【VS Vice】 4
――――夕凪 春は
――――日乃崎 虚は
――――暁 優花は
――――自らの感情の赴くままに自分を執行し始めた。
俺は教室から出るとまず機械の特殊機能を起動させた。
まあこれで見付かるとは思ってないけど、運がよければ位の気持ちで試してみる。
結果は機械の反応は一つもなく誰がどこにいるかもわからなかった。
当然と言えば当然の結果だな。
こっちがあっちの位置を知る術がなく、あっちにその手段がある状況で無闇に動くのは自殺行為。
だからと言って動かないよりは、自分から攻めていくほうが効果的だろう。
その判断した理由は少し複雑だ。
まずあっちにある機械の中でも【悪】の機械は群を抜いて強力だ。
何故なら実質的に虚は【正義】の全ての機械を持っているのと同じになるんだからな。
つまり虚は全ての特殊機能を使える。
それはもちろん俺の【平和】だって例外じゃない。
だから俺の位置なんて筒抜けも同然だ。
動かずにいても、動いていてもどちらにせよ大した違いは無い。
それならこっちから積極的に攻撃していく方が精神的にも余裕が出るし、なによりあっちの動揺を誘える可能性もあるからな。
さて……あとどれくらいで交戦が始まるかな。
俺はジャッジを手に構えた。
「――――そこだッ!」
開戦の合図は俺の叫びだった。
次に続いたのはジャッジの銃声。
廊下の壁が銃弾によって削られる。
人には当たらない。
銃の反動で後ろにひいた体を左足で踏ん張って相手の反撃に備える。
「あははははははは」
狂気じみた笑いが廊下に木霊し、やかましいオーケストラを奏でた。
コーラスを続けたまま、俺に向かって虚は真っ直ぐに直進する。
もちろん狙いを定めさせないように直進ではなく、蛇の様にうねりながらの走行だ。
距離が十メートルに迫ってきたところで俺は正面からの戦闘は無理と判断し、後ろ足で階段へと逃げるために左足を後ろへ伸ばす。
出したその直後銃声が響き、俺の左足の靴の先をかすかに貫く。
幸い――――いや、威嚇の為なのか俺の指先にはダメージはまったくなかった。
だが距離はしっかりと詰められている。
これはまずい。
――――なんでこいつこんなに戦いなれてやがるんだよッ!?
そんなことを考えている場合じゃない。
俺も苦し紛れの薄い弾幕を張り、虚との距離を取った。
一瞬の隙を突き階段へと駆け上がり、更に距離を離す。
逃げる間も視線は後ろのままに、ジャッジを構えることをやめない。
「はあ……はあ……」
緊張と急激な運動のせいでいきなり息が切れ掛かっていた。
運動不足なわけじゃなかったはずなんだけどな。
近くにあった教室の中へと入り、壁へと背中を預けた。
ジャッジのリボルバーを外して、残りの弾数を確認する。
――――1、2……あと二発しかねえのかよッ
俺の殺傷可能な武器は残りこれだけだ。
他の武器は殺傷ではなく、奇襲の用途でしか使うことは出来ない。
クソ……これじゃあ勝ち目が薄い……。
廊下にカツンカツンと足音が響く。
通り過ぎるまでは息を殺す。
心臓がドクドクと脈打っている。
その音はとても小さいのに世界を震わすかのような錯覚に見舞われた。
足音が俺がいる教室を通り過ぎる。
安堵のお陰で口から息が洩れる。
音を立てないように静かに立ち上がり、モデルMを手に握った。
廊下へと立ち、虚の背中をモデルMの銃口で狙う。
呼吸と同時に手が震え、狙いが定まらない。
いや、モデルMは攻撃用の銃じゃないから別に人を狙う必要はないんだったな。
――――今なら気づかれてねえんだ……。いける……
引き金を抑える。
ギリギリと少しずつ後ろへと引く。
そして引き金を引ききった。
それと同時に虚は横へと飛んでいた。
「何ッ!?」
直後光が爆ぜた。
ポシュと音を立ててモデルMから飛んでいった照明弾は勢いをそのままに虚がいた虚空を切り裂いて光を爆発させた。
廊下に光が溢れ俺の視界をも奪う。
虚は直前に教室へと飛んでいたため、この光を直接見たかは定かじゃない。
だけど恐らく……直前で避けただろう。
これで虚が【悪】の機械を【平和】に偽装しているのはわかった。
だからって言って俺は何をすればいい!?
