第二話 廃都市アンカレッジ
「ウム、かのフォルティ・トゥドゥの知り合いか。長老からよく話は聞く。心強き親友だと」
先住者を名乗った狩猟団の団長となる黒人男性エスペ・ヒスモは私達の話を聞き、頷いている。話を信じて貰えたようで一安心だ。
私達が組合長から伝えられていた伝手となる先住者は、彼らの言う長老で間違いないようだ。
「なあ、ここはアンカレッジっていうのか」
私達と邂逅した際に彼が告げた「廃都市アンカレッジ」という言葉が気になったのか、アトスが質問をする。
「違う。アンカレッジはここよりまだ先にある、もっと大きな場所だ。まあ、朽ちていることには変わりはない」
両膝を立てて、座るエスペはこちらを、ギョットをじっと見つめて返答をしている。やはり、ギョットの存在は気になるのだろう。
「アー、エスペ・ヒスモさん」
「エスペでいい」
「では、失礼してエスペさん、ギョットは魔獣ではありません。人に危害を加える生き物でもありません。私達の仲の良い友人です」
『よろしくね、トゥートも挨拶をしよう』
「ナー」
ギョットにつられて、傍に来ていたトゥートも鳴き声を上げる。エスペは少し、目を開いた後に軽く頭を下げている。
「うむ、変わった生きものだ。しかも、喋る」
「まあ、実際は念話って言う能力だがなあ」
その辺りについては、どうでもよい感じがしてきているが、幾つか確認をしておくこともある。
「エスペさん、まあ、念のため聞いておきますが、貴方、いわゆる新人類と呼ばれる人種になりますか」
「新人類? なんだそれは。俺は先住者だ」
どうやら、新人類と言う言葉は彼らには伝わっていないようだ。聞き方を変えた方が良さそうだ。
「そうですねえ、貴方は他の人とは違う、変わった能力をお持ちではないですか」
「どうして、わかる」
エスペはこちらをじろりと睨む。どうやら、間違いはないようだ。彼は私達と同じ、新人類なのだろう。
「ギョットの声が聞こえる人は、まあ、同じように変わった能力を持っているということです」
「では、お前達も」
「ああ、持っているなあ。詳しくは話はしないが」
それはお互い様だと言うように、エスペは軽く頷き、アトスの言葉を暗に肯定した。まあ、出会ったばかりの相手を心底信用するほど、全員、人は出来ていない。
相手に知られていない能力はいざと言う時、大きな助けとなる。もう少し、互いが知り合ったら、能力を明かせばいいだろう。
「なあ、ところでエスペはギョットを見て、驚かないのか?」
「いや、十分に驚いたぞ」
「うーん、じゃあ、魔獣とは全く思わなかったのかあ」
「まあ、思わなくもなかった。だが、それがどうした」
エスペはさらりと、アトスの問いに受け答えている。アトスはエスペの単純な言葉に、首を傾げ、若干唸っている。アトスの言いたいことは判る。
「魔獣であれば、人を襲うから恐れませんか」
「まあ、怖くもある。だが、それは、死を恐れるのであって魔獣が恐いわけではない。あれも、精霊が産みだした生き物の一つだ。俺達と同じ生き物だ。奴らも襲うが、俺達も狩る。その、ギョットも精霊が産んだ生き物なのだろう」
そうか、そんなもので済むのかあと、アトスは首を傾げているが、ある意味、彼らの思考は私には判りやすい。
私も魔獣をひとつの生き物だと思っている。人を襲うから特別な存在になるわけではない。他の野生の動物達も人を平気で襲う。そして、私達人類は多くの種を滅ぼしてきたと言う。
お互い様なのだ。どっちもどっち。悪でも善でもない。
結局は同じ地球に生存する生物なのだ。
「アラム、アトス、俺達は直ぐにはアンカレッジには戻らない。一つ狩りを済ませる必要がある」
エスペは質問が途切れた所で、私達に向けて話を切り出した。
「狩りですか、何を獲物にしているのですか」
「うむ、先程お前達を取り囲んでいた魔獣の親を狩る。数が増えて邪魔だ」
つい先程、私達が駆除をした狼型の魔獣はエスペと共に引き連れ、行動をしている一団が解体をしている。ギョットがプルプルと震えている。朝食にありつきたいのを我慢しているようだ。
「エスペ、あの魔獣の肉はギョットが処分をしますので、譲っては貰えませんか」
