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蛇苺  作者: 美吉鶫
1/6

第一幕

第一幕・序章


「ねぇ、ねぇ。お母さん。」


「なーに。和美?」


「この綺麗な野苺《のいちご》はなんて言うの?」


「それはねえ、蛇苺《へびいちご》って言って、食べられないこともないけど・・


 蛇が食べる苺・・、その苺を食べに来た動物を蛇が食べるから、蛇苺って言うのよ。」


「へぇー、食べたら美味しい?」


「味を感じ無いから美味しい?とは言えないわねぇ。」


「そうなんだー。苺なのに・・・、苺じゃないんだよね・・・。


 まるで、僕みたいな苺だねっ」


「どうしてそんなことを言うの?」


「だってー、苺なのに苺じゃないんでしょ? 僕は女の子なのに、男の子なんだもん。」


和美(かずみ)・・。」



僕は何度同じ夢を見ただろう。


小さい頃、母さんと庭に生っていた『蛇苺』を僕に例えて、母さんを困らせてしまったっけ・・。


あれ以来この季節になると、庭の蛇苺の事を思い出す・・・。




◆始まり◆


今日は私立永友高校《わたくしりつながともこうこう》の入学式。


僕が居た中学では、卒業すると隣接する公立高校へスライド式に


入学していくのが慣例となっている。でも、そんな僕は高校生活を同じ


「人達」と過ごすのは嫌だったので、紺野家が運営する私立永友高校を受験し、


"特例"として入学することとなったのだけれど・・・




電車に揺られる事40分。駅の手前に立ち並ぶ、満開の桜並木を抜け、


永友駅に到着する。水色なのか青色なのか、微妙なカラーの制服の


"集団"と僕は下車する。


「うーん、この制服の色はどうみてもアニメキャラ連想してしまう


と思うのは僕だけなのだろうか・・・」


学校までの道のりは賑やかな商店街と並木道を抜けて行く。


(この並木道は通称『白樺通り(しらかばどおり)』と言われてる。結構雰囲気良し)


10分程歩くと、校門に到着。


校門では、アーチ状の門が立てられ"祝・入学おめでとう"と、


これまた有り得ないくらいの生花で飾られていた。


「これから高校生活が始まるのかぁ・・・僕ちゃんとやってけるかなぁ・・」


この不安とも期待とも取れる独り言を言ってるのは


僕、紺野和美(こんのかずみ) 身長は140cmと小さいのは仕様。


なぜか周りの生徒達が、僕に対してヒソヒソ話が聞こえてたのには、


「あぁ、やっぱりきたよ・・・」ちょっとうんざり気味。


担任の先生から登校したら職員室に来るように言われていたので、


そそくさと下駄箱から用意していた内履き用シューズに履き替えつつ


足早に向かう。


ちょうど、職員室手前で扉が開き、これから担任となる上原先生(うえはらせんせい)


(38歳男性・独身?)に出会う。


「おお、紺野、着いたか。ちょうど良かった、これから理事長室に


行くから、お前も着いて来なさい。」


「あ、、はい。」(うーん、ちょっと面食らった)


コンコン、


「・・・開いてるよー」


「理事長、失礼致します。紺野が来ましたので、お連れ致しました。」


「はーい、入ってーー」


(なんちゅう緊迫感のない学校なんだ・・・)


「失礼します。お世話になります。紺野和美です。」


「おお、来たか来たか。待っとったよ。そこに掛けなさい。」


(一見、初老のヤクザとしか思えない風貌なんだけど・・


これが僕の叔父なんだよねぇ・・・


そして、豪華なソファに腰掛けつつ、部屋の中をぐるりと見渡す僕。)


「理事長、今日からこの子が入学するにあたって、生徒達に説明が


必要かと思われますが、いかが致しましょう?」


「僕は全生徒達に説明はいらんと思っとるよ。むしろ説明するほうが


かえって話がややこしくなると思うが・・・」


「・・・判りました。私のクラスのみ、説明すると致しましょう。


 おのずと自然に全生徒達へ認知される事と思われますので・・」


「上原先生、この子の事。頼んだよ。(なぜか僕の両手を握り締めつつ)」


「紺野君、この学校で何かあったらすぐに上原先生か、僕に相談しなさい」


「理事長、お心付けありがとうございます。」


「そろそろ、教室では生徒達が揃ってる頃じゃろうて、宜しく頼むよ。」


「では、失礼致します。」


僕も一緒に一礼しつつ、理事長室から出ると、上原先生と一緒に教室へ向かう。


教室までの間、この学校の花壇や、芝生が敷き詰められた、


公園とも言える広さを持つ中庭を拝見する。


さっきまで不安だった気持ちがなんだか軽くなった気分だ。


教室は学年毎に建物が分かれてて、一つの建物に6クラスが成績順に上階


から分かれてる。


なぜか、中学の頃の成績がクラスの中程だった僕は、最上階へ。


(そんなに入試で良い成績取ったかなぁ?・・・)


「紺野、ちょっとここで待っててくれるか。」


一度に20人は入るであろうエレベーターに乗り、最上階に上がった所に


待合室の様な部屋がある。そこで僕は待つ様に言われた。



◆アイツ◆


なんだか、クラスの女共が騒々しい。


この学校は色々な地区から来る生徒が多いから、新しい友達を作ろうと


お喋りに必死なんだろうが、ハッキリ言って"五月蝿い(うるさい)"


つーか、なんで態々(わざわざ)この高校に来たのに、"アイツ"とクラスが一緒


なんだーーーっ!!


俺の名前は田辺信次(たなべしんじ)、中学時代に相撲部だった俺は人一倍体型で


目立ってる。そして、問題の五月蝿い"アイツ"は・・・


藤原悦子(ふじわらえつこ)。俺の中学からの腐れ縁だ。


そして、藤原の話相手に巻き込まれてるのは、えーっと席の名簿からっと・・


宮原かなえ(みやはらかなえ)。結構、清純そうな子だ。


ちょっと〜、俺〜ああいうタイプ好きかも〜。


あれっ、そういえば、俺の隣の席に来てない奴が居るじゃん。


名簿から・・・"紺野和美"(こんのかずみ〜、ラッキー。女かよ。)


って、待てよ。この席の列は男子だよなぁ。何かの間違いじゃね・・・?




「ねぇねぇ、今日来る時さぁ、変わった子がこの学校に入ってくの見たのね」


「それってどんな感じの子だったんですか?」


「制服からしてこの学校の男子には間違いないんだけどさぁ〜、


 髪は肩くらいの濃い茶色で、顔は可愛い女の子だったわけよ!」


「で、藤原さんはその子に一目惚れしたわけですねっ?」


「そんなー、違うって。女の子が男子の制服着てたから驚いたのよ」


「まぁ、気になる存在にはなったわけですよね〜?」


「まぁね〜。どんな子か、ちょっと興味あるじゃん。」


ガラッ!!


(おーっと、先生がおいでなすった。)


騒がしかった教室が一気に静かになる。


「みんなー、今日は永友高校への入学"おめでとう"、私はこのクラスの


 担任になる上原克己(うえはらかつみ)だ、これからの3年間宜しく頼む。


 まず、始業式前のホームルームの前に、みんなに話しておきたい事があるから、


 ちゃんと聞いてほしい。」


先生が一旦教室を出て行く。(教室内がざわつく。一体、なんなんだ・・・)


再び教室のドアが開けられ、独りの生徒と共に先生が入って来た。


一瞬のどよめきの後、シーンと教室が静まり返る。


「この子の名前は紺野和美君だ。これからこのクラスでみんなと一緒に高校生活を


 過ごすことになる。


 みんなも気づいたと思うが、制服は男子の制服を着てるが、容姿は女の子だ。


 彼は戸籍上は"男の子"、身体上は"女の子"、つまり"半陰陽(はんいんよう)"という特殊な体質


 を持って生まれた子だ。


 そういうのもあって、中学時代は色々とイジメられたらしい。


 だから、この高校で彼には、そんなイジメとかを体言して欲しくないと思っている。


 社会には彼の様な人達が頑張って生きて居る事をみんなに知ってもらうと共に、


 3年間、仲良くやってほしい。」


この好奇な目線には僕は慣れてるけど、毎度キツイなぁ・・・


先生に(うなが)され、教壇の前へ。


「初めまして、紺野和美です。皆さんには違和感があると思いますが、頑張って


 溶け込んで行きたいと思っていますので、どうぞ宜しくお願い致します。」


(うぉーーっ、ちっちゃくて可愛ぇぇぇぇ、って。あいつマジで男なのか?)


(えーっ、ウソーッこの子と同じクラスだったのー、これは運命感じちゃうよね!)


「えーっと、紺野は田辺の隣の席になるな、田辺君、紺野の事宜しく頼むな。」


(げっ、俺に振ってきたかよ)


「あ、はい。判りました。」


僕はその指定された席へ移動すると、周りの生徒達に挨拶しつつ、着席する。


「よーし、みんな、お喋りはおしまいだ。これよりホームルームを始める。」



◆入学式◆


ホームルームが終わり、全員が体育館へ移動し始める。


その間、クラスの色々な女の子から声を掛けられる。


流石に愛想笑いを振りまくしかないのがツライんだよね。


体育館へ移動しつつ、背の低い僕は一番先頭に並んだ。


やっぱり、僕の周囲が慌しいのはお約束なのだろうか・・・


そして、入学式が始まると、役員とかなんとか、挨拶の長さに


ちょっと飽きてくる。


理事長が壇上に出てきた。


「新入生諸君。我が永友高校への入学おめでとう。


 ご存知の通り、この学校には校則はありませんが、


 生徒会による生徒会規律があります。


 詳しい事は生徒手帳を見て確認して下さい。


 それから、これは。私から皆さんにお願いがあるのですが、


 昨今、生徒間によるイジメが他校から多く報告されています。


 この学校の生徒にはイジメなどという卑劣且つ、残酷なことをする


 者は居ないと思っていますが、もし、そのようなことを見たり、聞いた


 という場合は、速やかに担任やこの私に報告して頂きたい。


 以上。」


(なぜか理事長の目線が僕に向いてるのが凄く気になる・・・)


なんとか入学式が終わり、それぞれ教室へ戻って行く途中。


後ろからいきなり声を掛けられる。


「紺野君、紺野君ってば、」


肩に手を置かれ、とっさに振り向く僕。


身の丈190cmはあろうかという長身に甘いマスク。整えられた頭髪の男子生徒が


僕の後ろに立っていた。


「えっ、うーんと。どちらさんでしたっけ?」


「やだなぁ、高専の試験会場で一緒になった第ニ中の"富野秀治(とみのしゅうじ)"だよ。」


「・・・ああ。あの時はごめんなさい。助かりました。」


思い出した。


公立校をとりあえず受験した時、消しゴムを忘れた僕は隣の席に居た、


このいかにも体育会系&イケメンの富野君に消しゴムを半分貰ったんだっけ。


「紺野君、結局この学校に入る事にしたんだね。」


「うん。中学時代の人達と同じ高校に行きたくなかったからね。」


「でも贅沢だなぁ、紺野君、高専受かってたの合格発表で見たんだぞ」


「ああ、ごめん。・・でも結局富野君と同じ学校に来れたのは良いんじゃないかなぁ(汗)」


「まぁそういう事にしとくよ。僕は2組だから君の一つ下の階になるよね。


 時々1組に遊びに行かせてもらうよ。」


「ありがとう、独りでちょっと心細かったんだ」


「じゃ、休憩時間とかに寄るよ。」


「うん、ありがとう。また。」


とりあえず、友達一人出来たみたい。ちょっと嬉しい。



◆動揺◆


教室に戻ると違うクラスの女の子とか色々やって来た。


なんだか女の子は僕みたいなのが興味深深で仕方ないみたいだ。


まぁ、これはこれで嬉しいんだけど・・・


しかし、この子(藤原悦子)はかなりしつこい。


「ねぇねぇ、紺野君。お昼は食堂に行くよね?」


「うん。この学校の学食は普通のレストランより美味しいって聞いたから


 行ってみたいと思ってたんだ。」


「じゃあ、一緒に行こうよ。(なぜか田辺君と僕を指差しつつ)」


「えっ、藤原、なんで俺も一緒なんだよ。」


「あんたも一人で食べるの楽しくないでしょうが?」


「大きなお世話だ。」


「先生から紺野君の事"宜しく頼む"って言われたでしょ?」


「あ〜、判った判った、行けばいいんだろ行けば。」


「なに、その投げやりな態度。」


賺さず(すかさず)斜め45°チョップを浴びる田辺君。


お昼時間になり、田辺君、藤原さん、宮原さんと食堂へ。


「すっげーっ、食堂とかっていうレベルじゃねーぞ」


「驚いたぁ、普通セルフですよね?」


「和・洋・中、なんでも食べれるんだぁ」


一同、目が点になるほどの豪華レストラン振りに驚く。


僕と宮原さんは軽めのオムライスを、田辺君と藤原さんは揃ってステーキ


2枚って・・・食べれるのかなぁ。


ちなみにこの食堂は一般にも開放されていて、席は生徒と区別されている。


生徒の料金は一律400円。ご飯お代わり、飲み物等もお代わり自由だったりする。


この学校に来て良かったと思うメリットの一つでもある。


食事中も、色々な人達から質問攻めにあったけど


とりあえず、無事に過ごせたみたいで"ホッ"とする。


午後からは掃除タイムらしく、僕たちは、あの芝生の庭の手入れをするらしい。


ちょっと不安なのが、体操服に着替えるんだけど、どうなるかとても不安だ。





「おい、紺野。そろそろ着替えないと遅れるぞ」


「うん、ああ。ありがとう」


そういう田辺君はちゃっかり着替えてる。(いつ着替えたんだろ?)


「紺野、どうした?」


「あの、ね。着替えるのって僕、人に見られたく無いんだ(汗)」


「あぁ、すまん。じゃあ隅っこで俺が盾になってやるから、


 俺の後ろで着替えろ」


「ありがとう、助かるよ。」


(嗚呼、めんどくせー。なんでこいつの守りしないといけないんだ俺。)


何気なく向かい側のドアに反射して見える。紺野の着替えがチラッと見える。


(ゲッ、む。む。胸が。胸があるぢゃねーーーか!!)


(は、は、肌、白ーーーーーー、)


(いかん、お、落ち着け俺、動揺したら見たことが、ば、バレるじゃねーか)


「田辺君ありがとう。着替え、終わったよ。」


「あ、ああ、良かったな。よし、行くぞ。」


(やっべー、でも俺、嬉しいかも)


「うん。」


紺野はやっぱ女だった。疑いようもない女だった。


なんなんだ、この消化不良なモヤモヤ感は・・・


ヤバイ、あいつは男だ。男なんだ。(何度も思い込ませようと俺必死。)


掃除中、なるべく意識しないように紺野とは違う場所で、他の奴らと


駄弁る(だべる)


「なーに、あんた達こんなところでサボってる訳〜?」


また藤原(こいつ)か。


「ちゃんと掃除してるじゃん。」


「ここだけ掃除しててもダメでしょ?」


「一つ教えとくけど、この学校の校舎以外の至る所に監視カメラが設置


 されてるから、覚えといたほうがいいわよ〜。」


「まじか。」


「まじ。」


そこへ、指導教師らしい先生がこちらに向かってくる。


「いや〜、藤原さん貴重な情報ありがとう。僕たち向こうも片付けない


 いけないから、失礼するよ〜」


(やっべ〜。危うく怒られるとこだったぜ)


「田辺君、探したんだよ。」


「おわっ!、なんだ。紺野か、びっくりするじゃねーか」


「ごめん、ごめん。荷物運ぶから手伝ってくれって、先生が呼んでたから


 探してたんだよ。」


(うっ。何、この上目使い。ちょっ、うぉ〜、可愛すぎるぜ。)


「あぁ、判った。何処に行けばいいんだ。」


「本館の自動販売機前だよ。」


「判った、じゃ行ってくるわ。」


(俺、なんで紺野の事意識してんだ・・?)



◆帰宅◆


帰り際、富野君が教室にやって来た。


「紺野君、一緒に帰ろう。」


彼が教室に入ってきた瞬間、クラスに残っていた女子達が黄色い声を


上げ始める。


流石(さすが)、スポーツ万能、容姿端麗なだけはある。


「うん、ちょっと待っててね。」


その間、女子達の目線が彼に集中する。


(なんだ、この爽やか過ぎる奴は、紺野の知り合いか?


