表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スライム転生物語  作者: マ・ロニ
第一章
10/47

第九話 襲撃と反撃

第九話「襲撃と反撃」


 悪い夢ならば、早く醒めてもらいたい。そうすれば、私は薄っぺらい布団を掛けた硬いベッドの上で目が覚め、荒い息と共にホッと胸をなでおろすことが出来る。

 

 森の路を、全力で、走り抜ける。樹の根や蔦に足を取られそうになり、倒木を超えるごとに息遣いが荒くなる。いい加減、もう三十路を超え、四十に手が届き始めているのだ。

 追ってくる新猟師達は二十代そこそこの体力を持て余すような連中だ。都市部で研究に没頭しているようなら奴らを相手にするのなら、負けるようなことはないが、同じように野山や森で活動している彼らを相手に追い駆けっこをするのは、分が悪い。

 ダグラス島の中央部へと追いやられる感じがする。ハイウェイ方向に逃げられれば、ジュノー復興村まで向かうことも可能だが、相手もそれを見越して追い詰めている感じがする。

 この場で始末をする気なのだろう。一ヶ月にいっぺん程度しか復興村へと姿を現さない私がいなくなっても、気付く人は少ないはずだ。

 おかしいなと思う程度で、気付いた時には骨だけ、下手をすれば骨すら残っていない可能性もある。――他人との関わりを避け続けたツケがここにも回ってきている。

 島での狩猟を主にしている私でさえ、滅多に立ち入らない島の中央へと逃げ続ける。年に二回、見回りに来ればいい方だ。

 この辺りは湿地帯だ。沼のような地面は足を取られやすく、活動がしにくい。銃を使う私にとって、湿気はあまり相性が良くない。異常がないか、身に来る程度に留めている。長居をすることは、まず、ない。


 沼地が目の前に広がる。倒木や、水に強い木々が生育している。葉の間をかろうじて抜けた、陽の光が弱弱しくも差し込んでいる。日中にも関わらず、辺りは薄暗く、視界は良くはないのだろう。

 脚が止まる。泥地とかした地面を逃げるだけの体力はない。いずれは、確実に追い付かれる。死にたくはないが、脚が重く、心臓が爆発をしそうなほど、激しく鼓動を叩き続けている。


「フゥー、フゥー、や、やっと観念をしたのかい。こんな、薄暗い中を器用に逃げ続けたよ。自分の庭だから、容易いって事かい」


 後ろから、追い付いてきたスソーラ達が現れる。若さゆえに、呼吸の立て直しも早い。幾度か転んだのか、髪や衣服に枯葉や小枝がまとわりついている。


「ハー、ハー、ハー、そ、そうゆう、こ、ことでは、ないのですが」


 ここには私も滅多に来ない。そう伝えたかったのだが、彼らは聞く気もないようだ。手にした各々の獲物をこちらに向けて、下卑た笑みを浮かべながら、睨んでいる。


「どうでも、いいことさ。アンタは、ここで、死ぬんだからな。都落ちの犯罪者」


「私は罪を犯して、都市を追われたわけではありません」


「いーや、罪を犯したのさ。その時は違っても、今は、確たる証拠――肩にまとわりついた、その、魔獣がなによりの証拠さ」


 スソーラは、自分の得物、圧縮機で矢を撃ちだす改良型クロスボウを、私へ向けながら、嬉しそうに、嫌な笑みを浮かべ、そう語る。あの得物もきっと、どこかの都市遺跡で見つけたのだろう。


『ギョット、やはり、彼らに念話は通じないのですか』


『ウン、駄目みたい。僕の言うことを聞こうともしない』


 ギョットはスソーラ達へ、懸命に念話を送り続けているようだが、一向に通じないらしい。私だけに念話が通じるのか、それとも、彼らが聞く気を向けていないせいなのかは、判らない。


「おっと、変な真似をするなよ、オッサン。動くんじゃねえよ」


 少しでも距離を取りたい所だが、スソーラの後ろに控えている男二人が牽制をしてくる。


「スソーラ、こいつは俺にヤラせろよ。この、火傷の落し前付けさせてやる!」


 腕に包帯を巻いた若い男が、ニヤニヤと笑みを浮かべながらも、怒気を孕んだ、低い声で物騒な物言いをする。先日の酒場での喧嘩騒ぎ、あの時に火傷を負った男なのだろう。


「安心しなよ。皆で、嬲ろうじゃないか。裁判の代わりさ。いや、死刑の代わりかね」


 三センチの能力を駆使すれば、この場は凌げるかもしれない。だが、いつまでも続けられるわけではない。便利な能力だが、私刑を受け続ければ、いずれは頭痛に阻まれて能力を行使することができなくなる。――なら、どうするか。選択肢は限られてくる。やりたくはないが、やるしかないのか。


