【DROP OUT】 3
――――夕凪 春は自分の考えの甘さを痛感する。
自分はどこかで「このゲームで実際に死人なんてでないんじゃないか?」などと甘い考えを抱いていたようだ。
その証拠に今目の前で遊李が死ぬことが確定してやっと焦り始める。
本当ならば湊の様に俺も積極的に行動して、どうすれば全員が助かるかを考えるべきだっただろう。
だが俺はそれをしなかった。
いや、出来なかった。
「私様が……死ぬ? 嘘、嘘、嘘! そんな、私が死ぬはずなんて……ないです、ありえないです!」
眼から涙を流し必死に自分の死を否定する遊李。
その様からは最早最初に出会ったときのような、偉そうな態度は微塵も感じられない。
これから自分の身に何が起こるかもわからず、ただ体を震わせるその姿はただの中学生でしかなかった。
さっきまで立っていた足も力が入らなくなっているのか、膝をカクンと折り冷たい床についている。
涙は顔を伝うだけでは足らず、床にも零れ、小さな水溜りを作ろうとしていた。
「――――ッ」
湊は自分が守れなかった後悔からか、歯を思い切り噛みスピーカーを睨みつけていた。
もっともそれが何にも繋がるわけではないのを知っているのにそれでも止めないのは、そうでもしないと怒りのやり場がないからだろう。
そんな湊のことを知ってか知らずかスピーカーからはいつもと同じような声音でアナウンスが流れ始めた。
『お疲れ様でした。ミニゲームの結果入戸様のみが八問正解で最下位。なので入戸様の自爆装置をこのアナウンス終了一分後に開始させていただきます。ではこれからもゲームのクリアに尽力を尽くして下さいませ』
と、そんな言葉を残しアナウンスは終了した。
遊李を含む女性陣は皆これから何が起こるかを想像して奥歯をガチガチと鳴らしている。
誰一人自身が助かったことを喜ぶような素振りは見せない。
喜んだりしそうな日乃崎は未だに原因不明の無気力で生きているのかも怪しいほどだった。
「うああ……。うあああああ……。嫌、嫌、嫌ぁぁぁぁァァァ!」
恐怖に襲われただ嘆き叫ぶ遊李の姿は見ていられなかった。
眼は虚ろでどこを見ているのかもはっきりせず呪いを掛けられたんじゃないかと思うほど全身に汗が滴っている。
涙も一向に止まらずに汗と同時に流れることで大量の水分を奪っているのだとわかった。
湊が何か声を掛けようとしているが、口を開けたり閉じたりするだけで言葉は出てきていなかった。
これから死ぬという人間になんて言葉をかければ言いというのだ。
俺も直ぐに行くからとでも言うか?
そんなはずがない。
この状況で言える言葉など皆無。
だからこう言っては失礼かもしれないが、今湊がしようとしていることは全て無駄なのだ。
そう言って黙っていることが有効な手段とは言わないが。
「誰かお願いです。助けて下さい……。私様はまだ死にたくないんです! まだ友達と話していたいんです! お願いです、誰か助けて下さい!」
必死に泣いて懇願するがそれに誰も手をさし伸ばさない。
いいや違う、伸ばせないのだ。
この状況で下手な希望を与えて遊李には何が残るという。
ただ最後には裏切られたという絶望だけじゃないか。
だから俺は冷酷だと自分で思いながらも、あえて何も口にしない。
それが返って絶望に繋がるのならば俺は厳しくいるしかないのだ。
「あっ、そうです。これは夢なのです! だから眼を閉じればまたいつもの日常が目の前に戻ってくるですよね?」
――――ッ。
俺は奥歯を思い切り噛み締めた。
そうでもしないと俺も「これは現実だ。夢なんかじゃない」と言ってしまいそうだったから。
俺の感情を察してか優花が俺の右腕を掴み俺を振り向かせた。
首を横に振り、涙をこらえながら何かを伝えようとしていた。
俺には優花が何を伝えたいかがなんとなくだが、わかる。
――――これは何か悪い夢なんだよね? 遊李の言うとおりまた日常に帰えれるんだよね?
そのことがわかると余計につらかった。
今目の前で、二人の女の子が泣いていることがわかったからだ。
それがどれだけ辛いか、どれだけ無力感を味わうかわからない俺ではない。
だからと言って俺に何をしろって言うんだ!
