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スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第一章
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エピローグ 知られた存在と困った事態

エピローグ「知られた存在と困った事態」


「で、こいつは一体なんなんだ?」


「残念ですが、私にも判りませんよ。しかし、魔獣ではないことは確かです」


 甲虫熊の襲撃から私を救ってくれた、アトスが、甲虫熊にまとわりついたままのギョットを見て尋ねる。どうやら、死んだ甲虫熊を分解しているようだ。久しぶりの食事を嬉々として済ませている感じもする。


『僕はギョットです。アラムさんの友達です』


 念話を通じて、ギョットは語る。何故か友として語られているが、まあ、否定する要素もないので、そう言うことにしておく。内心どこか、照れ臭い感じがする。


「……まあ、魔獣じゃあねえわなあ。こんな形をしていても、きっちりと会話――念話をしてくる生き物がいるとはなあ」


 アトスは、半信半疑かもしれないが、こちらの言うことを信じてくれたようだ。だが、もう一人の人物は未だに信じてはくれていない。


「アトス、アンタもグルだったわけかい。どうりで仲が良いわけだよ。お互い、共通の秘密を共有していたわけだからねえ」


 甲虫熊を倒した後に、アトスに後ろ手を縛られ、捕えられたスソーラが忌々し気に語って来る。ギョットを見るが身震いするだけだ。多分、いまだに念話が通じていないという意思表示なのかも知れない。


「スソーラ、お前には、ギョットの声が聞こえないのか? どちらにしろ、人を襲ったお前さんを放っておくことは出来ねえよ。しかも、お供の二人が犠牲になっちまった。いくら、都市の取り締まりがいい加減だと言っても、人殺しを容認するほど、甘くはねえだろうからなあ」


 冷たい視線をスソーラに向けたまま、アトスは語り掛ける。そして、私としても不思議なことがある。


「アトス、それにしても良く、このような事態が起きていることが判りましたね」


 私の発した問いにアトスは肩をすくめて、教えてくれた。


 スソーラ達の同行がおかしい。宿の女将モサから密かに教えられたアトスは、その翌日、三人が早朝から姿を消したことを聞いて慌てて私の家を訪ねようとしたらしい。

 しかし、私の家はジュノーから歩いて半日は掛かる距離にある。そこで、事の次第を組合長に話し、馬を借り受け駆けつけたが、家の中はもぬけのからで、どうしたものかと途方に暮れたのだが、


「こいつらは、まあ、猟師としてイマイチなのか、お前さんの家に向かうまでの痕跡を良く残してくれた。それに、銃声がな、聞こえた。それで、大体の辺りは付けてきたんだ」


 鹿と、三本角を仕留めた、あの銃声は、幸か不幸か、スソーラ達だけでなく、アトスにも私の位置を知らせることが出来たようだ。銃の扱いも考え物だ。まあ、普通に狩りをする分には問題はないものだが。

 しかし、駆け付けるも事態は想像以上に悪化していたようだ。巨大な甲虫熊に襲われている真っ最中に出くわしてしまった。


「まあ、お前さんが知っての通り、俺には気配を察知しにくくなる能力があるからなあ、それを使って、チャンスを伺っていたわけだが、突然、凄い炎の後に、奇妙な生き物が甲虫熊にまとわりついて動揺している所に、叫ぶような念話が頭に響くだろう。まあ、魂消たぜ。その後は、お前も知っての通りだ」


「ええ、本当に助かりました。それにしても、以前から吹矢なんて妙な武器を使うと思っていましたが――あれも、能力の一つですね?」


「ああ。隠すつもりはないと言えば嘘になるがなあ。俺は、人を吹き飛ばすようなクシャミをする事ができる。それを使って、結構な威力のある矢が放てるってわけだ。気配を隠して、相手に近づき、コヨリで鼻をくすぐって、クシャミの吹矢で獲物を仕留める。威力はあるから、結構大物狙いが多くなる」


「で、あの時、失敗して死にかけたと」


「ああ、蒸し返すな。たまにはしくじるが、あの時はミスが重なっただけだ。あの時の借り、これで返したぜ」


 二人して、初めて行き会った時の事を思い出し、小さく笑う。狩りに失敗して、三本角に追い駆けられていたアトスを私が、救ったことにより、今の二人の関係は続いている。それに、二人共、第一世代の新人類という共有している秘密もある。いつのまにか、友人と呼び合う仲にまでなっていたわけだ。


