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HELL DROP  作者: 明兎
5/19

【PLAYER】 2

 ―――鏡峰 湊は絶句する。


『私達のバックには色々な国の組織がついているのです。なので貴方達が人を殺してもそれは問題にはなりませんのでご安心ください』


 その言葉に湊は逆に笑ってしまいそうになる。

目の前の理不尽に手が届かないことに。またしても俺が無力なことに。

考えると最初から俺がどこか冷静でいられたのはどこかで「これはせいぜい愉快犯の仕業。警察がなんとかしてくれる」と思っていたからだろう。


 そんな普通の普遍的な考えを誰が否定できる?

困ったときは110番という常識を誰が否定できる?

俺は間違っていたか?俺は勘違いをしたか?俺は異常か?俺は異端か?

疑問の答えは返ってこない、誰からも、どこからも、いつまでも。

気が狂ってしまいそうだ、頭が痛い。


 「湊くん大丈夫? 顔色悪いよっ?」


 俺を現実に戻したのは初音の声だった。

マイナスにいた俺を引っ張り上げるようなその言葉に救われる。

落ち着けここがどこであろうと、相手が誰であろうと、何があろうと、俺は俺だ。

鏡峰湊は他の誰でもないし、誰にも替えが効かない存在、そのはず。

じゃあ俺がやるべきことはなんだ。

そりゃあ当然――


 「俺らしいことに決まってるよな」


 横で初音がいつものようにニッコリと笑っていた。

俺の日常は今も横にある、横にいる。

それが解れば十分に十二分だ、俺でいる為の条件は揃った。

さてこの場を仕切るとするか


 「とりあえず自己紹介といこうと思うのだがいいか?」


 モニターに表示された11:55:52の文字を横目で見つつ俺は提案した。

既にルールの説明が終了してから5分が立っていることに、自身の行動の遅さを痛感したが後悔していても仕方が無い、今できることを精一杯しよう。

冷静に考えてみるとこのゲームは全員が協力さえすれば、【悪】だけを殺して全員生存することは可能なのだ。

【悪】のプレイヤーがこのゲームに巻き込まれたのか、それとも自分から望んだのかは定かではない。


 だがだ、だからと言って俺達が見す見す殺されろというのは考えられない。

可能ならば全員を救いたい、だが救えない。

ならば出来るだけ多くの人間を救いたいと俺の目標が掲げられた。

そのための第一手段がこの自己紹介、というわけだ。


 「いいな、それ! 俺は賛成だぜ」


 俺の言葉に一番早く返事を返したのはこの部屋に最初からいた唯一の男だった。

こいつは日乃崎とは違い本当の好青年っぽかったため、こういう風に俺の意見に賛同してもらえたのはありがたい。

それに乗るように全員が順に了解の意を見せる。

しかし他の全員が賛成しても、最後の日乃崎は賛成をしないかった。

強制はしたくなかったのだがこの場合は仕方ない。

一人だけしないとなるとそいつの今後が危険になってしまう。


 「賛成してないのはお前だけなんだが、日乃崎。お前は自己紹介に参加しないのか?」


 「参加、して欲しいんだ。こんな僕に」


 にやりと笑ってそう言う虚は明らかに挑発をしているように思えた。

だからと言って俺が喧嘩を買う必要はない。

っておい待て、これなんかデジャヴだ。

まあ落ち着け俺。


 「そうだ、お前がどんな悪人であろうがお前は【正義】かも知れないだろう? 俺がお前に参加して欲しい理由はそれだけで充分だ」


 「本当はさ、そんなことどうでもいいんんじゃないの」


 「なに?」


 教室のムードが+の方向に向かい始めていたのにまた-方向に真っ逆さまとなる…気がした。

