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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第三章
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第八話 旧知


「何故、そのように思うのですか?」


 アトスがどのような経緯を経て『襲撃者を知らせた者はスソーラ』といったように考えに至るのか、はっきり言って疑問だ。

 確かに、幾人かが見たと言う姿と照らし合わせれば、ないこともないだろうが、特定できるほどの証言とは言えない。


 黒く長い縮れた髪に、焼けた肌、男を惑わす魅惑的な肢体をもつ美女、私を殺そうとして犯罪労働者に身を落とした哀れな女性。


 ――彼女は前線都市で起きた、あの狂犬戦争を生き延びることは出来たのだろうか。


「あいつは、多分、生きていると思うんだ」


「何故? 見た訳ではないのでしょう」


 アトスの考え方がイマイチ把握できない。


「……組合長から確信はないと前置きされたんだがなあ、あいつ、スソーラの行方は判らなくなったんだそうだ」


 あの戦争に巻き込まれ見つかっていない者達の行方はまだはっきりしていないと、逃避行に出る前に、アトス自身が話していた。


「なら、死んだ可能性のほうが高いのではないですか?」


 非情なことを言うようだが、その可能性の方が高いと私は思う。

 あの戦争の最中、犯罪者が盾代わりに使われたと聞いている。


「いや、多分、生きている。俺が助けた」


「何を言っているんですか、私にそんな記憶は――」


「銃を撃つのに真剣だったお前さんは判らなかったかも知れねえが、お前さんに指示して、人形の群れに銃弾巻き散らかせたことは俺が覚えている。あの時なあ、スソーラの顔が見えた。猛速度で走っていたから、ありえないだろうと思うかも知れねえけど、確かにいた。盾代わりになってたとこを逃げた集団が、人形に集られて、珍しく、怯えて泣きそうな面していたからな。よく、覚えている」

 

 にわかには信じ難いことだ。

 だが、アトスが嘘を言っているようには思えない。

 