 やけに紺野に馴れ馴れしいじゃねーか、なんか気にいらねぇ)


「田辺君も一緒に駅まで帰ろうよ?」


「俺はいいよ、途中、商店街寄ってくから。」


「そうなの?、さっきは駅まで一緒って言ってたから」


「いいよ、いいよ、ちょっと用事を思い出したんだ」


「うん、判った。じゃ、また明日ねっ。」


(うぉぉぉぉぉぉ、俺にその笑顔光線浴びせんじゃねーーーー!!)


「あ、あぁ。明日またな。」


紺野はその爽やか青年と仲良く帰って行った。



なんなんだ、この嫉妬みたいな感情は・・・


男に嫉妬ってしてる俺はなんなんだ・・・




この学校にはスポーツ系のクラブ活動に相撲部が無い。柔道部はあるが


競技自体が違うから、入ろうとも思わない。


自然と"帰宅部"になるわけで、なんの為にこの学校に来たのか、


自分でも判らない。


しかし、今日は色々有り過ぎた。


訳のわからん、紺野って奴は出てくるし。保護者気分の藤原にはとぐろ巻かれるわ・・


ふと、紺野の座ってた席に目が行き、独り言が口を突いて出る。


「あいつが普通の女の子だったらなぁ・・・」


今まで女の子として周りの女子達を意識したことはない。


もちろん初恋なんてものは未経験だ。


子供の頃から相撲ばっかりやってたからかな。


因りによって、紺野の事を意識し始めている。


なんで他の女じゃないんだ?


俺は変態なのか?


俺は普通じゃないのか?


「あ、」





紺野は中学の頃、苛められていたと言っていた。


ふと、紺野が受けていたであろう、イジメなど苦労した気持ちが


一瞬判ったような気がした。



◆人と違うということ◆


『お母さん、僕。今日幼稚園でまた裸にされたの。』


『またなの!?前に園長さんに注意してってお願いしてたのに・・・』


『なんで僕だけいつも仲間外れにされるの?』


『ごめんね。お前は何も悪いことなんかしてないんだよ。』


『ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。・・・・』



もう、何回この夢を見ただろう。


母は夢の中でずっと謝り続ける。


許されることのない永遠の贖罪(しょくざい)を・・・



僕は生まれた時、男として付いてるモノがあったそうだ。


だから出生時は"男"として、登録された。


でも、1歳になる頃、その"付いていたモノ"は消え、女子とも言える


"モノ"が存在し始めた。


その頃から、女の子として育てられてたら、どんなに楽だったろう。


着ている物が男で、中身は女というアンバランスな生活が


僕を苦しめ続けた。


成長期には胸が発達し始め、外見でもそれとわかる容姿になった頃、


また、教室内で裸にされるという"処刑"が再燃する。


その度に親を責めてしまう自分が情けなかった。


転校して新しい人生を歩むという選択肢は当時許されなかった。


決して癒えることの無い、僕の心の傷。体の傷。


神が存在するなら、僕は迷わず神の存在を呪うことを誓う。


「神は誰一人救うことは無い」と。




◆初夏◆


「みんなー、明日はプール実習だからー、水着忘れて来るなよー」


(プール実習かぁ、僕どうしよっかなぁ・・・休んじゃおうかなぁ)


「おい、紺野。明日のプール実習出るんだろ?」


「えっ、いやぁどうしようか迷ってて・・」


「もしかして休もうとか考えてるんじゃないだろうな。」


「あはは、わかった?」


「明日は休むなよー、明日はお前と組む予定なんだからなぁ」


「そんなに凄まなくたっていいじゃないかぁ、出るよ。出ます!」


「頼むぞ、休んだら"昼ご飯一週間奢ってもらう刑"だからな。」


「田辺はいつも食べ過ぎなんだよ。」


「いいじゃん、食べる事しか楽しみ無いからな。」


「じゃ、俺はこれからダチと海パン買いに行くから」


「うん、行ってらっしゃーい。」


(僕も水着を調達しなきゃまずいなぁ。


 ブラとか判んないから、藤原さんたちに相談してみょーっと。)


「ねぇ、藤原さん、これから水着買いに行きたいんだけど、


 付き合ってもらえないかなぁ?」


「あ、いいよ。私で良ければ。」


「助かるー。恩に着るよ。」


「じゃあ、他の子たちも誘っていこっか?」


「え、その他大勢と・・・?」


「大丈夫、大丈夫。見るのは私だけだからさ。」


「宜しくお願いいたします。(ぺこり)」


「どういたしまして。(ぺこり)」


早速、僕達は近くのショッピングモールへ繰り出す。


「値段高いなぁ、なんでこんなのが1万円もするの?」


「安いのはそれなりの物だって、良い物買っとけば長い眼で見たら


 得することだってあるわよ。」


結局、良くわからない持論を展開されて試着することに。


「和美ー、脱いだら教えてねー」


「はーい。・・・・・・・脱いだよー」


「それじゃあ、失礼しますよっと。」


(和美の胸カワイー!、Bはあるかな?。でも私の方が負けてる!?)


「どうしたの?」


「あははは、何でもない何でもない。あはははは、」


思ったほどすんなりと試着完了。


なぜか、付いて来たその他大勢の女子達に、独りずつお披露目する羽目に・・


「バッチリ、似合ってる。似合ってる。」


「下はビキニじゃ不味いから、トランクス風で似た柄にしてもらおっか?」


「え、そんなこと出来るの?」


「下着もそうだけど、水着もアレンジ次第で見栄えが変わるもんなのよ。」


「じゃ、お任せするよ。」


こうして、小遣いの出費が痛かったけど、無事に水着を確保出来たのには


感謝。感謝。


その後、みんなと一緒にモール内の喫茶店へ移動し、スィーツの花開く。


しかし、よくこれだけ甘いものが食えるなぁと感心していると、


藤原さんと宮原さんが、じーっと僕を見ている事に気づく。


「僕の顔になんか付いてる?」


「いや、別に。こうまじまじと君の顔を見る機会が無かったから観察


 してたのよ。」


「人を昆虫か何かと勘違いしないで下さい。」


「でも、ほんっと可愛いよねー。」(二人なぜかハモる)


「はいはい、社交辞令どうもありがとうございます。」


「やだなぁー、からかってる訳じゃないって、いっそのこと制服を女子用


 にしてもらったら?」


「無理」


「なんでー」


「今までスカートなんか履いたことないし。」


「履いたこと無いってまじで?」


「うん。無いよ。」


「よし、次はコスプレ大会に決定ー」


そして僕は、スィーツを食べ尽くした彼女達に連れられて、


モール内のブティックへ拉致されたのであった。




翌朝。天気は晴れ。


1、2時限の体育は2組と合同でプール実習だ。


俺はさっさと着替えて、プール前にて相棒の到着を待つばかりである。


ちなみにこのプールは室内温水プールになっていて、年中利用することが出来る。


今回のプール実習は男子と女子は別時限で行う為、女の子の水着姿は見ることは


出来ない。いや、なんとも悲しい。というか、残念だ・・・。


待ってる間、ダチと小突き合ってる途中で、男共の怒声とも黄色い声とも言える声


が響き渡った。


ちょうど相棒が入ってきたところだった。


その間、『ヒュー、ヒュー』と口笛を鳴らす奴ら。


手を叩きながら「かわぇぇぇぇぇ」を連呼するバカ。


どうみても、こいつら。野獣だな。(俺は除く)



相棒の小走りに走る姿、何気にたわゆむ胸。


はちきれんばかりの白い肌・・・


「お待たせー、ごめんねー。遅くなっちゃった。」


(毎度この笑顔光線はタマラン。というか俺のリビドーがぁぁぁ・・・)


「お、俺はそんなに待ってねーぞ。」


とはいいつつ、目のやり場に非常に困る。


例えて言うなら、グラビアの水着姿のお姉さんとでも言えようか。


(こいつ、こんなに胸でかかったのか・・・まじでタマラン・・・)


数分して、先生到着。


「よーし、みんな2列に並んで、準備体操だ」


プールの奥行き一杯にムサイ男共が立ち並ぶ。


中には紺野の姿に我慢しきれないのか、ハァハァ言ってる奴も居る。


(こいつら、紺野に手を出しやがったら承知せんぞっ)


俺は紺野と組み、柔軟体操を手伝う。


「田辺さぁ、相撲やってた割りには体硬いんじゃないの」


五月蝿い(うるさい)。この学校来てから運動してねーからだろ」


紺野は俺の背中を押しつつ、なんとか前屈伸を手伝おうとしてる。


((ちから)が無いのに一生懸命な所が可愛いじゃねーか、チキショー)


「何か運動始めたら?」


「何しろって言うんだよ?」


「学校に相撲部作ってって頼んだら出来るかもしれないよ。」


「無理無理。俺にそんな権限ねーよ。」


「今日にでも理事長に相談してみよっか?」


「おまえ、余計なことすんなよ。」


「だって、田辺。相撲続けたいって言ってたじゃないよ。」


「あれは本心ではあるけど、俺一人でなんとかするから心配すんな。」


「え〜」


(たしかに俺は相撲が好きだ。出来れば続けたい。紺野の俺を思う気持ち

 が有りがたかったが、自分のことは自分でなんとかしたい。)



「よーし、だいぶ体が解れた(ほぐれた)だろうから、順番にゆっくりと


 プールに入るようにー」


「紺野、お前先に入れ」


「え、いいの?」


「いいから、行け」


「わかったー」


(不貞腐れた態度がツンデレぽくてそそられる。俺の内心は辛抱たまらんのだよ)


しばらくして、俺たちが入ることになった。


「田辺、溺れるとかは無しね。クスッ」


「ば か や ろ う、脂肪の塊が沈むわけないだろ」


そして、僕達は二人一組で、クロールの練習を始めた。


「紺野うまいなぁ」


「うまくないよ。不味い(まずい)よ。」


「お前わざと答え違えて言ってるだろ。」


「ほんと、うまくないよ。立ち泳ぎ専門だし。」


「じゃあ、次は俺がやるから、手を持っててくれ」


「了解。」


紺野の手は温水プールだというのに、なぜか冷水に浸かってたかのように


冷たかった。



この学校に入ってからもう4ヶ月になる。時々、紺野の手を見ると、雪のように


白いのだ、血が通ってるのか不安になるくらいだ。


本人は「ホルモンのバランスが良くないから」だって言ってたが、実際のところ


大丈夫なのか心配だ。


そして、俺は紺野の事が好きだ。男?そんなことはどうでもいい。


外見中身は女の子だ、こいつは小さい頃から苦しい思いをしてきた、


俺はそれを乗り越えられるだけの生きる楽しさを与えてやりたい。


もう苦しい思いはさせたくない。


こいつは俺が守る。なにがあっても守る。


俺はそう心に誓う。




「田辺、もうちょっとだね。」


「そうか?」


本人は精一杯泳いでるんだけどな・・・


「やっぱ運動不足が祟ってるのかもな、息が続かん」


「ちょっと休憩する?」


「そうだな、水の中は妙に体力の消耗が激しすぎる」


紺野は小さな体をヒョイっとあげると、プールサイドに腰掛ける。


「俺にはそんな芸当はできんなー」


「痩せたら出来るかもよっ」


「よし、今度は俺が上がるから、手貸してくれ」


「僕じゃ無理だよ、先生呼んで来るね?」


「ああ、そうだよな。すまん、頼むわ」


俺はなんとか自力で上がろうとチャレンジしてみる。


何度か試みたが、だれきった体は上がらなかった。


そして、入学以降まともな筋力トレーニングしてなかったのが


祟った。


急に意識が飛んでいく・・・


『あれっ、周りが暗くなってく・・・』


不運なことに、周りの奴らは自分達のことで一生懸命なのか、


俺の沈む体に誰一人気づかない。


『俺は・・死ぬのか・・・あいつに告白すらさせてもらえないのか・・・』





「タナベッ!!」


僕は咄嗟(とっさ)にプールに飛び込み、田辺を水中から水面へ引き上げる。


そして、他の男子の手伝いを受けて、なんとか田辺の体をプールサイドに


あげることが出来た。


胸に手を当てると微かに動いている。賺さず(すかさず)僕は人口呼吸に入る。


「タナベッ!!、しっかりしろ!!」





「・・・グハァッ!!」


何回か繰り返した後、吹き出るように水を吐き出すと、彼は意識を取り戻した。


「田辺!!大丈夫っ!?」


「あれ、俺どうした・・・んだ」


「バカァ、びっくりさせないでよ!!」


なぜだろう。僕は顔をくしゃくしゃにしながら泣いてる。


嬉しさ半分、怖さ半分。



昔、睡眠薬で自殺しかけて息を吹き返した自分と、彼がオーバーラップして見えた。



掛買いのない友人を僕は失いたくない・・・。





すぐさま保健室へ彼を移動し、応急処置後の手当てをする。


「紺野、迷惑掛けた。すまん。」


「いいよ。助かったんだから、もう謝らなくていいよ。」



「お前が人口呼吸したんだってな。  ありがとうな。」









「田辺の・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ばか」



「俺さぁ、」


「喋ったらダメだって、黙って安静にしてて」


「いいから、言わせてくれ。」


「・・・・」



「なに?」





「お前のことが・・・・・・・・・・・・・好きだ」




「ばか。こんなシチュエーションで言うことじゃないでしょ?」


「僕は教室に戻るよ。絶対に安静にしとくんだよ!」


僕は彼に答えを返せないまま、保健室を飛び出した。



◆選択◆


あのプールでの一件から、俺に対する紺野の態度が少し変わった。


目立って、俺を避けている訳ではない。


俺があいつの体に触れると、びっくりしたようなリアクションをするのだ


以前なら、「なにするんだよー」と軽くあしらったのに・・・




俺のこと嫌いになったんなかぁ・・・ちょっとショックだ。



「なぁ、藤原。紺野の態度なんか変なんだよ。お前聞いてみてくれんか?」


「なんで、あんたの伝書鳩しなきゃならないのよ。自分で聞けばいいじゃん。」


「なぁ〜、頼むよ。俺こういうの苦手なんだよ〜」


「よし、昼飯3日間ゴチでどうよ?」


「おー、安い安い。それくらいいいぞ」


「よし、昼飯2週間ゴチで手打ち。決まり。」


「さっき3日間って言ったじゃんかよ、きったねーの、人の足元見やがってー」


「じゃあ早速行動開始するか。」


藤原は立ち上がると紺野を探し始めた。



その頃、僕は理事長室に居た。



「理事長、今日はお願いがあって来ました。」


「どのようなお願いかな。」


ずっと黙ってたけど、僕はこの学校の創始者『紺野雄一郎(こんのゆういちろう)』の孫だ。


どうりで成績がそんなに良くなかったのに1組に入れた訳だ。


理事は雄一郎爺ちゃんの娘婿にあたる人で、信頼できる叔父でもある。


二代目であった亡き父の代わりに、この学校を取り仕切ってもらっている。


僕が男を通す必要がある理由は、『紺野家』を継ぐ為なんだけど、


実際もって僕は興味が無い。理事もその事は理解して貰っている。



「理事、この学校に相撲部を創設してもらえないかな?


 中学相撲県大会で優勝したことのある友達が居て、相撲を続けさせてやりたいんだ。」


「出来ないこともありませんが、私一人では決断できません。


 ・・・今度開かれる理事会で、議題として提出してはいかがかな。」


「次の理事会は来週ですね。私も出席しますので、取り計らいの程


 宜しくお願いいたします。」


「承知しました。 ところで、この学校にはもう慣れましたかな?」


「はい。これも叔父様のご尽力のお陰です。


 それから、生徒会の方々にまだご挨拶してなかったのですが・・・


 宜しかったですか?」


「生徒会の方には後日機会がございますので、その時にでも宜しいかと。」


「承知致しました。では、来週の理事会で。 失礼いたします。」



ふぅー。相変わらず疲れる。


さてと、教室に戻らないと・・・




ドンッ!!!