初音を初めとした教室にいる七人の人間のほとんどが押し黙る(まあ初めから喋れんやつもいるが)。

空気が凍ったとも言う状況。

というかそんなことを言っている場合じゃない。


 「それは、どういう意味だ?」


 「そのままの通りだよ。実は君、自分が助かりたいだけなんじゃないの?」


 椅子で二本足(地域によって呼び方は違うかもしれないが俺の地域ではそう呼んでいる、椅子の後ろ二本の足だけで立つ座り方のことだ)を作りながらケラケラと笑う日乃崎。

倒れてしまわないかという心配もしたがこいつのことだ、問題ないだろう。

いや、むしろ倒れろ。

一回痛い目に会うべきだ、こいつは。


 「違うな。俺はここにいる全ての人間を救いたい」


 「それは愚かって言うんだよ。自分が正しいと思っている人に限ってありがちな妄言ってね」


 指をくるくると回しながら天井かどこかを見ているような目線で喋り続ける。

まるで「俺は目の前にいるお前を見ていない」というアピールをしている風に見えなくも無い。

本当にこいつは表と裏の差が激しいらしいな。

まあ裏の顔しか俺は見てないが。


 「俺は正しいとは思ってない。正しくなろうとしているだけだ、適当を言うな」


 「ちょっと、湊くん。もういいじゃんここで言い争いしても時間の無駄だよっ」


 後ろにいる初音が見かねて俺と日乃崎の口論(?)を止めに入った。

正確には俺を止めただけだが細かいことはどうでもいい。

とりあえず俺は無言で初音の前に手をかざし、初音を座らせる。

初音は一瞬迷ったようだが、俺を信頼してか大人しく席に着いた。


 「正しいねえ。正しい人、このゲーム的に言うのであれば正義だね。正義とは脆いよね。一つ道を違えば自殺しちゃうくらいに」


 「俺は自殺などしない」


 日乃崎の言葉の最後の方はどこか本当のことを言っているようにも聞こえた。

それは気のせいなのかもしれないし、勘違いなのかもしれないし、真実なのかもしれない。

確認する方法を俺は持たないためそれが本当なのかどうなのかはわからないがどこか憂いを帯びている表情を一瞬見せたのを俺は確かに見た。

確かに気のせいでもなく、勘違いでもなく、真実で見せていたのだ。


 「じゃあ自分が死なない分、人を殺す?」


 だがそれは本当にたった一瞬で消え、すぐさまいつもの日乃崎に戻った。

出来れば戻らずにいて欲しかったが願望は所詮願望でしかない。

俺の願望は一つではない。

もう一つの願望であり本心、それを日乃崎へと言う。


「俺は人を殺したりしない。俺はただ人を救う、それだけだ」


 人を救う、それが俺の唯一の存在理由であり生存意義。

そして意味であり、価値。

あいつとの――約束。


 この約束を俺はあの日以来一度も忘れたことがない。

あいつを失ったあの日以来、ひと時たりともだ。


 「そんなの戯言だよ。どうせそんなことは出来はしない。君は所詮正義なんかじゃなくて、正義のなりそこないでしかないんだよ。パチモンもパチモン、ここまで出来が悪かったら逆に褒められると思うね?」


 突然に椅子を蹴り飛び上がる日乃崎。

左の方にいた華が体を震わせたのを俺は見逃さなかった。

日乃崎は俺の顔の前にその憎たらしい顔を精一杯近づけると、水を得た魚のように口から言葉を吐き出し続ける。


 「悪を殺せば【正義】はみんな救われる、だけど【悪】は死ぬ。逆に【悪】を殺さなければ【悪】は救われるけど代わりに正義は救われない。こんな矛盾の中で君は正義になれるというのか? 答えはノーでしょ? イエスなんて言えないよね?そんなことは出来やしないんだから」


