【GAME START】 A
――――夕凪 春の意識は目覚めた。
部活の先輩に無理やり酒を飲まされてそのまま酔いつぶれた、あれは確か高校一年の初夏。
次の日にもの凄く嫌な気分で起きたのは二年過ぎた今も記憶に新しい。
俺が眼を覚ましたとき、そんな気分を俺は味わっていた。
お陰で辺りを見渡せるほどの余裕が出来るまでに時間がかかってしまった。
落ち着いた意識と気分の中で俺が起きた場所を見渡してみる。
気持ち悪いくらい清潔感溢れる壁紙。
今寝ているのは俺の部屋にあるものよりも数十倍は寝心地の良さそうなベッド。
辺りに散乱とは無縁に配置された無機質な家具の数々。
元々窓があったと思われる場所にまで壁紙が張られていた。
「なんだよここ……? 俺の部屋じゃねえよな?」
俺はそこまで確認してようやく言葉を吐き出す。
体をなんとか持ち上げて自分の服装を確認すると学校指定の制服に身を包んでいることが解った。
胸ポケットの中を探ってみると生徒手帳を発見した。
記入してあったのは学校名と学年、俺自身の名前に生年月日と性別。
名前は夕凪 春。
四季咲高校三年生18才、これも間違いないな。
性別は男。
二日酔いの感覚に見慣れない部屋。
何か犯罪に巻き込まれたのではないかと思い、体が震えた。
奥歯がガチガチとなっているのがわかる。
そのせいか気分が酷く落ち着かないため喉が渇く。
それを潤すために喉元を唾が通り、ごくと音を鳴した。
そのとき首元に何か違和感を覚え喉元に手を当てる。
ひんやりとした感覚が指先を襲う。それだけでは判断できないがこれは――――
「首輪……?」
自分の喉元にあるものが自分で確認出来るはずもないため、疑問形にはなってしまうがこれは恐らく、首輪だった。
しかしそれは犬に着ける様な皮製の物ではない。
先ほどの感触からして、光沢を放っているため金属製だろう。
さっきの二つの要素に首輪までついてくるとなるといよいよこれは本当に犯罪に巻き込まれたのだと思う。
自分の体が無意識に震えている。
そうか、俺は恐れているのか。
死に、恐怖に、まだ見知らぬ犯人に。
「本当に、なにがどうなってやがるんだ……?」
化学薬品をかがされてここに連れてきたという仮定をする。
そこに制服と言う条件をはめ込めばここに連れてこられた経緯はおおよそ推理できるだろう。
多分学校帰りか……。
そうだ、思い出した。
バイト帰りに背後から黒い服の四人組に薬品を嗅がされたんだ。
それで俺は意識を落として後は今に至る……と。
そうやって俺の思考が現状に追いついて行くと焦りの波も大きさを拡大させた。
気が動転して景色がぐるりと回っていくような感覚が俺を襲う。
眼の前さえも暗転し、手を目的もなくぶらぶらと動かしても引っかかるものはない。
情けなく口から「うあ、うあ」と声が洩れるがそれは何の解決にもならなかった。
俺は日常を思い出すことにした。
それは現実逃避でしかないのだが、それでも今の俺を和ませてくれる要因にはなるかもしれない。
眼を瞑り、今までの毎日を思い出した。
いつも馬鹿して騒いでいた友人。
そんな俺たちを叱ってくれた委員長。
生徒に嫌われていた生活指導の先生。
今になって思う、そんなどうでもいいと思っていたものこそがかけがえのないものだったのだと。
こんな状態で何よりも一番に思い出される人物が居た。
俺の幼馴染だ。
あいつはいつでも俺の傍に居て、間違いを正してくれて、俺を信じてくれていた。
そしてあいつは子供の頃から口癖の様に言っていることがあった。
「目の前の現実から逃げるな」
俺が泣いたりしているといつもあいつはこう言った。
今思うと幼少時にこんなことを言えるのはあいつぐらいのもんだよな。
でもこう言う状況になってやっとその言葉の凄さを理解した。
よし、俺は立ち向かう。
あいつのいる日常に帰るために犯人を殴り飛ばしてやる。
やる気とモチベーションは上がってきた。
今の俺なら現実から逃げない、と断言できる。
俺は気合を入れるために頬をぱんと張る。
予想外に痛かったけど気分を切り替えるには丁度良い痛みだ。
気分が晴れて落ち着いた俺は改めて自分の着ている衣服の中をあさる。
もしかしたら携帯が入っているかもしれないと淡い期待を抱いて。
ごそごそ、ごそごそ、もぞもぞ、ガシッ。
何かの電子機器を掴んだようだ。
「ってなんだこりゃ?」
俺の予想に反し、ましてや希望にも反して出てきたそれは世間に出回っているものではipod touchの様なものだった。
機械の殆どがディスプレイになっておりボタンの類は上部についている電源ボタンの様な物だけのようだ。
ipod touchであれば後ろにアップル社のロゴが入っているはずだが、それは着いていなかった。
じゃあこれはなんなのだろうか?
