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HELL DROP  作者: 明兎
18/19

【HELLDROP】

 ――――夕凪 春は全てを理解した


 俺は誰もいない廊下を歩く。

つい数秒前に届いたメールに従い、とある部屋を目指していた。

そこにいる人間こそがこのゲームの真の主催者だ。

俺達をここに連れてきた真犯人。


 俺は階段を上がりながら同時にこみ上げる怒りを抑えていた。

もしかしたら、俺は出会ったら真っ先に殴りかかるかもしれない。

優花を殺されたことだけじゃない。

全てに対しての怒りが抑えられる自信がないからだ。


 呼び出した人間が誰かをある程度――――いや絶対の確立で確信している。

恐らくだが、そいつがどうして俺達をここに連れてきたのかもわかった。

わかったのは殆ど偶然みたいなもんだったけどな。


 悠花ちゃんがこの件には大きく関わっている。

悠花ちゃん自身は絶対に理解してないが、絶対に関わっている。

まずは悠花ちゃんが入院する原因になった事故を詳しく思い出そう。


 実は悠花ちゃんの事故には大きな秘密があった。

精密には事故の相手に秘密がある。

その事故の相手は一般人ではなく、芸能人だった。

しかもその頃に丁度売れていた少女だ。

その少女の芸名は、素影 なのは(そかげ なのは)。

バラエティーを始め、ドラマや映画、舞台にまで足を広げている正真正銘の売れっ子だった。


 そんな売れっ子相手に事故をしたのに、暁家の名前はニュースなどに上がらなかった。

もちろん偶然ではない、とある理由があったのだ。


 とある人物の情報操作。


 そのとある人物が事故の直後、優花の元に話を持ち掛けてきたのだ。

「この事故に関しては全て暁の名前も写真も出さない。代わりと言っちゃなんだけど、僕と会ったことは内緒にしといてもらいえるかな」みたいな内容だったらしい。

もちろん優花にとってはローリスクハイリターンなため、もちろん引き受けたらしい。

お陰でニュースなどでは暁家ではなく他の家庭が、そして写真等もまったくの別人に差し替えられていた。

そして問題は、その人物の正体だ。

今の今まで忘れていたがさっき悠花ちゃんの事故を思い出した際に同時に思い出した。

その人物の名前は……


 ――――日乃崎(ひのざき) (さだめ)


 恐らく、いや絶対にこいつは虚の親だろう。

そして同時に思い出したのは、なのはが勤めていた事務所のライバル事務所の社長の名前だ。

その人物の名は……鏡峰(かがみね) (そう)

