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HELL DROP  作者: 明兎
6/19

【PLAYER】 3

 ――――夕凪 春は悩む


 俺は説明を聞いて以降数度に渡りルールについて思考を繰り返していた。

だが何回繰り返しても明らかにこのゲームは【正義】側が不利すぎる。


 まず、【正義】の勝利条件が首輪を外してなおかつ、【悪】の死亡。

【悪】の死亡は首輪の作動がないため【正義】の誰かがリスクを犯してでも殺さなくてはいけないってことになる。

これだけでも既に条件が厳しい。

なぜなら簡単に人を殺そうと考える人間がいるとはとても考えられないから。


 でもそれ以上に【悪】の勝利条件が簡単すぎるのだ。

なぜなら正義全員の死亡と制限時間がくることなんて、どちらも何一つ自身が行動をせずとも勝手に満たされるんだから。

制限時間が来れば、正義は自然に全員が死亡する。

つまり本当になにをせずとも勝利することが可能だからだ。


 その上【悪】には殺害許可までが出ていると来た、こりゃあ理不尽だ何てもんじゃない。

これじゃあまるで公平なゲームをすることよりも、正義の全滅を狙っているような…。

そんなことを狙うとすれば主催者か?

いや、それともまさかこのプレイヤーの中か…?


 そんな考えの人間がいるとすれば・・・【悪】のプレイヤーそいつだけだろう。

恐らく【悪】のプレイヤーは主催側の人間だ。

その根拠としてはどう考えても一番生存率が高いのが【悪】のプレイヤーだからだ。

生存率が高いと言う理由は前述したとおりに、条件が楽だから。

こんなことまでするのだから主催側の目的はどう考えても複数人の死亡だ。

だとすれば出来るだけ多く人間を殺すためにはどうしたらいいか。

その手段は生き残りにくい方の【正義】に全員を集めること。

この方法ならば悪が勝利すれば主催側の人間は一人も死なずに、殺したい人間は全員殺せる。

以上の理由から俺は【悪】の人間が主催側の人間だと推理した。


 と考え事を続けていた俺の表情をジト眼で見続ける少女がいた。

入戸遊李だ。

俺の表情をつまらなそうにムスーっと見ている。

そしてその口を開いた。


 「春さん、私様は暇なのです。なのでそんな気持ち悪い顔をせずに私様とお話しましょうよ」


 「気持ち悪くて悪かったな。お話って、遊李とは年代も性別も違うんだから何を話していいかわからねえよ」


 俺の言葉に遊李はうーんとうねり始めた。

どうやら何を話すかまでは考えてなかったらしい。

まあ話の内容とか考えてから会話をしようと切り出す人間も珍しいか。

仕方ないな、年上らしくく俺から話題をだしてやるとしよう。


 「えと、さ。遊李は誰か好きな人とかいたのか?」


 「なっ!? いきなり何を言うですかっ!?」


 俺の言葉に遊李は顔を赤らめた。

どうやら予想外の言葉だったらしい。

赤く染まった顔を隠すために手を顔を前でぶんぶんと振る遊李。

その様子がいつもの高飛車な態度とは正反対で可愛らしかった。


 ――――なんだかんだ言ってもやっぱり遊李もただの中学生なんだよなあ


 それがわかってなんだか笑みがこぼれた。

下手に抑えようとして、にしし、と笑って逆に気味が悪くなったが気にしない気にしない。

まだ赤い顔を手で仰ぎながら俺に質問を返す。


 「逆に春さんはどうなんです? 例えばそこの優花さんとは幼馴染らしいじゃないですか」


 と言って遊李は後ろでうとうとしている優花を指差した。

コクンコクンとするたびにポニーテールも連動して動いているのがなんだか面白い。

