第一話 廃れた都市と街
「あー、浅瀬を渡り切った、と、と思ったら、す、すぐにこれかあ! さ、先が思い、や、やられるぜ!」
「ま、まだ、向かい始めた、ば、ばっかりです! しゃ、喋ると舌か、噛みますよ!」
ジュノーよりも北に向かう。本来であれば意味のないことだ。
ジュノーよりも北の都市群は遥か昔に放棄されたと言われている。カナダと同じだ。大自然豊かな場所を切り開き造られた都市は、軒並み新生種――魔獣の大襲撃に見舞われ、防衛維持ができなくなった祖先達は、結果として都市を捨てた。
今は記録に都市の名前さえまともに残っていない。なにが、どこにあったのか知る人はまともにいない。人がいないから、交流がないのだ。少なくとも、私はそう思っていた。
ガタガタと揺れる車体が横転をしないように、ハンドルにしがみつくようになりながら、慎重に操作をする。
急な登坂、ぬかるみさえもものともせずに我が愛車は突き進んでくれる。ギョットも猫のトゥートも流石にアトスの頭の上から降りて、足元にある僅かな隙間で身を寄せ合い、絶えず揺れる車内の振動に耐えている。
この車でなければ、ジュノーを出てすぐに広がっていた浅瀬を渡り切ることさえも無理であっただろう。
ジュノー復興村と前線都市ワシントンを結ぶような大陸橋は建設をされていない。人が退避した後で造られた過去の遺産はジュノー近辺で最後となっている。
人が行き来をする事を想定していないから、ジュノーより北へ向かうルートはなにも残っておらず、手入れもされていない。
人が栄えていた時代、祖先は飛行機で空を、船で水の上を優雅に、我が物顔で行き来をしていたそうだ。
魔獣が現れ、徐々に自分達の領域を、人が本来なら、まともに行き来できなかった自然の領域を取り返され、残ったのは陸路だけになった。
その陸路でさえも、文明と科学の力が衰えている現在では限られた範囲でしか運用はできずにいる。
私自身、つい最近まではジュノーよりも北へ向かうことはないであろうと思っていた。
自殺願望が強かった時ならいざ知らず、ジュノー近郊に定住してからは流石に無謀だと思っていたが、今は、愛車のズィ・ナビがある。
過去の偉大なる遺物を手に入れ、燃料の心配もクリア・ジェムという奇跡で解決した私は、出来ないと思っていた北への旅路を進んでいる。
厄介な出来事に巻き込まれないための逃避行という名目でなければもっと良かったのだが。
「あー、ようやく少しは落ち着くかあ、道が平らなようだ」
「ええ、どこまで続くのかは判りませんが……」
『酷い揺れだったねえ、トゥート』
「ナー……」
ギョットの念話に弱々しい鳴き声で答えている。当分は、足元の空間が二人の居場所となりそうだ。アトスは、助手席の上に足を持ちあげるような体勢となるが我慢をして貰おう。
まあ、遅かれ早かれ、どんな理由になろうとも、結果としては同じ事になっていただろうから、あまり気にすることは止そう。
まだ見ぬ、過去の営みと、世界の今をみる機会が与えられたのだ。
私はアクセルを踏みしめ、愛車を加速させる。過去の舗装は自然の植生に浸食を受けつつも、なんとか形を維持している。この、不自然な道を、今はただ、進もう。
「アラム、どうだ、なにかいるかあ」
「……大丈夫です。進みましょう」
運転をアトスに代わってもらい、私は車両の格納庫に新たについた天窓を開けて、新たな相棒となったボルトアクション式ライフル銃についていた望遠鏡で周囲の脅威を確認してから、移動を告げる。