『アラムさん! 危ないから逃げて!』


 ジリジリと追い詰められながら、判り切ったことをギョットは叫ぶ。今更、何を言い出すのかと思った矢先に、私の立っている、後ろ側――沼地の方から、水から何かが浮かび上がる音が聞こえる。


 スソーラ達の気も一斉にそちらに気付いて、後ろを振り向く。


「ギャッウアアアァァーー!!」


 怨敵を見つけたかのような叫び声を上げる生き物、新生種。魔獣「甲虫熊」がいる。黒く丸みを帯びた外殻の縁には細く白い線が紋様の様に描かれている。

 思考が止まる。スソーラ達も同じ様だ。突然の出来事に理解が追い付かず、馬鹿のように口を開けて立ちすくんでいる。


『避けて!』


 ギョットの念話で意識を取り戻し、甲虫熊の前から横っ飛びで逃げる。体中が泥だらけだ。私が動いたことで、スソーラ達は矢を打とうとするが、狙いを私にするか、甲虫熊にするかを一瞬迷った。


「ウ、ウワアア、ク、来るな!」


 包帯をした男が、悲痛な叫びを上げて、いち早く矢を放つ。敵対行動を受けた甲虫熊の意識は、スソーラ達に向いたようだ。


「馬鹿! 勝手なことをするんじゃないよ!」


 スソーラが男に向けて、非難の叫びをぶつける。その隙に、その巨体――通常に知る、甲虫熊よりも明らかに大きな身体に似つかわしくない速さで、スソーラ達との距離を縮め、瞬時に詰め寄る。


 スソーラは横に逃げた。後ろにいた包帯の男は、二の矢を番えようとする間に、甲虫熊のぶちかましを喰らう。

 一気に、後方の樹まで押しやられ、樹にぶつかる衝撃音と共に、ブチ、ブチと嫌な音がすれば、四肢は力なく垂れ下がる。顔は巨体に阻まれ見えることはないが、男は呆気なく、こと切れたようだ。

 甲虫熊は、腹に口をやり、腹の肉を無数の牙を持つ顎で食い破り、内臓をすすり始める。ジュルジュルと嫌な音をたて、腸の中の糞尿が混じり合い、死臭が辺りに漂い始める。


「う、うわあ、食うな! 食うな!」


 相方の男が見知った人が食われる様子を見て、気が動転したまま、至近距離から手にした銃を放つ。この男は、私と同じようにライフル銃を持っていたが、至近距離から放ったにも関わらず、丸みを帯びた外殻は、甲高い金属を叩くような音をさせて、銃の弾を容易くはじき返し、かすり傷一つ追わせることが出来ていない。


「グル、グゥ、グギャアオウ!」


 食事を邪魔され、腹を立てた甲虫熊が立ち上がる。やはり大きい。通常の倍の体長はありそうだ。この沼地の主のような存在感をかもしだしている。


 しかし、私がここへ来てから一度も見たことはない。

 もしかすると、最近、住み着いたのかも知れない。


 男は動転しながらも弾を何とか込め、叫びながら、再度、銃弾を放つ。外殻のない、胸側に銃弾はあたる。あれだけ近い距離で大きい的ならば、錯乱状態でも撃てば当たるだろう。

 しかし、甲虫熊は撃たれたにもかかわらず、気にする素振りを見せない。胸の辺りに銃弾の煙がくすぶっている。剛毛と、分厚い脂肪と、筋肉に銃弾は阻まれたようだ。

 あれでは、私の銃も確実に通じない。静かに、着実に、距離を取りつつ、そう、分析する。逃げるしか、手だてはない。今、まさに、銃を撃った二人目の男が襲われている、その隙にだ。


 だが、それを許してはくれない事象が発生している。


 スソーラが腰を抜かして立ち上がれていない。尻もちをついたまま、後ろにどうにか後ずさっている状態だ。


 見捨てればいい。お前を殺そうとした奴らだ。三人も餌があれば、食われている間で確実に逃げられる。甲虫熊は水辺を離れて行動できる時間は少ない、囮にして、逃げろ、逃げろ、逃げろ。誰も気付きやしない!


