表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第二章
23/47

エピローグ ~管理者はとかく問いかける~

 ようやく、意識がこちらに向けられるようになったわね。


 本来であれば、魂がこちらに来た段階で肉体を幾ら蘇生させても生き返ることは出来ない決まりなのよね。


 なにを、そんなに生きていることに執着をするのかしら。私には判らないわ。苦しいだけじゃない。


 まあ、貴方はアレに随分と気にいられているようだし、アレが余り不要な力を使い続けるのは、好ましい事態とは言えないのよ。


 だから、今回だけは特例的に肉体の元に戻してあげる。後で泣き言を言わないでよね。周りの連中も、貴方自身も望んでいることのようだし。


 アレをあるべき場所まで連れて行くことね。ちなみに、貴方がいる場所ではないわ。もっと、遠い場所。


 そうそう、忘れるだろうけど、一つだけ教えてあげる。貴方達が言う念話とアレがもつ能力は別物と考えなさい。


 アレは何者であっても意思を感じ取ることが出来るわ。そして、何者に対しても意思を伝えることが出来る。相手が認知してくれていればね。

 

 貴方達だって、見えているけれど見えていなかったり、聞こえているようで聞こえていないこと、よくあるでしょう。

 

 アレの意思が伝わらないと言うことは、そう言うこと。ただの、思い違い。いい加減なものなのよ。

 

 さあ、いい加減煩わしいから行きなさい。せっかく、下等な生き物に、管理者の加護を無理矢理与えて送り出したのだから、精々、役に立ってもらわないと。

 

 短い生を利用して目的を果たせる地へと早々に向かいなさい――

 

 

 

 神と言う存在がいるのならば、人間の存在なんてちっぽけで、短い人生に必死にもがく姿を見て、滑稽に思うのだろう。

 

 私の目には、薄汚れた白い天井が見えている。


「死んでいない」


 ここが、天国や地獄と言った類ではないことは、直ぐに判った。なぜか、そう感じたのだ。確信でもあった。


 これほどの現実感を伴う世界が、死後の世界だと言うならば死んで何になると言うのだろうか。


 彼女達がこの場にいて微笑みかけてくれようものならば納得もするが、そうでない今の状況では、死ぬと言うことに何の意味も感じられはしない。現実と何も変わらないのであれば、死ぬだけ無駄だ。


「やあ、目覚めたようだね。まさに、奇跡だ。信じられないよ」


 私は声がした方に目を向ける。私の予定としては傍らには、微笑む妻と娘がいる筈であったが、薄暗い部屋の中に安っぽい折り畳み椅子に座るストラーノ所長が、いつものように薄い笑みを浮かべて、こちらを見ていた。


「所長、ここは……」


「都市の病室さ。あの戦闘の後に、キミはここへ運び込まれたのさ」


 病室の中は薄暗い。窓から見える外の様子は、白じむ直前のようで、薄暗い。私はこの中途半端な時間帯が好きではない。そのくせ、しょっちゅう、この時間帯に目が覚める。眠気と覚醒に苛まれる。起きればいいものの、眠ろうと葛藤する。無駄な時間を過ごすようで、好きではないのだ。


「馬鹿なことをしたものだ。キミは確実に助からない筈だった」


 所長は、細身の長い脚を組み、その膝の上に肘をつき、顎を手に乗せ、嬉しそうに微笑みを向けている。暗さのせいか、顔の印影が随分と深く感じ、美しいはずのその笑みに畏怖を感じる。


「なぜ、私は生きているのですか」


「僕が知りたいね。ギョット君がね、吹き飛んできたキミの上半身にまとわりつくと同時に、青く光った。目が眩むような、神々しい蒼さを纏わせていたよ」


 ギョットが、私を助けたと言うのか? だとすれば、彼は一体何者なのだ。


「彼が何者なのかは判らないね。今は誰も判らない。僕にも判らないのだからね。ただ、医学的見地から見た時に、キミは絶対に助からない筈だった。千切れた部分の組織は滅茶苦茶、炭化もしていた。ましてや、爆散炎上したはずの下半身が蘇生するなんて馬鹿げたことが起きるなんて、思いもしなかったね」


「一体、どうやって――」


「僕が知りたいよ。ギョット君は、触手を伸ばすように身体のいたるところを伸ばして、周囲に散乱する新生種――魔獣の死骸を手当たり次第に取り込んでいた。察するに、アレが原料となったのだろ

うね」


 ギョットは魔獣を取り込むことに寄ってクリアジェムを産むだけではないと言うのか。……思い当たる節がある。スソーラ達に襲われた際に、矢傷が知らぬ間に癒えていた時、彼は私の肩にまとわり

