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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第二章
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第一話 魔獣街道

 カナダ――その広大な土地の半分近くを森林地帯とした国は、新生種である魔獣に蹂躙され、多くの人々はアメリカへと移住、悪く言えば国を捨てざるをえなかった。

 現在、カナダと言う国は存在しない。カナダ大森林の奥にある都市遺跡群がどうなっているのか、ここ数十年近く調査は出来ていない。行きつくことが出来ない程に、森林は奥深くなり、変容し、魔獣たちが跳梁跋扈する地帯に変わり果てている。

 幾度か、大掛かりな調査部隊も編成されたことはあったが、無事に戻れた者の方がほとんどいないと言って差支えがない。


 戻ってきた数少ない調査員が手にした調査の成果は大概が、新たな魔獣の脅威であった。

 現在は、もう諦められ、二度と調査隊が組まれることはないだろうと言われている。

 

 ジュノー復興村から前線都市ワシントンに向かう、唯一の道路。旧世紀、空路と海路が魔獣に支配され始め、航行が困難になり始めたころに、自然環境の破壊という意見を押しのけて造られた、アラスカとアメリカを結ぶ主要幹線道路の跡だ。

 島と島の間にも強固な橋が建設され、陸路で完全に結ばれている。しかし、維持補修ができなくなった近世では、当時の高度な土木技術で造られた構造物も徐々に朽ち始めている。

 なにより、森林や山間部をなりふり構わずに直進出来る様に計画された、この道路は、その後の影響について何も考えてはいない。カナダ大森林の変容と魔獣の跋扈――森林の近辺に造られた、この道を通るということは、多くの魔獣との遭遇を裂けては通れない。

 

 通称『魔獣街道』四半期に一度程度、ジュノーからワシントンへの支援物資を送り届ける輸送隊以外は滅多に人が通ることのない、危険な街道だ。


「とは言ってもなあ、このお前の愛車ズィ・ナミのおかげでそれ程の脅威にはならねえなあ」


 アトスは私の説明にそう答える。ズィ・ナミのハンドルは私が握っている。長年の自然環境から受けた浸食のために隆起を始めているアスファルト舗装の道路をものともせずに、我が愛車は軽快な走行を見せる。

 試験運転からまだ数日程度しか経っていないが、私は愛車をいたく気に入っている。このような出会いを果たせたのも、ギョットのおかげと言って良い。当のギョットは、助手席に座るアラムのターバンの上に鎮座したまま、何も語ることはない。

 隆起に乗りあげた際に起こる振動で、ギョットの柔らかい身体が時折揺さぶられ、アトスが煩わしそうにしているが、どかそうとはしない様だ。


「大型以上の魔獣でも出て来ない限りは走行中は問題がないでしょう。中型も油断は出来ませんが、振り切るだけの速度は出ることが分かりました。小型のものは、先程のように踏みつぶしてしまえばよいのですから。問題は野営の時ですね」


「そいつは交代で見張りをするしかねえだろうなあ。まったく、罪人の護送てえのは割に合わねえよなあ。何を好き好んで、守りたくもない奴を、守らなきゃあならねえのかなあ」


 愛車の燃費はすこぶる良い。私が想像をしていた以上である。クリアジェムの性能なのかは判らないが、今の所、二日に一度程度の補給で済みそうな感じだ。

 燃料の心配はする必要が無い。多少の水と、幾つかのクリアジェムがあれば事足りる。クリアジェムは、ギョットが産みだしてくれる。エネルギーとなる魔獣は――吐いて捨てる程、湧いて出てくる。必要な時に、駆除をしてギョットが処理をしてくれれば、幾らでも補給が可能だ。

 小型の魔獣は無視をしている。体長が二十センチ程度のものの群れを相手にしていると、らちが明かない。先ほどの、脚のないムカデのような蛇の魔獣の群れも踏みつぶして走り去ってしまった。

 並走するように向かってくる中型程度の魔獣は振り切ってしまっている。ギョットが必要とするならば、駆除をすれば良い。今回の依頼は、罪人となるスソーラを無事に前線都市ワシントンまで送り届けることだ。

 湧いて出てくるような魔獣を、一々相手にしていては切りがないのが実情だ。護送に伴う移動を最優先にする。組合長からもそのように指示を受けている。


「ふう、それにしても本当に魔獣が多く出やがるなあ。……お前さん、よく、徒歩でこんなところを踏破できたもんだなあ」


「はい、半ば死ぬ覚悟でしたから。しかし、運よくといって良いのか、結局生き残りジュノーに辿りつくことになりました」


 ああ、それでいいんだよ。とアトスは笑う。死ぬ必要はないと言いたいのだろう。ギョットは何も語らない。見えない風景でも眺めているようだ。何かを感じているのかも知れない。それか、寝ているのだろう。

 しかし、私は内心で少し懸念をしている。アトスが言うようにジュノー近辺の森に比べれば、魔獣と出くわす頻度は多いといって良いが、私が放浪をしていた時は、もっと頻繁に遭遇をしていたように思えた。

 過去の出来事を、記憶が大げさに感じ取ってしまっている可能性もあるため、不安をあおる必要は無いだろうと思い、アトスには伝えてはいない。

 

