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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第二章
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第三話 過去の出来事

 愛車の助手席に乗り、ぼんやりと外の流れる風景を眺める。誰も手入れをすることが無いため、伸び放題になっている藪のような平野の先には、魔獣共が巣食う森林地帯の一画が見える。その奥は一体どうなっているのか、私には判らない。

 私の状況を察してからか、アトスが運転の代行をしてくれている。旧世紀では、運転に免許が必要だったらしいが、このような車自体がほとんどない現在ではそのような制度は廃れて、免許がなくとも文句を言われることはない。

 そもそも、今、走っている道ならば、運転自体が難しいことではない。人の通らない、直進の道路をひたすらに走り続けるだけで良いのだ。轢いて殺すのは、飛び出してきた、人類の敵と言える魔獣くらいだ。気にすることもない。

 ギョットは黙って私の膝の上に乗っている。青く透明な身体は冷たく、下腹部に残った火照りを伴うような不快感を和らげてくれる。

 

 宿場町での出来事は、組合分団の担当者が速やかに、関係各所へと連絡をしてくれた。私が行ったことも含めてだ。

 本来なら、その場で拘留されてもおかしくはない事態だが、混乱をしていたのか、私の言い分――女は犬に犯された段階で死んでいた、ということを信じて貰えたのかは判らないが、私達は有耶無耶のまま、護送依頼を続けられることになった。多分、担当者が事の重大差を持て余し、判断できなかったのだろう。

 だが、私が去る際、人々から向けられた目は、冷たいものだった。そうは簡単に、事実を飲みこむことが出来ない者達からすれば、当然の事だ。私自身、胸を張れるようなことをしたわけではないと思っている。


「俺の親父や爺様は、魔獣の群れに畑を荒らされた結果、住み慣れた部落を出てジュノーに辿りついた」


 前を見ながら、ハンドルを片手で持ち、道路と並行を保つ様に小刻みに操作をしながら、アトスは突然語りだした。


「親父はジュノーに辿りついてから新猟師になったわけだ。俺は、ガキの時分、ジュノーが好きになれなかったなあ。白人ではねえ、しかも、この国ではあまり好かれていねえ、浅黒い肌をしたアラブ系の顔立ちだ。選べる職業も少なくて、結局、俺も親父と、同じ職についたわけだ」


 聞いてもいないことをアトスは思い出すように語っている。私はただ、黙って聞いている。


「親父は、まあ、普通の人だった。俺と違ってなあ。だから、手にする獲物は銃だったよ。お前さんと同じようになあ。だが、腕前は凡庸だった。結局、魔獣の駆除に失敗して死んじまった。俺が二十歳になる前の話だ。お袋は、その前に病で死んでいたから、それ以来、俺は一人者だ」


 アトスがジュノーで一人暮らしをしている事は知っているが、両親の事を語ったことはない。私から聞いたこともない。今の時分、両親が早くに死んだことなど、珍しいことでもないからだ。スソーラ達のように、孤児として育った者も多い。


「俺が、ガキの時分、お袋が健在だったころに、親父と一緒に近場へ狩りに出た。まあ、魔獣じゃなくて、食料用の獲物を仕留めるために狩りをするわけだったが、運が悪いことに、変な所で野盗に出くわした。腹を空かせて、仕留めた獲物を目当てにしたのかどうかは知らんが、襲ってきやがってなあ。だけど、親父がズドンと一発撃ち放って、殺しちまった。野盗の類は殺されても文句は言えねえ。組合にきっちりと報告をして、手続きをして、報奨金まで貰えるのだからなあ。だから、子供ながらに銃は怖ええもんだと思っものさ」


「それで今でも、銃火器を持てないと言う訳ですか」


 子供の頃に見た心理的外傷《トラウマ》と言った所か、しかし、私の導き出した単純な答えに対して、アトスは苦笑いを浮かべ首を横に振った。


「違うのさ。俺も若いころは、親父の形見の銃を使っていた。吹矢はいざと言う時の手段だったんだ。まあ、くしゃみをしなければ使えない、使い勝手の悪い能力だと自覚はしているからなあ。お前さんに会う前、俺が成人をして、自分では一人前と自覚し始めた時分になあ、俺も又、銃で野盗を撃ち殺したのさ。親父は、その後も銃を使っていたわけだが、どう思っていたかは判らねえなあ。だが、俺は、なんだか、銃が嫌いになった。それだけのことだ」


