【VS Vice】 3
――――夕凪春はベルトに差してあるジャッジを確認した
これから俺は虚と華の元に交渉へ行く。
それが平和なままで終わるとは虚の性格上考えづらい。
だから最悪の場合、『これ』で脅すことも考えなくちゃいけないかもしれない。
タイムリミットは刻一刻と迫っている。
残りは確か……五時間程度だ。
長いとは思うが、ゆっくりとしてはいる理由にはならない。
一分一秒でもこの首輪を外せるに越したことはないからな。
「にしても……虚たちどこに居るんだ?」
俺の【平和】の機械の特殊機能は『箱内の壊れていない機械の位置を表示する』だ。
だから虚の場所は直ぐにわかる、はずだった。
だけど俺が虚と華を探し始めて一時間が経っている。
場所がわかっているのに、見付からないのなら理由は三つだ。
一つ目は機械の特殊機能。
まあ機械というか【偽善】の機械限定だけど。
【偽善】の機械の特殊機能は『機械の特殊機能の無効化』だ。
それは誤解しかけていたが【悪】にだけ限定したものじゃあない。
だから俺の特殊機能は無効にされているかもしれない。
これが第一の可能性だ。
そして二つ目は機械だけを置いてどこかに隠れている可能性だ。
そうすれば俺の特殊機能を無効化することなく、身を隠すことが出来る。
その機械を相手に奪われる可能性もあるが、自爆装置を解除していれば問題がない。
この状況で自爆装置を解除できるプレイヤーがいるとすれば【偽善】と【悪】。
どちらも確認していないため、可能性はある。
最後の三つ目は、隠し部屋の可能性か。
地図上では表示されているが、その部屋は隠し扉でしか入れないと言う場合だ。
建物上の謎の空洞を作ることは可能なため、ないとはいいきれないだろう。
さて……どれが有力か。
正直どれも可能性としてはありえるんだよな。
否定できる理由がない以上、どれも真実になりえる。
ただわかることが一つある……。
――――どれにせよ虚はまともにこのゲームを終わらせる気はなさそうだな
一にせよ、二にせよ、三にせよ、どれにせよ誰かを騙すのが目的だろうからな。
隠れるのが手段で騙すのが目的なのか、騙すのが手段で隠れるのが目的なのかは定かじゃない。
問題なのはそれがクリアのためにしていることなのか、それとも賞金アップのためにしているかだ。
虚の機械は消去法で、【悪】か【偽善】。
じゃあ華の機械は虚の機械ではないほうの機械だ。
どっちがどっちにしても、この二人が組んでいる理由はない。
【悪】と【偽善】なんて特に相手の機械がわかればその瞬間にでも殺したい相手だろうしな。
だから二人共が今まだ生きているとはとても考えにくい。
だとすれば今生きているのはどちらだろう、と言う話になる。
俺を騙しているのはどっちか、でもいい。
とりあえず、華が俺達と会った一時間半前くらいまでは生きていたのは確かだ。
しかしそれ以降になると予想のしようがない……というわけでもない。
常識的に、良識的に考えて華が虚を殺せるとはとても思えないからだ。
話を整理すると、一時間半以前にどちらかが死んでいるとしたら虚、それ以降ならば華ということになる。
あくまで仮定の話だけどな。
そして俺は機械の表示がある教室へと入る。
もちろん人影はない。
少なくとも俺の目の届く範囲には。
二の場合、つまり機械を置いてどこかに隠れている可能性があると考え教室の中の机などを調べてみることにした。
まずは机の中かね。
一つ一つ大雑把に確認する。
要した時間十分、成果はなし。
次は後ろの個別ロッカーかな。
数は目測で……30かな。
明らかに机の数とあってないが、多分ロッカーの方は後からつけたものだからだろう。
根拠は簡単、普通ロッカーは教室にない。
ロッカー探しに要した時間はまた十分。
成果も……まあ察して欲しい。
さてあとは掃除用具箱くらいかな。
後ろから廊下側の壁を伝って、掃除用具箱へと歩く。
時間は数えるまでもない。
そして後二歩圏内に掃除用具箱が近づく。
直後俺の鼻先を風が切った。
「んあ? ……はぁッ!?」
一瞬何が起こったか理解できなかった。
そして一瞬を過ぎるとそれが何かを理解する。
弾丸だ。
銃弾。
あからさまな殺意が俺の目の前を通り過ぎて行った。
俺を貫こうとしてどこからか飛んで来た。
「誰だッ!?」
俺はベルトに挿してあったジャッジを廊下へ向ける。
そこにいたのは……虚だった。
銃を構えてこそいるものの、表情は恐怖に染まっていた。
「相手を恐れる余りつい撃ってしまいました」ってか?