俺もただの高校生でしかないのにッ。
どうしようもなく俺は歯をギリッと更に力を入れて噛みつけた。
歯と歯の噛み合わせがはずれ歯茎を切る。
痛い、これは夢じゃないんだと改めて痛感した。
「首輪の起動まで十秒を切りました。周囲のプレイヤーは距離を取って下さい」
どこからかいつもの機械音とは違う、女性のような声で警告が鳴った。
音源は恐らく遊李の機械からだろう。
遊李の耳にはこの音声は聞こえていない――――いや、届いていないようだ。
自分だけの世界を作ってその耳に現実世界の音は入っていないのだろう。
「では皆さんは私様の夢に出てきた架空のお友達と言うことなのですか。この夢の話を学校で話せばなかなか盛り上がりそうです。そろそろ眠くなってきたですし、今日はこの辺にしておきましょう」
現実逃避者。
それが今の遊李に一番合う言葉だろう。
夢に逃げていると言ってもいい。
だけどそれを俺は否定することが出来なかった。
死から逃げる恐怖が背後から迫ってきて、遊李は精神を殺されたんだ。
中学生の脆い精神が。
そんな少女を救ってやれない自分の無力さを嘆く。
嘆いたところで現実は変わらない。
目の前の少女の精神は戻ってこない。
そして遊李は言葉を吐いた。
夢から覚めるためのその言葉を。
夢へと逃げるその言葉を。
――――遺言となるその言葉を
「それではみなさん――――ごきげんよう」
直後、遊李の自爆装置が爆発した。
爆発の衝撃で起こった風で全員が後ろへ仰け反る。
俺は反射的に眼を瞑って体の前で腕をクロスさせた。
床に積もっていた埃が舞い鼻腔を襲う。
口の中にも入り込んだため咳払いで吐き出す。
眼を開け、腕をのけると目の前には血溜まりが広がっていた。
その中心に位置するのは遊李『だった』体。
首は焼け焦げており、その上に合ったはずの顔面は見当たらない。
恐らく爆発の衝撃でどこか遠くに飛んだのだろう。
そして部屋に漂い始める鉄の香り。
机や俺の制服にも付着している血。
何より目の前に落ちている遊李だったその体。
これらが眼の前の少女、遊李は絶対に死んでいると断言させる。
俺たちの目の前で人が一人死んだ。
あの偉そうに生命力の溢れていた遊李の死。
それは俺の精神を想像異常に蝕もうとしていた。
遊李と同じように精神が追い込まれていくのがわかる。
後ろから姿も見えない死神が迫っている画が想像できた。
「あ、あ、あ、あ……」
口から恐怖が洩れる。
抑えようにも口が閉じない。
そうか、これが死に対する恐怖と言うものなのか。
これが死を目の目にした人間の心境なんだな。
「春、これを暁に見せるな! 今すぐに隠せ!」
声に呼び寄せられ振り向くと、そこには詰襟を脱ぎそれを遊李の体へとかけた湊がいた。
俺は湊の言葉の意味に気づき、恐怖を一時的に退け優花の体の前に体を割り込ませる。
なんとか優花の視界に入る前に隠せたようだ。
「ねえ春……。遊李は死んじゃったの……?」
視覚での情報はなかったものの聴覚、嗅覚、知識から遊李の死はわかってしまっているようだ。
その眼からは涙が溢れかけている。
涙が留まっているのはまだ直接的な遊李の死を見ていないからだろう。
優花の質問に俺は正直に隠さず伝える。
「ああ……。殺されたよッ……」
俺の言葉を聞き優花の瞳から涙が零れる。
それを見て俺からも無意識に涙が落ちた。
落ちた涙が遊李の血液と同じように床にたまり小さな水溜りを作る。
俺は涙を乱暴に拭って少し強がった。
だけどダメだ、直ぐに次の涙が溢れてしまう。
「クソッ、なんでだよ……。なんで遊李が死ななけりゃいけなかったんだよ! あいつは確かに偉そうで自己中で俺達を裏切ったりしたけど、だからって他人から理不尽に殺されていい理由になんかならねえだろうよ!」
何故こんな理不尽が起こらなければいけないのか、俺にはわからなかった。
つい数十分前まで俺達と冗談を言ったりして笑っていた、少女が突然首が爆発させられてしまう理由が俺には思いつかない。
最初は俺といがみ合って険悪な空気になったのに、出会ってからまだ数時間しか経っていないのに、何故俺はこんなに涙を流しているのだろうか。
目の前で、親しくなった人間がここまで簡単に命を奪われた理不尽が納得出来ないからなんて難しい理由じゃない。
ただ単純に、一人の人間の死に耐え切れなかっただけだ。
たったそれだけのことなのに涙が一向に止まらない。
後ろを見ると湊が制服で遊李の胸を中心にその体を隠していた。