狂犬戦争の際、改造され、凶悪な機関銃の台座が取り付けられていた部分はストラーノ所長が取り払った際、開閉できるように直してくれていた。
悪路を切り抜けた後、いつ何時に造られ、うち捨てられたのか判らない道路を進み、陽が沈んだ頃に、一つの名も知らぬ都市遺跡が現れた。
私達はここで、一晩、野営をした。
人がいなくなり、随分の月日が流れている都市は建物の残骸が残ってはいるが、あちらこちらに樹木が生え、藪が茂り、人以外のこの地にいる在来の生き物が様々な営みをしている。勿論、そこには魔獣と呼ばれる生き物達も加わっている。
野営を設置し終えた頃に見つけた、ジュノー近郊では見かけぬ魔獣、小さな見た目の悪い瘤を幾つも付けた角を持つ鹿のような新生種――私は瘤角鹿と呼ばれる魔獣を仕留め、ギョットの食事とさせて貰った。
トゥートの食事をどうしようかと思ったが、ふらりと姿を消した猫は、意外なことに、太った鼠を咥えて戻ってきた。家に居た頃はギョットと一緒にいる姿しか見なかったが、怠けていたのかも知れない。猫らしい、気まぐれさだ。
「お、丸々太った鼠だなあ。炙って食えば美味そうだ。なー、トゥート、いって!」
「ナッ!」
冗談だか、本気だか判らないアトスの手を払いのけ鼠を咥えてギョットの後ろに隠れた姿がご愛敬だったが、昨晩は皆、きちんと食事にありつけた。
夜が明け、視界が良くなると共に私達は先へと急いだ。ひとところにいつまでもいる訳にはいかない。忘れそうになるが、何者かが私達を追っているはずなのだ。
だが、私の目は、知らず知らずのうちに、この知らぬ都市に残った建物の残骸に向けられる。
あまり、大規模な建物は見受けられない。住居のような建物は大体が朽ち果てている。僅かに、柱が残り、壁が申し訳ない程度に張りついている程度だ。
「めぼしい物はなさそうかなあ、都市遺跡探究者のアラム殿!」
「ええ、ないでありますなあ、アトス殿!」
運転席の窓を開け格納庫の天板から周囲を警戒する私に向かって冗談半分からかうような言葉で周囲の様子を伺ってきたアトスへ、軽口で切り返しながら答える。
本音を言えば、少しガッカリもしている。この都市の残りは余り大きい規模とは言えないようだ。目に留まるような施設も見当たらない。
「アトス、組合長は北へ向かえとしか言っていないのですか」
「いや、海沿いでなく、川沿いの道を山側に進めと言伝を貰っている」
詳しい道筋を教えなくとも、ただ進めと告げられたらしい。
それでは、直ぐに判って追い付かれやしませんかと尋ねたそうだが、私の愛車の足に直ぐに追い付けはしないだろうし、ジュノー近郊で他の車両を見れば目立つから足止めしてやると言われたそうだ。
「言われた道以外を進めば、カナダ大森林級の魔獣の住処に行きつくから間違えるなよとも言われたなあ」
ジュノーを結ぶ道を外れれば、いずれにしても魔獣の住処に辿りつく。選択肢は残っていないのだ。我々も、相手も同じ条件になっている。但し、こちらには愛車に乗っている分だけ速度としては遥かに有利だ。
「目的地まで追い付かれる心配はないというわけですか」
「まあ、そういうこった。ゆっくりとはしてはいられんが、まあ、気楽には行こう。お、河が見えてきた。海と反対側に進んで成功だったようだなな」
途中で、ジュノー国際空港にあったような滑走路も見えたが、それ程大きい施設ではなく、興味をそそられることもなく通り過ぎ、広がった河口は徐々に狭くなり、川沿いの道はただ、真っ直ぐに伸びていた。
「で、これから、どちらに進めばよいのですか」