「痛ったーーーーーー」


「あれ、藤原さん。  余所見してた!ごめんなさい!!。」


「痛かったなぁ、紺野君に慰謝料請求してもいい?」


「えっ、」


「なーんてね。嘘だよーん。」


「ごめんなさい。」


「いいよ、私も走ってたし。お互い様よ。」


「ここじゃぁなんだから、レクリエーションルーム行かない?」


「あ、うん。いいよ。」


僕達は本館3階にある通称レクリエーションルームへと移動した。




「今野君さぁ、田辺になんか言われたの?」


(ギクッ、鋭い)


「いや、別に・・・ないよ。」


「嘘つくと針千本飲まないといけないのよ〜。」


「そんなもん飲めないし。飲みません。」


「何も無かったらいいんだけどさ、あいつ。和美ちゃんのことで悩んでるみたいなのよねぇ」


このジクジクと傷を掘り返す言葉攻めは相変わらず嫌だなぁ。


「本当はさぁ、田辺が和美ちゃんに告白したんじゃない?


 それで、待てど暮らせど中々返事が貰えないんで、私にお鉢が廻ってきたってのは?」


「御見それしました。」


あっさり、降参する僕。


「やっぱり、そっかー。私の恋も終わりかぁ」


「ひょっとして、藤原さん田辺のこと好きだったの?」


「まぁねぇ。小さい時からの腐れ縁でさ、あいつ相撲の事しか考えてないバカだから


 でも、あいつの好きな相手が和美ちゃんなら許してもいいかな。」


「え、なんで?」


「私は人の恋を横取りするほど人間汚れちゃいないですからね。」


「でも、僕はうまく返事出来ないよ〜。」


「あらあらぁ、恋の相談窓口はここかしらぁ?」


突然後ろから聞き覚えのある声が割り込んできた。


「宮原さん、いつからソコに居たんですか?」


「最初からココに居ましたよ。」


「じゃあ、いままでの話を全部聞いてたとか?」


「聞くとも無しに聞こえてくるものですからぁ・・・聞いちゃいましたぁー。」


はにかむ小悪魔って感じがして、さて・・どうしたものやら・・・


「私は退散したほうが宜しいですかぁ?」


「いえ、別に退散しなくても・・・というか、意見聞かせてくれると助かります。」


僕は恥を偲んで2人に相談することにした。


「私が思うに、和美さんは今自分が男だから、答えるのに躊躇(ちゅうちょ)


 してらっしゃる。とお見受けします。そして、断ったらもう友達に戻れないんじゃないかと


 独り悩んでらっしゃる。こういう感じですか?」


「宮原さんは僕の心が読めるんですか?・・・、まぁその通りなんですけど・・・」


「藤原さんが田辺君の事を吹っ切れるのであれば、和美さんは田辺君の気持ちに


 素直に応えても良いと思いますが、いかがでしょう?」


「私は吹っ切るも何も、人の恋愛に首突っ込もうなんてはなっから思ってないわよ。」


「それでは、あとは和美さん本人が答えを出すだけってことになりますね。」


(宮原さん、恐るべし・・・)



僕はどうしたらいいんだろう。


彼のことは友達として好きだ、でも恋愛の『好き』とは違う。


彼の事は気にはなるけれど・・・・・・


男として育ってしまった僕は男性に対して『恋愛』という経験が無いだけに・・・


この感情がどういうものなのか・・・・・・


断るべきか、このまま胸に閉まっておくべきか・・・




「おーい、藤原ー」


俺はこいつに頼んでいた事が気になって仕方なかった。


あの後、紺野を探しに行ったはいいが、戻ってくるなり


『あんたは女心ってのが判んないかねー?』


の一言だけで、まともな結果をまだ教えてもらっていない。


だから、放課後になってから改めて藤原に声を掛けた。


「なんか用?」


「なんか用?じゃねーだろ。頼んどいた件はどうなったんだよ。」


「そんなに気にしなくてもいいんじゃない?」


このあいまいな返事に少しイラつく。


「どういう事だよ、説明してくれよ。」


「だーかーらー、別にあんたの事を嫌ってる訳じゃないって事よ。」


「じゃ、なんで俺に触れるとあんなリアクションすんだよ。」


藤原は深呼吸をすると。


「あんたは女心ってのが本っ当に判んないねー。


 頭の悪いあんたに、わかりやすく説明してやるとだね。


 『あんたを意識してるから』 もっと判りやすく言ったら


 『あんたに惚れかけてる』って事よ。」


俺はそれを聞いて驚いた。いや、嬉しかった。


でも藤原を伝って聞くより、やはり本人から直接聞きたかった。


(どのみち、紺野から返事もらえるまでは我慢しろってことか・・・)


俺は嬉しいのと、待ちきれない苛立ち感で複雑な気持ちになった。





◆初恋心◆


今日から、初夏の暑い日差しの中行われる。学校恒例の『懇親祭』だ。


簡単にいうと、今年入った新一年生が、とある島のキャンプ場で1泊2日の


体験学習を行うというもの。



田辺と駅で待ち合わせの予定なんだけどなぁ。あいつまた寝坊かなぁ?


と遅れること10分。


「おー、待たせたなー。すまん。」


妙にGパンTシャツの普段着だと、どこかのおっさんに見えて笑えてくる。


「おい、なーに笑ってんだよ。」


「いや、いつも制服だから、普段着だとちょっと見慣れないなぁって」


「どうせおっさんくせーとか思ってたんだろ」


「良くわかったね。クスッ」


(こいつの普段着姿、可愛い過ぎるぜ・・・これがスカートだったらなぁ・・・)


「そんな誰かさんは良くない妄想してるんじゃないかな?」


(なんでわかるんだっ・・・)


「それはそーと、早く行かないと集合時間に間に合わないよ。」


「走るか?」


「やだよ。タクシーで行くしかないよ。」


「その図体で、どうせ走ったって途中でバテるんでしょ?」


「ごめんなさい。タクシーでお願いします。」


「タクシー代はもちろん田辺もちでね。」


(チッキショー、二度寝するんじゃなかったぜ・・・)





校門の前には既に生徒達が集まっていた。


ほどなくして、大型バスが数台到着し、それぞれに乗り込んでいく。


今回のキャンプ場は手付かずの自然の中にあって、海水浴も出来る絶景の場所だ。


近くの海岸沿いの小高い丘の上には、紺野家が所有するコテージが立ち並ぶ。


昼前に現地に着くと、すぐにグループに別れてテント張りに取り掛かる。


「よっ、紺野。」


「ああ、富野君。久しぶりだねー」


「紺野の班と僕の班が一緒に食事作る予定なんだけど、テントを君の近くに建ててもいいかな?」


(因りによって、なんでイケメンが和美んとこ来るんだよ。)


「たなべー、いいよねー?」


「仕方ねーだろー、でもお前はこっちの班なんだからな。そっちのテント入んなよー。」


「なにー、やきもち焼いてくれるわけー?」


「ばーか、真面目に仕事しろー、仕事ー。」


彼はそう言いながら、テント用の杭を打ち込んでいる。


「紺野、うちの班の連中が君と話たがってるんだ、良かったら時間空けといてくれないか?」


「うん、いいよ。」


富野君が自分の班の人たちにむかって○サインを送っている。


なんか、飛び跳ねながら喜んでる・・・。


(良かったのかなぁ・・・ちょっと不安・・)


着いてからは、ずっとテント張りと荷物を運んだりとかで忙しい。


一休みしようとか言う時間も無い感じ。


でも、さっきから田辺の様子が可笑しい・・・。


「ねぇ、そこの支柱持っててよ。」


「今手が離せないんだよっ。」


「じゃあ、菊池君(きくちくん)、持っててくれない?」


「うん、いいよ。」


(田辺のやつ、来る時はルンルン気分で、着いたらあの態度って何よっ。


 僕が何か悪いことしたって訳?)


そうこうしてうる内に、夕ご飯の支度の時間になった。


(さーて、テントは出来たし。今度はご飯の準備かな。)


僕はテントに入って調理道具の準備を始める。


そこへ、田辺が入って来た。



「おまえ、何さっきから怒ってんだよ」


「怒ってないよ、田辺こそなんか変だよ。」


「おかしくねーよ、お前がイケメンと話すからちょっと面食らってただけだ、」


「それってやきもちっていうんだよ。」


「俺はっ、お前のことが心配なんだよ!!」


田辺はそう言うと、急に僕を抱きしめて来た。


「ちょ、っと、痛いよ、田辺っ」


「お前を取られるような気がして、頭がおかしくなっちまいそうなんだよ!!」


「田辺・・・大丈夫だって、僕は変な事しないよ。」


「俺・・・苦しいんだよ、お前からまだ返事もらってない・・、」


「待ってるのが辛いんだよ・・・・」


僕は彼からの返事を遅らせることで逃げて、その間逆に彼を苦しめてたのかもしれない。


抱きしめられたその腕の中で、僕の中の何かが弾けた・・・。


ドクン、、ドクン、、


体の中が熱くなる。悲しくないのに涙が自然と溢れてくる・・・


今まで受けた辛い記憶が洗い流されるかのように・・・


(この高鳴る気持ちは何だろう・・・体の芯が熱い・・これは?・・)


「田辺・・・」



「ごめんな、俺。バカだからさ、」



「僕、田辺の気持ち傷つけたくなくて、でも傷つけてて・・


 返事・・もう少し・・待っててくれないかな・・


 まだ自分の気持ちが整理出来てないんだ・・・」



「判った・・、待ってる。どんな返事でもいいから、俺。待ってるよ・・」



テントから出ると、二人とも何事も無かったようにするのが難しい。


「じゃ・・、俺、薪割ってくるわ」


「うん・・、僕はご飯炊く準備するねっ。」



夕ご飯はお約束のカレーライスだ。


他のグループが作ったものに比べると、僕達の班が作ったカレーが一番美味しいと評判だった。


「うわぁ、紺野チームのカレーもう無くなってるよー」


「えー、俺まだ一口もたべてねーのにー」


食べられなかった生徒達が次々にぼやく。


作った量が少なかったのは仕方がない。とはいえ、好評だったのはとっても嬉しい。


(今夜のカレーは大蒜(にんにく)入れすぎちゃったのかな・・・・)



食後は交流会のような談笑タイムになった。


今まで同じ建屋に居て、話す機会がなかった人たちとのお喋りは、このイベントならではだろう。


今日はなんだかちょっぴり幸せな気分。


「僕、ちょっと海風にあたってくるね。」


「お前、気をつけろよ、向こうは一般客も居るんだから」


「判ってるよ。」


僕は海岸側にある、紺野家が所有するコテージで月夜に浮かぶ海を眺める。


田辺も連れてくれば良かったかな。ちょっとセンチな気分。


コテージの椅子にもたれかかりながら、持ってきたレモンソーダを少しずつ口に含む。


そして、いつしか、僕は深い眠りについてしまった。




「痛いっ!!」


激痛で目が覚める。


「お嬢ちゃん、静かにしててくれよ。」


「・・・・・!!」


(目と口には粘着テープが貼られたみたいだ、声が出ない!!)


「おい、この部屋の主だったら、鍵持ってるよな、鍵よこせや」


私は後ろポケットに入れてあった鍵を指で指し示した。


「以外と素直なねーちゃんだな、おい、鍵取って開けろっ!!」


指図された男は私の後ろポケットを弄り(まさぐり)ながら、鍵を奪う。


「よーし、大人しくしろよ。 おい、早く開けろって!!」


カチャッ!


ギーーッ


ドアが開いたようだ。


声と音から奴らは2人組。


私は部屋のベッドルームへと連れて行かれたみたいだ。


聞こえる音からだと、もう1人は何かを物色してるらしい。


手際の良さから、手馴れしているように思える。


「俺は、ねーちゃんをじっくりと頂くとするか。」


「・・・・!!」


声にもならない叫び声が無常にも体の中で空回りしていく。


私は着ているもの全てを剥ぎ取られた。


「おい、1人誰かこっちに来るぞ!!」


もう1人の男が小声で合図してくる。


「構わねー、入って来たらそいつを殺めろ」



2分は経過しただろうか、誰かがコテージの階段を上がってくる。


「紺野ー、居るかー。」


(田辺だ!!、不味い、奴らに殺られる)


田辺はテラスにあったレモンジュースに目を止める。


(・・なんか変だな。このジュースは・・たしかタクシーで来る途中に紺野が買った・・)



薄暗い室内に視線を泳がす・・・


(ドア手前に1人変なのが居るな・・・)


田辺はテラスにあった椅子を2つ持ち上げながら、ドアに突進して行った!


「うぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


ガシャーーーン!!



椅子がドア手前に居た1人を直撃する。


「グォァッ!!」



「紺野ーーーっ!!今助けるからなーーっ!!」



(私のところに居たもう1人が田辺に向かっていったらしい)


「なんじゃ!!貴様はーーーーーーーっ!!」


「じゃかしぃーーーーっ!!


 てんめぇぇぇ、和美に何しやがったぁぁぁぁぁ!!」


田辺は椅子を突き出しながら、男に飛びかかる!!


「うりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


バキャッ!!


椅子が砕ける音、とガラスの砕け散る音が炸裂する。



田辺は倒れた男の腕に手を掛け、柔道よろしく片手で男を投げ飛ばした!


「こんのやるぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


ガシャーーーン!!



ドタッ、。



田辺はその部屋に和美が括り付けられているのを発見すると、部屋のカーテンを引きちぎった。


カーテンを切り裂き、紐状にして男二人を縛り上げる。


「ふぅーーっ」


「和美っ!!、大丈夫か!?」


田辺は縛られていた紐を解いて和美を介抱する。


「バカ野郎!!、だから注意しろって言っただろ!!」


「ごめんなさい、こんな事になるなんて思ってなかった。」


「とりあえず、警察に電話だな。」


「警察はダメ!!」


「なんでだよ?」


「事件にしたら今日のキャンプに来てる人たちに迷惑がかかっちゃう!」


「じゃ、どうしたらいいんだよ。」


「叔父さんに電話する。」


紺野は奥の部屋に入って行くと、電話を掛け始めた。


暫くして、数人の男達がやって来て、男二人を車に乗せると何処かへ消えていった。


「紺野、あいつら何者なんだ?」


「ごめん、黙ってたつもりじゃないの。僕は紺野家の跡取り。


 ここ一帯のコテージは、紺野家の所有する敷地。」


「すまん、俺バカだからよーわからん」


「つまり、僕の家が所有するコテージで、あの人達はそこシークレットサービスなの」


「お前の家って、何?訳わからんぞ」


「ばか・・・・」


急に恐怖が、ぶり返してきた。


ガタガタと震える僕を、彼は優しく包み込んでくれた。


「お前、何も変な事されなかったのか?」


「大丈夫、その前に・・田辺が来てくれたから・・」


「・・・みんな心配してたぞ、ほら、着替えないと襲っちゃうぞ。」


俺は暗がりの中で初めて一糸纏わぬ紺野和美を見つめた。


男として登録された彼女は、紛れも無い1人の女の子であり、


まだ子供でありながら、大人のような雰囲気を漂わせたような美しさがあった。



「タナベ・・・、襲っていいよ。」


「ば、馬鹿、何言ってんだよ。こんな時に、誰か来たらどーすんだよ。」


「ここには誰も入って来ないよ。さっきの人達が見張ってくれてる・・」


俺は躊躇した、女を抱くという行為自体は本等で見た事はあるが、


リアルな女性を抱く?しかもお互いまだ高校1年だ。


先ほどの乱闘の後で、とてもそんな気分にはなれなかった、


彼女の美しさを汚してはならない、という気持ちの方が遥かに勝った。


「このまま帰った方が無難だなぁ・・・。」


「田辺・・・・」


「さっ、着替えた着替えた。」


「みんなを待たせるとその内、ヘタに騒ぎ出すぞ。」


「うん。」


僕の先ほどまでの恐怖心は何処かに消え、火照った体を彼は抱きかかえると、


その場を後にした・・・


今日の事は・・・僕達二人の胸に仕舞っておこう・・・。



キャンプ場に戻った僕達は、何事も無かったかのように周りの雰囲気に溶け込む。


テントは3人一組で寝泊りすることになっていた。


菊池君は僕達の事を気遣ってか、友達グループのテントへ引っ越して行った。


「なんか菊池君に悪かったんじゃないかなぁ?」


「俺は別に3人で居ても良かったけどな。」


「僕に気を使ってるみたいで、なんか悪いよ。」


そう言って、僕はランタンの火を消した。


「なぁ、紺野・・・」


「何?」


「もし、お前が女の子としてこの学校に来てても、


 俺達、こんな風になってたのかなぁ・・・?」


彼はそう言いながら、僕の方に向かって体を傾けた。


その瞬間、夕方の田辺との一件が頭を過ぎり、ドキッとする。


「そ、そんな事、僕に言われたってわかんないよ。」


「俺、何があっても、気持ちは変わんないからな。」


「僕は、今まで男の人を好きとか嫌いとか、そういう感情になった事ないから


 正直判らないんだ。」


「俺だって、同じさ。お前と逢うまではずっと相撲一色の生活だったんだからな」


「もう寝ようよ。明日早いんだから。」


僕がそう言ったとたん、田辺は僕の体を強く引き寄せた。


その大きな腕の中で、僕の心臓は早鐘の様に鳴り響き、体の芯が熱くなるのを感じた。


「・・・田辺」


「俺はお前を守る。これからも、そのずっと先も・・・」


彼はそう言い終わると、僕の額に軽くキスをした。


その時、あの体の中で何かが弾けるような感覚と同時に、電気の様なものが僕の体を


撫でるように突き抜けて行く・・、


僕は吐息のような声が漏らす・・。


(この包まれたような感覚は・・・なんだか心地いい・・・。)


この時、僕は初めて確信した。



田辺の事が・・・・・・・・・好きになりかけてる・・・




◆理事会◆


午後の授業は睡魔との戦いだ。


先生の言ってる事が頭に入ってこない。


(あれっ、紺野が居ねー。あいつ授業サボって何処行ったんだぁ?)



