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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第三章
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プロローグ 新たな出会いと、我が家との別れ

 狂犬戦争--前線都市ワシントンに襲来したワームドッグの大襲撃はそう呼ばれ、人類側が魔獣に勝利した戦果として称えられた。


 この発表をした者達にとって、見捨てられたスラムの住人や、戦場で戦い死んでいった兵士達の命は数に入っていないのだろう。


 多くの人々が犠牲となった戦いに、私は、自ら巻き込まれながらも無事に生き延び、長年の悪夢を晴らす事ができたと思っている。


 ギョットの事情が予想の他に重大なこととなりそうなため、逃げるように、ここ、ジュノー復興村から離れた我が家へと帰ってきた。


 あの、ひどい戦いから一ヶ月は経とうとしている。


 私は、帰って休む間もなく身辺の整理を行っている。戻ってから、組合長から密かに言伝されていたからだ。


「ギョットについての動きはやはり怪しい」


 仕方がない事ではある。


 肉体を蘇生させるような能力を持つと知れば、誰もが手を出したくはなるだろう。


 彼の存在は隠してはいるが、あの戦場でやらかしたことは隠し切れてはいない。そして、その原因の当事者となるのは私自身だ。


 私の元に、探りを入れるような動きがあると言うことなのだ。

 そして、それは穏健なものとばかりは言えないようだ。

 

『トゥート、くすぐったいよ』


 そして、神から加護を授かったとしか言いようのない能力を持つ、青く透明な肉体の粘菌生物、スライムのギョットは、そんなこともつゆ知らずに、いつの間にか家に居着いていたグレーの毛並みをしたネコと戯れている。


 どこから迷い込んだのかはわからないが倉庫の中の整理をして戻ると、ギョットの頭の上で丸くなっていた。

 私が近づいても、ネコ特有の警戒心を見せることもなく、多分というか、確実に飼い猫であろうと思われた。

 ここらあたりでは珍しい毛並みと色をしたネコの首には、飼い猫であった証となる、名前入りの首輪がついていた。


「ギョット、トゥート、食事にしましょう」


『ハーイ、アラムさん。トゥートご飯だって』


「ナー」


 ギョットの念話が通じるかのようにトゥートはすり寄せていた身体を少し離して甘い鳴き声で返事を返す。このネコは家主の私になつく前に、ギョットになついてしまった。

 日中は大体、ギョットと共にいる。お気に入りはギョットの頭の上だ。二人でひなたぼっこをしている姿は愛らしいものだ。

 狩りで仕留めた魔獣の肉をギョットにまるまると与える。大食いのギョットは一食に一頭の魔獣の肉を処理するのはお手のものだ。

 私は野菜を盛りつけたサラダと肉を入れたシチューをパンと共に食し、適当に残った素材でトゥートにも食事を与えている。

 出会ったときは少しやせ気味であったトゥートも、ここ最近で若干肉がついてきたようで安心をしている。


 食事が終わるころに、門から誰かの声が聞こえてくる。


『アトスさんが来たよ』


「ありがとう、ギョット」


 ギョットは念話が通じたのか、来訪者である親友の名を告げる。狂犬戦争を共に戦い生き延びた戦友であり、親友のアトスは、ここ一ヶ月の間、週に一度ほど我が家に訪れている。