逃げるか、逃げるしかねえ!
俺は教室のドアを思い切り閉めて再び階段へと向かい逃走する。
チクショウ! これじゃあジリ貧じゃねえか!
実際今ので照明弾が一発減っちまったし、そして何よりもう奇襲は使えねえ。
どうする、俺!
階段を登っている途中にも下の階の廊下から歩く音が聞こえる。
当たり前だが音の感覚は短い。
俺は一層足の力を強める。
ふくらはぎに乳酸がたまってきているのがわかった。
運動不足が原因かもわからない。
教室に隠れるのも無駄。
奇襲は通じない。
正面から攻撃したら負ける。
じゃあ勝ち目なんてねえじゃねえかよ!
考えろ、考えろ!
俺にも考えることは出来るはずだろうが!
馬鹿でも、アホでも、運動が出来なくても!
それでも俺には考えることだけは出来る!
だから考えやがれ俺!
口から洩れる息の量がだんだんと増えて行く。
体の中の酸素がどんどん減少して、疲労のペースが速くなる。
何もない廊下の一面でバランスを崩す。
体力の限界は近いらしい。
まず考えるべきなのは俺の敗北条件だ。
俺がどうしたら負けるのか。
それを理解しないことには俺の勝ちなんてものは見えてこないからな。
俺の敗北条件、それは優花が死ぬ、虚を殺せない。
このどちらかに当てはまってしまった場合だ。
優花が死ぬ、これは正確には敗北ではないが、俺が虚と戦う理由がなくなるから負けで構わない。
俺が虚を殺すのも優花を守るためなんだからな。
だから俺は優花が死んでも、虚が殺せなくても負けだ。
負け、つまり死だな。
俺は死ぬわけにはいかない。
後ろを向く。
すると突然、狙ったようなタイミングで虚の姿が現れた。
そして俺の姿を見るなりダッシュ、直ぐに立ち止まった。
何故? と疑問を示すよりも早く虚は行動を始める。
虚は拳銃を構え、発砲を開始した。
一発じゃなくて、乱発。
てことは手に持っているのは最初に全員がもらっているジャッジじゃなくて、遊李の機械の情報の球体から得た拳銃と言うことになる
――――おいおい連射も出来るなんて聞いてねえぞ!
銃弾から回避するために俺は教室に身を隠した。
乱射は直ぐに終わり、廊下に静寂が戻る。
次の連射が来る可能性も考えたが、考えても教室内に入られたら詰みなため弾切れと判断し廊下へ飛び出す。
俺の判断通り連射は来なかった。
だが既に廊下に残された爪あとは大きく、壁は削られ、床は抉られていた。
命中地点が大幅にずれているところから狙いはつけられないみたいだな。
と言ってもこれだけ連射されれば致命傷は受けるだろうけど。
身の危険のせいで話が逸れたが、次に勝利条件だ。
俺の勝利条件はもちろん優花を守ること、そして虚を殺すこと。
つまり俺の勝利条件と敗北条件は真逆に位置するわけだ。
まあ当たり前か。
俺はいかにして虚を殺すかを考えなきゃいけない。
撃つ覚悟を、殺す覚悟を、終わらせる覚悟を、守る覚悟を今ここでつける。
全てをここで終わらせる。
俺が優花を助ける!
ここまで状況がはっきりしたら何か策が思い浮かぶかと思ったが、まるで浮かばないな。
やっぱりそこまで簡単な話じゃないか。
クソ……やっぱりリスクが高くても、無茶をして正面から特攻するしかないのか?
確立は低いわけじゃねえけど……高いわけでもねえからな……。
――――こんなとき……湊が生きてたら俺にどんな策をくれるんだろうな……
って、ダメダメ!
もしもの仮定の話は今しても仕方がない。
俺は今の俺で出来る最良の解答を選択できるはずだ。
信じろ、自分を。
だんだんと端へ追い詰められてしまっていた。
少し距離は詰められてしまうが階段を下りるか。
あんまり取りたくない手段なんだけどな。
階段を二階のステップで飛ぶ。
それはこのゲームの開始前に優花が見せていたあの動きに似ていて、少し皮肉っぽかった。
踊り場に着地に成功したとき機械が電子音を奏でた。
俺は走り回りながらあわただしい手つきで機械を操作する。
すると今の音声はメールが来たことを知らせた電子音だったようだ。
――――このタイミングで誰が? 俺の行動を遅れさすために虚がしたのか?