 言える限りの全ての正しい言葉の暴力を吐き終えると満足そうに日乃崎は自分の元々座っていた椅子を取りに行く。

かすかに見えた表情が笑っていたのは見間違いではなかったはずだ。

やはりこいつは根からの悪人なのか?俺はこいつを…。

そのとき後ろから小さな力を感じた。

学生服の端をぐいぐいと引っ張る俺と比べるとかなり小さな力。

後方を確認するとそこには特徴である外はねの髪をゆさゆさ揺らしながら服を引っ張る小動物、もとい初音がいた。

表情を読み取って俺は安心した、直後それを安堵したと言い換える。

俺は深呼吸でリズムを整えて、日乃崎の後姿に訴えかけた。


 「黙れ」


俺は教室に冷気を放った。

日乃崎がやったのよりも更に強烈で、冷たい空気をたった二字で醸し出す。

最初の目的と変わっている気がするがそんなことは小さな問題だ。

俺は日乃崎にここで言われる放題言われて、返さなければ、このゲーム中ずっと日乃崎に負けたような感覚になってしまう。

別にそれが嫌というわけではないがそのせいで日乃崎が孤立してしまう可能性も大いにありえた。

俺が完璧ではないからこいつを自然に避けてしまう可能性もある。


 日乃崎が【正義】だったら…こいつは救われないまま、一人で死んでいく。

そんな理不尽を受け入れられるほど俺は間抜けじゃない。

だから俺は、日乃崎に俺の意思をはっきりと告げる。


 「俺のことを偉そうに貴様が語るな。俺のことは俺が決める。不可能かどうかも同じだ。俺の全てのことは俺が決める」


 くすくすと後ろで初音が笑ったのがわかった。

それは嘲笑ではなく、心の油断が理由で出てきた笑顔だと信じたい。

いやそうであると断言できる。

なぜなら俺の知っている滋賀井 初音という人物はそういう人間だからだ。


 「第一だ、俺は一言も【悪】を救うなんて言ってないだろうが。悪なんてのは人じゃなくて、ただのゴミだ。そんなのを人間としてカウントした憶えは一瞬たりともない。だからもう一度言ってやろう、俺のこのゲームでの目的を。悪をぶっ殺して正義を全員救う。日乃崎、貴様も例外なくだ! 愚かだというならば笑え、妄言だと思うなら嘲れ。勝手にしろ」


 日乃崎はぽかんと口を開けていた。

顎を止めていた螺子が外れたかのようにだらしなく開けて何も言わない。

そして数秒の間を作って口を閉じた。

閉じたと思うとすぐさま口を大きく開き笑い始めた。

げらげら、ギャハハと机を叩きながら下品に大笑いを始める。

やっと笑いが収まってきた思われるところで、息切れを起こしながら言葉を喋りはじめた。


 「はっは、君最高だね。僕を救う?いいじゃん最高にイカれているよ。うん、自己紹介だっけ? 参加してあげるよ」


「本当か?」


 俺は声のトーンを上がりかけたがそれを何とか抑えた。

これもこいつの罠という可能性もある、ここで油断するのは得策じゃあない。

と考えていたのだがそれは杞憂だった。


 「とりあえず自己紹介がしたいのは僕も同じだったからね、だからそれぐらいは一緒にしてあげようかと思うよ」


 どうやら俺は試されてたらしい。

いや試されというより相手と状況からして遊ばれていたが正しいか。

制限時間が来れば首がぶっ飛ぶというのにお遊びとは、本当にこいつは何を考えているのかわからんな。

ともあれ、これで全員の自己紹介の参加が決定した。


 「言い出しが最初に名乗るのは常識、というわけで俺から自己紹介を始めようと思うがいいな?」


 数人がこくこくと首を縦に振ったのを見て俺は自己紹介を始める。

こういうのは名前と出身学校それに、趣味辺り言っておけば問題ないよな。

と言っても俺は無趣味なため前2つのみとなるが。


 「俺は鏡峰湊。出身高校は尾崎高校、そこの三年で生徒会長をやっている。さっきも言ったように俺の目標は【正義】全員の救出だ」


 最後によろしく、とつけるか迷ったがそれは俺のキャラとは少し違うため却下。

無難な感じに済ませたが問題はなかっただろうか?

個人的には生徒会長って言うのは言わなくて良かった気もする。

むしろ言ったことで自慢ぽくなってしまうのが少し気になった。

まあ生徒会長にそこまで憧れる高校生がいるのか、と聞かれると返事に困るのだがな。


 「へえ、生徒会長やってるんだ。偶然だね、僕もだよ」


 手をヒラヒラとしながら日乃崎がそう言った。

聞かなくても知っていたが・・・まあ本人が言いたいみたいだしその辺は自由にさせてやろう。

気に入らないといえば気に入らないが、自分から協力を煽ったのだから我慢するか。


 「それじゃあこの流れのまま僕が自己紹介させてもらうね。僕の名前は日乃崎(ひのざき) (うつほ)。日食高校三年の生徒会長。趣味はボランティアと人助け、よろしくね」


 人に気に入られやすそうな笑顔のままスラスラと喋る日乃崎。

今言ったプロフィールは多分表の顔であれば嘘ではないのだろう、裏の顔でどうかは言うまでもないが。

ボランティアと人助けね、確かに日乃崎の噂でよく聞く半分はそういう面での「良い人」な側面の噂だ。

例えば「ボランティア精神の塊」だの「電車に引かれかけていた猫を助けた」や「年間10万以上寄付をしている」とかいうもの。

逆にだ、逆にもう半分での噂は、

「エゴイスト精神とナルシスト精神の塊」だの「死に掛けていた猫に止めをさしていた」や「年間100万以上寄付(集金?)されている」などだ。

ここまで裏表の差がくっきりとしていると笑えてくるな。


 「次は私でいいかなっ?」


 寝癖を悪化させたような外はねの髪をゆさゆさと揺らし手を上げる初音。

唯一の顔見知りである俺がしているから流れに乗ろうといった考えだろう。

まあ反対意見のやつがいるわけでもないため、自己紹介を始めた。


 「私の名前は滋賀井初音。湊くんと同じ尾崎高校三年生だよっ。湊くんとは小学校からの幼馴染なのですっ!」


 一斉に視線が俺の方を向く(初音と日乃崎を除く)。

別におかしなことでもないと俺は思っていたのだが一部の人間はそうは思わないのだろうか?