目も虚ろでどこを向いているのかもはっきりとしてなくて、今にも寝てしまいそうだった。

いや、そこまで眠たいなら早く寝ろって。


 「優花とは、そんなんじゃないよ。ただの幼馴染、今のとこはそれ以上になるつもりも予定もないからさ」


 あはは、と笑ってなんとか遊李をごまかす。

遊李も飽きたのか、そこで会話はばったりと終わった。

山の天気みたいに気まぐれなやつだねえ。


 俺は横目で他のプレイヤーの様子を確認する。

まず優花はさっきも言ったとおり、うとうとしていた。

寝かけては「はっ」と起きてという行動を何回も繰り返している。

いやだから、寝ろって。


 で続いては湊と初音。

知らない間に湊は眠りについていて、その横で初音がにやにやとしていた。

本当に仲いいなだなこの二人。

思わず見ている俺の方までにやにやしてきちまったよ。

それでも何故か二人の表情には陰りがあるように見える。

二人で心から笑いあっていても、どこかかけているようなそんな感じ。

…いや、考えすぎかねえ。


 次は虚の方へ…。

えっ、あれ、なんか近づいてきてるし。


 「ねえ君は。いや春はさ、今の状況についてどう思ってるのかな?」


 日乃崎 虚はいきなり俺にそう話しかけてきた。

まるで俺の観察を見て、決めたかのような足取りで俺に近づいてきていたため、何か目的があるのは明確だろう。

とりあえずあっちも名前で呼んでくれてるし俺も名前で呼ぶことにしようかな。


 「俺はこの均衡状態を崩すべきだと思うよ。このまま均衡が続けば、誰かが、最悪の場合主催者達の方がなにかをしない可能性も零じゃないしさ」


 「君の言ったことは正しいよ。でもそれが出来ないからこそこの均衡状態が続いてるんじゃない」


 虚の言っていることは正しい。

否定したいがその言葉が正しく今の状況を形作っているんだから、どうしようもない。

【悪】という最悪のジョーカーがあり簡単に機械を見せ合えないことからこの均衡が続いているのだ。


 それはもし見せてその中に同じ機械が一組でもあれば最悪、一瞬でこの教室が戦場になってしまうと言うリスクを負っているからこそ起こっている。

それは出来るだけ避けたい。

誰しもそう思うはずだ。

だからこそ首輪を解除できずあっさりゲームオーバーと言う可能性も出てくる。

しかもこお陰で【悪】のやつは機械を晒すリスクも減ると言う好条件と来てる、なんて悪循環だよ。

そういう意味でもこのゲームは不条理かつ、理不尽に出来ている。


 「それはそうだけど、時間も迫っているし何か行動を起こさないとさ。」


 俺はモニターを指差す。

その画面を見ると残り時間は11:10:12となって今も動き続けていた。

死までのカウントダウンは刻一刻と迫っている、やっぱり急がないといけない。

それに対して最適の手段は無論俺が機械を見せることだ。

そうすれば俺の機械の条件を満たすために協力してくれて、その後みんなが機械を見せてくれれば次々に首輪を外すことが出来る。


 だがそれは俺の予測どおりに綺麗に物事が進めばの話だ。

もし俺が見せた直後に「私も同じ機械です」みたいなことを言うやつがいれば、まずいことになる。

そうなって【偽善】のプレイヤーが特殊機能を使って協力してくれれば最高だ、だが簡単にそう行くとは限らない。

【偽善】のプレイヤーが例えば賞金目当てで名乗らず、そのまま俺とその言いだしたやつが殺しあわなければいけなくなったら・・・。

他のプレイヤーもみんな同じようなことを考えては無理だと留まるの無限ループをしている。


 だから誰も動けない、動かないのではなくて。

じゃあその均衡を崩す役を俺がするか?