だけどそれは有りえない。
何故なら虚は今【悪】の機械の偽装は【平和】になっているからだ。
まだ規定の時間に達していないから解除したと言うのもありえない。
じゃあ誰が?
――――まあ……優花しか考えられないよな
俺はメールを開いた。
そこにあった文章は……。
「へえ……。そうかいそうかい」
俺に新たな選択肢を浮かべさせた。
いや、俺のすべき最良の行動は決まった。
俺の未来を切り開くための一手はこれだ。
さて、つまらねえ鬼ごっこはここで終わりにしようか、虚!
俺は廊下の端へと走ると立ち止まった。
虚もそれにあわせてか俺の前で立ち止まる。
お互いに銃口を向けず睨みを利かせあう。
まるで先に動いた方が死ぬ、と思わせるかのように鋭い眼光が狙う。
「どうしたよ、撃たないのか?」
「どうした、撃たないの?」
「なんだ、ビビッて引き金も引けないってか?」
「なんなの、自分の怯えを隠すために虚勢を張るって? そういうのは僕の専売特許だよね」
お互いが言葉の弾丸を撃ち合っていた。
それがもたらす効果は動揺。
一瞬の動揺がもたらす結果は死。
俺達は見えない凶器で互いの心臓に銃口を向けていた。
「なあ、もう一回たずねさせてくれよ。なんでこんなことしたんだよ?」
なんで、こんなゲームを開催したかについて、俺はどうしても聞きたかった。
それだけが気がかりで仕方なかった。
なんでこんな共通点のない俺達に殺し合いをさせようとしたかが気になった。
何の目的があったかが気になった。
「理由がない、とは言わないよ。多分僕はね、」
虚は一度呼吸を入れた。
「退屈だったんだ。日常が、この状況が、全てが」
そのときの虚の表情は珍しく辛そうだった。
悲しそうでもあった。
今言っているのはいつもの虚言ではなく、本心からの思いのようだ。
「だからさ、僕は湊という可能性に賭けていただよ。もしかしたらこんな僕でも変えてくれるかもしれないってね」
多分、今の虚を撃とうと思えば撃てる。
いや撃たないけどな。
それくらいに虚は珍しく語りに入ってるってことだ。
自己の防衛を忘れるくらいに集中していた。
「だけど結果は見ての通りさ。正直がっかりしちゃってさ、つい園影を殺しちゃった」
あはは、と笑う虚。
表情は笑っていても目はけして笑っていなかった。
笑っていないどころか、どこを見ているのかもわからない虚ろな目だ。
その目はどこを見ているのだろうか。
世界をどんな風に見つめているのだろうか。
「でさ、春は気づいてた? 園影と湊の関係に、園影のもう一つの名前に?」
「え?」
その瞬間、俺は虚の言葉に意識を奪われた。
一瞬油断してしまった。
俺が気づいたときには既に虚は銃口を俺に向けていた。
反射的に俺もジャッジを握る。
「遅いよ!」
「ぐあああああ!!」
銃弾が俺の左腕を貫いた。
血塗れた叫び声が廊下どころか校舎中に、いや『箱』中に響く。
痛みに俺は両膝を床に着いた。
左腕からドクドクと血液が流れ出す。
着弾点がだんだんと熱を持ち始め、意識が朦朧とし始める。
「油断したね。ダメじゃん、詭弁や虚言は僕の得意技じゃん?」
「虚ォォォッ!」
俺はジャッジから持ち直したモデルMの銃口を虚へ向けた。
そして間髪いれずに発砲
廊下に二つの銃声が鳴り響く。
一つは虚の撃った45ロングコルト弾。
それは俺の頬を掠めるだけに終わった。
ついでに少量の髪の毛も持っていったが大した差ではない。
そしてもう一つは俺が撃った照明弾。
それは虚の正面辺りで爆ぜ、周囲に光を撒き散らした。
虚はこの光を直接見たはずだ。
だが俺は眼を閉じて光を見るのを回避していた。
「うおおおおおお!」
そして虚に向かって走り、思い切りグーでパンチを打ちつけた。
虚は後ろへと飛び、廊下に無様に転がる。
それに乗りかかり更にもう一発グーでパンチ。
虚が反撃に腕を上げようとするが、それを足で押さえつけて停止させた。
俺は何度も何度も虚に殴りかかる。
怒りを込めて、恨みを込めてひたすらに殴る。
虚の口から血が流れ始めた。
それでも俺は殴ることをやめない。
ひたすらに殴り続けた。
――――俺、何やってんだ……?