まあ人の感性はそれぞれということだろう、一笑すると言うのは無粋だと俺は思った。

俺とは違い初音は最後に思い出したかのように、「あっ、あとよろしくっ!」と付け加える。

流石愛想と可愛さだけが取り得の女子高生と自称するだけはあるな(あくまで自称、ここが大事)。


 「あーなんか誰もしない感じなんで俺するよ? 俺の名前は夕凪春。四季咲高校三年だ、よろしく」


 自分もそうなのだが男の自己紹介とはやはりなにか味気がないな(日乃崎の自己紹介は別の意味で衝撃的だったが)。

とはいってもこんな状況下で特別美味しい自己紹介をしろと言うのも無理があるか。

シンプルイズベストとは先人達も良い言葉を残したものだ。


 「それじゃあ次は私がするわね。私は暁 優花、学校は春と同じ。そして春とは小学校以前からの幼馴染よ」


 特に触れる点は無し。

しいて言うなら俺と同じように春も目線を集めたところか。

夕凪はあははとごまかしていたのが俺との違いと説明しておこう。

それから俺達が入る前から教室にいた華と同じくらいの少女が自己紹介を始めた。


 「私様は入戸遊李、見境中学の二年です。みなさんとは4つ程年齢が違いますがよろしくお願いします」


 随分礼儀正しい少女と話を聞き流していただけだったら思っていたことだろう。

だが冷静に言葉を思い返してみると一人称が「私様」となっている。

こういうところから人間の本性ってのは見え隠れするもんだよなと改めて実感させられた。

続いては、というか最後の一人となった華なのだが緊張しているのか自己紹介を始める様子がない。

言い出したのは俺だしな、少し背中を押してやるか。

華の近くに寄って俺は声を掛けた。


「緊張してるのか?」


 俺がそう聞くと華は恥ずかしそうに首を縦に振った。

華は中学生で周りは年上ばかり、唯一の同じ中学生である入戸もこの通り偉そうな性格。

そうとなれば緊張もするだろう、まあ仕方が無い。

となれば俺がするべきことは一つ。

間違っても俺が代わりに華を紹介してやることではない。

それだと例えその場では難なく済んだとしてもこれから華は結局一人で何一つすることが出来なくなってしまう。

俺が望んでいるのはそんなことじゃあない。


 「みんなすまない話を聞いてくれ」


 俺に目線が集まる。

今更こんなことで緊張する柄ではない、が注目を浴びるというのはあんまり慣れるものじゃあないな。

一呼吸を置いて俺は、


 「この子は昔の怪我のせいで喋れないらしい。だから筆記で自己紹介をする、見てやってくれ」


と言った。


 俺の言葉に華は表情をぱーっと明るくして笑う。

それから鞄からメモ帳を取り出してそこに慣れた手つきで字を書く。

丸文字ということばがすっきり当てはまりそうな文字を綴る。

書き終わるとペンを鞄の中に入れ俺に視線を送ってきた、どうやら書き終わったからOKみたいな感じのようだ。

俺は少し微笑みながら華書いたメモ帳の一ページをみんなに見えるように提示する。

そこに書いてあったのはこんな感じの言葉だ。


 『私の名前は園影(そのかげ) (はな)です。界味(かみ)中学校二年です、よろしくお願いします』


 紙を見た後はそれぞれ華を見て笑顔で「よろしく」とか言って、それに華も言葉の代わりに優しく微笑んでいた。

そう言えば俺は基本的に人を苗字で呼んでいるのだが、華だけは名前で呼んでしまっている(ちなみに初音は幼馴染なため除外)