「……」


 アトスが突然、語った過去の話、その手で人を殺めたことがあるという話。だが、一体、私に何を言いたいのかは良く分からない。


「さて、俺の過去の話はした。お前さんが聞いても大したことはないかも知れんがなあ。それでも、余り、言いたくはないことも話したつもりだ。――アラム、お前さん自身、言いたくはないことだろうが、少し、教えてくれないか。お前さんの過去について。都市に住む白人が、住み慣れた、心地よい都市を去らなければいけないと言うことは、大層なことがあったのだろうけどなあ。もしかすると、少し話せば気が楽になるかもしれんだろう、なあ」


 アトスは一方的にだが、自分の過去を語り、私の過去を話せと言う。本来なら、余計なお世話であり、無視をしてもおかしくはない。適当に苦笑を浮かべて、誤魔化してもいい。

 だが、今の私は、なんとなく、この、どうにも言いようがない、今日の天気に似た、今にも降り出しそうな、心の中に立ち込めた曇天のような心情を吐露するように、アトスに向けて、今迄、誰にも語ったことがなかった、私の過去の出来事を、思い出したくはなかった悪夢を、雨が落ち始める様にポツポツと語りだした。




 都市に住む白人は誰もが裕福であるわけではありません。白人の中にも貧富の差は歴然としてあります。実際、スラムに住む白人だっています。

 ただ、確かに他の方達から比べると優遇はされるでしょう。そして、それを鼻に掛けて傲慢な振る舞いをする者も多いのは確かです。

 私の両親は、ごく、平凡な人たちでした。白人であるということを誇りに持ち、他の人と違うことを恐れている節もありました。

 家計は、他の人達より少し貧しい感じがしました。両親はその事に対して、不満を抱いていましたが、なにかをするわけでもありません。自分達が貧しいのはおかしいと言うだけでした。

 私自身もごく普通に育ちました。都市の学校にも通いました。家の経済状態を考えると無理をしていたのでしょう。ただ、他と違うのは嫌だと言う見栄と、私がいつか稼いでくれるという期待を両親は持っていたのでしょう。

 だから、私が、能力持ちの新人類であると言うことを両親が知った時は愕然としていました。たまたま、見せた三センチの能力。父親は――烈火のごとく怒りました。


「他の人には見せるな」


 最後は、そう言い含められました。母親も同じです。二人共、私を、異物を見るような冷たい目で見ていました。それは、私が都市から出るまで結局、変わりませんでした。


 ごく普通の二人の親にとって、他とは違う能力を持つ私は、白人であっても、同じ人種ではないと定められたのでしょう。


 それ以降、私は余り人と接することもなくなりました。家でも、学校でも、本をよく読んでいたものです。

 それが功を奏してか、たまたま、学校の図書室で手にした本「新生種の研究」に出会い、私は、新生種という、突然現れ、短い期間で進化をする生物--魔獣という、人類の敵に興味を持ったのです。

 そして、私は興味あることを学んだかいもあって、学校を卒業する時には、都市の生物研究所に勤めることになりました。

 両親は私が稼いで貢いでくれることに喜びましたが、私自身は、そこに、私が興味を持つきっかけとなった本を書いた著者本人が、所長を務めていると言うことを知り、喜んだものです。

 自分で言うのもなんですが、研究所では重宝をされていたと思っています。三センチの能力などは、野外調査では色々と役に立ちました。危険を伴うために、机上だけになりがちな新生種の研究を進めるうえで、野外調査をする私は稀な存在になるわけです。

 私自身、好んで野外調査に勤しむ節もありました。誰かと組んで研究を進めるのは、余り好きではなかったと言うのが本音です。人嫌いは結局、そのころから持ち合わせていた性分と言えるでしょう。

 

 毎日のように野外調査で得た成果を持って研究所で研究を進める仕事を繰り返していました。時には、所長に依頼され、研究対象を捕獲することもありました。憧れていた、所長とも親しくなれたので、大変良かったと思っています。その頃には、両親から毛嫌いされた新人類としての能力を持ち合わせていたことに、感謝をしていました。両親とは、お金を仕送りするだけで疎遠にはなっていましたが。

 都市と外への行き来を送る日々の中で、私は、妻と出会います。妻はスラムに住む、白人の女性でした。いつも通る道で、いつもすれ違う、一人の女性でした。

 貧しいながらも屈託なく笑う、綺麗な女性だと思ったことは良く覚えています。研究対象を捕獲した帰路に、立ち止まった際に、挨拶を交わし、徐々に立ち話が増え、徐々に時間が長くなり、徐々に会う機会を増やしていった結果、私は妻に恋をしていることを知りました。

