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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第三章
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第三話 先住者

「確かに、フォルティの書状だ。うち捨てられたものが集まる、捨てられた都市アンカレッジまでよく来たな、南の者達よ」


 長い年月を経て、日に焼け、堀の浅い顔に深い皺を称えながらも、笑みを浮かべる、長い白髪をまとめあげた老人は、若干言葉に棘を含ませつつも、私達を丁寧に迎えてくれた。


 丸太の骨組みに魔獣の甲殻を纏わせた大きめの天幕の中、焚火の明かりだけが赤々と灯る、昼でも薄暗い室内で、エスペに連れられた先にいた、先住者達の集落の長老と向き合っている。


「当面はこの集落で身を潜めるがいい。エスペ、空き小屋を見繕ってやれ」


「判った、長老。食い物はどうする」


「当面は客人だ。適当にもてなそう。フォルティの使いが長く来ないようであれば、仕事をして貰うしかなかろう」


 長老の言葉を聞き、深く頷いたエスペは獣の皮で仕切られた天幕の入口から外へと出ていく。私とアトス、ギョットとトゥートは天幕の中に残り、長老と相対したままだ。


「お気遣いありがとうございます。客人扱いなさらずに、仕事を言づけて下さい」


「ハハハ、まあ、いずれはそうさせてもらうだろう。それに中々よい武器をもっているようだ。当てにさせてもらおう。その青い柔らかな生き物も大層役に立ってくれるらしいな。確かに、強き精霊の加護を持つ生き物であろうな。眩しくて見るのが辛い」


 長老は薄めにギョットを見て、胸の前で手を合わせている。なにか、敬うような様子に少し違和感を覚えるが、ギョットはなにも言うことはないようで、挨拶の後は黙ったままだ。

 トゥートが伸びをしながらナーと鳴き声を上げて、ギョットの頭に軽く飛び乗り丸くなってしまう。短い時間だが、待つのに飽きたのだろう。


「フォルティは元気か」


「ああ、元気も元気。元気すぎる位だ」


 長老は唐突に語りかけるが、アトスが軽い口調で返答をする。元気だと聞き、長老は嬉しそうに笑みを浮かべ頷いている。

 

「そうか、そうか。良いことだ。あの荒くれものが、ここに来た時は幾度も助けられた。あれもまた、強力な加護を持つ者の一人だ。お前達も持ち合わせているな」


「組合長程の加護ほどではありませんが」


 先住者達は、新人類としての能力を『精霊の加護』と呼んでいるようだ。何時からか、彼らの間でも新人類は生まれてきていたのだろう。


「我ら先住者が都市を追われたのは、長い長い前の事になる。まあ、お前達が申し訳なく思う必要は無い。住む場所は幾らでもある。お前達が住みにくいと思っているだけでどうにでもなるのだ」


 長老は目を天幕の上の方に目線をやり、手にしたパイプを加えて紫煙をゆっくりと吐いた後に、目線を再び私達の元へと戻す。


「昔の話だ。我々は南の地を追われ、北を目指した。我々とは逆に北の地へと取り残された他の先住者達と合流をした。魔獣の群れは恐ろしかったが、勇敢な祖先たちは立ち向かった。多くの者が死んだ。魔獣に襲われ、過酷な自然の営みに耐えきれず、一人また一人と倒れていった。それでも、尚、我々は生き抜いた。獣を狩り、魔獣を狩り、木の実を集め、野草を食み、寒さに耐

えて生き延びた」


 昔話を訥々と長老は語り続ける。陽の光の差し込まない天幕の中で、焚火の赤い炎の後ろに座る長老の影が大きく映し出されて闇の中に溶け込んでいる。


「我々は助け合い生き延びた。祖霊の知識を語り継ぎ、様々な精霊の恵みを受け、悪しきものの妨害を退けて、ここ、廃都市アンカレッジに辿りついた。ここにも捨てられた者がいた。又、いつの頃からかお前の様な彷徨える魂を持つ者がふらりとやって来ることもあった」

 

