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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第四章
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第四話 集落での暮らし

「森を抜けて、少し下ると、海岸線に出られる」


 通訳兼案内役の別人種――瞼の中の眼球は幾つにも別れるような筋ができ、それぞれに小さい瞳孔がある複眼をもつ背の低い、黄色い肌をした凹凸の少ない顔を持つ、副隊長から紹介された年配の男、リェ・コーザは私達の前に広がるなだらかな海岸線を前にしてそう説明してくれた。


「ここにあった小舟にオラークルを匿ったが、何の拍子か押し流されて、行方不明になった。姐さんが、そりゃあ、もう、嘆いて、嘆いて……」


 ため息混じりに、そのときの様子をコーザは語る。


 方々を何日も探して、街を訪ね回って、時に山賊や盗賊の拠点に襲撃を掛けて情報をかき集めつつ、捕らわれた人々を解放する。

 

 しかし、それでも見つからないので半ば諦めかけていたところに、私達が戻り、皆、安堵したそうだ。


「なんだかんだと仕事はしていたようなモノだが、なにしろ、姐さんが沈んだ調子だったから、逆に、緊張を強いられてなあ。もう少し続いていたら、大きな被害が出ていたかもしれん」


 穏やかな海、海岸に押しては引く波を眺める私に向けて、だから、オラークルを連れ戻してくれたことには、皆、感謝しているのだと続けていた。


「当然のことだと、思いますが」


「このご時世に、人助け、ましてや死の危険を顧みず海洋越えをするのは当然ではないだろうよ」


 コーザはくつくつと笑い、アンタも相当なものだねと、あきれたような口調を交えて私のことを評した。


「ところで、海はきれいなモノか」


「ええ、美しいと思いますよ。多分、以前よりもずっと」


 文献によれば、文明が栄えた隆盛期のころは、そこかしこにゴミが溢れ、様々な環境に影響を与えていたという。魔獣が現れ、文明が衰退し、魔獣の排泄物や死骸で人類が住む環境が侵されようとも、海岸にはゴミが見当たらない、今のほうが地球の自然環境は復元し始めていると私は思う。


「オレは、この目のおかげで視野は広いが、色が見えなくてな」


 コーザは閉じた片目の瞼を手のひらでさする。今も、昔も世界は白黒にしか見えていないと語った。だから、時折、人づてに世界の色や美しさについて、語って貰い、聞くのが好きだと続けた。


「そうですか。今日は穏やかで、鮮やかな青といった色合いです」


「青、空や地底湖と同じ色か……」


 感性のない私のつたない語彙で申し訳なく思う。それでも、コーザはじっと海を見続けていた。




 この地の森の植生は先住者達がいた場所によく似ている。うっそうとして暗い針葉樹林、そしてそこに住む獣と魔獣達。短い期間で、地下にこもる時間が長かった廃都市アンカレッジでは気付かなかったが、広大な湿地が各所に見受けられる。


「向かって四時の方向、中型、八つ足、這い回るような姿、太くて長い尻尾。眼がない、甲殻持ち。沼の岩トカゲだな」


 コーザが教えてくれた方向に、双眼鏡を向ける。初めて見る魔獣だ。岩トカゲ……というより、サラマンダ、オオサンショウウオに似ている。

 湿地にしかれた木の板に寝そべりつつ、銃を構えてこちらに気付いていない魔獣に銃口を向け弾丸を放つ。背の甲殻は硬いので、額の辺りを撃てと教わっている。額が爆ぜて、魔獣は動かなくなった。


「ふう、本当に、いい腕だなアラム」


「いえ、コーザの指示が良いからですよ」


 倒した獲物を運ぶために木の板にくくりつけながら互いを称え合う。複眼持ちのコーザは、本人が言ったとおり視野が広く、そして驚くほど見える距離も長い。こちらが双眼鏡で覗く範囲を裸眼で見て取れるほどだ。


