第九話 ゴミ溜めの遺産
外側からは開かないはずの強固な扉がひしゃげていた。どのような力を用いたのかはわらかないが、かなり強引に開けたようだ。私達が追っている相手の力の片りんが見える。膂力ではとてもかないそうにはない。
「スソーラ、相手は武器を持っているのかあ」
「いや、持ってはいないはずだよ。この扉のひしゃげ方を見る限り、兄貴のギョッティーネがやったんだろうさ。どちらかと言うと弟のほうが危ない奴だけど、力で押すタイプじゃあないからねえ」
「な、なあ、いずれにしても、間に合わなかったのかよ!」
スソーラが匿っていた子供二人をネポースのいる共同体に預けた際に、私達の話を聞いた彼は自ら案内役を買って出てくれた。
流石に、他の共同体が虐殺されたと聞いて他人事ではなくなったようだ。子供二人しか残らなかったと聞いて顔を真っ赤にしていた。
「とにかく、下に向かいましょう」
私達はひしゃげてこじ開けられた扉を潜り、地下の薄明りの中で光を返す鈍い銀色の階段を降りていく。
ゴミの異臭が混じり始める。ゴミ溜めの王の子供達があれほど嫌がっていた臭いがすると言うことは、隔絶していた扉が開け放たれていると言うことだ。
「……血の匂い」
エスペがボソリと呟く。確かにゴミの異臭の中に、人、血、かすかな死臭が漂い始める。
階段を降りた先には二つの死体が転がっていた。頭を潰された男と、身体を締め付けられた跡が残る苦悶の表情を浮かべた女性。
「フィーリウス夫妻かよ……つい先日あったばかりだろ」
ネポースは遺体を見て直ぐに誰だか判ったようだ。そして、奥、ゴミ溜めの王が居座る安全地帯の方から、悲哀に満ちた怒鳴り声が聞こえてくる。
「レーグルスの声だ、まだ、生きている!」
ネポースが先に向かおうとするのをエスペが肩を掴み無理矢理引き戻す。尻もちをつき声を上げようとするがエスペが制して口を押える。
「静かにしろ」
「相手がなあ、まだ、気付いていねえからなあ。何をしているかここから伺おう」
言葉の少ないエスペの言いたいことをアトスが補足する。開いた扉の周りに集まり中の様子を覗き見る。
ゴミ溜めの王、レークスの後ろ姿が見える。その先には、見知らぬ誰かに捕まったレーグルス夫妻とワスターレもいる。
レーグルス夫妻は大柄で表所の乏しい男に捕まっている。
「あっちが、ギョッティーネ。見ての通り力自慢の男さ。右腕のハサミで何でも叩き潰しちまうのさ」
そして、片手に松明を持ち、少女であるワスターレを捕まえて、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている男
「むこうが、弟のガルゲン。大体、あいつが真っ先に手を出すのさ。見えたらとにかく殺したがる。手が付けられない狂人さ」
そんな危険な状況で、レーグルスは父親であるレークスに向かって必死に叫び、頼みごとをしている。
「親父、頼むから、アンタが隠した遺産を明け渡してくれ! 俺はともかく、妻と娘の命が掛かっているんだ! こいつらは本気だ! フィーリウス達はもう、殺されちまった!」
私達のいる部屋に転がる、男女の死体はもう何も語ることはない。人質としての数に入らなかったのか、襲撃者に対して反抗を試み返り討ちにあったのかは判らない。
だが、レークスは実の息子の叫びに対しても、聞く耳を持たずに、非情とも思える答えをあっさりと導く。
「駄目じゃ、駄目じゃ! 儂にはもう、あれしか残っていない! もう、なにも取り戻すことは出来ん! お前達の責任でもあるんだ!」
「ふ、ふざけるな! あんた、孫娘の命より大切な、ブッ」
レーグルスの声はそこで途絶えた。ギョティーネの右腕の先にあるハサミが首を切断したからだ。首は千切れる様に落ち。驚きと怒り、そして、悲しみが混じった複雑な表情を浮かべて転がっている。
「ヒィィ、イヤー、イヤーーーー!」
自分の夫の無残な姿を目の当たりにして、妻は錯乱したかのように叫ぶ。娘のワスターレは下を向き目を背け、震えている。
「なあ、兄貴、その女もうるせえから潰してくれよ」
ヘラヘラと笑みを浮かべながら、軽い口調でギョティーネへ残酷なことを頼み、ガルゲンは軽くうなずくと、そうすることが当たり前の様に女の頭をハサミでつまみ、直ぐに潰した。
「ヒャハアー、良い感じに脳みそが飛び散るなあ、おい! なあ、爺さん、どうする、残るはこの孫娘だけだぜ! どっちでもいいけどよお、何も言わないなら、アンタを殺してゆっくり探すさ、帰り道も良く分からねえしなあ」
胸が悪くなるような、馬鹿げた笑いを交えながら、狂気の顔でガルゲンは楽しそうにワスターレの頬を汚らしく舐める。
「好きにせい。儂には、もう、あれしかない」