『機械』と単純に俺は呼称することにしよう。
友達が持っていて触らせてもらった事もある俺はなんとなく扱い方も分かったため、電源を入れて最初から設定されているロックを解除する。
すると画面に映ってきたのはメニュー画面ではなく、ただ機械的な文字で【平和】と書いてあるだけだった。
俺は機械に詳しいわけではないが、これは各個体で設定された壁紙とか言うものなのだろう。
少し投げやりに画面をもう一度タッチしてみると次こそメニュー画面が表示された。
しかしそこには一般的なipod touchにはあるはずの音楽のアイコンなどが無く、代わりにオリジナルと思われる四個のアイコンが表示されていた。
アイコンの名称を見てみると「枷」「特殊機能」「メールボックス」「ゲームルール」と書いてあった。(ちなみに後ろの2つは黒くなっていて今は選択できないようだ)
メールボックスはともかく他の三つの意味が分からない。
ゲームルールと言う文字を見る限りもしかするとゲームの世界に紛れ込んだのかもしれない。
正しくは巻き込まれた、か
「せっかく情報元にありつけたんだし、調べてみるのもわるくないよな」
タッチ出来る二つのアイコンのうち「枷」のアイコンをタッチして、その機能を立ち上げる。
するとふきだしのようなものがポップアップして来て画面一体を埋め尽くすように数行の文字が羅列された。
「プレイヤーコード【平和】
『枷』
自身の手で他の機械を四つ破壊すること。
(正確に四つを破壊しなくてはいけない。四つ以上破壊するとその時点で首輪が建物と連動する。また四つ破壊していていない状況で首輪に機械を読み込ませても同じように首輪が作動する)」
ますます意味が分からなくなってしまった。
ここまで手の込んだ事をする番組が現代の日本にあっただろうか?
少なくとも俺に覚えはない。
ということはやはりこれは事件なのだろうな。
再び恐怖がフィードバックするが、なんとか追い払う。
続けてもう一つの「特殊機能」をタッチ。
さっきと同じような演出で画面が埋め尽くされた
「プレイヤーコード【平和】
『特殊機能』
壊れていない機械の位置を表示することが出来る」
ちなみにこの文章の下には文字通りなのかは分からないが、いくつかの点が動き回っているように見える。
まさか同じような状況の人間が他にも居るのか……?
そんな思考が頭を過ぎったがありえない、と笑い飛ばせる程ありえない話ではない。
ゲームである以上十中八九他にもプレイヤーが居るはずだからだ。
これが殺しあう相手がいてこそ成立するゲームだったら?
