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HELL DROP  作者: 明兎
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エピローグ【守るべきもの】

 ――――夕凪春は眼を覚ました。


 眼を覚ますと目の前には真っ白な天井が広がっていた。

あの建物――――『箱』の中だ。

まだあの悪夢は終わっていなかったのか!?

俺は急いで飛び上がる。


 「きゃっ……!」


 「ん?」


 俺が起き上がるのと同時に横から叫びに似た悲鳴が聞こえた。

だがその声音は大きくはない。

驚いた、程度の声だ。


 俺はその声の元を見てみた。

そこには真っ白な服に身を包んだ、少女がいた。

背の丈は座っていているが確実に低く、髪は辺りの光を全て吸い込む黒、目はつり目気味で瞳は髪と同じく黒。

背丈以外の特徴は優花とまったく同じだった。


 「優花ッ!?」


 「え……? 私は悠花だよ……?」


 「あ……」


 本当だった。

目の前にいたのは優花ではなく、悠花ちゃんだった。


 暁 悠花。

俺が守ろうとしていた暁優花の妹。

たった一人の家族。

そして俺に残された全ての意味。


 「お兄ちゃんやっと起きた……。お兄ちゃん三日くらい、いきなり消えてたと思ってたらいきなり入院して来るんだもん……。ビックリしちゃったよ……」


 辺りを見渡してみると、『箱』と同じく真っ白の壁紙だったが、病室だった。

窓はきちんとあり、そこまでの広さはない。

それに横に悠花ちゃんがいるのも大きな違いだった。


 それにしても三日か。

多分あのゲームで『箱』に閉じ込められて、ゲームが終わって帰ってくるまでが三日間。

そして俺が入院してきた。

てことは……俺は事故でもした扱いになってんのか……。


 じゃあ、優花たちの扱いは……?


 「ねえお兄ちゃん……。お姉ちゃんは……?」


 優花が世間的にどういう扱いになってるかを俺は知らない。

もしかして事故に会って死んだことになってるかもしれないし、行方不明扱いになってるかもしれない。

どちらにせよ……優花の死が直接知らされることはないだろう。

そんなの……ひでぇよ……。


 だけど俺は今聞かれている以上、悠花ちゃんになんらかの答えを出さなくちゃいけない。

嘘でも、偽りでも、逆に真実でもいい。

それでも答えを出さなくちゃいけない。


 「優花はな……。少しお金を稼ぐために、海外へ留学しに行ったんだ」


 「留学……?」


 俺は嘘を吐いた。

汚くも、醜い嘘を吐いた。


 「そうだ留学だ。アメリカにな、今とは違うことを勉強しに行ったんだ」


 「そうなんだ……。いつ帰ってくるの……?」


 「多分……五年位かな」


 これでまた五年後に嘘を吐くことが決まった。

もしくはそのときには話せるのかもしれない。

あの建物であったことの真実を。

話さなくてはいけなくなるかもしれない。


 そのときには悠花ちゃんがもう事実を受け止められることになってると思うから。

だから……俺は真実を話す。

けど、五年後までは真実を隠しておこうと思う。

俺が決意出来るそのときまで。

俺が決心できるそのときまで。


 「あ、そう言えばお兄ちゃん……。お兄ちゃんが寝ている間に誰かがお見舞い持ってきてたよ……」


 そう言って悠花ちゃんが指差した先にはトランクケースのようなものがあった。

大きさは結構でかい。

それの正面にベッドを立ちあがり俺の体を置いた。


 そしてそれを悠花ちゃんに中身が見えないように少しだけ開ける。

中には……数え切れないほどの札束が入っていた。

多分コレは二億五千万円なんだろうな。


 二億五千万円。

それはあのゲームの賞金だった。

あのゲームで生き残った俺とクッカで五億を割って二億五千万円。

そう俺は予想した。


 だが予想よりも金額は多かった。

五千万だけ多かった。

それであわせて三億円。

丁度悠花ちゃんの手術の費用だ。


 ――――クッカが気を利かせて増やしてくれたのか……?


 答えはわからない。

だけど、そういうことにしておこうかな、と思った。


 そう言えば……これからどうしようかな。

これからの未来は何をしていこうか。

とりあえず悠花ちゃんを守っていくのは確定として、それをしながら何を目標にしようかな。


 優花もいない学校に行くのはどうしようかな。

いや、それでも俺には大切にしていた日常の欠片がそこにはある。

優花って言う一つのピースは欠けていても、まだパズルの台座はそこにあった。


 だからそれを欠かすわけにはいかない。


 世界は一つのピースを欠いても今までどおりに回っているのだ。

止まらないし、止まれない。

たった五つ程度のピースが欠けても平気で世界は回る。


優花と言う俺にとっては重要なピースが欠けても、

湊って言う尾崎高校にとって重要なピースが欠けても、

初音って言う湊にとって大切なピースが欠けても、

虚って言う日食高校にとって良くも悪くも大事なピースが欠けても、

遊李って言うとある女子グループにとって大事なピースが欠けても


 世界はそんなことでは止まらない。


 でも、影響は出る。

俺と言う人間の人生に、

悠花ちゃんと言う人間の人生に、

名前も知らない誰かの人生に。


 例えば俺は一生五人の死を引きずるだろう。

楽しいことをするときも、悲しいことにあったときも、常に五人の死の瞬間を思い出す。

それが悪いことではない。

思い出すのは悪いことじゃあない。


 俺はあの五人、いや六人を忘れない。

忘れちゃいけない。

それが俺の義務だから。

それが生き残った俺に残された義務だから。


 開いていた窓から冷たい風が吹き込んだ。

その風が俺の頬をゆるく撫でる。

それが昔を思い出して少し感傷にしたる。


 「お兄ちゃん……?」


 「えっ?」


 気づくと俺は涙を流していた。

そうか、俺が思い出したのは優花と昔遊んだのを思い出したからなんだな。

無くしてそれの大きさに気づくとはよく言ったものだが、俺の場合はそれが特に大きい。

無くして初めてじゃない。

無くして改めて気づく。

俺が守れなかったものの大きさに。


 俺が救ってやれなかった他の日常に対して、俺が何が出来るだろうか。

俺のちっちゃな掌で何が出来るだろうか。

俺が出来るのは……。


 「悠花ちゃん。俺は絶対に、悠花ちゃんは守るからな」


 「え……?」


 「あはは、気にすんな!」


 俺が出来ること。

それは俺の元に残った日常を守ることだろう。

俺の決断で世界は返られないだろうけど、誰かの日常を守れるならそれでいい。


 世界は今でも回ってる。

地獄に落ちるべきやつらもこの世界に残ってるけど回ってる。

正義も悪もごっちゃ混ぜの世界だ。

そんな世界を俺は生きて行く。

悪の手から悠花ちゃんを守って行く。


 俺は生きる。


 死ぬその日まで、

地獄に落ちるその日まで。

俺は自分の日常を護り続けよう。

俺の元に日常があり続ける限り、俺はそれを守り続けよう。


 世界が、緩やかな風が、俺の決意に答えるように頬をなぞった。


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