第五話 都市の遺跡と生態系
ブラッドバーナクル
体長は80センチ程度、全体を甲殻に覆われた貝類の新生種と思われる。地下の空間で獲物を取りやすく進化した為か甲殻は黒色、闇に紛れやすい。一定の距離に近づいた獲物に向けて触手を伸ばし、獲物を絡め取り吸血する。人以外の生き物も捕食の対象としているため、第二世代の新生種と思われる――
「で、先程アトスが叩き落とした小型の新生種はどのような特色がありますか?」
「……盾蝙蝠のことか」
盾蝙蝠と、蝙蝠の様に羽根を折りたたまず滑空するかのように飛んでいる姿が盾の様に見えたから名付けたのだろう。
実に興味深い! アンカレッジの地下ターミナルに住む新生種は地上の者とは違った進化を辿っているように思われる。
私は先ほどから、エスペにこの辺りに住む新生種について根掘り葉掘りと聞いている。大変に面白いからだ。
(おい、アトスはいつもこうか)
(大概こうだなあ)
ネポースの後に続くエスペとアトスは肩を寄せ合い何かを話し合っている。私の注意力が散漫となっているせいで、二人に負担を掛けているようだ。申し訳ない。
ここへ来るまでの間に行き会った新生種は、大概、私の知らないものばかりであった。
唯一、見知った存在はオイルラットだ。あの小型のネズミ型の新生種は薄暗くジメジメとした場所には大抵いる。
だが、この新生種についてもエスペから興味深いことを聞いた。地下のターミナル内で新生種の鼠と在来種の鼠は互いに縄張りを争い、生存競争を繰り返しているのだと言う。
私の見解としては新生種の鼠、オイルラットが圧倒していると思っていたが、実際はそうでもないようだ。
「ここの鼠たちは、オイルラットを餌にして丸々と太る。猫の様に大きい」
私の知るオイルラットは、拳大より小さい程度の体長だ。数にものを言わせ捕食対象に集り、骨を残して食いつくす獰猛さをもっている。大抵は、火で一斉に焼き払い駆除をする。
ここの鼠や他の動物は、数が増える前に襲い、食いつくすのだと言う。多少の数なら噛みつかれても払い落し、次々に食ってしまうということだ。
「シールドバッドは人を襲うだけですか」
「いや、奴らは人も襲うが強くはない。自らの糞に集る虫が餌だ」
「あいつらの巣の辺りは、見れたもんじゃないね。おぞましいったらありゃしないよ」
ネポースも又、地下に暮らし続けているため多少は地下の魔獣についての知識がある。
しかし、相対している機会が少ないためか、エスペに比べるとそれほど詳しくはない。
若干、見当違いな知識が含まれていることもあるようで、その都度、エスペから訂正が入り、ふくれっ面をしている。
「なあ、それより狩り場はまだなのか? 階段を降りてから随分と歩いた気がするぞ」
「間もなくだ」
「ああ、そうだね。もう少しで大きな水場につく。各水路の合流点みたいな場所で、色々と集まって来る場所さ。釣りもできるし、狩りもできる。その分、餌を求める新生種や大型の肉食獣もいるから
注意してくれよ」
「特にお前がな」
ネポースはエスペのからかいの言葉に、ジロリと不愉快そうな目線を向ける。エスペは素知らぬ顔だ。
「ついたぞ」
暗闇の中に続く迷路のような通路を進み続け、がれきの山を越えると目的地の水場、静かな大池に辿りついた。
地下から染み出た湧き水が、合流する通路を水路の代わりとして、あちらこちらから溜まり続けた結果なのか、湖のように広い水場が出来上がっている。
この広さを考えると、元はホールか何かだっだのだろう。ネポースが照らす先には、太い柱が等間隔で見えている。光が照らしきれない先にも同じようにあるのだろう。
