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HELL DROP  作者: 明兎
13/19

【VS Vice】 1

 ――――夕凪 春の精神は蝕まれ始めていた


 度重なる死を目の前に目撃し続けて、精神が段々と壊れてきていた。

もともとこの環境自体がよくない状況なのに、そこから更に人の死が積み重なっているのが最たる原因だろう。

それでも俺の精神がまだ壊れていないのは奇跡でも偶然でもなく、隣にまだ優花がいるからだろう。

多分優花がいなかったら俺の精神は壊れてさっきまでの湊の様になっていただろう。


 とは言っても最後まで湊は自分を全うできていたと思う。

途中で人を疑ったけれど、最後にはちゃんと自分らしくいられた。

最後まで自分らしくいられる人間なんてそうそういない。


 「もう……嫌……」

 

 ほぼ同時に訪れた初音と湊、二人の死は優花の精神をも確実に蝕んでいた。

地面にぺたんと座り込み、涙を流し続ける姿はとても見ていられない。

だけどそれに対して何も出来ない俺が一番目も当てられないな……。


 せめても、と思い俺は初音と湊の死体を隠すことにした。

俺は制服を脱ぎ、湊の首を胴体の元へと置く。

初音も同じようにして湊の横に並ばせ、湊が遊李にしていたように制服を被せた。

そして手を合わせて合掌、二人があっちで愛沢さんと会えていることを祈る。


 俺は後ろを振り向いた。

後ろで倒れている優花に大丈夫なんて言えないのが相変わらず情けないよな。

だけど何も言えないのではなく、何も出来ないから余計に悔しい。

無責任な言葉は人を傷つけることを俺は知っていたから、と言い訳をするのが精一杯だ。


 「ふざけんなよマジで……。何人がこの建物の中で死ねば気が済むんだっての……」


 そんな怒りの声にも力がまったく入ってない。

仕方なく俺は壁にもたれかかって、腰を落とす。

これから俺は何をすべきかを考えた。


 ――――華を助けてやってくれ


 ――――日乃崎を救ってやってくれ


 ――――二人共……生きて……帰れ


 湊の思いを全てクリアするとしたらとりあえずはあの二人に会うべきか。

それでちゃんと二人と話し合って、和解して、協力するべきだ。

無下に話さないと避けるのは得策とは言えないしな。


 虚はもしかしたら【悪】かも知れない。

と言うよりも湊なんかは虚が【悪】だと思っていただろう。

だとしたら俺はゲームとしては虚を救えない。

いや、むしろ優花を悠花の元に帰すために殺すかもしれない。


 だが、それがゲームの上でなく人間として救ってくれと言う意味であれば話しは変わってくる。

多分湊の言った救えは、虚の精神を救ってやれってことなんだと思う。

ゲーム的には救えなかったとしてもせめて改心させてやれと、そう言う意味なんだろうな。

だとしたら俺は虚を救えるかもしれない。

いいや違うな、絶対に救ってやる。


 だとしたらこれ以上しょぼくれてる暇はなかった。

確かに湊が死んだのは悲しい。

そしてそれ以上に辛い。

だけど、だからと言ってこのまま何もしない理由にはならないんだ。

俺達は生きて帰らなければいけないんだから。


 「優花立てるか……?」


 体を起こして優花に声を掛け、手をさし伸ばした。

しかし優花は首を横に振り、立ち上がろうとしない。

そして泣きながらに言葉を吐き出す。


 「もう嫌……。動きたくないよ……。もう……人の死ぬとこなんて見たくない……」


 そうか……優花はもう限界だったんだ。

蝕んでいるなんてレベルじゃなくて、限界だった。

男の俺でさえ優花が居なければとっくに壊れていた状態なんだから、頼るべき相手がいない優花は既に壊れていてもおかしくない。


 俺はこの時点でまだ折れていなかった。

いや、さっきまでの俺だったらもうここで折れてただろう。

だけど今の俺は、生きるための決意を持ち始めた俺は違うんだ。

生きて帰るから俺はあえて厳しい言葉を優花に言葉を掛けた。


 「優花……甘えるんじゃねえよ」


 「えっ……?」


 多分優花は俺に大丈夫、みたいなニュアンスの言葉を期待していたのかもしれない。

だけど俺はそんなことを言わなかった。

文字通り優花を甘やかしたくないから。

優花の肩を掴みながら俺は言う。


 「俺達がここで動かなかったら遊李や初音や湊は何の為に死んだんだよ! 俺達をこうやって足止めさせるためか? 違うだろ! だから俺達が今やるべきなのは恐怖で足を止めることなんかじゃねえ! 俺達がすべきなのは、三人の分まで生きることだ!」