虚に限ってそんなことがあるのか?
「な……なんだ、春か。よかったよ」
緊張で固くなっていた肩の力が抜ける虚。
俺に撃って来たと思われる銃口から煙の上がっているジャッジをベルトへと差し込む。
さて、これは演技か、それとも本音か……。
多分演技だろうな。
「えーと……これはどういうつもりかな?」
だから俺は虚の額にジャッジを向けた。
言うまでもなく虚は危険だ、だから優位に立つべきだ。
主導権を虚に握られてはいけない。
俺の本能だか、理性だかがそう言っている。
「何故いきなり撃ったか説明してもらおうか?」
そもそも虚の言葉と行動は矛盾している。
俺のことを【悪】と思って動いていたのなら、それはそもそも基盤からしておかしい。
何がおかしいって、機械を隠していることがだ。
【悪】相手に機械を危険に晒すなんてのは自殺行為他ならないからな。
逆に俺を【悪】だと思っていなくて撃ったなら普通にこのまま虚を撃ち殺した方がいいだろう。
それは虚が【悪】である可能性が高いからだ。
だけど本当に撃つつもりはまだない。
まだ、今はな。
「そ、そりゃ相手が誰かわからないから威嚇射撃のつもりだったんだよ」
「それは違うな。今生存しているプレイヤーは、俺と優花と華と虚だ。だから誰かわからないなんてことはありえない」
俺も優花も華も虚も全員が体格は似ていない。
俺と虚ならまだ有り得たが、それは有り得ない話だ。
嘘を吐いたことで、虚は一歩追い込まれたな。
と、そこで俺は虚と俺の違いに気がついた。
それは外見的には小さな差だが、ゲーム的には大きな差だ。
質問するために俺はジャッジの銃口を虚から逸らした。
「いやそんなことはどうでもいい。何故虚、お前は……自爆装置が外れてるんだ?」
突然俺がそんなことを言ったのが予想外だったのか、虚は疑問の表情を浮かべた。
けどすぐにいつもの表情に戻り、自分の首筋をなぞる。
そして不敵に微笑む。
しまった……これは主導権を握られてしまったか?
だとしたらまずいな……。
「そりゃ――――外すことに成功したから、外してるんでしょ」
そう言ってどこかから取り出した自爆装置を指でくるくると回し始めた。
回して勢いをつけそれを俺へと投げ飛ばす。
それを反射的に俺は回避した。
これが作動しない保障もないからな。
カランカランと自爆装置が床を転がる。
作動する様子はまったくなかった。
心配も杞憂に終わったわけだ。
「じゃあさ、頼みがあるんだけど聞いてもらっていいか?」
俺の言葉を聞くと虚は、待ってました、といわんばかりの笑みを浮かべる。
やっぱり主導権は握られているようだ。
俺だけじゃあ虚を簡単に言いくるめるのは難しいとは思っていたけど、ここまでとはな。
湊の苦労がよくわかる。
「頼み……ねえ。いいよ、聞いてあげる。でも、僕が聞ける範囲でお願いね」
冗談っぽく笑う虚。
だが目は笑っていなかった。
獲物を見つめる鷹の様に貪欲な目。
本当に俺が獲物にならないように気をつけなきゃな。
「恐らく聞いてもらえる範囲だろうと思う。虚が自爆装置を解除してるなら、俺に機械をくれないか?」
「へえ……なんでかな? 理由次第ではあげてもいいよ」
と俺は条件を提示しながら内心、虚が【悪】か【偽善】のどっちなのかを考えていた。
この時点で、と言うよりも俺と優花の機械が【平和】と【孤独】な時点で虚と華の二人の機械が上記の二つなのはわかっている。
その二つはどちらも今の時点で自爆装置を解除することが可能だ。
だから虚をどちらの機械の持ち主だったかを絞ることが出来ない。
もし虚が【悪】の機械の持ち主だとすれば俺の命が危ないから、この判断は早くするべきだ。
いや俺の命だけじゃない、優花の命も危ない。
虚に頼んだこれには俺の【平和】の機械の解除に使うのと同時に、虚の機械、同時に華の機械を暴く意味もあった。
「理由は単純に俺の機械【平和】の『枷』に必要だからだ」
と言いながら俺は虚に機械を見せた。
それを見て虚はうーんとうねりながら指を顎に当てる。
迷うような問題ではないはずなんだけどな……。
「ごめんけど、それは出来ないかな」
「はあ? 何故だ?」
虚の解答に俺は眉を吊り上げる。
やっぱり虚は……【悪】なのか?