「うん? 六脚鎧狼の肉はマズイから構わないが、ギョットにそんなものを食わしているのか」
友人なのだろうと続けたいのか、エスペは少し顔をしかめている。事情を知らない彼が、不快に思うのは仕方がないことだが、誤解は解いておこうと思った矢先、
『エスペさん、僕は魔獣の肉が好物なんだよ』
ギョットが念話でエスペに告げた。エスペはほうと言うような顔をして、ギョットをじっと見ている。
「そうか、ギョットは魔獣の肉が好きなのか」
『そうなんだ』
「っていうか、それしか食わねえかなあ。それに大食いだ」
アトスがついでに真相を告げる。エスペは興味深そうにギョットを見ている。一つ頷き、解体をしている一人の男を呼び、六脚鎧狼と呼ばれた魔獣の肉を持って来させている。
「遠慮をせずに、食え」
『ワーイ、ありがとう!』
皮や甲殻を剥ぎ取られた魔獣の肉を柔らかい身体で包みこみ、内部に取り込むと直ぐに溶かしてしまう。エスペが、目を丸くして驚いている。
「おお、本当に食うのだな。本当に大食いなのか」
『うん、もっと食べたいなあ』
エスペはそうかと白い歯を見せ笑うと、解体をしている肉を全部持ってこいと大きな声で告げる。見る間にギョットの前には魔獣の肉が山積みになるが、ギョットは瞬く間に肉を処理していく。
エスペと一団、全員がおおっと声を上げ驚いている。
「本当に大食いだ。見事だ」
『ごちそうさまでした』
幾人かの男はギョットに手を合わせている。魔獣の肉を処理してくれたことを感謝しているかのようだ。ここでも、魔獣の死骸の処理には困難をしているのだろう。
「マズイ肉はうち捨てられて大地を穢すので処分に困る。ギョットは有り難い存在だ。助かる」
「え、ええ、そうですね。本当に」
やはり、ギョットの存在はどこにいっても有用なようだ。後で産みだされるクリア・ジェムについては適当に誤魔化しておこう。
「なあ、話がそれたみたいだが、魔獣の親を狩るの手伝おうかあ」
ギョットのことを話しているうちに、当初の話題から筋が逸れているのに、呆れた様子でアトスが話に割って入る。
「おお、そうだったな。話の続きだ。女帝狼を駆除したい。お前達の武器は強い。手伝ってくれ」
腕前ではなく、武器を頼りにされたところは納得できないところもあるが、助けられた手前断るわけにもいかないだろう。
「判りました。手伝いましょう。ただ、私達は、この辺りの魔獣の習性は良く知りません」
「その辺りは、俺達について来ればいい。直ぐに行く」
エスペはそう言うと立ち上がる。慌ただしい事、甚だしいが文句も言えない。食事は歩きながら干し肉でも齧るしかなさそうだ。睡眠が余りとれていないので、多少重く感じる身体を煩わしそうに持ちあげる。
「ギョットよお、よかったなあ、朝飯にありつけて」
一人食事にありついたギョットに向けて恨めしそうな声で語り掛ける。ギョットはいそいそと私の肩に乗っかって来る。
『エヘヘ。あ、トゥートはどうするの?』
捕食出来て満足なのか、アトスの嫌味にも気付いていないギョットは格納庫の後ろで毛づくろいをしているトゥートの心配を始める。
「ここで、待機していてもらいましょう。狩りに同行するよりかは安全でしょう」
『そうだね。そう伝えておくね』
ギョットは一言そう言うと、少しの間、身を静かに振るわせて「ナー」と寂しげな声を聞き遂げた後は、身を震わせることもなく静かに肩にまとわるだけになった。
「モタモタするな」
「へいへい、わかっているよ」
少しの間、立ち止まっていた私達が遅れないようにと声を掛けて促すエスペの後を、アトスは渋々ながらについて行く。私は、そんな様子を横で小さく笑いながら見てとりながら、一緒について行く。
街の中を抜け、手入れのされていない道路を逸れると、すぐに植物や樹木が生い茂る深い森へと変貌する。
長い間に落ち積り、腐敗を繰り返した木々の葉は朝露に湿り足元を濡らす。革の靴に染みることはないが、滑りやすくなった足の底が、腐葉土に隠れた樹の根元に掛からない様に慎重に歩を進める。
エスペ達はそんな事を苦にもせずにドンドンと森の奥へと進んでいく。私達も負けてはいないが、どうやら森での生存技術は彼らの方が上を行くようだ。
