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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第三章
35/47

エピローグ 新たな出会い、友との別れ

 ガルゲンとギョッティーネ兄弟の襲撃事件から一ヶ月が過ぎようとしている。日増しに気温は低くなり、本格的な冬がこの地に訪れようとしているのだろう。


 ここ一ヶ月の間は、専らゴミ溜めの王の元の所有地に何度も足を踏み入れ、彼の遺産となるゴミ片付けの手伝いを行っていた。


 もちろん真っ先にレークス一族の遺体を埋葬した。

 

 ――地下ターミナルにたまった大きな水たまり、静かな大池と呼ばれる場所へ他の亡くなった方々の遺体と共に水の中へと沈め流し、鎮魂の祈りを捧げた。

 

 共同体の人達による埋葬は、厳かかつ静粛に進められ、私としては一つの区切りがついたのではないかと思っている。

 

 ゴミからは幾つかの興味深く、そして残念なことが判明した。レークス翁が集めたゴミの中には、どうやら本当に『過去の遺産』と呼ばれるべき物の痕跡が見受けられた。

 

 貴重な種子の類いは腐敗し、機械装置や地下ターミナルの地図情報などは分散、分解され復元不可能な状態になっていた。


「まさに宝の持ち腐れだったわけかあ」


 非常に的を得ていると言わざるを得ないアトスの言葉に、苦笑いを浮かべ、ゴミの片付けを手伝いつつ、私はため息をついて少しだけ肩を落とした。




「ふう、あれだけのゴミがあったんだなあ。やっぱり片付ければ快適な空間になるなあ」


 この安全地帯に移住することになった共同体の一つの代表となるネポースが腰に腕を当てて、全体を見て嬉しそうに声を上げた。


「今までの場所に比べれば遙かに良い場所でしょう」


「まあ、ね。ここには電源も供給されて明かりも灯っている。近くには非常用の食料倉庫もあったことだし」


 レークス一家が飢えをしのげた理由は直ぐにわかった。忘れ形見のワスターレの案内で、ゴミ山の奥により隠される形となった通路の奥に、かなりの量の保存食が備蓄されていた。

 

 多少なりとも手はつけられていたものの、過去の人間達が安全地帯にどの程度の人員を収容する予定であったかは知り得ないが、レークス一家だけでは、幾ら時間を掛けても食べきれないほどの量であり、これから移住する共同体の人間の数を考えても当面は事足りそうな備蓄量でもあった。


