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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第二章
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第二話 橋の手前の宿場町にて

「こちらが、印証になります」


「あー、確かにジュノーにいる組合長の印がある。護送依頼中か。ご苦労さん。魔獣街道を行くのは、この後も精々気を付けてくれ。それにしても、こいつは都市遺跡の発掘物か? 良く動いたもんだ」


 ジュノー復興村と前線都市を結ぶ、長大な幹線道路「魔獣街道」の中でも一番長い橋の手前にある、宿場町に入る前の検閲所で護送依頼の印証の確認手続きをする担当者が感嘆の声を上げている。

 物珍しいのか周囲の視線もこちらに向いている。旧世紀の遺物が動いていることは、大変珍しいことなのだ。

 一部の都市では、いまだに活用できる物もあるらしいが、大抵は都市の管理化におかれている。だが、様々な技術が失伝している現状、いつまで保ち続けられるかは微妙な所だ。


「済んだのかアラム。めんどくさいもんだなあ」


「仕方がありませんよ。人身売買は今でも、法的には違法ですから」


「他の件はともかく、それだけは、国としての考え方が一環はしているからなあ。ところで、今晩はここで泊まるのか?」


 黙って手続きを見ていたアトスが、ようやく走りだした車の中でぼやいているが、気持ちは宿場の方に向いているようだ。


「期待はしない方が良いですよ。あくまで泊まるだけと割り切って下さい。食事は持って来たもので自炊をします。はっきり言って、ジュノー復興村のような食事にはありつけませんよ」


「そうかよ、やっぱりこの辺りの方が食料物資は不足気味なんだろうなあ」


「それと、ギョットは篭の中から出ない様に注意をして下さい」


『ハーイ』


 基本、新人類はまだ少ない。都市にはそれなりにいるかも知れないが、ジュノーのような大きめな村でもない限り、滅多に見られないと言っても良い。

 そうなれば、スソーラのように念話が通じず、ギョットを魔獣と勘違いする者が出ることは間違いがないと判断をして、前線都市ワシントンにいる、ある人に会うまではギョットを人目に付かないようにすることで、話が付いている。狭い篭の中で窮屈な思いをさせるが、我慢をして貰うしかない。


「それにしても、見事なまでに寂れているなあ。バラックや掘っ立て小屋、あばら家の集まりだ」


「宿場村と言っても、四半期に一度使われる程度で、人の行き来は滅多にありませんからね。物資はジュノーに集められるわけですし」


 漂着した残骸をかき集めて作ったような小屋を見て、アトスはため息をついている。これなら、テントに泊まっても大して変わりはないのではと思っているようだ。間違いではないのかも知れない。

 ただ、この宿場村にはジュノー猟師組合支部の分団がある。大海橋より先は前線都市本部組合管轄になる。

 そのため、組合長からは必ず立ち寄り、到着と出発の旨を報告するように伝えられている。

 簡易宿舎も併設されていると伝えられたが、期待はするなとも言われている。私は一度立ち寄ったことがあるので、承知の上だが、アトスはガッカリすることだろう。




「……見事にボロい小屋だなあ」


 分団の担当者へ到着の報告を済ませた後に、併設されている簡易宿舎へと案内をされたアトスが小声でぼやいている。あまり使われていないのか、かなり傷んでいるのが分かる。


「修繕に回す人員も、予算も、資材もないと言うことでしょう。雨風が凌げるだけましです。さあ、自炊の準備を始めましょう」


「……雨風を凌げるのかあ、これは」


 アトスの疑問ももっともだが、聞こえないふりをして私は自炊の為に、共同炊事場の竈の様子を見に歩を進めた。


「手際が良いもんだなあ、おい、アラム」


「一人暮らしが長くなりましたからね。貴方も同じようなものでしょう」


「俺は、ほら、ジュノーに住んでいるからなあ。専ら、モサの所で食っているよ。自炊はほとんどしていない。食材を無駄にするからな」


 共同炊事場で火を熾し、鍋に水を張り火にかけ、素材を切り分け、味付けをする私の様子を、見るだけのアトスは、珍しい物を見るように話しかける。

 アトスは、獲物を捌くことはしても、それを持ってモサの所で調理をして貰うとのことだ。余った獲物は、そのままモサの所で他の人間に振る舞われると言う。ようは、獲物を代金の代わりにしていることになる。


「食事はどこで食う。食堂には誰もいない様だがなあ」


「念のため、私達に宛がわれた部屋で摂りましょう。万が一、人が入られた時にギョットの姿を見られるのは困ります」


 ギョットの食事は途中で仕留めた魔獣の肉だ。手持ちの保管袋に入れてある。これも見られるのはあまり良くない。魔獣の肉食いや持ち込みはご法度ではないが、認められてはいない。

 縁の欠けた皿と腕に盛りつけられた食事、乾燥野菜と干し肉を、宿場村の店で仕入れたミルクで煮込み、塩で味付けをした、シチューを皿に盛りつけ、焼きしめて保存の聞く硬いパンを持って部屋へと向かう。