「なかなか、やるなあ。アイツら」
「ええ、そうですね。それより気付きましたかアトス」
「アイツらが身に付けているもののことか?」
一つ頷き肯定をする。衣服や要所を防護するための素材にあまり見たこともないものが含まれている。
ただ、思い当たる点はある。魔獣だ。彼らは狩り獲った魔獣の素材を用いているようだ。もちろん、従来の獣の皮等も用いてはいる。
魔獣の素材を利用することは、今の新猟師の間では珍しいことでは無いが、汚らわしいと言う意味で都市近郊の人間には忌避されることも多々ある。
資源が乏しくなった都市から離れた場所に住む者達は、そんな事を言っている余裕はないので、ここ最近では魔獣の素材を活用し始めている。
だが、彼らの身に付けているものの方が、我々の知るものよりも洗練に加工されている気がする。手に取ってみた訳ではないから何とも言えないところではあるが。
そんな事を気にしているうちに、エスペが片手を上げ、身を伏せる様に合図が送られてくる。目的地に辿りついたようだ。更に、私に来いと合図が送られる。スルスルと皆の間を抜けて先頭にいるエスペの元へと向かう。
「アトス、アレを狙えるか」
そっと、指を向ける方向に目をやると白光した、他のモノよりも大きな体格をした六脚鎧狼がいるのが判る。
「距離はありますが、手持ちの武器なら問題は無いでしょう」
「頭を狙え。俺は胴を狙う」
本来なら甲殻に覆われた頭を狙うのは良くないが、先程の戦いから銃の威力を理解しているのであろう、エスペはあえて頭を狙うように指示を出してきた。
「判りました。いいでしょう」
肯定の意を小さな声で示してから、片膝立ちに肩肘を乗せて銃を構え照準を合わせる。薄暗い森の中、目立つ白色の魔獣の頭は狙いやすい。
「撃て」
こちらの準備が整ったのを見計らい、エスペは前触れもなく小さい声で合図を送ってきた。反射的に引き金を引き、銃弾は吸い込まれるように魔獣の頭へ命中し、貫いて行く。胴体部にも着弾したのが見て取れる。エスペの腕前も大したものだ。
「子供が来る! 戦士達よ迎え撃て!」
女帝と呼ばれた六脚狼の親は、声もなくドサリと崩れ落ちた。周囲は急に色めき立ち、ギィギィと叫び声を上げて子供たちが向かってくる。
戦士と呼ばれたエスペと共に行動する先住者達が雄叫びと共に銃弾を放ち、斧や大型の鉈を掲げ魔獣へと立ち向かっていく。気配を消したアトスはどこからか矢を放っていることだろう。
「うむ。良い成果が挙げられそうだ。礼を言うアトス」
「お手伝い出来て嬉しいですよ」
白い歯を見せて笑うエスペに向けて、手を差し出しガッチリと握り合う。彼の手も又、大きく分厚い猟師の手をしていた。
「肉も処分ができ、成果も大きい。実に良い日だ」
助手席に座り、アンカレッジまでの道のりを案内をしてくれるエスペは満面の笑みを浮かべている。
彼の話ではこの先に難しい道はなく、幾つかの廃都市を超えていけば直にアンカレッジへと辿りつくと言う。
魔獣の肉はギョットが美味しく頂いてくれた。その後にクリアジェムを幾つか産みだしたので、アトスと共にこっそりと拾っている。彼らの目にも映ったかもしれないが、ギョットの産みだした排泄物を処分しているとでも思われた程度であろう。誰も、気にする様子がなかったからだ。
エスペ達一行は、駆除の後に魔獣の甲殻を剥ぎ収集している。車両後部の格納庫に余裕はあったので、甲殻はすべて積みこませた。普段なら手分けして運ぶものだが、帰りの道程がすこぶる楽になると大層喜ばれた。
六脚鎧狼たちの甲殻は重くはないが、手で持つにはかさばるので持ち運びが容易ではないとのことだ。
「なあ、アンタ達先住者は魔獣の甲殻をどうやって加工しているんだ。俺達の方では、せいぜい切ったり削ったりして形を整えて見にまとうくらいだ」
格納庫ののぞき窓からエスペに向けてアトスが話しかける。女帝の分も含めれば、結構な数になるが、そのぶん形もバラバラだ。そのまま使うには不便でしょうがないだろう。アトスの疑念ももっともだと思う。