「……組合長の野郎、ボケやがったか」
話の通りに川沿いの道を進み続けると、次第に山へと向かい、大きな湖を幾つか超えた先で問題が起きた。
一つの朽ちた小規模な都市遺跡に辿りついたのだ。規模としては、始めに辿りついた都市遺跡よりも小さいようだ。都市と言うより街に近い。
そして、ここでどちらに向かえば良いか判らなくなった。
道は、どの方角も山の方に向かっている。ここに入る手前で川に掛かった橋を渡りはしたが、始めの河川とは別物であろう。川の流れに沿うか、逆流するか判断もできない。
「仕方がありません。今晩はここで野営をしながら、方針を決めましょう」
「ああ、そうだなあ。しっかし、冷えるなあ、ここは。早く火を熾すとするか」
『トゥート、大丈夫? 寒くない』
「ナァー……」
トゥートは寒いと言いたいのか弱々しく答えている。確かに寒い。日中はそうでもなかったが、山間の標高が高いせいか随分と冷え込みを感じる。
「防寒対策を整えていけって意味がよくわかるぜ」
「本当です」
組合長の指示通りに準備をしておいて良かった。私達は二人共、荷物から取りだした厚手の外套を纏っている。
ジュノーから北へ行ったことのない我々には半信半疑であったが、寒さが身に染みてくる。悪くすると凍え死んでしまいそうだ。
「ギョット、トゥートと一緒に格納庫の方で待っていなさい」
『ハーイ、アラムさん。トゥート、外よりか少しは暖かいよ』
「ナー」
ギョットの頭に乗って丸くなるトゥートを乗せたまま、ギョットは格納庫へと向かう。幾ら寒いと言っても横着な感じがするが、まあ、ギョットは気にしていないようだから構いはしないだろう。
さて、今晩は何を作るとするか。そのまえに、ギョットの食事を確保する必要もあるか。私にはあまり関係のないことだが、これ以上陽が沈む前に、魔獣を見つけて狩っておこう。
「ふぅ、危険な相手でした」
「おい、大丈夫かあ、アラム」
どこからかはぐれたのか、習性なのかはわらかないが、額を分厚い甲殻に覆われた毛長牛のような魔獣を仕留められた。相手の突進力が思いのほか早く、三センチの能力で受け流さなければ危ないところだったが。
「いやあ、なかなかに凄まじい突進だ。三本角よりか、よっぽど強そうだ。ガタイもデカイしなあ」
「ええ、本当にそうですねえ」
躱した先にあった昔の建物の名残である基礎のコンクリート部分を容易く打ち砕いた時は、少しびっくりしたものだ。脳震盪でも起こしてくれるかとも思ったが、そんな様子も見せず、直ぐに体勢を整えこちらへと向かってきた。
私と、アトス、どちらへ向かうかで対処は変わったが、結果として私の方に向かってきた。
アトスが直ぐに吹矢を構え、クシャミで矢を撃ちだすと、当りはしないものの、牛型の魔獣は突進に躊躇をした。脅威の矛先を変えようとしたのであろう。
野生の動物も、人と同じく時に迷いもする。
そして、その迷いは致命的な結果を産むことになる。
ボルトを上げておいたライフル銃を肩口にまで上げ、背を丸めながら、アトスの方へと進む方向を変えようとする魔獣に狙いを定め、銃弾を放つ。
薬莢が飛ぶと同時に響いた銃声と共に放たれた弾丸は、魔獣の額や首筋を覆う分厚そうな甲殻がない首の脇に吸い込まれて行き、血が弾けて飛び散る。
タタラを踏み、よろめきながらも、尚、再び向きを変え、こちらに向かおうとするが、クシャミの音に続いて放たれた吹矢の弾が胴体を貫き、魔獣はドサリと倒れた。
世代が進もうとも魔獣が持つ「人を襲う」と言う本能がなければとっくに、逃げていたのだろう。