嫌な汗が背中を流れる。
そんなわけでとりあえず俺は物騒なゲームに巻き込まれたことはハッキリした。
この機械の特殊機能は自分の位置だけは他の物と表示の色が違うようで一目瞭然だった。(背景が真っ白で他の点が黒、自身の点がピンクに近い赤色だ)
それに気づいたと同時にもう一つ俺は結論にたどり着く。
誰かがここに向かっているということに。
「明らかにここに向かってきてるよな……。まさか俺をここに連れてきた犯人だったり? なわけないか」
それが一番自然な答えではあるが、一番不可解な答えではあった。
何故なら犯人が自分の位置を表示出来るようにするとは思えないからだ。
しかしこれが何かのゲームを模した猟奇殺人だとしたならゲームをよりリアルに再現するためにちゃんと再現しているという可能性もある。
近づいてきているのが犯人なのかそれとも他のプレイヤーなのか。
俺に与えられた選択肢としては二つ、戦うか逃げるかの二つだ。
犯人の体格が良いようなら前者は無理不可能。
普通に考えれば犯人も武器を持っている、最悪銃でも持っているようなら後者さえも不可能となる。
表示の人物がこの部屋の前にたどり着くまで約二分、部屋の大きさを利用してある程度の縮尺を計ったため割と正確だと思われる。
つまり二分程度で俺は命を懸けた選択肢を選ばなくてはいけないわけだ。
最悪選択肢さえ選べないとかどんなクソゲーだよ。
「愚痴ってても仕方ないよな。とりあえず――――ん?」
とりあえず武器になりそうなものはないかと辺りを探してほんの数秒、机の上にいかにもな武器を発見した。
それは一般的に拳銃と呼ばれるそれだった。
更に昔友人から教えてもらった知識を行使して説明するならばこの拳銃の名称はジャッジ。確かブラジル製のものだったはず。
悪意の塊である殺意の象徴。
簡単に見渡しただけでこれだけが唯一武器と呼べるような武器だった。
唯一の武器は余りに強大。
リボルバー部分を外して中を見てみるとそこには、45ロングコルト弾が四発、410ゲージ散弾が一発が入っていた。
俺はそれを見た瞬間怯えが止まらなかった。
ただでさえ、殺しあうゲームかもしれないと言う想像をしていたのに、拳銃なんてものが出てきたらそれを信じるしかなくなってしまうからだ。
これが俺の元にあると言うことは、他のプレイヤーも持っている可能性があると言うことだ。
それがどれだけ恐ろしいことかは言うまでもない。
これがモデルガンなどであればまだ救いはあった。
だがこれは紛れもない本物だ。
この質感、この重量、この弾丸の冷たさ。
どれをとっても模造品とは思えない精巧さだった。
俺はそれをもう見ないようにポケットへと押し込み、『最悪の事態』に備えた。
それが効果を成したのかは不明だが、俺の震えは拳銃をしまいこんだ右ポケットだけに収まる。
拳銃なんて物があるのを考えてみると尚更今歩いてきているのが犯人だとは思えなかった。
わざわざ犯人が自分の位置を表示させた上に人を殺せる武器まで用意するだろうか?
答えはノーで間違いない。
そんな自分から誘拐した人間に殺されたいとしか思えないようなことをする人間がいるはずがない。
つまり今ここに歩いてきているのは他のプレイヤー説が有力だ。
ならば警戒心を少し緩めるか、と思ったが油断をしていて足元を掬われても救われない為現状をキープ。
少しの油断で人は殺されてしまうのだ。
これゲームから得た情報ね。
カツンカツンカツンと靴で扉の前の通路を踏み込む音が耳に届く距離にまで近づいてきていた。
残りは三十秒といったところだろう。
さっきまでの焦りがさっきまでとまったく同じように俺に迫ってくる。
俺には選択肢が2つ存在している。
「逃げるか……戦うか、か」
カツンカツンカツン。
俺の思考を足音が踏み潰していく、ずかずかと土足で。
脳内の不安と思案が、入ってきた足音によってぐちゃぐちゃにされた。
どこかへ飛んでいった答案を手探りで探す。
「よし、決めた。」
俺は拳銃を使わずに相手のマウントを取って、優位に立つ。
冷静に考えてみれば、人に拳銃を向けるなんてそんな馬鹿げたことが出来るはずがない。
そんなことをする人間は、最早ひとでなしだ。
カツンカツンカツッ。
足音がついに扉の前で停止した。
そしてドアノブがくるりと回りドアが廊下側に引かれる。
俺はそのドアに更なる勢いをつける様に手で押す。
するとドアの奥の人間は驚いたという言葉が貼り付けてありそうな声を出して尻餅をついたようだ。
そのまま俺はのしかかるようにマウントを取った。
そして両肩を押さえつけて身動きを取れないように――――って、あれ?