 だとしたら、彼女はあの混乱の中、盾になりながらも生きていると言うことか。悪運が強いとしか思えない。


「で、またしても、私を殺そうとして追ってきた。そう言うことになるのでしょうか」


 俯き、思わず深くため息が出る。彼女は、そこまで私を憎んでいるのだろうか。私自身はなにかをしたわけではない。唯、あの場所に流れ着いただけなのに。


「済まねえ。もし、そうなら、俺が余計な事をしたことになる……」


 アトスは私の言葉を聞き、弱々し気に、項垂れる。


「いえ、それは、まあ、結果論ですから。アトスのせいではないでしょう。それに、スソーラとは限らないわけですし」


 可能性があるだけで、確証ではない。

 実際、顔を見た訳ではないのだ。


「……ただ、いずれにしても、片を付ける必要はあると思います。長老がああは言ってくれましたが、発端は、私のせいと言えますからね」


「ああ、そうか、なら、手伝うぜ。もしかすれば、俺にも責任があるのかも知れねえからなあ」


 アトスは項垂れた顔を上げて、うって変わって力強い目線で見つめてくる。

 一人で突っ走るな、何を言っても曲げることはないぞと、暗に言っているのが判るように。


「ええ、協力をお願いします。一人では、上手くいかないかもしれませんからね」


「ハハ、そう言うことだ。良く分かってきたじゃあねえかあ」


 差し出した手をガッシリとアトスは掴む。


「いつ、行く」


「直ぐに出も。そうだ、まず、ギョットを連れ出しましょう。彼を危険な目に合わせることになりますが、私がいない間に、ギョットを狙う可能性もありますからね」


 そう、都市から来た追手は、多分、ギョットの存在を知っている。あの、戦いの最中に起きた奇跡を見た誰かから、情報が漏れた可能性は高い。

 いっそうのこと、ここの先住者達にギョットの存在を預けると言うことも考えたが、これ以上彼らに迷惑をかけることもできないと思いとどまった。


 手近にいた先住者にギョットの場所を聞き、指差された小屋へと向かう。魔獣の甲殻や動物の皮で仕切られた扉代わりの幕を開けて中へと入る。


 ギョットは部屋の一角で静かに留まっていた。


『あ、アラムさん、お帰りなさい』


「ただいま、ギョット。申し訳ありませんが、又、直ぐにここを発とうと思います」


『また、どこかに行くの?』


「いえ、用が済めばすぐに戻って来ます。ただ、今回は一緒に来てもらえませんか」


『いいよ。行く! たまには、お外に出たい!』


 ギョットは嬉しそうに身体を伸ばしてフルフルと震えている。


 私達が出かけている間は外に出ず、ずっと大人しくしていたのだろう。窮屈な思いをさせていたのかも知れない。


 ギョットの様子を見て、部屋の奥から、鳴き声を上げたトゥートがゆっくりと歩いてくる。

 トゥートは、ギョットに身をすり寄せて、ナーと声を上げる。


『トゥートはここに残るって。彼女の事が心配なんだって』


 ギョットの言葉を聞き、私はトゥートが現れた部屋の奥を見る。そこには一人の少女が静かに眠っていた。


「白人? 金髪? ずいぶんと幼い、大丈夫かあ」


 少女を見たアトスは、眉根を潜めて少し心配そうな目を向けている。まだ、随分と幼い。


 なにより、この集落に、純粋な白人がいることは珍しい。


『ここに来てから、ずっと眠ったままなんだって。長老さんが言っていたよ。トゥートがずっと心配しているの』


 ここに来てから、眠ったまま、ああ、エスペが言っていた保護した少女は、この子の事を言っていたのか。


「アトス、見たことはありますか」


「ねえ。ジュノーで見たことはねえ。他所から来たと言うことかあ?」


 前線都市からここへ来るには幾らなんでも無理が過ぎる。だとすると、この子はどこから来たと言うのだろうか。


「今は、置いておけ」


 後ろから掛けられた声につられて振り向くと、手にした荷物を置き、身支度を整えたエスペが立っている。


「どうか、しましたか、エスペ」


「目的は同じだ」


「どう言うことでしょうか」


「長老はお見通しだ」


 私達が追手を、自分達の手で片を付けようとしていることに長老は気付いているのだろう。


 そして、エスペは同胞を殺された敵をうち、相手に罪を償わせるように言われたのかも知れない。


「判りました。お互い、手を結びましょう」


「ウム。心強い」


 エスペと両手をガッチリと結ぶ。アトスもそこに手を掛ける。いつの間にか近づいたギョットが私の足元からよじ登り、結びあった手元に乗っかって来る。


「ギョットも手伝ってくれるかあ」


『うん、手伝うよ』


 何をするかはギョットには良く分からないのだろう。だが、それでも嬉しく、心強くも感じるが、若干の罪悪感は否めない。

 

 ギョットを巻き込んでいるように感じる。

 

 しかし、一つの疑念が私の中で生まれてもいる。

 

 ――私の方が巻き込まれているのかも知れないと。

 

 

 

「素人だ」

 

