のまえに髪を掴まれ無理矢理に前に出されたオラークルがいる。トゥートは? ギョットは?
「逃げた黒猫、得体の知れない魔獣を飼う子供よ。お前の穢れた魂を恥じ入りなさい。この者達の死の後に、私自らがお前の穢れを清めてあげよう」
痩せ男は下卑た目線をオラークルに向ける。ロークは気を失ったままだ。トゥートは逃げたのか。ギョットは――いた。檻の中に放り込まれている。
「やだ、やめて。お願いします。皆を殺さないで……」
消え入りそうな声でオラークルは狂った男達に懇願する。しかし男達は、嗜虐心をくすぐられてか、泣く少女を愉悦そうに眺めている。
「……ぁ、クル、大丈夫かい?」
そんな最中にロークは目を覚ます。だが、まだ目の焦点があっていない。後ろ手に縛れたまま男がロークの頭を足で踏みつける。
「お前もよく見ろ、司祭様が下す神罰のさまを! そのあとは、じっくりと清めてやるからよお!」
一斉に男達が大声で笑い出す。自分達の勝利を確信し、何をしても許されることを認識した腐った笑い声。
「やめてぇーー!!」
そんな笑い声をさえぎるように、少女の叫びが森にこだまするとともに、少女――オラークルの身体が突如として光った。
光を目の当たりにしてロークの目に光が戻るも一瞬にして悲壮な顔をする。
何が起きたのかわからずに呆ける男達。私達もその様をただ、唖然と見ていたとき、司祭と呼ばれていた痩せた男の頭が弾け飛んだ。
「な、だ、誰だっあ」
うろたえる男達の足元からいつの間にか這いよっていた者がずるりと男の身体にしがみついた。
「俺様だよ。俺様。ガルゲン様だよ!」
手にしたナイフで男の首をかき切ると直ぐにまた、地を這い男達の中に紛れ込む。気付いた男達は一斉に飛び散り地を這う男――地下の遺跡から逃げ生き延びていたガルゲンに向けて銃弾を放ち始めるが、あざ笑うかのようにガルゲンは木々の中に逃げ込み溶け込んでしまう。
「な、なんだアイツはお前達の仲間か! ま、まだ、いやがった、の、かっておい、あれは……」
色欲に染まった笑みを浮かべていた顔は、今は憤怒に彩られていたが、瞬く間に恐怖の色合いを見せている。
何を見ている?
私も目線を男達と同じ方向に向け、ぞっとした。
喉をかき切られた無数の男達が森の闇の中からぞろぞろとあふれ出して来ていた。足元には私のよく知る悪夢、毛と目のない醜い犬たちが舌をだらしなく垂らして共に歩み寄ってきている。その真っただ中にガルゲンがニヤニヤと笑いながら立っている。
「よお、久しぶり。アラムくん。これはな、お前のよく知る方から新たに授かった俺の能力が生み出した、死人種と使い走りの人造魔獣たちだ。他の連中とは違って俺の言うことをよく聞いてくれる。ひっじょうに便利な道具達だ!」
襲え! ガルゲンが一言放ち、手にしていた細長い小さな筒を口につけると一斉に得体の知れない何か達が、男達へと襲い掛かった。
「ま、まてよ、お、お前はリックだろう! わ、ウワァー!」
ガルゲンが生み出した死人種に知り合いがいた男は、何もできないまま襲われていた。
「お、おい、スミス! まて、まさか、おまえも……」
つい先ほど喉をかき切られて倒れた男が立上り男達に向けて銃を乱射し始める。
それを見て私の頭に疑念がよぎる。
なぜ、私達を襲わない?
「僕がね、ガルゲン君に指示を出してあるからだよ。アラム君」
それは、私の心中をさも当たり前の様に答え当てる。
声のした方向には、へばりつくような笑みをたたえた、年齢不詳の少年のような美しい男性が立っている。
前線都市ワシントンの魔獣研究所の元所長、上流階級博士職で恩師であり、上司であり、狂犬戦争の真の首謀者、私の悪夢の原因。
ストラーノ−アエテルヌスがそこにはいた。