「がれきがある場所は浅い。深い場所もある。中には入るな」
エスペは周囲を伺いながら、私達に注意を促す。ネポースは役目は終わったとばかりに、手頃ながれきに腰を掛けて休んでいる。
「なあ、どうする。釣りをするにも釣り具はないぞ」
「俺が持って来た」
「ん? でも、竿はないよなあ」
これだけあれば十分だと、エスペは言うと腰に付けた小鞄から糸と釣り針、重りを取りだす。水辺のガレキをどけ小虫を見つけ出して、針に括り付けヒョイと水場の方へと放り投げる。
「単純だなあ」
「まあ、そんなものではないでしょうか」
私もエスペを真似て、餌となる小虫を括り付けると、釣り針を放り投げる。アトスもそれに続く。
「なあ、何が釣れるんだ」
「目のない魚が獲れる。まれに、エビやカニの類だ」
「魚はいらないから、カニやエビが取れたら報酬として分けてくれ」
ネポースは腰を掛けて釣の様子を見ながら、案内の報酬の分け前について口を出す。
「何故、魚はいらないのですか」
「言っただろう、魔獣は食わないよ。エスペの言う目のない魚は盲目鯉のことさ。気味の悪いでかい魚さ」
「この水場で取れる盲目鯉は美味い」
エスペとネポースのお互いの意見が食い違う。私としては姿を見て見れば、魔獣か否かを判断できるのだが……。
そんな事を考えているうちに私の糸に引きを感じる。力強く、糸が引かれる。厚くなった手の皮が、引かれる糸の摩擦で若干痛みを感じるほどだ。
「逃がすな、アラム」
エスペとアトスの二人が固唾を飲んで見守っている。私は糸を引き、左右に繰り獲物を草臥れさせていく。糸の先の獲物の力が弱まった頃を見計らい一気に引き寄せる。
水辺をはねて釣上がったのは、白い大きな目のない鯉だ。エスペ達の言う盲目鯉だろう。
「あーあ、外れかよ」
ネポースはガッカリしたような声を上げている。都市の末裔にとって、気味の悪い姿に見えるこの魚は魔獣の様に思うのだろう。
――魔獣ではない。私は直感的に魚の姿を見て判る。
特徴的な甲殻や触手がない。特に私達に対しての敵意を感じない。これは、ただの魚だ。ネポースは勘違いをしている。過ちを指摘しようと口を開きかけた時に、エスペが静かに銃を構える。
「別の獲物も掛かった」
水面下からザブリと派手に水音と水飛沫を上げ、大口を開けた何かがこちらに迫ろうとするが、エスペが間髪を入れずに銃弾を放つ。彼は、こんな時にも動じずに凛とした立ち姿で銃を撃つ。
銃弾は命中するも、致命傷を与えられずにいたのか、水から出てきた姿を翻し、バシャリバシャリと水辺で暴れ、水飛沫をあたりにまき散らす。
アトスがいる方向から濁った音が聞こえると、暴れていた生き物の身体に穴が穿ち、肉片が飛び散ると、暴れていた動きは急に弱くなり、遂には動かなくなる。
「魚につられて来たのかよ」
「まあ、そんな所だ」
アトスとエスペはお互いに構えていた互いの武器を降ろして、魚につられて掛かった生き物を見ている。
私の前には鱗状の甲羅を持ったワニ型の魔獣の亡骸が転がっている。尾が随分と太いが、体長は尾を含めて二メートル程度、それ程大きい類ではない。
「棍棒鰐だ。魔獣だ。だが、食肉になる」
エスペの言う通り、これは魔獣だ。背の鱗は明らかに甲殻上に変化している。一般的なワニとは言えない。
しかし、この棍棒尾ワニは新生種として、進化したようには見えない。むしろ退化したようにも感じる。
尾が棍棒状になり武器を得たようにも見えるが、一般的なワニに比べても小さく、背の甲殻も下手をすればワニの皮と大差がなさそうだ。