「で、こいつはなんていう名前なんでしょうか、アラム主任」
「もう、主任ではないのですよ、アトス君。ただの新猟師です。残念ですが、ジュノー近郊から南では見たことがない新生種、仮に岩砕牛とでも名付けておきましょう」
アトスの冗談めかした言葉に、わざとらしい、しかめっ面を作り、気難しそうな声色で答える。顔を見合せると二人で声を出して笑う。仕留めた魔獣、岩砕牛は運ぶには大きすぎるので、適当に解体し持っていく。
「できれば、ストラーノ所長のような口調で返してもらいたかったんだがなあ」
「いや、それはちょっと……」
野営地に戻った後に皆で食事を取る席で、軽く笑いながらアトスは言うが、流石にそれは応えることが出来ない無理な相談だ。人には、人の性分がある。
『アラムさん、囲まれてるよ。如何しよう』
格納庫の寝袋の中で、うつらうつらとした、仮眠状態の頭の中に突然響いたギョットの念話で目が覚め、飛び起き、直ぐに天板を開け外の様子を伺う。
焚火の火は消えずに、赤々と灯っているのが直ぐに判った。
そして、それを余り恐れることのないもの達が周囲を取り囲んでいる様子も見えて取れる。
闇の中に無数の点が見て取れる。火を恐れる動物は、割に少ない。どちらかと言うと、火の傍にいる人間を恐れている。野生の動物であればの話だ。
この辺りは、人がいなくなってから長い年月が経っているだろうから、野生の動物でさえも人を恐れていない可能性はある。
だが、向けられている敵意はあからさまだ。人を恐れているのではない。人を襲うとしか考えていないようだ。
『ギョット、魔獣に囲まれたとアトスに告げて下さい』
『もう、聞こえているぜ、アラム。け、面倒なこった。相手はなんだ、判るのかあ』
『残念なことに、又、未見なのですが、犬型、いや、狼から派生した魔獣の様です。……厄介な相手になります』
暗がりの中で、見え隠れする魔獣の姿をアトスに告げると、直ぐに軽い舌打ちが聞こえる。
犬型と言うと、つい最近の出来事である狂犬戦争の相手、ワームドッグを思い出すが、今、囲んでいる魔獣は六本の昆虫のような脚を持ち、顔面以外は全体を甲殻で覆われているようだ。
大きさもワームドッグよりかはるかに小さい。狼本来の大きさに近いようだが、個の脅威を考えるとワームドッグより厄介そうな相手だ。
車体の周りをガサガサと音を立て徘徊している様子が見て分かる。もはや音を立てないでも、追い詰めたと思っているようだ。
『やっぱり、どちらかが運転席で待機をしておくべきだったか』
『いえ、この寒さです。休める時は休むとお互いで決めましたから。それよりも、アトス、くしゃみは、あと、何回いけそうですか』
『良くて、数回だ。それ以上は後に支障が出る。数が多い相手なら、改造ボウガンを使う。それよりも、こんなに暗くてもお前さんは狙い撃ちを出来るのか』
『ええ、暗い場所にはなれています。そうですね、今回はボウガンを利用した方が良いですが、アトスは夜目ではないですから……』
考え物だ。そもそも、私の夜目は「新人類」としての能力の賜物だ。アトスには伝えていないが、暗に判っているであろう。
新人類が、一つしか能力を持っていない等と言うことはない。
奥の手として、互いに知られないようにしているだけだ。
ジュノー近郊の暗い森の中で狩りが出来るのは、この能力のおかげでもあった。付き合いの長い、アトスなんかは、幾らなんでもおかしいと気付いているだろう。
