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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第二章
20/47

第八話 嫌な予感と結末

「どうせなら、女連れで来て見て回りたかったが、まあ、俺だけだといずれにしても相手にはしてもらえねえか」


 私と連れ歩きながら、静かながらも賑わう、様々な物資を売買する建物の中をぶらぶらと歩く。


 近接する村、又は、ジュノーから運び込まれた物資の一部はこうして都市行政機関が管理する場所で売買をされている。ここで買える品々は値が張るものの質は確かだ。都市の市民は、定期的に支給

される配給札で交換をすることが多い。

 スラムに出ると、更に雑多に多く物のが売られる。都市の中ではガラクタ、ゴミと言えるものさえも売買が成立する。村々を行き来するような旅商人は大抵スラムで露店を開き、怪しい物を売りに出

している。都市の暗部と言えるスラムでの商売は、無論、危険性は高い。

 しかし、人種的な差別がはびこる都市での売買は、様々な人種で成り立つ旅商人としては受け入れがたく、都市も又、彼らを受け入れるようなことはしない。

 ストラーノには目新しいのだろうが、私は、都市に居たころから都市を抜けて、スラムを潜り、野外で活動をしていたため、この、ばかに小奇麗で秩序を維持管理された場所での売買に味気なさを感

じている。

 多少、混沌で雑多な雰囲気だとしても、活気にあふれ、人が生きている様な、スラムや村の(イチ)のほうが好ましく思えてならない。


「で、なにか買いたいものはありましたか」


「いいや。特にねえなあ。まあ、売りたがっていない雰囲気も感じるしなあ」


 あからさまに、嫌悪する目線をこちらに向けている受付達を目にして、アトスも又、願い下げの意を表している。

 前世代に行われた政策の結果がもたらした幾つかの忌まわしい出来事が、いまだに尾を引いているのは事実だ。

 歴史文献によると、彼ら、アトスのような人種の祖先は、特にその時代に移民として受け入れられたものの、先住していた者達との折り合いがつかなかったりしていたらしい。

 また、彼らのような移民が増え人口の増加に寄与したものの、それが災いして、魔獣の標的になる都市や街も多くなったと語られている。

 一部の国々では、移民の受け入れをせずに、人口が縮減して緩やかな衰退をしていったらしい。これらの記録は、前世代から受け継がれて行く途中で所在が分からなくなったことも多いため、事実は

どうなのかは判らない。

 いずれにしても、今、過去に記録されている、世界にある様々な国と、我が国、我が都市群は交信がまともに出来ていないため、どのような変革がもたらされているか私達の多くは知りえていない。


(だが、旅に出られる手段が出来たとも言える)


 私は、都市の外に隠した愛車のズィ・ナビと、ギョットが生み出すクリアジェムを手に入れた。それは、今までよりも活動できる範囲が広がったと言える。

 都市からジュノーに戻った暁には、少しの間、旅にでも出ようかと思う。交信が断ち切れ、どのような状態になっているのか判らない世界をこの目で見て見たい。本分であった学者としての欲求が心

の中で鎌首をもたげ始めているのは確かだ。


「なあ、いい加減、宿舎に戻ろう。ああ、ついでに昼飯ぐらいは買っておいてくれ。あの宿の飯は飽きた。金は宿に戻ってから払うよ」


 アトスの要求に軽く頷き、職員や市民用のランチとして売り出されている軽食を適当に買い込む。今後も色々と迷惑を掛けるであろう彼のささやかな我儘を聞くのはやぶさかでない。




「明日の朝には、出立するか」


 宿に戻り、部屋に向かう廊下を歩きながらアトスが呟く。


「まあ、そうなります。名残惜しいですか」


「いや、さっさとおさらばしたいなあ。思っていたよりも居心地が悪すぎだ」


 ウンザリした表情で、率直な意見を語るアトスを見て、私も苦笑いをしながら肯定するように軽く頷く。護送依頼も無事終わり、先日、証明書も都市本部組合から預かった。ここに、用はない。早く、あらゆるものを受け入れてくれる、辺境のジュノー復興村へと戻りたい。


