【GAME START】 B
――――鏡峰 湊は眼を覚ます。
昔に頭を思い切り殴られて意識を無くしたことが一度あった。
確かあれは俺が余りにも優秀すぎることに腹を立てたアホが、アホなりに矮小な脳を使って俺を闇討ちした、だったかな。
今の気分はそんな風に物理的に意識を無くした後に起きたときと同じような感覚だった。
そんな風に頭の中が嫌な風にシェイクされてそれを無茶苦茶に元に戻したようなそんな感じだ。
「ここ……は、なんだ」
数秒間嫌な頭痛のする頭を抑えて、気分を落ち着かせた。
こんな意味も解らないところに頭痛がするままに寝かされた状態で落ち着けるはずがない。
落ち着けないから何もしないというのは理由にはならない。
仕方なく重たい足を持ち上げ、改めて寝ているベッドから立ち上がり、部屋を見渡した。
一面が白で塗り固められた壁紙に、綺麗に配置された一つの机、その上に乗っている一つの機械。
まるで病室だなと一笑する。
今のこの状況はどうなっている?
俺の部屋はこんなに綺麗に片付いてなどいない。
状況理解に勤めようとしているうちに緊張し喉がごくりと鳴った。
そのとき首元に少し違和感。
喉を鳴らして気がついたが俺の首にはどうやら首輪のようなものがついているみたいだ。
自分の目からは見えないため「ようなもの」としか言えないがこれは恐らく首輪。
こんなものをしたままでは気分が悪いため、外すことを試みる。
首と首輪との間に指を入れて……
「入らない……?」
どうやら俺の首と首輪の間には指が入る程の隙間はないようだ。
俺の首にあわせたようにしっかりとはまっているらしい。
しかも触感的にこれは金属でできているようなので無理やりに外すことも叶わない。
客観的に今の状況を見てみると俺は誘拐されたのだろうか?
見知らぬ部屋に首につけられた首輪、そして恐らく密室。
これを誘拐と言わずに何を誘拐と言うのだ。
このまま寝ていても仕方がないため、何か行動を起こそうと企む。
未だに重たい体を無理やりに動かし机の上の機械を掴んだ。
「これは確か……生徒から没収した物の中にこんなものがあったな。名称は……確かipod touchだったか」
だがあれとはいくらか見た目が違うな……。
仕方ない、とりあえずは『機械』と呼ぶことにするか。
また正式名称がわかったら変えればいい。
そうして俺は操作を開始した。
機械類は得意ではないが、これの操作は単純ですぐに使い方に慣れることが出来た。
タッチの操作と言うものはボタンの配置などを覚えることが少ないからだろうか?
少し苦労しながら操作方法をマスターした所で二回タッチして、メニュー画面に移行する。
メニュー画面には「枷」「特殊機能」「メールボックス」「ゲームルール」の四つのアイコンが並んでいた。
そのうち後半の二つは今はタッチすることが不可能になっていて、黒い。
メニュー画面にもあった「ゲームルール」と言う表示からして俺が巻き込まれたのは、なにかしらのゲームだと言うことはわかった。
とりあえず今の状況を打開する手段が無いか、タッチできる二つのアイコンを見ていくことにした。
まずは「枷」と書いてある方をタッチする。
すると画面を覆うように文字が表示された。
「プレイヤーコード【絆】
『枷』
ゲーム開始時から三十分以内に指定したプレイヤ一人以上の生存(一度半径十メートル以内に入れたプレイヤーでなくては選択することは出来ない)」
これだけを見ても意味不明だった。
まず『枷』と言うものがなんなのかもよくわからない。
俺が巻き込まれたこのゲームでそれがどのくらい重要なのか?
このような理由からこのゲームは理不尽だと俺は思った。
しかもこの『枷』と言うものを見る限り、生存できない場合もあるらしい。
ここから何をやらされるかもおおよそ、理解できるだろう。
――――殺し合い。
いきなりこんなところに連れて来られた上にこんなことになるとは本当に踏んだり蹴ったりじゃないか。
俺をここに連れてきたやつに文句が言えない以上俺は黙って一人で悪態をつくしかない。
いや、殺し合いとなってはもう少し物事を冷静に考える必要がある。
俺がいざと言うときに人を殺せるかと聞かれれば、間違いなくノーと答えるだろう。
いざと言うときに俺は引き金を引けるのか?