午後1時 本階5階。第1会議室。


「えー、皆さん。お忙しいところ、お集まり頂き、大変恐縮です。」


今日は永友高校の理事会だ。僕は午後の授業を抜け、理事会に参加していた。


参加人数は理事長を含む役員8名と僕。それから生徒会から2名の、


計11人で行われている。


「これより、上期第3回目の理事会を始めたいと思います。


 今日の議題は、皆さんのお手元にございます、資料をもとに会議を進めます。


 まず始めに、上期の予算報告ですが・・・」


30分ほど定例報告が行われた後、僕の提案した議題に入った。


「紺野家より、今年お入りになられた和美君から、一つ議案が提出されております。


 議案は、我が校へ新たに相撲部を設立したいとの要望であります。では、筆頭役員である


 紺野和美君から、説明をお願い致します。」


議事に促され、僕は手元の集音マイクのスイッチを触れる。


「皆さん、始めまして。私が本議案の提出を行いました、紺野和美です。


 宜しくお願いいたします。 では、お手元の資料3頁目を参照下さい。」


出席者全員が、資料をパラパラと捲る。


僕は資料を指し示しながら、相撲部設立の必要性等を説明していった。


15分ほどで説明が終わり、お茶を口に含んで落ち着く。


「生徒会から、3つ質問があります。」


円卓の中ほどに座っていた、背の高いスラッとした男子生徒が挙手をした。


「生徒会長、どのようなご質問ですか?ご発言下さい。」


(へぇー、あのいかにも真面目そうな東大受験生みたいなのが生徒会長か・・・)


「議事、ありがとうございます。まず、一つ目は、人員の件ですが、


 計画では初期3名から、となっていますが、この3名については既に確保済み


 との認識で宜しいですか?


 二つ目は、設立費用に関してですが、現在の旧講堂を相撲部屋に改装するのに、


 生徒会のスポーツ振興費用を賄う。という点について意義があります。


 三つ目は、過去5年前に廃部となった相撲部を、改めて設立する必要性の是非です。」


(うわぁー、僕の意見を全否定ときたよー)


「紺野君、質問に答えられる範囲で回答をお願いいたします。」


「議事、判りました。では、説明させて頂きます。・・・・・」


それから1時間延々と生徒会との押し問答が続き、この日の理事会が終了となった。


(あ〜、疲れた〜、生徒会長ってなんであんなに口が動くんだよ〜)


「紺野筆頭役員さん。」


僕が会議室を出てうな垂れた顔を上げると、先ほどの生徒会長が僕を呼び止めた。


(今度は場外バトル開始ですか・・・正直うんざりだよ〜)


「あ、はい。なんでしょう?」


「ご挨拶がまだでしたね。改めて、生徒会長の緒方誠(おがたまこと)です。」


「は、はい。紺野です。改めて宜しくお願い致します。」


「僕の隣に座ってたのが、3年生書記の片柳さん、片柳薫(かたやなぎかおる)さんです。」


「初めまして、紺野和美です。」


(長いストレートの髪に眼鏡が似合う人だ。)


(いかにも書記って感じの眼鏡っ子だなぁ・・・僕の苦手なタイプかも・・・)


「片柳です。あなたのお噂は鉦がねお伺いしておりますよ。クスッ」


(なんなんだこの二人は・・)


「君がこの学校の役員だったなんて初めて知ったよ。でも、僕は対生徒として接しますので


 宜しく。」


「こちらこそ。特別扱いされるのはこちらとしても遣りにくいですから。」


(早くこの場を立ち去りたいんだけどなぁ・・・)


「先ほどの相撲部の件、概ね了承はしたけど、まだ部員数確保の問題があるので、


 これから頑張ってくれたまえ」


「あ、はい。部員数あと残り2名を確保するよう頑張りますよ。」


(嫌味な人だなぁ・・言われなくても判ってますよーだ。)


「では、授業があるので、僕は失礼させて頂きます。」


そう言って僕は一目散に教室へ戻って行った。



教室へ戻るとちょうど5時限目前の休憩タイムだった。


「おい、紺野っ。お前昼から何処行ってたんだよ。」


田辺が真っ先に聞いてきた。


「静かにしてよー。トークバトルして疲れてるんだからぁ」


「トークバトルー?なんだそりゃ」


「ちょっと、5分・・・寝る」


「おいっ、なんなんだよ」


僕は落ちるように眠りに入った。



この日の授業が終わり、みんなそれぞれ部活に行く人。帰宅部の人。と


教室から人が少なくなっていった。


「田辺っ、ちょっと帰り付き合ってよ。」


「なんだお前、いつもだったらイケメンと帰るのに」


「デザート奢るからさ、ほんのちょっとだけ!」


僕は田辺の手を引きつつお願い攻勢を試みる。


やっとの事で重い腰をあげた彼を連れて、近くの喫茶店に入って行く。


「突然なんだ、何か話でもあるのか?」


「とりあえず、クリームソーダでいい?」


「おい、人の話をきけ」


「じゃあ、クリームソーダ二つと、ホットケーキ大きいの一つ下さーい」


僕は無理やり注文を済ませた。


「話があるんだったら、学校でもいいじゃねーか」


「落ち着いて話がしたいから、ここに来たんじゃない。」


「なんで落ち着かないといけないんだ?」


俺は紺野からちゃんとした返事が貰えると思い、少し期待した。


「あのね、今度うちの高校で相撲部を作る話があるんだよ。」


「ブッ!!」


田辺は勢い良く氷水を噴出す。


「そんなの俺は聞いてねーぞ、・・・さてはお前が何か仕掛けたなぁ」


「ごめん、相談しなかった事は謝るから。話だけでも聞いてよ。」


(なんだ、返事貰えるんじゃなかったのかよ。拍子抜けしたな。)


「相撲部って言ったって、俺1人で出来る訳ないだろ?」


「そうなんだよ、とりあえず部員を田辺を含めた3名で発足って言うのが


 条件なんだよ。」


「でも部員だけで、指導する先生とかがいなきゃ意味無いだろ?」


「それは心配ないよ。経験者の候補は出来てるんだ。」


「この学校にそんな先生居たか?」


「この学校の先生じゃないよ。元角界の力士で隣町に住んでる


 人が居るんだよ。その人にお願いする事になってる。」


「おい、ちょっと待て。その元力士って・・・もしかして・・・


 あの元大関じゃ・・・・」


「判った?」


「マジかよーっ!!、あの人は弟子は取らないって有名な人だぞ!!」


「だからお願いするんじゃない。」


「いや・・、指導してもらえるんなら有り難いんだけどな、無理だろ。」


「たぶん、大丈夫だと思うよ。叔父さんにはもうお願いしてあるんだ。」


「お前の叔父さんって、こないだのキャンプの時といい、一体何者なんだ?」


「まぁ、そんな事は置いといて、部員を何とかしなきゃ」


「あと2人か・・・思い当たらないことは無いけどな」


「とりあえずさ、学校で募集掛けてみようよ。」


「どうやって募集すんだよ。」


「毎朝、校門に立ってビラを配ったり、放送したりして部員を募るんだよ」


「ちょっと待て。毎朝は辞めろ、朝はゆっくり来たい。」


「ダーメ。僕も手伝うんだから、頑張ってやらないと1人も来なかったーなんて


 ことになったら、田辺のせいだからね。」


(くっそー、朝は勘弁してもらいたいなぁ。)


「募集しても集まらなかったら、どうすんだ」


「その時はその時だよ。やる前から諦めてたらダメでしょ?」


「判ったよ、で。いつから募集始めるんだ?」


「明日から。」


「チラシも作ってないのに何考えてんだ」


「実はね。もう出来てるの。」


(紺野、根回しはえーよ)


「なんかお前。楽しそうだな。」


「楽しいよ。だって、相撲部が出来たら一緒に帰れるじゃない。」


「おい、それってチビなお前も相撲しよーってんじゃないだろうな?」


「違うよ、僕はマネージャーだよ。」


「勝手に決めんな」


「もう決めてるんだから、ブツブツ言わない。ほら、ホットケーキ冷めちゃうよ!」


俺は態度では嫌々風にしてたが、内心は凄く嬉しかった。


俺のことをこんなに心配してくれる奴が、居てくれるだけで嬉しかった。




◆希望◆


次の日から相撲部の募集活動を俺と紺野、


そしてあの宮原さんまでも参加してくれて始まった。



「朝早いのはキッツイなぁ」


「これも創部の為、我慢我慢。」


紺野はそう言いながら、俺の背中をポンポンと叩く。


まるで子供が大人の背中を叩いてるみたいだ。ふと、笑みが零れる。



その日の授業が終わり、募集受付場所であるレクリエーションルームの一室で紺野と佇んでいた。


「初日はゼロかぁ」


「まだわかんないじゃない。今日がダメなら明日、明日がダメなら明後日。


 挫けずに頑張ろうー」


「お前は、なんでそんなに前向き思考なんだぁ?」


「田辺の為に頑張ってるんじゃない。本人が落ち込んでどうするんだよ。」


「俺もお前みたいな性格になりたいよ・・・。」


暫くして、宮原さんと藤原さんがジュースを両手に持って入って来た。


「どう?収穫はあったの?」


「さっぱりだぜ・・・」


田辺はテーブルに手を伸ばし、突っ伏した状態で応えた。


次の瞬間、あの斜め45°チョップが田辺の頭部を直撃する。


ガキッ!


「イッテーッ」


「あんたがそんなんじゃ誰も入って来ようって思わないでしょうが。」


「殴ることないじゃねーかよー」


いつ見てもこの二人のどつき漫才は面白い。僕はこのじゃれ合う光景が好きだな。


藤原さんと、田辺がじゃれ合っている最中、申し訳なさそうにこちらを伺う


1人の男子生徒が入り口で立っていた。


「あの〜、ここ受付で良かったでしょうか?」


「あ、どうぞどうぞ、お入り下さい。」


藤原さんが今までのバカ騒ぎから180度切り返して、彼を招き入れた。


入って来た生徒は、ちょうど田辺の半分くらいの大きさをした、


柔道体系な体つきではあったが、彼が一年では無いことは判った。


なぜなら、この学校では名札が学年毎に色が変わる仕組みになっていて、


一年生は白、二年生は青、三年生は緑となっていた。だから彼は二年生なのだ。


「募集を見て、僕も始めたいと思って来ました。宜しくお願いします。」


「田辺、良かったじゃない。1人確保だね。」


なぜか田辺は乗り気では無いらしかった。


「ちょっと、あんた何考え込んでんのよ。」


藤原さんが田辺を小突く。


すると田辺は入ってきた生徒に質問をし始めた。


「で、結局どうなのよ。」


「遊びで入られるとな、こっちにも影響されちまうんだよ。」


すると候補生の彼は田辺に向かって口撃を始めた。


「僕は中途半端な気持ちじゃありません!!、たしかに経験は無いけど


 頑張ってみたいんです!!」


「喧嘩に強くなりたいとかだったら思いっきりぶん殴ってる所だけど


 やる気は見えた。とりあえず、入部させてみるか?」


すると、彼は田辺に申し込み容姿を手渡しながら、


「宜しくお願いします。宜しくお願いします。・・」を連呼していた。


彼の名前は森田耕市(もりたこういち)君。


明るい性格が売りなO型少年だ。


田辺から見ると彼は年上だけれど、経験者という意味では田辺の下になるんだろう。


とりあえず仲間というか、部員が増えたのはとても嬉しい。


「さて、残るはあと1人。」


僕達は受付時間が終わる午後6時でその場を離れ、森田君と一緒に駅の近くのファミレスで


プチ歓迎会を催した。



それから数日は誰も来ない状況が続いた。


「あと1人なんだけどなぁ・・・」


田辺がテーブル上でお馴染みのポーズでぼやく。


「やり方が拙いのかなぁ・・」


僕はチラシを配るだけではらちがあかないことを悟った。


「よし、誘うのがダメなら、向こうから来てくれる方法を考えようよ。」


「どんな方法だ。」


「例えば、例の元大関に来てもらって、公演してもらうとか?」


「そんなの無理無理。」


田辺は両手で無駄だというアクションを示した。


「それ、やってみる価値ありだよー。」


藤原さんに何かアイデアが浮かんだらしい。


「そのさぁ、元大関に来てもらって、その元大関が戦ってた映像を交えて公演


 してもらうってのはどう?」


「お、それいい!!」


田辺と森田君の声がハモる。


「でしょ〜!!これはインパクトあると思うよ〜。」


「私もその案は賛成ですね。」


宮原さんも同意見らしい。


「問題はだ、『来てくれたら』?の話だよな。」


ここで田辺が話しの腰を折る。


自分で言って自分で揚げ足を取る姿が笑える。


すると、受付の入り口から、理事長が入って来た。


なんというタイミングの良さ。


「その心配なら無用じゃな。」


「理事長!!」


僕はその言葉に安堵を覚えた。


「話が持ち上がってからすぐに、元大関の熊野さんと話をしたんだよ。


 彼は快く引き受けてくれたよ。」


理事長はそう言いながら、自分のその大きなお腹をポンッと叩いた。


僕はふと振り向いた。


4人共、固まってる。


無理も無い、普段学校で逢える存在では無い人物、且つ強面の人物がわざわざ


この部屋にやって来たのだから。


「おーい、みんなー、大丈夫かー」


僕はカチンカチンに緊張してるみんなに声を掛けた。


・・・反応が無い。これはまずい。


僕は機転を利かせて、リラックス出来るよう努めようと思った。


「理事長、ありがとうございます。お忙しいところお越し頂き、感謝致します。」


「いいよ、いいよ。ワシは和美の味方だからのう。」


「お前が色々と頑張ってる姿を見てると、こっちも元気を貰えて嬉しいんじゃよ。」


「先ほどの熊野さんが起こし頂ける日はいつ頃可能でしょうか?」


「詳しい調整は必要だと思うが、彼は野良仕事の身だから、いつでも良いと思うぞ。


 だから、その事は気にせんでいい。生徒会を含めてこちらで日程調整するとしよう。」


「何から何までありがとうございます。」


僕は深く一礼する。すると、後ろのみんなも遅れて一緒に一礼した。


「じゃあ、皆さんの健闘を祈っとるよー」


ステッキを高々と掲げ、彼は部屋を出て行った。



「おい、紺野。」


田辺が僕に詰め寄る。


「お前と理事長、どーういう関係なんだ。」


「あ、あははは。なんでも無いよ。ただの理事長と生徒だよ。」


「嘘つけ、話の内容からして、懇意なのは明白だろうが」


「あははははは・・・」


僕もう笑うしかない。空笑いが部屋にこだましていく・・・。



◆侍従◆


今日は土曜日。夏の暑い日差しが眩しい。


こんな日は学校の冷水プールで涼むか、クーラーの効いた図書館で好きな本を


読みながらぼんやり過ごすか・・・


と、電話の呼び出し音が部屋に響き渡る。


「はい。僕です。・・・・はい。繋いで下さい。」


受け付けた侍従から電話を取り次いでもらう。


「はい。紺野です。」


「おー。元気かー。」


田辺の声だ。


「元気も何も、昨日逢ったばかりじゃないの。」


「お前、これから外出られるか?」


「どうしたの?」


「森田君達と海行こうって事になったんだけど、お前も来いよー。」


「えー、暑いじゃないよ」


「文句言うな。飯くらい奢ってやるからさー」


「しょうがないなぁ。で、待ち合わせは何処な訳?」


「前にキャンプしただろ?そこ行くんで、上森駅に10時ってことでどうだ?」


なにか魂胆が見え隠れするのは気のせいなのかなぁ・・・


「今9時だから、たぶん大丈夫。これから支度するから駅で待っててよ」


「おぅ。待ってるぞー」


海の行くって聞いてない。


それだったら、昨日の内に計画してるはずなんだけどなぁ・・・


内心、不安を覚えつつ身支度すると、階下へと降りる。


時間的にはバスで間に合うけど、えーい。車出してもらおーっと。




僕は侍従にお願いして、車で上森駅まで送ってもらう事にした。


「・・・・・・・ねえ、乃木(のぎ)