「ウワァアアア!」


 焦る気持ちのまま、背負った銃を取り出し、手早く紙薬莢を食い千切り、火薬と弾を込める。サクで筒の中を乱暴につき、訳も判らず叫びながら、死肉を食い漁る甲虫熊に向けて銃弾を放つ。


「逃げろ、逃げろ、逃げろ! 呆けているな! 逃げろ!」


 銃弾は甲虫熊のこめかみあたりに当たるも、効きはしない。傷を与えたかも怪しいものだ。


 スソーラに向けて、叱咤を飛ばす。四つん這いになりながら、地面をかきむしる様で、懸命にその場から逃れようとしている。再び食事を邪魔された、甲虫熊は、怒気を孕んだ雄叫びを上げて、勢いよく私に向かってくる。


 怖い、怖くてしょうがない。余計なことをするものではない。身の丈に合わないことは、性に合わないのだ。


「クソッタレが!」


 銃を放りだし、ぶちかましを掛けてくる甲虫熊に向けて、罵声を浴びせ、両腕を十字に構えて意識を集中させる。

 甲虫熊の突撃は、分厚い、何かに阻まれたかのように弾かれる。私の身体もその衝撃に、後方に吹っ飛んでしまう。

 三本角の衝撃など、赤子のようだ。桁が違う。私の身体は、沼の泥地を転げる様に後ろへと飛んでいく。

 何があったか良く分からない、甲虫熊は、再び、転げた私の方に向けて、ぶちかましを掛けに来る。よろめく脚が地に付かない。

 片膝立ちのまま、再度、身構え、両腕に意識を集中させ――私の身体は衝撃に耐えられないままに、宙に浮き、後ろの樹まで吹き飛ばされてしまう。

 したたかに、頭を打つ。前方に意識は集中していたが、後方はおろそかだ。三センチの能力で全てを覆ていた訳ではない。

 意識が朦朧とする。目の前の風景が回るように歪んでいる。意識が上手く集中できないと、三センチは使えない。スソーラは無事、逃げられるのか。彼は、ギョットは、無事か?

 歪んだ風景の中から飛び出てくるように、巨体の甲虫熊がこちらに向かってきているのが判る。随分とゆっくりに感じる。死ぬからかもしれない。時間の経過が遅く感じる。

 迫りくる死の脅威を待つばかりかと思た時に、私の肩がふと軽くなった。ここには、何かがいたはずだ。

 迫りくる巨体が突然、もがき始める。私の元に辿りついてはいない。何が起きた。巨体は口元を必死に掻き毟るかのような行動を取っている。

 青く、透明な、柔らかいものが、甲虫熊の口元を覆ている。噛み千切ることも、掻き毟ることもできずに、嫌々をするように甲虫熊はもがき続ける。


『アラムさん! 逃げて! 早く!』


 肩口から飛び出した、ギョットが甲虫熊の口元にまとわりつき覆っている。私に逃げろ、と念話で呼び掛けている。

 逃げられるものか。誰かを犠牲にして逃げられやしない。あの時のように、逃げた所で、結局、何にも報われやしないのだ。

 何かないか。ギョットが時間を稼いでいる間に、背嚢に仕込んでいた物を思い出す。樹に吹っ飛ばされた衝撃で潰れていたが、周りを覆っていた布切れに染み込んでいる。好都合だ。


 ズボンのポケットに手を突っ込み、オイルライターがなくなっていないことを確かめる。濡れそぼった布きれ――クリアジェムが染み込んだ、可燃性の布を甲虫熊の剛毛が生える腹に目掛けて、投げつける。


「ギョット! 逃げろ!」


 口を覆っていた、ギョットが腐った葉が覆う濡れそぼった地面に飛び退くと同時に、片手で器用にオイルライターに火を着けて甲虫熊の腹へと投げる。


 火は、瞬時についた。危険な程に、甲虫熊の腹で燃え盛る。


「ギャオ、ギャオウ!」


 甲虫熊は、自分の腹に突然ついた、火を見て慌てる。熱さにこらえきれずに転げまわる。寸前の所で、言うことを効かない脚を無理矢理立たせ、動きの遅いギョットを拾い上げ甲虫熊から距離を取る。