「ワスターレが遺産を放棄したおかげだ」


 胸で腕を組みネポースを睨むエスペがそう呟く。ネポースは、判っているさと言った雰囲気で肩を丸めて弱々しげに視線を落としている。




 スクルータ一族の最後の一人となった、レークス翁の孫娘であるワスターレは今日を境に地上で生活をすると宣言をしている。


「私はここには残らない。地下から地上に出て、もっと広い世界をみるの。だから、ここは好きにして構わない」


 過去との決別、レークス翁が犯した最大の過ちを繰り返さないように、とでも言わんばかりの宣言であった。

 この言葉にエスペは大層感心をしていた。そして、ワスターレが成人になるまで面倒を見るとまで言い出した。


「なに、一人、二人育てる子が増えたところで大して変わらない」


 エスペは口を大きく開けて大笑をしてワスターレを抱き上げてそう言っていた。




「まさか、お前さんが結婚をしていて、子供がいたとはなあ・・・・・・」


 アトスのため息をつくような言葉を聞き、私も居心地が悪くなる。


「当たり前だ。お前達がどうかしている」


 いい年になって、結婚もせず、家族を持たない私達を暗に非難するように冷たい視線をエスペは向ける。

 先住者の青年達のまとめ役的な存在で有り、強い戦士でもある彼を独身のままにしておくわけはなかったのであろう。

 ついでに、私達よりも歳が下であるという事実も知り、私とアトスはさらに肩を落としたものだ。


「出会いがないだけさあ」


 アトスはエスペの視線に向けてそっぽを向いて、言葉をはき出す。言い訳だなとエスペはあきれた顔をしている。


 まあ、このことに関しては私達二人の分が悪いので早々に話を切り上げたいので、ネポースへの別れの挨拶もそこそこで切り上げ、皆に地上に戻ろうと催促をした。




「んっ、やっぱり眩しいね。太陽は」


 地下ターミナルから地上に出てワスターレは眩しそうに目を細めて呟いている。始めの頃は眩しすぎて目が眩むと言っていたほどだ。

 気温が一定の地下と違い、寒さに対しても随分と応えていたが徐々になれ始めてはいるようだ。若さ故の順応の早さなのかも知れない。


 瓦礫の山を歩き抜けると、集落からの年若い迎えが待っていた。

 皆で眉をしかめて顔を見合わせる。


「・・・・・・まさか、また、何かありましたか?」


 私が代表して不安と思っていることを迎えの人に問い合わせる。


「はあ? まあ。そうですね。ジュノーという所から貴方達二人にお客さんですよ、と伝えに来た訳ですから」


 迎えの人間の答えを聞いて、私とアトスは再び顔を見合わせる。今度は二人とも、驚きの顔をしている。エスペは若干ホッとしたような雰囲気をしているようだ。


「客の数と名、用件は」


「急ぎで数人ほどですね。代表の名前はフォルティとか何とか言って、長老のところで話を続けています。用件はよくわかりません」


 来た人間の名前を聞き、驚きが驚愕に変わる。


「フォルティって、まさか、組合長が来たのかあ?!」


「何かが起こった可能性が高いですね。早く戻りましょう」


 私達は若い迎えの伝達役を急かして、先を急ぐ。エスペはワスターレをおぶりながらも私達に付いてくる。


「フォルティ・トゥ・ドゥの名を知らんのか・・・・・・」


 若い迎えの伝達役の背を見ながら、エスペはあきれたように呟いてもいた。

 後から知ったことだが、長老の話を聞いて育ったエスペ達の世代にとって、組合長はちょっとした英雄的存在であったらしい。

 



「ワスターレは、白き娘の様子と世話を」


 集落に着いて早々、エスペの指示に「はい」と素直に返事をしたワスターレは別の方向へと向かう。私達は長老のもとへと足を速める。


 長老のいる集落で行われる話し合いの場所となる小屋の先には、先の狂犬戦争で活躍をした高機動車両が駐められていた。

 小屋の見張り役に顔を見せてから、扉代わりに垂れた皮をめくりあげて中の様子を覗く。直ぐに見知った顔がこちらを向いた。


「おお、アラム、そしてアトス健在だったようだな。詳しい話は先に、スソーラから聞いているぞ」


 他の人間よりも二回りほど大きい禿頭の髭面で強面の男性がこちらに声を掛けてくる。

 見間違えするはずのない、ジュノー復興村猟師組合の組合長であるフォルティ・トゥ・ドゥその人であった。


「組合長、どうして、ここまで来たのですか? ギョットの件は片が付いたのですか? それとも・・・・・・」


「まあ、待て。とりあえず座れ。詳しいことを話そう」


 私とアトスはともに小屋の中に入り、組合長の前に座る。組合長のそばで居心地が悪そうであったスソーラがこれ幸いと、アトスの隣へと移動してくる。


「スソーラの件はまあ、後にしよう。お前達の中ではケリが付いているようだしな。率直に言おう。先日前線都市ワシントンでクーデターが起きて、成功した。」


 組合長の言葉を聞き、私達は三人とも口を開け、この親父は何を言っているのかという失礼な視線を組合長に向けた。

 

「呆けた顔をするな。裏で手を回したのは儂じゃ。例の狂犬戦争で前線都市の上層部には愛想がついた。有能な軍部、政務の関係者はあらかたこちらについておったから、簡単なものだったぞ。――ただなあ、一つ問題が発覚した」


「いや、待て、組合長、クーデターって、おい」


 アトスの慌てた物言いに組合長は簡単な説明をしてくれた。多大な被害を受けた狂犬戦争を境に、前線都市ワシントンは荒廃が進んだらしい。

 特にスラムの人間を締め出した件について、上層部は致し方なしと開き直るというよりも、当然の措置であったと言い、それを聞いた周辺の村落や集落の代表が不安と不満を募らせたようだ。


 何かが起こっても、前線都市は守ってはくれないのではないか?