そうすれば最悪の場合にも二人死んで悠花ちゃんを助けるための金がまた増えるしハッピーエンドへと進めるかもしれない


 暁 悠花、それは暁 優花の妹にして優花の唯一の家族だ。

六年前の事故で優花の両親は亡くなった。

その上妹の悠花ちゃんはその事故で全身がズタボロになっており、入院生活が何年も続いている。

事故の当時こそ医療技術が発展しておらず治療は不可能かと思われていたが近年になって環境が変わってきた。

手術さえすれば悠花ちゃんの入院生活にピリオドを打つことは可能なのだ。


 だが手術にかかる費用は二億、それは並みの高校生が一人で簡単に稼げる金額なはずがない。

毎日のように放課後優花はバイトをしているがそれでも生活費を稼ぐのがやっとで手術費用を払うほどの余裕はない。

そういう意味ではこのゲームは優花にとっては渡りに船とも言える。

俺は別に金の使い道は無いためもし生きて帰ることが出来たら優花にあげようと思っていた。

全員生存して生還したら二人合わせても二億には届かない。


 だからと言って殺しに手を染める気は俺にはない、俺には。

だが優花はどうだろうか?身を粉にしてまで可愛く思っている妹のためだ、人を殺すこともいとわない…かもしれない。

って、俺何言ってんだ。

優花が人を殺すわけないだろうが。


 「それも全部、【偽善】の機械を持っているやつがいれば直ぐに【悪】もわかるんだけどね」


 それは確かに、そう思う。

ついでに言うと俺の機械は【平和】なため、【偽善】の『枷』との相性はいい。

そのため【偽善】のプレイヤーと早く接触を試みたいのだが…。

しかし【偽善】のプレイヤーはその特殊機能からして、一番【悪】に狙われやすい。

と言うわけで、【偽善】のプレイヤーと接触するのはかなり難しいだろう。

誰だって自分の身が一番に大事なんだ、仕方がない。


 俺はそのとき虚に「虚の機械はなんなんだ」と聞こうとした。

だが俺は寸前で中止する。

どうせ、教えてはくれはしないだろうからな。

そこで隣で窮屈そうに見ていた遊李が口を開いた。


 「ねえ、話題ないみたいだから私様が気になっていることを質問してもいいです?」


 右足を一歩前に踏み出してない胸を偉そうに張りながら質問するとは思えない表情が少し印象的。

まあ若いうちは少しくらい偉そうにしているのが丁度良いだろう、と俺はない髭をさすりながら言ってみる。

特に逆らう理由もないわけだから、首を縦に振って肯定を示した。


 「気のせいでしたら申し訳ないですが、園影さんってもしかして私様と会った事あったりしますか?」


 遊李の言葉に華が一瞬体を震わせた、気がした。

次の瞬間にはいつものメモ帳に字を書き始めていたため、真実は謎のまま。

まあ気にするほどのことじゃないだろうけど、流石に少し気になった。

本人が言いたくないのなら無理には聞かない、それが俺のポリシー。

そして華が掲げたメモ帳に描いてあった文字を見てみた。


 『ええと…多分無いです。少しすれ違ったことがあるとかならありえるかもですけど…。あと私のことは華で構いません』


 「勘違い、ですか。このイルカ並みの脳を持つ私様が思い違いをするとは思えないのです。一応もう一度私様の名前を呼んでいただいても言いです?『高貴なるお嬢様入戸遊李様』と」


 イルカの脳って人間並にいいんだったっけか? 俺の記憶では人間以上という科学根拠はなかったはずだが。

と言うか後半のやつは単純に遊李の趣味と希望だろうが。

華喋れないし、前半部分絶対意味ないだろ。

しかも様重複してるし。

まあ今更遊李にこんなツッコミしても意味ないか。

なんだかんだでその文字を書いている華、変なところで真面目だなあ。


 『鋼機なるお嬢様入戸遊李様』


 「私様はロボットか何かですッ!?」


 真面目とか言ったのを全力撤回。

意外と小悪魔。

華はもちろん人間なので変換ミスと言う可能性もない。

わざとこういう風にしているわけだ。

静かそうな見た目に見えて、意外とユーモアセンスか人を馬鹿にするスキルを持っているというのは少し意外だった。

後者の方のスキルを持っていないことを祈るばかりである。

こういう静か系な人は意外と腹黒だったりするからなあ。って見えないところで悪口を言うのはよくないよな、反省反省。

まあ華の場合は素は良い人みたいだから気にする必要はないか。


 「まあ、覚えが無いと言うなら仕方がありません。また思い出したら言って下さいです」


 何処か腑に落ちない様子で、諦める遊李。

思い出せないことを何度も聞くほど無茶苦茶なやつでもないようだ。

まあ人を顎で使ってそうなやつではあるが。

あっちなみに想像での話だからな。


 遊李の動向を見ていると華の近くに寄っていた。

何を話してるんだろ? うんうん、と頷いた華。

続いて何かを話す遊李。

そして華はお得意のメモ帳を取り出し、字を書き始めた。

ここから見えるギリギリだが眼を細めて文字を見てみる。

『やっぱり痴漢はダメだと思う』

どんな話ししてるんだっ!? すごい気になるんだが…。

あれ、遊李が否定してる。

聞き間違えたのか、謎が解…いやまて、なんて聞き間違えたのか気になるんだが!?

