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HELL DROP  作者: 明兎
17/19

【VS Vice】 5

 目の前に優花がいた、悠花ちゃんもいた。

だけどなんか小さい。

見た目的に八年くらい前の二人かな?

ちっちゃくて可愛い時期も優花にあったんだな。

こんなの優花本人に聞かれたら絶対に怒られるな、はは。


 ――――ねえ、春くんはしょーらい何になりたいの?


 小さい頃の……と言うか今も小さいけどね。

まあ八年前の悠花ちゃんが俺に尋ねたことだ。

なんて答えたかは……まあうろ覚えだけど一応は覚えている。

確か、


 ――――優花ちゃんと悠花ちゃんを守れる正義の味方になりたい!


 ……おいおい、あの頃の俺恥ずかしすぎるだろ。

まあガキのときも、今も、その目的だけは変わってないな。

俺は今でも優花と悠花ちゃんを守りたいと思ってるから。

命に代えても守りたいと思ってる。


 ――――ふんっ! 春なんかが私たちを守れるわけ無いじゃない!


 子供の頃から随分と毒舌だよな、優花は。

俺の精神は擦り切れるくらいでしたなーあはは。

まあそんなことガキの頃の俺は考えては無かっただろうけどな。


 そのときは何て返したっけか?

さすがの俺でも覚えてないな。

いや、どんな俺ですか、ってなるけど。


 ああ、そうだ。

なんとなくだけど思い出したや。

いつも思い出すときはなんとなくだけど。

確か、俺は……


 ――――なんか……柔らかい感触が頭の近くに……


 「は?」


 眼を覚ますとそこには優花の顔があった。

もちろん八年前の幼い優花ではなく、18歳の大人びた雰囲気の優花だ。

俺が起きたのに気が着くと、優花の表情は突然真っ赤になった。

そして情けなく言葉を口から漏らし、ながら頬を更に紅に染める。


 そこでようやく俺はどういう状況にいるか気がついた。

膝枕。

多くのカップルが当たり前のようにして、彼女を持たない男子諸君の憧れの的のあの行為だ。

俺の場合、相手が彼女じゃなくて幼馴染なのが少しアレだが、羨ましい状況なのに変わりはないだろう。

さて、どうしてこうなった。


 「あーと、えーと、なんと言うか……ありがとう?」


 「もうっ!」


 ぷいっ、優花はそっぽを向いた。

その仕草だけは八年前とまったく変わらないから少しいいものだな、とか感動。

いつまでもその表情を守って生きたいな、と思った。

ああ、柄でもないこと言ってんな俺。


 それからゆるく時間が流れていった。

他愛もない雑談を繰り返し、笑ったり、怒ったり、まるで日常に帰ってきたようだった。

そこにもう一人悠花ちゃんが加われば日常の完成だな。


 だけど俺達は笑っているだけじゃいけない。

俺達は、この『箱』の中で閉じてしまった五つの人生を背負わなくちゃいけないんだ。

決して忘れちゃいけない。


 入戸遊李。

いつも偉そうで、でも子供っぽくて、でも自分の人間像はしっかり出来てるやつだった。

一人称が私様ってのはなかなかのインパクトだったな。

しかも最初から俺たちに対して偉そうな態度で、でも言葉遣いはそれなりに丁寧だったか。

一緒にいた時間は短かったけど……憎めないやつだったな。


 滋賀井初音。

いっつも湊の傍にいたって印象しかないな、正直。

でもなんだかんだ言って初音も結構中心にずっしりとした芯を持ってたよな。

湊におんぶに抱っこってわけじゃなくて、自分の選択を出来るタイプだった印象って思っておこうか。


 鏡峰湊。

湊には俺は何から何まで負けていたと思う。

頭の回転、運動能力、そして意思の強さ。

何からなにまで湊には負けっぱなしだったよ。

だけど完璧ってわけじゃなくて初音の死の瞬間には動揺してた。

でもそれも人間らしく見えてよかったな。

なんか死ぬ間際をよかったとか言うと少し不謹慎っぽいけど。


 園影華。

最初見たときは果敢なげな印象を持ったな。

でもゲームの途中で自分から虚と組んだり、死体に自分から触ったりと結構度胸もあったこともわかった。

そう言えば虚が最後に湊と華がなんとか~って言ってたけど結局なんだったんだろうな?

