前世から手繰り寄せた赤い絲
前世も恋人同士でした。
あとちょっと、で届く...のに。がんばれっ、私。
脚立を使ってみたものの、最上段にあるファイルが届かない。
あと指ひと関節分なのに。くぅ・・・
「何してるの?」
「えっ、わっ」
誰かに声を掛けられ、驚いたせいで爪先立ちで立っていた脚立がぐらぐら揺れて倒れた。
私は咄嗟に棚に指を掛けぶら下がった。
「嘘でしょ...百合なんで誰かに頼まないの!」
「そ、総司。助けてぇ」
総司がたまたま資料管理室へ来てくれなかったら、力尽きて落ちていたと思う。
「ありがとう、そして・・・ごめんなさい」
「はぁ、いつも言ってるでしょ。無理かもって思った時点で誰かを呼ぶとか方法あるでしょ?なんで頑張っちゃうかな」
「うっ、仰る通りです」
「普段は抜かりなく仕事も早いし、しっかり者なのにこういう所は成長しないよね」
「・・・だね。」
総司にお説教されています。
たまにこういう事態に陥る。その度にこうやって怒られているんです。
総司は私の彼氏です。同い年です。
「ねえ、反省してるの?」
「うん、毎回反省してるの。なのに同じことやっちゃうの、ごめん」
「はぁ・・・」
がっくり項垂れる私の頭を小さな子供をあやすようにヨシヨシして、資料を片手に、そして私の手をもう片方の手で繋いで資料管理室を後にした。
はたから見たら、デキの悪い彼女に手を焼いている彼氏である。
「はい、これ早く持っていったら。」
「はい」
早く持っていかないと、短気な部長さんから角が生えてしまう。
トントン、「百合です」
「おう、入れ」
「資料、お持ちしました」
「ああ、そこに置いてくれるか」
「はい。・・では、失礼します」
「おい、百合」
「は、はい」
「お前、また何かやらかしたか?」
「え、またって」
「そう言うところ隠せねえんだよ、お前は。総司から説教されたんじゃねえのか、例のごとく」
「うっ・・・痛いところツイてきますね」
「あいつは心配性で過保護だからな、それも誰かさん限定でな」
ガチャ、部長室の扉が開く
「それを土方さんに言われたくないんですけど、僕に負けず劣らずでしょ。百合ちゃんに関しては・・・」
「なんだよ、俺の場合は親心ってやつだろ。可愛い部下が困っていたら助けてやるだろうに」
「はい、はい、分かりましたよ。もういいでしょ、終業時間だし帰るよ?土方さんなんかに慰めてもらったら、あとが大変だから」
「なんだと!」
深々と頭を下げて、部長室を後にした。
総司がなぜこんなに固執して心配し、怒るのか?
私には分からないけど、総司には前世の記憶があるらしい。
その前世で私は総司を置いて死んじゃったんだと、前世でも困らせていたらしい。
因みに、土方さんにもその記憶があるのだそうだ。
だから、あの二人はいつも私を見守っていてくれる。
肝心な何が理由で死んだのかは教えてもらったことがない。
その話になると総司がとても悲しい目をすらから。
土方さんに聞いたら教えてくれるかもしれないけど、総司に内緒で聞くことは出来ない。
「……」
「……」
総司は無言で車を運転している。
私は、こんな時気の利いた会話が出来ない。
「着いたよ。ちゃんと鍵は閉めてね」
「うん、ありがとう。また、明日ね」
静かに車を降り、見えなくなるまで見送った
「鍵は閉めてね、か。どこまで心配させてるんだろ」
情けなくて、涙が溢れてきた。
玄関のドアを開けて、鍵を閉める。
リビングのソファーに深く座って、膝を抱えて頭を乗せる。
今日で何回目?
成長してない…か。
今も昔も変わらず心配ばかりかけてる。
こん な彼女要らないでしょ…
大切な人を残して死んじゃうなんて最低でしょ…
なんでまた私を選んじゃったの?
総司はバカだね。
ハラハラと涙が落ちて、どれだけ泣いても止まらない。
泣いて、泣いて、泣きすぎて吐きそう。
やっと止まった涙は頭痛に変わった。
ズキズキからガンガン頭を殴られているように。
窓の外はもう真っ暗だ。
マナーモードのままにしていたスマフォのランプが点滅していた。
電話かな?LINEかな?
手を伸ばして画面を覗くと、ライトが目の奥に突き刺さる。
そのままポトリと落とした。
もう、拾う気力もない。
喉、乾いたなぁ…でも、もうどうでもいい。
そのまま深くも浅くもない眠りについた。
百合からの返事が来ない。
いつまで経っても、既読にならないなんて。
電話をかけてみたけど、鳴らせども鳴らせども出ない。
何してるの?
