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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第二章
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第五話 到着、そして、引渡し

「ああ、見えてきました。あれが前線都市ワシントンの城塞壁です」


「なんだあ、ありゃあ?! 何て高い防壁だ!」


 遠目から見え始めた、都市が誇る城塞壁を初めて見るアトスが驚きと呆れを含ませた声を上げる。ジュノー復興村にも、魔獣の侵入を防ぐための防壁はあるが、木造の櫓と大きめの柵やありあわせの廃材を組み合わせた程度だ。


「都市の上層部が、カナダ大森林で将来起こるであろう魔獣の第二次大繁殖を想定して造らせた、前線都市が誇る城塞壁です。まあ、本当に役に立つかどうかは分かりません」


 嫌味を込めてアトスに説明をする。魔獣の侵入を防ぐだけではなく、自分達に都合の悪い人間さえも遮る、あの防壁が役に立つときは、外で暮らす者達が死ぬときなのだ。

 中に居る人間は安全かも知れないが、そうでない者達の労力と、他所から集められた資源をふんだんに使い、造られた、一部の者にとって安全である防壁が、私はイマイチ好きにはなれない。防壁の全貌が見え始めた辺り、伸びに伸びた草が生える以外はなにもない場所で愛車を止める。


「アトス、ズィ・ナビはここに停めます。あまり、都市の人間に見られたくはありません。もしかすると接収されてしまう可能性もあります」


「そいつもそうだな。ここは、もう、ジュノーの管轄外だからなあ。じゃあ、スソーラも降ろして、残りは徒歩でいくのか」


「そうなります」


 嫌がりもせずに、助手席から降り、頭にのっているギョットを篭の中に移動させる。ギョットも文句を言わずに、ノソノソと篭へと移動をする。


「……スソーラ、降りて下さい。残りは徒歩です」


「……」


 スソーラは険のある視線を向けただけで、何も語ることなく、腰を上げ、ゆっくりと降りてくる。身体も拭いておらず、髪もぼさぼさのままだ。


「いい女がだいなしだなあ、スソーラ。身だしなみを整えることぐらいできたろうに」


「うるさいよ、アトス。罪人がそんなことをする必要はないのさ」


 アトスの呆れたような問いかけに低い声で答え、一睨みをして、唾を吐き捨てる。アトスは肩をすくめるだけだ。


「どちらでもいいさ。俺達はお前を引き渡せば依頼終了だからなあ。あとは、少々都市の見物をさせてもらうだけだ」


 ほら行くぞ、とスソーラの腰についた縄を引き、アトスが先に歩き始める。


「アトス! 私は車をシートで隠しておきます。すぐに追い付きますから先に向かってください」


 私がそう発すると、アトスが振り返り、判ったと答え手を振る。車からシートを取り出し、覆ってから周辺の草を適当に被せれば、それなりの隠蔽にはなるであろう。

 手早く、愛車を隠した後、先に向かったアトスの後を追うために多少、足早になる。――忌まわしい過去を持つ、前線都市ワシントンはもう、目の前だ。




「相変わらずの様相ですね」


 私は、都市の高く分厚い防壁を囲むように出来ているスラム街を歩きながら、そう呟く。


 宿場町でみたようなバラックや掘っ立て小屋が連なり、暗い目をした人達、多分、日雇いの労力からあぶれた者達が、昼日中からなにもせずにぼんやりとしている。


「随分とお前さんらしからぬ、しかめっ面をするじゃあないか、アラム」


 周囲の様相を見て注意を払いながらスソーラを引くアトスが苦笑いを浮かべているが、こればかりはどうしようもない。防壁の内と外の違いを彼は知らない。

 古き時代から連綿と語り継がれる消費国家アメリカの貧富の格差は、国が衰退してもなお、縮まることはなかった。より、一層ひどくなったと言っても良い。

 富める者は、その財を手放すことなく贅沢をし、貧しい者を差別し、搾取をする。そして、それは政治的な権限を強く持ち続けた、白人種が多くを牛耳ることになる。

 大多数の貧者はより貧しく、少数の金持ちがより肥える。肌の色や生まれ育ちで人の生が決められてしまう。

 この、防壁の周りにバラックや掘っ立て小屋を建て、都市の下支えをする労力として、辛い日々をなんとか過ごす人々が寄り集まるスラムを周囲に抱えたまま、何も対策を考えることがない前線都市ワシントンはその代表と言える。


「それにしても、間近で見れば見る程でかい防壁だ。中はさぞかし立派なもんなんだろうなあ」


「それほど良いものではないですよ。それと、アトス、中では余りはしゃいで目立たないようにして下さい。今回は依頼完了報告のために何日か滞在をしますが、白人種ではない貴方にとって、居心地の良い場所ではありませんから」