まあ、今となってはそれも関係ないか。


 日乃崎虚。

正直最初の印象は危ないやつ。

……振り返ってみるとずっとそんな感じだったな。

聞いた話によると湊たちを襲ったりもしてたみたいだし。

それに華を殺したのも虚なんだっけか。

最後のあの姿を見てからだと、そのことも、虚が俺達をここに連れてきたことも考えにくいんだよな。

だけど、虚自身が肯定していたし、そうなんだと思うしかないか。


 全ての元凶は虚で、全てはもう解決したんだよな……。

そうだよな。


 俺はこの五人のことを絶対に忘れない。

忘れちゃいけない。

忘れられない。

生きようと必死にもがいていた五人のことを。


 「なあ優花、あとどれくらいで首輪を外せる?」


 途切れた会話の流れを無理矢理に繋ぐために優花にたずねた。

その質問に優花は言葉を返さなかった。

……そんなに返答に困るような問題だったか?

わからないなら、わからないって言ってくれればいいんだけど。

もしかして、機械が壊れたとか?

いや、それはないか。


 「ええと……えと……。うん、そだね」


 「ん、どうした? 何か慌ててるのか?」


 「違う! 違うの、違うから……」


 やっぱり優花の様子がいつもと違う。

様子がおかしい。

こんなに慌てるなんていつもの優花らしくもないな。

俺の怪我を気にしてるわけでもないだろうし……。


 って怪我で思い出した。

そう言えば俺、虚に左の二の腕撃たれててたんだっけ。

その箇所を見てみるとちゃんと包帯で処置がされていた。

優花、こんなことも出来たんだな……。

なんか意外。


 「多分……あと十分くらいね」


 「十分、か」


 随分とピンポイントで時間を指定してきたもんだな。

何を根拠に言ってるんだか。

まあ、俺には知りえない優花なりの根拠があるんだろう。


 「えっとね、春」


 「ん?」


 突然優花が俺の名前を呼んだ。

一文字だけの返答を反射的に返して優花の返事を待つ。

けど優花はもじもじとしてなかなか言葉を口に出さなかった。

本当に今の優花、なんかおかしくないか?


 「春はさ……私のことどう思ってる?」


 どう、か。

いきなり言われてもなんて言えばいいんだろうな。

幼馴染、じゃちょっと物足りない。

親友、じゃちょっと違う。

家族、じゃちょっと温い。


 じゃあなんなんだろ?


 「多分……初恋、なんだろうな」


 「え?」


 「え?」


 やばい思考が口から洩れた。

正直少し気まずいんだが、どうしよ?

いやー少しまずくない?

これぶっちゃけ告白みたいじゃん?


 「それって……好き、ってこと?」


 「あー、いや、えー、あ、まあ」


 上手いフォローの言葉が思い浮かばない。

いや、なにをフォローするんだって感じだけどさ。


そうだな。

もう言い訳する必要もないか。

逃げるのはやめよう。

正直に俺は、思ってもなかった自分の本心を口にした。


 「そう、俺はずっと暁優花のことが大好きだった」


 「……え?」


 「だった、じゃねえか。これからもずっと大好きだ」


 優花は頬を赤めると言うのを越えて唖然とした表情を浮かべていた。

驚きって言うのが一番近いか。

まあいきなりこんなこと言われちゃ驚きもするよな。

だって言った本人の俺でさえ驚いてるし。

てか顔が茹蛸状態。


 「じゃあ聞き返すよ。優花は俺のことどう思ってる?」


 俺が笑顔でそう聞くと優花は突然泣き始めた。

え、なんで?

俺もしかして優花泣かせちゃった?

うわーやべ、どうしよ。


 「もう……」


 泣きながら優花は嗚咽を交えながら喋る。

両手で涙をいくら拭っても涙は止まっていない。

緊張が解けたってのもあるのか?