 「だけど……私なんかが……」


 優花の言葉を聞き俺は少し息を吸って、最後のひとことを口にした。


 「安心しろ、お前には俺が着いてる!」


 ほとんど一気に言葉を口に出した俺は膝に手をつき、ぜえはあと肩で息をする。

調子に乗って喋りすぎたから息が切れた。

本当に慣れないことはするべきじゃないよな。


 その慣れない行為の報酬は……優花の笑顔だった。

既に涙をふき取って、優花は笑顔を見せていた。

それは作り物の笑顔なんかじゃなくて、心から笑っていることが表情から伺える。


 「はは、あはは! 本当に春ってば……」


 俺と優花は笑い合っていた。

さっきまで泣いていたのが嘘みたいな様子で馬鹿みたいに笑っていた。

これを守るためには優花が生きてるだけじゃダメだよな。

多分優花は俺が死んでも悲しむ。

それくらいに、優花は優しいから。

だったら生きてやりますっての!


 とそんなやり取りのお陰で優花の表情にも活気が戻っていた。

これで一つ心配が減ったなあ、とか言えるくらいに俺の精神にも余裕が出来てきているようだ。

いい傾向だな、少しずつ俺と優花は元に戻ってきている。


 これだったらあと数分もしたら、あの二人の元へ行っても大丈夫だろう。

優花の疲労も大分なくなってるみたいだしな。

交渉が良いように進めばいいな、なんて淡い希望を俺は抱いた。


 と、そこ招かざる客が訪れた。

いや、ある意味招いている客だけど。


 俺達から離れている方の教室のドアがガラガラと開かれる。

虚の襲撃かと予想し腰の銃に手を掛けながら振り向く。

そこにいたのは虚じゃなかった。

虚の方ではなかった。


 だとすれば教室に入ってきたのが誰だったかは直ぐにわかる。


 そう――――園影華だ。

手に持ったメモ帳に文字を書きながらこっちへと近づいて来る。

そしてそれを俺の目の前に迫った頃にに向けてきた。


 『その制服の下に隠れてるのは鏡峰さんと滋賀井さんの死体?』


 単刀直入なその問いに俺は少し言葉を渋りながら答える。


 「ああ……そうだよ」


 華の表情は至って冷静だった。

いや冷静と言うよりもその表情は……無。

目の前の二人の死体を目の当たりにしても、それをただの死としか捕らえてないようだった。


 と言うか……華は遊李の死体を見てショックを受けて俺達の元を離れていたんじゃなかったのか?

それなのに今は自ら死体を見て、自分から確認まで取ってきた。

じゃあ今まで華は……何をしていたんだ?


 『と言うことはさっきの音はこの二人の自爆装置の爆発と言うことでいい?』


 俺は首肯する。

無言で首だけでの返事は失礼かもだが、考え事と疑いがあったからそうは思わなかった。

流れをひっくり返すくらい、今の話に関係ない質問を投げかけてみた。

その質問は、俺の思考の結論でもある。


 「華はさ……もしかして虚と組んでいるのか?」


 その質問に華は一瞬眉を動かした。

思考を始めて直ぐにメモ帳に回答を書くことはない。


 一分ほどかかってやっと自分の中で回答が纏まったようで、メモ帳に書き始めた。

さて、俺の予想は……。


 『はい、私は今日乃崎さんと組んでいます』


 ……やっぱりか。

そう考えるとここに来たのも虚が俺達の様子を見てくるよう、華に頼んだからだろう。

つまり華は俺達の元に返ってこなかったんじゃなくて、返ってこれなかったのか。


 さて、こうなってくると疑問がまた一つ増えたな。

華は、最初から虚と組んでいたのか、それとも遊李が死んだ後のタイミングで虚と組んだのか。

これはどうでもいいようで重要だ。

華の人間性を確かめる上では凄く大事。


 湊に聞いた話だと、虚と湊の最初の出会いはなかなか衝撃的だったらしい。

初音と華を襲っていた虚を湊が逆襲したのが、ファーストコンタクトだったか。

つまりさっきの疑問の意味は、華は偶然襲われたのか、それとも故意に襲われたのかの追求だ。

それによっては……華も【悪】と言う可能性もあるからな。


 「いつから虚と組んでたんだ?」


 それに関しては予想していたようで直ぐに答えた。

隠す様子もなく、毒食わば皿までと言った感じか。

ん、使い方これで良いんだっけか?