ついていた。あれは、私の傷を癒していたと言うことなのか。


「僕はね、キミが復活する様を見て見たかった。ここにいる医者連中が代わりに見ると言っては来たが、僕以上の知識があるのか問い詰めてやったら、黙り込んだよ。まあ、今回の出来事は僕の知識の

範疇外でもある。前世代の今よりずっと優れた医療体系であっても、あの傷を治癒させることは不可能だ。今回の件は治癒というよりも復活と言えるかもね」


 では、それをやってのけた、ギョットという存在の価値は計り知れないはずだ。死者をも蘇生させる。しかし、魂がなければ肉体を蘇生させるだけでは無意味――何を私は、宗教的な価値観を持ちだ

しているのか。


「あの、蒼き清浄な光はあちらこちらで見えたようだ。犬や、人形、亜種の魔獣たちはこぞって光に恐れ、身を縮ませて震えていた。なにかが、恐怖の琴線に触れたみたいだね。初めて見たよ、魔獣が恐れおののく姿なんて。青き衣の天使が降臨したなんて、戦場にいた兵士たちは噂をしている」


 ギョットの姿は、我々の想像する天使の姿とはかけ離れている。だが、その能力は神の使いと言えなくはない。


「混乱は終結をした。ワームドッグの残党も、人形も、亜種も、根こそぎ狩られている。竦んだすきにかなりの数を討取られていたからね。さて、そろそろ夜が明けるようだから、僕はお暇をしよう。

良いものが見れた。そうそう、まあ、キミ達の活躍は御多分に漏れず報われることはない。都市の上の連中は自分達の功績だと思っているからね。そんな報われない功労者の君に僕から、ささやかな贈

り物をしておいた。愛車に積んである。受け取ってくれたまえ」


 そう言い残すと、音もたてずに椅子から立上り、暗がりの病室のドアを開け、消灯されて何も見えないドアの先の廊下に吸い込まれるように所長は出ていく。


 夢の様な、会話だけを残した所長が去って間もなく、夜が明け始め、窓の外が白く明るくなり始める。本日は快晴になりそうだ。気分的に、もうひと眠りしたい。毛布をかぶって寝てしまおう。




「おい、アラム! 生きているんだろう、返事をしろ!」


「よせ、アトス。病院の中だ、静かにしろ」


 ウトウトとする程度かとも思ったが、どうやらキッチリと寝てしまったようだ。男の声が聞こえ、私は覚醒をする。

 目を開けた先には、ターバンを巻いた髭面の浅黒い肌をした男と、禿頭の大柄な年かさの男がいる。


「アトス、組合長」


「馬鹿が! 手前、何をしたか分かっているのか!」


 起きた私に向けて、開口一番でアトスが怒声を上げる。浅黒い肌の顔が赤みを差したため、黒さが深まっている。


「……済まない」


「謝ることか! 独りで死ぬ覚悟を背負いこむのは止せと言ったはずだ! 判らねえのか?!」


 判っている。だが、どうにも止められなかったのだ。そして、私自身、生き延びることが出来る等とは思ってもいない。考えられない結果なのだ。


「死ぬと判っていたから、生きて怒られることは想定をしていなかった。……謝ることしかできない。済まなかった」


「もういいだろう、アトスよ。生き返ったのだ。なにに感謝をするかは、お前次第だが、今は、こうして生き返ったことを喜ぼうではないか」


 組合長は、怒りに身体を震わせるアトスの肩に、大きな手を乗せ落ち着かせる。アトスの顔が歪んでいる。私は、良き友人を持てたようだ。そして、思い出す、もう一人の命の恩人たる親友の存在を。


「アトス、ギョットは……」


「おお、そうだ、こいつに礼を言えよ、アラム、ギョットはなあ」


「所長から聞いています。私を蘇生させてくれたそうですね」


 おお、そうかと、怒っていたのを忘れたかのように笑みを浮かべて、その場に屈み、床に置いてあった、いつもギョットが納まる篭を手にして立ち上がる。


「そうか、あの人は本当に寝ずにお前を見舞っていたのだな。それにしても、いつ寝ているんだ、あの所長さんは」


「全くだ。儂の元に緊急送信を寄越したのもかなり、遅い時間だった。手が空いたからなんて言っていたが、聞けば、お前達の愛車の改造に取り掛かり切りだったそうではないか」


 確かに、あの時、私とアトスが目を覚まし、地下の車庫へ向かうと所長は作業に取り掛かっていた。最後は、知らぬ間に改造を添えていたほどだ。

 その傍らで、来客者の相手もしている。所長の仕事は大抵、終わりそうもない量なのに、知らぬ間に終わっていることが普通だから、気にもしていなかった。


「まあ、いいか。アラム、ギョットはお前を助けてくれたのは確かだ。が、まあ、無理だと思うが、驚かないでやってくれ」


 アトスが不穏なことを言う。私を助けた代償に、ギョットの身に何かが起きていると言うのだろうか。会うのが怖い。アトスが手に持つ篭の蓋を開ける。私は中を、そっと覗きこむ。