よくわからんね。


 「もう……本当に……卑怯だよ……」


 卑怯、初めて言われた。

少しショック。

これを好き好んで言わせていた虚ってもしかして凄い神経してるんじゃね?

今となっちゃ確認のしようないけどさ。


 「春は……いつもこういうときだけ……そんな良いこと言ってさ……。本当に卑怯だよ……」


 「男ってのは少しくらいずるい方がかっこいいのさ」


 さりげなく卑怯をずるいを変えたのは秘密ね。


 俺はとりあえず優花を後ろから包んだ。

いきなりこんなことして引かれないかと思ったけど、大丈夫みたい。

それどころか優花は俺の手に手を重ねた。


 優花の手は絹の様に柔らかかった。

でも冷たくて人形のみたいでもある。

零距離で接すると、手が震えてるのがわかった。

何に、震えてんだろ。


 「……どう……私が……」


 なんて言ったかは小声だったため上手く聞き取れなかった。

声も震えていた。


 そして時が止まった。

俺が優花の体を包んで、優花が俺の手を握ったままで時間が止まる。

何もせずに、何も起こらずに。

このまま全てが終わればいいのにな、とか思ったりする。


 「……ありがとね、春」


 時が進むのはまた突然だった。

急に優花が俺の手を振りほどいた。

俺は特に驚かずに、優花から距離を取る。


 「そろそろ、自爆装置外してもよさそうかな」


 優花は独り言のようにそういうと機械を操作し始めた。

最早手つきに最初のような、危うさはなく、完全にマスターしているようだ。

これが日常に帰ってからも役にたつことがあるのかなあ。

あればいいな。


 ガチャン、と音がして優花の自爆装置が外れた。

外れて少し余裕が出来た自爆装置と首の間に指を差し込んで、それを外す。

忌々しそうにそれを遠くに投げ捨てた。

これで、優花はクリアか。


 「じゃあ、優花機械をくれ。それを壊せば俺も四個の機械の破壊でクリアだ」


 最初から持っていた、【調停】、【信頼】。

そして優花が虚の死体からあさったと言う【偽善】。(何故か【悪】の機械はなくなっていたらしい)

それに、優花の機械で四つ目だ。


 これでやっと帰れる。

忌々しい自爆装置から開放される。

もう、殺し合いをする必要は無い。


 「ごめん……」


 だからこそ優花の答えは意外だった。

意外というか一瞬自分の耳を疑って、次は聞き間違いを疑った。

だって、おかしいじゃねえか。

なんで優花がこの頼みを断るんだよ?


 「なんでだ? まだ【孤独】のクリアに何かいるのか?」


 「違うの……。だから……ごめん……」


 「謝ってばかりじゃわからねえよ。なんでだ? 教えてくれ」


 さっき泣き止んだばっかりなのに優花はまた泣き始めた。

今回ばかりは本当に話しがわからない。

どういうことだ?

今、何が起こっている?


 そして優花は俺にジャッジの銃口を向けた。


 最初は冗談かと思った。

まあ冗談にしてはかなりきついが。

だけど違う。

優花の目は本気だ。

本気で引き金を引ける目だ。


 「……なんでだ?」


 「私は春とは一緒に帰れないの……」


 優花は泣いていた。

表情が、心が。

悲しみに濡れていた。


 このとき俺の頭の中には一つの仮説が立っていた。


 虚が【悪】を【孤独】にしたのは明らかに俺の動揺を誘うためだろう。

だとしたら、【平和】に偽装するまでの時間が早すぎなかったか?


 華が虚と組んでいた理由も説明がつかない。

どっちがどっちの機械だったにしろ、最初から組む理由がないんだ。

あとから裏切るとかじゃなくて、最初から殺すべきだったはずなんだ。

なのに組んでいたのは何故か。


 それはどっちも【正義】のプレイヤーだったからじゃないのか?


 どうして俺が虚から逃げてきたときに優花の機械が俺の特殊機能にひっかからなかったんだろうか?

その理由は優花が機械を持っていなかったからじゃないことはわかっている。

じゃあ何故だろう?


 【偽善】の特殊機能を使える状態だったんじゃないか?