――――引いてもいいのか?
ここにいないアイツに俺は問いかけた。
かえってくるはずのない返事を待っていても仕方がないため、俺は次の行動へ移ることにした。
続いてはもう一つの「特殊機能」と書いてあるほうをタッチする。
するとさっきと同じように画面を文字が覆った。
「プレイヤーコード【絆】
『特殊機能』
『枷』で指定したプレイヤーの位置を表示することが出来る」
文面を読む限りはさっきの『枷』にしっかりと対応した機能ではある。
もっとも今のところ『枷』に書いてあることを満たしたらどうなのかもわからない。
じゃあこの特殊機能はなんの役にたつのだろうか?
結果今できる限りのことをした時点で、俺は有力な情報を何一つ手に入れることが出来なかった。
零歩の進歩だったからまだいいと悠長な考えはしてられない。
今俺がどんな状況に巻き込まれているかも正確には判断できていないからだ。
これが誘拐だと言うことはわかっているのに、目の前の置かれていた機械が俺の思考を鈍らせる。
――――何故、俺にこんな機械を渡した?いや、残したが正しいのか
一般的に、もしくは常識的に考えて、人を誘拐しておいて自分の身元が割れるかもしれない機械を置いておくだろうか?
俺の記憶の限りでは元々この機械にそういう個人情報を登録する機能は殆どなかったはず。
だがそれでもこれを警察にでも差し出せば、何か証拠が出るはずだ。
だとすれば、何を目的にこんなことをするか。
その目的を想像する。
例えば、誘拐後に俺に何かをさせるのが目的と言う場合。
楽観的に考えてみてば、これはもしかして何かのドッキリかもしれない。
密室に閉じ込められてその中で人間はどんな反応を見せるか、そんな企画。
ありえなくはないが今の日本でこんなことをすれば間違いなく刑事訴訟物だ、そのため却下。
だが一つ言葉を足してみれば状況は変わってくる、誘拐後に俺達に「ゲーム」をさせるのが目的、とすれば。
さっきから俺が考えていたようにこの可能性は多いにありえた。
しかしこの首輪、そして機械、その中に入っていた『枷』と『特殊機能』の情報、俺の思考
これだけ条件が揃っていればまったくの妄言と言うわけでもなさそうだ。
「それがわかったからどうしろと言うっ!」
クソッと短く俺は呻いた。
選択肢の先に答えがないのならそれ全てが外れクジとなっていると同意だ。
ならば正解をどこかで貰わなければな、もしくはもう俺が気づかないだけで既にどこかにあるのかもしれない。
『枷』の文面を信じるならばこのゲームには最低でも他に二人は人間が参加しているようだ。
だとすればまずは他の人間を探すことを目的としてみるか。
見つけたそいつからなにか情報を聞き出せるかもしれない。
最初に出会ったやつが犯人であったなら俺は直ぐにでも殺される可能性もある。
だが今このまま何もしなくてもどうせ殺されてしまうのだ。
だったら今動くのが得策だろう、と俺は考えた。
行動を開始するかと、部屋のドアへと期待せずに手を掛けてみると予想外にドアは開いた。
この部屋は密室ではなかったらしい。
冷静に考えてみればそれは当たり前だが、俺の思考は今、冷静ではなかった。
そして三歩目の足を踏み出し、体が完全に部屋から出たと思ったそのとき軽快なリズムを奏でて機械が鳴った。
廊下にも音が響いたことに驚き、人に気づかれないうちに部屋の中へと隠れる。
顔を出して確認してみるが外に人影はない。
とりあえずは一安心と言ったところだろう。
「いきなりなんだっ!? 犯人に見つかったらどうする!?」
このメールを送ったのが犯人自身と言うことも否定できない。
だが犯人が俺がここにいることを知らないわけが無い。
そのため脱出しようとした瞬間にメールなんてものが来ればそりゃあ驚く。
機械を操作し、メニュー画面を表示させる。
そうするとさっきまではタッチできなかった『メール』のアイコンが押せるようになっていた。
怪訝に思いながらもそのアイコンをタッチして起動。
やはり画面を覆うように文字が表示される。
メールボックスの中に一つの手紙のアイコンがありそれを迷わずタッチする。
手紙の本文と思われる文字列が画面を埋め尽くした。
「プレイヤーコード【絆】様、机の上に銃が置き忘れておりますのでお忘れないように」
書いてある文章が本当であるなら俺の背後には今銃が置いてあるようだ。
それどころか俺はさっきまで銃と同じ部屋でぐっすりと寝ていたらしい。
ゆっくりと後ろを振り返り無機質な机の上を見る。
「……本当に犯人共はどういうつもりだ? 目的が読めん」
本当に机の上には一丁の拳銃――――正式名称「ジャッジ」が置いてあった。
さっき見たときに俺は気づかなかったのだろうか?