 この厳しい時代に、貧しくも笑い、白人であることを鼻に掛けることもなく、誰へだてなく接する、本当に素敵な女性でした。

 

 私は柄にもなく、めかし込んで、野外活動の際にせっせと集めた美しい野草の花束を持って、彼女の元に行き、求愛の告白をしました。彼女は、恥ずかしそうに、はにかんで私の求愛を受け入れてくれました。――スラムに住む人達もまた、祝福をしてくれました。

 両親は、余り、乗り気ではなかったのですが、少ない年金と私からの仕送りだけで生活を続けているため、激しく反対をするわけにもいかなかったのでしょう。渋々ながらも、認めてもらいました。

 

 妻は、当然ながら、スラムから都市の中に移り、私と共に暮らし始めました。翌年には待望の子供、娘を授かりました。本当に、可愛い娘でした。

 私は、野外調査をする必要上、家を空けることも多くありました。妻には申し訳ない気持ちでしたが、彼女は、文句を言わずに、私を支えてくれました。だから、家に帰り妻と娘と共にいる時間は掛け替えのない時間でした。

 

 そして、結局はこの仕事の性質が災いしてしまいます。私自身の判断の過ちと言えます。

 

 私は、都市近郊におかしな事例が発生しているので調査をして貰いたい所長に頼まれました。見た事の無いような姿形をした生態と、既知の生態がおかしな行動をしているとのことです。

 

 調査の結果、見た事の無い生態が例のワームドックです。陸に住む新生種は、知られている範囲では昆虫のようなものか、昆虫のような外殻を持つ、脊椎動物であるというのが通例でしたが、ワームドックは外殻を持たない稀有な新生種と言えます。

 所長は大いに興味を持ち、生きたまま捕える様、私に指示を出しました。困難なことでしたが、罠を仕掛けて生け捕りをすることができました。ワームドックは、新猟師の腕前を持つ者であれば、それどの脅威ではないと言えます。

 おかしな行動をする生態は、ワームドックに犯された生態でした。ワームドックは他の雌を襲って、子種を産みつけ、子を増やすと言う生態を持ち合わせています。

 犯された者は、寄生され、仮死状態になります。そうなった段階で、助かる見込みは現状ではありません。

 将来、治療する手立てを探すためにも、ワームドックの研究は必要なことだと私は悟りました。

 その調査以降、ワームドックの生態についての研究を始めます。独りではなく、所長も含めた班が組まれました。私は、次席として実質的な班の責任者として選ばれました。

 忙しい日々が続きました。野外調査と、研究所内での解剖や研究が続き、家に帰る時間も遅くなります。ただ、ただ、妻の笑顔と、娘の成長が楽しみであったことを、よく覚えています。

 

 半年ほどたった、新月の、暗い夜の日の事でした。所長から頼まれた野外での研究調査活動を行い、遅くなったため、研究所には寄らないまま帰りました。日を跨いでいました。二人共、流石に寝ているだろうと思いました。


 そっと、戸の取っ手に手を掛けて、静かに鍵を開けようとしましたが

 ――鍵は開いていました。


 幾ら都市の内部だからと言って、施錠せずに寝ると言うことはありえません。私は不審に思い、そっと中へ忍び込むように入りました。胸騒ぎがして仕方がありませんでした。

 声を出さずに、二人がいるであろう部屋へと向かいます。私達の寝室です。寝室の戸の取っ手に手を掛けます。中で、何か、物音がします。私は、戸を開き、すぐに中の様子を見ました。

 闇の中にフラフラと立つ、乱れた寝間着姿の妻と、同じような姿の幼い娘が、そこには居ました。二人を従えるかの様に、おぞましくも不愉快な犬のような姿をした、あの、忌まわしい生き物、ワームドックが私を見て嘲笑うかのように、ヂヂヂと声を上げていました。

 茫然とする私に、飛びかかり、咄嗟にその場を避け、尻もちをついた私の傍をすり抜けて、どこか見覚えのある犬と、妻と、娘は家を駆けて出て行きました。

 慌てて、二人を追いかけます。同じ人とは思えないような速度で駆けていきます。本来なら息切れをして立ち止まるはずですが、仮死状態であり、様々な感覚が途絶えてしまった二人は、結局、犬の後を追ったまま姿をくらましてしまいました。