 それらが意味することはただ一つだ。

俺の頭を冷静に考えさせるために、全員の機械を当てはめていけばいこう。


 【調停】、入戸遊李

 【信頼】、滋賀井初音

 【絆】、鏡峰湊

 【偽善】、日乃崎虚

 【孤独】、園影華

 【平和】、俺、夕凪春


 【悪】、暁優花


 「私が……【悪】だから」


 教室が凍った。

俺の思考が停止した。

いままで考えまいとしていたことが頭の中に流れ込んできた。

わかってしまった。

わかっていた。


 優花が【悪】のプレイヤーかもしれないってことを。


 「なあ……嘘だろ? それ、嘘なんだろ? 嘘って言ってくれよ……」


 俺は天井を見上げたまま喋る。

わずかな希望を口にして、微かな望みを口にして。

だがそれも簡単に打ち砕かれる。


 「嘘じゃ……ないの。私が……【悪】なの」


 「ふざけんじゃねえっ! なんで、なんで優花が!」


 「そんなの! ……わかんないよ……」


 嘘だろ……?

優花が俺達をここに連れてきた真犯人だってのか……?

虚を殺したのもあいつに罪をかぶせるため?

いや、だけどそれだと虚の言動に説明がつかない。


 まさか……虚がずっと言っていたのは、人を殺すことについてだったんじゃねえか?


 そう考えても会話の流れ的にはおかしくない。

いや、むしろ会話の流れを考えればこれが自然じゃないか。

じゃあ本当に優花が俺達を……?


 「私……ちゃいけないの……」


 「何をだ……」


 俺は内心わかっていた。

優花が【悪】なら俺になにをするかを。

何をしなくちゃいけないかを。


 「私、春を殺さなくちゃいけないの」


 頭が痛くなった。

何が優花と一緒に帰るだよ。

何がもうすぐで日常に帰れるだよ……。

ふざけんじゃねえよッ……。


 「その前によ……一つ聞かせてくれよ」


 「うん」


 優花の涙は止まらない。

俺は口の内側の肉をギリッと噛む。

切れて口の内側から血が流れてきた。

こんな痛み、優花の痛みに比べれば軽いもんだ。


 「なんで、こんなゲームを始めたんだ?」


 「それは……知らない」


 「は?」


 一瞬頭の中が真っ白になった。

知らない?

何故?

どうして【悪】の人間がこのゲームを始めた理由を何故知らないんだ?


 もしかして……【悪】が真犯人じゃないのか?

じゃあ誰が……?