そんな感じの盗み聞きに近いことをすると再び虚が話しかけてきた。


 「春さ、もしかしてさっき僕が話しかけたとき『誰も動かないなら自分から動かなきゃ』とか思った?」


 ずばり心を読まれていた。

エスパーかと疑いたくなるぐらいに綺麗さっぱりに思考を読まれている。

そんなに俺、読まれやすい表情をしていたのか?

うーむ、謎である。

勘で言ったのが偶然当たったと言うのが考えにくいのは相手が虚だからだろうね。


 「そりゃあ思ったよ。だけどさっき虚が言ったみたいに動けないなら無理に動く必要はないだろ、そんなリスクは踏む必要はない。いいや違うか、踏みたくない」


 俺は心中を正直に吐露する。

隠す必要はないと思うし、隠すことが通じる相手とも思わなかったから。

なら正直に言うってのが人間的にも状況的にも正しいことだと思った。

空気に読むことに定評のある春くんだからこそ出来る技だぜ、と自信満々に言う空気ではないはずだ。


 「じゃあリスクがなければ動くんだよね」


 「…どういう意味か、気になるね」


 俺の言葉に虚は軽く笑う。

俺に向けてただ可笑しそうに愉快そうにただ笑った。

それを気持ち悪いとは思わない。

少し、気味が悪かっただけだ。


 「どういう意味もこういう意味もないよ。簡単な話さ、さっき僕が言ったとおり【偽善】の機械を持っているやつを探すのさ」


 【偽善】の機械。特殊機能は他の機械の特殊機能の無効化。

確かにそれの持ち主の協力を仰ぐことが出来ればリスクもなく行動することが出来る、そのことはさっきも言ったな。

偽善と言う正義の中では一番敵みたいな名前の機械のくせにもっとも正義の役に立つとは皮肉が出来ている。


 しかもこの作戦であれば確実に【悪】を探すことが出来る、と一瞬思ったが一つだけ疑問点があった。

ここに【偽善】に偽装した【悪】の機械があるとしよう。その両者が同時に特殊機能を使った場合どうなるんだろうか。

いやまったくの同時のタイミングで構えば怪しまれるためこれもクリアした問題と言うことでいいのだろう。

それでも一応虚に聞いてみた。


 「じゃあさ、機能が構えないようにみんな机にでも機械を置いてもらえばいいじゃないかな」


 おお、そりゃあ中々いいアイデアじゃないか。ベッターにベターな正解だ。

俺は適当な感嘆の声を漏らしておいた。


 「なんだかんだ言っても一番の問題は誰が協力してくれるか。ってことだよね」


 手詰まりで困っていると言った具合に笑う虚。

そこに嘲りの感情は見えない。

俺も合わせて笑う中で聞いたりはしないが、「こいつの機械はなんなのだろうか」と考えていた。

読み合いをして騙しあうというこのゲームの本質を俺は既に理解し始めていたと気づくのにたいした時間はかからなかった。

この思考を卑怯と嘲られても、姑息と笑われても俺は今の自分の今の行動を恥ずかしくは思わない。

これが生きると言うことだと思っているからだ。

生きることを恥と思う人間はいないだろう。


 「確かに、な。だけど俺が第三者であれば絶対にやらないと思う」


 「へえ、そりゃまたなんで?」


 隠してはいるが虚の表情は少し憤りの色を見せていた。

間接的にとは言え協力を拒んでいるようなものだからな。

ある程度こうなることは予想していたがそれでも俺は正直に言葉を言っておこうと思った。

今ここで隠していてもいつかはバレるんだからな。だったら俺は正直者を突き通す、正義を通す。


 「【悪】が何をするかを考えられないからだ。もしかしたらこの提案に乗っかった人間を全員殺すとかも考えられないわけじゃない。そんな大きなリスクを犯すくらいなら俺は、ゆっくりと仲間を探すか諦めて死ぬ。人を巻き込むなんて俺は嫌だから」