「親ワニの方が厄介だ。近くにはいないだろう」
エスペはアトスを伴い、ワニを岸へと上げて解体を始めている。皮と肉を切り分けているようだ。
「せめてカバでも獲ってくれよ。でないと、報酬がなしになるだろう。そうしたら、案内損だ」
エスペの解体の様子を見ない様に目を背けながら、ネポースはぼやいている。
「あん? カバ? なんだいそりゃあ」
解体の手伝いを始めたアトスがエスペの言った生き物に対して興味を示し問い返す。大陸の南側では聞いたことのない生き物だ。
「ああ、上の階にはいないけど、この辺りの水場から姿を見せる、デカイ口をした動物だよ。苔やキノコを食うから肉食じゃあないけど、下手な魔獣よりおっかないんだ」
「本当か、エスペ」
「ああ、間違いはない。デカイ口と牙で敵対する者を噛み殺す。それほど大きくはないが、美味い肉が取れる」
俺の言うことは信じないのかよと、ネポースは膨れ面だ。悪い悪いとアトスは苦笑いを浮かべて、適当に謝っている。
暫くの間、各々が垂らした釣り糸をじっと待つ。先ほどのような引きは見られない。暗い闇に包まれた地下の空間で釣りをしていると奇妙な気分になる。
風が吹くことのない、地下の池の水面はざわめくこともなく、ただ、静かに佇んでいる。時折、天井から水滴が落ち、波紋が広がる。地表の危険さや争い事が馬鹿みたいに思うほど静かな時が流れる。
「……釣れんな」
「ああ。なあ、帰る時間も同じ位掛かるんだろう。俺はここに来て時間の感覚が狂ってしようがねえんだ」
「駄目なら野営も仕方がないのでしょう」
「はあ、エスペと狩りに出れば大概そうなるよ。一泊で済めばいい方だ。二泊三泊は当たり前、獲った獲物で一週間持たされることもざらだよ。魔獣の肉を食わない俺達にとっては大変なことだ」
ネポースはウンザリした顔をして、エスペの案内役の大変さを語っている。では、獲物が取れない場合はどうしているのかと疑問を投げかけると、彼は手持ちの鞄から保存食を取りだして見せる。
「これは案内役用の非常食さ。狩人にはタダでは、分け与えないよ。地下ターミナルの手の付いていない倉庫を探せば大概見つかる。貴重な食料資源さ」
釣り糸を持つ手が止まる。チラリとネポースを見る。大変興味深い話を彼はした。
「まだ、手つかずの遺跡が結構あると言うことでしょうか」
「遺跡? ターミナルの倉庫や格納庫なんかの事を言いたいのかい。さあどうだろう。他の共同体の連中も時折探すみたいだけど、まだ、探せば幾らでも見つかるんじゃないのかな。危ないけどさ」
「なあ、アラム、準備もろくにしていないからなあ、無理はよしてくれよ。なあ」
アトスは困った顔をしている。私としては、遺跡の探索をしたくてしょうがない。エスペは何と言うのか。
「お、掛かったな」
素知らぬ顔で掛かった獲物を引き上げに掛かっている。糸の先には大ぶりの濁った透明色のエビが引っ掛かっていた。
「今日はここらで野営だ。獲物も獲れている。明日は集落に戻る」
再び釣り糸を垂らし始めたエスペはそう告げる。残念だが、遺跡探索は、又、次の機会になるようだ。
「まあ、いずれは探索をしよう。新たな発見も必要だ」
エスペは白い歯を見せた笑みを向けこちらに向けてくれる。焦る必要は無いということだ。時間はあるのだ。
「はあ、その時はまた、付き合わされるのか、嫌だなあ」
こちらの釣果をただ見ているだけのネポースは眉をひそめて、弱々しい声で案内役をやることを悲観している。エスペとは対照的だ。
まあ、彼には悪いが私としては楽しみにさせてもらおう。
