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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第二章
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第四話 ワームドッグ

「アラム・スカトリスさんですね。お聞きしたいことがあります」


 橋を超えた先にある、宿場町の本部管轄分団へ立ち寄った先に居た組合担当者の男はこちらが名乗りを上げる前にそう告げると、私に同行を促す。

 私が先日各所へと緊急通信連絡を行うように指示をした件は、私達が出立したあと、ようやく実行がなされたようだ。

 そこに、私の風体でも記載されていたのだろう。彼が聞きたいことは一体何か。ワームドックの詳細か、それとも、私が先の宿場村でやらかしたことについてなのか。


 だが、私の予想は担当者が案内した先にあったものを見た瞬間、全て外れていたと理解が出来た。そもそも、組合施設に入った際、中の様子がなにやら慌ただしく感じたことからして、おかしかったのだ。


「これは、ワームドックという新生種で間違いないでしょうか?」


 毛と目のない先のとがった尾をもつ粘液にまみれた醜い子犬。ワームドックに間違いはないが、これは幼生体になる。


「間違いないです。しかし、都市本部管轄の貴方達が知らないのですか?」


 担当者は首を横に振り、知らないと短く答える。私が捕獲し、研究対象としてから、もう十年は経っている。あれ以降、この犬によって何らかの被害が出ていてもおかしくはないはずだ。

 他の魔獣からもたらされる被害より、特殊な事例になるはずで、話が広がらないわけがないと思う。

 ――あの後、緘口令でも布かれたのかも知れない。上からの圧力に所長も飲まざるを得なかったのだろうか。


「これは、被害を受けた集落から逃げてきた夫婦の夫人から這い出たものです。夫人は、貴方がもたらした報告と同じような状態でした」


 遺伝子を引き継いだワームドックの幼生体が生まれたのか。襲われた場所から離れた場所で出生をして直ぐに始末されたので成獣は現れなかったようだが、


「集落が、襲われたというのですか? 被害の状況は……」


「現在、大規模駆除を行うために、宿場町在住の猟師や、近郊の猟師に緊急集合を要請中です。が、なにしろ、この魔獣について詳しい者がいないのが現状でして……」


 担当者は多くは語らないが、多分、襲われた集落は絶望的な状態といって良い。これ以上の被害が出ない様にするためにも、大規模な駆除作戦を試みたい所だが、相手の様そうが分からないままでは、更なる被害につながる恐れもある。

 しかし、突如としてもたらされた未知なる相手の情報。そして、その情報をもたらした者が都市に向かっている最中であると知り、急遽、作戦実行を決断したのだろう。


 彼らは、私を当てにしているのだ。


「……アラム、お前さん、どうするのだ」


「……参加をします。被害を食い止めなけらばいけません」


 担当者は、内心ホッとしたのか、こちらの様子に気付くことなく、安堵した様子でよろしくお願いしますと頼み、その場からいなくなる。

 多分、私の顔色は悪い。アトスが向ける心配そうな視線を見れば想定が付く。だが、やらなければいけない。恐れているだけではなにも解決にはつながらない。

 

 例え、又、あの時の記憶が蘇ろうともだ。

 

 

 

 早朝の広場に緊急招集で呼び出された周辺の新猟師達が集う。ジュノーよりも小さい宿場村で集まる人数はたかが知れている。ざっと見渡してみても20名いればよい方だ。

 各自が手にする武器は、銃やボウガン等様々だ。アトスが使う吹矢はやはり珍しい。但し、今は、先日から手にしているボウガンを持っている。集団を相手にするには吹矢は流石に勝手が悪いとぼやいていた。


「なあ、襲われた部落は一体どうなっていると思う」


「……経過した時間を考えれば、もう、生き残りはいないと考えていいでしょう。もし、人影があったとしても、女性ならば特に生き残っている可能性はないと言えます」


 一同を代表して問いかけてきたアトスの言葉に、そう答える。ざわめきが聞こえる。信じたくはない気持ちは判るが事実と言わざるを得ない。


「いいですか。女性が生き残っていたとしても、それは、もう、死んでいると同じです。決して、躊躇わないで下さい」


 自分のやった過去が、脳裏に、反芻するように蘇って来る。私の顔はきっと真っ青なのだろう。アトスは心配そうに私を見て、他の者達は、頼りなさげに眺めている。


 全員の用意が整ったことを確認し、組合担当者の案内の元に襲われた部落へと向かい始める。


 正直なことを言えば、ワームドックが今回のように集落を丸ごと襲った言う事例を聞いたことはない。

 発情している最中は凶暴化することは、研究の結果として直ぐに判ったことだが、個体として弱いワームドッグが群れとなるほどの数にまで膨れ上がるとは考え難い。


 だとすると、今回の事例は、始まりに過ぎないのかも知れない。




「ああ、燃えていやがるなあ。誰かが火をかけたのか」


 部落に近づくにつれ、黒煙と、消えかけながらも赤く燃える火が私達を出迎えた。逃げ惑う際に起きた事故なのか、誰かが故意に火を付けたのかは判らないが、担当者は絶望的な顔をしている。


