sweet edge
なんで好きなんだろう?
……ハルくんは、誰にでも優しい。
でもそれは、ほんとうは誰もトクベツじゃないってこと。なのに。
宗純と一緒に来たのは、送ってくれるって言ったから。
飲めない宗純は、指定された店の近場の駐車場まで車で来た。途中で私を拾って。そんな厚意に甘えつつ、彼には何も返せない私。
今は違うテーブルで、それぞれ別の仲間と話し込んでる私たち。宗純が、時々視線を送ってくるけど、私は気づかないふりをしてる。
今日は、法科ゼミの合同飲み会。もしかしたら、ハルくんが来てるかもって、思ってた。
この前、同じ池田ゼミの宗純に告白されて、返事は保留にしてる。二人で一緒に来たことで、周りは、もう付き合うまで秒読みって思ってるみたいだけど。
私も、ううん、私を好きだと言ってくれた宗純が一番わかってる。もし、宗純と付き合うとしたら。それは、私が逃げた時だ。
――――この恋の痛みから。
※ ※ ※
「飲んでるー?」
遅れてきたハルくんが、私のテーブルの一番端っこに席をとった。すぐに輪に溶け込んで、にぎやかになる。
乾杯のグラスを傾ける手も。場を弾ませる深い声も。羽織ったシャツの肩の線も。
ぜんぶ。
甘い痛みを起こす。
こっちの会話も続けながら、ハルくんの声を聴いている。ハルくんを目の端っこで追っている。どうか、気づかれないように、と思いながら。
「美緒のグラス、ほとんど空いてる。次、どうする?」
ハルくんが目ざとく聞いてくる、その気配りが嫌い。
「んー、けっこう飲んじゃったし。もうウーロンにする」
私が言うと、周りからは「まだ早いだろ」との声が上がった。
でも。ハルくんがいなかったから、なんとなく飲み続けていて。あんまり食べないうちからハイペースだったので、このままは辛い。タイミングを外そうと、
「ごめん、ちょっと」
と、お手洗いに立った。
何度か来たことのある店だったので、廊下の角で一息し、壁にもたれる。
「お客様、大丈夫ですか?」
通りかかった店員さんが聞いてくれた。
「平気です。すぐ戻ると、飲め飲めうるさいんで」
私は軽く笑って答えた。
店員さんは頷くと、厨房の方へ行ってしまった。
実際、宴会が始まって、それほど経ってるわけでもなく、酔っ払ってるって程じゃない。
ただ、あそこにいると、どうしても、ハルくんばかり追いかけてしまうから。
こうやって距離を取ろうとするのに、だけど、私の心は、もうハルくんのいるところに戻りたがっている。
「ずる休み?」
聞きたかった声が、降ってくる。ハルくんが、廊下の角からこっちに向かってくるところだった。
見上げると、
「その瞳、反則」
と、ハルくんにおでこをつつかれた。
ハルくんが、そばにいると。全身で好きと言ってる私がいる。
「どんな男も落ちちゃうな」
そんな軽口を言うから、
「ハルくんは?」
と聞いてみた。
「俺は大丈夫。免疫強いから」
全身の「好き」も、かわされてしまう。
「ハルくんが落ちないなら、意味ないね?」
「そうなの?」
「だって」
「俺はね、ほら、いろいろひどいこともしてきたし」
ハルくんは、自分の見た目がいいことをよく知ってる。だから、言うんだ。
「美緒には、ちょっと手に余ると思うな」
そう言って、大人が子供をあやすように笑う。
……だったら、なんでこんなところに追いかけてきて、わざわざ声をかけたりするんだ、馬鹿。
「飲みすぎてるのかなって、心配だったけど。大丈夫そうだね」
と、ハルくんがみんなのところに戻ろうとするので、思わず、シャツをつまんでしまった。
「美緒?」
名前で呼ぶな、バカ。……ゼミの連中は、みんなそうなんだけど。だけど。
ぜったい絶対、受け入れてはもらえそうにない、今。
なのに、この手を離せない。
やさしいなら、それに、つけこんだっていいかな。
「もうちょっと」
「……そういうの、宗純とかにしてあげたらいいのに」
なんで知ってるの? と、顔を上げると、ハルくんは困ったように、
「まあ、態度で。あからさまだし」
と言った。同ゼミじゃないハルくんが気づくほどなのかと思うと、なんだか辛い。
「……私だって。好きなひとじゃなきゃ、できないよ」
小声で言うと、ハルくんが小さく息をついた。
「……わかってるよ」
ハルくんは、受け止めては、くれる。気持ちはくれないけど。
今はそれだけで、もう、いっぱい。
――――手放せない、sweet pain.
めずらしく、真っ向恋愛勝負、してみました。
自己満足品ですが、読んでくださってありがとうございました。