つまり湊の父親だ。


 それであれば虚が言っていた言葉にも納得がいく。


 こうして三つの点が繋がった。

暁と日乃崎と鏡峰のつながり。

だけど他の三つのつながりだけはわからなかった。


 それを聞くためにも、俺はいきなり怒ってはいけない。

嫌でも、我慢しなければいけない。

全ての謎を暴くのが俺に託された、最後に生き残った俺に託された役目だからだ。

俺は全ての謎を暴く義務がある。


 そして俺は扉の前に立つ。

全ての真実を知る者がいる部屋の前に立つ。

俺はドアに手を掛ける。


 すうはあ、と軽く息を吸う。

緊張で心臓がドクンドクンと鼓動を繰り返す。

建物の中に俺の心音と呼吸の音だけが響き渡る。

俺の持っている武器を確認し、ドアを開いた。


 「お久しぶりだね、夕凪春くん」


 部屋の中にいる少女は静かに俺の名前を呼んだ。

声の主を探すと部屋の主は机に座っていた。

まるで部屋の王のように、建物の支配者のように偉そうに机に腰掛けていた。


 「と言うか、この姿で会うのは――――いや直接見られるのは初めてかな」


 少女の姿は制服ではなかった。

黒いローブを着て、服は殆ど隠れている。

ローブの間から見える顔は綺麗に整っているように見えた。

髪は黒。

ローブの色と合わさって、まるでその空間だけ闇に連れて行かれたみたいだ。


 「ああ、そうだな。素影 なのは……いや――――園影 華……」


 そう、俺達をここに連れてきて、殺し合いをさせた真犯人は華だ。

俺が絞った理由はただ一つ。

華だけ殺された瞬間を目にしてないからだ。

他のプレイヤーは全員死ぬ瞬間を目にしたにも係わらず、華だけは虚から間接的に聞いただけで死んだのを確認していなかった。

だから俺は華を犯人だと断定した。


 「うーん、園影華も僕にとってはもう捨てた名前だからね。だから僕のことはクッカ、と呼んでよね」


 クッカ……?

なんかそれどっかで聞いたことあるな。

確か学校とかの授業で……


 ああそうだったか……ドイツ語で華か。

へえ、洒落てるじゃねえの。

自分の捨てた名前と掛けてるわけね。


 「で、クッカ。俺には、お前に聞きたいことがある。聞いてもいいよな?」


 「ああ、構わないよ。僕に僕の知りえることならば、なんでも聞いてくれよ。僕の知りえることであるなら答えるからさ」


 クッカは今まで見せなかったような笑顔を俺に向けた。

今までは無表情を貫いていただけに、その表情の変化は少し驚いた。

それどころか、そのギャップは逆に気持ち悪いくらいだ。


 やはり今までの園影華は全て演技だったようだ。

喋れないことも、キャラも、人格も、表情も。

関係さえも全てを、誰もを騙していた。

流石、元役者ってね。


 「俺が聞きたいのは……」


 すうはあ、と深呼吸。

心臓がドクドクと脈打っている。

怒りを堪えているのと、緊張を抑えている二つの意味でだ。


 「何故こんなゲームを開いたのか、そして何故俺達が選ばれたのか、だ」


 俺の言葉にクッカは相変わらず笑顔を崩さなかった。

全てを知っている者ならではの、余裕のある笑みだ。

ギリリと歯を噛み締めた。


 「このゲームを始めたのはね……ただの復讐だよ」


 「復讐……か」


 なんとなく予想はついていた。

自分の人生を、家族を滅茶苦茶にした復讐に俺達を殺し合いをさせた。

だけどそれじゃあわからないこともある。

目的がわかっても理由がわからない。


 「だってだよ、僕の親は実際日乃崎の父親達に殺されたみたいなもんだよ? だって日乃崎 定が計画したプランに、鏡峰 奏が乗って、(あかつき) 彩香(あやか)(あかつき) 邦科(ほうか)によって事故に会わされた。

僕の家族は何もしてないのに! 僕達はただ幸せになりたかっただけなのにだよ!? こんなの酷いよ、こんなのないよ……」


 そしてクッカが涙する。

話の内容はある程度予想は出来ていた。

そしてクッカの言いたいこともだいたいわかる。

しかし俺の疑問は解決されない。


 「だからさ……そいつらにも僕が受けた同じ苦しみを……同じ家族を失うって言う悲しみを味あわせてやりたかったんだよ! そのためにいろんなことを準備してきた!まだ小学校を創業しない頃から必死に努力してきた! 汚いこともやってきた! 溝鼠みたいなこともしてきた! それでやっと、やっとここまですることができたんだよ!」


 涙を振り払うような勢いで咳を切り言葉を振りまくクッカ。

俺の心にそんな言葉は届かない。

そんなちっぽけな意思じゃ俺の心は振るわない。


 「途中でゲームを盛り上げるために、鏡峰湊の球体と暁優花の球体を入れ替えたりしたね。あれは中々はらはらしたよ」


 ああ、そう言えばそんなこともあったっけか?