「道中で説明したように、犬は地中に潜る性質もあるため目が余り効きません。変わりに鋭い嗅覚を持ち合わせます。私達の存在は、もう知れている可能性もあります。油断をしないで下さい」


 私が説明した、犬の習性について再度確認をした後に、静かに合図を送り、行動を始める。藪の中に身を潜める様に移動をし、速やかに犬を始末する。単独行動は行わない。全員の顔つきが緊張で強張っているが、皆、一端の新猟師だ。相手の規模次第だが、間違いを犯さなければ失敗する事はないと思う。

 私はアトスと共に行動をしている。ギョットは流石に、人目に付かせるわけにはいかないため、簡易宿舎の篭の中だ。

 私に手で合図をアトスが送る。何かが居たようだ。膝立ちにボウガンを構え、放つ。仕留めたと目で合図が送られる。


「様相は違うが、ピッグクリケットか。違う獲物か……」


「いや、同じですよ。こいつはワームドックの亜種です」


 アトスが仕留めた物は、ピッグクリケットの姿をしているが、外殻を持ち合わせていない。ピッグクリケットのメスを孕ませ生まれたワームドッグの亜種と言える。


「……おいおい、本当かよ。ああ、確かにお前さんは『女性』とかで区切ることは言っていなかったな。『雌』ならどんな生き物でも孕ませることが可能だって」


「ええ、しかし、これは思っていたより深刻な問題の様です。もしかすると大層な数の亜種が付き従っている可能性があります」


 過去に研究した過程で知れていたことだが、産みだされる幼生体は大概、その生態の姿に似る。但し、魔獣については外殻が無い状態で生まれる。そして、それらは、正常な個体ではなく、親、ワームドッグから直ぐに見捨てられる。

 だが、今回、研究の過程では得られなかった事実として、亜種が親に付き従っていることが分かった。親は見捨てても、子は従わざるを得ない様になっているのか。

 あちらこちらから、声が聞こえ始めてきた。各組が接敵し始めたのだろう。そして、予想以上に様々な魔獣が居たことに驚きを隠せないでいるのだろう。


「もう少し、各組同士で連携出来る様にした方が良いですね」


「ああ、外殻が無い分、仕留めるのは簡単だが、数が多すぎると万が一にも危ねえなあ。組合担当者のもとに向かうとしよう」


 私とアトスは藪の中に姿をくらましつつ、組合担当者が行動を共にする組の元へ向かう。その間にも、何体かの亜種を仕留める。


「アラムさん、話が違う。予想よりも数が多すぎます」


「すいません。私の知っている知識の想定外の事例です。産みだされた亜種が親に付き従っています。部落の付近で再度、各組を集合させましょう」


 組合担当者は不満げな態度を見せつつも、私の指示に従い、各組に判るような合図の笛の音を鳴らす。彼が、従うのは現状、実質的な被害が出たと言う合図がないからと言える。


 そうして、再度集められた新猟師達もまた、話が違うと苛立ちを隠せずにいる。だが、若い連中は、仕留められているのだから問題は無い、早く親を仕留めようと血気盛んになっている。

 楽に仕留められる獲物を相手にし続け、気持ちが昂っているようだ。今にも、集落に突撃を始めそうな勢いだ。


「気配を感じる限りは、中にも相当数の駆除対象がいるようだ」


「構いやしない。皮だけの相手なら、仕留めるのは簡単だ。どんどん殺っちまおう」


「おい、慌てるな。一斉に集られたら、どうにもならんぞ」


「生き残りがいた場合はどうする。間違って撃っちまったらシャレにならん」


 初めての獲物を相手にした駆除を始め、各自が好き勝手な意見を言い始めている。オロオロとする組合担当者を尻目に、私は断言をする。


「初めに言ったように、女性の生き残りは、まず、いないと考えましょう。目が虚ろで、生気がない、腹が膨らんでいる場合は、間違いがありません。眠っているようでも、衣服に乱れ、襲われた形跡ありの場合も同様です」