もしくは見えていても脳がこの殺意の塊の存在を否定して見えなくしていたか。
拳銃なんか昔父が生きていた頃に勤めていたテレビ局でのドラマで偽物を見たことがあるくらいだ。
本物を見る機会が一生巡ってこなと思っていたものがいきなり眼の前に現れた。
そうなれば俺が脳でこの凶器の存在を消していたとしてもおかしくはない。
――――いや、まだこれが本物と決まったわけじゃあない。状況が状況なだけに脳が勝手に判断しているに過ぎないかもしれん
――――それこそ、この銃の存在を否定していたときの様に
真偽を確かめるためにジャッジを手にする。
ズシリと手に乗っかる重さ、そして金属特有の冷たさ。
この2つはどうやってもモデルガンなどでは表現しようとしても不可能。
それらしくは出来てもこれに完成させることは絶対に出来ない。
続けてリボルバーの中を確認すると45ロングコルト弾が四発、410ゲージ散弾が一発を確認。
銃弾もプラスチックなどでは表現できないひんやりと冷たさと重さが備わっていた。
ここまでされては本物だと認めざるを得ない。
無意識に、俺の手がぶるぶると小刻みに震えているのがわかった。
自分の手に人殺しの道具が握られていることが怖くて、恐ろしくて震えているのだ
震えを止めるために俺は制服のベルトの通し穴にジャッジを無理やり差し込む。
それでなんとか俺の震えは止まった。
右のベルトの部分の違和感は拭えないが、確かに俺自身の震えは止まった
「まさか……本当に殺し合い、なのかッ!?」
ギリッ、奥歯を噛み締める。
拳を握る。
そして再び心で悪態を吐く。
――――クソッタレがッ!
まずは犯人に遭遇するリスクを負ってでも他の参加者に会う必要がある。
しかも今の俺には最悪戦闘になっても大丈夫な装備があった。
もう持ちたくもないが、それがあることで安心することもあるとは、なんと皮肉が利いていることだろうか。
当初目的どおり扉を開き次こそは部屋の外に出る。
さっきはいきなり機械が鳴ったため、詳しくは見れなかったが今改めて廊下を見た。
一見は学校の廊下なのだが全ての窓が内側から小さいシャッターのようなもので、封じられていた。
俺が手に持っているジャッジで撃ってみようかと思ったが、こんな狭い距離で撃ったりしたら反射でどこへ行くかわからないし、鼓膜がどうなるかわかったものじゃない。
それにこれで壊せるようなものを配置してあるとはまったく思えなかった。
さて、しかしどこへ行こうか。
声でも聞こえれば直ぐにわかるのだが、そんな大声を上げるやつなんていないか。
と、思った直後だ。
「きゃああああー!!」
「いきなりか。さて、声の方向は……」
どこからか聞こえてきた女性の物の悲鳴。
方向は窓を向いた状態での右側。
距離は廊下で反響していて正確にはわからないがそこまで遠くないようだ。
俺はうんざりと頭をかきながら行くか、と決心した。
ここで恩を作れば後から相当に有利になる……かもしれない。
そんなことを俺は一切考えていなかった。
ただ困っている人があれば助け、正義の為に常に動く。
それこそが三年前からの俺のポリシーであり、モットー。
一度足りとも忘れてしまったことのない、あいつからの言葉だ。
何故今悲鳴が聞こえたか、その理由を走りながら考えてみる。
襲われていると言うのが一番ありえるな。
足の動きを更に早めて声の在処を探す。
微かな声が消えてなくなってしまわないうちに見つけなければいけない。
あのときのような後悔はもうごめんだから、と足に言い聞かせて俺は今を走る。
相手に余計なお世話と言われようが、無駄な足掻きだと言われていても絶対に助ける。
声の元の部屋に辿り着き、ドアの前に立つ。
一度深呼吸をして、声を上げた。
「入るぞ!」