苗字である園影と言い方を変えるかと思ったが今更呼び方を変えるのもなんかおかしいと思いやめた。

まあ別にこだわりがあるわけでもないし、まあ問題ないだろう。


 それにしても俺の勘違いかもしれないが…何故か華は会ったことがあるような気がする。

この距離で見て始めて気づくほどの記憶にしか残ってない程度なため、勘違いの可能性も大いにありえるが。

しかし界味中学なんて聞いたことがないしな。

このままでは気になって仕方ないし、聞いてみることとしよう。


 「なあ華。もしかすると俺と昔に会ったことあるか?」


 俺の言葉に華は少しぽかんとして、考える仕草をした。

それから数秒唸ってから首を横にブンブンと振る。

やっぱり俺の思い違いか。

まあ同級生の中学の頃の顔が似ていたとかそんなものだろう。

このことはさっぱり忘れるか。


 さて、これで自己紹介は終わったな。

一段落ついたため椅子に腰掛け顎に手を当てて次に何をするかを考える。


 とりあえずアイスブレイクとは少し違うかもしれないが、それに順ずることをとりあえずしようかと思う。

まだプレイヤー全員が協力できる状況ではないと思うしな。

よしそうするか。


 「次は軽くそれぞれのここに来るまでの記憶を思い出せるまで語ってもらおうと思うんだが構わないか? 思い出せる限りでいいし、言えないなら語らなくてもいい」


 俺の言葉で他の七人はそれぞれ思考を始めた。

それは参加するかどうかの思考か、それとも思い出すための思考かは定かではない。

もしかしたらこの話の中で【悪】が判明するかもしれないと少しの思惑もあるのだが、それはあくまでおまけ。ついでの話だ。

【悪】のやつがそんなボロを出すとは考えにくい。

だからわかれば運がよかった程度に思っておくのが適当だろう。


 …よく考えると【悪】と言うのはどういう立場にいるんだろうか?

俺は頭の中で「このゲームを企画した人間と同じ立場の者」と思っていた。


 だが「俺たちと同じ境遇で偶然ここに連れられてきた」と言う可能性はないだろうか。

そうだとすれば俺が一方的に殺すと言ったのは本人にとってはいきなり参加させられて他の参加者から殺害宣言をさせられたと同じではないか。

俺が考えていたように【悪】と言うのが本物の悪ではなく、【悪】にさせられた善良な一般人だったとしたら?

そいつを真っ先に殺すというのは間違っているのではないか?


 それじゃあ逆に俺達が一方的な殺人鬼だ。

狼の檻の中に六匹の羊が入れられたかと思っていたら、狼六匹の中に狼の格好をした羊を入れられていた。比喩としては最適だろう。

純粋な思考の中に一つの不純な要素が投げ入れられ、混合的な思考となる。

【悪】が悪なのか俺たちが悪なのかの区別が曖昧になり、わけがわからない。

何が合っていて、何が正しくて、何が見えていて、何が明瞭になっていて、何が理解できて、何がわかっているかがわからなくなる。

俺は正しくあれているのか?俺は正しい今を生きているのか?

答えを教えてくれ……愛羅(あいら)


 「湊…くん?」


 「はっ?」


 思考を中断し眼の前を見てみると他のプレイヤーが俺の方を見ていた。

どうやら急に黙ってしまった俺を気にしたようだ。

深く思考しすぎて意識が飛んでいたみたいだな。

よく考えてみればさっきの問題など考えるまでもない。

俺は【悪】を殺すなんてのは、別に目的の為の一過程にしか過ぎないのだ。

初音の生還、俺はそれだけを目指しているのだ。

それはあいつとの約束であり、俺の今がある意味。

だからそれは全ての出来事よりも優先される。

俺は考えすぎる余り足元を見ていなかったのだ。


「悪い、少し考えごとをしていた。で、お前らは語るのはどう思う?」


「みんなするって言ってるよっ」


 そうか、と適当に返事をして席を立つ。

腰掛ける対象を椅子から机に変えるだけの動作をするだけの特に意味はない行為。

やはり言いだしたやつから喋るという法則の通り、俺から経緯を語ることにした。

記憶の少し靄がかかっている部分を払って、あのときの記憶を引き出す。

そうしてやっと思い出した、俺がさらわれたときのあの状況を。


 「俺は生徒会の居残りで夜遅くまで学校にいた。それで疲れる眼を擦りながら家へと帰る道を歩いていたら、後ろから変な二人組みの男に羽交い絞めにされて・・・。確か眼の前から三人目の人間に口に布を当てられて意識が落ちた」