結果としてその日の釣果や狩猟の成果はほどほどに良かったと言えよう。魚に甲殻類、寄ってきた魔獣等さまざまだ。ネポースはこちらで用意した料理(もちろん魔獣肉を使っていない)を遠慮なく食べる。
「案内役の食事は狩人側が持つのが決まり。これ当然」
後からエスペに聞いた話では、ああでもしないと案内役を引き受けることはないということだ。その都度、都市の末裔は我儘で臆病者ばかりだと愚痴をこぼしていた。
翌日も起きて間もなく、私とアトスは釣りをする。エスペは一人で他の場所へと向かってしまった。
「お、釣れたなあ。魚だ」
そこそこな大きさの目のない魚だ。若干色は異なるが、これも盲目鯉の一種なのだろう。私も甲殻類が釣れている。私の足ほどの大きさをしているフナムシの様な生き物だ。魔獣かとも思ったが、こちらに襲い掛かる雰囲気もないので違うのだろう。
「釣れているな」
暫くしてからエスペが戻る。採取用の手持ち鞄からは陽が当たらない地下で育ったためか、色彩が抜けたキノコや植物が見えている。
「それも食えるのかあ」
「食える。貴重な植物食料だ」
「おお! キノコにアスパラガス! 流石はエスペ、取れる場所を良く知っているよ」
分け前が増えたネポースは喜んでいる。陽の当たらない地下でどのような進化を遂げたのかは判らないが、貴重な植物性の食糧となるのだろう。しかし、私が育てていたアスパラガスとは若干形が違
うようにも思えるがきっと変種かなにかなのだろう。
全員が集まったところで、朝食を取り静かな大池を後にする。収穫の配分はネポースを共同体まで戻したところで行われた。
半ば無理矢理案内役を申し付けられたネポースは戻った頃には意気揚揚としていた。思ったより分け前が増えたからだろう。
「まあ、次の遺跡探索も案内してやるから。また、来なよ。アンカレッジの地下ターミナルは縦横無尽に広がっているからね。案内役無しで奥へ行こうとは思わないことだよ」
分け前を抱えて調子よく笑みを浮かべながら彼は共同体の奥へと戻っていた。
「なんだかんだ言って半分は分け前をやるのかあ。あれは案内だけで他はなにもしてないぞ」
「約束だ。破るわけにもいかん。案内役は必要だ。奥は俺でも迷う」
幾度通った道でもエスペは迷うのだと言う。ネポース達、都市の末裔は長く地下に暮らし、定期的に道を調査でもしているのか不思議と迷うことはないらしい。
私達も成果を抱えエスペ達の集落へと戻る。ここまでの道はエスペが熟知している。
「問題は地下2階以降だ。同じような道ばかりで覚えにくい」
戻りながらエスペは地下の構造について簡単に教えてくれた。エスペが知っている限りでは地下は4階まで続いているのだと言う。3階以降は都市の末裔たちも余り近寄らないため、私が期待してい
る手つかずの遺跡も見つかる可能性が高いということだ。
「専ら文献や保存食だ。時折機械工具が見つかる。使い方は判らん」
エスペ自身幾度か遺跡となる収納庫や倉庫を見つけたことがあるらしいが、過去の技術的な文献や機械工具の類を見た程度だと言うことだ。保存食は案内役への報酬として分け与えてしまうらしい。残念なことに文献の類は読んでも意味が分からないので大概はその場へ置いて来てしまったということだ。
「今度はアトスがいるからなあ。多少は判ることもあるさ」
「良い遺跡に巡り合えたらの話ですがね」
「そうだな。アラム達と行けば良い遺跡が見つかるだろう」
エスペは笑い、次は遺跡探索に決まりだなと言ってくれる。私としても期待したい。
廃都市アンカレッジの地下に存在する無数の都市遺跡でいったい何が見つかるのか。楽しみで仕方がない。