 私に一度、視線を向けて直ぐに戻す。長老は、先程あったばかりの私達の事をどこまで知っているのか。


「ハハハ、驚くな。フォルティの書状に書いてあったまでだ。長くつらい時を経たが、我々は生き延びている。多くの恵みを活用してな。南はまだ、魔獣と折り合いがついていないようだな。幾分か驚きもあるだろうが、慣れてくれ」


 長老の話が終える頃に天幕の入口が開き、そこから陽の光が差し込む。不安定な場所から現実へと戻されたような気分がする。入口に立つ影はエスペだろう。外で様子を伺っていたのかも知れない。


「長老、良いか。小屋の準備ができた」


「ウム。では、客人よ。よき精霊の加護を」


「ありがとうございます。では、失礼をします」


 長老はその場で微笑んだ後に、目を閉じ両の手を合わせる。我々に向けたものか、それとも私の肩によじ登るギョットへ向けたものなのかは判別しがたいが、私達はその場から辞去した。


 天幕の外で待っていたエスペと共に用意された小屋へと向かう間に幾つかのことを教えられた。


「お前達に与えられる仕事は主に狩りだ」


「まあ、そうなるだろうなあ」


 アトスは当然と言った顔をしている。まあ、その辺りが妥当な線になることは重々承知をしていた。


「狩りは外に出る狩りと、都市の中の狩りがある。お前達は都市の中の狩りを担って貰おう」


「げえ、オイルラットの駆除かよ。気が進まねえなあ」


「まあ、そう言わずに行きましょう。ジュノーでも仕事の一環でやっていたでしょう」


「強制的になあ。アレは放っておくと増えるからなあ」


 ネズミのような体格をした油を纏った茶褐色の甲殻を身に付ける魔獣を思い出し、余り良い気持ちにはなれない。


「何を言っている。それ以外にもの都市の地下ターミナルには様々な魔獣が住み着く。共同体の連中を案内役につけさせるから迷うことはないがな」


 エスペは、私達が仕事の内容を勘違いをしていると思ったのか、話を進めたが、気になる言葉が含まれている。


「地下ターミナル? ここには、地下の都市遺跡が存在しているのですか?」


「ああ、広大な地下通路が縦横無尽に張り巡らされている。多くの遺跡が手つかずのままだ。まあ、年月を経て風化したものも多いようだが」


「フハ、驚きだ。仕事と趣味が充実しそうで良かったなあ、アラム」


 ジュノー近郊では国際空港が精々であったが、このアンカレッジは都市に丸ごと地下遺跡が残っているようだ。そもそも、地上部にも何かしら残されている可能性も感じていたが、これは望外のことになりそうだ。


「なんだ、お前達は遺跡探索が好きなのか? 変わったことだ」


「いや、好きなのはアラムだけだ。俺は関係ねえ……」


 私に指を指し、笑おうと口元を歪めたままアトスが固まる。視線の先を追うと、一人の男がいた。


 見た感じは普通の人間だ。左腕の肘から先が、黒い骨のように変質して鉤爪上の手を持つ以外は。


「あの者は、生まれながらにああなのだ。若干不自由だそうだが、気にしないでいい」


「おいおい、気にするぞ! 向こうじゃあ見た事がないぞ、あんな症状!」


 驚きながらも相手には聞こえないように配慮するだけの心持が残っていたアトスは、小さい声ながらも、はっきりと判る様にエスペに問いかけている。


「ん? なんだ、都市では産まれていないのか。我々、先住者の部落では、たまに産まれてくる。悪しき精霊の呪いとか言われていた時もあったが、まあ、普通の人間だ。気にするな」


 アトスの驚きも気にしないまま、スタスタとエスペは小屋へと向かって行く。


 呆れ半分、不可解な気持ち半分と言った感じのアトスは納得が出来ないままに、男とエスペを見比べつつ後を追って行く。

 私も又、男を凝視してしまった。失礼なことだと思いつつも、初めて見ることに対して驚きは隠せない、人の性なのだろう。

 だが、先住者達は男のような存在を受け入れているようだ。都市では新人類を受け入れるのにさえ長い年月を要し、まだ、完全とは言えない。

 都市を追われた先住者達は多くの者と合流を果たし、生き延び続けた。都市に住む者は多くの者を拒絶し、生きながらえようとしている。どちらが正しいとは言えない。結果はまだ出ていないから。