 思い出してみると気分が悪くなった。

まるでドラマや漫画のようにありふれた誘拐シーン。

それが実際に自分の元に起こるとどんな気分になるかが今回の経験でよくわかった。

自分より圧倒的に体格のいい人間に羽交い絞めにされ、抵抗さえ許されないまま強制的に意識を消される。


 無力感を味わい、脱力感が体に訪れ、そして全てが白に返った。

怒りと気持ち悪さがミックスしたようなよくわからない感情が俺を襲うが、どういうリアクションをとるのが正解かがわからない。

天井を仰いで頭の中をリラックスさせ、感情の抑揚を最小限にとどめる。

深呼吸を二、三回して心臓の脈打つ鼓動が元に戻ったのを感じ正面に顔を戻した。


 「ねえ、ちょっと質問なんだけどいいかな」


 そう言ったのは日乃崎だった。

どうせこいつのことだ、またろくでもないことを聞いてくるに決まってるな。

という感じの先入観を既に抱いている俺はどうなんだろう。

まあ相手が相手だということで許されるはずだ、と言うか許されろ。


 「…構わない」


 自分でもわかるほどの嫌そうな顔をしながらそう答えた。

とても了解の意を出してる表情には見えないだろう。

そりゃあ自分でそう思ってしたからな、はは。


 「じゃあ遠慮なく。最初の二人は間違いなく男って言ったよね?」


 「ああ、そうだ。力、体格、わずかに洩れた声からして俺を羽交い絞めにした二人は間違いなく男だった」


 「じゃあさ、なんで最後に薬を嗅がせたのは男って言わなかったの?」


 やはりそこを聞かれたか。

自分でもそこは少し気にかかっていた。

普通誘拐犯は男が基本だ。

それはもちろん抵抗されないようにするため、そして女では最終的に邪魔にしかならないから。

でも俺は最後に薬を嗅がせたやつを男だとは断言できなかった。

背丈は確かに男だとしたらとても高いとは言えず小柄だと言えただろう。

だけど俺はそれだけで男と言わなかったわけじゃない。

他になにかそいつを男と断言できない条件があったはずなのだがそこだけはどうやっても靄が晴れなかった。

やはり一番最後の薬を嗅がされる直前の記憶というのは思い出せないのだろう。

どうとも答えられなかったので、とりあえず俺の思ったとおりに言葉を出した。


 「俺はそいつを男と断言できない理由があった。だけどそこは記憶が靄がかかったように思い出せない」


 俺の言葉を聞くと日乃崎は顎に手を当て恐らくだが、思考を始めた。

自分の経験と俺の体験を合わせて矛盾点でも探しているのだろう。

もしくはその先でも考えてたりな。

とそこまで俺が日乃崎の思考を読んだところで日乃崎は言葉を語りだした。


 「…そうか。実はさ僕もまったくといって言い程湊と一緒の状況を経験してたんだよね」


 「なんだと?というか俺のことを気安く名前で呼ぶんじゃない」


 「さっきも言ったように僕も曲がりなりにも生徒会長をやっててね、それで帰るのが遅れちゃったんだよね。それで後はまったく同じってわけ。別にいいじゃん、減るもんじゃないしさ」


 「それは随分な偶然だな。いや、むしろ狙った可能性もあるか…。減る、主に俺の魂辺りがな」


 「そうだね、それは僕も思ったよ。もしかすると僕達の学校にこのゲームの主催者側の人間がいたのかもしれないね。魂って、昔のカメラに対する迷信じゃないんだからさ」


 「だとすれば他のみんなも同じような状況にある可能性があるな。だとすれば主催側の人間はどれだけ大きな組織なんだか・・・。貴様は昔のカメラ異常に性質(たち)が悪いだろうが」


 「僕達の予想を遥かに超える大きさ…って可能性もあるよね。じゃあ苗字と名前を縮めてかみっちとでも呼ぶことにするよ」


 「確かに警察や国家を味方に入れている組織だしな、ありえんこともないか。じゃあ俺は縮めてミジンコと呼ぶことにする」


 「はあ、敵にするなんて考えが浮かんでこないほど大きいとなると気分が滅入るね。それはどこを縮めたのかな?身長?というか体長?はいはい、鏡峰と呼べばいいんでしょ?」


 柄でもなく熱くなって口喧嘩をしてしまった。

これが人を挑発に乗せれる人間か、相手にするとここまでイライラするのか。

今後絶対相手にしたくないな、本当に虫唾が走りそうだ。


 それから順に初音を初めとする五人のプレイヤーにも話を聞いてみたが全員が置かれた状況が違うくらいで結果は同じようになっていた。

初音と華は塾に行く前に、入戸と夕凪は友達の家からの帰りに、暁は妹の見舞いに行った病院の帰りにとそれぞれのシチュエーションでの誘拐。

ちなみに俺と日乃崎を含んで誘拐された時間は全て八時前後らしい。

八時というのは丁度人通りも少なく、適度に暗い時間だからな。

確かに誘拐などの犯罪をするにはちょうどいい時間ではあるだろう。

だからと言ってそれが容易に出来るとはとても言わない。


 ともかくこれでアイスブレイク自体は出来た。

そのお陰かプレイヤー同士の交流も増えてきた印象だ。

あとはこれから【悪】をあぶりだして全員の首輪を解除するだけか。

俺の機械は【絆】、指定したプレイヤーはもちろん初音。

だから俺は目標を達成すれば同時に『枷』もクリアできる、これはもの凄く効率がいい。


 しかしこの状況は都合が良すぎる。

まさか主催者は愛羅のことまで知っているんじゃないだろうな…?