勢い良くドアを押すと部屋の中には二人の女と一人の男がいた。
女のうち一人は男に押し倒されており口を無理やり塞がれている。
もう一人の女は体こそは自由に動くようだが、口をパクパクと動かすだけで声は出ていないし行動をしていない。
この時点で俺の機械の『枷』に書いてあった人数よりも多い人間が見えていた。
そんな条件が起こった理由で考えられるのは2つ。
俺の『枷』に書いてある条件以上に人数がいるのか。
それともこの中の一人が俺を――――いや俺達をここに誘拐した犯人であるかだ。
それも重要だが、とりあえずは男から女を助けるべきか。
どう考えてもこの絵面は男が女二人を襲っているようにしか見えない。
だとしたら俺のやるべきことは一つ。
「ちょっ、ちょっと待て違う! こっちの事情も聞い――――」
「悪人に喋らせるほど俺は気楽じゃないんでな。――――寝てろッ!」
男の胴体を思い切り蹴りつけ女の体から引き剥がす。
蹴る瞬間に女が「ひゃ」と小さなうめき声を上げた。
飛んでいった男の方には見向きをせず倒れている女の方に眼を移す。
横腹を思い切り蹴りつけたから数分は起きてこないはずだ、気にする必要はないだろう。
服も乱れていないし顔に傷がある様子もないため、なにかをされる前に辿り着くことが出来たようだ。
倒れたままでは可哀想だしとりあえず体を起こしてやるか、と手を伸ばす。
「大丈夫か? ――――ってお前!」
「あっ、はい大丈夫です。ってあれ、湊くん?」
助けた女は俺の幼馴染、滋賀井 初音だった。
この場所にいることは完全に予想外な人物。
茶色にも見える黒髪を外に好き放題伸ばしている髪形は、中々お目にかかれるものではない。
そんな冷静に考えてる場合でなく。
何故こいつまでここにいるんだ。
こんな殺し合いの場に。
俺の意識が一瞬飛びかける。
動揺を行動に出しかけたが、こいつの前で俺まで取り乱している場合じゃない。
表面だけでも俺は落ち着いて初音を守らなくては。
もう一人の少女にも手を差し伸べようと思ったそのときだった。
「痛いじゃん、いきなり何してくれてんの?」
俺が蹴った右腕を押さえながらイラついた口調でそういう男。
まるで反省の態度が見えない男に対して俺は少し怒りを覚えた。
しかしここで怒りをぶちまけても仕方が無い。
ここではまず犯人かどうかを問い詰めるべきだろう。
「それはこっちの台詞だ。お前が俺たちをここに連れてきたのか?」
俺がそう言うと男は愉快そうに笑う。
そして自身の首を指差しながら、こう言った。
「何、僕を犯人だって言いたいの? これ、見てみなよ。これ」
指差した先にあったのは金属製の首輪だ。
自分のものと同じかは解らないため、代わりに右にいる初音の首を見る。
二人の首輪はこの距離で見る限りは同じもののようだ。
つまり同時に俺の物も同じと言うことになる。
「じゃあ質問を変える。お前はこの二人に何をしていた?」
「別に、何もしてないけど? ただの正当防衛だよ」
正当防衛。
それは自分が危害を加えられかけたときにする自己防衛の為の反撃だ。
しかし今俺が入ってきたとき明らかに初音を襲っていたのに、正当防衛とこいつは言った。
俺はかなりの年月初音と幼馴染をしているが、こいつが人に手を上げるような真似をするとは思えない。
勘違い、と言う可能性もある。
まずは男と初音に詳しく話しを聞くとしようか。
「初音、お前は何かをしたのか?」
「え、いや。ただ私はこれを見せて、『これって本物ですか? 』って聞いただけだよっ」
そうして初音は足元に転がっていたそれを拾い上げた。
形状だけを見るなら、外見だけで判断するなら。
それは間違いなく俺が持っているものと一緒の「ジャッジ」だった。
もしかしてこれはプレイヤー全員に支給されてるのか?
