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第1話 「宜しく、浅野」



「これから新しい担任が来るらしいよ。しかも男」


「カッコイイといいけど……」




浅野(あさの) (みなみ)っていいよなぁ」


「あ〜わかる。美人だしスタイルいいし」


「でも笑った顔見たとき無くね?」


「そこがいいんじゃん。なんつうのクールビューティ?」


「あ〜浅野とやりてぇ」



 クラスの男子のしつこい視線を感じながら、聞きたくも無いのに流れてくる噂話を持て余し、あたしは窓の外に目を向けた。外の景色は赤や黄色で彩られつつあり、夏の終わりを告げていた。



 つまらない。小さくついたため息は騒がしい教室に消えていった。後1時間、この退屈な時間を過ごすのかと思うと、いいようの無いだるさを感じずにはいられない。





「席について」




 扉を開けて入ってきた初めて見る教師の姿に、今までざわめいていた教室が一瞬で静かになる。


「初めまして。君たちの担任の先生が産休に入ったということで、臨時で担任をすることになりました」



 しんと静まった教室に、コツコツと黒板に書く音が響いた。



黒澤(くろさわ) (たける)と言います。担当は美術。宜しく」




「ねぇねぇかっこよくない?」


「マジで好みなんだけど」


「せんせーい、質問!彼女いるんですか?」




 クラスの黄色い歓声に驚き、あたしは改めて教師の姿を見た。



 なるほど、確かにクラスの女の子達が騒ぐのも分かる気がする。切れ長の目に色素の薄い瞳、長身の体にすらりと伸びた手足はモデルをも彷彿とさせる。この学校にはもったいない位の端正な顔立ちだ。


 教師に興味津々な皆をよそに、あたしは机に顔を伏せた。暖房の効きすぎた教室で、冷たい机の感触がとても心地良い。


 教師なんて興味ない。


あたしは現実から逃れるべく、静かに目を閉じた。







「……み。あさ…の…み」


 遠くで誰かが呼んでいる声がする。


「あさの……おい、浅野。浅野、起きろ」


 どうやらホントに寝てしまったらしい。状況が把握できていないあたしは、ゆっくりと目を開けた。そしてむくりと起き上がると辺りを見渡す。


「おはよう、浅野」


 教壇に立つ教師がそう言うと、教室に笑いが起こる。

隣の席の女の子の星野さんを見ると、ばつが悪そうにあたしを見ていた。


「自己紹介、浅野さんの番だよ」


 星野さんはそっと教えてくれた。あたしは星野さんに小さく礼を言い、席に座ったまま教師を見据えた。


「浅野南です。宜しく」



「宜しく、浅野」



 教師は非の打ち所の無い完璧な笑顔を浮かべた。クラスの女の子たちからため息のような歓声がおきる。

この教師もクラスメイト達も何が楽しくて笑ってるんだろう。


 あたしは、つまらない現実から逃れようと再び目を閉じた。あたしの意識はまた少しずつ遠くなっていった。



 




「浅野さん、起きて」


 次に目を開けると教室にはあたしと星野さんしかいなかった。あれから1時間も寝てしまったようだ。喉にひりひりとした痛みが残る。



「気持ちよさそうだったから何だか起こせなくて」


 星野さんは申し訳無いとでもいうような顔で言った。


「あ〜いいの。こちらこそごめん」


 あたしは乱れた髪をかきあげながら言った。


「ううん、それじゃあ、あたし行くね」


 星野さんは柔らかい笑顔を残し、帰って行った。わざわざ気にして起こしてくれたのだろうか。あたしが男だったら星野さんみたいな子を好きになるだろうな。とりあえず、自分で言うのもなんだが、あたしみたいな可愛くない女とは付き合いたくない。


「ふぁああ……」


あくびを一つ漏らす。辺りはもう夕闇に包まれている。




 机から借りていた本を取り出し、あたしは図書室に急いだ。



 うちの学校の図書室は県でも一位二位を争う程の大きさだ。高校の図書室なのにステンドグラスが設置されている。ひょっとしたらどこぞの教会より綺麗かもしれない。




 オレンジの光を浴びて、ステンドグラスは虹色に光っていた。いつもなら誰もいないはずの図書室の影から声が響く。


あの男……さっきの黒澤 猛とかいう教師だ。その黒澤に寄り添うように女子生徒の姿があった。


 あたしは只ならぬ空気を察知し、図書室の入り口で後込みをしていた。


「猛先生、付き合ってる人いるの?」


「さぁ……どうだろね」


「ねぇ私と付き合わない?」


 女子生徒は大胆にも黒澤の肩に腕をまわした。見てはいけないものを見てしまったに違いない。そう思わずにはいられなかった。


「ねぇダメ?遊びでもいいから」


 まともな教師ならここで、彼女を拒絶するはずだった。


「別にいいよ」


 あたしはあまりの急な展開に後退りしてしまった。黒澤は女子生徒の肩を引きつけると、濃厚なキスをし始めたのだ。


 あたしは驚きを通り越して怒りさえ感じていた。個人の感情で動くことを最もタブーとされている教師が、ましてや学校という公共の場で何をしているんだ。

持っていた本が、パサッと情けない音を立てて床に落ちる。慌てて拾い上げるものの黒澤はあたしの存在に気付いたのか、こちらをちらりと見て、全てを見透かしたような笑みを浮かべた。先ほどの授業の時は全く違う顔つきだ。雰囲気が180度違う。あたしの心臓は跳ね上がった。


 あたしは黒澤の行動が全く理解できなかった。あたしは黒澤から目が逸らせず、馬鹿みたいにその場から一歩も動けない。まるで黒澤の目に吸い込まれてしまったような、しばらく時が止まってしまったかのような、そんな錯覚に陥った。


 長いキスを終えると女子生徒は顔を真っ赤にし、放心状態で座りこんでいる。恐らくあたしの存在には全く気付いていないだろう。


黒澤は女子生徒に耳打ちをし、こちらにゆっくりと近づいて来る。


「いつまで見てるつもり?こっから先は18禁だけど?」


いつの間にか目の前まで迫った黒澤は、怪しげな笑みを浮かべ言い放つ。


「18禁でも何でも勝手にやって下さい」


 あたしは苛立ちを隠そうともせずに言うと、黒澤に背を向けた。


「可愛くねぇな、浅野 南」


 なんであんたにそんなこと言われなきゃならないの。


 あたしは、振り返り手元の本を黒澤に投げつけた。


 黒澤は怯みもせずに本を掴みとる。


「本は投げるものじゃないよ、浅野サン」


「それ今日返却日なんです。返しといて下さい。黒澤センセイ」


 黒澤は一瞬驚いたような顔をし、すぐに珍しい動物でもみているかのような顔で笑った。


「浅野、やっぱお前、面白れぇわ」


 このいい加減な態度、本当に腹がたつ。黒澤の言葉を無視し、あたしは図書室から足早に立ち去った。




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