「では、私との関係は終わりますか。うっとおしいでしょう。滅多に現れない、都落ちの男が友人なんて言うのは」


「おいおい、それとこれとは別の話だ。そこで、縛られている馬鹿な女と一緒にするな。お前さんとは何かと馬が合う。これからも友人だ。まあ、村に来る機会が増えることと、酒をおごってもらえる回数が増えることに期待だな」


 アトスはそう言うと、ニカリと笑う。私もその笑みに答える。内心、少し、グッと来たとこもある。次の機会に早速、奢ってやるとしよう。私達の様子を見かねたスソーラが、小さく舌打ちをして、ケッとそっぽを向く。


「……ところで、彼女はどうするつもりですか」


「これだけの事をしたんだ。組合に連れて行って事の次第を説明して、都市に送ることになるだろうよ。犯罪者としてな」


「ふん、どうだかねえ。アンタ達の方が、犯罪者として扱われるかもしれないよ、その、魔獣を飼っていると知れたら、ただじゃ済まないだろうからねえ」


 彼女は甲虫熊の分解を続けるギョットをいまだに魔獣扱いをしている。アトスはスソーラを睨んだ後、ため息を一つしてから、困った顔をこちらに向ける。


「なあ、アラム。お前さんも一緒に来て事情を説明した方が良い。ことと次第によっちゃあ、こいつの言っていることも現実になりかねねえからなあ。それにしても、スゲエなあ、こいつ。デカイ甲虫熊の肉からもう、骨が見え始めていやがる」


「はあ、かなりの大食いの様です。まあ、それは構いませんが」


「いずれにしても、ギョットのことはきちんと説明しておいた方が良い。ギョットが魔獣でないことを組合長に証明しておいて悪いことはないはずだ」


「……ギョットのこともですか」


「ああ、そうだ。遅かれ早かれ、こいつの口からギョットの存在は知られれる。二人も死人も出ている。そうなれば、確実に調査の手が入る。疑われる前に動いた方が良いこともあるからなあ。……いっそのこと、この死体も片付けてもらうか」


『それは嫌。できなくはないけど、人間さんの肉にはエネルギーを感じないから』


 ギョットは食事を進めながらも、そう答える。エネルギーがあれば、やったということだろうか。あまり考えたくはないが、深い意味のある発言ではないのだろう。

 私としては、もう少し、色々と調べてから報告をしたい所だったが、今回の事態はそれを許してはくれない様だ。アトスの言うことは最もだと思う。が、次の進言は私には受け入れがたいことであった。


「どうせ、こいつは労働犯罪者として都市送りにされる。そうなると、組合長から護送の依頼を頼まれる。俺とお前さんにな。ギョットの事情を説明がてら、都市本部に顔を出せとか言ってな」


「ゲ、そ、それは嫌です。お断りします。アトスだけで行ってください」


「おいおい、無茶を言うなよ。俺にギョットの説明は出来んよ。それに、これはお前の問題だろう? そもそも、他にも隠していることがあるだろう、アラム」


「なんのことですか?」


「しらばくれているわけではないだろうが、あの、火の事だ。お前一体何をした?」


 すっかり忘れていたことを思い出すと同時に、ギョットからクリアジェムが排出される。アトスが突然のことに、少しびっくりしているが、私は平然としてクリアジェムを掴み取る。


「これのおかげです。私は、クリアジェムと呼んでいます」


「宿の食堂で見せたやつか。こいつが、あの火の元だと?」


「詳しいことは、まだ、調査中ですが、将来、もしかすると画期的な物質として取り扱われるかもしれません」

 

 私は誇らしげにクリアジェムについて語る。が、アトスは渋い顔をこちらに向けてくる。


「なら、尚更、一緒に来てくれ。そんな物の説明、俺にはできやしねえよ。いずれにしても、護送業務は二人一組が決まりだ。お前さんのように、気心知れた奴と一緒に行く方が気楽なんだよ」


 都市に行く、私には避けるべき事態だ。しかし、アトスは断ることを認めてくれない。ギョットのことは、スソーラの口から確実に知られる。クリアジェムのことも。労働犯罪者の取り扱いは、都市--この辺りでは前線都市ワシントンが一番近いわけだが、あそこに行くことは出来れば避けたい。