 私達を追って、集落を襲い、逃げた者をエスペは、そう評する。訓練を受けたものではないと言いたいようだ。

 先住者の斥候は逃げた者達の足取りを直ぐに見つけた。足跡は二人分あるというが、隠す様子も見受けられないと言う。


「それだけ、実力に自信があるというわけですか」


「どうだかなあ。前線都市にいる手練れなら、こんなに痕跡をのこさないだろう? ジュノーの猟師より酷いぞこれは」


 アトスや私でさえも、逃げた痕跡が多少なりとも見えてくるほどだ。はっきり言って、何も訓練を受けていない者が、追手を引き受けて暴走したとしか思えない。


 途中で、斥候の連絡を受けたエスペは苦い顔をする。


「地下に逃げた」


「厄介なのですか?」


「案内役が必要になる」


 地下深くに逃げ込まれると、こちらも迷う可能性が高くなる為、都市の末裔の案内役が必要になると言いたいようだ。


「また、あいつに頼むようかあ」


「……恐らく」


 日も開けずにネポースは案内役を引き受けてくれるだろうか。なだめすかしてどうにかするしかないのだろう。


 私達が潜った地下ターミナルの入口は、依然と違う場所にあった。様相は大して変わらない。

 ガレキの山の奥にポッカリと穴が開いたように地下へといざなう暗闇が続いている。


 エスペは追手がどこまで逃げたのかを慎重に追い続ける。だが、追い続けるうちに表情が苦々しいものへと徐々に変わって行く。


「……なにか、不都合でもありましたか」


「この先に共同体がある」


 軽く舌打ちが起きる。そして、近付くにつれて、想像していたことが起きたと思われる臭いが漂い始める。


 吐き気を催す、人の死臭と血の臭いが漂い始めている。




 共同体があったと思われる場所は無残なものとなっていた。


 ここに住んでいたと思われる都市の末裔たちの死体が至る所に散らばっている。

 頭を潰された者、四肢を千切られた者、明らかに人を弄びながら殺した様子が見受けられる。


「生き残りは、いない、かあ……」


 無残な様子にアトスは蒼い顔をしている。私自身、以前にみた狂犬戦争の惨状を見ていなければ、まともに様子を見ることは出来なかっただろう。

 エスペは奥歯を噛みしめている。自分達の知った者達がたて続けに襲われて、死んでいったとあれば仕方がないことだ。誰も生き残ってはいないだろう、そう決断し、この場を去ろうとしたときに

 

 私達三人は奥で微かな気配を感じた。

 

 無言でお互いの顔を見て、頷き、視線で行動を決める。三人とも別々の方角から気配を感じた場所へと近寄る。

 

 各自が死角となる場所を選びつつ、目的の位置に近づいて行く。追っている者とは違う人間の可能性が高い。

 

 今、潜んでいる者は少なからず、息を潜め、気配を殺していた。だが、熟練した者とは違う。まだ、年月の浅いものなのだろう。

 暗い闇の中でも、目の効く私は、アトスとエスペが目的の位置に辿りついたことを見届け、銃を構える。

 気配を殺し、音を立てない様に慎重にエスペが潜んでいる者の位置へと近づく。アトスもゆっくりと近づいている。

 万が一、相手が反抗に出た際には私が速やかに無力化するように撃つことになる。できれば、撃ちたくはない。

 手にじっとりと汗がにじみ出る。額からも汗がにじんでいる。肌にまとわりつくような、嫌な汗だ。

 私がジッと見届けている中、エスペがスッと目的の位置に忍び込んだのが見えた瞬間、声が上がる。


「ひ、待って、待ちなよ! アタシはなにもしていないよ」


 聞いたことのある声。アトスが驚いた顔で直ぐにエスペの元へと駆け寄る。私も銃の引き金から指を放し、同じく駆け寄る。


「待て、待て、エスペ! 俺の知り合いだ!」


「なに?」


 潜んでいた相手の首元に短剣を突きつけたまま、エスペと一緒に立ち上がった者は、おおよそ信じられないことに、アトスが可能性を示唆していた女性――スソーラ、その人自身であった。




「あの二人のやり口にはついていけなかったのさ」


 二人の怯える子供を抱えたまま、スソーラは憤慨の表情を浮かべつつ経緯を教えてくれた。


 狂犬戦争の捨て駒として連れていかれ、前線真っただ中に囮として残され、死ぬことを悲観していた彼女が、次に目を覚ました場所。

 

 そこは、暗く湿気った部屋の中であったと言うことだ。


「そこでさ、気付いた時にはこんな身体になっちまったのさ」


 と言うと、背中から太く、節くれだち、先端に鉤爪の付いた尾をゆらりと動かして見せた。


「お、おい、そいつは、一体……」


 動いた尾を見て、アトスは困惑の表情を浮かべ戸惑いを隠せずにいる。私自身も驚いている。


「その、サソリの尾は後から付けられたもの、と言うことになりますか。外科的手術が用いられたということですか」


 私の言葉が良く分からないのか、困った顔をして多分そうだと言うように、スソーラは頷く。

 

 本人に断りもなく、人体実験を行う。外道の所業ではないか。断りがあったとしても許されるか否かが問われる技術にもなる。


「まあ、こいつの事は後に置いておくとしてさ。アタシはそこで、アンタ達を追うことを命じられた。一緒に来た連中と一緒にね。多分、アタシがアンタ達と旧知だと言うことを判っていたのさ」