「春……?」
俺が今マウントを取っているのは……幼馴染の暁 優花だった。
それは俺が帰ろうとしていた日常の象徴で、まるでさっきまでのことが全て夢だったんじゃないかと一瞬疑ってしまう。
だけど背景は何一つ変わっていない。
それは優花に会えたと言う喜びと同時に、優花もこんな状況に巻き込まれているという悲しみも俺に襲い掛かった。
ちなみに優花は胸はなかなか――――いやかなり膨らんでおり、同級生の中でも五本の指に入るんじゃないかと男子の間では噂されているくらいだ。
顔は周囲の目線を掻っ攫う程の美人。
その髪型は周りからの目線を全て吸収してしまうように深い黒髪でポニーテール。
性格は厳しく優しくない
とか冗談と優花のプロフィールを確認してたら、現実に思考が追いついた。
そんな感じに俺は女性(相手が幼馴染とは言えだ)にマウントを取っている形にあることに気がついた。
それが分かってくるとだんだんとこの体勢も恥ずかしくなってくる。
頭の中で考えるよりも早く反射的に出てきた言葉を口にした。
「プロレスの趣味はあったりする?」
「な、無いわよ!」
言い訳が無駄だった所か起爆剤になったようでアッパー気味のブロウが俺の顎を抉った。
簡単にノックダウン寸前。
仰け反るように俺は最初に居た部屋の中へと押し戻され、逆に俺がしりもちをつくような体勢になってしまう。
そんな俺に手を差し出した優花、拒否することなく俺はその手を掴む。
とりあえず立ち話もなんでしょうよ、と冗談ぽく笑いながら言って優花を部屋の中へ招き入れた。
「とりあえず聞いてみるけど優花も気づいたらここに居たとかって言う俺と同じ境遇?」
「大体そう、その口からすると春もそうみたいね。首輪もしているみたいだし」
ベッドに飛び移る優花の胸元をしっかりと凝視しながら、俺は机に腰掛ける。
直後に優花に「行儀が悪いわよ!」と怒られた。
仕方なくフローリングの床に直座り。
なんでこんなことになってるんだか……。
首輪、そう言われて俺は首にしている金属製のそれを思い出した。
自分で見ることは出来ないから手で触るだけ。
ついでに優花のを触ろうとしたら思い切りはたかれた。
無機質なこれは今のところプレイヤーが仲間同士だと判断することしか意味を見出せない。
ある意味それだけで充分なのかもしれないけど、俺的には全然不充分だ。
あと俺達を拘束していると分からせるためというのもあるか。
どちらにせよ俺にとっては利益になるとはとても思えない。
俺は機械を取り出してロック解除。
画面を二回タッチと言う手段で特殊機能を表示させ、2つのアイコンがほぼ零距離で接しているのを確認した。
これでこの特殊機能がキチンと作用しているのが解った。
アイコンの数を数えてみると俺と優花のをあわせて七個。
つまり七人のプレイヤーがいるらしい。
他に五人もこの謎の誘拐事件に巻き込まれていると思うと胸が痛んだ。
俺がぴこぴこと機械を弄っていると優花が「あ、あ、あ!」と最初の文字だけを口に出して俺に指を指していた。
そして自分のポケットから俺とまったく同じ外見の機械を取り出して俺にビシッと突き出した。
「これ私が寝ていた部屋に置いてあったの! でも使い方がわからないからどうしようって思って! その横になんか拳銃もあってね!」
「落ち着け優花。何言ってるか訳がわからなくなってるぞ」
ベッドの上でバタンバタンとする優花を手で制し、停止させる。
え? え? と動揺する優花の表情は凄く幼く見えた。
優花が落ち着くのを待って俺は機械の使い方を教え始めた。
最初は困惑していた優花だったがスポンジの様に直ぐに知識を吸収していく秀才様は五分もしないうちに使い方をマスターする。
俺が優花の機械を構うのはよくないと思ったため、優花本人の手で機械を操作させ自身の機械の情報を抜き出して行く。
そして使い方を完璧にし、情報を全て見た優花。
タイミングを見計らって俺は一つの提案をした。
「お互いの情報交換でもしないか? 情報は出来るだけ多いほうがいいだろうし」
「それもそうね。いいわよ、乗ってあげる。さっきのお礼に私から言うわね、えーと――――」
それから俺と優花の情報交換が始まった。
俺から提案したのに優花が先に持っている情報を言うのはなんか良くない気がしたが、先に言うと言い出したのは優花の方だし、まあいいかと思考を中断。
優花の口と機械を直接見て確認した限りでは優花のプレイヤーコードは【孤独】。
『枷』はゲーム終了30分まで生存するだった。
そして特殊機能は
「一度半径3メートル以内に入れたプレイヤーにメールを送ることが出来る。しかし一方的で相手は返事を返すことが出来ず、誰から送られてきたかを知ることは出来ない」
と言う物だった。
正直このゲームが何をするものかが分かっていないためこの特殊機能が有利になるようなものなのか、それとも無意味なものなのかはわからなかった。
俺と優花の『枷』というものを見る限りこのゲームは生存できない場合もあるものらしい。
つまり殺し合いのゲームであるという可能性は十二分にありえる。
もし本当に殺し合いのゲームなんだとしても俺と優花は競合することのない様にしたいものだ。
優花と殺し合いなんて絶対にしたくない。と言うか出来ない。
一通り優花側にあって俺側にない情報を教えてもらったところで次は俺の説明の番だ。
機械を取り出して、メニュー画面を表示させる。
俺は既に慣れた手つきで機械を構う。
「んっ?」
そのときメニュー画面を開いたところで俺は一つの違和感に気がついた。
アイコンの数が……増えている?