 「その分、色はないし、夜はおっかない」とは本人の談だ。夜は明かりのそばから動かないようにして、酒を飲んでサッサと寝ているということだ。その分、朝は日の出と共に活動をしている。

 

 体長二メートル程の魔獣をくくりつけた板を引きずり、足をとる泥が堆積した湿地から抜け出し、そのまま、傭兵集落へと帰還する。湿地における魔獣の生態も、ここ数日で徐々に明るみに出ている。


「魔獣の生態を観察して、狩り捕る。いつもと変わらないな」


 自嘲気味に私は今の生活を評している。どこに行ってもやることが変わっていない。周囲が変わっても自分自身は変わりにくいことなのだろう。


「ぶつぶつ言っとらんで、ほれ、引け」


 案内役として数日共に活動をしているおかげでコーザも慣れた口調になっている。狩猟の相方として彼ほど心強い者は数少ないだろう。


 暗くなる前に集落に戻り、本日の収穫を披露してから解体を始める。ギョット用の餌となる魔獣は他の者達が用意している。私自身は観察を含めた活動をしているので猟果は少ないのだ。そして、この辺りは先住者と共通した習慣として、魔獣の肉や皮を素材として用いていることがあげられる。


「トカゲの硬い部分は取っ払って、皮を剥ぎ取り、肉は毒消しの処理をして、干し肉にすると」


 解体作業を観察して野帳に記す。アンカレッジでは出来なかったことだ。先住者の解体作業も後から覚えている範囲で記してはおいたが、うろ覚えの所もあり正確に失する。


「皮は防水性が高いから、テントや雨具に加工する。甲殻は少ないから、ゴミだな」


 肉も加工が終われば、常食しているらしい。あまり旨くはなく、野生の、従来の生態系の獣を好んでいるとのことだ。海岸線に現れる海獣と呼ばれる獣は良い獲物だと教えてくれた。


「では、明日は、海岸のほうに行きますか」


「海獣仕留めるなら、一人じゃあ無理だ。仕留めたとしても持ってこれん。俺以外のお供がいるなあ」


 ならついでに、ギョットも連れていこう。もはや、集落の一員として、かつ、魔獣の不要な部分を処理して、酒を産む神のように称えられ、定位置に鎮座し、すべすべとした肌をオラークルと姉のロークに撫でられながら、今日も魔獣を消化し、クリアジェムを生産しているギョットに暖かい目線を向けた。




「なかなかの大きさだよ! アラム、アンタは腕がいい!」


 私の撃った銃弾で止めを刺した大型の海獣に駆け寄り獲物の検分をしたロークは嬉しそうな声を上げている。お供として着いてきているコーザと副隊長はやれやれといった感じの苦笑いを浮かべて肩をすくめている。


「オラークルが戻ってきて元気を取り戻したのはいいが、じゃじゃ馬ぶりも本領発揮だ」


「まあ、しかし、獲物のシルエットを見る限りでは当面の食糧にはことかかないだろうからはしゃぎたくもなるさ」


 コーザが見つけ、私と副隊長の銃で仕留めた海獣は結構なサイズをしている。ロークは短刀を取り出して、皮をはぎ始めている。コーザと副隊長達も手伝いに向かった。私も手伝うとしよう。


「と、いうことですのでオラークルとギョットも少し待っていて下さい。離れると危険ですから」


 私達の後に付いてくるギョットと上に乗るトゥートを抱えているオラークルに声を掛けておく。


「はい」『ハーイ』「ナー」


 揃って返事を返してから、水が当たらない程度の場所から寄せては退く波の動きを眺めている。時折、視線は海の彼方へと向けられている。


 私達はつい先日まで、あの海の向こうに居たのだなあとふと思う。ここ、数十年でまともに海洋を越えたという話は聞いていないから結構な偉業ではないかと思うが、このご時世では褒め称えられることもない。せいぜい、変わり者扱いがいいとこだ。