 不満の火は燻り、密かに多くの会合がジュノーで行われた。狂犬戦争でも活躍をした「老いても英雄」フォルティ組合長の名前は改めて知れ渡ったからのようだ。


 更には、今回の戦争で闇雲に突撃ばかりを繰り返させ、数多の兵の命を失わせ、ろくな報償も払わず、懐にしまい込んだ、欲深く無能な上層部にあきれた都市部の有能な者達もまた、変革を求め懇意となった組合長の下に相談を持ちかけていたようだ。


 結果として、クーデター成功し、前線都市ワシントンでは新たな統治が始まったということになる。


「以前のような排他主義的な風潮はこれからは押さえていくようになる。なにしろ、今までの連中は都市の中の白人以外は人にあらず的な考えを持っていたからな」


「なら、良かったんじゃねえのかあ。何が問題なんだ」


 アトスが再び返した問いかけについて、組合長は髪のない頭を少し神妙な顔つきで、つるりと撫で上げ、視線をスソーラーに向けてから私の方へ向け直す。


「スソーラの、な、言質を取って、まあ、間違いが無いとほぼ確信できたことなのだがな」


「・・・・・・その、悪趣味な人体改造と関連があるということですか」


「まあ、のう。首謀者は、まあ、判明をしている、ようなものでな」


 珍しく歯切れの悪い組合長の言い方がなにか引っ掛かる。先程から、私の顔を伺っている様子だが、私にとってあまり良い知らせではないと言うことだろうか。その言い分に気の短いスソーラが業を煮やして、組合長の代わりに話し始めた。


「アラーム、アンタとギョットへ私達、改造人種を差し向けた男はねえ、年齢不詳の男、顔はいいけど、その反面何を考えているか判らない、へばりつくような笑みをたたえた、気味の悪い奴だったのさ。――わかるだろう、誰だかさ」


 スソーラの応えにしばし呆けて、直ぐに顰め面をする。ありえない。彼がそのようなことをするわけがない。


「残念だがな、クーデターの直前に彼は姿を消した。彼の邸宅の地下からは、スソーラ達に施したものと同じようなことをして失敗した成れの果てが幾つも発見された。・・・・・・現状、彼は一級の犯罪者として、捜索の対象となっている」


 にわかに、組合長の言葉が信じられない。


「所長が、非人道的な行いをしているわけがないでしょう」


 私の反論に対して、組合長は否定する仕草で首を振る。


「事実じゃよ。前線都市ワシントン、上流階級博士職、魔獣研究所の元所長であるストラーノ・アエテルヌスは、非人道的な研究を繰り返し続けた犯罪者と認定されておる。儂自身、お前さんの話を聞いていたため、何かの間違いがあるかも知れんと思い、話を聞きたくてここまで来たのじゃが、スソーラの話を聞いて確信した。そして、もう一つ」


 組合長はじっとこちらの目を見ている。聞かせたくはない何かを言おうとしている感じが窺える。聞きたくはない。聞かせないで貰いたい。


「ストラーノ邸の地下押収された資料にな、人体改造の記録の他に、魔獣改造の研究についての成果が記録があった。・・・・・・はっきり言って、奴が何者かは現在、都市内でも紛糾中でのう。何時からいたのかよく判らんと言った次第だ」


「話が、それていますよ組合長。彼は新生種の研究者です。その成果の記録があって不思議ではありません。私自身彼に、数多くの試験体の提供をしています。なにが、見つかったのですか」


 覚悟がいる。組合長の視線は私に向けてそう物語っている。短くも長い沈黙のあとに、組合長は静かに言葉を紡いだ。


「先の戦争の原因となり、第三世代と呼ばれた初の魔獣ワームドッグの産みの親はストラーの博士で、まず、間違いが無い。あの、魔獣は人為的に産み出されたものと考えられる。お前さんの真の敵は残念ながら――」


 組合長の言葉は私には届かない。薄暗い小屋の中の色彩が、帳が落ちていくかのように、一段色あせていくのが判る。

 

 私の中で決着が付いた思われた悪夢の結末は、信じた人の裏切りで振り出しに戻ってしまった。


 心が定まらず、どこかへ拡散してしまいそうな感じ。誰かが私の肩を掴むがよく判らない感じもする。できれば放って置いてくれ。


 しかし、現実はそれを許さずに、小屋の内を外の光から遮っていた皮がめくれ上がり、私の今の心境のように薄暗い部屋の中を光が差し込む。


(迷っている暇ではないということなのか)


