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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第四章
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第三話 オラークルの故郷

 森の中にポッカリとあいた場所に築かれた、貧しい部落。

 

 オラークルと傭兵達の故郷となる、うっそうとした針葉樹林の中に突如現れた開けた集落を見て私はそう思った。まあ、自分たちが築いたのではなく、元々あった場所を見つけ出して、必要な分を開墾したのだろう。

 中央には、文明が廃退する前に建てられたであろう、壊れかけた十字架を天辺に掲げた建物が見え、その周囲を加工むように、あばら家、掘っ立て小屋、竪穴式住居のようなものが点在している。

 

 

 

 傭兵達に連れられて、まず、目に入ったのが燃えかけ、崩れかけている幾つかの小屋。


「この前、野盗の襲撃にあってな。当然、ぶちのめしてやったがな」

 

 何も聞いていないのに、副隊長を名乗る男は何事もなかったかのように状況の説明をしてくれた。


「誰か、亡くなったのでは?」


「ああ、死んださ。だけど、俺達みたいな稼業をしてりゃあ仕方がない。それに、こんな場所に住んでいるんだ。結構、しょっちゅう死ぬよ」


 でも、人はなかなか減らないものさと、言葉をつないで副隊長は説明を続けた。


 この村に住むのは、別人種と新人種――周辺の村々から捨てられた者や、住みづらくなった者たちが集まって来る場所になっているらしい。北方に位置するこの辺りの環境で、人々が生きていくのは厳しく、難しい。別人種や、新人種に対しての偏見や誤解も、まだまだ多いらしく、なにかあれば真っ先に追い出される対象となると言うことだ。

 先住者達のようにすべてを受け入れて共存をしていくほど、全ての人々が人間の新しい形態を受け入れるのは先の話になるようだ。


「しかし、先程の街では多くの別人種がいたようですが」


「この村があるからさ。ここが、あの街を守る傭兵隊の拠点みたいなものだからな。戦いには参加しない、俺達の親類縁者、知人、友人のほとんどが、向こうに住んでいるのさ」


 ここにいるのは、戦う者達ばかりだと、副隊長は笑って説明を終えた。


 確かに、たき火で何かの肉を焼きながら、酒瓶を口につけて、笑いながら大声で話すもの、自らの武器の手入れをするもの、タバコをゆっくりとふかすもの、やっていることは人それぞれだが、誰もが、油断ならない目つきをしている。

 なによりも、装備が良い。どこの遺跡で見つけ出したものかはわからないが、下手をすると、都市軍並みの装備をしているように見受けられる。見た目はおんぼろだが、幾台もの二輪車さえ見受けられる。


「お前さんの四輪は大したものだが、この森の中を走行するには、ちとデカいよ。ああいった、バイクの方が向いているのさ。まあ、数台は街への行き来ように四輪も持っているけどな」


 副隊長の言うように、この集落まで戻るのには後ろが荷台となった車を用いた。

 荷台には荷台には車が潰れてしまうのでないかと思うほど、幾人もの傭兵達が乗り込んでいたが、苦も無く走っていた。かなり揺れていて、遠目から見ても乗り心地はとても良いようには思えなかった。ちなみに副隊長は私の助手席に座りながら、ケツが痛くない、こいつはいいと言って喜び、荷台の傭兵達の揺れざまを見て指をさして笑っていた。


「かなり、大規模な遺跡でも見つかりましたか?」


「遺跡? ああ、前世紀の遺物のことを言いたいのか。ここ数年の間に、魔糞燃料が普及してからは、各地に残っていた手つかずの遺物が流通に乗り始めてな。結構な高値にはなるがな。俺達は自力で見つけたのを直して使っている」


 前世紀の品々を常時動かすには電力や燃料と言った物資が大量に必要となる。


 北米大陸ではそれらの燃料は大変貴重な品となっていたため、遺跡から発掘された一定の水準の品々は取り扱うことが出来ずに、立派なガラクタと成り果てていた。こちらの大陸では燃料のあてができ、利用価値ができたため、流通の輪が広がったようだ。


 おかげで大陸の中央付近まで交易が出来るようになったとも言う。それ以前は、前世紀に通された道路を辿っても距離があり、時間も掛かり活発な往来はとても出来なかったと言うことだ。