「まあ、古巣に帰ると思って、我慢をしてつきあってくれ」


「……我慢と言うか、覚悟がいると言うか」


 そう、前線都市ワシントンは私がもともと住んでいた都市、私の故郷だ。出来れば忌避したい事態だが、アトスの物言いを考えれば避けることは難しいようだ。


「それにしても、最近やたらと小型や中型の魔獣が発生した原因はこいつだったんだろうな。こんなデカイ甲虫熊が居たら、危なくってしょうがねえからなあ」


 アトスは、甲虫熊を見てそう語る。


「それにしても、これの討伐証明は俺一人で取り扱っていいのか? これだけの獲物なら、結構な額になるだろう」


「いえ、命を救って貰えたわけですから構いませんよ」


 そう、これだけの大きさの個体は珍しい存在だ。


「なあ、アンタ達、さっきから、キミの悪い生き物が、ブリブリと透明な奴を吐き出しているけど大丈夫なのかい?」


 ギョットの排泄行為を気味悪く眺めていたスソーラが突然、語りかけてくる。内部のエネルギーが飽和状態にでもなったのか、クリアジェムが定期的に排出されているようだ。


「結構なエネルギー量だったようですね。満足ですかギョット」


『ウン! だけど、もう少し、食べておくよ。勿体ないでしょう』


「助かります。もう少し、小さくなれば持っていくのも容易です」


 嬉しそうに語りかけるギョットに向かい、返答をしておく。独り言をしているような私に、気味の悪い者を見るような目をスソーラは向けている。いまだに、ギョットの念話は届かない様だ。それとは別に、ギョットの様子をアトスが眉をしかめながら眺めつつ、私に向けて問い掛けてきた。


「……なあ、アラム、ギョットはいつ頃であったんだ」


「そうですねえ、二週間程は経っているでしょうか」


「生まれた所を直ぐにであったのか」


「いえ、魔獣に襲われているところに出くわしました」


「なあ、ギョット、お前さんはいつ頃から森に居る?」


『アラムさんに出会う前から』


 よく意味の分からない問いかけをアトスは私達に続ける。


「アラム、お前さんも判らないのか? この島の森にだって、魔獣の死骸はあるだろう? ギョット、それ、食っただろう」


『勿論!』


「で、クリアジェムはどうした」


『そのままだよ』


 その答えを聞いて私は、ようやくことの重大性に気付いた。クリアジェムは液状化させなければ引火はしない。が、森の中と言えども、一定の力が加わらない可能性はゼロではない。なにかが踏んづけただけでもクリアジェムは液状化してしまう。


 そして、もし、何かの拍子に火が点けば、大規模な火災につながる可能性が出てくる。


「ギョット、だ、だいたいどの辺りに居たかは覚えていますか」


『アラムさんと出会った所から、大して離れてはいないかな』

 

 その言葉を聞き、アトスと共にスソーラを引き連れ、食事を続けようとするギョットを説得して戻る準備を整え始める。戻ったら、クリアジェムの回収を行わなければいけない。勿論、あとで、この甲虫熊も持ってくる必要がある。全く、慌ただしい、一日となったものだ。


 そして、私は一つの懸念を抱えている。アトスは甲虫熊が原因で周辺の魔獣が逃げだしたと語った。それは間違いだ。

 幾らこの甲虫熊が巨体を誇っていても、他の魔獣が忌避する原因にはなりかねない。原因は別にあるのだろう。

 新猟師の大半は、いや、世間一般の人々は魔獣の個体名を知っていても世代の特性は良く分かっていない。甲虫熊は今では見かけることが珍しい第一世代だ。この世代の魔獣――新生種は人しか襲わないことが研究者の間では知られていることだ。

 組合長ならば、知っている可能性は高い。今回のことを報告しても最近では稀有な存在となった第一世代の希少種が狩られた程度にしか気に留めないだろう。


 小型や中型の魔獣が、忌避する存在とは何か。気になるところだが今はそれどころではない。

 速やかに拠点に向かう準備を整え、急ぎ足でその場を離れる。アトスが先頭に立ちスソーラを引き連れていく。彼は、女性に対しても容赦がない。ふら付くスソーラを無理に出も引っ張り連れて行く。


 ギョットは私の肩に担がれている。そのほうが、どう考えても早いから仕方がないことだ。

 ふと、後ろを振り返る。土饅頭が二つ盛り上がっている。

 死んだ二人の若者を埋葬した跡だ。スソーラの話に寄れば、二人共身よりはないとのことだ。あっても知らないとも言っていた。

 あそこで見た悪夢のような出来事は現実であった。悪い夢から覚めても、結局、厳しい現実が待ち受けている。


 なら、うなされても夢の中の方が、まだ、ましなのかも知れない。

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