ジャッジを持った右腕を徐々に上に上げていく。
それに気づいたのか虚は弁解の言葉を紡ぎ始めた。
「ちょっと待ってよ! これにはちゃんとした理由があるんだ。僕の機械がこれだからさ、もう自分の手で壊しちゃったんだよ」
そう言って俺に向けた機械は【偽善】だった。
【偽善】の『枷』は「建物内でプレイヤーが三人以上死亡するか、機械を三台以上破壊されること」だったか。
だとすれば前の条件、建物内でプレイヤーが三人以上死亡するを満たしているため、自爆装置を解除していることに納得が行く。
それにクリアを確かめるための条件に機械の破壊も含まれているから、機械を壊していると言うのもありえなくはない話だ。
「じゃあ、お前のその【偽善】の機械は俺にくれてもいいだろ? ダメか?」
俺の『枷』に必要な機械は四つ。
だけど俺は既に【調停】の機械と【信頼】の機械を所持している。
それに一応優花のもあるため、あと一つの機械で俺の『枷』はクリアできる。
二つあるに越したことはないが、一つでもあるだけいいだろう。
「うーん、やっぱりこの【偽善】の機械は【悪】と戦う上で武器になりえるからね。だから簡単に渡すわけにはいかないよ」
そう来たか……。
確かにそれは正論でおかしいことを言っているわけじゃない。
それでも俺は機械を手に入れないわけにはいかないんだよな。
……というか、華はどこにいるんだ?
確か虚と組んでいると言っていたはずだ。
なのに一緒にいないどころか、虚がそれを話題に出すこともしない。
俺はなんともいえぬ違和感を抱いたが、それを疑問へと昇華させることは出来なかった。
そう言えば華は湊の機械【絆】を持っていっていたはずだ。
だから虚と華は【偽善】、【悪】、【絆】の三つの機械を持っている。
そのうち一つが壊れていて、もう一つは恐らく掃除箱に隠してあって、最後の一つは華が持っている。
もしかすると華の持っている機械が本当の【偽善】の機械という可能性もあるし、華の所在を虚に聞くことにするか
「……わかった。あと、もう一つ質問してもいいよな? 華はどこにいったんだ?」
「えっ? ああ、そう言えば春と暁のとこに華は行ったんだったね」
それから話しを聞くと、華は俺達に会った後虚の元に帰ってきて、そして直ぐにどこかへ行ったんだという。
だけどそれは嘘だ。
いや、正確には虚が俺に伝えていない部分があるのかどうかでそれが嘘かどうかは決まるんだけどな。
それは、華が機械を持っているのかそれとも持っていないのかだ。
虚は今少なくとも一つの機械を壊し、一つの機械を所持している。
その最低の個数しか情報がない今、『華が機械を持っているなら俺の機械に表示されるはず』なんだ。
だけど優花のものと俺のものを除外すると今機械の地図に表示されている点は一つしかない。
しかしそれは虚の【偽善】のものではない。
じゃあ――――掃除用具入れに入っているのは誰の機械なんだ?
「なあ虚、華は機械を持っているか?」
「ん?」
俺の質問の意図がつかめないのか、虚は素っ頓狂な疑問を上げた。
これは演技なのか?