 英語などの言葉も、各都市との交易が活発化した結果、多種多様な言葉が必要になり、必然的に覚える事になったそうだ。


「厳冬期に活動できるほどではないがな。中央の連中も、あまり西の方へは脚を伸ばしてはいないようだからな。さて、この広場にある崇めない教会が俺達のたまり場を兼ねた、隊長の住処。すなわちオラークルの実家になる」


 枯れたツタの這った跡が見える木製の重厚な扉を押し開けて中に入る。中央の通路に沿って並べられた朽ちたような長いすの列の先には、やはり朽ちた十字架と、蜘蛛の巣があちこちに見えるものの奇跡的に割れずにいた、多様な色彩に彩られた荘厳な硝子が見受けられる。


 その十字架の前には、美しい金髪を後ろにまとめ、すらりとした体系に似合わない無骨な小銃を肩に掛ける女性らしき人がいる。


「姐さん。祈りを捧げるがらじゃあないだろう」


「黙りな。それでも、オラークルの無事を祈りたい気分なのさ」


 そう言ってこちらを振り返り見せた顔は想像通り、美しい顔立ちだが、左の目尻からアゴに掛けて縦に細長い傷跡が見受けられた。

 目線は私達の足下にいるオラークルに向けられている。多分、私という存在は目に入っていない。女性は無意識に頬の傷を指で撫でて、呆然としている。


「もう、崇めてもいない神様に祈る必要はないってことで」




「オラークル!」


 女性は叫ぶと一直線にオラークルの元へと走り込み、すぐさま抱きついた。


「ごめんなさい」


「無事だったんだね。良かった、本当に良かった」


 女性はオラークルの無事を喜び、頭を抱き自分の元へと抱き寄せる。若干オラークルが苦しそうだ。


「オラークル、本当に、よく無事で……一体どこにいたんだい」


「姐さん、それは、こちらの方にお聞きなさいな」


 副隊長の言葉に促され、ようやく私に気付き怪訝な視線をこちらに向ける。


「アラムさんに助けて貰った」


「ついでに言うと、ここまで送ってくれたと言うことで」


 オラークルと副隊長の言葉を聞くと、女性はオラクルを片手で抱いて立ち上がる。見た目よりも力強いようだ。


「私の名はローク・ラジジェーニエ。皆、ロークと呼んでいる。貴方は」


「私は、アラム・スカトリス。北米大陸の者です。オラークルは海の向こうに漂流され眠っているところを、先住者と呼ばれる人達に保護されていました」


 私の話を聞き、女性は副隊長に目線を向けお互いに頷き合う。


「妹、ローク・オラークルを助けて頂き、又、海洋を越えるという危険を冒してまで送り届けて頂いたこと、どのような感謝の言葉でも語り尽くすことはできないが、礼を言わせて貰いたい。ありがとう、アラム・スカトリス殿」


 そう言うと、ロークと副隊長は私に向けて頭を下げる。


「頭を上げて下さい。幼い者を守るのは、年長者として当然のことですし、それに私一人で出来た事ではありません」


「しかし、妹の命の恩人の一人であることに変わりは無いさ。何かしらの謝礼がしたい」


 そういう話になることは予想が付いていたので、ではと私から申し出ることにする。


「しばらくの間で構いませんが、この辺りについて教えて頂けませんか。多分ですが、北米大陸からこちらの大陸に来た人間は、交流が途絶えてからかなり久しく、どのような状況になっているかを知りたいのです。言葉が全員に通じる分けでもないようですから……」


「わかった。観光には誰かを専従でつけよう。通訳兼案内役はっと、副長、適当に見繕いな。寝床と食べ物は……」


「寝泊まりは自分で乗ってきた車両があります。食べ物は食材を融通してもらえれば自分で調理も出来ます」


 私は、寝泊まりする場所について、愛車の居住性のほうが居心地が良さそうだと判断をした。それに、あまりギョットのことを知られないほうが良いかも知れない。


「そうかい、だが、食事は一緒がいいね。朝昼晩とここに来とくれ、もてなすから。長くいて貰っても構わないよ。それと、副長、今日はオラークルの帰還を祝ってお祝いだ。酒と肉を放出してくれ。もちろん、アラムも参加だよ。いいね」