『なあに、お前さんの放った銃声の後に隠蔽で気配を消して、隠れて近づいて見せる。ギョットを貸してくれ。念話が通じやすい』
『ええ、判りました。ギョット、アトスと共に。トゥートは残して下さい。幾らなんでも危険です。アトス、では、始めます』
下にいるアトスからライフルを受け取り、素早く、慎重にボルトを起こし、引き、戻す。格納庫の屋根と銃の間に腕を挟み、闇夜に光る目へと狙いを定める。
一発目は相手の気をこちらに逸らす行為だ。当たった先が甲殻で、最悪、致命傷を与えられなくても良い。
せわしなく、動く相手に照準を合わせ、繰り返される行動を読み、遮蔽物から離れた瞬間に、引き金を引く。
「ヂッガ!」
放たれた銃弾の威力に相手は倒れる。血飛沫が上がった。甲殻は思ったよりも薄い。私がもつ、今の銃の威力なら甲殻を貫いてしまうようだ。
バタンと音がする、アトスが外に出たのだろう。気配は消しているが、一瞬、姿は見えた。ギョットも肩口に乗っかっている。流石に頭は止したようだ。
『念話で場所は伝える。間違って撃たないでくれ』
遮蔽物となる、住居に溶ける様に紛れて消えたアトスから念話が届く。目の範囲から消えると、途端に判らなくなる。ギョットの気配も感じない。触れている相手の気配も消すことが出来るのだろうか? だとしたら、かなり、便利な能力だ。
余計なことを考えつつも、次の標的に照準を決め銃弾を放つ、放つ、放つ。弾が切れ、新たな銃弾を込め、再び、放つ、放つ、放つ、放つ。
時に、私が銃弾を放っていないのに光る目が消える。アラムのボウガンで仕留められたのだろう。ただ、ボウガンの威力では甲殻は貫けないせいか、仕留める数はどうしても少なくなる。
(これは、切りがないぞ。意外に群れている)
私の中で焦りの感情が生まれる。ストラーノ所長から譲り受けた弾丸は多い。しかし、限りあるものを無駄に撃ち続ける訳にはいかない。
本来なら、銃を運用するため一緒に贈られた機械を用いれば空薬莢を再利用できるわけであった。
組合長が融通を効かせてくれたので、火薬はある。弾丸は、鉛か銅があれば鋳型から機械で作ることが可能だ。どれも、手元の数に限りはあるが、最悪、手に入れることが出来ると言うことだ。
だが、雷管というものが判らない。
私が今まで運用をしていたフリントロックにはないものだ。
今使っているライフル銃の薬莢自体に発火装置が組み込まれていると言うことは理解したが、何を持って発火しているのか判らないのだ。誤って下手なことをすれば、ライフルが壊れる恐れがある。
嫌な汗が出てきそうになった時、不意にギョットから念話が通じてくる。
『こっち、こっちだよ! 助けて!』
『何者だ。俺に助けを求めるのは』
返答をしたのは、私でも、アトスでもない。
『僕はスライムのギョット。あと、人間さんのアラムさんに、アトスさん。猫のトゥートもいるよ。お願い、狼みたいな魔獣に襲われているの! 数が多くて、困っているの! 助けて』
『ギョット、誰に助けを求めている! 下手な奴らだと危ねえんだ!』
アトスの念話も聞こえてくる。ギョットが念話の中継塔状態になっているようだ。そして、相手も新人類。もしかすると、私達を追ってきた相手の可能性もある。アトスの言い分はもっともだ。
『お前らが誰かは知らん。が、助けを求める者を助けないのは一族の恥だ。銃声で場所は判る』
念話はそこで途切れる。相手がだれかは判らずじまいだ。油断は出来ない。そもそも、何故、ここにいる? ジュノーより先に人はいないはずだ。
まさか、都市遺跡に住む幽霊か何かなのか?