乃木は今年で60歳。僕の身の回りの世話をしてくれてる侍従で、


小さい頃からの良き相談相手だ。


「なんでしょう。」


「この車って見た事ないんだけど。」


「そうですねぇ、私もついこの間までは存在すら知らなかったんですよ。


 先週整備されて納車してもらったので、大丈夫かと。」


「・・・・これで駅まで行くんだよね。」


「そうですね。私もこういう車を運転出来るとは大変光栄です。」


彼はそう言いながら、その車のドアを跳ね上げる。


そう、この車はかつてスーパーカーブームと呼ばれた時代の


ランボルギーニ・カウンタックだ。


しかも新品同様に黄色い車体はピカピカと光沢が眩しい。


昔、父親が健在だった頃、色々な車を所有していたらしく。


これはその内の何台かの一つで、地下の倉庫に長いこと保管されてあったらしい。


(こんなので行ったら目立ちまくりでしょ普通・・・)



時間的に早く行って退散してもらうのが一番と思った僕は


送ってもらうよう、車に乗り込んだ。


「では、行きますよー。掴まってて下さいねー。」


そう言った瞬間、エンジンに火が入る。


グゥォォォォォーン


(なんちゅう爆音なんだ・・・)


「この車は少々じゃじゃ馬でして、タズナをしっかりしないと暴れるんですよ。」


「とりあえず、安全運転でお願い、うわぁぁぁぁぁぁぁッ」


クワァァァァァァァァーーーーーン


甲高い雄たけびと共に発進。


どうみてもジェットコースター。


乃木は嬉しそうにハンドルを操作している。というか楽しんでいる。



予定より30分早く着いた。


よし、みんなまだ来てないな。


と思ったら。爆音を聞きつけたのか、駅の待合室からゾロゾロとみんなが出てくる。


(ぅっわー、これはまずいよー・・・)



乃木は駅のロータリーを廻ると、ちょうどタクシー乗り場手前で停車した。


車から降りようとするんだけど、車高が低すぎて降りるというより、


這い上がるというイメージ。


「ふぅーーーなんで来る前から疲れるかなぁ・・・」


「和美様、お気をつけて。私は一旦ご自宅に戻りますので、お迎えの時は


 ご一報下さい。」


乃木は一礼してそう言うと、嬉しそうにじゃじゃ馬に乗り込み、爆音と共に消えて行った。



「紺野。」


「何?」


「なんだよ。あれ?」


「あ、あれ〜、車好きな叔父さんが来ててさぁ、僕が出かけるって行ったら


 送ってやるっていうんで、ついでに乗せて貰ったんだよ、はは、あははは」


(うわぁ。今度こそヤバイ・・・)


「ふーん。そうなんだ。でもお前、親戚に色んな人が居て羨ましいな。」


あっさり納得。


(こんなんで判ってもらえる程、鈍感な奴で良かった・・・ホッ)



「ところで、みんな。キャンプ場までどうやって行くの?」


僕は素朴な疑問をみんなに投げかけた。


「おっ。和美ちゃん。良い所に気がついたねぇ。」


藤原さんが獲物を獲たという感じで割ってきた。


「実はさぁ、うちの町内会で行われる水泳大会があるのよ。


 で、参加者が少ないってんで、私達が立候補したって訳。」


「ということは、その水泳大会の便に僕達が乗って行くって事なんだね。」


「流石ー。そーゆーこと。」


やっぱり何かあると思ってたけど。そういう事だったのか・・・


ハメられた・・・



「あと、水泳大会の後はキャンプファイヤーで盛り上がろう企画と、


 肝試し大会もあるのよー」


宮原さんが嬉しそうに説明を付け加える。



「えっ、泊まるの?」


「和美ちゃーん。あったり前でしょー? 田辺ー、あんた説明ちゃんと


 説明してくれたぁ?」


「俺は海に行くって、ちゃんと伝えたぞ。」


「でもイベントの事は伝えてなかったみたいどけどぉ?」


「もういいじゃーん、無事集合したんだから。」


僕は着替えを持って来てないことに気付く。


(あ、そうだ。コテージに去年の着替えがあったはず・・・)


みんなとじゃれ合っている内に、イベントのバスが3台連なってロータリー


へと入って来た。


(あー、不安だなぁ・・・・)



◆抱擁◆


現地は既に一般客で賑わっていた。


僕達はキャンプ場着くと、手馴れた手付きでテント張りを手伝った。


そして、昼食のおにぎりを頂いた後、水泳大会の説明に入った。


「皆さん、お疲れさまです。今年は若い人が参加してくれています。


 くれぐれも怪我の無い様、楽しんで下さーい。」


こういった挨拶が何回かあり、次は水泳大会の準備に入る。


「田辺ー。僕、泳ぎたくないなぁ。」


「なーに言ってんだよ。ここまで来たら泳がないと勿体無いだろー」


「そーよー、和美ちゃん。来たからには一等賞を奪取!!


 水泳部の名に掛けて、負ける訳には行かないのよ!!」


「あらぁ、私も藤原さんにだけは負けたくないですわぁ」


この子達だけはやる気満々って感じでとても羨ましい。


「夏はクーラーの涼しい所より、こうやって体を動かすのが一番いいんですよ。クスクスッ」


「宮原さんも揃ってみんな元気過ぎるんだって。」


そこに森田君が加わる。


「僕は泳ぎが得意じゃないから、競争は無理ですね。でも夜の部は楽しみだな。


 和美さん、良かったら一緒に水際で遊びましょー」


「はいはい。判りました。着替えればいいんでしょ?着替えれば?」


僕はしぶしぶと水着を持って更衣室へと歩いて行った。



その後、僕達は着替えを済ませ、真っ白な浜辺に作られた、


仮設競技場の控え室へと向かった。


「今回の競技は、一番早いタイムでゴールした順に5位まで、景品が付与されます。


 みなさん、頑張ってください」


「うぉーーーーーっ」


参加者全員が既に戦闘モードに入っている。(僕と森田君を除いて・・)


競技参加者は25名。年齢は上は55歳、下は10歳と思える子供まで居る。


(こんな混載レース見たこと無いよ)


僕達は最後の5列に陣取り、順番を待つ。


そして、順番に競技スタート。


「みんな、はぇーーーっ」


田辺が素っ頓狂な声を上げる。たしかにこの大会はレベルが高そうだ。


でも僕は勝ち負けに興味はないので、途中経過は割愛する。


そして、僕達の順番が廻って来た。


「和美ちゃ〜ん、一位は私が頂戴するからね〜」


藤原さんが猫撫で声で僕を挑発する。


「僕はビリでいいよ。」


「こら、お前、真面目に泳げよー。」


田辺に脇を突付かれる。


「僕は田辺君にだけは、勝つ自信があるからね。田辺君も頑張ってくれよ。」


森田君が田辺を挑発している。


「くっそー、ぜってー森田には負けたくない!!」


スタートの合図が出される。


「位置に着いてー、ヨーイ。パンッ!!」


号砲と共にみんな一斉に飛び込む。


バシャッ!!


藤原さん、宮原さん速い!、流石、水泳部だ。となると僕は3位かな?


と余裕に泳いでたら、右に森田君の姿が・・・


あのずんぐりむっくりな体系から、どうやったらあんな軽やかやクロールが


繰り出されるんだ!?


まずい、このままだと僕は4位だ。後方の田辺を確認する余裕は無い。


久々に本気モードのスイッチが入る。


一着。藤原さん。


二着。宮原さん。


三着。僕。


四着。森田君


五着。田辺。



「和美さん、速いじゃないですか!?最初から本気で泳いでたら一位だったんじゃないですか?」


森田君が息を切らしながら僕に負けた事を悔やんでいる。


問題の田辺は・・・・


「どうせ俺はトドだよ。アシカみたいに華麗に泳げねーよ。」


文字通り不貞腐れている。森田君に大差で負けたのが余程悔しかったんだろう。


一番喜んでいるのは、総一位と二位になった藤原さんと宮原さんだ。


で。一等と二等の副賞は・・・


デジタルカメラに、地元温泉旅館のタダ入浴券一年分。


(知らなかった・・・知ってたら本気で泳いでたのに・・・・ショックだ・僕涙目)



競技の後は子供達と一緒に泳いだり、ビーチバレーをみんなと楽しんだ。


「田辺ー。もう疲れたのー?」


まだ遊び足りない僕は、ビーチネットに凭れ掛った田辺にちょっかいを出してみる。


「もう体力続かねーよー。


 お前ら水泳で体力使って、まだ遊ぶ元気があんのかよ。」


流石にあの巨体でボールを追いかけるのは、スポ根のシゴキの様な感じだったに違いない。


「じゃあ、この辺で休憩としますか。」


藤原さんが、側の露天から持ってきた缶ジュースを田辺に放り投げていた。


「サンキュー。俺は木陰で休ませてもらうわ。」


田辺はそう言って立ち上がりながら、まるでトドが移動するように木陰に向かって行った。


僕はその後ろ姿の笑いを堪えながら、彼の後を付いて行く。


田辺はちょうど木陰になっているベンチへ身を寄せる。というか、トドの様に横たわる。


僕はその脇を突付きながら彼の頭の方に座った。


「夕食までもう少しだから我慢してねっ。」


「腹減ったー、昼はむすびだけだったんだからなぁ。体力もたねーよ。」


田辺は出っ張ったお腹を擦りながら、今にも生き倒れしそうな表情をしてみせる。


「夕食は焼きソバとか、お好み焼き、焼き鳥もあるみたいだよ。」


永友町内会と書かれたテントに目にやると、ちょうど夕食の準備が進められていた。


「おぉー、焼き鳥食いてー、焼きソバも食いてーよー、とりあえず全部食いてー」


僕はポカッと田辺の頭を叩いた。


「紺野ー、何すんだよー。」


「そんなに食べる事ばっかり考えてちゃダメじゃない。相撲部が出来たら部長として


 頑張ってもらう身なんだから。ブクブク脂肪の塊になってもらっちゃ困るよ。」


「今日だけは勘弁してくれよ、見逃してくれ。」


田辺の顔を見ると茶目っ気たっぷりな表情で僕に哀願している。


でかい図体の割りに、何気に可愛いかもしれないと思った。


「膝枕してあげよっか?」


「ばーか。お前のその細い足じゃ無理無理。俺の頭の重さで潰れるぞ。」


僕は田辺の頭を持ち上げると、膝の上に乗せた。


「おいコラッ、辞めろっ。あいつらが見たら冷やかしに来るだろ!」


「大丈夫だよ。みんなテントに行って休んでるよ。」


俺は内心恥ずかしいながらもとても嬉しかった。


まだ紺野から正式な返事は貰ってないが、こうやって俺に構ってくれる仕草


は、良い返事の一歩なのかもしれないと思った・・・。




暫くして、夕食を知らせる鐘の音が聞こえて来た。


「ねぇ、田辺起きてよ。」


僕は田辺のふっくらした頬を摘みながら夢から呼び戻す。


「うーん・・・あ、俺寝ちゃったんだ」


「寝ぼけてないで、早き行かないと無くなっちゃうよっ。」


「いけねっ、紺野。早く行こーぜっ。」


田辺は僕の手を取り、小走りにテントへと向かった。



夕食はとても賑やかだった。ちょうど祭りの屋台よろしく、人々の行列が出来、


大勢でお酒を飲みながら夕涼みを楽しむ大人達。


子供達の笑い声。


来て良かったなぁと思えるひとコマに目にやりつつ、焼きソバを口に注ぐ田辺


の大食感振りに圧倒される。


「もう焼きソバ4箱目だよ。」


「あんたさっきお好み焼き2枚食べたばっかでしょうがっ、


 どうやったらそんなに食べられるのか信じらんないねー。」


藤原さんはお好み焼き一枚で既にお腹一杯だ。とのジェスチャーをしつつ、田辺の腹を小突く。


「腹減ってるから仕方ないですよねー。」


森田君も田辺に負けず劣らず、焼き鳥2皿の後、お好み焼き4枚目に突入していた。



食後はみんなと一緒にキャンプファイヤーに興じたり。


テントの中でトランプをしたり、とても楽しい時間を過ごした。


こうしてみんながふざけ合ってる姿を見てると、友達っていいなぁとしみじみ思う。


僕は小学校、中学校とこういう風に友達と遊ぶなんて事は考えられなかった。


ふと、昔のイジメに逢っていた自分を忘れている事に気づく・・・。



そろそろ就寝時間になり、各自のテントへ入って行く。


「田辺ー、テント一緒だからって、和美ちゃん襲っちゃだめだよーっ」


藤原さんが念を押すように田辺の顔を両手で潰している。


「痛いだろー、そんな事する訳ないっつーの。第一、森田も一緒なんだからな。」


森田君は僕に宜しくお願いしますという感じで頭を下げている。


「じゃあ、みんなお休みー。」


藤原さんと宮原さんは仲良くテントへと消えていった。


「じゃ、俺達も寝るかっ。」


テントに入ると、田辺。森田君。僕という順番に川の字になって、それぞれ寝袋に入る。


不思議と二人は大人しく、直ぐに夢の中へ落ちて行った。



でも、僕は多少の疲れは感じるものの、中々寝付けないでいた。


そういえば・・・、学校のキャンプの時、この場所で僕からの返事が無いことに


傷ついてる田辺の姿を見たんだっけ・・・


その時、ドクンッと、あの時の感情と共に体の芯が熱くなり、電気が痺れる様な


感覚を覚えた。


(この感覚・・・前と同じだ・・・


 僕はどうすればいいのだろう・・。このままにしてはいけない事は判ってる。


 でも、登録された性別、家の跡取りという言葉が僕の邪魔をする・・・。)




「ねぇ、ねぇ。お母さん。」


「なーに。和美?」


「この綺麗な野苺(のいちご)はなんて言うの?」


「それはねえ、蛇苺(へびいちご)って言って、食べられないこともないけど・・


 蛇が食べる苺・・、その苺を食べに来た動物を蛇が食べるから、蛇苺って言うのよ。」


「へぇー、食べたら美味しい?」


「味を感じ無いから美味しい?とは言えないわねぇ。」


「そうなんだー。苺なのに・・・、苺じゃないんだよね・・・。


 まるで、僕みたいな苺だねっ」


「どうしてそんなことを言うの?」


「だってー、苺なのに苺じゃないんでしょ?」






『僕は女の子なのに、男の子なんだもん。』






僕はそっと、テントを抜け出した。


今日は満月か・・・月夜に照らされた波間のキラメキがとても綺麗だ・・・


静かな波の音だけが、入江にこだましている。


そして、なぜか僕の足はあのコテージに向かっていた。


月明かりのおかげで迷う事無く、コテージに辿り着く。


階段を上がると、そこは何事も無かったかのように綺麗に元通りになっていた。


(ここで田辺に助けられたんだっけ・・・・)


ドクンッ、またあの感覚が僕の体を突き抜ける。


僕はキーボックスの暗証番号を押すと、中から鍵を取り出し、中へと入って行った。


ベッドルームに身を投げると大の字になり、月明かりが差し込む天井の小窓を見つめる。


ついこの間までは、僕は自分が男だという意識を持って生活をしていた気がする・・


だけど、今は違う。


僕が思う、ありのままの性を生きようとしている。


それを気づかせてくれたのは、紛れも無い。彼だ・・・




僕は目を閉じ、そのまま深い眠りに入っていく・・・






キシッ


(・・・・床が軋む音だ・・・)


僕はふと目を開ける。


ベッドの脇の椅子に田辺が座り、こちらを見ていた。


「無用心だな・・・鍵も掛けないでご就寝とは恐れ入るぜ」


「・・・どうしてここが判ったの?」


田辺は立ち上がるとベッドの側へ、そっと僕に近づいた。


「目が覚めたらお前の姿が見えなくなってたからな、たぶんここじゃないかと


 思ったのさ。」


「ごめん、中々眠れ無かったから、外の風に当たってたんだ。」


「俺が入って来ても、お姫様は全然気づかないでスヤスヤとお休みになられてたからな。


 もし俺じゃなくて、前の時みたいな暴漢だったら、確実にお前殺されてたぞ。」




「田辺・・・、もしまた同じような事があったら、僕を助けてくれるかな?・・・」


「ばーか、何言ってんだよ、そんなの当たり前だ。」



ドクンッ。


またあの感覚だ・・・


心臓が早鐘の様に鳴り響く・・・


この感覚が何なのか、僕の本心は何なのか、確かめたいと思った。


「田辺は・・・僕の事、男の子として見てる?