 ロークは顔に似合わない強引さで、私の参加を決め、副隊長に準備を急げと指示を出す。判ってますよと肩をすくめて副隊長は表へ出て行った。

 ロークはオラークルを降ろして、おでこを優しく会わせて小さい声で無事に帰った喜びを伝えていた。


「そういえば、トゥートはどうしたんだい。一緒じゃあないのかい」


 まさかと言った目線を私とオラークルの交互に向ける。私は、彼女が思っている心配はないと、笑みを浮かべて軽く首を振る。


「トゥートはズィ・ナビの中でギョットと一緒」


 思いがけないことというか、口止めすると言うことを忘れていた私がうっかりしていた訳だが、オラークルの口からあっさりとギョットの名が漏れてしまった。


「ギョット? 誰だい、アラム、アンタの連れかい? なら、オラークルの恩人の一人だね」


「え、ええ、まあ。そういうことにもなりますか……」


 歯切れの悪い私の言葉に、ロークが不審げな顔をする。


「なんだい、何か問題があるのかい」


「いえ、まあ、あるというか、ないというか」


「ギョット悪い子じゃあないよ」


 オラークルが援護を入れてくれるが、そういうことではなく、違った意味で問題があるということは幼いためか気付いてはいないようだ。


「なんだい、子供なのかい。アンタの子供かい? 旅をさせるのはいいことだが、危険な旅に同伴させるのは考えもの……ああ、オラークルの遊び相手になってくれたのか、じゃあ、なおさら挨拶をしないとね。さあ、会わせておくれ」


 言うが早いか、ロークはオラークルと共に、私の手を取り外へと引きずり出す。私の意見を聞くことはないようだ。どうして、こうも私の行き会う美人は、行動的なのだろうか。




 ロークは私の愛車の格納庫の中の居住空間を見て、驚いた顔を見せた後、トゥートを頭に乗せた蒼い粘体生物ギョットの姿を見て、呆然とした顔に変わった。開いた口がふさがらないようだ。


「先に行っておきますが、魔獣の類いではありません。ギョット、こちらオラークルのお姉さんでロークさんです。挨拶を」


『ギョットです。よろしく』


 念話を通じてギョットからロークへ向けて挨拶を促す。この集落にいる者は別人種か新人種のいずれか――別の生物の身体部位を持たないロークは新人種だと考えられるので念話は聞こえているはずだ。


「喋った、いや、ね、念話の類い、アラムあんたなんだろ。からかっちゃあいけないよ」


「いえ、違います」


『ラージェ姉さん、ギョットなの。私達の意思も念話で疎通できる』


「お、オラークル、アンタの声も、って、本当に、この、なんだい、なんだか判らないのがギョットなのかい」


『そうです。ギョットです。えっと』


「ロークさんで、良いでしょう」


 なんと言って良いか困っているギョットに向けて、ロークの許可を改めて取る。戸惑いの顔を見せながら、オラークルや私の顔を見て、ギョットに目を向ける。


「あ、ああ、ロークと呼びなよ。えー、ギョット?」


『はい! よろしく、ロークさん!』


 無邪気な感じを与えつつ、ギョットは嬉しそうにフルフルと震えている。トゥートはその揺れ具合を楽しんでいるようだ。ロークは引きつった顔をギョットに向けつつ、私の襟を引っ張り少し場所を離れる。こちらに向けた視線が少し怖い。


「……で、アラム、あれは一体何なんだい?」


 低い声で私にギョットについて尋ねてくるが、答えはいつもと変わらない。


「さあ、よく判りません。ただ、人類以外で初めての言語を用いる知的生命体かつ、私の数少ない友人の一人であることは間違いありません。もし、彼が気に触るようなら、私は彼を連れて直ぐにでもこの場を去ります」


「ダメ。もう少しここに居て」


 後を付いてきたオラークルが私の言葉を聞くと、ズボンの裾を掴み留まることを示唆する。オラークルの様子とギョットを見比べた後に、ロークは眉根を寄せたまま一つため息をついて、私方へとむき直す。


「わかった。降参だよ。オラークルがこんなにもなついているならなおさらだ。但し、みんなにも説明しておくれ、隠しておくと碌な事にならないからね。できれば、簡単に、判りやすく」