だとしたら…本当に主催者側の組織というのは馬鹿にならない規模なのかもしれない。

一個人の過去までを調べられる情報網というとやはり警察か。

もしくはさっき話しにも上がっていた学校にいる主催者側の人間か。

クソ、情報が多すぎて上手く整理出んな。

情報量が多く脳のキャパシティがギリギリまで詰め込まれているせいか、頭も上手く回らない。

仕方ない、この場でするのはあまりいいとは思えないが、少し寝るか。

近くには初音がいるからそれなりに安心もできるしな。


 「初音、俺は少し寝る。」


 「えっ!? 湊くんが寝て、大丈夫なのかなっ? 纏めていた湊くんが寝ちゃったらなんかまたバラバラになっちゃわないかなっ」


 「それなら心配はいらない。あいつらはそれぞれで情報を交換し合っているようだしな。残り時間は・・・」


 モニターを見ると時間の表示は11:15:45を表していた。

十五分、それくらい寝れば仮眠には丁度いい。


 「残り時間が11時間を切ったら俺を起こせ。わかったな?」


 「え、ちょ、ちょっと湊くんっ!」


 それ以上は初音の言葉にも耳を貸さず眠りにつくことに専念した。

意識が落ちるのは予想よりも大分早く、五分だったか、一分だったか、十秒だったかは定かではなかった。

それでもいつも眠りに着く時間よりも早かったのは間違いではない。

まあこれ以上眠るまでの過程について語るのは無粋、そして無意味。

じゃあとりあえず、おやすみだ。


†††††††††††††††††


 最悪の夢を見た。

あの日の夢だ。

愛羅が自殺をしたあの日の夢。

俺が無力さを味わい、代わろうと決意したあの日の夢。

一人の女性がいじめを苦に自殺を決心して飛び降りようとしたあの日の夢。

もう一人の幼馴染だった愛沢(まなさわ) 愛羅(あいら)という女性がいなくなったあの日の夢。



 俺は偶然にも愛羅が飛び降りる瞬間に立ち会ってしまった。

そしてあいつが生涯で話した最後の相手になった。

俺なんかでよかったのか、と聞くのは今になっては出来ないがそれでも答えは気になる、求めてしまう。




 その日突然昼飯を食べている途中に愛羅から携帯に電話があったため何気なしに出た。

出るとその相手はいきなりに屋上に来て、と言われ一方的に切られる。

その電話が気になり屋上へ走っていくと、そこには立てかけてあるフェンスの向こう側にいる愛羅がいた。

何故そんなとこにいるのかはわかっていた。

飛び降り自殺をするためだ。


 愛沢愛羅はいじめられていた。

誰かにと言うよりも学年中の女子全員に。

愛羅はその性格の問題もあり、いろいろな女子に眼をつけられている。

最初の方はたいした問題もなく、いつも通りにやられたらやりかえすをきちんと実行していた。

あいつの大好きなその言葉を。

だがいつからか、相手が大きくなりすぎやり返すことが出来なくなった。

一クラスから始まり、そこから伝染するように学年中に広がる。

そしてその結末がこれだ。


 「ごめんね、湊。私は弱いからもう逃げるよ」


 「ふざけるな、お前が死んだら、残されたお前の妹は、両親は、初音は、俺は悲しむッ! 他の人間が嘲り笑おうが俺達は悲しむッ! だから自殺なんてやめろ!」


 俺は必死に愛羅を引きとめた。

必死だったが嘘はつかないで本心だけをひたすら並べて。

生きるのが辛いと言われようが聞かずにただ無心にこの世にいてもらおうとした。

だがそんな俺にも愛羅はいつも通りの鋭い言葉で俺を刺す。


 「じゃあさ。湊が私を殺してくれる?」


 「ッ!? 出来るわけ…ないだろうが、そんなこと!」


 俺がそう言うと愛羅はおどけるように笑った。

楽しそうな声なのに声が枯れているのは、何故だったんだろう。

今となっては知る術も無い。


 「ははは、やっぱり湊には無理だよね。私もそんなことは望んでないからね、とか言ってみたり」


 何故笑っている、などとは聞けなかった。

柵の向こう側に果敢なげに立っている愛羅を止めるための策を考えろ。

勉強だけは優秀だったはずだろうが、俺!