 偶然にもたらされた結果。私の拡散していた心は、にわかに収束を始める。小屋を覗いた顔は、ワスターレであった。


「どうした。急用か」


 小屋の入り口のそばに立っていたエスペがワスターレに声を掛ける。肯定するように軽く頷き、発言しても良いかエスペに確認をしている。エスペは黙って頷いている。


「長老様、あの、白い娘が目を覚ましました」


「おお、なんと。もう、あのままかと思われたが。奇跡かな」


「白き娘? なんだ、白人の娘が迷い込んでいたのか」


 まだ来て間もなく、事情が判らない組合長にアトスが説明をしている。幾つかの確認や問いかけに対して首をかしげているため、どうやらジュノー方面の子供ではないようだ。


「とりあえず様子を見に行く」


「私も行きます。ギョットとトゥートがいますからね。何も知らなければ驚くでしょう。お互いに」


 ギョットもトゥートも事件の後は彼女の元に置いておいた。もとより、トゥートがそばをあまり離れたがらない。もしかすると、元々の飼い主なのかも知れないが、そのあたりも話を聞けば判るだろう。




『この子の名前はオラークルだって。トゥートはこの子と友達。僕とも友達』


 少女の元を訪ねると、ギョットは寝床に座る少女の膝の上に鎮座していた。ネコのトゥートは腰のあたりにすり寄って、ゴロゴロと甘えている。


「初めまして。ギョットの友人、アラム・スカトリスです」


 私はそう言って手をさしのべる。少女はおずおずと私に向けて同じように手を差し伸べてくる。その小さな手をしっかりと優しく掴み、握手をする。


「言葉、判るのかい」


 エスペの問いかけに対して、じっと顔を見て、小さく頭を振り否定をする。私とエスペは互いに顔を見合わせる。


 言葉が通じない。このあたりの人ではないと言うことになる。


「ギョット、お願いできますか」


『いいよー、オラークルは念話中継可能だよ』


 ギョットの物言いで彼女が能力者であると言うことも判る。改めて、ギョットの念話を通して彼女に挨拶をする。


 そして、幾つかの本日幾度目になるか判らない、信じがたい事が判明をした。


 トゥートの飼い主はオラークルで間違いがないこと。

 やはり、彼女はこの地の住人ではないこと。

 西から漂流をして生き延びたと言うこと。


「それこそ、ありえん」


 彼女の言葉にエスペは困惑を隠せずにいる。彼の言い分では大陸より西に渡るには『死の海峡』と呼ばれるアリョーシャ列島を渡るか、大魔獣の巣くう海洋を渡らなければ行き着かないという。