「うん、南では魔獣の甲殻をあまり利用していないのか? 勿体ない事だ。鎧狼の甲殻は薄い。防具には向かない。その代り、壁や屋根の建材として用いる。海水で洗い、形を整えればいいだけだ」
なるほどなと思う。住居の壁や屋根は老朽化すれば補修が必要だ。資源が不足気味の都市近郊の村々では風雨にさらされるような掘っ立て小屋で日々を過ごすこと者も数多い。寒い時期になれば、凍死する者も多く出てくる。
だが、嫌悪感が強すぎるせいで魔獣の素材を使った家に住もうとはあまり思わないのだろう。私は、こちらが若干醸し出す戸惑いに対して、意に介さないような顔をするエスペに思わず尋ねる。
「魔獣に対して嫌悪感を余り持ち合わせていないのですか?」
「嫌悪? 魔獣は人襲う。勿論危険だ。だが、同じ生き物だ。利用できるものは利用する。ただ、殺すだけでは勿体ないだろう」
何を言っているのだと言わんばかりに目を見開き、こちらを見つめているエスペの視線から目を逸らし、速度に任せて流れていく風景に注意を向けたふりをする。
私は今までただ、ひたすらに魔獣を駆除していただけであった。先住者と自らを名乗るエスペ達は、他の生き物と同様に魔獣を活用している。
都市の人間たちは彼らを見れば野蛮だなんだと騒ぎ立てるであろう。だが、果たして本当にそうだろうか? たとえ、人類の敵とは言っても、葬った骸をうち捨てるだけの我々の行いは野蛮だとは言わないのか。
都市を追われた先住者達は日々を生きていく中で魔獣をひとつの生態系と暗に認め、共存とまではいかないまでも利用する術を身に付けてきたのだろう。
(都市に捨てられた者達のほうが、逞しくなったということか)
皮肉な結果に内心で苦笑したつもりだが、自嘲で口元がつりあがったのか、アトスもエスペも不思議そうな顔でこちらを見ている。咳払いを一つして、気付かないふりをしつつ運転に集中する。
山間を抜ける道路の脇には、年間を通して溶けることのない雪が所々に積っている。――北方大陸へ来たのだ。そう実感をする風景を眺めながら、ハンドルを片手に操作してアクセルを踏み込んだ。
雄大な海と険しい山脈に囲まれた都市――山々を抜けた先、廃都市アンカレッジの全貌が見えてきた時、私はそう思った。
エスペの案内の元、幹線道路から抜け、大きな都市であったことを物語るかのように、そこかしこに崩れ落ちそうな建物がそびえ立つ区画を抜け辿りついた場所は、湖がそばにある、森を切り開いた場所に人々が集まる集落であった。
丸太で組まれた小屋、魔獣の甲殻を用いた天幕のようなものが、そこかしこに建てられている。
人種は様々なようで、黒人種、黄色人種、更にそこから派生する様々な人々達が、分け隔てなく生活をしている様子が見て分かる。ただ、いわゆる純粋な白人種と言う者はここにはいないようだ。
「ようこそ、我が集落へ。南の者が来たのはかなり久しい」
こんな場所まで来る奴はいねえだろうよと、アトスはぼやきつつ、ギョットとトゥートを頭に乗せたまま格納庫から降りてくる。私も運転席から降りたち、腰を伸ばす。長時間の運転は身体の筋が固まり、なかなかに辛いものだ。
「エスペ、積んだ荷物はどうするんだあ」
「うむ、待て。おい、人を」
集落の柵の入口の前に立つ守衛役が、エスペの指示で人を集めるために集落へ戻るよりも前に、私達が乗りつけた車が物珍しいせいか、あれよあれよという間に人が集まってくる。
「結構、いるなあ」
驚いた眼で集まる人々を見渡し、呟くアトスの回りには、子供たちが興味深そうに集まってきている。頭の上のギョットと猫に気を引かれているのだろう。輪は徐々に狭まり、裾を引き何かを聞き出そうとし始めている。
困り気味の顔をして、仕切りにこちらへ視線を送って来るアトスはとりあえず放っておき、荷物を降ろす指示を出しているエスペへと近づく。
「心配するな。荷が降りれば直ぐに長老の元へ向かう」
「よろしくお願いします」
私の言いたいことを察したエスペは、荷を降ろす人々から視線を放さないまま、伝えてくる。
私は懐にある、アトスが組合長から預かった手紙にそっと手をやり、困った様子のアトスと目線が合わないようにしながら、荷物が降りきるのをぼんやりと待っていた。




