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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第三章
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第七話 追跡者

 銀色に鈍く光る金属製の階段を昇りきり、狭い踊り場から外に出る。扉と同じ程度の幅の通路が真っ直ぐに続いている。奥の方は暗がりになり、どこまで続いているかは私にも判らない。


「地下二階の一区画。ここから、池の付近にでられるよ」


 私達が、前回来て釣りや採取を行った池の付近に出ると聞きエスペが驚く。


「随分と近い場所に出るではないか」


「言っただろう。こちらから扉を開けることは出来ないって」


「開けっ放しにしとけばいいんじゃねえのかあ」


「アイツラに死ねっていうのかい」


 扉を開けておけば、知らぬ間に魔獣が潜り込む可能性は高い。そうすれば、あそこに住んでいる親子が襲われて死ぬことになる。ネポースはジトリと、アトスを睨む。


「そうだな。俺の考え方が悪かった。スマン」


 アトスは素直に頭を下げる。ネポースは、直ぐに前を向き、ならいいよと、小声で答えて先を歩き始める。お互い悪気はないのだ。




 時間的には夕方に差し迫る頃、ネポースの住む共同体の拠点にまで辿りつく。ここから、外に出るまでも、そこそこの時間がかかるため、本日はここで宿営をさせてもらう。


 共同体の煮炊きスペースは限られる。全員が限りある食糧を持ちより、生き抜いていくために等しく配給するためらしい。

 今回の探索で得て、食べきらなかった保存食も食糧庫に保管される。逆に言うと、案内中は運が良ければ、通常より多めの食事にありつけられることになるらしい。


「危険な役を申し付けられる代わりみたいなものさ」


 味の薄い保存食を、更に水で引き延ばし、キノコや鼠の肉を加え乍らネポースは呟く。


 私達の分は、自分達で賄うことにした。貴重な共同体の食糧に手を出すわけにもいかないだろうと判断した結果だ。

 まあ、私達は、彼らが食べないような物も平気で食べるから、食糧事情も異なるという点もあるわけだが。


 共同体の人間は、誰もかれもが生白く、不健康そうな顔をしていた。陽の当たらない生活を長く続けているせいだろう。

 各々の家族か、仲間と一緒に明かりの乏しいランタンのような物を囲んで、何も語らずに、薄い粥上のスープをすすっている。


「言いたくないが、随分と陰気臭い食事だ」


 あたりの様子を伺ってアトスはボソリと呟く。エスペも黙ってうなずいている。


「なにも、語るようなことが無いのかも知れませんね」


「なぜだ」


「……この場所から、好き好んでどこかに行くということをしないからだよ」


 いつの間にか後ろに立っていたネポースが皿を片手に私達の輪に加わる。


「ご家族と一緒でなくて良いのですか?」


「家族はいない。死んだんだ」


 ネポースは皿に付けた匙で粥を掬うのを一瞬停めて、そう呟いた後に、改めて掬った匙に口を付ける。悪いことを聞いたようだ。


「俺達みたいな若い連中が案内役を務めて、報酬代わりに保存食や食事を貰ってどうにか生き延びている。……アンタ達、先住者には本当は感謝をしているんだ。でなきゃ、とっくに滅んでいた」


 なかなか、相容れないことは多いけどねと、自嘲気味に呟いて、エスペの方にチラリと目を向ける。エスペは黙って何も語らない。


「話題がないのは確かなことさ。地上よりかは安全とはいえ、ずっとこの、大して変わり映えのしない地下通路に住んでいるんだ。話すこともなくなるさ」


 ネポースは寂しそうな笑みを浮かべている。先ほどの話も聞こえたいたようだ。アトスが気まずそうな顔を浮かべている。


「でもさ、アンタ達みたいな地上の人間が来て、案内役を始めてから、少しだけ、話題が出来た。まあ、あんまり乗り気にはならないけど、俺の話を聞いて、子供たちがさ、少し喜ぶんだ」