にしてもは自然すぎるタイミングでの言葉だった。
このままでは話が進まなそうだったから、俺は仕方なく具体的な質問に言い換える。
「だから華が虚に機械を預けたり、なくしたりした話は聞かなかったか? じゃなきゃ色々と説明のつかないこともあるんだ」
「ああそういうことね。確か華はそこの掃除道具箱の中で何かしてたから、もしかするとあるかもしれない。解答はこれでいいかな?」
「……ああ、それでいい」
虚の方を見ながら後ろの掃除用具箱へと近づく。
そして掃除用具箱のドアを開いて、中を確認する。
すると中には箒が五本とちりとりが二つ、そしてバケツが置いてあった。
裏返してあるバケツをひっくり返すとその中には機械があった。
画面をタッチして、その機械の名称を確認する。
華の機械は、虚の機械は【悪】か【偽善】かどっちだ……?
「え?」
その画面に表示された文字を見て俺は驚きを隠せなかった。
画面に表示された文字は【孤独】。
それは優花の機械のはずじゃ……?
いや違う、これは【孤独】に偽装した【悪】の機械か!?
直後、俺のわき腹に衝撃が走った。
鋭く鈍いその痛みに俺は口から酸素を吐き出しながら、吹き飛ばされた。
何があったかを把握するよりも早く俺の体は壁へと激突した。
「がはっ」
さっきまで俺がいた場所を見るとそこには足を降ろした虚の姿があった。
間違いない、俺を蹴ったのは虚だ。
「どういう……つもりだ……?」
「どういうつもりもないよ。こういうつもりさ」
床に落とした【孤独】――――じゃなくて【悪】の機械を拾う虚。
そしてそれをポケットにしまう。
入れ替えるように手にジャッジを持ち銃口を俺へと向けた。
不敵に微笑む虚と苦痛に顔を歪ませる俺。
俺の優位はとっくに返されていたようだ。
まったく……本当に食えないやつだな。
「華は……虚が殺したのか……?」
「そうだよ」
即答だった。
悪びれもせずに、即答で自分の否を認めた。
虚を良く見てみると、いや虚の靴を良く見てみるとうっすらと血が着いているのがわかった。
それは恐らく華の血だろう。
クソ……、既に華まで死んでたのか……。
俺は痛むわき腹を押さえつつ立ち上がる。
膝がくすくすと笑って震えていた。
一字的なものだろうし、直ぐに直るだろうが、今直ぐに動けないのはまずい。
銃口を向けられている今動けないのは……まずい。
「まあこの際誰がどの機械だったとかどうでもいいじゃん? どうせ死ぬんだしさ」
バンと渇いた銃声が教室銃に響く。
そして俺の横に着弾する。
耳がキーンと耳鳴りを鳴らした。
銃弾が俺に当たらなかったのは本当に偶然だっただろう。
「なんで……こんなことするんだよ……。なんで俺達をこんな目に会わせるんだよっ!」
虚は【悪】で確定した。
それは=で俺達をここに連れてきたのも虚で確定だろう。
じゃあなんでこいつは俺達をここに連れてきたのか、それだけが気になってしょうがなかった。
俺の質問に虚は少し笑顔を見せた。
だけどその間にも銃口は決して俺から逸らさない。
「なんで……ね。こういうことをすることに理由がいるのかい?」
虚の言葉に俺は反論しようと思ったが、ダメだ。
言葉が出ない。
「だって人が人を殺そうとするのは、当然のことじゃん? 日常ではみんな抑えて堪えてるけど、こんな非日常で抑える必要はない。こんな言葉で考えることも、論理で考える必要も、詐術で考えることもない。ましてやそこに好み(ライク)もないし、悪意もないし、選択もない。ただ人間の本質の偽っている(フェイク)が邪魔しているだけさ」
語る虚の様は実に楽しそうだった。
詭弁、偽論、藁人形。
あらゆる要素が虚を構成している。
あらゆる悪意が虚を形作っている。
「だから正直になろうよ。自分に正直に、自分の本心に正直になろうよ。そうだね僕みたいに――――悪になるってのはどうかな?」
まさか……それを試すために俺達をこんなとこに連れてきたってのか……?
人間の本心、人間の本性、人間の醜さ、人間の愚かさ、それらを俺達に思い知らせるためにこんなことをしたってのか?
そのために四人は死んだってのか……?