だとすれば今この部屋にだけ四丁。
下手すればそれ以上存在するのか。
これが、この殺しの道具が……。
再び体が震えようとするが俺は必死に押さえ込む。
そして目の前の男に再び話しを聞く。
「おい、貴様。正直に何があったか言え。正直に言うなら今は許してやる。俺もこいつもあっちの女の子もお前も、みんなこのゲームに巻き込まれた被害者なんだ。これからも友好的に協力するためにも、ここは正直に言っとけ」
言葉だけを聞けば優しく聞こえたかもしれない。
だが声のトーンと言葉に込められた意味はそんなに穏やかではなかった。
この言葉は「今ここで正直に言わなければ、この先お前に協力という二字熟語に縁があると思うなよ」という脅しでもある。
ちゃんと言っておかないとこの生意気な男は正直に物事を話さないだろうしな。
そのためあまり好きではないがこの手段を取るしかなかった。
「……何もしてないよ」
協力を拒否したことを俺は愚かと嘲りながら、眼を吊り上げた。
――――こいつは俺の協力を拒否した。ってことは犯人って可能性もあるよな
俺は冷静に判断して、初音が一パーセントでも死ぬ可能性があるならその分子を破壊するまでだ。
男の体を持ち上げ体を浮かせる。
声にならない声を精一杯の力を使って発しているが知ったことではない。
持ち上げた体を更に持ち上げて壁に全力で叩きつけた。
男が口の中に含んでいた空気を全て吐き出すが俺はそれを気にせずそのまま床へと捨て、男の顔の真横に足を振り落とす。
男は短い悲鳴を上げて驚きを表現したが今の俺はそれを悠長に確認しているほど穏やかではない。
「お前は俺が何を言ったかわからなかったのか? だったら許してやる、それなら許してやるよ。だけどそうじゃないってんなら俺はお前を犯人だと判断する。首輪なんかが言い訳になると思うなよ」
鋭い眼光で男を睨みつけ威圧する。
蛇に睨まれた蛙とまでは言わないがこの睨みつけも少しは効果があったようだ。
だが睨みつけているだけでは何の解決にもならない。
次の行動はもう一度襟を持ってもちあげることにしてみよう、それで言わなければ……。
そのときは知らん。
「あ……が……」
襟をきつく持ちすぎたのか男はうめき声を上げていた。
そんなものは知ったことではない俺は質問を続ける。
「もう一度だけチャンスをやる、これを逃せば…わかるな。次は正直に何があったか答えるか? イエスなら右手を上げろ、ノーなら左手を上げろ」
質問というよりも尋問な気もしたが、今はそういう小さなことを気にしている場合じゃない。
答えを待った時間は十秒だったのか一分だったのか、それは定かではない。
定かではないが、男が出した答えはシンプルだった。
どちらの腕も上がってはいない、だが口がパクパクと動いていた。
昔あいつに教わった簡単な読唇術で言っている言葉を読み取る。
『く』
『そ』
『く』
『ら』
『え』
確かに男はそう口で表していた。
俺はもう一度壁へと押し付けようと思ったがそれは叶わない。
男が反撃に移ったのだ。鳩尾付近に強烈な右膝での蹴りが入れられる。
致命的なダメージにこそならなかったものの、掴んでいた右腕の力は無くなり男はいとも簡単に俺の腕の束縛から抜けた。
そしてお返しといわんばかりにもう一度鳩尾に向けて蹴りを打った。
今度はクリーンヒットし、片膝を地面に着く。
「あーもう痛いなあ。骨とか折れてたらどうすんのさ。まったく、このゲームでは協力が大事なんでショ?はは、人に暴力を振るっといてそれはないなあ」
「俺はお前みたいな屁理屈ばっかり言う野郎が大嫌いなんだ」
鳩尾の痛む体を無理に持ち上げて右拳を思い切り男に突き刺した。
腰も力もほとんど入っていない勢いだけの拳だが牽制には丁度いい。
隙だらけの男の体。
そこへ左足の蹴りを打つ。
最初俺が蹴飛ばしたときの状況を再生したかのように男の体を大きく飛ばした。
壁にぶつかって体が停止したかと思うと直後男は動かなくなり、それは気絶したのだと気づく。
壁にぶつかった際に頭でもうちつけたのだろう。
まあどうにせよ、これでとりあえずは一時的には問題解決と。
「二人とも、怪我はないか?」
「あー、うん。まったくと言っていいほどないね、うん」
やたらと落ち着いている初音に少し違和感を覚えながらも、ひとまず怪我がないようだからよかったと胸を撫で下ろす。
目線で「あっちの女の娘は大丈夫なのか?」と訴えると初音の方は言葉でそれに答えた。
「大丈夫だよ、華ちゃん――――ってあの娘の名前なんだけどね。華ちゃんの方は指一本も触れられてないから」
と言うことは初音が華、とか言う少女を庇ったのだろうか?