 湿地の水気にも負けることなく、クリアジェムの揮発性はその引火能力を発揮し続ける。甲虫熊の剛毛が焼け落ち、脂肪を溶かし、肉を露わにして爛れさせる。が、死に至らしめる程の火力ではなくなっている。火の勢いが強すぎて、周囲の酸素が足りないのかも知れない。徐々に火の勢いは弱まってきている。


『アラムさん、もう一度、僕をあそこに投げて!』


『しかし、まだ、火が点いています! 危険です!』


『大丈夫! 核さえ無事なら、僕は大丈夫!』


 迷う私の腕の中でギョットは必死に蠢き、急かす。


 ギョットは熱感知が可能だ。燃え上がる部分が相当な熱を発していることは、自ずと判っているはずだ。それを承知で投げ込めと、彼は言う--危険は承知の上で、問題が無いと信じたい。

 私は、ギョットの言葉を信じる。彼を甲虫熊の火のつく腹へと彼を投げ込む。彼は温度を感じる。確実に火の熱さは感じ取る。酷い行為だと我ながら思うが、きっとなにかの考えがあるはずだ。

 いまだに、火が点く腹の上をものともせずに、ギョットは再び甲虫熊へとまとわりつく。熱さを感じても、痛みは感じないのか? 爛れ、炭化し始めていた肉の部分にまとわりつくと、青く透明な肉の向こうで見えるのは――炭化し、損傷した肉が分解されて行く光景だ。

 黒く、傷んだ肉が見る見るうちに分解され、桃色の綺麗だが、触れば傷んでしまうような肉が青い透明な肉の向こうに姿を現す。

 ギョットは、腐肉食性ではないのだろう。いや、腐肉食性も合わせもつのだろう。魔獣の肉であれば、死んだ直後の肉でも分解が可能なのか? そうではない。初めて私と共に食事をした時に提供した肉も野菜も分解をした。好まないと言っただけだ。なにを? エネルギーが無いと言った。なら、魔獣の死肉には彼が求めるエネルギーがあるというのか? 魔獣と他の生き物の違いは何だと言うのだ?

 こんなときに湧き上がる疑問。ふと、私は矢を受けた肩に触れる痛みはなく、いつの間にか出血も止まっている。一体、ギョットは何をしたのだ? 一体、彼は、何者なのだ?


『構わずに撃って!』


 疑問で呆ける私に向けて、ギョットの念話が語り掛けてくる。ためらっていると勘違いをされたのかも知れない。しかし、私は先程、銃を投げ捨てている。湿地の泥にまみれたフリントロックのライフル銃は使い物にはならないだろう。

 

 --何を撃てばいい? そう考えた時だった。


「横に、飛べ! アラム!」


 聞いたことのある大声が後方から聞こえる。やはり、いまだに夢でも見ているのか。頬をつねりたい気分だが、痛みも苦しみも散々に味わっている。それに、今は、そんなときではない。声に従い、即座に横に飛ぶ。

 避けた傍から、妙な濁声の直後に凄まじい風圧を伴った何かが飛び込んでくる。轟という音と共に、ギョットの纏わりついた甲虫熊の腹の肉が抉れる。


「ギョット!」


 無事を確かめる様に叫ぶ。自分の身を犠牲にしてまで、何かを成し遂げる必要ない。ましてや、それが、私の犠牲であればなおさらだ。

 あのような衝撃を受ければ、彼が言う、核が、破壊されてしまうのではないか? その心配をよそに、ギョットからの念話は続く。


『大丈夫! もう一度! 大丈夫だから』


 私への返答か、何かを撃ちこむ相手への叫びなのか分からないが、ギョットは無事のようだ。穿たれかけた腹の肉の痛みに、甲虫熊の悲痛な叫びが森にこだまする。

 その止めを刺すかのように、再度、弾けるような濁声と轟音を伴った矢――細長いこよりを、鼻の穴に突っ込んだ間抜けな姿を晒したまま、吹矢の筒を口元に宛がったアトスが用いる、古臭い狩猟の道具の矢が、甲虫熊の肉を完全に穿ち、腹に風穴を開ける。

 ギョットは、甲虫熊の腹から飛び退く。グルグルと喉をならし、よだれを口元からだらしなく垂らす、目の焦点が合わない甲虫熊の足元から素早く拾い上げ、直ぐに距離を取る。


 私を仕留めようとしたのか、振りかぶった腕は力なく、弱弱しく振り下ろされ空を切る。


 そして、その場に崩れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