第三話 後の始末
第三話「後の始末」
目が覚める。昨晩のように夢でうなされるようなことはなかった。心地よい目覚めの朝だ。
毎朝の日課を済ませて、服を着替えてから本日も森の中へと歩むことになる。
但し、本日は狩猟が主な目的ではない。昨日駆除したツリーグラットンの後始末に向かうことが目的だ。
まあ、危険な森の中を進むのだから、最低限の装備はいる。何かいれば、狩り獲る必要もある。だから、いつもとそうは変わらない装備ではある。
昨日うち捨てた鹿の亡骸は、早速何者かが食い漁った後が見受けられる。旧世紀に比べれば、人以外の森の住人のほうが多くなってきている。
旧世紀の人類がどの程度、環境を破壊していたかは、書物でしか知りえない知識であるため、創造の域を超えない見当ではあるのだが。
ツリーグラットンの亡骸も何かが食い荒らした後がある。微毒性と言っても、生きる機能に直接的な影響があるわけではないが、後に発生する問題に対して懸念する必要があるのも確かだ。
ただ、そんな事は人の都合で遭って、他の生き物にとっては関係の無いことであることも違いはない。
「さて、探しますか」
来る途中で集めたツリーグラットンの糞を集めた大きめの木桶を降ろして、昨日に引き続き周辺の探索を行う。
縄張り意識の低いツリーグラットンの糞場は一ヶ所に溜めることなく、周辺に点在している。今日はその糞を処分するのが目的の仕事だ。
糞場を見つけてはバケツを持ちより、汚れた手袋を装着した手でかき集めて、拾い、収集する。
新生種である魔獣の糞は土壌に良い影響をもたらすことがない。但し、植物が育たなくなるわけではない。
問題なのは姿形や性質を変容をさせてしまうことだ。カナダ大森林の奥は、あまり人の手が入らなかったため、ここ数十年の間で植物相がかなり変容をしてしまった。
そのような場所には、多くの魔獣が住み着き、従来の生き物にも住みがたい環境となってしまう。
そうなると、人も近付くことができなくなり、森の変容は更に拡大を続けてしまい、悪循環をもたらすことになる。
それもまた、仕方がないことではないのかと私は思う節もあるがそれでも、後世の者のために、少しでも食い止めておきたい気持ちもある。
私一人で行えることなど微々たる成果、もしくは無駄骨なのかもしれないが、これも、新生種を駆除する新猟師の一つの役目だと諦めて黙々と糞を集め続ける。
手持ちの木桶がいっぱいになった時点で作業を止める。幼虫が成獣化していなかったのも幸いして、思っていたよりも糞は少なく、あらかた集められたのではと思われる。
まあ、以前にあったものは、とっくに様々な虫や土壌の菌類よって分解、消費されてしまったに違いない。やはり、たいした成果は上げられていないのが事実である。
ズシリと重い、木桶を持ち、昨日と同じく諦観の感情で拠点へと戻る。早く、身体を洗い、温かい料理でも食べ、身も心も、すっきりとさせたい気分で一杯だ。
拠点から離れた場所にある、石積みの壁と木の小屋組みの屋根だけを設えた置場小屋の中に集めた糞を投げ捨てる。
小屋からは、ムッとするような異臭が立ち込める。以前は吐き気を催したが、ここ最近は、いい加減慣れた。
壁に立てかけてあるフォーク状の鋤で集めた糞を適当にかき混ぜておく。私はここで、小規模ながらも魔獣の糞による硝石丘を作っている。
他の者はきっとやってはいない。そもそも、新猟師の役目である糞集めを真面目に行っている者はほとんどいない。駆除さえ済ませば、魔獣の数は減り、従来の地球環境に戻るであろうと、高を括っている。
私はそうは思わない。かといって集めた糞を一ヶ所に集めて埋めるだけでは、何も生み出すことはない。
土壌に害のある魔獣の糞と言えども、天然の菌や虫は分解消費をしてくれる。但し、人にとっての毒は残り、土壌は汚染され、生態系が変容してしまう。我々、人の手でなにか別のものとして役に立つ様に考える必要性があると私は思っている。
ここに来てから実験的に始めた硝石丘の土からわずかながらに硝石を得ることに成功をした。私はそれを元にして、ここ最近、密かに火薬作りを行っている。