 『入戸さんが死んだ後鏡峰さんが日乃崎さんを殴ってから、皆さんが教室から出た後くらいです』


 じゃあ虚に襲われたのも偶然だったわけだ。

これで華が【悪】、湊たちの実質的な敵じゃなくてよかった。

だからと言って可能性が0になったわけじゃないけどな。


 ともかく、二人が組んでると言うなら説得が同時に出来るし話が早い。

それに組んでいるというなら全員と敵対する気がない、つまり協力する気はあるってことだ。

これは悪くない。


 『ところで質問です。何故二人の自爆装置が作動したのですか?』


 「話すと少し長いから覚悟しろよ」


 少し冗談っぽく華に話し始めた。

思い出すと少し苦い思い出だが、これもしっかりと記憶に刻み込むと言うためには重要か。

所詮言い訳だけどな。


 『そうでしたか……。ありがとうございます』


 どういたしまして、と俺が華に話しかけようとした途端、華は既に動き始めていた。

そして二人の死体へと近づき、二人の衣服に手を突っ込み始める。


 「おい華、何やってんだよ!」


 華の肩を掴んでその動きを静止させる。

けど華は俺の手を振り払い、自分の目的の遂行を優先した。

俺はその行動にに驚く。

それは相手が女の子、しかも自分より年下だったのが手を出せない原因の一つでもある。


 俺が驚いている間に華は二人の死体から目当てのものを見つけたようだ。

それを構って目当てのページへと移動させる。

そして見つけたそれを俺と優花に見せ付けた。


 「これは……二人の機械か」


 華が手に持っていたのは二台の機械だった。

それぞれ表示されているのは、【絆】と【信頼】。

これで二人が正真正銘【正義】だったことが証明された。

まあ、それでなくとも信じてたけど。


 華はそれにポケットから出した自分のものであろう機械を取り出した。

それを二人の機械を操作したのと同じ要領で操る。

すると突然ピピッと音がして、それから立ち上がった。


 「……?」


 言葉こそ出せなかったが、華は頭の上に疑問符を上げていた。

納得いかないように、腑に落ちないように。


 そして華は何か区切りがついたかのように、歩き始めた。

俺に初音の【信頼】の方の機械を投げ渡すとすたすたと入ってきた方の教室のドアへと向かう。

それを俺は話だけでもしようとその体を引き止めた。

今できる説得を後にまわす必要はないからな。

虚の元に連れて行ってもらえるなら一石二鳥だし。


 すると華はあらかじめ文字を書いていた、俺にメモ帳を見せた。


 『鏡峰さんも滋賀井さんは【悪】じゃなかった。なのに、二人の自爆装置は起動した』


 俺が目線で読み終わったのを見計らって次のページを捲る。

そこにはさっき華が思ったのであろう疑問が書いてあった。

何故俺と優花はこれに気づかなかったのだろうか。

違う、何故追求しなかったのだろうか。


 『だとすれば……本当の【悪】は誰なんでしょうかね』


 俺と優花は無意識に理解していたんだろう。

俺と優花は無意識に追求してはいけないとわかっていたんだろう。

正確に言うと俺はわかっていた。

ただ、誰もを疑いたくなくて、自分に嘘を吐いていた。


 それだけを俺達に見せるとさっきまでと同じように手を振り払い、教室を出て行った。

俺はもう一度引き止めることが出来ないくらいにその言葉に衝撃を受けていた。

そんな俺を他所に華は部屋を出て行く。


 本当だ……湊の機械に示してあった球体で初音の自爆装置が起動したのに、湊は【悪】じゃなかった……。

だとしたら誰が湊の機械に示してあった球体と、【悪】の機械の球体を摩り替えたってんだよ。

俺は優花に眼を向ける。


 もちろん優花が【悪】だと言いたいわけじゃない。

だけど……だけど、もしかしたらありえなくもないから一応確認するだけだ。

大丈夫だ、俺はまだ優花を信じているんだから。

だから――――優花を信じていいはずだよな?