あの老人はなにを考えているのだろうか。
自分の息子や、その妻が殺されたばかりか、孫娘に手を掛けられようとしても、彼らが言う遺産に固執するのだろうか。
狂っている。人を殺すことを歯牙にもかけない兄弟と同じように。
「や、やめろ! 子供に手を出すな!」
私達が様子を伺うと言う選択をしたために、手を掛けられてしまったレーグルス夫妻のありさまを見ていたネポースが、ワスターレにまで被害が及ぶと聞いて、いても立ってもいられなくなったのだろう。
気づけば、一人、部屋から飛び出して狂った兄弟に向けて叫んでいた。
「あん、なんだあ、手前は、っ」
部屋の内に銃声が響く。
ガルゲンは、エスペが放った銃弾を横っ飛びで躱す。その際に、邪魔になるワスターレを突き離した。
隙をついて飛び出していたスソーラが、ワスターレを抱え込み、そのままの勢いで部屋の奥へと向かう。
気付いた、ギョッティーネが後を追うとするが、クシャミの音と共に吹き出された吹矢を巨大な蟹のハサミとなった右腕で防ぐために立ち止まる。
「おいおい、嘘だろ、俺の吹矢が貫通しねえのかあ!?」
細長い円錐状の矢は、ハサミの甲殻に突き刺さるものの貫通には至らない。何事もなかったかのように、矢を取外し、こちらを見据えてくる。
「ヒャハア、こちらが驚きだ! 兄貴の甲殻にぶっ刺さる方がスゲエよ! 銃弾だって弾くって言われているんだ!」
目を丸く見開いたガルゲンが、腹を抱えて笑いながら、アトスの吹矢の威力を評価する。
だが、致命傷には至らないなら問題はねえな、と馬鹿にするような様子で、アトスに向けて言い放つ。
「なんじゃい、貴様ら! 貴様達も儂の宝を奪いに来たのか! 盗人どもが、先住者も、共同体の住人も、倅たちも、どいつも、こいつも、儂の、儂の、最後の――」
「うるせえ、爺、黙ってろ」
ガルゲンが手に持っていた松明をゴミ溜めの王に向け、投げる。
なにがあったのかは判らない。可燃性のなにかがあったのかも知れない。松明の火は瞬く間にゴミ溜めの王の足元に燃え移る。
「ヒャハア、いい感じだ! 爺が燃えて死ぬぜ!」
火が燃え移ったゴミ溜めの王は、訳の分からない言葉を叫びながら、転げまわり、壊れた玉座の代わりの様なソファーとゴミの山から転げ落ちる。
そして、その先には、見捨てたはずの孫娘であるワスターレが、羽織っていた上着で必死に、祖父の身体に着いた火を消そうとしている。
私は、何も考えずに、その場を飛び出し、少女と老人の元へと駆け寄り、ワスターレと共に火を消すことに躍起になる。
火は中々消えない。ふと目をやれば他のゴミにも引火が始まっている。煙が昇り発ち、異臭が酷くなる。これは、まずい。煙に巻かれれば、全員の命が危ない。
『セーフティーエリアで火災が発生しました。消火のために散水装置が発動します。火事です! 火事です! 避難をして下さい!』
天井から、聞いたことのない無機質な声が響く。
声が響き始めた直後に、天井から雨の様に水が落ち始める。火は、瞬く間に鎮火していく。全員が茫然としている。
ここの、自動消火装置はまだ活動していると言うのか。
「ヒ、すげえな、まだ、生きているのかこの遺跡はよお! ゴミ山の中の宝がなんなのか、楽しみだぜ! その前には、まず……」
いち早く、立ち直ったガルゲンが兄であるギョッティーネの傍に歩み寄る。
私は火傷を負ったレークスと、祖父に火を着けた相手を睨みつけるワスターレの前に出る。エスペ、アトスも周囲につく。ネポースの姿は見えない。どこかで震えているのかも知れない。だが、それでいい。彼では戦力にはならないだろう。
「お前達、邪魔だよな、なあ、スソーラ、裏切り者の女に、ガキとはいえ、女がもう一人。兄弟仲良く楽しむにはちょうどいいぜ! 他は邪魔だから、死んじまえ!」
ギョットが入った、バックを背後に投げる。
「スソーラ、ギョットと一緒に、その人達をお願いします!」
「ああ、頼まれたよ! 油断するんじゃないよ!」
油断もへったくれもない。ネポース同様に私自身が役に立つかは判らない。
スナイパーライフルを構えるも、ガルゲンはとっくに動き始めているため、照準が合わない。
這うような動きで私達の方へと向かって来る、ガルゲンの動きは読みにくい。というより、動きがおかしい。あのような姿勢のままで動き続けることは幾らなんでも常人には不可能だ。
地を素早く這い続けたガルゲンは、私のすぐそばまで来たとき、私の目測を外し、急に目の前まで身体が伸びる。
咄嗟に両腕を交差し、何者の近寄らせない三センチの能力を発動させ、ガルゲンの動きを弾く。
「あん? なんだ、おい、おかしな感触がしたぜ、お前、何をした」