 私は少し興奮気味に語るアトスに予め釘を差しておく。確かに、中の建物はジュノー復興村や、宿場町のバラックに比べれば格段に前世代的と言えるだろう。

 しかし、彼が思う以上に排他的である。期待に水を差すようで悪いが、ぬか喜びをさせるよりかはマシだろう。


「門が見えてきました。依頼証の準備をしておきます」


 アトスの前に出て、鞄にしまってある護衛依頼証を取りだしておく。スソーラは防壁に常駐する、都市が抱える軍事力『都市兵』へと引き渡す手はずとなっている。


「止まれ、これより先は入場許可証がなければ入れない」


「ジュノー復興村より、罪人を護衛してきました、新猟師のアラム・スカトリスと、アトス・リフヤです。こちらが、ジュノー復興村新猟師組合から発行された依頼証と、入場許可証に滞在許可証です」


 銃を構え制止の声を放つ、仏頂面の都市兵の指示通りに静止して、許可証を目の前に広げる。銃を構えたまま、向こうから歩み寄り令状の確認を始める。


「よし、問題はないようだ。入場を許可する。罪人はこちらで預かる。――女、ついて来い」


 アトスが持っていた縄を預かり、引きずるようにスソーラを連れて行く。去り際に見た、彼女は一瞬、不安そうな目の色を見せたが、私の顔を見るなり、不機嫌そうで反抗的な目つきに変わった。


「最後まで、強がっていやがったな、あの女は。あれがなければ、好い女なんだがなあ」


 ようやく肩の荷が下りてホッとしても良さそうなアトスなのだが、どこか、寂しそうな顔色を浮かべている。きっと、彼女の行く末を心配しているのだろう。


「罪人労働者は過酷に扱われますが、刑期を全うすればきちんと釈放されます」


「全うできればなあ。結構、死ぬ奴も多いって話だろう。女の身だと、それ以外のこともあるしなあ。期待はできねえなあ」


 私が良かれと思って掛けた言葉は、逆の意味に取られてしまったようだ。残念だが、アトスの言うことの方が正しい。スソーラには過酷な生活が待ち受けているとしか言いようがない。


「前にも言ったが、お前さんのせいじゃあねえよ。気にしないことだ」


 元気づけようとした私が、逆にアトスから元気づけようとする言葉を掛けられてしまった。中々、人の心と言うものは伝わらないものだ。




「引渡しの手続き完了まで滞在する期間は七日程です。手続きが終わりしだい、滞在先となる新猟師組合の宿舎へと通達が行われます。通達後は速やかに、引渡し完了証明を受け取り帰還をして下さい。受け取らずに滞在を引き延ばそうとする行為は、違法となり取り締まりの対象となります」


 都市組合本部へ、護送依頼の完了を報告を終え、目を合わせようともしない、中年の受付女性から早口でそう告げられる。取り急ぎ、頼まれた仕事を終えると肩の荷が降りたようで気が楽になる。


「ところで、貴方、アラム・スカトリスさんで間違いありませんね」


「ハア、そうですが」


 受付を終えて、間も開かずに、受付の中年女性は顔を上げて、私の氏名を確認する。何事かと思うが、宿場先で行った行為が問題視されているのか。


「――元上司である、生物研究所所長ストラーノ氏がお会いしたいと伝える様に申し受けてあります。滞在期間中には必ず、生物研究所へと立ち寄って下さい。こちらが、面会許可証です」


 そう告げ終えた後に、一通の書状を渡される。女性はこちらを睨むように見ている気がしたものの、今は、書状を受け取ることが先決だ。


「やっぱり、現役で所長をしてらしたのか……」


「おい、アラム、どうかしたのか。早く、宿舎へ向かおうや」


 どことなく、居心地が悪そうなアトスがせっついてくる。白人種でない彼は周囲からの視線が煩わしいのだろう。受け取った書状を上着のポケットへと忍ばせ、足早に受付を後にした。




「ハア、お前さんの言った通り居心地が悪いなここは」


「あまり、大きい声では言わないようにして下さい、アトス。どんな因縁を吹っ掛けられるか判りません。手は一切出さないようにして下さい」


 私の言葉を聞き、アトスは不機嫌そうに肩をすくめる。白人種同市のいざこざならまだしも、有色人種と白人種のいざこざであれば平等な取り扱いは、まず、行われない。それが、現状の米国、いや、米国都市部の習わしだ。悪習と言って良い。