 「優花じゃ……ないよな?」


 俺の言葉に優花は動揺した。

短く声を上げて、瞳から再び涙がたまり始めている。

その表情は自分の隠していることがバレたと言うわけではなく、自分が疑われていると言うことに対して驚いているようだ。

優花の反応を見て、俺は自分の失言をやっと理解し訂正する。


 「あ、いや、違う! 別に優花を疑ってるわけじゃないんだ! むしろ――――」


 「――――それが……春の本音なんだね……」


 既に遅かった。

自分の言ってしまったことに後悔するのが遅かった。

もっと早く、それこそ言う前に気づいていれば話は変わっていただろう。


 さっき言ったとおり俺は優花を完全に信じている。

だからと言ってそれが優花も俺を完全に信じていると言うことにはならない。

一方通行であって、循環ではない。

その勘違いが、俺の『確認』を『疑い』へと変化させた。

  

 「もう……やだ……」


 俺は取り返しのつかないことをしてしまった……。 

仲間がいないとこのゲームの勝ち目なんてない。

それなのに俺は一瞬でも優花を疑ってしまった。


 「違う、違うんだ優花!」


 「やだやだやだ! もう何も聞きたくない! 信じたくない!」


 耳を子供の様に両の手で塞ぐ優花。

それを見て再び優花の精神状態を思い出す。

何度も人の死を目撃して壊れかけていて、それをなんとか持ち直したところだじゃねえか。

それなのに俺が再び裏切りまがいのことをしてしまったせいで元に戻ってしまった……。

俺は……なんてことをしてんだよ……。


 それは謝って済むレベルではない。

フォローをして済むような問題ではない。

それでも俺は説得を試みる。

だけどどうなるかはわかっていた。


 「頼むから、話だけでも聞いてくれって!」


 「うるさいうるさい! どうせ春は私が【悪】だと思ってるんでしょ!? もういいから私を一人にさせてよ!」


 あ、あ、う、とだらしない言葉が俺の口からあふれ出す。

己の醜さに、己の不甲斐無さに、俺の弱さに何も言えなかった。

優花の言い分は間違っている。

だが、正しい。


 矛盾しているようだが、これは矛盾していない。

ただ間違っているけど正しいだけなんだから。

俺は優花のことを【悪】だとは思っていないが、思ってしまおうとしていた。


 こうなってしまった時点で修復は不可能だった。

優花は感情を閉ざし、俺を拒絶している。

話しさえ聞いてもらえないんじゃ、俺の言葉が届くことはない。

ははは、と引きつったような自嘲の笑いすら出てこなかった。


 「そうか……そうだよな……」


 今更悔いても遅い。

遊李の死から裏切りの虚しさを知ったのに。

初音の死から信じることの凄さを学んだのに。

湊の死から生きていくための意思を持ったばかりなのに。

何故あんなことを言ってしまったんだッ……。


 仲間を失い、幼馴染とは実質的な決別。

愚かとしか言いようがなかった。

仲間は仕方ないことだったにしろ、幼馴染との決別は愚かとしか言いようがない。

こんな俺が出来ることは一つしかない。


 「わかった。じゃあな、優花」


 俺はその言葉だけ残して、ドアへと向かう。

それを止める声はない。

もちろん俺は止められることを望んでいるわけでもない。

むしろ声なんて掛けて欲しくなかった。

掛けられたら俺の意思が薄くなってしまいそうだったから。


 俺はドアを開けて教室から退出した。

廊下には既に華の影さえない。

静寂に包まれている廊下はいつもの数倍は静かに騒いでいるようだった。

響いているのは優花のすすり泣く声。

それをBGMに俺は廊下を歩き始めた。


 だんだんとBGMは小さくなっていき、階段に差し掛かった頃には消えた。

それが距離を取ったからか、優花が泣き止んだからかは定かではない。

どちらでも同じことだ。


 「さーて……今日の春くんはいつもと一味違いますよっと」


 このクソッたれなゲームに対していい感じに頭に来てますからね。

クソ運営共が……俺と優花の仲を裂いた代償は大きいぜ。

見つけたら一回殴ってやる、もちろんグーでだ。

作られたかのように静かだった廊下に俺の手の平と拳が重なった音がパチンと響く。


 そして俺は虚と華を捜すために階段を上がった。 


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