 おっかないけどねと、繰り返しネポースは言う。彼にとって、私達の案内をして、魔獣と立ち向かうのは相当な勇気がいることなのだろう。


「そういやあ、あのゴミ溜めにも子供がいたなあ」


 アトスが目線を上に向け、思い出すような仕草で今日立ち寄ったあの場所の事を口に出す。


 ここにいる人達と同じように不健康そうな顔色をして、寂しげながらも、不満の色を隠せない目付きをした少女のことだ。


「ああ、ワスターレのことだね」


 ネポースが悲しそうな顔をして少女の名前を語る。


「あの連中は知り合いか?」

 

 エスペがネポースに語り掛ける。ネポースは俯き、匙で粥をすすりながら、ぼつぼつと語りだした。


「ゴミ溜めの王の家族――スクルータ家の連中は、元々、この近くにあった別の共同体に住んでいたんだ」


 ネポースは彼らと当時から知った仲ではあったと言う。その頃はあんなに卑屈な性格はしておらず、どの共同体にもいるような、穏やかで、静かな性格だったとも言う。


「何があったかは判らないけど、連絡がないなと思って見回りに言ったら、あっちの共同体が全滅していた。多分、運悪く魔獣の群れに襲われたみたいだ。散り散りに逃げたんだと思う」


 地下に住む魔獣は小型のもの以外は余り群れにはならないらしい。ネポースも確信はしていないらしいが、それくらいしか原因はないだろうという。


「よっぽど急に襲われたのでしょうか? 防衛する時間もないくらいに?」


「いや、多分、なにもせずに逃げたと思うよ。共同体の残りの人間で戦うことをする人は、まず、いない」


「なぜだ? なぜ戦わない?」


 エスペは不満そうな顔をして疑問をネポースにぶつける。自分達の場所を持つために抗い続けた彼には信じられないことなのだろう。


「……そういった人たちは、まず、真っ先に死んだんだ。祖先の頃には勿論いたらしいけど、やっぱり、危ないだろう。危ない目に遭えば死ぬ確率も高くなる。残った俺達は、戦わずに逃げ続けたいき

残りなんだ」


 だから、戦い方も判らないと俯きながらネポースは語り続ける。エスペは顔を背け、舌打ちをして、忌々し気な顔をする。彼もまた、都市の末裔の実態について初めて知ったのかもしれない。

 だが、それでも生き延びていることは事実だ。戦うことだけが正しいわけではない。逃げ続けることもいかがなものかとも思うが、それは、人それぞれの考え方だ。


「アンタ達から見れば情けない話に思えるかもしれないが、生き延びるにはそうするしかなかったんだ。……話が逸れたね。 幾年かした後に、スクルータ家の連中が偶然見つかった。驚いたよ。まさか、生き残っているなんて思いもしなかったから」

 

 先走った先住者が地下深くまで潜り込んでしまい、共にいた別の案内役がスクルータ家の人々を知っていた。生き残っていることにも驚いたが、彼らが所有していた空間には更に驚いたらしい。


「ゴミ溜めだったからかあ」


「違うよ。あの安全空間にさ。あそこは多分、地下の住民の特定避難場所だったはずだからさ。頑丈な扉が、多少壊れていても生きていたんだ。それに、多分、どこかの食糧庫とも繋がっている。どの程度残っているかも判らないけど、あれほどの大空間に収容する人数を賄う分があれば、結構な量のはずさ」

 

 その後、何回か、各共同体の代表があそこに移らせてくれと交渉に行ったらしい。


「話にもならなかったよ。あの、ゴミを奪いにきたって大騒ぎして、話を聞きやしないスクルータの親父、レーグルスはいかれちまったんだ」


 その後も、共同体の人間が嫌気が差すようにするためか、日々ゴミを集め続け、今の惨状になったらしい。

 その当時は、倅たちもまだ、まともな思考をしていて、幾度か、交渉人と共に父親を説得しようと試みていたらしいが、まともに相手をしてはくれず親不孝者と罵られ、徐々に倅たちもおかしくなって行ったと言うことだ。