そんなことはどうでもいい。

俺が聞きたいのはそんなことじゃねえ。


 「こんな僕だけじゃあこのアイデアはなにも思いつかなかったかもしれないけどさ、ネットって言う便利なものがあればさ、色々な情報が手に入るんだよね。だからネットでみんなから意見を貰ってさこんなことを計画できるようになったんだよ! はは、僕の努力は凄いでしょ! 僕の恨みは凄いでしょ!」


 それからクッカは、「まあ聞く話によるとそれ自体もなんかのゲームから貰ったアイデアらしいけどね」とつけたした。


 ああ、そうだな。

確かにそれを聞いて実行できる度胸は凄いよ。

それを実行に移せる計画を作る知能もかなり凄いと思う。

だけどよ、違うんだよ。

でもさそれだけじゃないだろ?

もっと大事なことを説明してないだろ?


 「これが僕の人生の全てだよ! これが僕の人生全てをかけた復讐劇の全てだよ! あははは、これで満足?」


 説明してないんじゃなくて、ないんだな。

俺が納得するだけの理由がないんだな。

そうかいそうかい、よくわかったよ。

クッカの人生全てがさ。


 じゃあ言ってみようか。

怒りも何も投げ捨ててただの本心そのままに。

他人の意思に流されず、さんはい。


 「それで?」


 「は……?」


 俺の言葉にクッカは意外そうに声を出した。

言葉じゃなくて、反射的な声を出した。

そりゃそうだろうな。

自分の人生を力いっぱい涙も流しながら説明したのに、俺に「それで?」なんて言われたんだからな。


 「だからさ、それで? だから俺達を誘拐したって言うのかよ?」


 「それでって何なのさ! そうだよ、それでお前達を誘拐したよ!」


 「ふざけんじゃねえ!」


 時の止まった校舎が俺の叫び声で震える。

声は高く響き、反響し、残響する。


 「まさかテメェのしょうもない、復讐のためだけに俺達を誘拐したってのかよ? 俺を! 優花を! 遊李を! 湊を! 初音を! 虚を! ふざけてんじゃねえぞ! そんなものが許されると思ってるのか! テメェのちっぽけなことに他人まで巻き込んでんじゃねえ! テメエのクソみたいな目的に俺達を巻き込んでんじゃねえよ! もしかするとテメェにとっちゃかなり大事なことだったかも知れねえ。だけどそれに俺達を巻き込んで良い理由なんてあるか! 調子に乗ってんじゃねえ! それによ、それは虚と湊の親だけの問題じゃねえか! それに子供が巻き込まれる理由なんてねえ! 他の全員なんてまったくの無関係じゃねえか! 無関係なみんながなんで死ななきゃならねえ! 答えろクッカ! 答えてみろよクッカ!」


 俺の言葉にクッカはたじろぐ。

だが流石にこういうのにも慣れているらしく、直ぐに表情を冷静に戻した。

しかし声だけは荒げたままだ。


 「そりゃそのクソッたれな親に僕と同じ目にあわせるために鏡峰湊や日乃崎虚を誘拐したんだから! それに入戸遊李は僕を直接虐めていたんだから仕方ないよね? 君と滋賀井初音は鏡峰湊と日乃崎虚に絶望を与えるための死に駒にしか過ぎなかったんだから関係なくても当たり前さ、関係する必要がなかったからね! 暁優花が巻き込まれただけなんて寝言言わないでよね。あいつの親も僕の親を殺した一員なんだからさ!」


 悪びれもしない本心を吐き出すクッカ。

その言葉のどこにも嘘はなかった。

その決意に偽りはなかった。


 全ては自分の人生を取り戻すため。

全ては入れた俺達を地獄に落とすため。

地獄が誘い忘れた俺達を振り落とすため。


 全てはそれだけの為に。


 「そうかよ、だったら俺はお前を理解出来ねえ! 地獄に落ちるべきなのはテメェの方だ! 俺達なんかよりテメェのがよっぽどの悪人だろうが!」


 「そんなことはわかってるよ! 悪人にでもなれなくちゃ、こんなことやってられないよ! 善人のままで復讐なんて出来るわけないよ!」


 どうやらクッカはクッカなりの葛藤があったようだ。

だけど俺の意思は変わらない。

俺は、俺は、こいつだけは絶対に許さない!