 逃げ込むように宿舎へと戻り、あてがわれた部屋へと転がり込む。ギョットを入れた篭の蓋を開けてやる。


「毎度、窮屈な思いをさせて申し訳ありません、ギョット」


『大丈夫だよ、アラムさん』


 ギョットは人が凝り固まった身体をほぐすかの様に、粘体質の身体を伸ばしてから、篭から出てベッドの上に鎮座する。アトスは、荷物を降ろし対面のベッドに腰かけている。


「二人部屋で、ベッドは各自一つずつ。随分と立派なもんだ」


「部屋からあまり、出るなと言いたいのですよ」


 新猟師は、様々な人種が生業としている。都市本部辺りはどうだか知らないが、周辺ではそれが当たり前で、差別をするようなことはまず、ない。ジュノーに来て驚いた点でもあるが、そのような考え方が当たり前なのだ。都市内部が異常だと言って良い。


「防壁の中の街並みはすこぶる綺麗だなあ。きっちりと区画されて、芝が整えられている。道もキッチリと舗装されていた。ただ、どこもかしこも白人種ばかり。他の人種は本当にまばらだ。――本当に住みにくそうな場所だ」


 窓越しに改めて外を見てアトスは零す。だが、真実として彼の言う通りだ。


「なあ、ところで、さっきの書状はなんて書いてあったんだ」


「ざっと目を通しましたが、簡単に言えば、一度、顔を出せと言った所ですね。古巣に挨拶に来いと言いたいのでしょう」


 苦笑いをしながら、書状をヒラヒラとさせる。どこで、どう知ったのか。それとも、ワームドッグ関連の連絡が耳に届いたのか。所長は私が都市に戻って来る事を知り、会いたがっているようだ。


「で、行くのか」


「さて、どうしたものでしょうか」


「嫌なのか」


「いえ、そうではありません。あのような事件がきっかけで都市を後にした身としては、会いづらいものですが――所長には恩もありますし、久しぶりにお話を聞きたいというが本音です」


「じゃあ、行くんだな」


「ええ、皆で一緒に行きましょう。ずっと部屋に閉じこもっていても、ふさぎ込むだけですからね」


 私がそう告げると、アトスは私の顔を見て、ギョトに目線を向け、首を傾げてから、少し間を置いてから


「うん? 所長は白人種じゃあないのか」


「いえ、生粋の白人です。それこそ、透き通るような白い肌をしています。心配はいりませんよ。所長は、人種差別をするような人ではありません。都市でも稀有な存在です。それに、ギョットの事で話を聞いてもらいたい人です」


「おいおい、ギョットも大丈夫なのか? な、なんだ、奇人変人の類なのか」


「違いますよ。すこぶる好奇心が旺盛な方ではあります。まあ、その類ではないとは言い切れませんが……」


 そう所長は視野が広く、懸命な判断が出来る人だ。ギョットについての意見を聞いてみたいと思っていたは確かなことだ。この、謎の知的生命体を見れば、彼はきっと大喜びすることだろう。


「ところで、アトス」


「ん、なんだ」


「ギョットのことが大丈夫な人は、奇人変人の類になるということでしょうか」


「……」


 私の問いかけに、アトスは視線を逸らすように下を向く。彼が、私をどのように見ているのか良く分かった。まあ、仕方がない。私は、十分、そのような類に当てはまるだけの行動をしている。

 話題を逸らそうとして、アトスはギョットに話しかけ始めている。手で持ち、膝の上に乗せようとしているが、ギョットは肩ににじり寄り頭へと向かおうとしている。私の場合は膝の上、アトスの場合は頭の上が定位置で決まったようだ。

 窓の外の街並みは、あの頃とあまり変わっていない。窓を開け、都市の中心部へと目をやる。都市に入る前に、守衛の都市兵は、特にアトスに向けて注意をしていた。


『都市の中心部は行政区画だ。近付くな。怪しい行動を取れば、即、射殺する。わかったな』


 アトスを見下すような目で睨み、手短に告げていた。そして、追い立てるかの様に中へと追いやった。本音を言えば、入れたくはなかったのだろう。

 都市の中心部には、前世代から受け継がれる建物がある。様々な設備は維持できずに利用ができないまま放置されているが、それでも、一際大きく、そびえ立つ建物は遠くからでも目立つ。


 しかし、私の目的とする建物は、行政区画から離れた場所にある。

 

 『都市生物研究所』

 

 魔獣の生態調査や生態実験を生業とする者達が集う場所で、第一人者と言われる男、研究者とは思えない美貌を持つ上流階級博士職、最古の天才、都市貴族、様々な通称、肩書を持つ、私の元上司、ストラーノ・アエテルヌスが所長として勤める場所だ。

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