身震いをし、冷や汗が噴き出てくる。歯がカチカチとなるのを止めることが出来ない。
私は、闇夜に目は効くが、こういったものが得意ではない。
困ったことに、照準が上手く合わない。手が震えてしょうがないのだ。アトス達の援護をしなければ危ない。頭ではわかっているものの、身体が言うことを聞いてくれない。
『おい、アトス! どうした、何かあったのか!』
『いいい、いえ、ななな、なんでもありませんよ』
アトスの念話に答えるものの、頭の中でも混乱は治まっていない。アトスはおかしいだろうと問いかけ続けてくる。
そんな中、私が放ったものではない銃声が幾つも聞こえきた。
「ガッ」
「ヂィッ」
「ヂギィ」
続けざまに、闇夜の光の目が泣き声と共に消えていく。時には銃声の音がないまま、光が消えていく。
『アトス、キミがやったのか』
『違う、俺じゃあないなあ。お前さんがおかしそうで、撃たれちゃあ敵わんから、ギョトと一緒に身を隠したままだ』
そうすると、考えられるのは一つだけだ。ギョットが呼び込んだ相手が魔獣を仕留めていると言うことだ。
では、幽霊ではない。少なくとも人のはずだ。
判った途端に震えは止まる。銃の照準は直ぐにあう。手近に要る魔獣の傍に人の姿はない。助けに来た相手もいないと言うことだ。遠慮なく撃つ。
いつしか、一方的な駆除となり、周囲から魔獣の向ける敵意が消えた。人を襲撃した時は逃げることのない魔獣の習性を考えると、取敢えず全てを仕留めたと言うことだろう。
いつの間にか、夜が明け、空が白み始めている。私は格納庫の扉の片方をわずかに開け、姿を隠しつつ、周囲の様子を伺い、大声で問いかける。
「助けてくれた方! 私は、ジュノー復興村から来た!」
もし、これで襲って来れば、追手だと言うことだ。又、返事が無い場合も怪しい。どこかで、身を潜め続けているアトスが、怪しい動きをする相手を見ることが出来れば、念話で伝えてくれるはずだ。
だが、声を掛けた相手は堂々と姿を現す。この国では標準的な身長、引き締まった身体つきに、堀は浅いが、少なくも深い皺を持つ顔立ち、唇がやや厚い。髪は編みこまれた縄の様に長いが、狩りの邪魔にならない程度で後ろにまとめられている。そして、なんといっても肌の色が闇夜のように黒い。私達の知る黒人種のようだ。
「お前達は、助けた者に礼も、名も、言わないのか」
礼儀知らずと言いたげな冷たく強い目線を光らせる。だが、油断はまだできない。こちらに感づかせないようにしている可能性もある。
「お前達こそ、何者だ? その箱はなんだ?」
私の愛車を知らないのか? 狂犬戦争を駆け、ワシントンから抜け出る際も揉めた車体だ。知らないふりかも知れないが、これ以上は埒が明かない。
後の判断は、アトスに託すしかなさそうだ。
そう判断をすると、格納庫から出て姿を相手の前に出す。
「助けてくれたことに感謝を。ありがとう。私は、アラム・スカトリス。貴方は?」
礼と、名を告げ、感謝の意を現す。相手が動じることはない。
「うむ。名も知らぬ場所から来た者よ。俺達をここに導いた、数多の精霊に感謝せよ。俺はエスペ・ヒスモ。廃都市アンカレッジの先住者の一人にして、狩猟団の長」
「な、なんだあ! 先住者だ! アンタが俺達の目的の相手かよ!」
先住者の言葉を聞いたとたんに、隠蔽を解いたアトスが立上り姿を現す。私も驚きを隠せず、口が開き呆けてしまう。
「む、まだいたか。俺に気配を感じさせないとは。ん、肩に乗るのはなんだ?」
先住者という言葉に驚いたアトスはギョットの存在を忘れていたようだ。慌てて隠そうとするが、もはや遅い。どうにもならない。しくじった。
『僕はスライムのギョット! よろしくね!』
ギョットが、場違いなほど明るい感じの念話を相手に向ける。先住者が驚きの顔をしている。
私は、顔を下に向け、眉間を抑える。頭が痛くなりそうだ。
いつの間にか周囲には、多くの人が姿を見せている。人種は多種多様だ。そう言えば、狩猟団の長と言っていた。なるほど、確かに、一団だ。
私達はいつの間にか、知らないうちに、またしても囲まれていたようだ。どうか、間違えても敵対しないように、祈るしかない。