 どれだけ悩んだ結果で選んだ選択肢がこれだったとしても、俺は絶対に認めない。

こんな方法が最良の選択だったなんて。

人を五人も殺したこの手段が最善の手だったなんて、とても思えない。

思えるわけが無い。


 例えば最高の手段ってのはさ、警察に訴えてそいつらが受けるべき罪を受けるべきだろうよ。

それで悲しみが消えるわけじゃねえがそれも忘れるほどに楽しい日々を送るって手段はダメなのか?

そういうのを親も願ってるんじゃねえのかよ。


 どこの親がこんな復讐を娘に願うってんだよ!


 こんな、人が疑い会うような最低最悪のゲームの果てにある復讐をどこの親が望むっていうんだよ!

そんなことを望む親はもう、その時点で親じゃねえ!

ましてや悪でもねえ!


 ただの地獄に落ちたクズだ!


 「違うだろうが! テメェの選択肢は悪人になるか善人になるかじゃねえだろうよ! そんなことよりももっと原初的な方法があるだろうが!」


 「そんなものない! ないからこんな風になってるんだよ!? 適当言うなよ、僕がどれだけ考えたうえでこの手段を取ったと思ってる! 」


 「そんなの考えたに入らねえ! そんなのただの他人に身を任しただけじゃねえか! どうしてもその意見を変えないつもりならテメェの悪意はここで消す! 俺がテメェを殺す!」


 俺はジャッジを構えた。

その銃口をクッカに向ける。

だけどクッカはまるで表情を変えない。

自分の優位を信じたままだ。


 撃たれない。

夕凪春には撃つ度胸がない。

クッカはそう確信してるんだろう。


 多分それは虚との戦い。

それに優花を目の前にした俺から判断した結果なんだろう。

心の底は優しいから人を殺せるはずがない。

そう考えているんだろう。


 まあ、確かに優花が死ぬまでの俺だったらそうだったんだろうな。

引き金を引くなんてことは出来なかっただろう。

人を殺すなんて口では言っていてもそんな度胸なんてなかった。

そんな覚悟なんて無かった。


 ――――でもな、今は違うんだよ


 今の俺が優花が死ぬまでの俺とまったく一緒だと思ったら大違いだぜ?