木炭と硫黄は、手に入れることは出来るが、採取されている鉱物や硝石は、都市部に集められ管理されている。
銃の火薬や弾丸は都市から供給されたものを、組合で買い取る必要があった。値段はそれなりに高く、魔獣の駆除をする新猟師からは常に不満の声が上がっている。
本来であれば個人が勝手に火薬の類を作るということは、何らかの法的規制があるのかも知れないが、そんなもの、このご時世では大した役割を持ってはいない。許容の範囲は勿論あるが、生きるためには何でもやらなければいけない時代だ。
汚れているついでに家畜たちの住む小屋や敷地の糞の片付けも行う。それらの糞は、敷地内に設けられたタンクに水と共に入れ、バルブを開いて先にある密閉されたタンクへと内容物を送り込む。
頂部についたハンドルを手で回し中身を撹拌させておく。辺りにはアンモニア臭が漂うが気にしている場合ではない。
先の管理者が作ったものか、その前からあったものなのかは判らないが、この拠点を気に言っている理由の一つとして、この小規模なメタンガス精製設備が設けられていたことが挙げられる。
このガスを使い熱い温水のシャワーを浴びることが出来る。ガスを節約するために、出来れば日中の太陽熱で温められた水を活用するようにしている。どうしても我慢できない場合は、贅沢ながらも水をガスで温めて使用することもある。
汚れた服と、強烈な臭いのする靴下を別々の篭の中へ投げ捨てて、住まい小屋の一画に設けられたシャワー小屋に向かう。
気にするほどではないのかも知れないが、糞始末をしたあとの臭いがこびり付いたような身体を温水でサッパリと洗い流すとしよう。
「やれやれ、じきに小麦粉もトウモロコシ粉もなくなりそうです。しかたがありませんが、換金がてらにジュノーへ向かいましょう」
昨日仕留めた鹿肉の薄切りステーキ肉を野菜と一緒に、トウモロコシの粉で作った薄焼きパンに挟んだ昼食を頬張り乍ら行った、食糧庫にある備蓄の量を見て、ため息と共に盛大な独り言を呟いてしまう。
人がいる場所から離れ、一人で暮らしているため、独り言も大きなものになってしまいがちだ。
食堂に戻り、テーブルの上にあるマグカップの中の塩スープを一口飲んでから椅子に座り寛ぐ。忙しい日常の中の一時の安らぎは何ものにも代えがたい幸せなときだ。
「ベェー、ベェー」
表でロバ達が鳴いている。腹を空かしているのだろう。家畜飼料用のトウモロコシのカスも少なくなっている。ジュノーに行った際なじみの農家から仕入れておく必要もある。
次の換金がてらの買い出しは、色々と買う量が増えそうだ。買い出し用のリストを作っておく必要があるだろう。今の内から、他の備蓄の量も点検をしておこう。
夜の帳が落ち始める頃、作業小屋のランプに火を灯し、部屋をわずかながらも明るくする。
本来であれば、このような環境で作るべきものではない「黒色火薬」を作るのだが、場所も限られているわけであり、慎重に行えば問題はないだろう。
硝石丘から採取した土を鍋で煮詰めて、濾して作り上げた硝石の結晶を乳鉢で粉末にして、木炭と硫黄と練り混ぜて団子状にする。後は、団子を乾燥させれば完成だ。
始めは使うのが怖いとも思ったが、幾度かの実験で適当な配合を確認出来たので、ここ最近は狩りでも使用を始めている。
ここぞと言う時は、組合で購入をした物を使っているが、あちらも、時折、不発することもある。似たかよったかかであれば、今後は節約もできる、自作の火薬に切り替えていきたい。
誰かに使わせるわけではない。自分で使う分だけを作るだけだ。問題は無いはずだ。間違えがあっても自分がケガをするだけだ。
こうして、私の日々の生活は、歯車が定期的に狂うことなく回って行く。時折、予期せぬイベントも発生することはあるが、それはそれで、生きるための刺激と言えなくもない。
だが、余りにも強い刺激と言うのは、色々と変化をもたらす切っ掛けになってしまうということを、思い知ることになるのだが。