 それとも・・・女の子として見てる?・・・・」


「女の子に決まってる!!」


彼はそう言うと、仰向けになった僕の上へ被さる様に重なった。


田辺は目に涙を薄く浮かべている。その月明かりに照らされた表情は真剣だった。


「俺はお前がこの学校に来た時から、女の子としか見てねえ!!


 お前が男だなんてちっとも思っちゃいねえ!!」


「お前は・・・俺が守る!!。どんな事が有っても守り通してやる!!」



涙が自然と溢れ出す・・・


僕は確信した。




「僕も・・・・・・・・・田辺の事が好きだ!!」




僕は両腕を彼の首に廻す。


そして僕は、彼との初めてのキスを・・・した・・・。



・・・初めてのキス。



貪る(むさぼる)ようにお互いの唇が合わさる・・




友達という一線から、恋人に変わる瞬間。


そして、甘美なる幸せというのは、こういう想いの事を言うのだろうか。


僕は彼に身を任せ、彼と一つになった瞬間。



初めて自分が『女』であることを知った。



そして、彼は何度も強く僕を抱いた。


精細なガラス細工が壊れないよう・・・優しく包み込むように・・・





「お前・・・痛かったんだろう・・・」


彼はその大きな手で子供を慰めるように、僕の頭を撫でている。


「大丈夫だよ・・・体の痛みより、嬉しさの方が強かったから・・・」


「ごめんな、俺。そんなつもりじゃなかったのに・・・」


「謝らないでよ。田辺は何も悪い事してないよ。」


僕は嬉しかった。行為自体が下手だったとか、彼が不器用だったとか


そんなことは問題では無かった。


お互いの想いが通じたんだと言う喜びに満ち溢れていたのだから。


「本当に俺みたいなので良かったのか?後悔してないか?」


「後悔なんてしてない・・・。」


顔が涙でくしゃくしゃになる。


彼はグッと強く僕を抱き締めた。




「・・・そろそろ戻ろう」


「ああ、そうしよう。」




僕は、田辺の事が・・・・・・・好きだ。



愛される事の意義が、ようやく判った気がする。


愛すること、愛されることとは、信じる気持ち、信じあうという気持ち・・・



「なあ、さっきの事はみんなには内緒にしてくれるか?」


「うん。判ってる。僕と田辺との秘密ねっ。」



田辺は少し歩き、振り向きながら和美に向かって宣言した。


「俺は、何があっても絶対お前を守るからな。心に誓う。」


「ありがとう。僕は体が小さいから、田辺を守れるかどうか判らないけれど、


 僕も田辺を守る事を誓う。」


彼は僕の手を取ると、腕の中へ抱き寄せた。


「ああ、絶対だ。約束する。」



僕達は手を繋ぎ、帰路を急いだ。




◆夏夜◆


夏休みに入ると、乃木やその他のお手伝いさん達は故郷へと戻って行った。


紺野家では、この季節になると家族総出で伊豆高原の別荘に移動する事になっており、


侍従やお手伝いさん達には、その間の長期有給休暇が与えられる。


(乃木は一人身なので、カナダの方へゆっくりと旅行に行くとか言ってたな・・・


お土産は大して期待はしていないんだけど・・・)


僕は今回の伊豆への移動には参加しなかった。


なぜなら、高校に入って初めて友達が出来たので、夏休みを一緒に遊ぶ計画を立てていたからだ。


その間の食事とか掃除はどうするのかって?


もちろん自分でする。というか、しないと生きていけない。


離れとは言え、そんなに狭くはないので掃除は少々キツイかもしれない。



今日、僕は田辺と水族館に行く約束をしていたので、急いで身支度をする。


駅では既に田辺が待合室に来て座っていた。


僕は気づかれないようにそーっと後ろから近づいて声を掛けた。


「たーなべッ」


彼はビクッと驚いた様子で振り返った。


「・・・・・・?」


彼は見知らぬ子供に声を掛けられたような目で、僕を見ている。


「どうしたんだよ。僕だよ、僕。」


「ええぇぇぇぇぇ、お前、なんなんだその格好は!?」


いつもと違う僕にかなり驚いたらしい。


なぜなら僕は今、女の子の間で流行りのローライズ・パンツに半袖シャツとベストを羽織り


かなりボーイッシュな格好をしていたからだ。


「この僕の顔を忘れるとは・・・」


「すっげーっ、まるで別人だなぁ。何処のお子様かと思っちまったぜ。」


と彼は言いつつ、顔はにんまりとしている。


「さて、そろそろ電車の時間だから、早く行かないと乗り遅れるよ。」


僕は彼の手を引いて券売機の方へ歩く。


(・・・かっ、可愛いすぎるぜ、こいつ)


俺は頬を抓って今目の前で起こっている事を確認する。


(俺にこんな可愛い彼女が出来たのか・・・)


自然と顔が緩くなると同時に、あの時の光景が頭に思い浮かんだ。


(うぉっ、いかんいかん。今日はそんな事をする為に来たんじゃない。


 でも・・・、あの腰はたまらんなぁ・・・)


「こらっ、今何か変な事を思い浮かべてたでしょ?」


紺野にお尻をバッグで叩かれる。


「そんな事ねーよ、(あるけどな。)」


「嘘。顔がずっとにやけてたよ。」


「ばっ、馬鹿。そんな不謹慎な事考えてねーよ。」


「やっぱ考えてたんじゃない。」


「すみません、俺が間違ってました。」


「今日は水族館を奢ってもらえるなら、許してあげてもいいよ。」


「冗談キツイなあ。」


田辺は頭を掻きながら困った顔をする。


「冗談だよ。ほら、もう電車が入るよ。」


僕達は手を繋ぎ、一緒に電車に乗り込んだ。



幸い、客車の中は殆ど人が居なかったので、僕達は空いてるベンチシートへ腰掛ける。


水族館へはここから1時間くらいかかるのだけれど、


目的地に着く間は、お喋りで退屈する事無く過ごした。


将来何になりたいとか、相撲の事とか・・・やっぱり、田辺とのお喋りは面白い。


「僕達、機から見たらどういう風に見えるんだろうね?」


「さぁなぁ。でかいのと、ちっちゃぃのが居るから、親子じゃねーか?」


「なんで、親子なのよ。なんなら、これからはお父様ってお呼びしましょうかしら?」


「おい、お父様は止めろ。そせてお兄ちゃんくらいにしとけ。」


「じゃあ・・・、お兄ちゃん?」


僕は彼の顔を覗き込みながら、茶化してみる。


(くぅぉぉぉぉぉ、俺に妹ぉぉぉぉぉぉぉ、ありえねーッ


 でも、紺野のこういう仕草はとても可愛くて萌える・・・)


暫くして、電車は目的地の駅に到着した。


最近出来た水族館へは駅伝いに渡る事が出来、中に入るとすぐに大きな水槽が待ち構えていた。


水族館の中を彼と歩く。周りはカップルが多く目に着き、


腕を組んで仲良さそうに歩いている。


「あのさぁ、周りのカップル見て何か気付かないかなぁ。」


「何を?」


「僕にそんな事言わせる訳?」


「だからなんなんだよ。」


僕は鈍感な彼に多少イラつきながら、ジェスチャーしてみた。


「なんだそんな事か・・・?でもそれは無理なんじゃないか?」


「なんでだよ。」


「お前の身長からして、頭が俺のちょうどこの辺なんだぜ、どうやって腕組むんだよ。」


田辺は腰のあたりに手を当てながら、僕を挑発する。たしかに無理があった。


(嗚呼、身長が欲しい・・・)


仕方無く、僕は捕らわれた宇宙人宜しく、父親に引っ張られる子供の如く


手を引かれて水族館を見て廻った。


(水族館なんて、何年振りだろう・・・。まだお父さんが居た頃に連れて


 行ってもらった記憶が微かに残っている。)


一通り見て廻った後、調度お昼近くになっていたので、施設内のレストランで


僕達は早めの昼食を摂る事にした。


僕はそんなに食べれないので、フレンチトーストを。


田辺はハンバーグ定食と山盛りのミートスパゲティを注文する。


相変わらずの大食漢である。


「結構広かったねぇ。」


「そうだな、全部ゆっくり見てたら一日がすぐ過ぎるぞ。」


「ねぇ、これからどうする?」


「そうだなあ、大概の物は見たからな。今度はショッピングなんてどうだ?」


「あれ、田辺って、そんなにお金持ちだったっけ?」


田辺は使い古された財布を取り出しながら


「夏休みが来るまで、ずっと親父の仕事を手伝ってたからな。


 だから、お前に服くらい買ってあげられる余裕はあるぞ。」


そう言い終わると同時に、ちょうど注文した料理が運ばれて来た。


食後に彼はコーヒーを、僕は紅茶を頂く。


「あ、そうだ。お前の家、ここに来る途中の駅だったよな?」


たしかに、ここから約20分程戻った駅は、僕が通学に利用している駅だった。


「ええー、もしかして僕の家に行こうとか言うんじゃ・・・」


「当たり前だろ?ショッピングの後はお前ん家に行こうぜ。」


(あの家はまずいなぁ・・・絶対、田辺はみんなに言うに決まってる。)


「あははは、僕の家?(うーん、どうしよう・・・)


「お前の部屋ってどんな感じなんだ?」


「・・・家具が多いからなぁ。というより、普通の男の子って部屋じゃないかも・・・」


「なんだそりゃ? やっぱり女の子っぽいってことか?」


家具はゴシック調の調度品でまとめられているので、


たしかに女の子っぽいと言えばそうかもしれない。


「まぁそんな感じかなぁ・・・あははは・・・」


「じゃあ、決定。今12時だからまだ時間はあるぞ。先に買物行こーぜ。」


(まずいなぁ・・・でも家には誰も居ないから・・・よし、覚悟を決めるしかないよね)


「しょうがないなぁ、でも一つ約束してほしいんだけど、誰にも言わないって約束してくれる?」


「なんだ、見られちゃまずい物でもあるのか?」


「そういう訳じゃないけど・・・、だってさぁ。恥ずかしいじゃない。」


「恥ずかしがる事無いだろ?誰にも言わないって約束するから、な。連れてってくれ。」


僕達は、駅前のショッピングセンターへ向かった。



流石にショッピングセンターの中は人でごった返していた。


人の多い場所が苦手な僕は、田辺に引かれ人の合間を抜けつつ、


女の子向けの服が売られている専門店へと導かれて行った。


「お前、たしか服は男物しか無いって言ってたよな?」


たしかに僕の部屋のクローゼットの中には男物の服しか無い。


「うん。女の子の着る服って着た事も無いから判んないんだよね僕。あははは・・・」


小さい頃から、女の子の服を着て『らしくしたい』というのが僕の夢ではあったけれど、


紺野家の跡取りとして育てられた僕には無縁の代物だった。


「なあ、気に入ったのがあったら言ってくれ。」


田辺は僕の背中を押しつつ、僕を店内へと踏み入れさせた。


正直、どれが似合うのかさっぱりな僕は、店員さんに薦められるまま、服を試着していく。


「お、それは似合う。似合う。そのスカートも中々いいぞ。」


田辺はにんまりした顔で、着せ替え人形となった僕を鑑賞している。


何着か試着してみて、田辺が一番気に入った服を買う事に決まった。


買ったのは、なぜか幼げな印象のある。


ミニスカートとキャミソールと羽織るタイプの半袖カットソーだった。


僕は服が入った袋を指差しつつ、田辺に疑問を投げかける。


「あのさぁ、コレなんか子供っぽくない?」


「お前がちっちゃいんだから、仕方ないだろ?大人用のサイズ無かったんだし。」


それを言われると身も蓋も無い。


まぁ、買ってもらった身としては、これ以上文句を言える立場じゃ無い。


僕達は次のターゲットへ向かうべく、足早に駅へと移動する。


電車はそんなに待つ事無く到着した。しかし、やはりココでもほぼ満員の電車に


うな垂れながら、田辺の手伝いもあって何とか座席を確保する。


人の多さに疲れた僕は、食後の眠気も手伝って直ぐにお昼寝タイムに入った・・・



今日、紺野とは体面上、男同士のデートではあったが、そんな事は全く気にはならなかった。


気持ちの上では紺野は俺の『彼女』だ。


服を買ってあげたのも、今まで男として育ったこいつに少しだけでも女としての『感覚』を


味わって貰いたかったからだ。


そして、今隣に紺野が居る。午前中歩き廻ったのが堪えたのか、


俺に寄りかかってすっかり眠り込んでいる。


このシチュエーションは何とも言いがたい。周りの男達から見れば


俺は何時袋叩きに逢っても可笑しくない状況だ。


俺はそんな奴らの視線を他所に、そっと『彼女』の肩へ腕を廻してやった。



紺野の最寄の駅へ到着すると、社内の連中を掻き分け下車する。


「あぁ。まだ眠い・・・・・・」


「まだ寝ぼけてんのかよ?これからお前の家に行くんだからな、ちゃんとしてくれよ。」


紺野は気持ち良く寝ていたのを起こされたのが悪かったのか、寝起きの期限が悪い。


(ひょっとして、こいつ低血圧か?)


紺野は駅でタクシーを拾うと、運転手に何やら指図している。


「お前の家って、ここからどのくらい掛かるんだ?」


「・・・15分くらいかなぁ・・・」


(こいつ、まだ寝ぼけとる・・・)


紺野が言った時間近くになった時、周りの景色が一変する。


山の中なんだが、妙に街路樹が整備され、道路脇には沢山の花壇に色取り取りの花が


咲いている。さながら公園の中の道路のようだ。


そして、小高い丘に達した時、思わず声を揚げた。


「・・・なんなんだ・・・ココは・・・」


よくテレビで見る、ベルサイユ宮殿そのものだ。


あの長崎のなんとか言うテーマパークの公園をそのままココに持ってきたと言えば


判って貰えるだろうか?


入り口と思われる大きな門の前に到着すると、紺野は一旦タクシーを降り、


門の側にあるインターホンで何かを告げている。


紺野がインターホンの受話器を戻すと同時に柵の様な鉄の扉がゆっくりと開き始めた。


紺野はタクシーに戻ると、中に入る様運転手さんを促した。


広い。とにかく広い。広いなんてもんじゃない、


(これが紺野の家?!)