今の俺はよ……最大にキレてるんだよ。

人の命を冒涜されて、

人の価値を踏みにじられて、

人の人生を滅茶苦茶にされて。

全てにキレてるんだよ。


 そんな切れてる人間に不可能はない。


 「ほら、どうしたよ? 撃たないの? 僕はここにいるよ?」


 けらけら、と笑うクッカ。

少女の特有のあどけない感じの笑顔。

そこにクールで知的でミステリアスなイメージだった華の姿は見る影もない。

なら、余裕だ。


 正直俺が一番恐れていたのは、クッカがここでルール外のなにかをしてくる可能性だ。

復讐だって言ってるんだから、それもありえなくはない。

なのにそれをする様子はない。

恐らく……そこまでの協力をするような仲間もいないんだろう。

そういう意味でクッカは本当に孤独だから。


 俺は撃てる。

今の俺なら撃つことが出来る。

今の俺なら引き金を引ける。


 「ほらほら早く僕を撃って――――」


 「――――ほらよ」


 俺は引き金を引いた。

銃弾は狙ったとおりに、クッカの右腕に吸い込まれる。

その衝撃を受けてクッカは机の後ろに倒れた。

近くにあった机は吹き飛ばされていた。

そしてクッカのだらしない叫び声が上がる。


 「ぐあああ!? あああ、ああああ!? 痛い、痛いよぉ!」


 その声は本当に少女のようだった。

甲高い、聞き様によってはやかましくも聞こえるその叫び声。

それを聞いても不思議と俺の心は動かなかった。

驚くくらいに冷静だった。


 「痛い、か?」


 「あああ……。うう……あああ……」


 「痛い、だろ?」


 俺は倒れているクッカに近づいた。

撃たれる心配はしていない。

そのために右腕を撃ったんだからな。


 そして俺は数メートルしかない距離に立つ。

上からの角度でクッカを睨む。

逆にクッカは俺を見上げる角度で倒れている。

しかしそのままではまずいと思ったのか、片膝を着きながら立とうとしていた。


 「これがな……優花たち死んだ五人と同じ、いや五分の一の痛みだ。そしてこれが五分の二だ」


 次は左腕を撃ち抜く。

さっきよりも痛そうに後ろに倒れるクッカ。

その叫び声はもう、俺には届かない。

俺の瞳は光を失っている。


 「痛いよぉ……。なんで……こんな目に……」


 「五分の三」


 クッカの右腿に銃弾が吸い込まれる。

渇いた叫びが建物に木霊する。

それにも、「ただの声」としか思えなかった。

心が既に冷めてる……。


 「やめて……もう……嫌だよ……。痛い……痛いよ……助けて……」


 「これで五分の四だ」


 逆の足にも銃弾が吸い込まれた。

叫び声はどこにも吸い込まれない。

もう……俺もダメかもしれない。


 優花が死んだ時点で俺の精神は限界が来たのではなく崩壊していた。

守るべきものを失い、帰るべき日常の一部を失った。

それはまさしく崩壊だ。

等しく決壊だ。


 だけどそれだけだったか?

俺の日常はそこだけだったのか?

なんか優花と約束をしたはずなんだけどな……。

ダメだ、思い出せない。


 「あ……あ……ああ……。嫌……死に……たく……ないよ……。僕は……まだ……死ぬの……?」


 「死にたくなくても死んだやつがこの建物に何人いると思ってるんだッ……。お前のわがままで何人死んだと思ってる……? 甘えてんじゃねえよ! 何人がお前のわがままで死んだと思ってるよ!? それが今更死ぬだ? はあ!? ふざけてんじゃねえよ!」


 俺はクッカの胸倉を掴み持ち上げる。

今更反撃なんて警戒は微塵もしていない。

そんなことじゃない。

俺は何かを思い出さなきゃいけなかった気がする……。


 「遊李は死を見投げて別の生に希望を向けた! 初音は他人を信じて希望を残した! 湊は自分を信じて俺達に希望を託した! 虚は命への渇望を残しながら世界に希望した! そして優花は――――」


 ああ、そうか。

思い出した、思い出せた。

優花は俺に託したんじゃないか。

俺に自分が出来なかったことを託したんじゃないか。

 

 「優花は! 俺に悠花ちゃんって言う日常を俺に託して希望のバトンを俺に渡した! みんな生に渇望していただろうが! なのになんでテメェはそんなに簡単に生を諦めるんだよ! なんで直ぐに希望を無くすよ!? テメェの命ってのはそんな安っぽいもんだったのかよ!?」


 そうだ、俺はこの手で悠花ちゃんを守らなくちゃいけないんだ。

俺はこの手に残った日常を手の内から零しちゃいけないんだ。

だから俺は自分に期待する。

自分の両腕を希望で満たす。

俺は何も捨てちゃいない。


 自分も、未来も、過去も、全てを。


 俺は全ての清算のために、

この建物で会った惨劇を終わらせるためにクッカを殺さなくちゃいけない。

希望で溢れたはずのこの腕を血でぬらさなくちゃいけない。

それが希望を得るための手段なはずなのに、俺はそれをしなくちゃいけないんだ。

矛盾してる。

けどそれが真実だ。


 「なあ、答えろよ! テメェは生きたいのかよ!? それとも今すぐここで死にたいのか!?」


 俺はクッカの額に銃口を突きつけた。

クッカは最早悲鳴も上げない。

それはもちろん余裕があるからじゃなくて、余裕がないからだ。

自分に問いかけているから悲鳴を上げている暇すらない。

クッカは自分で生きたいのか、生きていたくないのかの答えが出てない。


 「答えろ! さあ!」

 