「フィーリウスも、ワスターレも、せめてゴミを集めるのは止してくれって言い続けていたけど、ゴミじゃあない、必要な物だって大声で怒鳴られ続けるうちに、言うのも嫌になったみたいだ」


 今では誰も滅多に近寄ることはなく、いまだにゴミを集め続けて、捨てることをしないレーグルスは「ゴミ溜めの王」と言われるようになった。


「ワスターレは可哀想な子だよ。多分、あの場所で生まれたんだ。いかれ始めた祖父に、おかしくなる両親を見て、あの子も塞ぎこんじまった。前は、少し笑みを浮かべることもあったんだ」


 今日、久しぶりにあって、保存食を貰っても、少しも笑わなかったのにはショックを受けたようだ。


「だから、アンタが勝手なことをしたとは思うけど、それでも笑ってくれたのならばうれしくも思えたんだ。ダメだったけどね」


 空になった皿と匙を地面に置き、ネポースは乏しいランタンの明かりを見つめ乍ら、寂しそうに語った。




「うはあ、陽の光が眩しいぜ!」


 久方ぶりに外に出て、アトスはそう叫ぶ。太陽と白い雲を浮かべた、青い空が眩しいようだ。

 湿気った空気が常に纏わりつく地下に比べて、地上の空気のすがすがしさは代えがたいものだ。


「成果はなかったがな」


 エスペは笑っている。本来なら、何かしらの成果が欲しい所だが、そう言う時も良くあることらしい。だが彼もまた、そんなことよりも地上に出てきた今が喜ばしいようだ。


「次に期待をして下さい。又、新たな場所を探索しましょう」


 私がそう語ると、アトスはしかめっ面をする。


「もう、次に行く気かあ。当面、地下は御免だ。地上で狩りをしようぜ」


 エスペはアトスのぼやきを高らかに笑う。アトスの言い分も、仕方がないことだ。次は彼の言い分に従うとしよう。


 そう思った矢先に、道の向こうから誰かがこちらに叫びつつ向かってくる。エスペが怪訝そうな顔をしている。


「おーい! エスペさん! ああ、良かった、出てきたところだったのか」


 道の先から走ってきた若者は、走りながら大きく叫んだことで、息も絶え絶えにしながら、手を両膝につき肩を大きく揺らしながら立ち止まるも、顔だけをこちらに向けて直ぐに喋りだす。


「どうした!?」


 集落になにかあったのかと気付いたエスペが若者の肩を掴み、目をしっかりと見据えて尋ねている。


「あ、ああ、集落が襲われた! 被害者も出ている!」


 聞くや否や、エスペはすっ飛ぶように集落に向かう。私達も直ぐに後を追う。若者は少し息を吐いてから直ぐに追いかけて来る。



 戻った集落は何かしらが襲い、抗った跡が各所に点在していた。怪我人も出ているのか、うめき声も聞こえてくる。すすり泣く声も聞こえることから、死者も出ているのかも知れない。