「……ざけんなよ」
「ん?」
「ふざけんじゃねえって言ってんだッ!」
俺は叫んだ。
目の前の元凶に向かって思い切り言葉をぶつける。
今までは目の前の敵が見えなくて小さく嘯くしか出来なかったが今は違う。
俺は言える、目の前のクソ野朗に俺の本音をぶつけることが出来る。
「何が本音だ! 何が本性だ! そんなの知ったことじゃねえ! そんなテメエのくだらねえ妄言虚言の為に遊李は! 初音は! 湊は! 華は死んだって言うのかよ! そんなのが許されてたまるか、そんなのが認められてたまるか!」
わき腹が痛むとかそんのは関係ねえ。
今動かなくていつ動くって言うんだよ。
今こいつを殺さずに俺はいつこいつを殺せるって言うんだ!
言ってたよな湊、『悪なんて人間じゃなくてただのゴミだ』って。
じゃあ俺がこいつを殺してもそれは約束を破ったことには……ならないよな?
いや、そうだと言ってくれよ……。
だって――――
――――俺はこいつを救うなんて出来ない
「あはは、変なことを言うね春! 僕は許してもらおうなんて思っていないよ。僕は認められようなんて思っちゃいないよ。僕はもう許されてるし、認められてる。他でもない僕自身に」
「テメエが許そうが認めようが関係ねえし、知ったこっちゃねえ! 俺が絶対にテメエを許さねえ!」
俺はジャッジを構えた。
銃口はもちろん虚を狙っている。
しかし虚は俺に銃口を向けていない。
向けれないんじゃなくて、向けていないだけ。
つまり虚は、『夕凪 春程度に日乃崎 虚は殺せない』と思ってるわけだ。
「冗談じゃねえぞ……。本当に俺はお前を撃てる」
「そう……だな。確かに春は俺を撃てるよ。撃てないんじゃなくて撃たないだけ」
銃口を向けられてなお虚は語る。
怖気ず、恐怖せず、焦らず。
いつもの調子でただただ言葉を吐き出す。
「春自身もわかってるんじゃないの? なんで今自分が撃たないかを。だって『僕を撃って外したらその次はないから』ね」
そうだ、俺はこのチャンスである一発を外せば間違いなく次の銃弾を放つまでに殺される。
俺が殺されるのは全然……ではないけど問題はない。
だけどそこじゃないんだ。
俺が殺されれば次に虚が殺すのは優花。
それを許すわけにはいかない。
だが俺はこの一発を100パーセントに命中させれるとは思えなかった。
銃を構えたの自体始めてだし、撃ち方の練習もしていない。
そんなドブの初心者が当てられるとはとても思えなかった。
外した代償が俺と優花の死ともなれば緊張も数倍だ。
「まあそれでも撃つなら構わない。さあ僕を殺せ」
両手を広げて無抵抗の意思を見せる虚。
だが俺はそれに対しても引き金を振り絞ることが出来なかった。
手が俺の意思とは無関係にぶるぶると震えている。
なんでこんなときにブルってんだよ!
俺は優花を守るんじゃなかったのか!
所詮そんなもんなのかよ、夕凪春ッ!
違うだろうがッ!
「ほら、撃てない。わかりきっていたことだけどここまではっきりすると興ざめするよ?」
虚の挑発にさえ俺はなんにも言葉を返せなかった。
情けない、とは思わなかった。
「だからさ、一回チャンスをあげる。僕の前から一回逃げなよ」
「はあ!?」
「よく考えてみなよ、僕の目的は【正義】の全滅じゃないんだ。僕の目的はゲームを楽しむことさ。だって僕は【正義】を全滅させる必要はないんだからね」
確かに【悪】の勝利条件に【正義】の全滅は入っていない。
つまり虚は嘘は言っていないんだ。
だからと言って俺がここから逃げるなんて……。
「もう一度言う、逃げなよ。このままじゃ君は僕に殺されるよ? だからチャンスをあげるよ、僕の前から一回逃げて僕を殺す準備を整えると良い」
「そんなの……出来るわけ――――」
「――――ぐだぐだ言ってないで早く逃げろよ。暁も一緒に今殺されたいか?」
「ッ――――」
俺は言葉を返さず虚の居るドアとは逆のドアから教室を抜け出した。
そして真っ先に優花のいる教室へと向かう。
逃げるわけじゃない、守るためだ。
さっき別れたばっかりでいきなり会いに行くのは少しかっこわるいけど、そんなことを言っている場合じゃなかった。
一刻も早く優花の安全を確保しなけりゃ、俺が虚に勝つことは出来ない。
勝つ意味がない。
教室の前へ辿り着き、ドアを開けて開口一番に優花の名前を叫ぶ。
もうこの建物で生きているのは三人だけ。
そして恐らく虚は直ぐには襲ってこない。
だから声を出すのに遠慮はしなかった。
「……え?」
教室はもぬけのからだった。
人の気配はない。
優花はいない。
だけどだからと言って交戦があったようには見えなかった。
じゃあ……優花はどこに言ったんだ?