そして眼を閉じ合掌。
ギリリと歯を噛み締め自分の無力感を耐えていた。
本当なら湊も泣きたいくらいなのだろう。
だがそれを耐えている湊は正直に強い人間だな、と感心。
もしかしたら昔に同じようなことを体験しているのかもしれない。
初音と華も嗚咽を交えながら涙をひたすらに流し続けている。
特に初音の方は酷く、腰が砕けて足を床に倒しひたすらに泣いていた。
部屋全体の泣き声が酷く不快なハーモニーを奏でている。
それを打楽器のような湊の机の叩く音が壊し、続きとなる言葉を吐く。
「ここを出るぞ……。せめて死んだ後くらいはそっとして置こう」
詰襟を脱ぎシャツを気崩している湊が初音の手を引き先導する。
それに続くように俺と優花も教室を出た。
だが虚と華は部屋を出ようとしない。
「どうしたよ二人? さっさと出ようぜ……。ここにいつまでも居たら――――」
俺は言葉の続きは言わなかった。
だがそれだけで二人には伝わっていたようだ。
華はいつものメモ帳に文字を書き俺に意思を伝える。
『私は最後に入戸さんに黙祷をしたい。最後に入戸さんを信じなかったことも謝りたいし……』
メモ帳の端の方が水滴によって濡れているのがわかった。
華も派手には泣いてはいなかったのだ、それは辛いことだろう。
だから俺は無言で頷きそれに賛同した。
で後は虚だけなんだが……。
「あはは……」
こいつ笑っている?
いや、まさか目の前で人が死んでいるのに笑うなんてありえないよな。
聞き間違いに決まってる。
俯いている虚に改めて声を掛けようと近づく。
そうすると虚はいきなり立ち上がり、感情を露にした。
「あははははははっ! くはは! ぎゃははは!」
聞き間違いじゃない。
確かに虚は愉快そうに笑っていた。
部屋に流れていた静かな空気を払うようにただ軽快に笑う。
「あはは、これだ、コレだよ! 『俺』が求めていたのはこういうのだ! 楽しいじゃないか、最高じゃないか!」
不謹慎、なんてレベルじゃなかった。
死者に対する冒涜とかではなく単純に頭がおかしいとしか思えない。
俺は拳を握り、殴りかかろうと考えた。
だがここで殴りかかると言う勇気がなかったのだ。
そんな俺の代わりに虚に殴りかかったのは湊だった。
「何を笑っている。今、目の前で人が死んでるんだぞ? それを『楽しい』? 『最高』? ふざけるなッ! お前は主催者共と同じ、いやそれ以上のクソ野郎だ」
それだけ吐いて湊は教室を出た。
何を言っても無駄だと判断したのだろうか。
この部屋の空気に耐え切れなくなった俺も湊に続いて退室する。
一瞬華を置いていて大丈夫だろうか、と心配したが流石にこれに懲りて虚も問題を起こしたりしないだろうと決め部屋を出た。
「……あはは、わか―――――な。湊――――んだよ」
部屋を出るとき俺と一緒に出た、虚が聞こえたがなにかを言っていたがはっきりとは聞き取れなかった。
状況と今の虚の状態的に会話をしたくなかったため、わざわざ聞き直すことはしない。
と言うよりも俺自身怒りをこらえるのに必死だったから話したくなかったのだ。
こればかりは自己嫌悪することもなく、仕方のないことだと俺は思う。
廊下を歩き、改めてこの『箱』と言う建物が学校を似せて作っているものだと実感した。
外の景色はシャッターに閉ざされて見えない。
そのため廊下や教室も人工的な光で明かりを確保しているだけで、太陽の光は一切差し込まない。
今の時間さえもそのせいでわからなかった。
俺は湊の背中を追いながらさっきのことを思い出した。
遊李の死までの最後の一分半のことを。
みんなを裏切った代償に自分が死ぬことになるなり混乱し錯乱する姿。
まさか嘘吐きが死の始まりになるとは思って居なかっただろう。
そして自分に迫る恐怖から逃げ、最後には現実から逃げて死んだ。
こんな状況に追い込ませておいて、ただの中学生に恐怖から眼を背けるなと言う方が酷だ。
多分遊李が死に追い込まれる様を主催者側の人間は笑いながら見ていたんだろうな。
ケラケラと笑いながら、「滑稽だと」嘲りながら大笑いしていたんだろう。
さっきの虚みたいに面白がって笑って。
――――なんだよそれ! そんな理不尽……信じられねえよ。
俺も最後にはあんな風になるのだろうか。
恐怖と戦うことを諦め現実から逃避しあっさりと死ぬ。
それを考えると体の震えが止まらなかった。
さっき一時的に退けた恐怖が帰ってきたのだろう。