まあ普段からの初音を考えればそこまで意外というほどでもないか。
いつも通りで寧ろ安心した。
しかしさっきから華は一言も喋っていない。
一件被害を受けてないように見えるが実は何か外見には見えない、危害を加えられたのではないだろうか? と俺は心配した。
交流ついで華に近寄り声を掛ける。
「話しを聞く限り大丈夫みたいだが、さっきからお前は喋っていないだろう? なにかされたか?」
「……」
俺が質問しても華は相変わらずの無言のままだった。
無言のまま、着用している学校指定と思われる制服のポケットをあさり始める。
そして何を取り出したかと思うとそれは、ちっちゃなメモ帳とボールペンだった。
カリカリとメモ帳に字を書き連ねて俺にその文字を見せる。
『助けてくれてありがとう。私は昔の怪我のせいで喋ることができないの』
よくみると喉に大きな傷跡が痛々しく残っているのが見えた。
俺がついじっくりと見ていると慌てて華は傷を隠す仕草をする。
失礼なことをしたなと反省して俺は軽く頭を下げた。
それを見て華は申し訳なさそうに両手を体の前で振り、メモ帳に文字を書いて俺に見せた。
『気にしないで。傷を見られたことじゃなくて、あんまり男の人に見られることがなくてびっくりしただけ』
そっちか、まあどちらにせよ失礼なことをしたのにかわりはないからな。
にしてもあんまり男に見られることがないということは女子校にでも通っているのだろうか?
しかしそれは今詮索するべきではないと思い中断した。
「そう言えばさっき機械が鳴っていたから見てみたほうが良いかもっ」
ごそごそと持っている鞄の中から機械を取り出し俺に見せる初音。
そう言われては確認しない理由も無いため胸ポケットにしまっていた機械を取り出した。
画面をタッチしながら操作し、メニュー画面にまで行き「メール」のアイコンがタッチ。
受信箱を開くと、さっきの銃の警告のメール以外に、手紙のアイコンが一つ増えていることに気づき、それをタッチする。
するともう何度か見た動きで画面を文字が多い尽くした。
「全てのプレイヤーの起床が確認されました。指示する場所に10分以内に集合して下さい。集まらなかったプレイヤーについての処分は説明いたしませんので悪しからず」
このメールを見た後にメニュー画面に戻るとそこには「地図」のアイコンが追加されていた。
「地図」のアイコンをタッチすると、画面に地図が広がる。
右端には「1F」「2F」「3F」と三つのボタンがあってどうやら、それを押すと階の表示が変わるようだ。
でメールの本文にあった指示する場所とは、1Fにある黒点で間違いないだろう。
どうやらメールが来たのは五分前、急がないと処分とやらを受けてしまうな。
「俺はとっとと行こうと思うが、お前らはどうする?」
「行くよ!」
『行く』
二人は二つ返事に答えを返し、俺に着いて来ることを肯定した。
さてとこの男はどうするか……。
と、後ろを振り向いたところでそこにあの男がいないことに気がつく、
さっきまで寝ていたはずの男の姿が消えていた。
ドアを開けて逃げたわけでもあるまいしどこに――――
「湊くん、右!」
初音の慌てた声が耳に届く。
俺はその指示通りのあった右側に右足を振る。
すると短い悲鳴と足になにかがあたった感触。
男に俺の脚が当たったのだ。
足を地面に下ろすと、俺は戦闘態勢を取り来る男の襲撃に備える。
だが男は攻める様には見えず、ただ立ち尽くすだけだった。
「避けるじゃなくて反撃までする……ね。流石にちょっとビックリかな」
コキコキと首と右腕を鳴らす男
改めてみるとこの男は学生服に身を包んでいた。
そのため俺と同じかまたは年下の学生らしい。
胸に貼り付けてある名札を見るとそこには「三年。日乃崎」と書かれていて、容易に学年と名前がわかった。
日乃崎……まさかこいつッ!?