「やあ、ようやく戻ってきたね。鍵は受付の人に開けて貰ったから。突然すまないね。明日には、ジュノーに戻ってしまうだろうと思うと、いてもたってもいられなくなってしまってね」


 締めたはずの部屋の鍵が開いていたため、アトスと共に慎重にドアを開け、臨戦態勢のまま部屋の中に望むと、ギョットをなで抱え、満面の笑みを浮かべつつ、息が若干荒いストラーノ所長が待機していた。


『う、うう。アラムさん、助けてえ』


「……所長、ギョットに何をしたのですか」


「嫌だなあ、変なことはしていないよ。色々と聞いていただけだよ。本当だよ。誓って、手を出してはいないよ」


 そう言いながら、力を緩めた隙にするりとギョットは所長の腕の中から抜け出し、アトスのターバンが巻かれた頭の上に向かう。アトスもいい加減慣れてきたのか、渋々ながらもギョットを受け入れ

ている。


「まったく、本当に面白い! ギョットくんは、以前の記憶も多分に残しているようだね。彼の話を信じれば、この世界ではない別の世界、僕達が想像の世界としか認知できなかった幻想的な世界があ

ることになる。過去の文学者達は、果たして想像や夢想でそれらの世界を作り上げたのか、それとも、なにかのきっかけでギョットくんがいたような世界を垣間見たのか? 大変興味あることだよ! さらに言えば、地球では発展しなかった錬金術から魔術、魔法と言える御伽噺(オトギバナシ)のような技術体系があることまで匂わせる。では、なぜ、地球においては魔術、魔法の類は発展できなかったのか、それは――」


「所長さんよお、長高説は面白そうだが、落着いて、飯を食いたいんだ。それに、俺にはちっともわからねえ」


 痺れを切らしたアトスが所長の仮説を無理矢理止める。おっと、それは失礼と言い、構わず食べてと場所を譲り、ベッドの縁に掛け直している。


「すいません、所長。できれば、一言言っておいていただければ、私達は幾らでも時間を割いて、研究所の方へ向かうことも出来ます」


「嫌だなあ、アラムくん。それでは駄目だよ。どこから、どんな難癖がつくかも判らない。僕が、こちらに向かうなんてことを伝えても、まともに伝わらない可能性もあるしね。だから、あえて、なに

も予定を伝えずに、都合も聞かずに、ここに来たのだよ。ギョットくんに会いたいがためにね!」


 所長は、美しい花が咲くような満面の笑みを浮かべ、立ち上がるとアトスの頭に控えるギョットに手を伸ばすが、ギョットは手が届く前に肩から膝を伝わり、私の膝の上に鎮座する。珍しいことに、

所長が、少し、しょんぼりとした顔を見せている。


「年齢不詳だが、誰もが振り向くような容姿を持つアンタでも嫌われる存在が居たって事さ」


 ニヤニヤとした人の悪い笑みを浮かべたアトスが、所長に向けて軽口を叩く。悪気はなさそうだが、所長は少しがっかりとしている。


「と、ところで、所長、先日のワームドックに対する巡回の件はどうなりましたか?」


 話題を変えるために、私はあまり触れたくはないが、懸案していた事項について、敢て聞いてみる。


「ああ、その件については、増やす方向でまとまったみたいだね。流石に、あの後にも、幾つかの部落や村が壊滅状態って話が舞い込んだのであれば、都市の連中も重い腰を上げざるを得ないだろうね。ぼやぼやすると、自分達の住む場所にまで火が点きかねないからね」


 結局は己の保身のためだけどね。所長は興味が無いようにそう告げると、我々が昼飯代わりにつまんでいた、サンドイッチを一つつまみ、口に運ぶ。


「うん。相変わらず味が悪い。まあ、まともなレシピさえも受け継がれていないから仕方がないね」


「そうか? 十分、美味いと思うがなあ」


 所長の辛辣な味の評価に、アトスは首を傾げる。所長は色々な面で評価に厳しい。時として、行政機関の上層部や、軍部にも煙たがられる。その割には、邪険に扱われることもないため、結構な実力