押せるアイコンの数とかではなくアイコンの絶対数が増えていた。
その項目名は、「地図」つまりこの建物のマップの表示機能が追加されていたのだ。
優花に見せることも忘れて地図のアイコンをタッチし、地図を画面上に表示させる。
するとこの建物の構造がついに明らかになった。
どうやら俺の特殊機能では自分がいるフロアの情報しか表示が出来ないみたいだな。
一階層の広さ、全体の大きさ、部屋の割り当て。この全てが学校の校舎程の大きさくらい。
身代金目的の誘拐の線は既になくなったといっていい。
「おーい、ちょっと春。聞いてる?」
「うん、聞こえてない」
「聞こえてるじゃない」
ちょんと突かれる程度の勢いででこピンをされた。
顔を見てみるとなにやら不機嫌そうだ。
弁解の言葉も思い浮かばなければ言い訳も思い浮かばないため、無言のまま情報交換の続きを始めることにした。
やはり不機嫌。
少し理不尽な気もしてならないが普通に考えて悪いのは俺だった。
俺のほうも同じような優花がしたものと同じような説明をして情報交換は終了。
「で、春」
「どうしたよ?」
「春はさ、これがどんなゲームか分かった?」
答えはノー、と即答。
――――するかちょっと迷った。
ここで俺は半分ノーとかって言うぼかした答え方をして、今分かっているゲームの骨格を説明するのどちらにするかを迷っているところだ。
うーむ迷いますな、優花が怪訝そうな顔をする前に答えなければいけない気する。
顎に手を当てて二分の一の選択肢に揺れる俺の思考。
「答えはイエスかノーでお願いね」
「……ノーかなあ」
俺は大人しく、否定することにした。
確かに中途半端な情報で惑わしてもよくないしな。
仕方ない、ここは正直に食い下がろう。
「やっぱりそうよね……」
冗談が過ぎたが今更ながらに冷静な俺に戻ってみると、これはいよいよ笑えない状況になってきた。
幼馴染同士が『偶然』にも、恐らく同じ誘拐犯に『偶然』攫われて、『偶然』最初から銃と電子機器を用意されている。
偶然が重なりすぎるとそれは最早偶然とは呼べない。
誰かが裏で糸を引いているのだろう。
誰かって言ったらあの黒い服の四人組なんだろうなあ。
「わからないならこれ以上今ある情報で考えても無駄だろうよ。大人しく他のプレイヤーを探しに行かないか?」
俺の提案に優花は無言で頷き肯定を返した。
部屋に忘れ物がないかを確認の後にいよいよ部屋を出る。
そして部屋から一歩踏み出し一つ目の曲がり角にさしかかろうとした瞬間だった。
機械が小気味良い電子音を上げて俺の意識を呼び寄せる。
どうやら音が鳴ったのは横に居る優花も同じみたいだ。
慣れた手つきで機械を操作し既に三回目のメニュー画面を呼び出す。
起こった変化はアイコンが一つ押せるようになっている事。
項目は「メールボックス」。
アイコンをタッチして、メールボックスを画面に充満させるとそこには手紙のアイコンが一つ。
優花が特殊機能で送ったものかと考えたけど、それなら優花の方に届くはずがない。
それは宛名はない代わりに件名が書いており「案内」とやはり機械的な文字と表示されている手紙だった。
画面をタッチするといつもと同じように画面が文字で埋め尽くされる。
俺はそれに対し既に驚くことはなくなっていた。
「全てのプレイヤーの起床が確認されました。指示する場所に10分以内に集合して下さい。集まらなかったプレイヤーについての処分は説明いたしませんので悪しからず」
初めてのメールは集合命令ってわけか。
そして文章中の処分と言う言葉。
状況からしてそれは殺害すると解釈して間違いないだろう。
例えばこの首輪が爆発する……とかね。