 ロークが後ろ盾になってくれるならば、大きな騒ぎにもならないだろう。こちらとしても願ったりの意向なので、素直に乗らせて貰うとしよう。




 発端は一体誰であったのか。

 周りのどうしようもない喧噪が思考能力を削っていく。

 

 まあ、どうでもいいことなのだろう。

 ふらふらとした感覚で目の前の焦点が定まらない。

 

 ぼやけて、はっきりとしない脳の回転を立て直そうと試みる。

 うすらぼんやりと記憶の底に思考が沈んでいく。




 宴会が始まる前にロークから集落の人間に向けて紹介をされた。

 オラークルの命の恩人としてだ。


 ギョットもともに紹介をされる。ざわめきが起こったものの、ロークの魔獣ではなく、恩人だの一言で静まってしまった。念話が通じる者達に、ギョットの挨拶が届いたのも有効だったのかも知れない。


 盛大に焚かれた火には豚が丸焼きにされている。鍋も用意され、雑多な材料が適当な大きさで切られ、煮込まれている。誰も彼もが杯や瓶を持ち、各々に注ぎ合い、互いの腕を回して酒を飲む姿も見える。どこもかしこも、笑いが絶えない。


「山賊の襲撃、オラークルが行方不明、消沈していた姐さんの元気が戻ったからな。俺達も嬉しいものよ」


 ロークはオラークルのそばを離れようとはしない。オラークルのそばにはトゥートとギョットが居る。ギョットの周りには物珍しさと、怖いもの見たさの人々が遠巻きから近寄っては、離れるを繰り返している。ギョットは集落から提供された新鮮な魔獣の死骸を消化していく。その様子を見て、周囲は更に驚いている。


「ん? なんだい、こいつは?」


 久しぶりに大量の魔獣の肉を消化したせいで排出されたクリア・ジェムを手に取り、首をかしげながら眺めている。私はのそりと立ち上がり、酔って千鳥足になりながらもロークのそばにより、手にしたクリア・ジェムを渡して貰う。


「これは、クリア・ジェム。貴方方の大陸が魔獣の糞からエネルギーを産み出したように、ギョットは魔獣の死骸、排泄物から、このエネルギー体を産み出します」


 私は酔った勢いで口が軽くなり、クリア・ジェムの有用性をロークにじっくりと説明する。途中から、返事がおざなりになっていたような気もするが、彼女もよく判ってくれたものと思う。


「じゃあ、こいつは火が付くんだな! よし、任せろ!」


 私の話を聞いていたと思われる男が、そう言うと私の手からクリア・ジェムをかっ攫った。


 そして、直ぐに握りつぶして液状化にしたクリア・ジェムを口に直接注ぎ込み、上を向き、勢いよく霧状に吹き、手にした松明で火を付ける。


 私も、周囲も想像した以上に勢いよく火が付き驚き、目を見張る。

 男はのけぞった勢いでそのままひっくり返ってしまう。


 その様子を見て、周囲がドッと笑う。周囲に引火した様子も、男が火傷を負った様子もないのを見てホッとする。酔いが醒める勢いだ。


「客人に向けてバカなことするんじゃないよ!」


 座り込んだままの火吹き男の後ろ頭をロークが引っぱたく。しかし、男は気にならないのか、少し、呆然としている。様子がおかしい。


「どうしましたか、気分が悪くなったのですか?」


 私は心配して、男に声を掛ける。クリア・ジェムを口にしたものは今まで誰もいない。もしかすると、人体に影響がある物質なのかも知れない。


「い、いや、大丈夫、問題はないと思うぜ……。それよりも、もう一回、さっきのクリアゼムだっけ、貰えないか?」


 都合良く、新に排出されたクリア・ジェムはある。しかし、渡しても良いものか? 又、口にされてはかなわないのだが。


「なあ、頼むよ! 死んでも、俺のせいだからさあ、姐さん、それならいいだろう」


「はあ、勝手なこと抜かすんじゃあないよ。アラム、悪いが、酔ったバカは言い始めると聞かないんだ。死んでも構わないから、渡してやってくれないか」


 私としては御免被りたいが、男の目がかなり真剣だ。そんなに、先程の失敗を覆したいのだろうか。私は、渋々ながらもクリア・ジェムを手渡す。


「ありがてえ! なあ、おい、水差しもって来てくれ! それと、空の大きめな杯!」


 今度は直接口に含まないようにするためか、男は周囲に水と杯を持ってくるように頼む。誰かが、男に頼まれたものを手渡しながら、失敗するなよと周囲がからかう。男は何も言わずに、先程と同じように、クリア・ジェムを握りつぶし、杯に注ぎ、水で割る。