 俺は引き金に指を引っ掛けた。

両目はクッカの人形のような瞳を睨んで離さない。


 クッカの人生の一回目の分岐点は両親の死だった。

そこから復讐に生きるか、普通の女の子として生きるかの選択があった。

そこでクッカは間違った選択、復讐に生きる選択に流れた。

だから今、こんなことをしている。


 そして二回目の分岐点はここだ。

生きるか、死ぬかの二つの選択肢。

どちらを選ぶかはクッカ次第だ。


 ここで元の人生に戻れるかはクッカの選択することだ。


 「選べよ、今すぐ地獄に落ちるか! それともドブの底を這いずり回って日常に帰れるように必死に努力するかを! さあ選びやがれ!」


 クッカはその小さい体を精一杯震わせていた。

奥歯をガチガチと噛み締めていた。

初めて選ぶ選択の前に恐怖している。

それを滑稽だと俺は笑わない。


 俺は選んだことは一度もなかった。

この建物に来て俺はなんども選ぶ機会があった。

だから俺はもう選ぶことを躊躇わない。

ただ、そこにある答えだけを手に掴む。

俺が出来る精一杯をするだけだ。


 「僕は……僕は……」


 「ブルってねえで早く言えよ! 生きたいのか! 地獄に落ちたいのか!」

 

 「僕は……まだ生きたい! 汚くても溝鼠みたいな生活に戻っても、つまらなくても辛くても、死に掛けても生に絶望しても! 死ぬその瞬間まで生きていたい! 僕は地獄に落ちたくない!」


 そうだ……それでいい。

生きたいと思うなら、それを邪魔する権利なんて誰もない。


 俺はクッカに背を向けた。

そしてそのまま教室から離れる。

ジャッジを教室の端に投げ捨てた。


 「え……僕を……殺さないの……?」


 「誰が殺すかよ。お前と違って俺にはまだ帰る場所がある。だから殺さねえ」


 五人に悪いと思った。

だけど悪い気はしなかった。

だってよ……お前達もこんな終わりを期待してたわけじゃないだろ?

だからさ、終わりじゃなくてまだ途中でいいじゃねえか。

まだピリオドを打つ必要はねえじゃねえもんな。

クッカにはまだ生きてもらうべきだ。


 クッカにはまだ辛さを味わってもらわなくちゃいけない。


 苦しいかもしれないがそれでも耐えてもらう。

死ぬような思いを何度も味わうかもしれないがそれでも生きてもらう。

それが生きているってことだってわかるまでは、死んでもらうわけにはいかない。

甘えた認識のままで死なすのは、誰もが許さない。


 「お前がまだ生きていたいなら……必死に生きろ。そして誰かに生きてもらえ。俺から言えるのはそれぐらいだよ」


 俺は教室のドアに手を掛ける。

教室を見て、クッカを見て、そして最後に声を掛ける。


 「精々、地獄に落ちんなよ」


 俺は教室を出た。

そこには音も、人影もなくただ静寂が包むだけだ。

この狭い『箱』と言う世界はやがて閉じる。

俺と、クッカの人生はまだこれからだ。


 緊張の糸が切れた俺は教室を出て直ぐの壁に寄りかかりながら倒れる。

ああ、疲れたなあ。

疲れた、それもまた生の実感か。

生きているって言うのは素晴らしいな。

生きているってのは凄く辛い。


 でもそれもいいなあ、と思えた俺はもういままでの俺じゃない。

昨日までの俺と、今の選択が、未来を変えて行く。

それが人生ってものだ。

俺達は、人生を作って生きている。


 人の生を実感しながら生きている。


 意識が薄くなってきた。

これは俺の精神だけじゃないな。

多分、何か薬が建物全体に流れているようだ。


 「明日……来るかなあ……」


 俺は未来に期待をして、俺は眠りについた。





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