 両方の道程、航路共、ここ数十年、少なくともエスペの知る限りは無事にたどり着いた漂流者はいないという。


 流れ着いたとしても、物言わぬ骸になっているだけであるのだ。


 少女は、私達共に長老と組合長の元へと連れていかれる。案の定、組合長はジュノー近郊の娘ではないといい、長老は海洋を抜けたとしたらまさに奇跡と驚いている。


「それに、漂着してからこの辺りまでは歩いて来たんだろう? よく、無事にたどり着いたじゃないか」


 大層、幸運に恵まれているんだねえとスソーラが続ける。


『ううん、運じゃないの。危ないところには近づかないの』


 ギョットの念話を通じて少女はそう言うが、スソーラは髪をなでそうかい、良かったねえと小さく微笑むだけだ。


 私は思う。念話中継が可能な彼女は能力者で有り、それこそが、彼女の能力の一つであろうと。


 身体を洗おうか、髪を梳こうかとスソーラがやたらと世話を掛けたがっている。ワスターレが手伝いますと、意気込んでいる。新たな妹分が出来た心境なのだろう。


 しかし、少女オラークルはフルフルと頭を否定するように振るう。


『村が、襲われたの。心配なの。早く、帰らなきゃ・・・・・・』


 そう言うと、目から泪をこぼし始める。よほど心配なのだろう。しかし、彼女が見つかってからかなりの時間が経っている。

 村が無事かどうかは判らない。果たして、そんな場所に帰してもよいものなのか、そもそも、彼女一人で帰すには危険が大きすぎる。


「この大陸より西に向かうとなると・・・・・・」


「海洋を渡るのはまあ、無謀につきる。死の海峡アリョーシャン列島を渡るが早いが、あの気まぐれな天候と、海洋の魔獣に襲われ危険を大きく伴うことになる・・・・・・」


「高機動車両を用いれば何とかなると言うことかの」


 長老の心配と、組合長の助言。そして、車両を用いた際の問題点は燃料が途中でつきる可能性が高いと言うことだ。


 その問題点を解決しているのは、現状、ギョットが共に付いてくる私だけであると言いたいようだ。


 話を聞いて、縋るように私の裾を弱々しく掴む少女を見る。ギョットを抱きかかえ、頭にはトゥートが乗っている。緊張感がなくなる、微笑ましい光景だ。


 決別したと思われた悪夢が再び、首をもたげている。

 少し色々と距離をとりたい気持ちがしみ出てきている。

 そんな私の決断はあっさりとしていた。


「いいでしょう。私が彼女を送り届けます。必ず無事に」




 旅の支度を調え、先住者の都市アンカレッジを旅立つ日、私は見送りに来た友人にしばしの別れを告げた。


「すまねえ、アラム。今回は流石についていけねえ」


「仕方がありませんよ。仕事とは言えませんから」


 アトスは今しばらくの間、この都市に厄介になるという。新たな体制になる前線都市ワシントンとジュノー近郊に直ぐに戻らず、当面の間、状況を見たいと言ってはいるが真相は別だ。


「組合長もこれからはこっちの方と交流を進めるから、窓口もひつようだしなあ。それに――」


「まあ、そういうことにしておきますよ」


 私はニヤニヤと笑い、気づいたアトスはなんだ、何が言いたいと困ったように浅黒い顔を赤らめている。


「おーい、アンタ達、そろそろ行くんだろう。オラークルが待ちくたびれているよ」


 私の愛車ズィ・ナビに荷物を取り込んでいてくれた人の中から、波打つような長い髪をした艶やかな女性が威勢良く声を掛ける。スソーラだ。こちらに駆け寄ってくる。


「早くしなよ、アラム。まあ、二人が別れを惜しむのは仕方がないだろうけどさ」


 そう言って、以前と比べて憑き物が落ちたかのような輝かしい美しい笑顔をこちらに向けてくる。


「まあ、だけど、こいつはアタシに任せときな」


「おいおい、逆だろう。俺の方が強いからなあ」


 なんだい、試してみるかいと腰に巻き付けたサソリの尾をほどきアトスに向けて威嚇を始める。まるで、茶番だな。


 私は声を出して笑う。二人のおかげで湿っぽく旅立たなくて済む。


「アンタも少し、変わったね。最近また、思い込むこともあるようだけど、思い詰めないことだよ。こんな身体になって、故郷にも帰れず、人生の楽しみが半分無くなったアタシに比べれば、アンタはまだましさ」


 ストラーノの改造手術を受けた結果、スソーラはジュノーに戻ることをためらい、更に、味覚を失っていることを暴露した。食べる楽しみがなくなったのは辛いことだろう。


 そして、そんな彼女を守るためにアトスはここに残るのだろう。

 

「貴方も、私を襲いに掛かった時とは違う」


「惚れそうかい」


「それは、こいつです。よろしく頼みます」


 任せときなと、スソーラは返事を返し、バカ言うなとアトスは顔を赤らめて反論する。

 私が戻る頃までに、二人の中にさらなる進展があることを祈ろう。


「では、行きます」


「うむ、気をつけろ」


「オラークル達を傷つけるんじゃあないよ」


「アラム、戻って来い。必ず、絶対だ」


 先住者の青年エスペ、人造別人種にされたスソーラ、そして、我が友アトス。順に軽く抱き寄せて、お互いの無事を祈る。


 座席にはオラークル。その膝元にはギョットとトゥート。


「では、行ってきます」


 愛車を始動させ、ゆっくりと加速をしていく。後方を移す鏡には皆が私の無事を祈りつつ、手を振り見送る姿が見える。


 向かうは北米大陸より西、長い年月、交流が途絶えた他の大陸。

 ふと思う。私は何故、こんなことに巻き込まれているのだろうか。

 少し前までは、陰鬱な森に寂しく引き籠もっていただけなのに。


 目を向ければ蒼き粘性生物のギョット。表情もなく、五感も何も感じないのに、感情豊かな彼と出会ってから全ては動き出した。


 ふと、思う。私は、一体、何に巻き込まれているのだろうか。

何故か、この道程が間違いではないという思いが私にはある。


 だがもし叶うならば、この行く先を誰か教えてはくれまいか。

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