者であることも伺える。


「うーん、しかし、残念だなあ、明日にはもう、ギョットくんがいなくなってしまう。アラムくんは、ジュノーの方に居を構えているのだろう。いっそのこと……」


「無理です。所長が都市から出ることなんて、上の連中がそうは簡単に許してはくれないでしょう。申し訳ありませんが、ジュノーまで来ていただければお迎えに上がります」


「むむむ、アラムくんが絶対にいるとは限らないだろう? きみは出歩く癖が高いからなあ」


 全く、その通りだとアトスが膝を叩いて笑っている。所長の言質に少しドキリとしたが、表情を変えない程度に軽く微笑んで流しておく。


「まあ、そちらに向かう時には、通信を使わせて貰って組合支部に伝言を頼むからね」


「……随分と贅沢な使い方をされますね」


「それだけ、ギョットくんの事は重大だと言うことだね。ああ、そうだ、ついでに、アラムくんに聞きたいことがある」


 研究所に戻ろうと立ち上がった所長が、立ち止まり、改めて私に尋ねてくる。所長が判らないことについて、私が答えを知っている可能性は低いと思われるのだが。


「ワームドッグに襲われた被害者の検体が幾つか研究所に運び込まれたのだけどね、奴ら、雄、男を襲っている様なんだ」


「食い物として襲ったんだろう。魔獣の端くれなんだから、嫌でも人を襲うわなあ」


 所長の言質を聞いて、アトスが新猟師らしい答えを導くも、所長は首を傾げ、アトスの言葉を若干否定する。


「ううん、まあ、大抵はそう考えるだろうね。僕も、そう思った。だけど、どの検体も腹だけを食い破られている。柔らかい内臓だけを食べたと言えばそれまでかも知れない。ネコ科の肉食獣とかに見

られるような行為だからね。しかし、もし、僕の見解が合っているとすると……」


「性別的な雄も襲って、苗床にしていると言うのですか? 私が研究をした時は、ワームドックの精子というか受精体は女性の卵子としか反応をしなかったはずです」


「そうだったよねえ。あれに、そんな能力はなかったはずなんだけど、おかしいなあ。まあ、思い違いかも知れないけど、もう少し調べてみるよ。じゃあ、またね。いずれ、ギョットくんに会いに行く

から、アラムくんもギョットくんと更なる親交を深めておいてね」


 若干というか、かなり心残りなのか、やや部屋を出ることが恨めしそうに手を振りつつも所長は研究所へと戻っていった。そして、釣り針のようにかえしの付いた棘が私の心の端っこに引っ掛かる。


(雄を苗床にした? もし、事実だとしたら、もしかすると私達が見た死体の幾つかも苗床になっていた可能性があるということか? だとすると、数の把握を誤っていることになるのか?)


 だとしても、都市軍の部隊が巡回に動いている。近いうちに、大規模な群れが見つかれば、否応なしに駆逐されるはずだ。猟師でも容易く狩れる存在だ。我々が持つ銃器や武器よりも、はるかに性能

の良い物を持ち、訓練された兵士が相手では、ワームドッグではひとたまりもないであろう。

 余計な心配をする必要は無い。しかし、刺さった棘はいつまでも私の中でくすぶり、都市の最後の夜はなかなか寝付けることが出来なかった。




 曇天の中、茂みに隠された我が愛車を救い出す。擬態用に被せたシートと草を払いのけ、掃除をしてやる。幾日かぶりに、エンジンを掛ける。燃料として最良のクリアジェムを与えた。放っておいた

機嫌を直してくれているはずだ。

 始動をさせると、静かながらに力強い鼓動を感じる。本当に前世代の科学技術は素晴らしい。過去の遺物といえども、いまだに衰えることも、錆び着くこともないままに利用が出来るのだから。