 「・・・へえ」


 さっきと同じ言葉なのにまったく意味合いが代わっている、と俺は思う。

人の言葉の真の意味なんて所詮本人しかわからないんだから考えて詮索するだけ無駄だ。

相手が長年の友人ではないのであればそれは尚更。

だから俺は思うだけで留める。


 それから一人で勝手に納得して虚は教室の隅に行った。

壁によりかかって何かを計算するような仕草を始めている、俺の情報を修正ってか。


 後ろを振り向いてみると気づいてみると優花は寝ていた。

ついに限界が来たのだろう

いつも凛としている表情は緩みきっていてポニーテールも解いていた。

他人には見せない表情を俺には見せてくれる、それはイコールの信頼で結ばれるんだろうな。

キツイイメージで固まっている優花がこんな姿を人目に晒したら人気が爆発するかもな。

ギャップ萌えってやつ?


 まあそんな冗談半分は置いといても今の優花は異常に可愛かった。

弱点を晒して無防備な姿を晒されると俺も男なわけで。

胸の動悸がどくんどくんとペースを上げていた。

思考が緊張と興奮で埋まって何も考えられなくなる。

いや、でも、流石にまずい…よな。


 でも俺って幼馴染だし、子供の頃は風呂だって…。

あの頃よりも無駄に一部だけ育ちやがって。どことは言わないけど。

あれマジで俺の今の思考まずくね?

優花にバレたら殺されるレベルじゃね?