「そうだ、特殊機能! 俺の特殊機能で見れば直ぐにわかる!」
俺はポケットから機械を取り出し、特殊機能を発動した。
だが地図のどこにも優花の姿はない。
違う、どこにも優花の機械の反応がない。
「どういう……ことだよ……?」
何かの拍子で機械が壊れたとかか?
だけどなんで壊れた?
まさかッ――――
「あの掃除用具箱に入っていた機械は【悪】じゃなくて……本当に【孤独】の機械だったのか……」
だとすればまだ説明がつく。
虚から逃げるために機械を犠牲にして逃げた。
何故機械を置いて逃げたかと言うと、【悪】の機械を持っていると思われる虚から逃げるためだろう。
【悪】の特殊機能で偽装する機会を【平和】にすれば、特殊機能で他のプレイヤーを探索できるからだ。
いやダメだ、それじゃあまた説明がつかないことが出来てくる。
何故逃げている間に俺に鉢合わせなかったのか。
なんで俺はずっとあの掃除用具箱のある教室の前にいたのに優花に出会わなかったのか。
じゃあなんなんだよッ……!?
と考えていたときに突如機械が鳴り出した。
メニュー画面へと移ると、そこにはメールの受信を表す表示がされていた。
そこをタッチすると次のようなメッセージがポップアップする。
『あと五分後に追跡始めるから、逃げといてね』
文面から判断するに、これは優花からじゃなくて虚からだろう。
さっき丁度【悪】の特殊機能で偽装していたしな。
優花のことはまた逃走しながら探すか。
とりあえず……無い脳みそ捻って策を考えるとしますかね。
最後はもちろん――――ぶん殴って終わらせるでフィニッシュだ。
だけど武器がジャッジ一丁しかないのは辛い。
それに対して虚はジャッジ+機械を数台、そして謎の拳銃をもう一丁だからな。
元の身体能力と知能も違うのにこれは不利すぎる。
流石主催者、不平等はお手の物ってわけかよ。
「ん……?」
と俺は一つの机の上にキラリと光るものがあるのを見つけた。
それに近づいていくにつれてだんだんと正体がわかってきた。
これは……
「銃……? にしては少し異質な見た目だけど」
なんと言うか一般的な拳銃とは一味違う感じの銃だった。
そもそも銃と呼んでいいのかもわからない形状だ。
その横にはこの銃専用と思われる、銃弾も置いてあった。
弾も含めてまるで子供のおもちゃだ。
と思って手に取ると思いのほか重量があった。
多分ジャッジよりも重いな、これ。
銃の下には説明が書かれた紙も置いてあり、それを手にとって読むことにした。
『照明弾ピストル モデルM。文字通り照明弾を発射することが出来る。照明弾が直接当たれば重度の火傷を負う。しかしその真価は目暗ましとして使うことである』
これはどうやらおもちゃなんて馬鹿に出来ない効果を持っているみたいだな。
重度の火傷って……。
それに照明弾か、これは使えそうだ。
これで大分選択肢は増えてきたな。
そろそろ行くか、と廊下へと足を進めるとまたもや、金属の煌きを持つ何かが目に入った。
足を進めて床に落ちて、いや置いてあったそれを手に取る。
これまたおもちゃみたいな銃だな。
だけどそれもまた、一緒に置いてあった説明書きによって払拭された。
直接的な戦力には結びつかないが、それでも選択肢を増やすには充分だ。
まあどうにせよ武器は多い方がいいからな。
これで俺の武器は、ジャッジ、モデルM、それと『コレ』。
よし、これだけあれば互角以上に戦える。
「さて、気合入れていきますかっ」
三つの武器をそれぞれ取り出しやすい場所に入れて肩をぐるっと回した。
コキコキと小気味良い音が鳴って、俺の気分を高揚させる。
さて、終わらせてきますか。
俺は教室のドアを開け放った。