いや、候補は一人しかいないか。

あいつしかありえないよな。


 「そうか……。じゃあ優花もこのゲームに巻き込まれただけなんだな?」


 「……うん」


 「じゃあ――――俺を殺せよ」


 「え?」


 俺はそれだけが聞ければ充分だった。

それだけ知れれば満足だった。

優花が俺達をここに連れてきた犯人じゃないってことがわかればそれだけで充分だ。

もし、優花が犯人で俺達をここに連れてきた人間だったとしたら、俺はむざむざ殺されてやるわけにはいかない。

むしろ相手が優花であろうが殺す気でいた。


 だけど、優花が犯人なら違う。

優花も同じ被害者なら日常に帰るべきなのは、優花の方だ。

俺は帰っても何もない。

だから優花は悠花ちゃんの元に返るべきだ。


 「だから俺を殺せって。ジャッジの弾丸はまだあるだろ?」


 「いや、え? なんで……?」


 「俺はさ、お前に生きていて欲しいんだよ。お前に生きて悠花ちゃんの元に帰って欲しいんだよ、わかってくれ」


 「わからないよそんなの! 私だって春に帰って欲しい……」


 二人が一緒に帰ることなんて出来ない。

だからどっちかが死ななくちゃいけないんだ。 

その死を俺が背負う。

それでいい、それでいいんだ。


 それでいいから、俺は優花を守りたい。

どんな理由でも、どんな犠牲を払ってもいいから。

ただ優花を守りたかった。


 「俺なんてどうでもいいんだ。じゃあ天秤に掛けてみろよ、俺と悠花ちゃんを」


 「そんなの……できるわけないよ!」


 あー、まあそうだよな。

今の質問はよくない。

じゃあなんて聞くべきだろ。

うーん、思いつかん。


 「いいからさ、早く俺を殺せよ。もうあんま時間もねえだろ?」


 俺は優花に嫌われる覚悟でいた。

ずっと酷いことを言って、嫌われた上で殺されるつもりだった。

俺が嫌われるだけで優花が生きれるなら安いもんだ。

いくらでも嫌われてやる。


 と、頭ではわかっていても心がずきずきと痛い。

嫌われることを嫌がっている。

まったく俺って意思弱いよな、本当に。


 やろうって決めてもどっかで不安がってびびってる。

マジでチキンだな、俺。


 でも一つだけは引けないことがある。

これだけは絶対に、びびっても引けないことがある。

それが優花だ。

絶対に優花だけは守らなくちゃいけない。

悠花ちゃんの元に返さなくちゃいけない。


 「だからさっさと俺を殺せ!」


 優花は葛藤していた。

自分と戦っていた。

優花の生き残りたいって言う気持ちと、俺を殺したくないって気持ちが戦っていた。


 本当だったら俺が自殺できればいいんだけど……。

俺はそんな度胸はもちあわせてないんだよな。

それにそんなことをしたら優花は中途半端な気持ちで悠花ちゃんの元に帰ることになるし。

だからしっかり最後は優花自身に決めて欲しかった。


 「……わかった。じゃあさ、後ろ向いてくれないかしら? 流石にこっちを見られたままで撃つってのは……ちょっと気が引けるし……」


 「ああ、いいよ」


 俺は優花に背を向ける。

そしてそのまま両手を上げて無抵抗の意思表示。

まあ抵抗する気なんて微塵もないけどさ。


 後ろで優花がジャッジを手に取る音が聞こえた。

そしてカチッと言う音が鳴る。

優花が手をガチガチと震わせているのがわかった。

俺はゆっくりと死ぬまでのときを待つ。


 一分が経った。

未だに銃声は鳴らない。

三分が経った。

俺の死はまだ来ない。

五分が経った。

死神の表情はまだ伺えない。

十分が経った。

俺はまだ生きている。


 優花は未だに俺を殺せていなかった。


 「春、最後にもう一回だけ私のわがまま聞いてくれない?」


 「いいぜ」


 そういうと優花は俺を後ろから抱きしめた。

さっきの優花がしたように俺もその手を握り締める。

こんなに近くにいるのに。

こんなに暖かいのに。


 もう、二度と触れられなくなるなんて。


 どうしてこんなことになったんだろう、なんて考えるのはもうやめた。

するだけ無駄だから。

でも思ってしまう。

どうして……どうして……。


 「春、こっち向いて」


 優花が俺を抱きしめる手を体から離した。

そして俺の肩を掴んで俺に向ける。

なんとなく、次の行動が読めた。


 その刹那、俺の唇に優花の唇が重なった。

俺は今の状況を忘れる。

何をしていたかも、何があったかも全て忘れた。

全部どうでもよくなった。

今、優花とキスをしているのが嬉しかったからだ。


 何秒間それが続いたかはよくわからない。

一分かもしれないし、三分かもしれないし、五分かもしれないし、十分かもしれない。

どれだけ短くても、どれだけ長くてもこの瞬間こそが幸せだった。


 優花が唇を離した。

表情は……なんともいえない表情だ。

笑顔でもないし、泣き顔でもない、なんともいえない表情だった。

それで決心を決めたように、俺に再び後ろを向かせる。


 さっきと同じような音が後ろから鳴った。

だけどさっきと違って今は手が震えてないみたいだ。

さっきのキスで緊張が解けたのかな。

俺は……ある意味緊張したけど。


 「それじゃ撃つわよ」


 俺は終わりを確信した。

俺は死を実感した。


 「じゃあね……――――春」


 バン、と銃声が鳴った。

どこに着弾したんだろうか?


 頭?

いや、痛くないし何よりこうやって考えられてる時点で違う。

じゃあ……


 心臓?

