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蛇苺  作者: 美吉鶫
3/6

◆追憶◆

◆過去の記憶◆


僕が僕で無くなったのは何時(いつ)だろう・・・


そうだ・・・小学5年になったばかりの頃だ。


あの時、体育の時間で着替えをしていて友達にからかわれたんだっけ。


「おい、紺野(こんの)?」


当時一番仲の良かった生徒から声を掛けられた。


「ん、何?」


僕は上半身裸のまま、彼の方を向く。


「おまえ・・・胸出てないか?」


彼は僕の胸を指指しながら、顔を真っ赤にしている。


「あはは、最近ちょっと太り気味かな?」


すると、周りに居た数人の男子達が僕に視線を向ける。


そこには明らかに女性として膨らみかけた胸が僕にあった。


小さい頃から男の子として育った僕の体が女の子になってゆくのは


かなり衝撃的だった・・・


この日から、僕を取り巻く男子連中の目線が変わった・・・。


さらに衝撃的だったのは、中学一年に入った頃。


胸はもう隠す事が困難なくらいに大きくなり、体もそれなりに丸みを帯びてきていた。


この頃、既に同じ小学校出身の生徒達は周知していたのだけれど、


他校区の小学校からやって来た生徒達は、僕の事を知らない。


だから、体育での着替えの時間はとても苦痛だった。


着替えの時、わざと胸や体を触りに来る者や、からかいに来る生徒が居たからだ。


そしてある郊外での課外授業中、腹痛で気分が悪くなって


近くのベンチで休んでいた時、おしっこをした訳でもないのに


下半身から液体が流れ出てくる感覚があった。


当時はジャージ姿だった為、染み出たその液体は赤く黒ずんだものであることが判った。


「・・・これは・・・血?・・・」


僕はパニックになり、その場から動けずに居た。


そして、僕を心配して来た男子生徒にそれを目撃されてしまった。


「紺野君、大丈夫?」


「足・・・血が出てる・・・」


僕はそれを隠すのに必死だった。でも気分が更に悪くなり、


見られたショックの影響か、僕はその場で気を失ってしまった。


その後の事は良く覚えていない・・・。


目が覚めた時は、病院のベッドの上だった。


そして、その日僕は体が「女」である事を自覚した・・・。



ほんの数年前の記憶を夢に見た僕は、ハッとして目を覚ました。


「僕はこれからどうすれば・・・」


部屋に戻ってからどれくらい時間が経っただろう・・・


父親の『殺人』という大罪と、重く圧し掛かったこの家の跡取と言う責務、


そして先ほどの夢に見た過去のトラウマ・・・


追い詰められた気分と言うのはこの事を言うのかもしれない。


「僕に・・・お姉さんが居た・・・」


独りでにポツリと言葉が出てくる。


そして、悲しい訳ではないのに、なぜか止め処なく涙が溢れてくる。


暫くして、夕食を知らせるチャイムが部屋に鳴り響いた。


僕はインターホン越しに食欲が無い旨を伝えると、再度ベッドに仰向けになった。


フッと、田辺のあの笑顔が頭を過ぎる・・・


僕は無意識に受話器を持つと、彼の家へ電話を掛けていた。


コール音が暫くして、彼が電話口に出てきた。


「はい。もしもしー、田辺ですー。」


「・・・・・・もしもし。」


「なんだー、お前かー。電話くらい、ちゃんと名を名乗れよ、悪戯電話かと思うだろ!!」


「・・・ああ、ごめん。」


僕はいつもの調子の彼の口調を聞くと、少し気が軽くなったような気がした。


さっきまでの涙でクシャクシャになった自分の顔が、微かに微笑む。


「・・・今何してるかなぁって思って電話してみたんだ。」


「別に何するも無いぞ、ボーッとテレビ見てただけだ。」


「・・・あのさ、お願いがあるんだけど・・・」


「なんだよ?藪から棒に」


「・・・ううん。何でもない。」


「おい、どうしたんだよ。気になるじゃねーか。」


「何でもない・・・。ちょっと声が聞きたかったんだ。」


「おいおい、はっきりしろよ。お願い事なら許せる範囲で聞くぞ。」


僕は彼の声を聞いた事で、無性に彼に逢いたくなった。


「・・・あのね、明日逢えないかな?」


「ああ、明日は午後からなら大丈夫だ。お前、何かあったのか?」


僕は悟られまいと、無理に明るく振舞った。


「ううん、なんにも無いよ!。明日、午後にそちらの近くにあった公園


 でいいかな?」


「判った、じゃあ一時頃に公園前で逢おうな。」


「うん。ありがとう。じゃ明日。」


僕はそう応えると、とっさに受話器を置いてしまった。


ちょっと罪悪感を感じつつも、今頃彼は拍子抜けした顔をしているに違いない。


束の間の電話だったけれど、彼の声を聞いて少し心が晴れた気分になった。


そして僕はベッドに戻ると、そのまま深い眠りに入っていった・・・。



早く寝たせいか、朝5時に目が覚める。


昨日の夕方から何も食べてない僕は、一人食堂へ向かった。


厨房ではいつも料理を作ってくれている料理人さん達が既に


朝ごはんの支度に取り掛かっているところだった。


「おはようございます。」


僕はその中の一人、料理長を務める初老の間宮さんに挨拶をした。


「おお、これはこれは。おはようございます。今日はやけに早いですね。」


間宮さんは野菜を洗う手を止め、厨房から大きな体をのっしのっし


と引きずり出してきた。


「お仕事中すみません。ちょっと目が覚めるのが早かったんだ。


 昨日の夕食食べてなかったから、なんだかお腹が空いちゃって・・・」


僕はお腹に手を当てながら空腹感をアピールする。


「そうですか。まだお出しできる物は出来ておりませんが、


 賄い(まかない)ならありますよ。お召し上がりになりますか?」


「僕、賄い料理って今まで食べた事無かったんです。


 少しだけ頂けますか?」


間宮さんは申し訳なさそうに厨房へ戻り、暫くしてトレイに料理を載せて戻って来た。


「お口に合うか判りませんが、どうぞ。召し上がって下さい。」


目の前には、シンプルなサンドウィッチと紅茶、そしてスープが出された。


シンプルとは言っても、よくレストランで頼むと出てくるような


中に色々な具材がサンドされたものだった。


「ありがとうございます。では、頂きまーす。」


僕はお腹が空いていたので、早速サンドウィッチを手に取り齧り付いた。


美味い。お世辞抜きに美味しい。


賄い料理を頂いている間、昨日の一件が嘘のそうに思えるくらいに


幸せな気持ちになっていく。


今までこの家で食べて来た料理とは比べ物にならない美味しさに驚いた。


「間宮さん、この料理はあなたが作られたのですか?」


彼は首を横に振ると、厨房で一生懸命料理をしている一人の若い男性を指差した。


「お恥ずかしながら彼はまだ18歳です。こちらにお世話になって1年になります。、


 私の遠い親戚にあたるのですが、両親を早くから無くしてしまい、今は私が


 彼の面倒を見ています。」


僕は唖然とした。


僕と2つしか歳が違わないのに・・・


簡単な料理なら作れるけれど、このような美味しい料理は絶対に作れない・・・。


料理がシンプルであればあるほど、その味を表現するのは難しい世界だ・・・。


彼の一生懸命に鍋を振るう姿を見ていると、


昨日の落ち込んでいた自分が小さく思えてくる。


食事を終え、僕は間宮さんと彼にお礼を言うと、部屋へと戻った。

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