 スソーラの分はアトスが車まで運んでいる。我が愛車は、簡易宿舎の外に駐車をしてある。車両を停める敷地だけは幾らでもあるのだ。


「ふう、腹が膨れると人心地につくなあ」


「食べられると言うことは、それだけで幸せなのですよ」


『ほんと、そうだね。前は食べられない時もあったからね』


「前って、いつのことだ、ギョット」


『うーん、あれ? いつのことだっけ』


 アトスの問いかけに首を傾げる様に、身体全体をくねくねと動かしている。

 ギョットには断片的にも前世の記憶はあるが、結構、曖昧としている。私達の知らない名称や、昔の体験したことが時として念話に出てくるが、詳細はよく分からないと言ったことが多い。

 ただ、人間は怖い生き物だとばかり思っていたと、始めはよく語っていた。もしかすると、前世では、人に狩られるような生物であったのかも知れない。


「スソーラの様子は問題ありませんか」


「ああ、問題はないなあ。何も語りはしないがなあ。それより、あいつの様子を見に行ったとき、分団の前が少し騒々しかったなあ。何かあったのかも知れん」


 こちらには特に何の連絡も来ていないので、大したことではないのだろうと思うが、どうせ明日は、出立つの連絡を伝書鳩で知らせるために分団へ寄ることになる。その際に、何かあったのかを聞けばよいだろうと、アトスと取り決めて、その夜は眠ることにした。




 そして、朝、目が覚め、分団に向かうと人が集まっているのが見受けられた。昨晩、アトスの言っていた件がちょっとした騒ぎになっているようだ。


「ああ、邪魔だなあ。分団に行けやしねえ。俺が道を作るから、アラムは手続きを済ませてくれ」


 我が愛車が着いた際も、ちょっとした騒ぎであったが、同じような状態になっている。あまり話題の無い、寂れた宿場村ではちょっとした問題でも、大事件なのだろう。

 アトスが人を掻き分けた隙を見て、分団の小屋の中に進む。何があったかは良くは判らない。

 ギョットは、愛車の助手席の篭の中で待ってもらっている。早く手続きを済ませ、窮屈な思いから解放をしてやりたい。


「ジュノー支部に所属する、アラムです。伝書鳩でジュノーの組合長へ、無事、出立つの伝言をお願いします」


「ハイ、承りました。それより、アラムさんは魔獣にお詳しいですか?」


 唐突に分団担当者の女性は私に問いかける。分団に勤める者も猟師組合の端くれなのだから、魔獣について一般人より多少の知識は持ち得ているはずだ。

 それを、わざわざ、初対面の相手に聞いてくると言うことは、この辺りでは見かけないか、新たな新生種が発見されたのかも知れない。


「ええ、他の人よりは多少は詳しいつもりです」


「本当ですか! 実は昨晩、近郊の猟師達が見た事の無い魔獣を狩ったと持ち込まれたのですが、私達では取り扱ったことがなくって困っていたのです。支部に伝えるにしても、名前もなにも判らなくては……」


 それならば、特徴と絵でも描いて送れば良いことだが、動揺してそこまで気が回らなかったのだろう。


「私にも判らないかも知れませんので、あとで絵にして送る必要があります。絵心のある人を見繕っておいてください。とりあえず、拝見させて貰います」


 そう言うと、それもそうですねと、口に手を当てた女性は私を表に連れ出し、人が集まっている場所へと向かう。結局、ここに、騒ぎの元があったようだ。

 人の輪の中には、幾人かの猟師であろう者達と、屈みこんだアトスがいる。支部から来た猟師であるアトスも又、当てにされたようだ。


「アトス、貴方にも判りませんか」


「ああ、見当が付かねえ。この辺りじゃあ、見たことがねえなあ」


 アトスは、そう言うと私に席を譲るかのように、その場から立ちあがる。そして、私の目の前には、毛のない、気味の悪い白濁とした桃色の肌を曝け出した、犬のような姿をした魔獣が姿を現す。


「藪から飛び出して、襲い掛かって来たそうだ。女の猟師の一人が襲われて、まあ、可哀想な事だが犯されかけたらしい」


「襲って殺さずに、犯そうとしたわけですね」


「ああ、他の連中が見つけて、その場で撲殺したそうだ」


 肌には汚らしい粘液が纏わりついている。頭部に目はなく、大きく開いた口から、無数の小さい牙が見て取れる。長い舌はだらしなく出て、前足には鉤爪があり、後足や尻尾の先や股間は、軟体生物の触手のように先端が細くなっているだけだ。


 その姿は、生理的に嫌悪をもたらす、醜い姿だ。

 そして、私には心当たりがある。


「支部、本部、そして、前線都市ワシントン生物研究所へと緊急通信で連絡をして下さい。魔獣個体『ワームドッグ』が発生。発情期に伴い、成獣が活動を開始。若い成獣一体を仕留めるも、他にも個体がいるものと考えられるため、周辺一体の調査、駆除を行われたし」