 スソーラの他に四人の改造手術を受けた者達がいたという。死亡が確認された二人と、今、私達が追っている二人で数は合う。


「お前も仲間か」


 エスペが冷たい視線で値踏みをするようにスソーラを眺める。


「ち、違うよ。た、確かに、ここまで行動はしたけど、アンタ達が追っている二人は、殺し過ぎるんだよ。アタシ達はアンタ達を追って、その、蒼い魔獣を奪い盗れと言われただけなのに、のべつまくなしに、見境なく、殺しまくるからついて行くのに嫌気が差したのさ」

 

 スソーラはエスペの視線に耐えきれずに、目を逸らす。怖いのだろう。普段は強がりを見せても、エスペの様な真の戦士に睨みつけられれば震えが来てもしょうがない。


『嘘じゃないと思うよ』


 ギョットが横から暢気な感じでスソーラを擁護する。


「だ、誰だい? 他に誰かいるのかい?!」


 スソーラからしがみついて離れない子供二人もキョロキョロと周囲を伺う。ギョットの声が聞こえたのだろうか。以前は一向に聞こえる様子はなかったと言うのに。


『僕だよー、ここ、ここ』


 ギョットが蒼い粘体の身体をフルフルと震わせて伸び縮みをする。子供たちも、スソーラも驚きの顔を隠せないでいる。


「こ、これ、本当に、魔獣じゃ、ないのかい」


「何回も言っただろうよお」


 アトスがスソーラに向けて苦笑いをする。これで、ようやく信じて貰えるようになった。そして、ギョットの心の底を読むような念話が、スソーラが追手二人と違い、殺人に手を貸していないことの証明にもなるだろう。


「ところで、その子達はどうしたのですか」


 スソーラの傍から離れずにいる二人の子供に視線を送る。ギョットの念話に驚いていたが、いまだに怯えている。


「……ここに住んでいた連中の子供さ。二人だけいた。私もここに潜り込んでうろうろしているうちに、アイツラがここを襲ったのさ。この子達しか助けられなかった。 アイツラ、女子供も関係なしに殺す。そこの怖いお兄さんの集落も勝手に襲い始めたのさ。私がよせって止めても聞きやしない。まごまごすれば、こっちが殺されちまうからね」

 

 震えが止まらない子供たちをギュッと抱き寄せて、悲しそうな顔で俯いている。随分と様変わりしたものだ。私を襲った時とは、えらい違いだ。


「アラム、アンタには悪いことをしたと思うよ。今、思えば、アン時のアタシもいかれていたのさ。ごめん」


 声にもしていない私の心を読んだように、スソーラはたどたどしくも頭を下げる。


「……もう過ぎたことと言うには、早すぎるかも知れません。ただ、まあ、私自身も死んだわけではないので、これ以上、何かを言うことはないでしょう」


 人を殺めようとした行動を軽々しく許すと言うことはできないが、これからも彼女は反省を続けるだろう。どこかで、憎しみの連鎖を断ち切る覚悟も必要になるということだ。


「スソーラ、集落を襲った二人はどこに向かう? 何も考えが無いようにも思うが、どうだ?」


 アトスが謝罪の繰り返しはそこまでと言うように、先の事をスソーラに尋ねる。

 集落を襲った二人組はなにも考えていないような行動を取り続けているようだ。

 人を見れば襲い、殺すということを繰り返していることから良く分かる。


「そうだね……、そう言えば、ここから立ち去る時に馬鹿笑いをしながら『ゴミ溜めに宝があるんだとよ』とか言っていたね」


「ゴミ溜め?」


 エスペがこちらを見つめる。私は黙ってうなずく。地下ターミナル内でゴミ溜めと呼ばれる場所は、つい最近知ったばかりの、あの場所しかありえないだろう。


「向かいましょう。あそこにも人が、子供がいます」


 私達は直ぐに立上り、向かおうとするがスソーラが待ったをかけてくる。子供達をどこかに避難させたいと言う。確かに、知った顔の無残な姿の死体が放置されている場所に置いて行くのは、余りにも可哀想だ。

 この先にあるネポースの共同体に預けることにしようと、エスペが短く告げたのを理解して、ネポースがいる共同体へと足早に向かった。

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