 エスペは長老の元に駆け付けていた。長老の周囲に幾人かの護衛が着いている。


「長老!」


「おお、戻ったかエスペ。済まぬな。未明に急襲をされた。対応が後手になったせいで被害が大きい。襲撃者は撃退したが、幾人か逃げられた」


 長老は簡単に事情を説明する。急な出来事に見舞われたためか、疲労の色が隠せてはいない。周囲に目をやり、大きくため息をついている。


「長老、魔獣に襲われたのではないのですか」


「……違う。人だ。だが、あれは」


 私達を追ってきた者達ではないか? 私の考えを見抜いているのか、アトスと目線が合う。しかし、長老はその後に私達が考えていたのと違う答えをだした。


「都市の住人ではないのだろう? お前達の住む南には、あの手の人間は生まれていないといっていたからな……」


「どういう意味ですか?」


「見た方が早いだろう。ついて来なさい」


 長老はそう言うと、私達を誘い集落の奥へと向かう。様々な人達が傷ついた人を看護したり、ガレキを撤去したり、燻っている火の消火に当たっている。


 幾人かの人間が囲む一区画に私達は連れて来られた。長老は人の輪の中に立っている。


「見たまえ」


 長老が杖で差す地面には人が二人置いてある。見た感じでも死んでいるが、地面にただ転がしているだけで他の住人に比べて扱いがぞんざいだ。


 二人共白人だ。見た顔ではない。先住者の中に純粋な白人が居た所を見たことはない。それだけを考えると、南から来た私達の追手だと考えられる。


 が、この二人にはあり得ない特徴的な身体的な部位がある。二人共、触覚が頭部から生えていた。


「なあ、おい、こいつは……」


「魔獣? の身体的特徴が人間に顕著化しているのですか?」


「長老!」


「エスペ、この集落の者ではない。儂自身見たこともない顔だ」


 だが、南でこういった人間がいると言った話は聞いたことがない。あれば、かなりの問題になるはずだ。では、この二人はどこから、何のために現れたのだろうか?


「この二人は、早い段階で仕留めることが出来たが、残りの二人は散々暴れまくって、追い詰められる寸前に笑いながら逃げて行きおった。被害者はその二人ににやられた」


 二人共背は高いが、一人は痩躯で這うように移動をしながら、背後から人に巻きつき嬉々として襲い、もう一人は大柄で硬いハサミのような腕でなぎ倒すように人を襲ったのだと言う。


「幸いなことに女子供は早い段階で非難を出来た」


「急襲ではなかったのですか」


「……襲われる寸前にな、誰か知らぬが襲われることを知らせた者がいる。夜が明けぬ寝ている間だったので、夢幻と思い違いをしていたが、直ぐに現実だと知れた」


「見張りは?」


 真っ先にやられていたようだ。見張りがやられて直ぐに誰かが知らせたのだろうか。


「いや、あれは女の声だった。女の見張り役はつけていない」


(早く起きな! 起きるんだよ!)


 襲撃を知らせる声は集落を叫ぶように走り抜けたそうだ。


「松明に照らされた後ろ姿を見た者もいるようだが、顔は見ていない。長い黒髪の女。焼けたような色をした肌を持つ女だったと言う者もいるが、真相は定かではない」


 私は屈み、襲撃して来た者の遺体を良く調べる。触覚の様なものが着いている部分の頭部の髪をかき分け頭皮をみる。

 縫合したような跡が見られる。人造的に縫い付けた可能性があるということだが、このような技術が研究されていることは知らない。ただ、私が知らないだけで都市の暗部ではこういったことが行われている可能性もある。


「長老、これは、きっと私達を追ってきた連中です」


「しかし、都市にこういった者達はいないのだろう」


「……人工的に取りつけられた可能性が捨てきれません。だとすれば、間違いなく都市から来た追手です。私が災厄をこの集落に招いてしまった。何とお詫びをすれば良いのか――」


「違うな。お前に罪はない。罪は追わせた者達にある。襲った者達も同罪だ。それ相応の報いを受けるだろうな」


 長老は私に優しい目を向け、エスペには冷徹な目線を送る。エスペは視線を受けると、黙ってうなずいて、その場を立ち去る。


「ああ、そうだ、ギョットは、ギョットは無事ですか?!」


 余りの出来事にギョットの安否の確認を忘れていた。長老は軽く頷き、ついて来いと言うように先に進む。


「安心しなさい。青き者は無事じゃよ。暢気に寝ておられた。剛毅なことだ」


 クツクツと長老は先導しながらも笑っている。私達が留守にしている間も大人しくしていて、時に子供と遊んだり、魔獣の死骸の処理に役立ってくれたりと、逆に大助かりだったそうだ。


 長老の後ろについて歩く私の裾をアトスが引っ張る。珍しく少し眉根を潜めている。


「どうしました、アトス」


「なあ、もしかするとだなあ」


 一旦声を区切り、言いにくそうな感じで声を落とし


「襲撃を知らせた女って、スソーラじゃあないかあ?」


 続けた言葉は、にわかに信じがたい答えだった。

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