「さあ、また何日かかかるが、懐かしのジュノーに帰ろうや」


「全く、そう、長い期間離れた訳でもないのに」


 アトスの言葉に対して呆れる様子を見せてはいるが、私も同感だ。居心地の悪い都市よりも、辺境の田舎の方が恋しくてしょうがない。そして、待ち焦がれる様に愛車のアクセルを踏もうとしたその時、都市から、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。


「おいおい、何が起こったんだ! アラム!」


「緊急避難警報です! 何かが、都市を襲う際に流れると聞いたことがあります! 私も初めて聞きました!」


 私は、その時、何故、そうしたのかは判らないが、ジュノーに向かうハンドルを、騒々しく不安を掻き立てるサイレンの音を鳴り響かせる前線都市へと切り直し、アクセルを踏みこみ急速度で都市の門へと向かう。


 都市のスラムは騒然としている。突然の事に、当然ながら統制が取れていない。誰もが、門へと向かっているが、門の付近では銃声が鳴り響き、悲鳴や怒声が当り構わず聞こえてくる。

 人にぶつからないようにクラクションを鳴らし、道を譲って貰う。誰もが軍の関係と勘違いをしてか怯える様に道を開けていく。避難行動の邪魔をしたかも知れないが、今は、ただ、状況を知りたく気が焦るばかりだ。

 勘違いをした門の守衛は、焦った表情で、門に向かう車に群がろうとするスラムの住人に銃を向け、追い払ってくれる。勘違いを訂正することもせず、構わず門の中にそのまま乗り込む。そして、何故か、門を抜けた先に、息を切らしたストラーノ所長がいるのを見つけ、車を急停車させ、中から飛び出す。


「き、貴様、軍兵士ではなかったのか!?」


 私の存在に気付き、掴みかかろうとした守衛の腕を、ストラーノ所長が掴むと何故か守衛は派手に転んだ。


「つまらないことは後にしたまえ。いやあ、アラムくん珍しい物を持っているじゃないか。全く、内緒にしておくのは駄目だよ。これは、前世代の遺物だね。どこで見つけたの。ジュノーだと国際空港

あたりかな。ふうん、あのあたりには手つかずの遺物がまだ残っている可能性があると言うことか」


「所長は、この車体の事をご存じなのですか?」


「つまらないことは後だっと言ったよ、アラムくん。僕が知っていることはまだまだあるけど、全てを教えることはないからね」


 所長は、ニヤリと笑った後、顔を真剣なものに返る。


「先ほどね、軍の巡回の一部が這う這うの体で帰って来た。ワームドッグの群れ、大襲来だそうだよ。巡回の軍は、銃火器で対応するも波のように押し寄せる、様々な死なない魔獣と人の群れに飲まれて壊滅したそうだよ。帰れた連中の一部も狂って殺されたなんて話が出ている。兵士は男しかいないはずなのに、腹が割れて亜種が飛び出したらしいから――」


 結局、所長が危ぶんだ見解と、私が見誤った想定の忌まわしい棘は、最悪の結論に至り、ようやく抜け落ちたが、現実的な猛毒を残していった。


「おい、何をしている! まだ、人が沢山のこっているじゃねえか!」


 アトスが、外の様子をみて怒声を上げるも誰も聞くことはない。彼は運がいい。スラムの住人ではないが、白人種でない者としても緊急事態に都市の中に逃げ込めたのだ。前線都市ワシントンの防壁は、都市の住人を守るためにある。外の人間――スラムの住人を守るためにあるのではない。幾人かのスラムに住む白人種はお情けで逃げ込めたようだが、他は見捨てられたようだ。

 馬鹿なことだ。これでは、ワームドッグの意のままだ。苗床となる、無防備な人間を残したようなものだ。


 だが、門は無情な音を立て、発せられる幾つもの悲鳴も、限りない怒声も、全ての意見を遮断するかのように閉ざされる。数多の人々を残したままに。

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