「ツリーグラットンが、離れて並走してやがるなあ。こちらに気付いているのか、物珍しさからなのかなあ」


 数頭で群れを成したツリーグラットンの走る様をぼんやりと眺めたままアトスは呟いている。本来なら脅威となる事態も、今は暢気に眺めているだけだ。

 時おり、藪から飛び出るグラスラビット|(蝗兎)は、速度の乗った愛車のフロントに付けた装甲――アトスが仕留めた甲虫熊の外殻にぶつかり、跳ね飛ばされた後に、車輪で潰されてしまう。


「あーあ、あれも集めれば、はした金はになるのだがなあ」


「それをしていると、キリがありませんからね。諦めましょう」


 走り去った後をサイドミラーから眺めて、アトスがボヤく。もう何度目になるかも判らない。


「それにしても、本当に良かったのですか。甲虫熊の甲羅は素材として良い値段で取引されるはずです――」


「あーあ、それもキリがねえなあ、アラム。いいんだよ。討伐報酬で十分だ。大きさと言い、硬さと言い、お前の愛車にぴったりだったんだからいいじゃあねえか。それに、こんな危ねえ道は安全第一で通行してえからなあ」


 幾度目かとなる私の言葉に、アトスはやはり笑って答える。私は苦笑いをするしかない。もう、この事を聞くのは止そう。彼の好意を怪しんでいるようで、失礼に当たる。


『うーん、お腹が空いたようアラムさん』


「お、起きたかあ、ギョットよ。そうだなあ、そろそろ、陽も落ち始めたし、野営の準備を始めようや」


「そうですね。適当な場所を見繕って泊まりましょう。ギョット、その後で獲物は仕留めますから、もう暫く我慢をして下さい」


『大丈夫だよ。アラムさん、アトスさん』


 ハハハ、好い子だなあギョットはと笑いながら、アトスは頭にのるギョットの艶やかな身体を撫でる。ギョットは触れた感触がくすぐったいのか、小刻みに揺れている。

 何気ない、時間だが、温かい気持ちになる。私にとっては大事な時間だと言える。




 適当な立地の場所で野営の準備を済ませる。愛車を止め、スソーラが逃げださないように注意をしながら、コンテナから荷物を取り出し、周囲の草を払い、テントを張り、火を焚く。

 アスファルトで舗装された道路のヒビ割れからも様々な植物が生えてている。そこから少しでも離れれば、鬱蒼とした藪となる。燃やすものは幾らでも手に入るが、燃え移らないように注意はしなければいけない。

 愛車はアスファルト道路の上に止めてある。魔獣街道を行きかう人間はいないと言って良い。せいぜい、物資を輸送する部隊が使用する程度なのだ。

 ジュノーは復興村とは名付けられているものの、アメリカ中央都市群から見れば辺境の村程度にしか見られていないのが実情だ。輸送される木材などの資源は重要だが、街道を行き来する危険性の方が問題視をされている。そのため、都市からジュノーへの支援は薄いと言って良い。


「いました。あちらの方角です。都合の良いことにハグレのピッグクリケットがいます」


「よし、俺が狩ってこよう。ギョット、一緒に来てくれ」


 私はコンテナの上から、薄暗くなった周辺からギョットの食事となる手頃な獲物を見つけ出す。ケラのような豚――ピッグクリケットが穴を掘り、何かを見つけようとしている。餌でも探しているのだろう。


『ギョット、アトスへ逐次詳しい位置を念話で伝えて下さい』


『大丈夫だよ。アトスさんも大丈夫だって』


 気配を消して、藪に紛れ離れていくアトスの姿は見えないが、ギョットを仲介とした念話が役に立ってくれる。お互いの位置を把握し、獲物の動向を逐一連絡をする。

 そして、音もなく突然に獲物はその場に崩れていく。アトスが姿を現し、手にした得物――スソーラ達が用いていた空気圧縮装置付きのボウガンを振り、こちらに合図をする。無事に仕留めたようだ。


「それにしても、アラムは夜目がきくようだなあ。俺はさっぱりだ」


「ええ、そう言うことですね」


 二人で獲物を引きずりながら、野営地まで持っていく。ギョットは共にいるが、あの場で食事を始められて、時間を費やすのも勿体ないからだ。


「それに、食事は皆でしたほうが良いでしょう」


『そうだね、アラムさん』


 私達の食事――干し肉を水と野菜で煮込んだスープと、焼きしめたパンだけの質素な食事の準備が整う僅かな時間でも、ギョットはきちんと待っていてくれた。


「スソーラは問題ありませんか」


「まあなあ、大丈夫だろう。自殺を選ぶ女ではないからなあ」


 コンテナの中に居るスソーラに同じような食事を与えてきたアトスに尋ねておく。犯罪労働者とされ、過酷な労働に勤めることを苦にして護送中に死を選ぶ者も居る。例え、そうなったとしても護送役を務める私達に罪はないが、一応は取り調べを受けるし、なにしろ後味も悪い。


「まあ、そんなことは置いといて食事にしよう」


『早く食べよう、アラムさん』


 皆が、腹を空かしている。数少ない楽しみとなる食の時間に、気分の悪くなるような話題を続ける必要もない。私は軽く手を合わせ、何かに祈りを捧げるふりをして、食事を始めた。


 陽が傾き、空に夜の帳が掛かり始める。いずれ、満天の星と月が闇夜を照らし始める。


 自暴自棄になりながらも根源的な闇への恐怖に耐えて、一夜を明かした一人の時とは違い、今は心強い友たちが一緒にいる。

 

 ――それだけで、気を休めて眠ることができそうだ。

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