 

 しかし、周囲を見渡せば過酷な環境の中でも、明るく多くの人間が笑って過ごしている。――この場所を見ると答えは歴然としているような気がする。

 

 夜には歓迎の宴を開くから来い。小屋へと案内を終え、仕事へ戻るエスペが最後に言い残した言葉だ。アトスは手を叩き喜んだ。

 私は小屋へ手荷物を置き、柵の外に置いたままの車両を取りに向かった。集落の道幅は広く私達が寝泊まりする小屋の近くまで車両を持ってくることは可能だ。

 

 車両を取りに向かう間にチラチラと当りの様子を伺う。

 

 エスペが言うように、身体の一部が奇形化した人々を見た。腕、足、頭に触覚が生えている者等様々だ。ただ、誰一人、暗い顔をせずにいる。余り不自由そうに感じていることもなさそうだ。

 

 そして、私は脳裏に、この症状と似た生き物を思い浮かべている。新生種、いわゆる魔獣だ。

 

 口に出しては言えない。失礼なことを通り越して、差別、侮蔑にあたるであろう。エスペが言う『悪しき精霊の呪い』も、当初、先住者達が、私と同じ事を思ったからだろう。

 

 一体何が原因であのような人達が産まれたか?

 

 私はそのことを不思議に思いつつ、愛車のある場所にまで辿りつくと、運転席に乗りエンジンをかけ小屋へと向かった。

 

 

 

 夜に開かれた宴の席に並んだ料理は、どれもこれもが大層美味い物であった。


 丸々と太った鼠の丸焼き、地下ターミナルの浸水場所に生息するというワニの肉を使ったシチュー、ここらに生息するジャコウウシのステーキと野草のサラダ等、彼らが自家製で作っていると言うエールと共に舌鼓を打たせて貰った。

 

 腹が膨れた私達に軽い口直しのつまみだとエスペが持って来た干し肉を口に含み、同じ事をしたアトスに顔を向ける。向こうも同じようなことを考えたようだ。

 

 お互い、渋い面をさせている。

 

 美味くはない。どちらかと言えばマズイ。保存が聞くようにきつめの塩気が効きながらも若干苦味が残り、酸味が感じる硬い干し肉は噛めば噛むほどエグミを感じてくる。

 

 余り噛んではいたくはないが、飲み下すには多少柔らかくなるまで噛み下す必要もある。無理をしてゴクリと飲みこみ、後味の悪さをエールで流す。


「どうだ。思った通りマズイだろう」


「……判ってるのかよう、エスペ」


「思った通り? これは何の肉ですか? 私は食べたことがない」


 ニヤニヤと笑うエスペの言葉に疑問を持ち、私は問い返している。私の言葉を聞き、おやっという顔になり、指で頬をかき若干しまったなと言った顔つきになっていく。


「ああ、南では食ってはいないのか。考えてみれば共同体の連中も食わない。怒るなよ」


「その、言葉の方が怖ええよエスペ。一体何の肉を食わした」


 フイッと目線を逸らし、ボソボソと聞き取りづらい声で何をエスペは呟いている。かなり、言いづらい素材であったようだ。アトスが、聞こえねえよと面を向かって言えと、酔っているせいもあり、苛立つ様子でエスペに再び問い質している。


「その干し肉は地下遺跡で取れるブラッドバーナクルの殻を向いて、毒を抜き乾した肉だ」


バーナクル(フジツボ)か? 随分とでけえなあ、向こうの海岸沿いの岩肌にもいるが、こんなにでかくはねえな」


「アトス、その前に吸血(ブラッド)が付いていましたよ……。エスペ、まさか、この肉は――」


「済まんな。俺達は普通に食っている。美味くはないが、日持ちもするし腹の足しにもなる。好んで食う奴も稀にいる位だ。そいつは、魔獣の肉を加工したものだ。ギョット、食えるか」


