第5話 「馬鹿じゃねぇの」
授業を終えた放課後の教室は騒がしく、一人また一人とそれぞれの目的地に帰っていく。
「なぁ、浅野」
ふいに呼ばれ振り向いた先には、啓太がいた。啓太は耳元のピアスを触り、何か言い辛そうにしている。
「どうしたの、啓太」
「話あんだけど」
「何?」
「ここじゃちょっと……」
そう言った啓太がいつもとは明らかに違う雰囲気だ。不安と期待の入り混じった複雑な感情を持て余しながら、啓太はあたしを屋上へと連れ出した。
屋上に出ると、外はあいにくの曇り空だった。
「どうしたの?」
「浅野はさ、星野と仲良いの?」
「星野さん?」
思いもよらない言葉にあたしは少し面食らった。
「俺さ、星野が好きなんだ」
そう言って照れたように笑った啓太の顔は今まで見たことも無いほど、幸せそうだった。
「なんであたしにそんなこと……」
あたしは動揺を隠そうと必死に取り繕った。
「笑わずにちゃんと聞いてくれる奴は浅野しかいないと思って」
そんな顔しないでよ。ずるい。
いい友達でしょ?分かってるよ。これからもずっとそう。
あたしは怖がって何も出来ない。だってそうでしょ。啓太のそばに居られなくなるより、自分の気持ちに嘘を付いていたほうがマシ。
「いいよ。協力してあげる」
啓太の顔が一瞬にして明るくなる。何でもない事じゃん……啓太が星野さんを好きだって分かっただけ。それなのに、なんでこんなに胸が苦しいの。
「じゃあ、また明日」
非常階段を降りていく啓太の後姿を見送りながら、あたしはため息を一つ漏らした。
「本当にいいの〜?南ちゃん」
「最悪……」
屋上なんて来るんじゃなかった。振り向いた先にはフェンスにもたれた黒澤がいた。
「職員室、禁煙なんだよ」
黒澤は白い煙を吐き出し、からかうように笑った。
「本当にいいのかよ、お前啓太のこ……」
「好きですよ」
あたしは黒澤の言葉を遮るように言った。
「ああ、何?もしかして、好きな人が幸せになるなら〜なんて甘い事考えちゃってんの?」
「悪い?」
「馬鹿じゃねぇの」
黒澤は足元に煙草を投げ捨て、勢いよく踏みつけた。
「なんでそんな事言われなきゃならないんですか」
「なんででしょう?」
おどけたように首をかしげる黒澤。
「お前らしくないんじゃねぇ?いつも言いたい事ズバズバ言うくせに。ほら見ろよ」
黒澤がさした方向に目を向けると、校庭を歩く啓太が見えた。
あたしは黒澤が何を言いたいのかさっぱり理解できなかった。星野さんは、女のあたしから見ても可愛いと思う女の子だ。
あたしみたいな可愛くない女、啓太に振り向いてもらえる訳無いんだから、どうあがいたって無駄……
「今なら間に合うんじゃない?」
黒澤は、急に真剣な顔つきをした。
「走れ」
「啓太は星野さんが好きなの。あたしじゃない」
戸惑うあたしを黒澤は諭すように見つめた。
「後悔するぞ」
星野さんに勝てるわけがないし、黒澤の言うことをまともに聞くなんてあるわけない。
「早く行け!」
「っ、いけばいいんでしょ!」
あたしは堰をきったように走った。走らずにはいられなかったのだ。
啓太に言ったら、もう元には戻れない。怖いくせに。
それでもあたしは非常階段を駆け降り、校庭を歩く啓太目指した。