「解体するのはいいですが、どうやって持ち帰るのですか」


 皮をはぎ、はいだ皮の上に脂肪の乗った肉を切り分け山積みにする作業をしつつ、とても今いる人数では持ち帰れそうもないという疑問をロークに投げかける。


「そうだね、集落から人手を呼ぶ必要があるね。副隊長、コーザと一緒にひとっ走りしておくれ」


「へいへい、わかりました。人使いが荒いこって」


 残りの解体は任せますよと言うついでに、ギョットに食わせて一杯やらないようにと一言残してから副隊長達は、砂浜に足を取られることもなく駆け足で集落へと戻っていく。


「まったく、一言余計だね」


「ええ、そもそも、ギョットは魔獣肉以外からクリアジェムを産み出しませんから、問題は無いので」


 そのことを聞いたロークは少し眉をひそめる。どうやら、少し期待をしていたようだ。


「そ、そうなのかい。でも、飲まないから関係ないよね……」


 想いが顔に出たと自ら察して、私に向けて慌てて弁解を始めている。彼女は、最近トマト果汁をクリアジェムで割ったのがお気に入りだ。そんな彼女を微笑ましく眺める。


「な、何か言いたげだね、アラム」


「特に他意はありませんよ」


 少し、怒り出しそうなロークに向けて、おどけた感じではぐらかすような言葉を向ける。ロークは下を向き、唇をとがらしてすねたような表情をしている。


「見て、姉さん」


 オラークルが静かに声を掛け、指を差す先――大海原の方角には、頭も尾も見えないほどの長い本体をうねらせながら海洋を進む大型の魔獣、シーサーペントの姿が見える。


「あれを、討ち取れるとは夢にも想わないね。アラム、アンタよく海峡を越えられたもんだよ」


「ええ、脚と運が良かったのでしょう」


 運と言う言葉を聞いたロークは、眉根をひそめて厭な顔をする。先程とは違い、忌み嫌うような表情だ。


「運を当てにして生きるのは嫌なのさ。クル、おいで寒いだろう」


 オラークルを愛称で呼び、トコトコと近寄ってきたところをギュッと抱きしめる。


「ギョットとトゥートがいるから大丈夫」


「寂しいことを言わないの。お姉ちゃんにも温もりを頂戴な」


 ロークはそう言うとオラークルに頬を寄せ、妹の温もりを肌に感じる。長いこと心配をして、戻った唯一の愛しい肉親を愛おしく感じるのは仕方が無いことだろう。私の両親との関係とはまるで違う二人の様子を眺めつつ、残った解体作業を進めていく。二人にはもうしばらくお互いの温もりを感じて貰おう。