 

 ことの事態を測りかねた私は研究所へと飛んでいきます。研究所は夜中にもかかわらず、大騒ぎになっていました。私が初めて捕えた研究個体が脱走をしたと言うのです。

 私は愕然としました。私がもたらした結果が、私の疎かな行動の結果ゆえに、私の愛する人を災いに巻き込んでしまったからです。私は、そのまま、再び、都市の外へと駆けて行きました。二人の消息を探すためです。

 スラムで聞き込みをした結果、すぐにどの方向に向かったかは知れました。狂ったような女と子供が、気味の悪い犬に付き従うかのように駆けていったと、そこかしこで噂になっていたからです。

 そして、私があの犬を捕らえた場所で、再び、私は忌まわしき犬と会いまみえます。しかし、犬はつき従えていた二人に興味を示すこともなく、直ぐに土に紛れて姿を消してしまいました。

 その瞬間、私が気付くことなく膨れていた二人の腹が爆ぜました。それでも、二人は立ったままです。腹からは、複数のあの犬のような幼生体が二人の臓物に喰らい付いています。

 私は、叫び声を上げて、幼生体を取り払おうとしますが、妻と娘は狂乱したかのように、私に抵抗をします。

 

 そして、結局、私は、幼生体を全て殺すと共に、妻と娘にも手を掛けることになりました。

 

 管理不十分――妻と娘の弔いを済ませた後、研究所に戻り、都市行政機関から通達された言葉はそれでした。

 結果として、私は、研究所を免職させられます。所長は、随分とかばってくれたようですが、上には通らなかったようです。仕方がありません。本当のことでしたから。

 両親からは慰めの言葉もなく、なじられました。少ない年金だけでは生きていけるはずもなく、どうすると言うのかと。スラムで拾った女なんかと結婚するからだとも言われました。

 私は、かろうじて支払われた退職金を投げるように全て親へと渡し、都市を出ることにしました。ここに、居場所はないと悟ったからです。

 死ねばそれまでと思っていたのは確かです。フラフラと当てもなく、荒野を彷徨います。一層の事、カナダ大森林の奥に出も行けばよかったのでしょうが、あの頃は、魔獣に殺されることだけは許せなかったのでしょう。自殺することもなく、本当に、ただ、彷徨っていました。

 結果として、ジュノーに辿りつき、組合長や、モサ、貴方と出会い、私は、第二の人生を始める気になりました。もう、十年は前のことになりましたね――

 



「そして、今に至るわけです。なかなか酷いものでしょう」


「……掛ける言葉が見当たらねえなあ」


 私の過去の話を聞き、アトスは苦渋を浮かべています。聞くような話ではありません。ギョットは黙って、膝の上に鎮座しています。理解が出来ないのかも知れません。


「娘さん達を殺した犬はどうしたんだ」


「判りません。ワームドックは、自分達の遺伝子を受け継いだ子が産まれると巣に帰るといった習性があります。他の成獣で、成功した事例も出た結果を踏まえての事です。私が捕えた犬の研究では結局、遺伝子を受け継ぐ雌は現れませんでした。……私の妻と娘を含めての話です。遺伝子を受け継いだ場合は、急速な成長をすることがないから直ぐに判ります」


 犬は犯すだけ犯して、自分に用がある存在ではないと判ったために、興味を無くしたのだろう。私の最愛の妻と娘を道具のように扱い、捨てたのだ。


「胸糞の悪くなる犬だ。まさに、魔獣だな」


「ええ、私でも、許せない存在です」


 例え、魔獣でも絶滅させるに値するのかと迷う私だが、あの犬だけは許せることが出来ない。個人的な感情といえばそれまでだが、あれは存在を許すべき種ではないと考えている。


「おかしな話が長くなったせいで、先が見え始めましたね。橋の終着点が見えましたよ」


「あそこから先は、都市本部管轄になるわけか」


 陸と島をつなげて作られた海を超えるための橋を渡り切ると、新猟師組合の管轄がジュノー組合支部からワシントン都市本部組合へと切り替わる。今晩は、あの付近の宿場村に滞在することになる。

 空は、曇天のまま。忌まわしい過去を話したとしても、晴れることもなかった私の心を映し出すような天候は、明るい太陽の陽を遮り、夜の闇を深くするだけだ。


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