無様にのたうちながら、必死に死に対する言い訳を探して、醜く首が切れて死ぬのを俺は耐えられない。
理不尽に殺されるのを想像すると情けなくてたまらない。
でも俺には優花を守ると言う誓いもあるのだ。
ここでブルってるわけにはいかない。
俺の最終目標は優花と一緒にここから帰ることだと言うことを再確認した。
だったら俺が想像するのは、死ぬ瞬間じゃなくて俺がゲームをクリアする瞬間だ。
こうやって俺は恐怖を払うことに成功した。
俺にはあのときの遊李みたいに、まだ追い込まれていないからこうやって追い払えたのだろう。
遊李の死を超えて俺は一つ生に対する貪欲さを見につけたことになった。
それは皮肉でもなんでもなく、ただの事実。
遊李に悲しいけど、失礼だけど、それは事実だった。
だけどそんなのも所詮、遊李の死は無駄ではなかったと思いたかっただけの言い訳にしか過ぎなかった。
†††††††††††††††††
――――日乃崎 虚はドアの影に隠れる
春には後から追いつくと言っておいたからバレることはないだろう。
場所は一応聞いておいたけど……まあ多分俺は合流しないかな。
さっきのいざこざのせいでって言うのもあるけど、別にもう一つ理由があるんだよね。
で今俺が何をしているかと言うと……。
正直に言うと覗き見だった。
園影が部屋の中で何をしているかが気になったから単純に見ているんだよね。
成果は……まあ、無くは無いかな。
「死体をあさるなんて随分な趣味だね」
俺はドアから出て教室の中に居る園影に話しかける。
園影が部屋の中で何をしていたかと言うと、単純に入戸の死体を探っていたのだ。
黙祷を捧げるなんて嘘、単純に入戸の死体を調べたかっただけなんだろうね。
何を目的にしているか、と聞かれたら答えづらいけど……多分機械を探してるんじゃないかな。
それが理由としては一番自然だし容易に想像できるから。
そうでもなければわざわざ死体をあさったりなどはしないだろう。
俺は園影に近づく。
スキップをするように軽快なリズムで。
目の前まで近づくと、園影はいつものメモ帳に文字を書き始めた。
『見た?』
そこに書かれていた一文はいたって簡単な言葉でつまり俺はイエスと答えればいいのだろうね。
正直に答えるなら、だけど。
俺ははぐらかす様に手を上げて「さあ?」と言う。
その行動に園影は特に怒った様子も見せずに、続けてメモ帳に文字を書き連ねる。
『別に変な意味はない。単純に入戸さんのどこかに盗聴器などがないかを調べていただけ。だから他の方に余計なことを言わないようにお願い』
書いている途中も表情に変化はなかった。
ポーカーフェイスなのか、それとも単純になんとも思っていないのか。
どちらにせよ、こいつも意外と面倒なプレイヤーなのかもしれないね。
だからこそ……丁度良い。
「とか言ってさ、機械探してたんでしょ?」
俺の言葉に初めて園影は動揺した。
それを見て俺は心を弾ませ、相手が適度に利用しやすいことも把握。
こんなに都合よく物事が進むと逆に怪しく感じる、などと言う人間も居るみたいだけど、そんなのはただの自分が信じられないことに対する言い訳だ。
本当に都合よく物事が進んでいるときは、そんなことを疑う必要も無いほどに好調に進むんだよ。
弱者の逃げ道、失敗の為の予防線だ。
『そんなことない』
字がいつもほど綺麗ではないことが容易に判断できた。
動揺して筆が焦ってるのかな。
愚かしいねえ、本当に。
「嘘を吐かないことだよ。じゃあなんで入戸の死体をあさった後に床を思い切り叩いていたのかな? それは当然、『自分の思惑が誰かに読まれていたから』でしょ?」
本当は僕も機械が欲しかったのだけど、まさか僕と同じ考え方の人間があの中にいるとは思ってなかったから先を越されてしまったんだよね。
だから僕は覗き見なんて形で教室の中を見てたんだ。
その上それが園影だとはね……静かそうだと思っていたけど、人は見かけによらないとはよく言ったものだね。
と言うことは園影の機械は機械関連の【平和】か【偽善】か、間接的に必要になる【信頼】かな。
いや、【悪】という可能性もあるか。
だとしたら上三人の勝ちの芽を摘み取るって目的かな。
それが最終的に勝利に繋がるわけだしね。
『……。で、貴方の目的は?』
へえ、話しがわかるじゃないか。
こりゃただの世間知らずのお嬢様とかって言う訳でもないようだね。
どっちかと言えば、不自由な家庭で育っていたりするのかな?