『ギョット、少し、縮んでしまったようですね』


『ワーイ、アラムさん、目が覚めたんですね! 良かった!』


 篭の中に納まるギョットの姿は、かなり縮んでしまっていた。最後に見た時より、半分程度の大きさになっている。


『大丈夫なのですか』


『大丈夫だよ。エネルギーを取れば、又、元に戻るよ』


 私の心配をよそに、ギョットはあっけらかんとした返事をする。彼の好意に報いるにはどうすればいいのか、とても、返せる恩ではない。


「まあ、帰りの魔獣狩りで、良い獲物を仕留めるしかないなあ」


「その通りですね。ギョットのためにも」


『無茶はしないでね、アラムさん。大事な、友達なんだから』


 私がした、無謀な行為を見て、ギョットは心配そうな様子を見せる。心配をせずとも、無理はしないつもりだ。キミに、返してもらった、この命を、再び無駄にすることは出来ない。


「その様子なら、直ぐにでも退院は出来るだろうが、今日一日位は様子を見ろ。……ただ、明日には出た方が良いな」


 組合長は、私の様子を見て、身体に異常は見受けられないと思ったようだ。私自身、身体に不調は感じられない。組合長は、その大きな身体をそっと寄せ、私に耳打ちをする。


「都市の上層部の動きがな、不穏だ。お前の事を探ろうとしている。ギョットの存在には気付いていないだろうが、長居はするな。ジュノーに戻り、身を隠せ。戻った時に、改めて説明をする」


 そう言うと、すっと姿勢を戻し、アトスが用件は済んだことを確認すると、明日、迎えに来る旨の伝言を残し、病室から去って行く。

 今日一日は、寝たふりでもしていよう。疲れはないが、もう一日くらい、のんびりしていても問題はないだろう。明日には、無理を通してでも病院を出るはめになるのだろうから。


 済まないと思うが、そちらへ行くのはもう少し、遅くなりそうだ。




 案の定、医者の反対を強引に押し切る形で病院を後にすることになった。病院から都市の上の連中に何かしらの伝達や指示があってからでは遅いと、組合長は笑いながら説明をしてくれた。


「今回の一件でな、まあ、都市の色々な連中とも伝手が出来た。結果的には、都市の連中は痛い目を見たようだが、ジュノーにとって悪いことでは無かった」


 組合幹部が運転する車両に乗り込む際に、そう言い残し組合長は一足先にジュノーへと帰って行った。

 私は、アトスやギョット共にストラーノ所長邸の地下車庫に納まる車両を取りに向かう。所長は留守だが、アトスが車庫のカギを預かっていると言う。


「お前さんが入院している間も、あの屋敷に匿って貰えた。居心地はわるかったがなあ」


 あの人には悪いが、俺なんかには豪勢すぎて、なんだか気味が悪いぜと苦笑いを浮かべながら車庫を開ける。中には、私達が来るのを待ちわびている、愛車のズィ・ナビが静かに待機をしていた。


「例の物騒な銃は流石に取り外したなあ。まあ、あっても弾薬の残りがないって言っていたから、無用の長物に過ぎねえからなあ。天板は直しといてくれたよ」


 アトスは、預かった鍵を、壁際にある乱雑に物が置かれた一画に無造作に置き、車の運転席のドアを開け、ギョトが入った篭と共に、勝手知ったるもののように中に乗り込む。


「俺が運転をする。支部組合の連中が、門の付近で待機している手筈だ。お前さんを逃がさねえ腹積もりをされた時は、強引にでも逃げる予定だ。なに、組合長がその辺は上手くやってくれている」


 アトスがのぞき窓から私に向けて声を掛けると、車両のエンジンをかけ、わずかな期間、眠っていた愛車の目を覚ませるように、アクセルを踏み車庫からゆっくりと出発する。私は、格納庫の方で休んでいろと言われた。助手席にはギョットが納まる篭が鎮座している。


 手元には、所長が贈り物だと言っていた品物がある。


 艶消しが施された本体は単純そうな構造をしていながらも、私が今まで愛用していた骨董品に比べれば、雲泥の差を持つ実用性を発揮することだろう。一般人であれば、手にすることはないであろう一品。

 

 長距離用のスコープを持つ、ボルトアクション式のライフル。

 そして、その弾丸を運用するための装備一式も納められていた。

 

 成果に対する、褒賞が過分すぎやしませんか? 外で起こり始めた、そのうち治まるであろう喧騒を他人事のように聞きながら、まるで、悪い夢から覚めた後、予想もしないようなご褒美を貰った子

供が何も語らなくなるかのように、私は一人、至極の一品をしげしげと眺め、悦に入っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