これが俺がやりたかったことなのか?
いや、これが俺がしなくちゃいけないことだ。
わかってる。
わかってるはずなのに、違う気がするんだ。
これは迷う問題じゃないはずだ。
俺の頭の中に疑問が浮かんだその瞬間、俺の体が、虚の体に持ち上げられた。
体が浮いた一瞬の隙に虚は自由になった両足を器用に伸ばし俺の脳天につま先を当てる。
突然の一撃に俺の体がぐらりと揺らぐ。
そして俺の体が揺らぐと虚は俺のマウントから抜け出し、立ち上がった。
未だに座った体勢のままの俺の体に思い切り蹴りが入った。
空気を吐き出しながらさっきの虚と同じように転がった。
お返しと言わんばかりに虚が俺のマウントを取った。
――――まずいッ!
まずは俺の顔面にブロウが浴びせられた。
そしてラッシュ。
さっきまでの俺がしていたのとまったく同じことを、虚は俺にしていた。
藁人形の呪いのように、同じ痛みを俺に返していた。
口の端が切れて血が流れ始めた。
だけどラッシュはやまない。
次は頬の内側の肉が切れた。
口の中に血の味が広がる。
それでもラッシュはやまない。
左腕の痛みと同時に作用して、俺の意識がだんだんと奪われていく。
思考が強制的に停止を余儀なくされる。
目の前がだんだんと黒に閉ざされていく。
わずかに瞳に移るのは虚の悲しそうな表情だけだった。
「はは、ははは、ははははは……」
壊れたオルゴールみたいにひたすら同じ音だけを繰り返す虚。
虚ろな瞳で空虚な世界を虚しく叩き続けていた。
目的なんてないだろう。
目論見なんてないだろう。
目録なんていらないだろう。
虚が、全てが虚空にしか見えない世界を見ることになんて。
でもな、虚。
お前にとってはそんな風に世界が見えなくてもよ、俺には見えるんだよ。
優花や悠花が笑って暮らせる世界の全てがよッ!
俺は右の袖口に隠していた最後の切り札、もう一つの武器を手に握った。
ミニリボルバー。
大きさは掌ほどのサイズで、重さも100グラムほど。
あってもなくても同じような存在感の銃だ。
どう考えても致命傷に至らすのは難しい威力しかないリボルバーだ。
だけど、なかなかの貫通力を備えてんだよ。
こんな近距離で撃てば隙が出来るくらいの威力はよ!
俺は引き金を引いた。
銃弾が、22ロングライフル弾が銃口から飛び出す。
弾丸は虚の背中を抉った。
虚の着ていた学ランを掠め取り、肌をも削る。
「あああああ!?」
不意打ちに、その威力に虚は後ろに飛びのいた。
俺への攻撃をやめて廊下を転がる。
不思議と無様だとは思わなかった。
ただ、人間らしいな、と思った。
「なあ虚、世界ってさそんなにつまらないかよ? そんなに興味を向けるものがないかよ?」
俺はミニリボルバーを再び袖の中へと収め、代わりにベルトに挿していたジャッジを構えた。
銃口を虚に向けながら、俺は言葉を続ける。
「自分を諦めちまうほどにこの世界は楽しくないか? こんなことをしちまうくらい虚しい世界か?」
痛む左腕を動かして口についた血をふき取る。
口の中に溜まった血を唾と一緒に廊下へ吐き出す。
少しずれた気がする顎を閉じたり開いたりして無理矢理強制した。
「俺はさ、この世界を捨てたもんじゃねえって思える。こんなに人間が生きるために必死な世界を俺は拒絶することなんて出来ねえよ」
そして俺は引き金に指をかける。
「だからよ、俺はまだお前を諦めたくないんだよ。だからさ、最後にお前の答えを聞かせてくれよ。お前はこの世界に生まれてよかったって思えないか?」
既に虚は背中の傷を痛がっていなかった。
俺の言葉を聞いて、自分の思考をまとめているようだ。
何を見ているかもわからない瞳で答えを必死に探していた。
虚の唇がうっすらと開く。
そして言葉を吐き出す。
「僕はさ、この世界に生まれてこれてよかったと思ってるよ。この世界に生まれなかったら、湊に会えなかった。自分を変えれるなんて微塵も思えなかった。春に出会えなかった。こんな感情になることもなかった」
声が震えている。
泣いて、いるんだろうか?