選択問題なんてものの正答率は八割を超えてるはずだろうが!

今でもうらみ続けている、何故このとき残りの二割の方へと傾いてしまったかを。


 「これはさ、私の最後の攻撃なんだ。神風特攻ってね。私の死を持って私をいじめてたあいつらに『ざまあみろ』って言ってやるんだ。だからそのためにあいつらにはもう花束を贈ってあるよ」


 一緒に手紙をつけてさ、と愛羅は言った。

手紙の中には「これで満足か、いじめっ子」って書いてあるとも言った。

ストレスがたまるだけになって、溜め込んでいって、割れてしまおうとしている。

俺が空気を抜くことが出来なかったか、そんな後悔が今でも俺を締め付ける。


 「だからさ、私が死んだら教師にでも虐めがあったって言っといてよ」


 「死ぬな…。」


 「死ぬよ、私は。やったらやり返す、私が大好きなのは知ってるでしょ?」


 「そんなの知らん。じゃあ直接やり返せばいいだろうが」


 「そんなのしたらさ、私はいじめに屈して暴力に訴えた馬鹿になっちゃうじゃん」


 「じゃあ今お前がやろうとしてることは屈したことにはならないのか」


 「うーん、やっぱり湊って堅物だね。私みたいな曲物相手にしてもまったく折れないんだもん」


 「ごまかすのもお前の十八番だったか」


 俺はこのときにもう愛羅を助けることを諦めていたのかもしれない。

このときに初めて人と向き合うことを逃げた。

最後まで綺麗な愛羅を見ていたくて、愛羅の汚い部分を見ないで逃げた。

ここでまだ向き合っていれば、という後悔が俺の心を引っ掻き回す。


 「これ以上話してたら、決意が鈍っちゃいそうだよ。んじゃあそろそろ行って来るよ」


 まるで登校するように。

まるで明日また会うかのように。

まるで――今から死ぬかのように愛羅は言った。


 「やめろ、死ぬなッ!」


 「ここにある遺書。これさ、湊に当てたものなんだよね。だから絶対読んでよね。なんかラブレターみたいだね、照れちゃうや」


 死ぬ間際とはとても思えないほど可愛らしい表情を作り、両手で顔を覆う。

もしかするとそれは涙を拭っていたのかもしれない。


 「やめ…ろ」


 俺は渇いた声で愛羅を止める。

声の抑揚もはっきりとしない、


 「じゃあね――バイバイ」


 「愛羅ぁぁぁああ!」


 そして愛羅は屋上から飛び降りた。

まるで宙に浮遊するかのようにふわっと屋上から離れる。

だが人間はなにも持たずに浮遊することなんて出来ない。

重力に従って真下に落下して行く愛羅。

俺はそれを見送った。

見送ることしか出来なかった。

助けることが出来なかった。


 三階層下のコンクリートの上でトマトがつぶれたような音が微かに聞こえた。

下を除くと赤いキャンバスが出来ている。

誰のかも解らない女生徒の叫び声が聞こえ、それを引き金に学校全体に広がる。

柵にすがって、横に置いてある遺書といわれたその封筒を手に取った。


 封筒の上部分を破り中にある手紙を読む。

内容を要約すると「初音を守ってやれ」だの「正義の味方になるように」とか「人助けに尽力せよ」などといつもの愛羅の口調でつづられていた。

それを見ている途中にも涙が零れかけたが俺は必死に引き止める。

書いてあることを実行するために強がったんだ。


 しかし我慢していた涙は最後の一行で溢れ出してきた。

こんな言葉は反則だろうがッ!

こんなことを言われたら俺はッ、俺は…。

そこに書いてあったのは、


 『好きだったよ。だから助けて欲しかった』


だった。


 紙が塩分を含んだ水でふやける。

何年も流していなかったそれが流れ続ける。

止まることを知らずにひたすらと。

ただただ滝の様に流れ続けた。


 「わかった、代わるよ。代わればいいんだろうがっ!」


 フェンスを思い切り殴りつける。

軋んだ音が耳に届き、錆がパラパラと屋上から地面へと辿った。

それはまるで愛羅の飛んだその道をなぞるかのようだった。

制服の袖で涙を拭い、立ち上がる。

そして最後に俺はあるはずのない愛羅の幻影に向かってこう言う。

幻を振り切るように、後悔の言葉を。


「精々俺を、地獄からでも見守っててくれよな。それと――」


「俺も好きだった。愛羅」


屋上の扉を思い切り閉じた。

俺の思いと同じく、二度と開くことのないように。

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