ま、そこはどうでもいいんだけどね。
最初から僕の要求は唯一つ。
「単刀直入に言うよ。俺と手を組まない?」
俺の言葉に園影はピクリと眉を動かす。
そして直ぐにペンを動かし、質問をメモ帳に書いた。
『何故? 私と組んでもメリットなんてない』
質問の内容は別に意外性もない普通の質問だった。
組むことに反対なんじゃなくて、何故組むのかに疑問を持っているわけだね。
それは確かに正しい目のつけ方だ。
園影の言うとおり、俺には園影と組んでもメリットはない。
今まで見た感じだと別に運動能力が高いわけでも突出した知能があるわけでもない。
正直に言って園影と組むよりも、湊や春と組むメリットの方が大きからね。
だけど園影と組む理由は別にある。
「簡単さ、逆だよ。君と組むメリットがあるんじゃない、君と組むのが一番俺のデメリットが少ないんだよね」
そう園影以外のプレイヤーには圧倒的なデメリットがある。
デメリットとは幼馴染同士の関係があるから、僕とはまず協力しない。
運よく協力出来てもその後にバレれば、その幼馴染の相手に絶対に裏切られる。
まずその運よくが達成できる気がしないしね。
そして園影には俺と組む理由がある。
それは入戸の死体を探っていたことを他のプレイヤーに言わないよう見張るためだ。
俺と組んで湊たちのグループと離れればこれを言われて下手に敵対することもない。
ただ、俺に誑かされて無理やり組んでいると思わせられるだろう。
ついでに言うと僕にも組みたい理由はある。
僕の機械の『枷』の性質上味方は多い方がいいからだ。
湊たちとは上の理由で組めない他にも、単純に正義ぶるのも飽きたからって言うのもある。
悪になるならとことん悪になり切って、正義のみんなをかき乱そうって言う気持ちなんだよね、今の僕は。
だったら正確には園影とは『組みたい』んじゃなくて『利用したい』が正しいか。
『なるほど、で私にもメリットがあると……』
苦虫を噛み潰した表情でこの交渉の有益さを理解したみたいだ。
自分に一切のデメリットがなく、メリットのみがあることに。
それを一度理解した後に、この交渉を蹴るのはなかなか難しい。
それこそこの交渉の最大の穴を見つけない限り。
「で、どうかな? 俺と組む気にはなった?」
俺は最高の笑顔で園影を見る。
笑顔の仮面を貼り付けたその表情で園影を見つめる。
それに園影は思考の後に一つの回答を出した。
『わかった、貴方と組む』
俺は滲み出てきそうな笑みを必死に表情の奥に押し込める。
企みがここまで上手く行くとは予想外だったけど、これは嬉しい誤算だ。
こんなに早い段階で、しかも大した交渉材料を払わずに仲間が手に入るとはね。
これで俺のクリアへの道が一歩進んだ。
――――僕の悪としての勝利への道が
『ただし条件を三つつけて欲しい』
……まあ元々少しは代償は払おうと思っていたから我慢しよう。
この交渉自体あっちが不利だからここから少し条件がついたところでそこまで重くないものだろうしね。
許可するにしろ、拒否するにしろまずは園影の話を聞くとするか。
「……とりあえず、聞いてみようか」
俺の言葉に園影はどこか嬉しそうに、メモ帳に文字を連ねる。
そして自慢げに箇条書きで条件を提示してきた。
『私が求める条件。それは
1、この部屋にメモを残させて欲しい。
その代わり、内容は貴方には見せる。
2、お互いに機械を提示すること。
私が先に機械を見せてもいい。
3、私の安全を第一に優先すること。
ただし、貴方の自爆装置の解除に私は協力する』
これはまた絶妙な条件を提示してくるね……。