「お前まさか……日食高校の藁人形か?」
「あれ、僕のこと知ってたの? あはっ、僕って有名人じゃん」
コキコキと小気味言い音を出して、日乃崎は首を鳴らす。
日食の藁人形と言えば俺の住んでいる地域ではなかなかに有名な人物だ。
表ではかなりの善人だが、日乃崎に対して何か危害を加えればそれ以上の被害を自分が受ける。
それはまるで藁人形の呪いの様に。
俺はそれに気づかないまま日乃崎にどれだけの被害を加えたのだろうか?
それがこのゲームでいつ返ってくるか、それを考えるだけで恐ろしい。
――――だとしても俺は恐怖しない
俺に帰ってくるならまだ良い。
だが藁人形の被害を受けた人間は直接危害を加えたものだけでなく、その関係者というだけで傷つけられた者もいるそうだ。
そうだとすれば俺がやるべきことは恐怖することではなく、初音と華を守ること。
そして日乃崎と言う脅威を取り除くことだ。
「とりあえずさ、僕に危害を加えた人間がどうなっているかは知ってるよね?」
邪悪な笑顔を俺達に向ける日乃崎。
後ろの初音がビクっと震えている、こんな人間に笑われちゃそりゃ怖くもなるよな。
あいつがいたら多分すぐさまに殴り返していただろうと苦い思い出が頭を過ぎり頭をズキリとさせた。
「それよりさ、さっきのことで正直に言わせて貰うとさ、僕は正当防衛を理由にそこの初音ちゃん、だっけ? 危害を加えようと思ったわけ。こんなとこに閉じ込められてストレスも――――」
悪人の言葉に耳を貸せば精神がゆらぐ、犯罪者の言葉に耳を貸せば精神が崩れるといわれるほどだ。
だから俺は次の言葉を待つより早く日乃崎を廊下へと蹴り飛ばす。
そのまま追う様に俺も廊下へと飛び出した。
そこには既に日乃崎の姿はなく階段に向けて走っているようだ。
直ぐに追いかける、だがその前に言っておくべきことがあった。
「初音、華、早く行くぞ! 着いて来い」
二人の返事を待つより早く俺は走り出した。
指定されたタイムリミットが近いというのもある。
だがそれ以上に日乃崎が誰かと接触して、また被害者が出るのを防ぎたいという思いもあったからだ。
足に力を込めて、全速力で追いかける。
さっき走ったのもあり、俺の足のコンディションは最高潮だ。
それにも関わらず、結局廊下では追いつかず、階段に差し掛かった。
俺は階段を一段ずつ下りるのも面倒だったため、十数段を一気に飛ばして距離を縮める。
だんだんと距離は縮まるが、結局追いつくことは叶わずに日乃崎は指定されていた部屋へと辿り着いてしまった。
こうなってしまっては手遅れか、問題なしかのどちらかだ。
俺が今急いでも仕方が無いか。
仕方なく、上に置いてきた初音と華が来るのを待つことにした。
「湊くんっ……早いよぉ」
「悪い、状況が状況だったからな」
恐らく初音も藁人形については知っているはずだが、恐らく見た目だけではわかっていない。
華の方は知っているかすらも謎だ、中学生にも有名なところでは有名なはずだが……どうなのだろう。
とりあえず指定された部屋へと歩いていく。
すると未だに部屋に入って直ぐのところに日乃崎が立っていた。
――――まだ善人ぶろうとしてるのかコイツは。
心でそう呟きうんざりしながら、背中を踏みつけるように蹴る。
すると地面に倒れた日乃崎、俺はその上を歩き適当な椅子に座った。
後ろにはちゃんと初音と華もついてきている。
二人が席に着いたところで俺は部屋全体を見渡した。
俺がまだ会っていなかったプレイヤー数は三人、そのため今この部屋には合計七人のプレイヤーがいることになる。
指定された時間までもう一分ほどしかないため恐らくここにいる七人がこのゲームに参加する全プレイヤーなのだろう。
「さて、」
言葉に一端区切りをつけながら足を組む。
そして少し息を吐き出してから、俺はドアの前に寝ている日乃崎にキツイ視線を向けて言葉を投げつけた。
「入り口で寝転んでいる大根役者。次に俺に――俺以外に危害を加えたときは……容赦はしない」
部屋には俺の声だけが響いた。
†††††††††††††††††
狂ったゲームのプレイヤー七人がここに集い、今ここに饗宴の幕開く。
――地獄が忘れた罪を返すために
――地獄へと返すために
――地獄へと落ちた者の復讐のために
舞台は整い、ここにゲームは開始される。
『Play Start』