 呆気にとられる私達を尻目に、エスペは鼠の丸焼きに噛り付くトゥートと一緒にいるギョットへ、干し肉を放り投げる。水に沈むようにギョットの体内へと吸い込まれて泡となって肉は消える。


『ウーン、スカスカな感じ。あんまりいらない』


「おい! ギョットでさえも美味くはねえって言っているぞ!」


「いや、アトス、ギョットは普通の肉は見向きもしません。あんまりいらないと言うことは、多少なりともエネルギーを感じたのでしょう。ということは、少なくとも、間違いなく、魔獣の肉であるということでしょう……」


 ゲエっとアトスは舌を出す。私も吐き出すほどの不快感はないが、こうゆうものが駄目な人間は戻していた可能性もある。


「スマン。てっきり知っていると思ってな」


「先住者が生き延びた理由を垣間見た感じだなあ、おい」


 アトスは残ったジャーキをギョットに押し付けている。ギョットは嫌々をしていたが、渋々ながらにジャーキを取り込み消化させている。トゥートが、アトスに抗議して背中へパンチを続けている。


「次は、一言、教えて下さい」


「そうだな。だが、ここにいるからには慣れても貰う」


 エスペは真面目な顔をして私達に向けて、魔獣の肉を食うように言い含めてくる。


 それだけ、この地に住むと言うことは過酷な環境で暮らさなければいけないと言うことなのだろう。しかし、私にも一つの懸念が残されている。


「エスペ、南、私達の研究では魔獣の肉には毒があり、多量に摂取を続けるのは危険だと言われています」


「毒抜きはしてある。今まで、人が死んだと言うことはない。祖先から伝わる知恵だ。海水で洗い、樽で塩漬けした後、雨に当たらないよう乾燥させる。これで、毒は抜けている」


 魔獣の肉を食う。元いた場所では考えられない行いだが、彼らは彼らで生き延びるため、試行錯誤の上に辿りついた結果なのだろう。私はエスペの皿に残る、ジャーキの一つを摘まみ口に放り込み、噛み砕き咀嚼して、エールで流し込む。


「いずれにしても、マズイ肉です」


「ウム、奇特な奴以外は好き好んで食う奴は先住者にもいない」


 驚くアトスに、したり顔で解説をするエスペ。私は二人の顔を見て、酔った勢いもあるせいか盛大に笑った。釣られて二人も声を上げて笑い始める。


 腹の底から笑ったのは久しぶりだ。涙が出るほどに笑った。


 私達は一夜にして、先住者の中でも腕扱きの猟師。精霊の加護を持ち、まやかしの異名をもつ黒人の先住者の男と打ち解けることが出来た。


 エスペ・ヒスモが、私達二人より年が下で、妻帯者で娘をもっていることに、アトスはことさら驚いていたようだが。


 宴もたけなわになる頃、酔ったエスペが一つの事を思い出して私達に告げてきた。


「なあ、アラム。お前達の村から娘がいなくなったって話をきいていないか」


「突然ですね。最近では聞いていませんが、どうかしましたか」


「じつは、少し前にこの辺りをふら付いていた白人青目で金髪の少女を保護している。お前さんの知り合いではないかと思ったが」


「ジュノーにそんな娘はいなかったと思いますが……」


「そうか、後で見てやってくれ。死んではいない。魔獣や獣に襲われた風もない。運がいい事だ。だが、保護されてからはずっと眠ったままだ」


 白人の少女はエスペの娘よりも若干歳が若く見えるらしい。子を持つ親としては、他人とはいえ気掛かりなようだ。


「見ては見ましょう。ただ、期待はしないでください」


 エスペはそうか、頼むと私の言葉を聞き、アトスに寝るな、小屋で寝ろと肩を揺らしている。私も、眠くなってきた。多くの者が各々の寝床に戻り始めている。


 ジュノーも寒くなり始める時期だが、この地はもう寒くなってきているようだ。この寒さの中で、幾つの先住者の命が奪われたのだろうか。


 だが、今は、その寒さが酒で酔い火照った身体を包むように冷やしてくれ、心地よくも感じる。

 

 酔ったアトスに肩を貸し、小屋へ向かう。見上げれば、満天の星空が夜を覆っていた。

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