「おお、アラム、元気なようだ」


「まあ、相変わらずですよ。で、今日は」


 門の中にアトスを受け入れ、連れ歩きながら家の方へと向かう。


「この様子を見れば察することが、できるだろうなあ」


 アトスはロバに物資を載せここに来た。名目上は、ジュノーから私への必要物資の配達と言うことになっているのだろう。


「そうですか。では、いつ」


「組合長は、明日の早朝にでもと、言う指示だ。準備はできているのだろう」


 返事をせずに、目で肯定の意思を送るとアトスも黙ってうなずく。


「事態が悪い方に向かうようなら、住処を離れて身を隠せ」


 組合長から受けていた指示を思い出す。どうやら、私が思ったよりギョットの存在を探る動きは活発化し、私に対して悪意を込めた行動が動き始めたようだ。


「では、今日は泊まりと言うことですね」


「ああ、寝床があれば言うことはないなあ、おい、ギョット、頭に乗るな、ネコもついてくるから重くてしょうがねえんだ」


 ギョットはアトスが部屋に着いたとたんに、にじり寄るかのような動きとは思えない速度でアトスの頭へと向かう。

 トゥートはギョットがアトスの頭に収まるのを、いまかいまかと待ち構えている。

 思わず笑みがこぼれる。笑い事じゃあねえとアトスはぼやくが、私としては微笑ましい光景に他ならない。

 しかし、こんな風に過ごせる時間も少なくなるのかもしれないと考えると、若干、気がふさぎ込んでくる。どう転ぶかわかりはしないが、良い方向に向かってもらいたいものだ。




「向かう先は」


「北だ。廃れた都市へ迎えとさ。組合長の知り合いの伝手を頼りにしろと言うことさなあ」


 ギョットとトゥートが寝床で丸くなった頃、アトスと共に秘蔵の酒を酌み交わしながら、向かう先のことについて尋ねておく。


「あの組合長も、どこまで交友の幅があるのでしょうか」


「さあなあ、わからねえなあ。狂犬戦争の時に見た腕っ節を見る限りじゃあ、若い頃に相当な働きをしたとしか思いつかねえなあ」


 人間兵器とまで言われたという、ジュノー復興村組合長の戦いぶりはすさまじい物であった。まあ、能力を使用した翌日は手ひどい筋肉痛でまともに動けなくなるそうだ。


「ストラーノ所長の能力も大概だな」


 アトスは琥珀色をした液体を喉に流し込むと、催促するようにガラスの杯を差し出す。


 所長の能力--自身では『後ろの収納庫』と呼んでいたそうだ。ストラーノ所長しか干渉し得ない空間に、物を収納する能力と言うことだ。原理はまるでわからないらしい。その所長曰く、


「直接的な戦い方に発揮できる能力ではないね!」


 と、アトスに向かって語ったそうだが、アトスはとても納得はできなかったようだ。


「あの二人がいなければ、ここで酒を飲むことはできなかったなあ」


「ええ、そうですね」


「お前さんの場合は、後一人いるだろう。感謝しとけよ、一生な」


 にやりと笑い、トゥートが乗っかっているギョットに目を向ける。確かに、彼がいなければ私はここにいることはできなかった。

 私の命の恩人で、人型ではない無二の親友たるギョット。これからは、能力を欲する者達の手から、彼のことを守らなければいけないのだろう。

 ただ、私自身が独占をするわけにはいかない。いずれは、彼がなすべきことをできる場所で、しかるべき人物に譲り渡すことになるだろう。何故かそう思う。


 ただ、それでも、彼と私は友というつながりを断ち切ることはないはずだ。多分、きっと。




「組合長の伝手とは?」


「なんでも、先住者とか、ネイティブって呼ばれる集団の末裔らしい」


 夜が明け、陽が差し始める頃には出発し、今は私が運転をする愛車の助手席に座るアトスから、昨晩聞きそびれたことを聞いておく。


「なあ、ギョット降りてくれねえかなあ。若干、昨日の酒が残っていてなあ……」


『えー、いやだよー』


「なー」


 ギョットはアトスの頼みを断っている。トゥートも一緒に否定をしているように低い鳴き声を上げる。

 困った様子で、どうにかしてくれと言いたげな顔をこちらに向けている。

 昨晩飲み過ぎたのは、アトス自身の自業自得なので私も援護をする気にはなれない。

 

 人の酒だからといって、幾らなんでも飲み過ぎだ。

 秘蔵の酒だったのだ!


「先住者にネイティブ……聞いたことがない呼び名ですね」


「ああ、俺も初めて聞いた。組合長によると、昔から、この国にいたらしいが、魔獣が巣食い始めて、国力が衰えてから、真っ先に都市部から追い出されて、北の方へと移住したらしい」


 人種的な差別、この国にいつまでも纏わり続ける病的な悪習である。アトスのようなアラブ系の人種や、黒人種といった者達もまた、この悪習に振り回されているといってもよいが国を追われるとまではいっていない。


「よほど、嫌われた人種だったのでしょうか」


「さあなあ。判らんよ、過去の事は。もう、そういった色々なことが分からなくなっちまっているんだ、この世界はなあ」


 歴史を刻む力もままならぬほどに技術が衰え、文明が衰退していると言うことを、常々思い知らされる。

 アトスの頭に乗るギョットが生み出すクリアジェムこそが、今の状況を打破する鍵だと私自身は思ってはいるが、それを活用するためにはきっといつか、彼との別れが待っている。

 

 いずれ訪れる彼との別れ。

 それまでに、少しでも恩を返しておきたい。


『ねえ、アラムさん、今度はいつ頃、帰れるのかなあ』


 良く分かっていないのであろうギョットが私に問いかけてくる。


「しばらく、先の事になると思いますが、帰ってきますよ」


 多分。


 と言った言葉を飲みこみギョットには伝えない。もしかすると、念話の能力で聞き取ってしまったかもしれないが、ギョットは、早く帰ってきたいねと返事をしただけで、他には何も言わなかった。

 


 もしかすると、もう帰ることはないのかも知れない。


 幾年かの間、拠点として使わせて貰った住居を後にする時、私は何とはなしにそう感じていた。

 準備をしている期間で、私がここに住む前に、静かに眠っていた、以前の所有者を埋葬した墓へ向かい、改めて礼を述べてきた。


 手入れがされなくなれば、いずれあの住居も時と共に朽ち果てるであろう。家畜たちは農家へと引渡した。世話を続けた菜園も野に帰り、私があそこにいたという痕跡は見受けられなくなるのであろう。


 人の世もいずれはそうなるのかも知れない。


 だが、私自身そうなることは望んではいない。だからといって、何が出来るのかと問われても、応えられることはない。


 ――いや、一つだけある。ギョットをしかるべき場所に連れて行き、しかるべき者へと引き渡す。


 何故か、そうすることが一番正しいのだと、強く思う。


 そして、そのためにはこの逃避行が必要なことになるのだとも。

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