犯人が直接俺達の前に出てきて殺すというのも考えられるがそれはリスクが高すぎる。
そのため首輪が爆発説を俺は唱えた。
こんなに密着している首輪が爆発なんてすれば余裕で首がぶっ飛んで即死亡だろうな。
そんな想像をしながら行かないという選択肢は端からないけど、それでも一応優花に問うことにした。
「行くよな」
しかし疑問と言うよりかは命令に近い語感だった。
それに優花は、
「そうだね。処分ってのも怖いし」
と答える。
その後地図を開きどこに指定された部屋があるかを探す。
黒い点を一つ発見。
恐らく指定された場所は一階の端にある部屋だった。
地図を信じる限り今居る階層が三階、階段を13段だと仮定しても52段は降りなくてはいけない。
警戒なんて一切せず警戒なステップで階段を下りる。
前に居る優花を見て「気楽なものだな~」と悠長な感想を浮かべつつ階段から離陸。
紆余曲折-(ひく)紆余曲折を経て目的の部屋の前に到着した。
予想通りのドアの向きは廊下の直線に真っ直ぐ。
横開きのドアに手を掛け行動停止、一時思考。
戸の持ち手の部分がひんやりと――――痛ッ、静電気!? 緊張も痺れて朽ち果てた。
「開けるぞ……?」
「いいわよ……」
俺は腕に力を込める。
ギリっと奥歯を噛み締めながら思い切り横にスライド。
どうやら一番乗りだったらしく教室にはまだ誰もいなかった。
階段を下ったせいで足に酸素が襲撃しているため、机とセットで配置してある椅子に座ることにした。
最初に俺が居た部屋の家具よりも全体的に少し大きい。
俺と優花が部屋についてから五分と立たないうちに次なるプレイヤーが入室した。
中学生。
それは見た目から判断した入室者の職業だ。
見た目と背の丈からして中学生に間違いはないだろう、恐らく。
これが高校生とは絶対にいえないくらいに、目の前の少女は小さかった。
髪は茶色の髪を肩くらいで切り揃えてどことなく現代的な印象を与える。
服装はもちろん制服。
多分同じく学校か塾の帰りにでも誘拐されたのだろう。
「あーと、えーと」
初対面の相手に疑問を口にするときは呂律と頭が上手く回らない。
何を言えばいいかを考えずほぼ直感的に露骨な言葉を口にした。
「君。名前は?」
「人に名前を聞くときは自分から名乗ろうって親に教わらなかったですか?」
おい待て中学生。
いきなり毒舌を食らわしてくるとはどういうことだよ。
横にいる優花に目線で助け舟。
アイコンタクトが通じたらしく、優花が言葉を代わりに紡いだ
「えと、この馬鹿なお兄ちゃんが失礼なこと言ってごめんね。私は暁 優花って言うの。君は?」
「その馬鹿なお兄ちゃんとやらがまだ名乗っていないので私様は名乗らないです」
なんだかツッコミどころ満載なのだが、あえて突っ込まず、俺はスルー。
スルーするのは少し心が痛んだが仕方が無い。
気分が落ち着いたところで現状の整理に思考が仕事をし始め俺の記憶へと刷り込ませていく。
確認した限りでは、どうやら俺が名乗らないと話が進まない空気のようだ。
「俺は夕凪 春。改めて聞くぜ、君。名前は?」
中学入学式の後の入学式で緊張していたとき以上の適当な自己紹介で幼女に名乗り反応を伺う。
数秒の間のあと、少女は不機嫌ながらもきちんと名前を名乗った。
「……。入戸 遊李、名前はまだ未定です」
「わけわかんねえよ」
「人の渾身のボケを受け流すとか良い度胸してやがりますね。地獄に落ちて登って来れないほどに沈むべきだと思います」
まさか俺の一言でここまで言われるとは思わなかった。
さすがの俺でも少し傷つく。
俺と入戸の第一印象は余り良いものじゃなかった。