「なら、間違って撃ってもアンタが、責任をとるのかよ」


「そんなもの、手前で判断をしろ。アラムに責任を押し付けるな」


 だれの責任という発言に対して、アトスが語気を強める。相手はこちらを睨んでいる。組合担当者はオロオロしているだけだ。


「……後のことは、組合に判断をして貰うしかありません。宜しいですよね」


 決断が出来そうもない状態で、私は、勝手に組合へと責任を一任させた。ハイとも、何とも言えないままに、二人一組程度に分かれていたのを、五人一組に変えて、全員で部落への突入を始める。


 部落の居住地であった小屋のいくつかは焼け落ちていた。人がいる気配はなく、代わりに、様々な魔獣の亜種が姿を現し、こちらに襲い掛かる。


「こいつは狙い撃つよりも、薙ぎ払う方のが手っ取り早いなあ!」


 アトスは、愛用している幅広の山刀を手に、私自身、手斧で向かってくる様々な亜種を撃ち払っている。他の者達も、自分の得物を手にして同様の事をしている。


「しかし、こいつらやたらと襲ってくるなあ」


「所詮は魔獣だから、餌か何かと思っているんじゃないですか。実際に、ほら」


 駆除の終えた小屋の中に残された幾つかの遺骸――腹を食い破られた女と男の死体が物語っている。女に襲われ息絶えた後に食われたのか、男の腹部付近も損傷が著しい。

 私としても、アトスの独りごとに答えた若者の意見に賛同する。雌と違い、子を孕むことのできない、我々、雄はワームドッグとしては餌程度にしか思えていないはずだ。


 我々が担当する最後の小屋の確認を終え、外から出ると、叫び声が上がる。他の組も、大体、駆除を終えたようだ。声は、部落の長が住んでいたであろう住居を受け持った組がいる方向から聞こえる。全員が、顔を向き合わせ、足早に声のする方向へと向かう。


「おい、やめろ、よせ、判らないのか、俺だ!」


 そこには、どう見ても、ワームドッグに犯された幾人の女が、フラフラとしながらも、生気のない目で睨み、口を半開きにしたまま、獣の様にグルグルと威嚇の声を上げている。

 顔見知りでもいたのだろう。必死に、呼び掛ける男――私に責任を問い質した新猟師は、手にした得物をどうすることも出来ないまま、宥めようとしている。


「アラム、あれは……」


 アトスの問いに黙って首を横に振る。女達はもう、元に戻ることはない。ワームドッグの幼生体の苗床にされた、ただの、操り人形状態だ。

 しかし、なまじ人間の姿をしているため、他の者達は踏ん切りがつかないのだろう。今まで、血気盛んだった若い者達も、同じように、手をこまねていている。


 誰も手を出せないでいる。私は、諦め、自分が手に持つ手斧を握りしめ一歩を踏み出そうとした。が、手遅れであった。

 女達の腹が蠢くと、突如として裂け、中から、臓物に食い付いたままの幼生体が姿を現す。男から絶叫が上がる。他の者達は目を背けたり、顔をしかめたりしている。


「ヂヂヂヂヂ」


 そんな中、地面が盛り上がり、突然姿を現した、ワームドッグの成獣が女達の様相を見てへたり込んでしまった男に襲い掛かる。誰もが、獲物を近接武器に変えていたため、少し離れた場所にいたワームドッグを撃つことが出来ない。

 男は、突如の事に気が動転しながらも、山刀で襲い掛かるワームドッグの前足の鉤爪を食い止めるも、押し倒されてしまう。

 他の魔獣に比べ弱いと言えるワームドッグでさえ、体長は二メートルに近い。成獣の重さは我々と同じ程度か重いと言える。鉤爪での攻撃は防いだものの、なす術のない状態の男にワームドッグは汚らしくも丸く大きな口を開き、細長い舌を蠢かし、ヂヂヂと嬉しそうに鳴いている。男が、ヒィと、か細い女のような悲鳴を上げると、触手のような尻尾がぶんぶんと振り回される。

 しかし、直ぐそこにアトスが近付いている。彼の持つ、もう一つの能力、気配消しで、ただ一人近付き、男にだけ目をくれていたワームドッグを横合いから激しく蹴りつける。

 男から強引に引き剥がされたワームドッグは、急に近くへと姿を現したかのようなアトスに向けて敵意を露わにするが、同じ段階で撃つ準備を始めていた私は、隙だらけの犬を一撃で仕留める。にわかに歓声が上がる。