 そして、口につけるとゴクゴクと勢いよく――飲み干した。


「かあー、いい、こいつはいいぞ! 久しぶりに強い酒だ!」


 呆然とする。止める間もなかった。男は、再び杯を掲げる。バカなことをと止めに掛かるが、男の周りに人だかりができ、私の元へも人が集まる。


「お、おい、大丈夫なのか?」


「なにがだ! 全く問題ねえ! 最高だ! ギョットに乾杯したい! お代わりをくれ!」


 周りの心配を気にする様子もなく、男は徐々にできあがり始めている。集っていた連中はお互いに顔を見合わせている。ヒソヒソと話をしながら、こちらをちらちらと見ている。


「なあ、おい、アンタ、本当に大丈夫なのか!?」


 私の周りに集まった男達はクリア・ジェムを飲んでも問題ないのかとヤイヤイと言ってくる。


「し、知りません、飲もうとなんて思いもしませんから……」


 どのような、ギョットの中で物質的な変化が行われているかは判らないが、元々の原料は魔獣の死骸や排泄物、いわゆる糞尿だ。飲もうとする気にはならない。


 男の周りに集まっていた連中が、私を囲む輪に加わるが、訴えることは異なる。


「じゃあ、毒味だ! 俺にもくれ!」


 俺も、俺もと挙手をして合唱が始まる。私としては、とても許可を与える気にはならないが、酔った連中が、まあまあと言いつつ私をギョットのそばから引き離す。

 ギョットの周りにはいつの間にか、魔獣死骸が集まり始めている。どこから、あんなにかき集めたのだ! 事情が判らないギョットは嬉々として魔獣の死骸を消化し、クリアジェムを次々と産み出していく。


 そして、あちらこちらから、毒味と称した酒宴が再燃を始めた。


「いい、いいぞお、酒はこうでなくちゃあ!」


「ああ、身体が燃えるみたいだ!」


「果実汁で割ってもいけるなあ」


 ここの連中はクリア・ジェムをよっぽどお気に召したのか、飲む輪はドンドンと広がっていく。魔獣を消化して、クリア・ジェムは結構な量が集まった。一人が一個を貰うのではなく、タルにまとめている。酔っ払いのくせに、余計な知恵は回るようだ。


「ああ、どうなっても知らないぞ」


 そう言って私は手元にあった自分の杯に残った酒をグイッと呷る。……思ったよりも、量があったし、随分と酒精が強い。


「あ、注いでおきましたぜ、お客人」


 大きめの水差しをもって、酒を注いで回っている男からそう告げられた。結局私も飲んでしまった。しかも、悪くはないと感じている自分が居る。


 もう、どうにでもなれ!




「……朝か」


 目が覚めると広場の消えかけた、たき火の前にいた。朝日が昇り、空が白み始めている。地面には毛皮が敷かれている。誰かが、寝かしつけてくれたのだろう。

 食べ過ぎのせいか、飲み過ぎのせいかは判らないが、胃がむかついてしょうが無い。なにか、温かく、やさしいスープでも取りたい。

 ふらふらと立ち上がり、自分の体調を確認する。結構な量を飲んだ自覚はあるが、二日酔いの兆候はない。むしろ、気分はスッキリとしている。

 周りにある死屍累々の成れの果てはどうだか知らないが、ひどい頭痛も起きてはいない。あまり、身体に残らないものだったのかも知れない。


 愛車の格納庫にある予備燃料分にまで目が付けられないように、注意をしなければいけないな。


 周りを見渡し、オラークルやギョットがいないことを確認する。酔っ払いの群れからは無事避難をしたのだろう。酒宴に参加をしていたロークは、うつぶせに倒れた男達をベッドにして気持ちよさそうに寝ている。何があったのかは判らない。


 吐瀉物の臭いに包まれて、寝息、いびき、うめき声。様々な耳障りの良くない、煩わしく、汚らしい音楽を聴いていると、ため息が出てくる。


「……前途、多難になりそうです」

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