タクシーは何棟かある大きな建物から少し離れた、小さな建物の前で止まった。


あっけに取られている俺を尻目に、紺野はバッグからカードを取り出し、


何やら清算するとタクシーを降りた。


「田辺ー、着いたよー。」


半ば眠りから冷め切っていない風な紺野は、その建物の玄関の鍵を開けると、


慣れ手付きで館内の電気のスイッチを入れる。


中は・・・もう例え様が無い。


一般人の俺の知識を遥かに超えた光景が目の前に広がる。


淡い赤色の美しい絨毯、何一つ隙の無い整えられた家具や調度品・・・


(この小さい建物でこのレベルぅ?!じゃあ、他の大きな建物は・・・)


俺は言葉にならなった。


紺野は以前、家の跡取りとかなんか言ってた気はする。


それがこんな屋敷を持つ跡取りだったとは、びっくりすると言うより


もうこれは笑うしかない。


「ハハハハハ、、紺野君ってこんな所に住んでるんですね。」


なぜか言葉が敬語っぽくなる。


紺野は大きな階段を昇ると、途中から俺に一緒に上がる様、手招きをした。


階段を上がるとそこにも絨毯が敷き詰められていた。


壁には綺麗は油絵と思われる絵が何枚か立てかけられている。


左の一番奥に紺野が立ち、招き猫の様に俺を手招いている。


紺野に薦められて入った部屋は広さ30畳はあるだろうか、


他にも部屋に通じる扉が何枚か見える。


例えて言うなら、豪華ホテルのスウィートルームだろう。


「田辺、びっくりしたでしょ?」


「・・・びっくりしたってもんじゃないぞ。


 お前は王子様か?それともお姫様なのか?」


「ごめんね。びっくりさせちゃって、前にも言ったと思うけど


 僕はこの家、紺野家の跡取りなんだよ。」


「僕はここに友達とか連れてきた事は一度も無いから、田辺はこの敷地に入った初めての


 友達って事になるかな。」


紺野はそう言いながら、一件冷蔵庫に見えない家具の中から冷えたコップと飲物を取り出す。


「驚いたなあ、この街にこんな建物があるなんて・・・」


「ここは一般の人は入れないようになってて、向こうの建物に監視している人達が居るんだ。」


「それに、夏の間は僕とその人達しかいないから、遠慮しなくていいよ。」


「夏の間って、他の家族の人達は何処行ったんだよ?」


「夏の間は伊豆高原に別荘があるから、みんなそこに行ってるんだ。」


軽く『別荘』と言うところは恐れ入る。


俺の家とは比べもんにならないレベルの生活をしてることは、既にこの敷地に入ってから


判りすぎるくらいに思い知らされている。


「向こうにプールも有るし、どう?一緒に?」


(プールかぁ、紺野の水着姿も見てみたいよなぁ・・・)


「おお、いいぞ。でも俺、水着なんか持って来てないぞ?」


「色んなサイズがお客さん用に用意してあるから大丈夫だよ。」


グラスに入れられた、ちょっぴり柑橘系の味がする飲み物をグッと飲み干すと


紺野と一緒にプールがあると言う建物へ向かった。



そこは学校にあるプールと同じくらいの規模だ。


更衣室に入ると、言われた通り色々なサイズの水着が用意されていた。


なぜか、紺野も一緒に着替えようとしていた。


「ちょっと、おい。ここは男子用だぞ、お前は女子用で着替えろ。」


「あ、そうだった。ごめんごめん。」


紺野は水着を持って隣の更衣室へと入って行く。


紺野の裸が見れないのは残念だったが、というか、淡い期待はあったが


しょうもない事であいつに嫌われるのは本意ではないので、ここは割愛する。


それぞれ着替え終わると、一緒に軽く準備体操を始めた。


「今度はもう溺れないから安心しろよな。」


「そうだよ。溺れられたら僕が困るんだからねっ。」


プールに入ると、学校のよりは水深が浅かった。


(今の紺野の身長だったら足が付くな。)


これならお互い溺れる事は無いだろう。


そして、温水ではないものの、適温と呼べる温度で泳ぐのにはちょうど良い。


最初は競争をしたり水の掛け合いをしたりして楽しんだ。


いつしか二人でじゃれ合いながら、傍にあるジャグジーで泡風呂を楽しむ。


「なあ、紺野。」


「なに?」


「お前は幸せ者だなぁ」


「なんで?」


「何不自由しない暮らしなんだぜ、俺にはこんな生活はどうあがいたって適わん。」


俺は正直、こういう生活ができる紺野が羨ましかった。


あいつを守ると誓ってはみたものの、こんな見えない巨大な『家』という敵から、


はたまたそれらが取り巻く敵から・・・俺は守れるのか・・・




泳ぎ疲れた僕達は、部屋に戻ってソファに寝そべる。


「今度はみんなを連れて、大勢で遊んだら楽しいかもしれないね。」


「それはしない方がいいと思うぜ。」


「なぜ?」


「俺でさえ、ここに入ってくる時、あれだけ圧倒されたんだ。


 もし、あいつらに見せたら、次の日からお前を見る目が変わってくるんじゃないのか?」


たしかにそう言われてみると、そうかもしれない。


「・・・だよね。僕が今まで苛められたのも、この家が原因だったりしたし。」


人の妬みというものは恐ろしい。自分の身でそれを感じて来たじゃないか・・・。


「田辺は明日から僕を見る目が変わる、なんて事は無いよね?」


「俺がこんな事くらいで変わる訳ないだろ?(ちょっとは躊躇したけどな)」


紺野はトレーナー姿から、『ちょっと着替えてくる』と言って、別室へと入って行った。


(・・・あいつは戸籍上『男』だ。俺はこいつと結婚・・・って。


 出来ねぇじゃねーか)


内心複雑な気持ちになった。


俺は女としてのアイツが好きだ。でも体面上は男同士なのだ。


ああ、考えるば考えるほど頭の中がややこしくなる・・・・・・。


先日のキャンプでの出来事が頭を過ぎる。


あの時見た紺野は、紛れも無い女だった。


そして、俺はその体を間違い無く、この手で抱いた。


あいつは『女』なんだ・・・。俺は妙な自信で納得させる。



そして、紺野が着替えから戻って来た。


先程ショッピングセンターで買ったあの服だった。


ニーソックスと、髪型が変わってはいたが、そこには女である紺野が立っていた。


「田辺、どう?」


紺野はくるりとゆっくり廻り終えると、腕を後ろに組みながら俺の方を覗き込む。


「おおー、流石俺の彼女だぜ。やっぱその格好が一番お前に似合うな。」


「そう?」


紺野は嬉しそうに無邪気に体を捻っている。


「その姿は・・・、花に例えたら、桜とバラを足して均等に割った感じだな。」


訳の判らない例えを自分で言って自分で創造してみる。


それだけ純真無垢なイメージと、この家の風格を合わせ持った花に見えてくる。


さっきのプールでは、紺野を守ると誓った気持ちが少し揺らいだ感じがしたが、


今は、絶対の自信が持てるような気がする。


俺はこいつの幸せそうな笑顔が、これから先も見れるならどんな事でもする。


いや、『絶対に死守しなければならない。』



紺野は部屋のカーテンを閉めた。すると中は薄暗い感じになった。


「おい、何するんだよ、暗いじゃねーか・・・」


俺が言い終わると同時に、紺野の唇が俺の唇へと重なった。


半ば強引とも言える不器用なキスは。やはり、女の方からするものではないらしい。


微かに見える部屋の風景から、豪華なベッドルームが目に飛び込んでくる。


俺は彼女を両手で抱き抱えると、キングサイズはあるであろう、


そのベッドに彼女の身を預けた。


「お前から、そんな事を仕掛けてくるなんて思いもよらなかったな。」


「こうでもしないと、田辺は・・・してくれないでしょ?」


紺野なりに気を使ってくれたのだろう。


俺はそんな彼女の行為がとても愛しく感じた。


俺は紺野と結婚は出来ないかもしれない。いや、将来を共にする事も出来ないかもしれない。


しかし、俺は諦める様な事は絶対にしない。



少しずつ紺野から服を取り除く。


そして一糸纏わぬ姿に思わず声が漏れる。


「綺麗だ・・・」


俺は前回、紺野を汚した。そして、今も汚そうとしている。


純白のドレスを血で染めるかの如く、懺悔の念を頂きながら・・・


彼女は終始、痛みを我慢しているように見えた。


「辞めようか・・・」


彼女の目は涙で溢れていた。


「・・・大丈夫、痛くなんかない。」


彼女はそう言うと、手で涙を振り払った。


「体の奥底から幸せを感じてるんだ・・・」


俺は夢中で愛した。


彼女の甘い声だけが、部屋中にこだまする・・・。



時刻はもう午後4時を過ぎていた。


俺達の姿は部屋にあるシャワールームにあった。


「やっぱり、お前。血が出てるじゃねーか。」


紺野は恥ずかしがりながら、必死に手で隠そうとしている。


その姿はさながら幼児みたいだ。(俺は間違ってもロリコンではない。)


「大丈夫だよ、女の子はみんな最初の頃は血を流すんだって、本に書いてあったよ。」


そういう知識に疎い俺の方が、なんだかこいつより子供な様な感じに思えた。


(俺って、やっぱりこういうの下手っていうか、無知なんかなぁ・・・


 こういうシチュエーションになったら襲う俺って・・・、


 しかも、彼女の部屋でやっちゃう俺って、やっぱダメ人間かも・・・)


紺野は恥ずかしがっていたが、俺は彼女を隅々まで綺麗に洗ってあげた。


自分が汚してしまったものを、綺麗に洗い流すかのように・・・。



二人共着替い終えると、本館と呼ばれている屋敷の厨房へと向かった。


途中、俺は家へ晩飯はいらない旨の電話をしておいた。


食堂に入るとそこには、これまたテレビで見かけるあの長いテーブルがあった。


お洒落で真っ白なテーブルクロスがかかっている。


食堂だけでも想像出来ないくらい広い。天井も高く開放的で、


当然ながら、俺の家のリビングような圧迫感は無い。


厨房は大きなレストランで見かける様な業務用の大きな冷蔵庫や


調理道具等が見える。


「ちょっと早いけど、晩御飯にするね。


 田辺は、そこのテーブルにでも座って待っててよ。」


彼女はそう言って、厨房に入ると冷蔵庫から何やら取り出し調理を始めた。


(彼女の手作りかぁ・・・俺ってこういうの憧れてたんだよなあ・・・)


俺の想像する憧れは、エプロン一枚で料理をする彼女に、後ろから抱き付いて


「愛してるよ。」とか言っちゃってる姿だ。


まあ男なら一度は夢見る下品な夢ではあるが・・・



30分ほど経った後、紺野が料理をカートに乗せて運んで来た。


なんか本格的でこっちまで緊張してくる。


「田辺は中華が大好きだって言ってたから、今日は中華にしてみましたー。」


紺野は重そうに上品な器を持ちつつ、俺の前へ料理を並べていく。


「はい、これは『鱶ヒレスープ』ね。熱いから気をつけて。


 それからこれは『燕の巣と海老で作った飲茶』と、


 そして、これは『山菜入り炊き込みご飯』ね。」


(炊き込みご飯はなんとなく想像は出来るが、フカヒレなんちゅうのは


ブルジョアの食べ物だろ。)


よく30分でこれだけの物が作れるのか不思議ではあったが、


それより食欲の方が勝っていた。


飲茶の具は色々な食材が詰まっており、今まで食べた事の無い食感と味に感動する。


フカヒレスープの『俺様がフカヒレだ!!』と主張してる姿は


有名料理店でも、めったにお目にかかれないだろう。


味は中華らしい味付けで美味いことこの上ない、


このコリコリ感の歯ごたえが何ともたまらない。(こりゃあ病み付きになるな)


(さっすが中華の王道だな、値段の高い理由が判るような気がする。)


「お前、毎日こんなの食ってるのか?」


「そんな事ないよ。いつも質素だよ。」


本当に質素なのかと、突っ込むのは無駄そうだから辞めにする。


「こんなの中華料理屋さんで食べたら、いくら請求されるかガクブルもんだぜ。


 でも、お前。良くこんなの作れるな?」


「簡単だよ。どれも煮るか蒸すだけだし、


 炊き込みご飯は具を混ぜて釜で炊けば出来るし。」


紺野は簡単そうに言ってるが、俺にはこんな料理は絶対作れん。


食事が終わると、紺野は一旦厨房に戻り、紅茶と思われるティーカップを持って戻って来た。


「はい、塩分を取りすぎたから紅茶を煎れてきました。」


カップを俺の前に差し出す。なんか色がいつも飲んでる紅茶の色では無い。


「あれ、この紅茶。少し色が黄色くねーか?」


「ああ、この色ね。これはマンゴーと良質な茶葉をブレンドしたお茶だよ。」


薫りは甘く、とてもお茶とは思えなかった。


飲むと口いっぱいに甘酸っぱい酸味が広がり、その後お茶独特の渋味が口に広がる。


まさにブルジョアらしい飲み物だ。


「これいいなぁ、薫り良し。味も色んな味が愉しめる。」


「でしょ?塩味の濃い料理の後だと、この紅茶が一番良い味に感じるんだよ。」


俺もこんな生活してみてー(て言うか、こいつと結婚してー・・・無理だけどな。)



お茶を飲み終えて暫くしてから、タクシーを呼んだ。


今日の別れを惜しみつつお互い強く抱き締め合い、別れのキスをする・・・。


俺は紺野の見送りを受けながら屋敷を後にした。




◆暴漢◆


今日も暑い。もとい、日差しと空気が熱い。


寒いのは我慢できるけど、暑いのは苦手だったりする。


そんな中、登校日というのは正直しんどかった。


久々にみんなに会えるのはちょっぴり楽しみなんだけど・・・。


今日みたいに暑い日は行きたくないなぁ・・・



俺は今日に限って早く目が覚めたせいで、いつもより1時間早く学校に来ていた。


相変わらず、紺野は学校の有名人だ。


今のところ、あいつが苛められるとか、苛められたという話は聞いていない。


でも、その時の俺は、何事もなくこのまま学校生活が過ぎていくものと・・・


過信していた・・・




「おはよー」


みんな疲れたような、この暑さで溶けたような声で挨拶を交わしている。


そんな中、一番元気なのが藤原(アイツ)だ。


「おっはよーっ、みんなー、ひっさしぶりーっ」


あのテンションの高さは何処から出てくるんだ?


というか、朝何食ったらあんな元気が出るんだよ?


藤原は俺の所に来るなり、背中をどついた。


「なにすんねん。」


「あんたみたいな脂肪はこの暑さに参ってるんだろうけど、


 和美ちゃん待たせてたでしょ? この暑さで忘れちゃったの?」


(うぉっ!!、いけね!!。すっかり忘れてた。)


「和美ちゃん可愛そうに・・・。この暑い中、駅のホームであんた待ってたんだよ?」


すると、ちょうど紺野が教室に入って来た。


「おはょ゛ー」


(やべっ、怒ってる?)


紺野はそのまま席に座ると、倒れる様に机に突っ伏した。


〈ちゃんと和美ちゃんに誤りなさいよ。〉


藤原はそう言うと、自分の席に戻り友達とお喋りを始めた。


「紺野・・・。あのさ、今朝の事ごめんな。」


「・・・ん。なーにー。」


(いかん、この暑さでボケとる。)


「悪かったな・・・駅で待たせて・・・」


「んー、別にいいよー・・・」


こうもリアクションの無い紺野は珍しい。


とりあえず、怒られなかったのでそのままにしておく。



登校日とは言っても、授業は無い。その代わり、掃除が延々とお昼まで続く。


「おい、紺野。着替えるんだろ。」


「んー。わかったー」


(こいつ、まだボケとる。大丈夫か?)


俺はいつものように盾になりながら、紺野の着替えをガラス越しに覗く。


(相変わらず、肌綺麗だよなぁ。と、この間のベッドでの出来事が頭を過ぎる・・・


 くぅぉぉぉ、いかん、いかん、俺のボルテージが上がっちまう・・・)



俺達は庭に出ると、それぞれの持ち場に分かれた。


夏休みの間、放置されていた芝生は伸び放題になっていた。


俺は芝刈り機で綺麗に芝を整える。


(紺野の奴、大丈夫かな?・・・)



同じ頃、紺野は山手にある弓道場裏に居た。



「先輩、マズイっすよ!!。」


「なんだ、お前怖気付いたのかよ?」


「こんなのヤバイって!!、バレたら退学になりますって!!」


紺野は弓道場の倉庫に上級生3人に連れ込まれていた。



約10分前・・・



僕はこの暑さに参っていた。


先生に頼まれて、倉庫にあるリアカーを取りに行っていた。


(暑いなぁ・・・水分補給しなきゃ・・・)


僕は弓道場横による水のみ場で、半ば熱気で火照った顔を洗う。


(ああ、気持ちいいなぁ・・・)


その時、僕の意識はストンと落ちていった・・・



「おい、お前こいつの手を持ってろ!」


「俺、退学になんかなりたくないっすよー!」


「ちぇ、使えねーヤローだな。じゃあ、お前は外で見張ってろ!!」


2年生と思しき生徒は外に出ると、そのまま逃げて行った。


そして、田辺を知るその生徒は、田辺を見つけると事の次第を伝えた。


「紺野ーっ!!」


田辺は猛ダッシュで弓道場へと向かって行った。




「こいつ、裸に引ん剥いてやろーぜ。」


「そうだな、男女がどんなのか見てみたいもんな。」


二人は紺野の着ている物を次々に剥ぎ取っていく。


「うおーっ、たまんねぇなぁ。」


「姦っちまうか?」


「おい、俺、もう我慢出来ねーよ、」


男が紺野の胸に手が触れた瞬間、ドアが勢い良く開けられた。


ガシャッ!!