 解体を終えて、暫くとりとめもない話を交えながら時折海を眺めつつ、集落からの人手を待つ。


「ああ、ようやく戻ってきた」


 幾人かを引き連れたコーザの姿を見て、ロークは大きく手を振るが、いぶかしげな表情をする。



「副隊長がいないね」


 確かに集団の中には一緒に戻ったはずの副隊長の姿が見受けられない。駆け寄ってきた集団から若い男の一人がロークへと挨拶がてらの報告をおこなう。


「お疲れ様です。姐さん、向こうに面白いものが転がっていました」


「副隊長はそっちに着いているってことかい」


「ええ、まあ、一目見て下さい。ああ、クルもいるのか」


 クルの姿を見受けた男は困った顔をする。オラークルには見せられない、又は見せたくないものなのだろう。


「なんだい。なにがあったから言っちまいな」


「え、ええ。実は、先日の賊に似た遺体がありまして」


 男の言葉を聞いたロークは、すっと眼を細める。


「クルは解体肉を持ち帰る連中と一緒にいな」


 ロークはそう言うと残った者で解体した海獣の素材を残らず持って帰るように言い残し、男に場所までの案内を指示しようとする前に私に声を掛けてきた。


「アラム、悪いが一緒に来てくれないかい」


「何故ですか?」


 素直に、ロークへ疑問をぶつける。死体を鑑賞する趣味はないのだ。


「賊の奴らは、どうもこの辺りの人間じゃあなさそうなんだよ。それで……」


「大陸から来たものではないか見分けると言う訳ですか。いいでしょう。同行しましょう」


 但し、判別は出来ないかも知れないと一言だけ添えて、ローク達と共に賊の亡骸がある方へと向かった。




 奇妙なことに亡骸のあちらこちらに瘡蓋(カサブタ)のような貝がまとわりついていた。副隊長と幾人かは死体を足下になにやら相談事をしている。


「この、貝はなんでしょう?」


「こいつはキャップだ。こんなりだが、魔獣の一種だ。普段は浅瀬の岩場にまとわりついているだけなんだが、こいつで傷を少しでも付けると傷口から繁殖しちまうのさ」


「剥がしてみてもいいですか」


 内地には居なかった新種の魔獣に興味がそそられた私はそう言うとナイフを取り出して切っ先をキャップにへとあてるが、まったが掛かる。


「無理に剥がそうとすると爆発するぞ。たいした威力じゃあないが、検分が終わるまでは待ってくれ」


 爆発という言葉を聞いて、直ぐに手を引っ込める。随分と物騒な性質を持っている魔獣だ。


「アラム、こいつは大陸から来た奴なのかい」


 新種の魔獣のほうに興味が向かった私に向けて苦笑いを浮かべつつロークが問いかけてくる。


「多分、ですが、違うと想います」


 白人種、金髪。先住者達は外で活動をしていることが多いせいか日に焼けて逞しい姿をしていた。地下の共同体に住む者達は白人種だが、もっと、病的に白い。そもそも、こんなに離れた場所まで来れる度胸も体力もないだろう。


 そして、明らかに違うと想われるのは身に纏っていたと想われる衣服。副隊長達が検分のためにあらかじめ脱がしておいたものだ。白地に赤い斜めに曲がった変わった形をした十字を染め抜いた貫頭衣。都市でも、先住者達の中にも見たことがない紋章だ。


「違うのかい。じゃあ、こいつらはどこから来たって言うんだい」


「さあ、私には判りかねますが、それよりも問題があるでしょう」


 腐敗は始まりつつあるが、まだ、人としての形を残している遺体。確か、オラークルがいなくなった原因はこの、賊が傭兵隊の集落を襲ったのが原因だったはずだ。


 新しすぎる。全員がそう考えたはずだ。


「賊の、残りがいるね。副隊長、仕事の始まりだ。索敵からだ」


 ロークは副隊長にそう指示を出す。無言で頷いた男達は足早にその場を離れ始める。

 ロークは残された私に向けて、少し、冷たい笑顔を向ける。


「アラム、キャップに犯された死体は燃やして処理をしたほうが手っ取り早いのさ。クリアジェムはよく燃えるんだろう?」


 彼女の言葉を聞き、私も又無言で頷き、バックからクリジェムを入れたケースを取り出し、そっと握り込み遺体へと液体をまんべんなく掛ける。


「アラム、これが私の能力さ」


 そう言って手をはたくと、遺体にほのかな火が灯りクリアジェムに引火して盛大に燃え出す。火の中でキャップが爆竹のように爆ぜていく。


「着火の能力さ。たいしたものじゃあないだろう」


「いえ、そうでもないでしょう」


 確かに、着火の能力は便利だがたいした物ではないだろう。だが、多分、彼女にはまだ隠している能力がある。新人類の持つ能力は一つとは限らないのだ。お互いに手の内を全てさらけ出せるほどの間柄ではない。それでも彼女は私に信頼を少しだけ見せるように、一つの能力を明らかにした。


「人を撃った経験はありますが、殺したことはありませんよ」


「そうかい。それならそれでいいじゃないか」


 でも、手を貸してくれないかい。彼女は燃えさかる遺体を前にして私にそう言葉を向けた。

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