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第6話 「キスしようか」


「啓太!」


 間に合った。あたしは肩を大きく上下に揺らしながら啓太の名前を呼んだ。



「どうしたんだよ、浅野」


 啓太は驚いた顔をし、あたしに駆け寄ってきた。


「あたし、やっぱり協力できない」


「え?」


「あたし、啓太の事好きだから協力できない」


 啓太はまさにきょとんとしている。


「まさか浅野がそんな風に思ってるなんて……、ごめん。でも俺……やっぱり星野が好きだから」


「わかってる」


 そう言ったあたしを啓太はいつもの太陽みたいな笑顔でみつめた。


「浅野、お前変わったな」


「えっ?」


「黒澤が担任になってから、なんか……上手く言えねぇけど……






綺麗になったよ」






 あぁ、この言葉だけで十分だ。


 この人が好きだった。本当にこの人が好きだった。


 あたしは、啓太との思い出を心にしまい込み、だんだんとこの気持ちが過去のものになっていくのを感じた。それはとても穏やかで、心地の良い痛みだった。


 確かに黒澤が来てからというもの、あたしのペースは乱されてばかりだ。そして、今も乱されたお陰でここに居る。


「気持ちには応えられないけど、クラスの一番人気に思われて光栄だよ、俺は」


「何、一番人気って」


「本当に浅野って自覚ねぇのな。クラスの男子に何て呼ばれてるか知ってんの?」


 あたしは何の話だかさっぱり分からないというような顔をすると、啓太は本当に可笑しそうに笑った。


「眠れる美女だと」


「ばーか」


 後姿で啓太に手を振り、あたしは校舎に向かって歩き始めた。足元の上履きが何とも情けない。でも、後悔はしていなかった。いつも物事を遠くからみていて、何かに熱中することなんて無かった。怖がって何も出来なかった。そんなあたしが、誰かを好きになれた。そしてその思いを伝えられた。それだけで凄いことのように感じられたのだ。


 あたしは何だか無性に黒澤に会いたかった。そんな気持ちを自分でも可笑しいと思いながら、どうにもならない感情を笑った。




 非常階段から繋がっている屋上への扉を開くと、そこには手を広げて立っている黒澤の姿があった。


「何してるんですか」


 黒澤の姿を見て、どこかほっとしている自分がいた。今日のあたしは本当におかしいかも知れない。




「見りゃあわかんだろ。失恋した可哀想な生徒のために胸貸してやるって言ってんだよ」




「ふっ、なにそれ」


「笑ってんじゃねぇよ」


 あたしは、間抜けな黒澤の姿を声に出して笑った。心のどこかでピンと張った糸が切れたような気がした。


「あのさぁ、浅野。泣くか笑うかどっちかにしたら」


 黒澤の笑顔は相変わらず意地悪だったけど、腕を引っ張られ引き寄せられた今は、黒澤の胸しか見えない。


「泣いてない」


 そうは言ってみたものの、頬を流れるものは明らかに涙だった。泣くのなんて何年ぶりだろう。笑って泣いて、今まで出さなかった感情が一気に溢れ出る。



「はいはい、そうですか。相変わらず可愛くねぇな浅野 南さんは」



 そう言った黒澤の顔は見えなかったけれど、この大きくて心地よい温もりは確かにそこにあった。



「なぁ、浅野」



「なんですか」






「キスしようか」







 あたしの頭は悪魔みたいな黒澤の発言に、一瞬でショートした。






「は?」


「は、じゃねぇだろ。色気のねぇ奴だな」



「そう言う冗談、今言います?黒澤先生、キツイ」


 あたしは今更、抱きしめられているこの状況の危険度を把握し、黒澤の胸を押し出すように腕を上げる。


「本気になりそうな奴いるって言っただろ」


「それがなんなんですか」


 あたしの腕の力をいくら加えても黒澤の体はビクともしない。





「なりそうじゃなくて、本気になった」






 悪魔はそう言うと満足したのか、あたしの体をそっと離し、整ったその顔で笑った。急に離されたあたしは、体のバランスを崩し、へなへなと地面に倒れこんだ。



「ばかじゃないの」



「まぁいいじゃん」



「よくない」



 相変わらずの傲慢振りと横暴な態度に眩暈を感じたが、それも悪くないと感じる自分を知らないふりなんて、今更もうできない。


「なんであたしに構うんですか」


 今までのように強がってみたけど、あたしの心をかき乱す悪魔の笑顔を前にしたら刃向かうなんてできないのかもしれない。






「決まってんだろ、好きだからだよ」






 悪魔に惑わされる日々はまだ当分続きそうだ。



 悪魔にKISSを ≪fin≫


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