そこには、怒りに狂った田辺の姿があった。


「てーめーらぁーっ、俺の女になにしてんだぁーっ!!」


指を鳴らし、その顔は閻魔大王とも言える怒りに満ちた表情になっていた。


「なんだてめーわっ、俺に逆らう気か?」


そうだ、思い出した。こいつは3年の有名なワルだ。


そして、柔道で鍛えてるのを鼻にかけた嫌な野郎だ。


「お前ら、ぶっ殺す!!」


田辺はワル目掛けて突進する。


「んじゃ、こらぁぁぁぁ!!」


相手も負けじと応戦に入る。


ワルの左フックが、田辺の顔面を直撃する。


ドコッ!!


「そんなもん、効くかぁぁぁっ!!」


田辺は何事も無かった様に、ワルの首にエルボードロップを仕掛けると、


もう1人の男にその放った腕で肘鉄をお見舞いする。


「うわぁっ!!」


ボコッ!


俄かに鈍い音がした。


見事にクリティカルヒットした男は壁に弾かれ、その拍子に床に叩き付けられる。


ものの10秒も掛からずに、右腕一本で大の男を失神させてしまった。


その後、上原先生が到着し、生徒二人を引っ張って行った。


周りには野次馬の人だかりが出来ていた。


中には俺と紺野、そして藤原の姿があった。


「・・・大丈夫そうね。和美ちゃんは大丈夫よ。」


藤原はそう言いながら、紺野に服を着せていた。


しかし、紺野はまだ目を覚まさない。


「たぶん、脱水症状か何かだと思うから、すぐに水と担架持ってきて貰うように頼んで!」


俺は一旦外出ると、近くの生徒にその旨を伝え、頼んだ。


「俺が待ち合わせで今朝一緒に来てれば、こんな事にはならなかったんだろうな・・・」


俺は今朝の事を後悔していた。


「あんたのせいじゃないわよ、今自分を責めたって何の解決にもならないわ。」


藤原は冷静にそう答えた。


「あんた、この子が好きなんでしょ?だったら、あんたがしっかりしないとダメじゃないのよ!!」


パシンッ!!


藤原は俺の頬に平手打ちをした。


「ああ、そうだったな・・・。すまん。」


俺はそれ以上、言葉が出なかった。


担架が運び込まれ、俺は紺野を乗せると紺野の顔が他の生徒に見られない様、


俺の上着を被せた。


そして、近くに居た男子生徒共に、紺野を医務室へと運んだ。



「医務室の先生は点滴すれば良くなるだろうって」


藤原が医務室から教室に戻ると、冷えた缶ジュースを俺に手渡した。


「・・・」


「大丈夫だって、他に何もされてなかったんだから。」


何もされていなかった・・・しかし、もし気付くのが遅かったら・・・


俺は藤原の様に前向きに考えられなかった。



帰り際、上原先生に呼び止められた。


「田辺、ちょっといいか?」


「はい・・・、何でしょう?」


(たぶん、あの事だろう・・・)


「これから、私と理事長室まで来て欲しいんだ。」


(あぁ、俺があいつ等に暴力沙汰起こしたんで、呼び出しってとこか・・・)


ただでさえ、ナーバスになってる俺に追い討ちを掛けられてる感じだ。


理事長室の前まで来ると、上原先生がドアをノックする。


コンコン、


「上原です、田辺を連れて参りました。」


少し間が空いて、中から声が聞こえてきた。


「はーい、空いとるよー。」


あの理事長の顔からこんな言葉が出てくるとは・・・意外だ。


「失礼します。」


上原先生と俺は、同時に挨拶をしながら理事長室へと入って行った。


「おお、君が田辺君か、和美から話は聞いとるよ。」


(なんで理事長が紺野の事知ってるんだ?・・・しかも名前で)


俺と上原先生は、理事長に向かい合う様にして、ソフォに腰を下ろした。


「君には二度も和美。いや、紺野君を助けて頂いてとても感謝しておる。


 まだ何一つ君にお礼をしてないのは心苦しいが、改めて御礼をされてもらうよ。」


理事長は俺に向かって深々と頭を下げた。


理事長からお礼だなんて、とんでもない。


俺は紺野を愛する者として当然の事をしたまでだ。


「実は今日来てもらったのは、今日の一件の事だ。生徒達に変に紺野君の事を見られては


 こちらとしても困る。・・・そこでだ、


 『君はある生徒があの二人に絡まれていたのを、偶然通りかがり、助けた。』


 という話にしてはもらえないだろうか?」


「いや、これは紺野君の将来の為と思って君にお願いしたい。」


理事長は再度、深々と頭を下げて俺にお願いをした。


という事は、担架に乗せられた生徒が「紺野」では無かった・・・。


そして、紺野の姿は生徒達には見られなかった・・・


という事になる。


幸い、紺野の姿を見られないよう、俺の上着を被せたことが良かったのかもしれない。


「・・・理事長、承知しました。」


俺は提示された案を承諾した。


「田辺君、無理を聞いてくれてありがとう。では、改めてお礼にさせてもらうよ。」


理事長は俺の両手を包むように握手しながら、そう応えた。


そして、その日は紺野に合わせる顔が無い俺は、藤原と宮原さんに紺野の事を頼んだ。



部屋に帰ってからも、何もする気が起きない・・・。


ある意味放心状態と言っていい。


前々回のキャンプで行ったあの事件と似てはいたが、今回のは流石の俺も参った。


同じ校内で、しかもその学校の生徒による猥褻行為だ。


学校はこの事を表立って公表する事はないだろう。



その時、電話の呼び出し音が鳴り、母親から紺野からの電話だと言う事を告げられた。


出ない方が良いのか、居ない事にしたほうが良いのか・・・


ガチャッ!!


勢い良く部屋のドアが開け放たれる。


「あんた!!、今日は彼女をほったらかして帰ったんだって?


 ほら、待たせてないで、早く電話出なさいよ!!」



「イテッ!」


母親からお尻を勢い良く叩かれ、受話器を取る。


「もしもし・・・」


「あ、田辺?。今日は直ぐ帰ったって聞いたから何かあったのかなって


 心配したんだよ。」


(紺野はあの事を全然覚えてないのか・・・)


「ああ、すまん。ちょっと用事を思い出したからな・・・。」


「ねぇ、明日逢えないかな?」


「・・・ああ、いいよ。明日は何も予定は無い。」


「じゃあ、明日11時に。僕の家から迎えの車を用意するから、


 田辺のお母さんとお父さん一緒にそれに乗って来てほしい。」


(迎えの車を用意する??母親も連れて来い?)


「判った、じゃあ明日な。」


「うん。明日ね!!」



紺野はそう言ってから電話を切った。


(紺野はあの事を全然覚えていない・・・)


明日、俺はどうやって顔を合わせればいいんだろう・・・・・・


俺はとりあえず、母にも11時に出かけられる様に話しておいた。



◆唱道◆



翌日。11時近くになり、玄関のチャイムが家中に響き渡る。


母が応対したみたいだ。


少しして、母が部屋にやってきた。


「お前・・・、見慣れない車に乗った紳士に知り合いがあるのかい?」


母はキツネに摘まれた。という様な顔をしていた。


(ああ、紺野が用意する車とか言ってたな・・・たぶんそうだ。)


俺は母にその事を告げると、目を点にしていた。


俺はサイフをポケットにねじ込むと、玄関へと向かった。


玄関前には、テレビで良く見るハリウッド・スターが乗るであろう、


真っ黒な長いベンツのリムジンが止まっていた。


そして、その横には初老の蝶ネクタイをした紳士が立っている。


「田辺様でございますね。お待ちしておりました。さぁ、どうぞお乗り下さい。」


どうみてもTシャツにGパン姿の俺は似合わない。


そして、町内の婦人会にでも行く様な母の格好も滑稽且つ似合っていなかった。


今日に限って、一般的には土曜日なのに、


父親は仕事だと言ってここには居なかったのは残念だ。


紳士は長いドアを開けると、車の中に招き入れた。


中は意外と広く、テレビやバーカウンターまで備えられていた。


(へぇ〜、中はこんなになってるんだ・・・)


母はコチンコチンに固まって緊張している。


「おい、何緊張してんだよ。」


「だって、いきなりコンナ車がうちに来て、『お乗り下さいだよ』


 緊張しない訳ないでしょが。」


(既に声が固まっている。でも、なんで母親も一緒なんだ?紺野の奴何考えてんだ・・・)


社内は外の音や、車のエンジン音等は一切聞こえてこない。


聞こえてくるのは、妙に心地よいクラシックな音楽だけだ・・・


そして、車はあの道へと入っていく。



景色が一変するこの風景は、心が洗われるようだ・・・


新緑の緑の木々から毀れる日の光がとても綺麗だった。


そして、以前タクシーが止まった場所とは違う方向に車が向かった。


そう、あの一際大きな屋敷だ。


屋敷の前には、本で見た事のあるイングリッシュガーデンと思える庭が広がっていた。


リムジンはその玄関前へ滑り込む様にして止まった。


運転していた初老の紳士車から降りると、俺達の座っている側のドアを開けた。


「紺野家へ、ようこそいらっしゃいました。中で当主様がお待ちでございます。」


俺と母は、揃って車から降りる。


初老の紳士の後ろを付いて歩き、玄関前の短い階段を昇り終えると、ゆっくりと大きなドアが開かれた。


この前は紺野の部屋の建物だけでもびっくりしたが、この建物は大聖堂とも思える内装と外壁に


母と一緒唖然としていた。


戸惑っている俺達を尻目に、紳士が声を掛ける。


「どうぞ、こちらでございます。」


(ここ日本だよな・・・。)


「ねえ、信次・・・ココって日本だよね。」


母も同じ事を考えていたみたいだ。やはり親子だな・・・。


壁や天井に描かれたその絵は、まるで美術館だ・・・。


床に敷き詰めてある絨毯は、紺野の部屋のとは明らかに違い、


高級感のある模様で描かれていた。


暫くして進むと、以前食事をしたあの「食堂」へと入って行った。


食堂という言い方は少し御幣があるが、俺達庶民からすれば「食堂」だ。


これしか表現のしようが無い。


そこには紺野と、理事長、そして紺野の母親と思われる女性が立っていた。


紳士はその前で止まった。


「当主様、こちらが田辺様とそのお母様でいらっしゃいます。」


軽く紳士はお辞儀すると、その場から少し後退した。


「お忙しいところ、ようこそいらっしゃいました。


 私が紺野和美の母、紺野真理恵でございます。」


その女性は足の膝を微かに曲げつつ、深々とお辞儀をした。


女王様と思えるその風格と美貌は、とても紺野の『母親』とは思えない程、


煌びやかだった。


「奥様、初めまして。私が現、紺野家当主代行。


 永友高校理事をさせて頂いております。紺野栄一郎です。」


理事長は母の手をグッと握り締めながら、挨拶をしている。


(この理事長は握手するのが趣味なんじゃないのか?・・・)


続いて、紺野が挨拶をする。


「お母様、始めまして。紺野家次期党首。紺野和美と申します。


 この度は急なお誘いをお願い致しまして、大変恐縮です。


 お忙しい所お越し頂き、誠にありがとうございます。」


紺野のこういう立ち居振る舞いを見ると、まるで別人に見えてくるから不思議だ。


周りにはその他にも、学校で見かける役員と思われる人達や、


(あれはたしか・・・市長だ・・・なんで、こんな所に居るんだ・・・。)


どこかで見かけた事のある顔が揃っていた。


やがて、司会者の様な紳士が乾杯の音頭をすると、宴が開始された。


ホテルで言う立食パーティという感じだ。


母は紺野の母親と何やら仲良く話をしているようだ。


(さすが社交性だけは一人前の母だな。)


そこへ、紺野が俺の所へやってくる。


「田辺、今日は来てくれてありがとう。」


紺野の姿はお姫様なのか、王子様なのか判断つかない衣装に身を包んでいる。


「おいおい、なんなんだこのパーティは?」


「今日はね、亡くなった父親の命日なんだ。」


(おいおい、他人の家の命日に俺達は連れて来られたのかよ・・・)


「まぁ、それもあるんだけど。理事長から聞いたとは思うけど、


 懇親祭の時と、昨日の事で田辺にお礼がしたかったんだ。」


「お前、昨日の事覚えてるのか?」


俺はてっきり覚えてないのかと思っていた。


「本当はね、全然覚えてないんだけど、理事から話を聞いてその事を知ったんだ。」


「お前平気なのか、あんなことされて・・・」


「平気じゃないよ。でも昨日も田辺が助けてくれたって聞いて、嬉しかったんだ。」


昨日の家に帰ってからの俺の心配は何処かへ飛んでいってしまったみたいだ。


(無駄に心配して損したな・・・でも、こいつが元気になって良かった。)


俺は紺野が持ってくる色々な食べ物でお腹一杯になっていた。


まるで親鳥が雛に餌を運んでくるみたいだ。


立ってるのが少し疲れたので、壁際に用意された椅子に二人で座る。


しかし、引っ切り無しに訪れる客と、その挨拶で俺達の会話はままならなかった。


流石に市長が来た時はおったまげた。


(これが俗に言うセレブって奴か・・・まあこんな世界は俺は興味ないな)


暫くして、母と紺野のお母さんがやって来た。


「あなたが田辺君ね。いつも和美を助けて頂いて、ありがとう。


 これはほんのお礼の印よ。彼女はそう言って、見慣れないカードを一枚俺に手渡した。」


(ん!?。・・・これ、なんのカードだ?・・・・・・)


「そのカードはね、紺野家が経営するお店や、学校の施設で使えるカードだよ。


 簡単に言うと、学校の食堂で好きなだけ無料で食べれるって言う感じかな。」


紺野が意味不明に見つめる俺に説明を加えてくれた。


「うぉーっ!!、食堂の飯が食い放題ーっ!!・・・」


今まで少ない小遣いをケチって食べてたのが、次からは好きなだけ食べれる・・・


おっと、いかん、いかん。金銭的な事は俺の一番苦手とするところだ。


好意に甘えると度坪に嵌りそうで怖い・・・


「紺野のお母さん、ご好意は嬉しいんだけど、俺。こういうの苦手なんです。


 だから、これはお返しします。」


俺はカードを返そうと紺野のお母さんに差し出した。


「あら、謙虚ねぇ。あなたの事ますます気に入ったわぁ。


 やはりお母様の教育がしっかりなさってるからなのでしょう。」


紺野の母親は俺の母に向かい直すと、母は顔に苦笑いを浮かべていた。


何度か押し問答はしたものの、カードは無理やり受け取らされてしまった。


「あーあ〜、俺知らねーぞー。」


「今度、相撲部が出来たら体力付けてもらわないといけないから


 その時にでも使うといいよ。」


「俺は自分で稼いだ金なら遠慮なく使えるが、人様のお金を使う気にはなれねーよ。」


俺はカードを紺野の手に無理やり捻り込んだ。


「僕も田辺の意見と同じだよ。」


またしても俺のところに戻ってきた。


「じゃあ、学食の時だけな。」


俺は仕方なくカードを財布の中に押し込んだ。


ああ、なんか疲れるな・・・俺にはこんな世界は似合わないよ。



あれから2時間は経過しただろうか、程なくして場はお開きになった。


母は紺野の母親と趣味が逢ったのか、一緒に行って来ると言い残して上へと上がって行った。


(初対面で、且つあんな女王様とよく仲良く出来たな・・・)


俺は紺野と前に過ごした部屋へ移動する。



「あー、もう何も食べれねー」


俺はベッドに大の字になると、お腹一杯の腹を擦る。


紺野は普段着に着換えると、俺の傍に腰掛ける。


「今日はありがとう。楽しかったよ。」


「どうしたしまして、俺は食い疲れたけどな。」


「あはは、田辺らしいや。」


俺は帰るまでの間、部屋で紺野とのお喋りを楽しんだ。


長文。お読み頂き、誠にありがとうございます。

この物語は思い立って2日で書き上げた為、まとまりが無かったかもしれません。

もし宜しかったら今後もご愛顧の程、宜しくお願いいたします。


2008/1/19 第一幕の内容の修正と、あらすじを加筆致しました。

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