シャワーでも浴びていて聞こえないだけかな。
自分もシャワーを浴びて、部屋を整えベットに横になる。
スマフォにはなんの着信もなければ、LINEも既読にならない。
いつも直ぐに返事が来るのに。
「百合どうしちゃったのさ。」
帰り際の、ぎこちない笑顔が浮かぶ。
僕は土方さんに電話を掛けたてみた。
お節介なあの人が百合を独り占めしているかもしれないからだ。
「総司か?なんだ」
「まさかとは思いますけど、彼女出してくださいよ」
「あ?なんなんだ、いきなり」
「だから、百合ちゃん居るんでしょ?そこに」
「はぁ?お前ら、一緒に帰ったんじゃねえのか。俺はまだ会社にいんだよ!…おい、百合がどうした」
「まだ会社?じゃあ、百合はどこ…」
「おい!総司!!」
ガチャ…
「ったく、何なんだよ」
百合は土方さんとは居ない!だったらどこに居るの。
僕は車のkeyを取り、百合のマンションへ向かった。
エントランスからベルを鳴らすも応答はなし。
仕方なく、合鍵で入る。
部屋の鍵を開け入ると、今日履いていた靴が転がっていた。
リビングへ続く廊下を見るとカバンがあった。
僕は急いで上がり、リビングのドアを開ける。
真っ暗でカーテンすら開けられていない。
部屋のスイッチに手を伸ばすと、ソファーに人影が見えた。
「百合っ!」
百合だった。
小さく丸まった百合は固く目を閉じていた。
僕は百合の体を抱き起こし、冷え切ったその体を強く強く抱きしめて叫んでいた。
「百合!百合?起きて!百合」
すると百合の瞼がビクビクと動き、口元が動いた。
夢を見ているのか、必死で何かを言おうとしていた。
そして、百合の瞳から涙が落ちた。
「百合、起きて。僕だよ!わかる?」
「…じ、さん。や、行っちゃ嫌。総司さん」
百合は僕の夢を見ている。
行っちゃ嫌って…どういう事?
「百合!僕はここに居る。ここだよ!!」
掻き抱くように、百合を胸元に抱き込む。
百合の脳に、僕の声を届けて!目を開けて!
百合を連れて行かないで、もう離れなくない!
何度も心の中でそう叫んだ。
総司の匂いがする。 総司どこ?どこ?
「そ、うじ。総司!!」
自分の叫び声で、目が覚めた!
「百合、気がついた!よかった」
「総司!あれ、どうして」
頭かボーッとする。あれは夢?
「百合、心配したじゃないか!どうしたの?死んじゃったかと思ったよ!」
「総司、ごめん。大丈夫、生きてるよ」
ようやく、総司が私を抱く手が緩んだ。
「……」
「総司、私夢を見たの」
「うん」
「私も総司も着物を着ていてね?総司がお布団で寝ていてね、総司の手をずっと握って泣いていたの。行かないで、行かないでって。総司、目開けてくれなくて。すごく、悲しくて苦しくて。心が砕けそうだった」
「…ごめん。百合」
「なんで総司が謝るの?夢、なのに…」
「違うんだ、夢じゃないよ。百合は思い出したんだよ。僕とサヨナラした日の事を」
「えっ?」
「それは僕達の前世なんだ。本当は僕が百合を置いて死んじゃったんだ。病気で、ね」
「うそ、私が先に死んだんじゃないの?」
「ううん、本当は僕。置いて行かれた記憶が残ると悲しいでしょ?だから、噓ついたんだ。僕は百合を一人ぼっちにしちゃったんだ。置いていった百合のことが心配で、生まれ変わったら絶対に幸せにしたいって願った。そして、百合を見つけた。もう、時代が違うから大丈夫だって分かっているのに、片時も百合のことが頭から離れないんだ。僕の身勝手だよ。百合を縛り付けて、雁字搦めにしてた。」
「嘘、私が置いて行かれたの?私が心配で、生まれ変わっても探してくれたの?お説教も?」
「嫌いになっちゃった、かな?」
「ばかぁ!」
「!?」
「置いてくなんて酷いよ」
「ご、ごめんっ。僕だって死にたくなかった」
「知ってるよ!知ってる。総司は頑張ってくれたの。最期の最後まで私の側にいて、くれたの。うぅ、ありがとう。ありがとう総司。寂しかったけど、ちゃんと生きたの私。いつかまた総司にあえる日まで、それを支えに生きたの!」
「うん…百合、頑張ってくれてありがとう」
強く強く抱きしめあった。
総司の方が、辛かっただろう。
記憶を持ったまま生まれ、私を探し続けて。
どれ程辛かっただろう。
総司の電話の後、心配になって来てみたが・・・
必要なかったか。
あいつ等は、この世でもしっかり結ばれてやがる。
俺は静かに、その場を後にした。
「総司…」
「ん?」
「私、もう頑張らない。頑張るの止めた」
「は?どういうこと?」
「昔、一人でいっぱい頑張ったから、出来ないことは総司にぜーんぶお願いする。疲れた」
「なにそれ」
「今生では、いっぱい甘えたいの。だめ?」
「・・・(何その可愛い顔、どこで覚えたの?)」
「ダメなら、土方さんに」
「ちょっ、なんであの人が出るの、百合は僕のなんたから。絶対にあげない!」
そう言って、総司はいきなりキスをしてきた。
でもとても優しくて、温かなキス。
「今度こそ幸せにするよ」
私はもう幸せだよ?総司に見つけてもらった時から。
たぶん総司とサヨナラした日から、いつか会える日を楽しみしていたからずっと幸せだったよ。
やっと、総司の本当の気持ちが分かった。
置いていくのも、置いて行かれるのも嫌。
今度はずっと、ずっと一緒だよ。
おしまい。
読んで頂き、ありがとうございました。