俺にはよくわからない。
日乃崎虚と言う人間が。
「僕は……もっと生きていたいと思っちゃったんだよね……。もっと早くこの世界の素晴らしさに早く気づけばよかった……」
すうはあ、と虚は息を吸って思い切り叫んだ。
「僕は死にたくない!」
俺はその言葉が聞けただけで満足だった。
いや、俺というよりも湊は、か。
湊も虚からこんな言葉が聞けたって聞けば満足してくれるよな。
こんな虚を見れたならば、湊も喜んでくれるよな。
「もっと生きていたい! この世界でもっと楽しく生きていたい! 僕はまだこの世界について何も知らない! だから知りたい!」
そんな虚の言葉を聞いても、俺の意思は変わらなかった。
虚は【悪】だ。
だから殺さなきゃいけない。
でも……殺したくない、と少し思ってしまった。
変わらないけど、思ってしまった。
「だからさあ……死んでくれよォォォォォッ!」
虚は俺に向けてジャッジを構えた。
その刹那、銃声が廊下に木霊する。
俺の手にしていたジャッジじゃない。
もちろん虚のジャッジでもない。
煙が上がっているのは、虚の背後からだ。
虚の背後にいる優花のジャッジからだ。
「あ……あ……」
バタン、と虚は床に倒れた。
着弾点は心臓の付近。
そこから流れ出した血液が次第に床に赤いキャンパスを作り始める。
真っ白な床が赤色が埋め尽くして行く。
「そうか……僕は……死ぬんだね……」
いつもと変わらない虚ろな瞳でどこかを見つめる虚。
俺は黙って、ジャッジをベルトに挿した。
俺が会談から飛んだときに優花から受け取ったメールの内容はこうだ。
『日乃崎の後ろにずっと私はいる。いつでも撃てる。だから春はやりたいことを精一杯やって。私が守るから』
まったくよ……守るのは俺だっての。
でも実際は俺が守られたことになるのか?
まあそんなのはどうでもいいや。
「そうだ……虚、お前は死ぬんだ」
「そう……か。残念だね」
その声はどこか嬉しそうにも聞こえた。
もしかすると今虚は、世界が色づいて見えているのかもしれない。
それを良かったと、言えるかは微妙なところだ。
「じゃあさ……最後に遺言を言わせてよ。いい……よね? 勝手に言うよ、湊と園影には本当に何か関係があるみたい……だよ。直接じゃあないかも……だけど……ね。もしかしたらさ、ここにいる全員が直接じゃないにしろ関係があるのかも……ね」
死ぬ直前のはずなのに、虚の言葉はいつものように飄々としていた。
死ぬ前だから強がっているのかもわからない。
どうにせよ、虚は死ぬ。
「言い残したことは……もうないか?」
「……僕もさ……もうちょっと……まともに……生きれる……未来もあったはず。なんて思ってた……んだよ」
「そうか……」
虚はもう耳が聞こえていないようだ。
俺の言葉に対する会話が成立していないのが良い証拠だ。
多分目ももう、見えていないだろう。
せっかく見えた世界ももう見えていないだろう。
「ああ……最後まで……くだらない……人生だったなあ……」
「そんなこと――――」
「――――でも……生きててよかった」
そして虚の体がガクッと倒れた。
もう起き上がることは二度とない。
つまり、日乃崎虚の人生はここで幕を閉じた。
「虚……じゃあな」
俺は別れの言葉を呟いた。
こうして、日乃崎虚と言う人間の幕が閉じたと同時に、俺達は生き残った。
【正義】が【正義】を殺した場合、自爆装置が作動する。
優花は虚を撃ったが、自爆装置は作動しなかった。
つまり、虚は【悪】だったんだ。
俺達はあと、四時間と少しで……日常に帰れる。
アホな友達や悠花の待つあの日常へ帰れる。
あと、もう少しで。
そこで俺の意識は途切れた。