 突然の私の流れるような物言いに、一緒に来ていた受付の女性は困惑をしている。聞き取りきれなかったのか。早く、連絡に向かって貰いたいのだが……


「おい、アラム、どうした、顔が真っ青だぞ、それに、ワームドッグ? 聞いたことが無い」


「ええ、アトス、この辺りにはいないと思っていました。厄介なことに、思ったよりも、繁殖していたのかも知れません。ああ、そうだ、担当者の方、襲われた女性はどうしていますか」


 アトスは私の顔色を見てかなり慌てている。私の淡々とした、平たい口調から伝えられた、連絡する内容に周囲も若干動揺をしている。こうでもしなければ、私自身が落ち着いていられない。動揺をしている暇などない。いい加減、モタモタせずに動いてもらいたいものだ。


「えっ、じょ、女性は診療所で休んでいます。襲われた後から、身動きをしませんので。致命傷は特にないと思いましたが――」


「残念ですが、女性はもう助かりません。早く、()()をして下さい。死体は火で焼くことをお勧めします。間違っても、そのまま土葬はしないで下さい」


「おい、アンタ、何を言っている彼女はまだ、死んだわけではない! 今は眠っているだけだ! 見てもいないのに、変なことを言うな!」


 アトスと一緒にいた男の一人が、私の物言いが気に入らなかったのか怒声を浴びせる。彼女の友人か知り合い、もしかすると恋人なのかも知れないが、馬鹿なことを言っている。知りもしない者が、感情だけで、余計なことを言わないでもらいたい。


「いえ、もう、間に合いません」


「手前、いい加減に――」


 怒りに任せて、私の胸倉を掴む男を落ち着かせようと、周囲が慌てた始めた時に、違う方向から叫び声が上がる。ああ、間に合わなかったようだ。


「お、女が狂った! 暴れている! 誰か来てくれ!」


 どうせ、声が上がっている方向は診療所のある場所だろう。突然上がった叫び声に、呆け、慌て始める人の輪を無視して、胸倉を放した男を押しやり、私は混乱が深まる方へと駆け始める。


「止せ、やめろ、落着け、どうしたのだ!」


 治療をしていた関係者が暴れる女を遠巻きに宥めようとしている。傷をつけずに、取り押さえようとしているのだろう。

 無駄だ。女の目は虚ろで知性を感じられない。口からは、だらしなく涎を垂らし始めている。足取りも心もとない。何よりも、腹が少し膨れている。

 連中は、あの様子を見て何もおかしいと思わないのか? それともあの状態で、まだ、女が助かると思いこんでいるのか?

 私は、掘っ立て小屋に立てかけてあった、薪割り用の手斧を持ち、周囲が狼狽する様子を尻目に女の後ろへと回り込み近づく。周囲が気付いて何をするかと声を上げている。掴まれて、取り押さえられる前に始末をしなければいけない。

 手にした斧を振りかざし、背後から女の頭を叩き割る。脳漿をぶちまけ、女はその場で倒れる。――裂くような甲高い叫び声が響く。


「ひ、人殺し!」


 私を取り押さえようと周囲の人間が殺到をする。アトスが茫然と立ちすくんでいる。仕方がないことだろう、周囲の人間には彼女がまだ、人の姿に見えたのだから。


「もう、人ではなかったのですよ。その証拠にほら」


 私に掴みかかる人達が、私が向けた目線の後を追う。つい先程まで、少しだけ膨れていた腹が大きくなっている。成長の速さから考えると、女が孕んだのは亜種だったようだ。

 そして、見る間に腹を食い破り先ほど見たのと同じ、おぞましき魔獣ワームドッグの幼生体が姿を現す。ヂィィィーと威嚇するような音を周囲に振り巻き、腹を食い破った女の肉に喰らい付く。腹から立て続けに、同じように何体かの幼生体が姿を現している。

 掴んだまま離さずに呆ける連中の手を振りほどき、魔獣の頭を叩き割る。亜種の成長は早い。放っておけば、直ぐに出も周囲の人間を襲い始める。生殖機能は持ちわせていないが、余計な被害を産む必要ない。

 手にした斧で、女の肉を食う幼生体を次々に叩き潰す。時折、血飛沫が私の顔に掛かってくるが気にはしていられない。全てを叩き潰すと、女の遺体は見るも無残な様相となり、私の足元は血塗れだ。


「ワームドッグはどのようなメス――性別上で言う女性と生殖行為が可能な『第三世代』の魔獣です。残念なことですが、犯された段階で女性は助かる見込みはありません。こうするしか、他、なかったのです。そう、あの時と同じように――」


 私はそこまで言うと、腹の中からグルグルと巻き起こる不快な気分に耐えきれなくなり、その場にうずくまり、そして、盛大に、今朝食べた、シチューとパンを、吐いて戻した。


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