とまあ妙にギクシャクした感じの二回目のプレイヤーとの遭遇だったわけだが……こうなってくるとまた現実味が増してきた。
出来ることならもっと情報交換をしておきたいところなんだが相手が相手だしなあ。
「えーと春さんに優花さんでしたか? あっ、私様のことは気軽に遊李と呼んでくれて構いませんです。首輪がついているということは御二方も私様と同じようにこのゲームの奴隷と言う解釈でよろしいですか?」
首輪で判断したのは正しい判断だ。
しかしゲームの奴隷と言うのは少々戴けない。
少し年上っぽく物言わせてもらおう。
「奴隷、って言い方はないんじゃないか?」
「なぜです? だって他の方々はともかく私様と御二方は間違いなくあのメールに従ってここに来ているのですよね? でしたら既に奴らに隷属しているわけですから奴隷で間違いないです」
その言葉には反論が出来なかった。
いやよく考えれば詭弁でなら出来たかもしれないが、遊李が言っていることが正しいため否定することが出来ない。
正しい言葉の暴力とでも呼称してみようか、これはなかなか言われるときついものがある。
その会話以降部屋の空気はより一層重くなり会話は無くなった。
それぞれ機械を弄ったり、髪を整えたり、天井を仰いだりと三者三様の動きをするだけとなった。
今は指定された制限時間まで残り数分と言ったところ。
その時間になっても残りの四人のプレイヤーは現れない。
何かの事情があって来れないのか、それともありえないとは思うが来るつもりが無いのか、答えは俺の中に浮かんでは来なかった。
と思っていると突然、硬く閉ざされていたドアが暴風に吹き飛ばされたように勢い良く開かれた
「た、助けてくれ……。襲われてるだよ、頼む」
動揺と恐怖で体を震わせながら教室に飛び込んできた男は学生服を見事に着崩すというヤンキー街道まっしぐらな格好をしていた。
いやこれだけで判断するのは少し失礼かもしれないけど。
それは置いといて、この男の発言が気になる所。
この焦りようからしてもしかして犯人に襲われてるのか?
だとしたら助けるよりも早く俺たちは逃げるべきだろう。
隣の優花の様子を見てみると何が起こっているのかが理解できないようで、おろおろしていた。
俺の勝手な妄想で逃げ出したとかでは仕方ないからとりあえずは話を聞く。
「慌ててるのはわかるんだけど何が起こっているか聞かせてもらってもいいか?」
「そんなのは二の次三の次だ! 早く僕を――――」
その言葉は最後まで語られることは無かった。
理由としては後ろから現れた一人の青年によって背中を踏まれる形で蹴られたからだ。
青年は今踏みつけている男とは正反対に制服をキッチリと着こなし、模範生徒のようなイメージをさせる。
しかし髪は紫とも青とも言えるような色で、知らない人間から見れば染色した不良のように見えなくもない。
走ったことで少し蒸れたのか、制服で自身をぱたぱたと仰ぎながら青年は言葉を口にした。
「さて、」
後から入ってきた男は先に入ってきた男から足を外し教室の中へと入り込んだ。
そこから更に一歩踏み出し直ぐに教室の後ろの席へと座り込んだ青年。
良く見ると後ろにもう二人女子が居るようだ、美少年の影になってて気づかなかった。
一人は薄幸な印象の中学生くらいの小さな女の子。
そしてもう一人は俺達と対して年齢が変わらないように見える髪が全体的に外はねな活発な印象の女の子だった。
ほぼ同時に四人のプレイヤーが入ってきたことでついにこのゲームのプレイヤーは全員揃った訳でゲームが始まるまで一分を切る。
「入り口で寝転んでいる大根役者、次に俺達に危害を加えたときは……この鏡峰湊は一切容赦はしない」
教室には凛とした青年、鏡峰湊の声が響き渡っていた。