「まだです。終わっていません。幼生体と、死人の駆除を終えていません」


 皆が、ギョッとした視線を送る。私が女達を死人と呼び、駆除すると言う言葉に反感を覚えた男は、襲われていたのも忘れて私に食って掛かる。


「おい、アンタ、少なくとも死んだ者に対して駆除とか言うのは、止めろ!」


「失礼。しかし、死んでいるとはいえ、活動自体は止めてはいません。あの人たちは未だに操られ、動かされ続けます」


 指を指した方向にいる女達――幼生体に食われながらも、四つん這いになり、生まれた子を守るかのような仕草を続けている。その様を見て、若者の一人は小屋の裏に駆け込んでいる。


「お、俺には出来ない! 駄目だ、無理だ!」


 誰もが口々に叫んでいる。アトスも俯いたままだ。私は、腰に付けた鞄から、見えないようにクリアジェムを取り出し、女達に投げつけ、胸ポケットから古びた銀製のオイルライターを取り出し、適当な火種を作り女達へと投げつける。

 一瞬にして、女達と幼生体は燃え上がる。喉から声を出すことが出来ないのか、グワグワと気味の悪い叫び声を上げ、悶えながら、人であった者達は活動を終えていく。そして、あとには消し炭となった人型だけが残されていた。




「駆除は無事に成功したようだ。感謝する。だが、本当に集落をそっくり焼き払う必要はあったのか?」


 翌日、宿場村を出るために報告手続きを終えた私達に、村のまとめ役である老人が、昨日の駆除の結果に対しての礼と、疑問を投げかけた。

 女達へ火をかけた後、私は更に残った部落の小屋も火を付け燃やすように指示をした。万が一、取り損ねがあった場合を苦慮してのことだ。

 地中に潜んでいる、ワームドッグも残っている可能性も捨てきれない。あぶり出そうとも考えたわけだが、こちらは杞憂に終わり、その後に姿を現した成獣はいなかった。

 結果として、二匹のワームドッグが率いた亜種の群れに襲われ、小さい部落の存在が無くなったと言える。

 最後の女達の何れかが、ワームドッグの遺伝子を引き継いだ幼生体を産んだのかも知れない。あの成獣は、だから、姿を現したのかも知れない。

 そばにいた、手頃な餌となる男をそのまま攫い、巣まで帰ろうとしたのだろう。あの時の男は、手傷を負ったものの、軽傷ですみ、女達に火をかけた私を口汚く罵っていた。

 アトスから怒りの罵声を浴びせられ、殴りかかろうともしていたが、寸前の所で、組合担当者や周りの者達が止めに掛かり、暴力沙汰にまではならなかった。


「あの、魔獣の生態は、まだ、判らないことが多いと言えます。それに、無人の小屋を放置して、余計なモノが住み着かれてもこまるでしょう」


 私の言い分に、村長は声を詰まらせ何も言うことはない。再度、形式的な謝礼の言葉を告げ、幾らかの謝礼金を渡すと足早に立ち去って行った。これから、村を出る私達を見送る気にもなれないらしい。


「なあ、アラム。早いとこ出よう。ここは、胸糞が悪い」


 助手席に座り、終始しかめ面のアトスが出立を急がせる。ギョットは未だに篭の中だ。

 私は運転席に乗り、愛車のエンジンを掛け、発進させる。誰もが、こちらを見ているが、その目線は興味ではなく、厄介な者が出ていくのを清々とするかのような、冷たい目線だ。帰りにもう一度寄らなければならないから、今から気が重くなることだ。


 しばらく、愛車を走らせ、村から距離が離れた時、助手席側の窓を開け、アトスが叫ぶ。


「クソが! どいつもこいつも、手前の手を汚さねえで、汚ねえ思いをした人間を冷たい目で見やがる! どうなってんだ!」


 溜めに溜めこみ、怒り心頭になった、アトスの怒声に、お気に入りの頭の上に乗っていたギョットが驚き震えている。気付いたアトスがスマン、スマンと宥めている。ついでに、頭から降りてくれないかと頼んでもいるが嫌がられているようだ。

 あのような出来事さえなければ、微笑ましい光景だ。できれば、この先は何事もなく依頼を終えたい。余計なことに巻き込まれるのは御免だ。

 もう幾日かで、犯罪者として拘束されているスソーラを引き渡すべき場所、私の忌まわしき過去を抱えた、米国内で最大級の都市、前線都市ワシントンに辿りつく。

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