とか言いつつ、俺の思考は止まらずに無意識に俺の手が優花へと動く。

置かれている状況下との効果も相まって、俺の思考に制限が減っている。

ドクンドクンと心臓が動悸を繰り返えす。

そして手は優花の一番成長しているところに…。


 「現行犯を撮影です」


 パシャリとシャッター音がした。

ギギギと重たい首を横に動かすとそこには機械のレンズと思われる箇所を俺と優花にピントを合わせた遊李がいる。

舌をぺろりと出したりしては居らず、ただ冷たい眼で機械と同じく俺を捕らえていた。

背筋が凍った、世界が止まった、体が停止したまま動く気がしない。

そして優花が眼を覚ます。強制的に世界の針が進んだ。

起きたばかりで未だに眼の焦点が合ってない優花。

口からは「うにゅー」とか漏らしている、マジで破壊すごいな。主に胸とのギャップが。

遊李が優花の横に小動物の様に移動して機械の画面を見せる。

恐らくさっき撮った写真を見せているのだろう。


 「あ、あ、あ、あ…」


 言葉が上手く纏まらない。

何かを言おうとする最初の文字だけがひたすらに口から溢れ出る。

優花のオーラが可愛いから、怖いに一変。歯がギチギチと鳴って止まらない。

そして優花の最初の言葉は、


「触ろうとしたの?」


だった。


 疑問文なのだがどこか決定的。

嘘を許さないその質問に俺はただイエスと答えを返すだけ


 「なら…言ってくれれば良かったのに」


 「「え?」」


 俺と遊李の声が重なる。

知らない間の俺の体の緊張は解けて自由に動けるようになっていた。

優花は顔を赤く染めながら視線を泳がせ、両腕を組んでいてその上に大きな胸が乗っかっているのがまた…。

でもこんな風に言われたら嫌でもこうなってしまうと思うぜ、これマジ。長い黒髪を指先で遊んでいるがそれがまたどこかぎこちない。


 「いやいや優花さん、あなた今寝ている間に襲われかけたですよ?」


 「そうだけど! でも、春が相手なら…嫌じゃないというか、なんと言うか…」


 優花がこんな風に歯切れ悪く喋るなんてそうとう照れてるのな。

まったく愛しちまうぜ、おい。

こんな場面に遭遇したことのない俺は何をしようか迷った。

困ったと言ってもいい。

今はともかく、小さい頃はどうしたかを思い出す。

小さい頃に優花が困っていたときに何をしていたか。恥ずかしながら思いつかない。

じゃあ逆に何をされていたか。

それなら直ぐに思い出せる。


 「え、え?」


 俺の『行動』に優花はさっきの俺と同じく最初の言葉だけが出て続きが出ていなかった。

ゆっくりと優花の頭の上に乗せた右手を少し動かす。

恥ずかしいから無言で。

昔俺が年上の男子に集団でいじめられていたのを助けてもらったときにされた、この『行動』。


 人がやられて嫌なことはやるな。

逆説で人にやられて嬉しいことは人にやり返せ、そう言うことだ。

優花はずっと同じ言葉を繰り返し、俺も同じ動きを繰り返す。傍から見たらこいつら何やってんの?

となりそうだが俺は止めない。それで優花の気持ちが落ち着くまで。


 「・・・。それは私の役じゃない」


 「たまには男をたたせろってんだよ。気にすんな」


 ニカッと笑う。

赤くなっている優花の顔を見て俺も少し恥ずかしくなるが我慢我慢。

遊李は隣で飽き飽きしていた。

何このバカップル? 見たいな感じの表情ね。

華は華でくすくすとむず痒いものを見ているものみたいな笑いを浮かべている。

虚はと言うとまぶしすぎんだろ、見たいな表情でうんざり。

なんか勘違いしている人がいるかもだけど一応俺達付き合ってないんだぜ?


 「…いっつもはだらしないのにたまにこれなんだから」


 小さく呟いたその優花の言葉は俺には届かなかった。

でも、なんとなく言いたいことは解った気がする。

そんなに俺頼りないですか? そーですか。


 「お二人みたいな仲良い友達がいなかった私様にはかなりうらやましい光景ですね。まったく嫉妬しちゃいますよ」


 ぷんぷんと冗談っぽく怒りながら言う遊李。

遊李は友達とか多そうだからそんなことを言うのは少し意外だった。

何処か追求しちゃいけない気がしたため俺は詳しく話を聞くことはしない。

自分から言ってるからトラウマとかではないだろうけど、他人に友達いないだろとか言われたら嫌に決まっている。

遊李にもそういう弱点とかって言う人間らしい部分もあったんだなと人並みに失礼なことを思ってみた。

それにくすりと来て笑いかけるが上を向くことで何とか耐える。


 雑談に区切りがついたところで俺はモニターの時間表示を見た。

11:02:54、それが一人か六人に残された時間。


 俺はふと思い出したように首についている処刑具――『自爆装置』に触れた。

残り11時間と少しが過ぎるまでにコレを解除できなければ首がぶっ飛ぶ。


 今更これを理不尽と文句を言うつもりはない、悪態をついたところでなにも変わらないのに言っても意味がない。

そんなことを言う暇があれば少しは動け、それは昔に俺が優花に言われた言葉だったと思う。

閉ざされたこの『箱』とか言う世界の中で起こる全ての出来事が終わったときに、誰がここに立っているのだろうか。

誰かここに立っているだろうか。


 その答えは誰も教えてくれない。

聞けば教えれくれるような都合のいい風にこの世界は出来ていない。

誰が言ったのかも覚えていないけれどそれは今になって本当なんだな、と思った。

手の届く位置にいつも答えはあるのに、いつでも答えを選ぶことは出来るのに、それが正しいかなんてのは誰にもわからない。

世界は理不尽だ。


 俺は手の届く位置にいる優花を守ることが出来るのか。

それもわからない。でも手を伸ばすのは勝手にしてやる。

それが合っているのかはわからないけれど。


 「え、どうしたの春?」


 俺が突然手を繋ぐと焦った声音が聞こえた。

誰のものとは言うまい。

疑問を出されても俺は答を返さなかった。

別に意地悪をしたわけではない、ただ答えなかっただけだ。


 ただ無言でいるのが正解と言う可能性もないわけじゃないだろう。

だから俺は何も言わなかった。

それが正解だったかどうかを知るのは…まだ早い。

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