目に見えない何かに弾かれたガルゲンは、訝し気な視線をこちらに向ける。正直に答える必要はない。無言のまま、相対する。
「まあ、いいさ。膝が震えている奴が長続きするわけないからなあ」
ケラケラと小馬鹿にするような笑い声を上げて、またも、這うように地面を動き、グルグルとこちらをけん制を続ける。
彼が言う通り、膝が震えてしようがない。私は臆病者だから。
しかし、この場から逃げだすわけにはいかない。子供を見捨て、友を見捨て、逃げる訳にはいかないのだ。
「いくら、性能のいい銃を持っていたって撃てなきゃあ意味はねえよなあ!」
私の周りをグルグルと回り続け、時折、身体を伸ばしてから見つこうとするガルゲンの行動が続く。
この男が地を素早く這い続けられる理由がようやくわかってきた。
腹に、幾つもの脚が生えている。百足の様な状態だ。
こいつは多分、百足型の魔獣を移植されたのだろう。
あの、伸び縮みする胴体も、その恩恵なのだろう。
しかし、こうも近くで這いずり回られると、銃を撃つ隙を見いだせることは出来ない。3センチの能力で迎え撃ってはいるが、相手に打撃を加えることが出来ていないのが現状だ。
私のそのふがいなさに苛立ちを覚えた者が、闘いの輪に加わって来る。後ろから忍び寄り、隙を見てサソリの尾をガルゲンへと撃ち込もうとするが、気付かれて避けられてしまう。
「おいおい、酷いじゃないか、スソーラ! 俺達は仲間じゃないのかよ! ええ!」
「アタシはアンタ達、いかれた兄弟を仲間と思ったことはないよ!」
「同じ手術を受けた、数少ない同胞じゃないか! 悲しいぞ!」
ヘラヘラトした笑みを浮かべ、白々しい言葉をガルゲンは紡ぐ。スソーラは馬鹿な事を言うなとばかりに、表情を歪めている。
「好きで受けた手術じゃあないのさ! おかげで人生の楽しみが一つ減ったからね!」
そう言いつつ、再びサソリの尾を振り回しガルゲンがいる場所へと突き刺す。が、私と同じように素早い動きで翻弄されまともに当たる気配ない。
「アラム! お前さんももっと、気合をいれな! 私を魔獣から救った時の気迫をだしな!」
ガルゲンを攻撃しつつ、スソーラは私に檄を飛ばす。
アトスとエスペはギョッティーネを相手にしているが、蟹のハサミを振り回し続ける相手に四苦八苦しているため、とてもこちらを援護できる様子はない。
『危ない! アラムさん!』
チラリと横目でギョッティーネとアトス達の様子を伺った隙を悟ったガルゲンは、スソーラの攻撃をかわしつつ、いつの間にか私の傍により、胴体を伸ばし私に巻きつこうとしていた。
咄嗟に、ガルゲンの顔面に銃床を叩きつける。腰が引けていたためか、それほどの打撃は加えられなかったようだ。飛び退いたガルゲンが、忌々しそうに顎をさすっている。
「おお、痛え。やってくれるじゃねえか。それに誰だ? 余計な事を叫んだ奴は……」
ガルゲンが当りを見回し、ある一点で目線を留めた後に、私達から少しだけ距離を取り、ニヤリと笑う。
「そうか、そうかよ。スソーラは顔見知りだったってわけか。女だてらに追手に選ばれるわけだよなあ」
ワスターレの傍で、バックから這い出ていたギョットを見たガルゲンは、自分達に与えられた本来の役割を思い出したようだ。
どのような役目を言いつけられていたのかは判らないが、こいつ
の目的は私が考えていることで、間違いがないようだ。
「これが、戦場の蒼い天使! ほんとうに、こんな姿だったのか! そっちが飼い主か! こいつは運が良いや! お前を殺して、楽しんだ後に、がっぽりと褒賞を貰って、好き放題させてもらうぜ!」
ガルゲンは笑うだけ笑った後に、私に目掛けて今までよりも、低く、かつ速く突進をしてくる。
脚の裏に3センチを纏わせて、突進を阻むも、バランスを崩しゴミ山の前で仰向けに倒れてしまう。間髪を入れずに巻きつこうとしてくるが、スソーラが尾を振り回して追い払ってくれる。
「ふう、邪魔だなあスソーラ。まずはお前から始末をした方がいいか。楽しみは減るけどな」
「やれるもんならやってみな。アラム! アンタどうして、そんなに引け腰なんだい!?」
殺しに来ているガルゲンに対して強い反抗を見せない私に、いい加減不満が募ったスソーラが怒声を掛けてくる。戦の最中に迷いがある私が悪いのだ。しかし、
「す、済まない。私は、生きている人を殺すような経験はしていない……」
私は、弱々しくも心情を吐露した。
魔獣なら幾らでも相手にした。
死体となった、妻と娘、その他の人達はこの手で屠った。
だが、いまだに、生きている人間をこの手に掛けたことはない。
例え、相手が私を殺しに来ている狂人であっても、人を殺すと言う行為に、いつまでも迷いが生じているのだ。