一つ目は問題ない。
別に手紙を残すだけならば何か状況が変わるわけでもないだろう。
しかも内容を確認できるなら、なおさらだ。
これだったらむしろ湊たちにバレて俺が悪だと言う証明にもなるしね。
二つ目、これは協力関係になるなら仕方がないことだろう。
正直あんまり見せたくはなかったが、これを条件に悪である僕と協力関係になるんだから大丈夫かな。
それにあっちから見せてくれるって言ってるから、俺だけが見せると言うこともないだろうしね。
そして三つ目は協力関係なら当たり前だと思うから問題ないかな。
しかも最後の文のお陰で俺が協力するメリットが生まれている。
二つ目の条件はこの為でもあるのか。
結果的に言えばこの三つの条件は俺にとって影響のあるものは一つもない。
だけどそれはあくまで表面的には、だ。
とは言っても裏にどんな思惑があるのかは判断できないけど。
この条件は単純に自分の身を守るためだけの保険か……?
そうではないとすれば、逆に何が目的だと言うんだろう。
例えば園影の機械の『枷』が、【孤独】か【調停】であると言うのは?
もしくは、【絆】と言う可能性もあるか。
だから守って欲しいと言う条件を追加させている。
【絆】の『枷』で俺を指定していれば、相互協力にメリットもあるしね。
これらだと機械を見せるデメリットも少ないし、理には適っている。
あとは、【偽善】と言う可能性もあるかもしれない。
一つ目の『三人以上の死亡』というのは後二人死ぬだけで満たせるんだから守ってもらうだけで達成できるだろう。
もう一つの『機械の三台以上の破壊』と言うのを満たしていけば運よく【平和】の機械の人間も死ぬかもしれないから、一つ目の条件ともかみ合ってるしね。
そして最初に入戸の死体から機械を探っていたのも納得できる。
どちらにせよ、俺にデメリットは存在しなかった。
ならば俺がそれを下手に拒否する必要はない。
「いいよ。その条件を呑もう」
こうして俺と園影の協定は結ばれた。
協定が結ばれると直ぐに園影はメモ帳に文字を書き始める。
さっきの条件にあったメモだろう。
覗こうかと思ったが、後から見ればいいと思い遠慮した。
ふとモニターを確認する。
09:42:29。
それがこのゲームの残り時間。
その間にもしかしたら俺は死ぬかもしれない。
だから?
俺の前では死すらも障害ではない。
欲求の解決に尽力を注ぐだけだ。
俺が死んだらなら、それはそれで『死後の世界がどうなっているのだろう』と言う疑問を解決できる。
何事も前向きに、だったかな。
俺は前向きな悪となろう。
後ろ向きな正義ぶるのはやめよう。
言い訳するのは、嘘を吐くのは、もう飽きた。
こんこんと机が鳴った。
どうやら園影がペンで机を叩いたらしい。
手にはメモを持っており、これを見ろと言う意思表示なのだろう。
仕方なくメモを読む。
『しばらく一人にさせてください。死と言うのは私にとって……重過ぎました』
これは園影の本心なのだろうか。
それともただの虚言?
聞こうとも思ったけど、面倒だった。
別に解決したいとも思わない。
俺はそれを黙って奪い取り入り口のドアへと歩いた。
そしてドアを出ると足元にメモを投げ捨てる。
それを飛び越えて園影が俺に着いてきた。
強制してもないのに着いて来る時点で園影は既に俺と組むことに意義を見つけたのだろう。
俺と園影は階段を登る。
湊たちとは別の道を行く。
上へ、上へと階段を上がる。
――――さて湊、悪と正義の戦いはこれからだよ
心底楽しそうな表情を俺は浮かべて俺は前向きに歩いた。