違う、そんなところから痛みは感じない?


 じゃあどこなんだよ……。

俺のどこを撃たれたってんだよ。

……オイ、まさかッ!


 嫌な予感がして俺は後ろを向く。

後ろを向くと、優花が倒れていた。

血の池が優花の体を中心に広がっている。

そうか、優花は自分自身の心臓を撃ったんだ。

自分で、自分を撃った。


 「優花! お前……何してんだよ!」


 「あ……ごめん……ね……春。私……春を殺すこと……出来ないみたい……」


 「だからってッ……!」


 だからって、自分を撃つことないだろッ!

適当に俺の両足でも撃って自分を殺させないようにすれば、制限時間が来るだけで勝ちになるんだから!

俺を殺せないにしても、自分で死ぬことは無いだろ!


 「だからね……最後に……お願いがあるの……。聞いて……くれる?」


 「ああ、聞いてやる……、聞いてやるから、だから最後なんて言わないでくれ……!」


 「それは……無理……」


 優花はもう助からないと、素人の俺が見てもわかった。

間違いなく死ぬ。

こっから助かるなんてことはありえない。

当たり前の様に、死ぬ。


 「悠花を……守って……。私の代わりに……私のために……」


 「いくらでも守ってやるよ。だけど一緒に、だ! 代わりになんて許さねえ! だから生きろ!」


 「もう……本当に春は……わがままなんだから……」


 「わがままなんかじゃねえよ! ただのお願いだ! ただの希望だ! 願って何が悪い! 望んで何が悪い!

醜くても、汚くても、おぞましくても! 何度でも何度でも言ってやる! 生きろ! 死ぬな! 俺と一緒にここから帰れ!


頼むから、死なないでくれ!」


 また優花は涙した。

悲しいわけじゃない。

嬉しいからの涙だ。

嬉しいから泣いている。


 俺も泣いていた。

嬉しいわけじゃない。

悲しいからの涙だ。

悲しいから泣いている。


 俺達は泣いている。

理由はいらない。

相手が泣いているから泣いている。


 「ああ……生きたい……でも……もう…………ダメ……みたい……」


 「諦めるな! 最後の瞬間まで希望を捨てるな! 目の前の現実から、目の前にある生から眼を逸らすんじゃねえ!」


 「春……ありがと……」


 優花の目はもうどこも見つめていなかった。

どこも見ていなかった。


 優花の耳はもう何も音を拾ってないようだ。

何も聞こえてないようだ。


 「春……ごめんね……。春……本当にごめんね……。悠花……ごめんね。悠花……ありがとね……」


 「感謝なのか、謝罪なのかはっきりしろよ……!」


 「春……悠花……あり……が……と…………」


 「優花……?」


 ぷつんと糸が切れたように優花の動きが止まった。

突然、動きが停止した。

そして目が閉じる。

息が止まる。


 もう……死んでる。


 「嘘だ……。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! うわぁぁぁぁぁぁあああああ!!」


 俺は優花を、もう動かなくなった優花を抱きかかえた。

動かなくてもそれは確かに優花だから。

優花がこの世にいた証だから。


 優花の体を震わすと、ガチャっと音がした。

床に機械が落ちた音だ。

俺はそれを拾う。

そして立ち上がる。


 機械を床へ思い切り投げつける。

しかし機械が壊れたかははっきりと確認できない。

俺は機械の上に思い切り脚を振り落とす。

これで機械は壊れた。


 続けて元々持っていた三つの機械を床へ投げる。

それを思い切り踏み潰す。

思った以上にあっさりと壊れた。


 ピーピーと機械が鳴る。

俺はズボンから機械を取り出す。

そしてアナウンスが鳴り始める。


 『【平和】の機械の枷をクリアしました。自爆装置を解除します』


 そして数回の警告音の後に自爆装置が緩む。

それを手に掴み一番遠くの壁へと投げつけた。

チッと、舌打ちをして教室のドアを開ける。


 「全てを……終わらせに行くか……。俺は……絶対に生きて帰る!」


 俺は諸悪の根源の元へと向かった。

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